SGRAメールマガジン バックナンバー

LEE Chung-sun “From `Then and There‘ to `Now and Here‘”

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SGRAかわらばん927号(2022年6月23日)

【1】エッセイ:李貞善「『あの時・あそこ』から『今・ここ』へ」

【2】SGRAレポート紹介:『人の移動と境界・権力・民族』
(「第6回日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」講演録)
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【1】SGRAエッセイ#710

◆李貞善「『あの時・あそこ』から『今・ここ』へ」

【場面 #1】
今から70年前の1952年の初春、ある若い兵士が朝鮮戦争の最中に戦場から一時帰郷し、家族とともに幸せなひと時を過ごしていた。名前はウィリアム・スピークマン(William_Speakman)。小さな娘を膝の上に座らせたまま、家族に囲まれて夕食を食べていた。こぢんまりとした一般家庭の、平凡な父親の姿であった。

【場面 #2】
1964年の春、韓国・釜山の国連記念墓地(現在は国連記念公園)では、朝鮮戦争での英連邦軍の犠牲者を追悼し平和を祈念する英連邦記念碑の除幕式が挙行されていた。スピークマン氏はイギリスを代表する軍人として戦友たちと一緒に出席した。

スピークマン氏は朝鮮戦争に参戦したイギリス出身の元国連軍兵士であった。1951年11月4日に繰り広げられた臨津江(イムジンガン)地域の戦いでは彼が活躍したおかげで、多くの戦友たちの命が救われた。

2018年に90歳で召天したスピークマン氏は翌年、生前の自らの遺志の通り「第2の故郷」の国連記念公園に奉安された。葬儀は、遺族をはじめ、イギリスおよび韓国の政府関係者、多くの市民たちが見守る中、厳かな雰囲気の中で執り行われた。

冒頭に話を戻してみよう。スピークマン氏が登場する2つの場面は、私が博士論文に関する調査の過程で発見した歴史映像であった。朝鮮戦争勃発70年を迎えた2020年に学術研究の結果、彼の軌跡を探り当てることができた。

 

場面#1の白黒の映像に見られるスピークマン氏は終始一貫ほほ笑み、至福の様子であった。英連邦軍の公式の催しに出席した堂々とした様子(場面#2)よりも自宅で家族と過ごし、父としてささやかな幸せを感じている様子の方が、何故か私の心に深い余韻を残した。それは彼の姿と、長らく実家を離れて留学している自分の姿が重なったためだけではないだろう。

2本の映像をしばらく見つめていた私は、2019年のスピークマン氏の葬儀の時、彼のご子息たちが訪韓したことを思い出した。そして、博論がきっかけとなり日ごろ連絡をしている国連記念公園の関係者にメールを送った。「貴国連記念公園の奉安者であるスピークマン氏が登場する希少な映像を見つけました。もし可能であれば、この映像を関連する方々にお伝えいただけますでしょうか」と。すると間もなく返信が届いた。

「ご子息の一人とこの映像を共有しました。…初めてこの映像を見たそうです。1964年に父親が国連記念墓地を訪れたことも知りませんでした。もちろん、彼はこの映像が発見されて非常に喜んでいます」

これを契機に私は研究者として知識を蓄積する努力以上に、その知を社会に広く還元する実践の重要性を身をもって実感した。知識の習得が「物事の一端を知ること」を意味するならば、知識の実践は、まず理論である知識を確立したうえで、物事の本質を見極めて人類や社会に貢献する営みではないか。日本に留学し、約7年間かけて研究に取り組んできた私の立場からすると、これまでの自分の活動は知識を体得することに重点がおかれていた。しかし、真の研究者を目指すには、そのような個人的な次元の「知識の習得」を発展させ、「知識の共有」へと結実することがさらに大事であろう。冒頭の場面に当てはめると、従来の国連記念公園に関連する歴史や人物を知ることが一次的な知識習得の行為だとすれば、これからは学術的な知の意義を国連記念公園の関係者たちやスピークマン氏のご子息と分かち合って、社会に発信することが二次的な知の構築行為になると考えられる。

この映像を手がかりに、私は研究を通して「あの時・あそこ」のヒト・モノ・コトが、結局「今・ここ」に帰結するという悟りを得た。「今・ここ」の私が、「あの時・あそこ」のスピークマン氏の足跡を彼の遺族に取り戻してあげたように。この映像を通して亡き父の生前の姿を目にした時のご子息の感動は計り知れないものだろう。

過去から構築されてきた知を体得するとともに、善意の知を実践していくこと。「あの時・あそこ」から「今・ここ」にも通用する有効な示唆点を導き出し、平和で包摂的な社会の一助となることが一人の研究者、そして21世紀のよき地球市民としての役割ではないか。その延長線上で、朝鮮戦争にちなんだ文化遺産を研究する立場から、地球市民がお互いに共鳴するという自覚と連帯感を持ち、目下のロシアのウクライナ侵攻にも深く心を痛め憂慮する。

早く戦争が終わり、70年前のあのスピークマン氏のように、すべての戦闘員・非戦闘員が無事に家に戻り、愛する家族とまた至福の日常を過ごす日が訪れることを願ってやまない。

<李貞善(イ・ジョンソン)LEE_Chung-sun>
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程に在学中。2021年度渥美奨学生。高麗大学卒業後、韓国電力公社在職中に労使協力増進優秀社員の社長賞1等級を受賞。2015年来日以来、2017年国際建築家連合等、様々な論文コンクールで受賞。大韓民国国防部・軍史編纂研究所が発刊する『軍史』を始め、国連教育科学文化機関(ユネスコ)関連の国際学術会議で研究成果を発表。2018年日本の世界遺産検定で最高レベルであるマイスターを取得。

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【2】SGRAレポート紹介

SGRAレポート第96号のデジタル版をSGRAホームページに掲載しましたのでご紹介します。下記リンクよりどなたでも無料でダウンロードしていただけます。SGRA賛助会員と特別会員の皆様は冊子本をお送りしました。会員以外でご希望の方はSGRA事務局へご連絡ください。

第6回日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性(講演録)
◆『人の移動と境界・権力・民族』
2022年6月9日発行

https://www.aisf.or.jp/sgrareport/Report96light.pdf

<フォーラムの趣旨>
「国史たちの対話」企画は、自国の歴史を専門とする各国の研究者たちの対話・交流を目的として2016年に始まり、これまで全5回を開催した。国境を越えて多くの参加者が集い、各国の国史の現状と課題や、個別の実証研究をめぐって、議論と交流を深めてきた。第5回は新型コロナ流行下でも対話を継続すべく、初のオンライン開催を試み、多くの参加者から興味深い発言が得られたが、討論時間が短く、やや消化不良の印象を残した。今回はやや実験的に、自由な討論に十分な時間を割くことを主眼に、思い切った大きなテーマを掲げた。問題提起と若干のコメントを皮切りに、国や地域、時代を超えて議論を豊かに展開し、これまで広がってきた参加者の輪の連帯を一層深めたい。

<もくじ>
◇第1セッション 総合司会:李恩民(桜美林大学)
【開会趣旨】村和明(東京大学)
【問題提起】塩出浩之(京都大学)「人の移動からみる近代日本:国境・国籍・民族」
【指定討論1】韓国:趙阮(釜山大学)「13~14世紀のモンゴル帝国期における人の移動」
【指定討論2】中国:張佳(復旦大学)「中国の歴史における大規模な人口移動」
【指定討論3】日本:榎本渉(国際日本文化研究センター)「古代および中世日本の出入国管理」

◇第2セッション<指定討論>司会:南基正(ソウル大学)
【指定討論4】韓国:韓成敏(世宗大学)「近代における韓国人の移動」
【指定討論5】中国:秦方(首都師範大学)「中心から辺地へ―『ゾミア』という概念―」
【指定討論6】日本:大久保健晴(慶應義塾大学)「帝国・人権・南洋―政治思想の視座から―」
指定討論者への応答:塩出浩之(京都大学)
<自由討論1>講師と指定討論者

◇第3セッション<自由討論2> 司会:彭浩(大阪市立大学)
論点整理:劉傑(早稲田大学)
パネリスト(国史対話プロジェクト参加者):市川智生(沖縄国際大学)、大川真(中央大学)、佐藤雄基(立教大学)、平山昇(神奈川大学)、浅野豊美(早稲田大学)、沈哲基(延世大学)、南基玄(韓国独立記念館)、金キョンテ(全南大学)、王耀振(天津外国語大学)、孫継強(蘇州大学)

◇第4セッション<自由討論3>司会:鄭淳一(高麗大学)
パネリスト(国史対話プロジェクト参加者)
総括:宋志勇(南開大学)、三谷博(東京大学名誉教授)
閉会挨拶:趙珖(高麗大学名誉教授)

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★☆★お知らせ
◇「国史たちの対話の可能性」メールマガジン(日中韓3言語対応)
SGRAでは2016年から「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」円卓会議を続けていますが、2019年より関係者によるエッセイを日本語、中国語、韓国語の3言語で同時に配信するメールマガジンを開始しました。毎月1回配信。SGRAかわらばんとは別に配信するため、ご関心のある方は下記より登録してください。
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