SGRAメールマガジン バックナンバー

LI Zhaoxue “Understanding by Objects”

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SGRAかわらばん919号(2022年4月28日)

【1】エッセイ:李趙雪「モノによる理解」

【2】第20回日韓アジア未来フォーラムへのお誘い(再送)
「進撃のKカルチャー:新韓流現象とその影響力」(5月14日オンライン)
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【1】SGRAエッセイ#703

◆李趙雪「モノによる理解」

このエッセイは、久々に東京に戻る飛行機の中で書いている。

2019年、長年の留学先である日本をしばらく離れ、訪問留学生として台湾大学で中国美術史の調査研究に出掛けた。まさかこれが日本と永遠の別れのような2年間に発展してしまうとは想像もできなかった。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックが宣言された2020年3月からの2年間は、日本に戻れず実家の天津で博論を執筆しながら、入国を待っていた。今年3月、外国人の入国制限緩和に伴い、日本に戻れることとなった一方、出発地の母国中国の北京では、感染者が発見され次第、団地単位でロックダウンされる苦境に陥った。これからの世界はどうなるか、不安に思いながら、かろうじて旅に出た。

航空券の入手が難しかったのでてっきり満席だと想像していたが、十数人だけが搭乗しているボーイング777-300機内の光景に驚かされた。コロナ以前、日本行きの便は常に観光客で満員だった。帰りの便には預入荷物の許容ギリギリまで詰めたお土産品が載せられ、これで飛行機はまだ飛べるのかという笑い話がよく聞こえたことを思い出す。あの爆買い時代は、もう遠い昔のように感じる。

爆買い時代、銀座やお台場で買い物している母国の人々と遭遇すると、いつも少し恥ずかしい気持ちになった。しかし最近、彼らの行為や心境を徐々に理解できるようになった。それは、モノに対する執着というより、モノを作った人の考えや工夫などに対する愛着だと言ったほうが妥当かもしれない。モノの背後にある製造者の知恵への憧れだ。商品と呼ばれるモノの移動を通して、中国人は使いやすい道具を作ってくれた日本人、綺麗な商品パッケージをデザインした日本人を理解した。

私にも経験がある。側面がデコボコしたチューハイ「氷結」などのダイヤカット缶が「ミウラ折り」という技術を応用していることを、何年か前にあるデザイナーから教わった。「ミウラ折り」とは、航空宇宙工学者の三浦公亮さんが考案した紙の折り方である。大きな紙をコンパクトに一瞬でたたむことができるため、太陽光パネルを小さく折りたたんで宇宙に持って行き、宇宙空間でぱっと広げることが可能な技術である。また菱形のような規則的な折り目を与えることで構造物の強度を補強するという成型技術でもある。そのため「ミウラ折り」はNASA宇宙探査にとってきわめて重要な技術と言える。「ミウラ折り」の歴史を知った私はその後、コンビニで並んでいる缶を観察することが癖になった。それは研究者やデザイナーの知恵の威力といってもよいであろう。宇宙探査から飲料の缶にまで使われている「ミウラ折り」から、日本人の発想には、とてもシンプルだが役に立つという特徴があることを理解した。

一方、長い鎖国の歴史を持つ日本もモノを通して中国を理解した。モノによる理解は古い歴史のある日中貿易史、ないし私の専門であった美術史でもよく研究されるテーマである。

中国の王朝交代の際、自ら仕えた王朝への忠誠から、新たな君主や他の王朝に仕えない遺民たち(明朝遺民や清朝遺民)は日本に避難した。その際、遺民の心境を理解することに大きく貢献したのは書画、篆刻、工芸品などの美術品というモノであった。当然、儒学の共通認識や漢字文化圏で筆談によって理解し合えたこともあったであろうが、漢文や儒学の普及には限界があり、全ての人が理解していたわけではないと思われる。江戸時代の庶民たちは浮世絵に描かれた三国志演義、水滸伝の物語から中国をイメージしたのだろう。

また、浮世絵の主題だけでなく、表現方法も蘇州民間版画に由来するものであったことも明らかにされている。蘇州民間版画を手本に浮世絵を制作した絵師、職人たちはその時代の中国通だったかもしれない。

さらに日本では古くから、中国舶来のモノに憧れを抱き、それを唐物と呼んだ。鎌倉、室町時代に中国から将来した天目茶碗という陶磁器や金襴という織物などはそれである。そしてお茶をたしなむ文化の普及とともに、唐物の美意識も広がった。鎖国の歴史が長くても日中間にモノの交換・交流が途絶えたことはない。

相手にとって必要なモノを作り交換することは、人間の最も素朴な交流だが実に重要である。そのため、西洋は中国の英訳Chinaを小文字にして陶磁器(china)、日本の英訳Japanを小文字にして漆器(japan)という言葉をモノの代名詞として使用する。こうしたモノと国名の結び付きにとどまらず、店名や社名がモノに結び付けられることもよく見られる。それはモノによるアイデンティティーの表出である。

ところがこの2年間、コロナの影響によりモノの交流が激減し、マスメディア、ネット上の架空の情報交換が理解の主要手段となった。その結果、日本の世論調査で中国人の日本への好感度が大幅低下した。それは通常のモノと言語の二次元的理解から、言語やデータだけの一次元的理解へと変化したことが要因だと考えられる。そこで失われたのは実際に見たり触ったり、使ったりするモノである。相手の国の言語を理解できなくても、生活必需品、嗜好品、美術品などを通して他国のことを理解することができる。言説だけに留まるのでなく、モノを媒介とした二次元的理解こそが理想であると考えられる。

<李趙雪(り・ちょうせつ)LI Zhaoxue>
2021年度渥美奨学生。東京芸術大学大学院美術研究科日本・東洋美術史専攻(博士)、京都市立芸術大学大学院美術研究科芸術学(修士)、中央美術学院人文学院美術史専攻(学士)。研究方向は中国近代美術史、日中近代美術交流史。

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【2】第20回日韓アジア未来フォーラムへのお誘い(再送)

下記の通り日韓アジア未来フォーラムをオンラインにて開催いたします。参加ご希望の方は、事前に参加登録をお願いします。聴講者はカメラもマイクもオフのZoomウェビナー形式で開催しますので、お気軽にご参加ください。SGRAフォーラムはどなたにでもご覧いただけますので、ご関心をお持ちの方にご宣伝いただけますと幸いです。

◆テーマ「進撃のKカルチャー:新韓流現象とその影響力」

日時:2022年5月14日(土)15:00~17:00
方法: Zoomウェビナー による
言語:日本語・韓国語(同時通訳付き)
主催:(公財)渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)
共催:(財)未来人力研究院(韓国)
申込:下記リンクよりお申し込みください
https://us02web.zoom.us/webinar/register/WN_Gsv7xgH3R-GFJled06s0BA

お問い合わせ:SGRA事務局([email protected] +81-(0)3-3943-7612)

■フォーラムの趣旨
BTSは国籍や人種を超え、一種の地球市民を一つにしたコンテンツとして、グローバルファンダムを形成し、BTS現象として世界的な注目を集めている。一体BTSの文化力の源泉をなすものは何か。BTS現象は日韓関係、地域協力、そしてグローバル化にどのようなインプリケーションをもつものなのか。本フォーラムでは日韓、アジアの関連専門家を招き、これらの問題について幅広い観点から議論してみたい。日韓の基調報告をベースに討論と質疑応答を行う。

■プログラム
司会:金雄煕(キム・ウンヒ、仁荷大学教授)
【開会挨拶】:今西淳子(いまにし・じゅんこ、SGRA代表)

第1部:講演
【講演1】「文化と政治・外交をめぐるモヤモヤする『眺め』」
小針進(こはり・すすむ、静岡県立大学教授)

【講演2】「BTSのグローバルな魅力」
韓準(ハン・ジュン、延世大学教授)

第2部:討論
【ミニ報告】「ベトナムにおけるKポップ・Jポップ」
チュ・スワン・ザオ(Chu_Xuan_Giao、ベトナム社会科学院文化研究所上席研究員)

【講演者と討論者の自由討論】
金賢旭(キム・ヒョンウク、国民大学教授)
平田由紀江(ひらた・ゆきえ、日本女子大学教授)

第3部:質疑応答
ZoomウェビナーのQ&A機能を使い質問やコメントを視聴者より受け付けます
アシスタント:
金崇培(キム・スンベ、釜慶大学日語日文学部准教授)
金銀恵(キム・ウンヘ、釜山大学社会学科准教授)

【閉会挨拶】:徐載鎭(ソ・ゼジン、未来人力研究院院長)

プログラムは下記リンクからご覧ください。
https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2022/04/J_JKAFF20_program.pdf

ポスターは下記リンクからご覧ください。
https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2022/04/JKAFF20poster_light.jpg

韓国語版サイトは下記をご覧ください。

제20회 한일아시아미래포럼 「진격의 K-컬쳐: 신한류현상과 그 영향력 」

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★☆★お知らせ
◇「国史たちの対話の可能性」メールマガジン(日中韓3言語対応)
SGRAでは2016年から「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」円卓会議を続けていますが、2019年より関係者によるエッセイを日本語、中国語、韓国語の3言語で同時に配信するメールマガジンを開始しました。毎月1回配信。SGRAかわらばんとは別に配信するため、ご関心のある方は下記より登録してください。
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