SGRAメールマガジン バックナンバー

Victor SHISHKIN “What I learned from My Doctoral Program”

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SGRAかわらばん910号(2022年2月24日)

【1】エッセイ:ヴィクター・シーシキン「博士課程から学んだこと」

【2】寄贈書紹介:オリガ・ホメンコ『国境を超えたウクライナ人』
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【1】SGRAエッセイ#698

◆ヴィクター・シーシキン「博士課程から学んだこと」

私は製品に関する何百ものアイデアとそれらを実現するための大きな情熱、そして「どのアイデアに焦点を当てる価値があるのか?」という問いを持って日本に来ました。博士課程に進学したことで、私は進みたい方向を自由に選択できるし、それが斬新であったり挑戦的であったりすれば、興味のあることを何でも選択できるようになりました。自由は多くの可能な方向性をもたらし、同時に大きな不確実性を与えます。これからの3年間をどのような方向性で過ごせばいいのかと考えました。

博士課程のテーマを見つける最も簡単な方法は、これまでやってきた研究と「新しい研究室」を組み合わせることです。博士課程のテーマが挑戦的で斬新なものになる可能性が最も大きくなるはずです。そこで、最初の1年半はその方向に進みました。

しかし、多くの博士課程の学生が経験する問いに直面しました。それは「これを本当に必要としている人はいるのか?」、「誰のためにやっているのか?」との自問です。結局、自問自答から得た答えは私を満足させませんでした。この技術を知っている人や会社はほとんどなく、実際にその製品を使用したいと思う人は更に少ないことも知っていました。数年前は業界で働いていたのでお客様のニーズに応える仕事に慣れていたため、ニーズがないかもしれない技術開発の仕事を続けることが難しくなりました。

自分がやっていることに疑問を持っていることに気づいたのは、前期学位審査と博士論文が始まるまであと1年半という一番大変な時期でした。自分の研究が役に立つことを本気で信じられないまま残りの時間を送れば、つらい思いをしたり、やる気がなくなったりすることは分かっています。もうこれ以上自分をだますことができませんでした。「自分でさえ自信がないことについて、どうやって博士論文を書くことができるのか。その時にはきっと自分自身にも答えられない質問を審査員や他の人から受けるだろう」と考えました。

長い博士課程を続けていくためにも、困難な時や挫折を乗り越える力を身につけるためにも、自分がやっていることを心から信じていかねばならないと思います。そのため「何=誰のためにこれをやっているのか?本当に役に立つのか?」の問いに対して自分自身に正直な答えを出さねばなりません。

その答えを探し始めているうちに新たな課題に気づきました。ロシアの会社に勤めていたときに聞いた顧客の不満を思い出したのです。東京の工業展示会を訪れ、私の技術の潜在的なユーザーと話をして、彼らの問題を確認することができました。そして、この問題点を明らかにするために、私の研究分野にある会社の最高経営責任者(CEO)と話をしました。その後、ビッグデータ分析ツールを使って自分の研究分野の技術開発動向を把握しました。また、国際会議に参加し、最大の学会のトップや技術スカウトたちと話をして、その技術の未来を理解しました。さらに日本政府がどのような研究分野を支援しているのかを知るため政治的意思決定を研究したり、政策研究大学院大学(GRIPS)で政府のデータを分析したりしました。

そこで得た結論は、お客様にとって一番の問題は製品の価格であるということです。多くのお客様がセンサーの性能ではなく、価格に不満を持っていることが分かりました。このセンシング技術を気に入っているものの、買う余裕がないという潜在的顧客がたくさんいます。そこで、この技術を手頃な価格にすることに力を入れて、特にセンサーシステムにある最も高価な部分をフォトニックチップ上に作るというアイデアを思いつきました。

今、私は光ファイバーセンシング技術をまだ手に入れることができないお客様のために働いているのだと自分を納得させることができます。製品を安くすれば、彼らはそれを手に入れて使ってくれると確信しています。

新しい方向に向いて取り組んだ1年目は失敗ばかりでした。何もうまくいきませんでしたし、チップのデザイン、製造プロセス、テストのセットアップ、どこが間違っているのかも分からなかったのです。しかし、私は落ち込んだことは一度もありませんでした。失敗するたびに次はうまくいくと思っていました。自分の研究が役に立つと心から信じられることは多くのインスピレーションや、やる気とあらゆる失敗に耐える力を与えてくれました。

博士課程から学んだことは長期的なプロジェクトを進めていくために、自分がやっていることを心から信じることが大切だということです。論理的に理解するだけではなく、感情的なつながりも必要です。そうすると元気になったり、励まされたり、人を励ましたりすることに役に立ちます。

この原則は日常生活の多くの状況にも当てはまります。
1)新しい言語を学ぶ時、自分にとっては必要なものだと信じる必要があります。私が英語を話せるようになったのは、ロシア語を理解する人がいない米国に6カ月も滞在していたからです。
2)太ることが怖いという理由で、何年も毎日運動を続けてきました。
3)早起きは効率が良いことは誰でも知っていますが、それを知っているだけでは十分ではありません。やりたい気持ちを心から信じる必要があります。自分の場合は日の出を見るのが好きだということに気づいてから、早起きを始めました。

これからも自分のやっていることに対して「なぜ?」という問いに対する正直な答えを探し続けていくことが、大きな力を与えてくれると思います。

<シーシキン・ヴィクター Victor SHISHKIN>
東京大学大学院新領域創成科学研究科海洋技術環境学専攻特任研究員。2020年度渥美国際交流財団奨学生。2021年東京大学大学院博士後期課程修了。卒業後も洞察力のあるデータ生成のためのセンシングシステムの開発に取り組んでいます。

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【2】寄贈書紹介

SGRA会員でキエフ経済大学助教授のオリガ・ホメンコさんから近刊書をご寄贈いただきましたので紹介いたします。

◆オリガ・ホメンコ『国境を超えたウクライナ人』

18世紀から20世紀にかけてのウクライナに生まれ、波乱の時代に負けることなく、美術、航空技術、医学、外交などの分野で異郷の地で活躍し大きな実績を残した9人とウクライナ人に同化してソ連政権に殺されたハプスブルグ家出身のひとりを合わせた10人の人生。東西から国境を侵されてきた歴史をもつウクライナ人ならではの柔軟性、コミュニケーション力、他者の文化に対する許容力を発揮した人びとの物語。

発行所:群像社
ISBN:978-4-910100-22-7 C0098
出版年:2022年2月5日
判型:B6 頁数:144ページ
定価:1500円

ウクライナで生まれて国外で活躍した人には作曲家のセルゲイ・プロコフィエフなどたくさんいる。日本では新宿の中村屋と深い関わりがあった詩人のワシーリ・エロシェンコが有名だし、五十代以上ならおそらく知らない人がいない昭和の大横綱、「巨人、大鵬、卵焼き」と並べて愛された大鵬幸喜はカラフトに渡ったウクライナ人を父に持つ。いまはその孫が関取になっている。だがこの本で紹介するのは日本ではそれほど有名ではないかもしれないが、国境を超えたウクライナ人として、どうしても私が日本に伝えたい人たちである。(本書まえがき)

詳細は下記リンクをご覧ください。
http://gunzosha.com/books/ISBN4-910100-22-7.html

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