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YUN Jae-un “South Korea as a ‘Gap Society’ and the ‘Frame’ of Japanese Media”

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SGRAかわらばん900号(2021年12月9日)
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SGRAエッセイ#690

◆尹在彦「『格差社会』としての韓国と日本メディアの『フレーム』、そして『オマカセブーム』」

メディアが外国を素材として伝える場合、国内の事案より「フレーム(frame)」もしくは「固定観念」が頻繁に働く。理由は二つと考えられる。第1に、当該国のことについて読者や視聴者が常に意識しているわけではないので、詳細な説明を省いた方が「楽だから」だ。特に普段は話題にならない国に対してこういった傾向が強いだろう。第2に、その国に読者や視聴者がほとんどおらず、抗議を心配することがない点だ。私は国際部(日本では主に外信部と呼ばれているようだが)の先輩から「いくら米国を批判する記事を書いたってオバマが文句を言ってくることはない」と言われたことがある。近年ではいわゆる「パブリック・ディプロマシー(public_diplomacy)」の観点から在外公館等が積極的に対応することもあるが、それでも報じる側が相手を恐れず(訴えられることなく)書けることも事実だ。

ただし、日本メディアの韓国報道は上記の説明から多少ずれている事例かもしれない。「レガシーメディア(ハードニュース、硬派の新聞・テレビニュース等)」だけでなく「ソフトニュース(週刊誌、ワイドショー等)」にも頻繁に取り上げられる一方で、日本語が分かる読者・視聴者層が少なからず存在しているからだ。韓国政府も日本メディアには比較的機敏に反応する。それに加え、日本には良くも悪くも、幅広い読者・視聴者がたくさんいる、いわゆる「数字がとれる」素材が韓国だ。日本メディアの韓国報道のフレームが多様化したとはいえ、未だに断片的と言わざるを得ない。関係悪化の影響もあるだろうが、「見たいところを見せる感」は否めない。

例えば、「格差」というフレームである。韓国の文化や社会現象・問題は大概、格差というキーワードで簡単にくくられてしまう。ネットフリックスで上位を占めている「イカゲーム」に対しては「韓国の格差社会を映し世界的ヒットでも…ドラマ『イカゲーム』を楽しめない地元の人がいる理由」(「東京新聞」、2021年10月18日)、「イカゲームが風刺する韓国社会『愚かな競争』に突き進む人間のさが」(『朝日新聞』2021年11月19日)という具合の記事はきりがない。これはコロナ前にアカデミー作品賞を受賞した映画「パラサイト」に対しても同様だった。NHKはこの映画について「パラサイト 韓国映画にみる格差社会」というタイトルの下、その意味を解説している(2020年2月14日)。「格差」は韓国を表現する「マジックワード」になっている。

強調したいのは「韓国に全く格差なんて存在しない」という荒唐無稽な反論ではない。韓国の高い自殺率(とりわけ高齢層や若年層は日本と大差ない)、少子高齢化は確かに深刻だ。所得や資産の格差も良い状況ではない。しかし、問題は横並びに同じフレームですべてを説明しようとする「日本メディアの異様さ」だ。格差問題が深刻な国は世界に多く存在しているのに「なぜ韓国の作品が世界的な注目を浴びているのか」についての分析は乏しい。単純に「韓国の格差が深刻だから世界で人気だ」というのは論理的な思考回路なのだろうか。

要するに「格差の存在⇒(?)⇒良い作品」の過程で(?)のところに対する解答がなかなか見当たらない。その結果、普段より韓国のことを否定的に捉えている読者・視聴者(嫌韓ビジネスの消費者層)はメディアの影響ですぐに「格差のせいでああいう作品が出ている」と納得するかもしれない。それでフレームは固定化もしくは増幅していく。この問題に関して韓国専門家、福島みのり氏の指摘は妥当だと言わざるを得ない。

「最近よく目にするのが、韓国の格差や生きづらさを過剰に強調した本です。『この国は地獄か』とか『行き過ぎた資本主義』とかの文言が、帯やタイトルに付いているのが特徴です。(『日本から出て行け』と言うような)一般的なヘイトスピーチだけではなく、ここにもヘイト的な要素があると思います。若者たちもこうした本を見ると『韓国って本当に大変なんだね。日本に生まれてよかった』などと言います」(『毎日新聞』2021年11月6日)。私は韓国の格差を強調するメディアが「ヘイト」を助長するとは必ずしも考えていないが、それでもやはりその「報道の怠惰さ」は批判されても仕方ない。「他の要因を探せ」と言いたいのだ。

私は最近「韓国でのオマカセブーム」という社会現象に注目している。どういう現象かというと、外食文化で高級すし店を皮切りに、様々な高級飲食店で日本語をそのまま使った「オマカセメニュー」が増えている。2010年代前半より、ソウルの江南(カンナム)地域を中心に高級すし店が一軒ずつ増えていった。ランチは1万円(10万ウォン)以上、ディナーは2万円(20万ウォン)以上もするにも関わらず、人気店は3か月後まで予約が埋まっている。一部の「超人気店」は予約を受け付ける時間まで決まっている。渡日前(2014年)に一軒訪問したことがあり本場に劣らない味だったが、それにしても「そこまで行きたいのか」と問いたい気持ちもある。

現在はこの「オマカセ文化」がもはやブームになっている。焼鳥のような和食レストランだけでなく、「韓牛(和牛の韓国版)オマカセ」すら登場している。オマカセがつくメニューは他と比べ格段に高くなるのだが、やはりそれでも買ってくれる人はひっきりなしに予約を入れている。「この人たちは一体どこから来ているんだ」という疑問もあるが、これも「格差」というコインの表裏をなす現象だろう。しかし、日本メディアの焦点は専ら「下層」にばかり当てられている。

私の研究の契機で、今ではモチベーションの一つが「日本政府・社会の動きに対し何でも『右傾化のせい』にする韓国メディア」への抵抗感だった。私は相変わらず「右傾化」のフレームだけで日本を捉えると、実態が見えてこないと考えている。それは恐らく、韓国を「格差社会」とだけ見ることと通底しているのではないか。両国関係が悪化した時期だからこそ、より冷静な報道が求められる。

<尹在彦(ユン・ジェオン)YUN_Jae-un>
一橋大学法学研究科特任講師。2020年度渥美国際交流財団奨学生。2021年、同大学院博士後期課程修了(法学)。延世大学卒業後、新聞記者(韓国、毎日経済新聞社)を経て2015年に渡日。専門は日韓を含めた東アジアの政治外交及びメディア・ジャーナリズム。現在、韓国のファクトチェック専門メディア、NEWSTOFの客員ファクトチェッカーとして定期的に解説記事(主に日本について)を投稿中。

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