SGRAメールマガジン バックナンバー

GUO Lifu “Teaching as a Sexual Minority in a Trans-Hate Discourse”

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SGRAかわらばん971号(2023年6月1日)

【1】エッセイ:郭立夫「トランス嫌悪言説の中で性的マイノリティーとして教えること」

【2】催事紹介:東アジア日本研究者協議会 第7回国際学術大会 参加者募集中
(会期:11月3日~5日、会場:東京外国語大学:参加申込締切7月19日)

【3】第71回SGRAフォーラムへのお誘い(6月10日、ハイブリッド)
「20世紀前半、北東アジアに現れた『緑のウクライナ』という特別な空間」(再送)
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【1】SGRAエッセイ#738

◆郭立夫「トランス嫌悪言説の中で性的マイノリティーとして教えること」

非常勤講師の仕事が大変です。その理由は一般的に労働条件が悪いだけでなく、私自身が性的マイノリティーとしてジェンダー論を教える時に「絶望」を感じるからです。その「絶望」の方が私のストレスになっています。

2022年の春学期、非常勤講師として2つの大学で「トランスジェンダー」をテーマにしたジェンダー論の授業を始めました。2021年の東京オリンピックでニュージーランドの重量挙げのトランス女性選手が「女性」として出場したことが、中国と日本の会員制交流サイト(SNS)で炎上したからです。「男性」としてトレーニングされてきたトランス女性選手は「シスジェンダー(出生時の体の性別と性自認が一致する人々)」の女性選手の「脅威」として語られ、まるで「加害者」であるかのように批判されました。それを目にした私は、一人の研究者、そして大学の教員として授業を通じて何かできることがないか模索したいと強く感じました。しかしそれは簡単なことではなく、本エッセイを書いている今(2022年5月)、春学期が始まってもう1カ月ほど経っていますが、いまだに学生のコメントに「シス女性を守るために、トランス選手の試合参加は認めてはいけない」などの意見が見られ、その難しさを感じています。

英語では女性の権利を掲げながらトランスの権利を否定する人たちを「TERF(Trans Exclusionary Radical Feminists)」と呼んでいます。この言葉の略称が多くの問題(例えばこの人たちはフェミニストといえるのかどうか)を生むのは言わずもがなで、もはやこの言葉を使うこと自体が大変な物議を醸すようになってきています。特にトランス嫌悪的な発言をする人たちは、この言葉を常にトランス活動家たちによる自分に対する「攻撃」だと認識し、その言葉の使用を拒否し、強く反対しています。彼らは女性の権利保護を掲げつつも、フェミニズム思想と運動が何十年もかけて作り上げてきた「ジェンダーもセックスも社会的・政治的に構築された」という思想を否定し、「女性とは誰か」というフェミニズム思想の根本的で定番の質問に対して、安易な生物決定論で答えているのです。

今、TERFについての研究は欧米を中心に展開されています。それらの研究から分かるのは、TERFの概念は政治的・宗教的保守勢力から大きく影響を受けているということです。ジェンダーに真に批判的である「Gender_Critical」であり、同時にTERF思想を掲げる活動家たちは多くの場合女性が主体となっていますが、不思議なことに彼女たちは政治的な保守勢力(多くの場合はこれまで女性運動に抑圧的な態度を取っていた政治的・宗教的勢力)と連動しており、女性運動をこれまで抑圧してきた保守勢力とも手を繋ぎ、今やトランスジェンダー女性を排除しようとしているのです。

一方、東アジアでは欧米でのこうした活発な動きに比べると学術的な研究がまだまだ不足しています。実際、韓国の女性運動をまとめた『根のないフェミニズム』という本では、「ゲイとトランス女性はジェンダー・イデオロギーのカルトであり、トランス男性こそ本当の女性だ」というあたかも誰の性自認も承認しないような発言すら見られます。そして日本語にも翻訳され、今まさに販売されているのです。

私はオリンピックの事件を契機にプログラミング言語を学習し、TwitterとWeiboで調査を行いました。そこから分かったことは、中国と日本のトランス嫌悪的な言説も各国の保守勢力と緊密に連動しているものの、英国や米国の活動家がフェミニズムや女性の権利を主張し自らのヘイトスピーチを合理化しようとするのに対し、日本や中国のトランス嫌悪的な言説はあくまで「生物学的」、つまり科学言説に論拠している、ということです。

もう少し詳しく見てみると、中国では米トランプ前大統領の発言を引用し、トランス排除を合理化しています(Weiboにおけるトランス嫌悪的なコンテンツではトランプ支持の内容が最も多かった)し、日本は中国よりも「女性の権利」を掲げる声が大きいものの、生物学やルールの公平性などそもそもジェンダーの観点に触れない言説が圧倒的に多いのが印象的です。そして、それらの言説はトランス批判を契機に、LGBTとフェミニズムを左翼勢力とし、右翼こそ日本を救うものだとする典型的な「ネトウヨ(インターネット上で活動する右翼団体)」言説が多いと思われます。そして、三分の一程度の割合で、中国の陸上選手に関するデマが見られます。つまり、日本のネットにおけるトランス嫌悪は「嫌中」とも連動しているのです。まだまだ研究をする余地がありますが、トランスジェンダーに関する議論が東アジアでもジェンダー・ポリティクスを考える上で必要不可欠なものとなっていることは間違いありません。

冒頭のエピソードに戻りましょう。私自身も性的マイノリティーなので、ジェンダー論を教える事、とりわけトランスジェンダーに関する知識を教える事とは自分自身の再確認でもあります。教えている時に感じた「絶望」とは、自分の自己再確認が学生によって疑問視されていると感じたからかもしれません。学生から批判的な意見が届くたびに怒りで震えてしまいます。しかし、その怒りこそ私を動かすものなのです。良い意味でも、そして悪い意味でも。

<郭立夫(グオ・リフ)GUO Lifu>
東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程。日本大学、神奈川大学、東洋英和女学院大学などで非常勤講師。

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【2】催事紹介

◆第7回東アジア日本研究者協議会 参加者募集中
会期:2023年11月3日(金)~5日(日)
会場:東京外国語大学
参加方法:パネル発表/個人研究発表/次世代パネル発表/次世代研究発表/一般参加
参加申込:5月23日(火)~7月19日(水)

本協議会は、東アジアを中心とした国々の研究者に、多様な分野において蓄積されてきた日本研究に関する成果を発表・議論する場を提供し、日本研究と日本研究者の国際的交流の発展に寄与することを目的としています。
上記の趣旨のもと、東アジアの日本研究機関が順次執行を担当することにより、年に1回の国際学術大会を開催することになっています。第1回はソウル大学(2016年・仁川)、第2回は南開大学(2017年・天津)、第3回は国際日本文化研究センター(2018年・京都)、第4回は台湾大学(2019年・台北)が主催機関となり開催されました。2020年のCOVID-19のパンデミックによる延期を挟んで、2021年の第5回は高麗大学主催で、昨年の第6回は北京外国語大学北京日本学研究センター主催で開催され、これまでいずれも300名にのぼる日本研究者が東アジア各国・地域から集まりました。
第7回となる今回の大会は、日本・東京の東京外国語大学において開催いたします。第5回と第6回の大会はパンデミックにより、オンラインでの開催でしたが、今大会は対面の開催を予定しています。東アジアの日本研究者の皆様が東京に集まり、日本研究の新たな広がりと深化が実現されることを期待しています。 また、これまでの大会を踏襲して、次世代の日本研究者も積極的に支援したいと考えています。

詳細はホームページをご覧ください。
https://eacjs2023.jp/about.php

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【3】第71回SGRAフォーラム「20世紀前半、北東アジアに現れた『緑のウクライナ』という特別な空間」へのお誘い(再送)

下記の通り第71回SGRAフォーラムをハイブリットで開催いたします。参加ご希望の方は、事前に参加登録をお願いします。オンラインはカメラもマイクもオフのウェビナー形式で開催しますので、お気軽にご参加ください。

テーマ:「20世紀前半、北東アジアに現れた『緑のウクライナ』という特別な空間」
日 時:2023年6月10 日(土)午後2時~午後5時(日本時間)
方 法:会場参加(先着20名)とオンライン参加(Zoomウェビナーによる)のハイブリット開催
会 場:渥美国際交流財団ホール(プログラム参照)
言 語:日本語

※参加申込(クリックして登録してください)
https://us02web.zoom.us/webinar/register/WN_R5tHvBp_R8qo6r-uEIWyAQ#/registration

お問い合わせ:SGRA事務局([email protected] +81-(0)3-3943-7612)

■フォーラムの趣旨

ロシア帝国は中国とのネルチンスク条約、アイグン条約、北京条約によって極東の大きな領土を手に入れることができた。その極東の国境沿いの領土にはあまりにも人口が少なかったため、定住者を増やすことが政治地理的な大きな課題となった。ほぼ同時期の1861年に農奴解放令が発布され、当時ロシア帝国に付属していたウクライナの農奴はやっと農地を手に入れたものの、配給された土地は非常に小さく不満を抱く人が多かった。そこでロシア帝国政府は「帝国の南側から極東に家族ごと移住すれば、かなり大きな農地をもらえる」と宣伝し1870年からロシア革命までに大勢のウクライナ人が極東に移り住んだ。1918年1月にキーウで独立共和国の宣言が行われた時、極東のウクライナ人は「緑のウクライナ」という国を作ろうとしていた。1922年にソ連政権が極東に定着した時、その政権から逃れた100万人のウクライナ人がハルビンなどに移り住み1945年まで留まっていた。
本フォーラムでは、いろいろな民族が住み、さまざまな文化が存在し、新たなアイデアもたくさん生まれていた、20世紀前半の極東アジアに存在した特別な空間について話し合いたい。

■プログラム

◆講演1「『緑のウクライナ』という特別な空間」
オリガ・ホメンコ(オックスフォード大学日産研究所)

1918年1月にキーウで独立共和国の宣言が行われた時、極東のウクライナ人は「グリーンウェッジ」(森が多いので緑、ウェッジは農業ができるところ)と呼ばれていた地域に「緑のウクライナ」という国を作ろうとしていた。1922年にソ連政権が極東にやっと定着した時、その政権の下に住みたくない100万人のウクライナの人はハルビンなどに移り住み1945年まで留まっていたが、「緑のウクライナ」の夢を捨てられなかった。ロシア帝国でマイノリティ―だったウクライナ人は、極東に開拓民として移動し、初めていろいろな民族に対してマジョリティ―になり、初めて多くの今まで知らなった民族や文化に触れ合うことになった。新たなアイデアもたくさん生まれ、ウクライナのアイデンティティーを実感し、自分の国を作ろうとした。極東開発のプロセスで農民以外に、知識人の技師や鉄道関係者もウクライナからやってきた。第一次世界大戦と共に軍人の数も増えた。活発なボランティア活動のおかげで極東満州では20以上のウクライナ語のプリントメディアが出版された。
本フォーラムでは、そのメディアを起こした人達を紹介し、そこで想像されていた「緑のウクライナ」という特別な空間について考えたい。長らく忘れられていた人々―多民族国家の夢を見て「極東のウクライナ人」という新聞を自費出版していた技師のドミトロー・ボロウィックや「満州通信」の編集者だったイワン・スウィットの姿を見ながら「緑のウクライナ」について検討する。

◆講演2「マンチュリア(満洲)における民族の交錯」
塚瀬 進(長野大学環境ツーリズム学部)

マンチュリア(満洲)の範囲は時代によって一定ではなく可変的であった。また、そこに住む人々の移動も激しく、日本のように単一的な人々が長く暮らした時期は少なかった。領域の範囲が変動したこと、住民の移動が激しかった地域の歴史は、民族自決による国民国家の形成という過程を主軸に理解することは難しい。
通説的な理解は、マンチュリアはもともと人口稀薄な場所(「無主の地」とも称された)であったが、中国人の移住が20世紀以降増加し、中華人民共和国の東北三省となり現在に至っているというものである。かかる中華人民共和国の一地域へと収斂されていく方向性、言い換えるならば最終的にマンチュリアは中国に統合され、中国人の地になるという理解は、マンチュリアの多様性を取捨している。中国への統合という側面だけではなく、マンチュリアを主体にした歴史理解を本報告は追究している。こうした議論の方向性は、現在世界各国で生じている多くの紛争の基底にある、同質的な国民国家を形成することが難しい地域の歴史的要因の認識につながる。

◆話題提供1「中国東北地域における近代的な空間の形成:東北蒙旗師範学校を事例に」
ナヒヤ(内蒙古大学蒙古歴史学系)

ハルビン、長春、瀋陽を中心都市とした20世紀前半における中国の東北地域でモンゴル族は文化、教育、出版をはじめとする様々な活動を行なってきた。しかし、自力では強力な活動を展開するのが難しく、各地方政権と取引を行わざるを得なかった。張学良を理事長、メルセを校長とする東北蒙旗師範学校はその典型的な例である。

◆話題提供2「『マンチュリア』に行こう!」
グロリア・ヤン ユー(九州大学人文科学研究院)

20世紀前半のマンチュリア(満洲)には、ロシア・「極東」・モンゴリア、中国(特に華北地方)・朝鮮半島・日本から、さまざまな人々が移住してきた。また、鉄道の発展によって国境を越える旅も盛んに行なった。本コメントは、視覚資料、小説、紀行文などを取り上げ、「マンチュリア」の日常生活空間の多様性を描き出す試みである。また、この「越境する現場」の多様的な空間の視覚表象は、日本帝国の拡張(のちに満洲国の成立)によって取捨され、そして単一化されつつあったことを明らかにしたい。

◆自由討論
司会/モデレーター:マグダレナ・コウオジェイ(東洋英和女学院大学)

※プログラムの詳細は下記リンクからご覧ください。
https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2023/05/SGRAForam71Program.pdf

※ポスターは下記リンクからご覧ください。
https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2023/05/SGRAFo71PosterLITE3.jpg

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