SGRAメールマガジン バックナンバー

Laurence Newbery-Payton “Types of Comedy”

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SGRAかわらばん885号(2021年8月27日)

【1】エッセイ:ニューベリーペイトン・ローレンス「お笑いの形」

【2】国史対話エッセイ:劉傑「『国史たちの対話』の先にあるもの」ご紹介

【3】第6回日本・中国・韓国における国史対話の可能性へのお誘い(再送)
「人の移動と境界・権力・民族」(9月11日、オンライン)
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【1】SGRAエッセイ#679

◆ニューベリーペイトン・ローレンス「お笑いの形」

嫌なことしかニュースにならないというが、2020年度は国内外を問わず、新型コロナウイルスの蔓延を始めとしてうっとうしいニュースばかりだった。2016年には国宝とされていた有名人が何人も亡くなったことで、英国では冗談半分で「史上最悪の1年」と呼ばれたりした。今振り返ると、よくその程度で騒いでいたなとつくづく考える。2021年8月現在、英国だけでも13万人以上がコロナで亡くなっている。また、欧州連合からの離脱により英国経済が甚大な打撃を受けている。そのような状況の中で、あえて楽しい(軽い?)ネタについて書いてみたい。研究分野でもなんでもないが、一人の留学生として感じた、日本のお笑いの特徴について述べる。

日本のお笑いはいくつかの点で欧米のコメディーの主流と大きく違う。1つ目は「意外性」の役割だ。欧米のコメディーでは原則として、予想外の展開を見せることで観客を笑わせる。同じギャグを繰り返すと意外性がなくなるから、話題を変えて次から次へと新しい冗談を言い続ける。日本のお笑いではむしろ反復が期待される。だからこそ、お笑い芸人が特定の言葉や動作と連想されるし、「あの有名なネタを久しぶりに見られてよかった」や「あのコントを生で見られてうれしい」といったコメントが成り立つ。

日本のお笑いは1つのネタの中でも、反復がよく使われる。私は今になっても、特に漫才では内容をもれなく聞き取れることが少ない。しかし、前半のせりふが後半に再び出るときや、その芸人特有のキャッチフレーズがあると、楽しく聞くことができる。サビだけよく知っていてつい口ずさむ歌のようだ。ただ、最初から半分ネタばらしなので、意外な展開にげらげら笑うことはない。

お笑いとコメディーの形態も違う。欧米ではコメディアンが一人でステージに立って観客に語りかけるのが一般的だが、お笑いでは多くの場合、2人で進行する。しかも、漫才では「ボケ」と「ツッコミ」という役割分担がほとんど鉄則になっている。「ツッコミ」の役割は多くの場合、「面白いところ」を観客に知らせる、あるいは「笑ってね」という合図をするガイドのような存在に見える。これもまた親切だが、「面白いところへの気づきこそが楽しい」という欧米の考え方からすると少し残念とも思える。コメディアンはどちらかというとさりげなくボケて、それを観客に気付かせる。エネルギッシュな漫才に比べゆっくりした流れが一般的だ。

日本のお笑いを批判していると思われるかもしれない。そうではなく、人類共通の「笑う」という現象が国や文化によってこんなに違うこと自体が面白いのだ。もちろん共通点もあり「ピコ太郎」の海外進出からわかるように、日本のお笑いは海外でも受ける。お笑いコンビの「サンドウィッチマン」も、近年はスペインで講演している。今後、国内外のお笑いの合流によって新型お笑いのさらなる発展を期待している。

次に、言語を研究している者として、日本語の特徴から生まれるお笑いの可能性について触れておきたい。日本語はいわゆるSOV(主語―目的語―動詞)型言語で、動詞が文の最後に来る。動詞が文の中心的な意味を表すことが多いので、最後まで聞かないと意味が確定しない。その動詞でさえ、「行きまー」と言って聞き手を待たせることが簡単だ。もちろん、それまでの内容から予想できるが、文末は予想を覆す最適のチャンスを与える。これは、英日や日英の同時通訳における難点でもあるが、お笑いの武器にもなれる。実際、「パンクブーブー」の2人のように、日本語の構造を生かして観客の予想を裏切る漫才もある。意外性が十分に生まれ、個人的にはとても面白い漫才ができあがる。

最後に、お笑いのネタにしてもよさそうな日本の日常的なエピソードを2点紹介したい。留学生であれば、どちらか疑問に思ったことはあるのではないだろうか。

1.天気予報:天気予報士が気温、気圧、湿度、紫外線、花粉などについてまくしたて、となりに立たされている女子アナウンサーはやがて堪忍袋が切れて「そうなんですね、では、明日の天気はどうでしょうか」と突っ込む。

2.商店街で外国人を取材:和食を試食した外国人が生半可なコメントをしても、日本語の吹き替え(なぜかアニメのような音質)では絶賛の声が後を絶たない。納豆を試食した1人が微妙な表情を浮かべるが、すぐにテロップで顔を隠される。

以上のエピソードを面白いと感じるかどうかはわからないが、暗い世界情勢からちょっとした面白さを見つけ出す喜びを日々感じるようにしたい。

<ニューベリーペイトン・ローレンス Newbery-Payton,_Laurence>
2020年度渥美国際交流財団奨学生。英国出身。東京外国語大学非常勤講師、国士舘大学非常勤講師。リーズ大学現代言語文化学部学士。東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士前期課程修了。国費外国人留学生(2013~2019)。研究分野は対照言語学、第二言語習得、外国語教育。

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【2】国史対話エッセイのご紹介

◆劉傑「『国史たちの対話』の先にあるもの」

歴史認識問題は東アジアの難題である。「歴史」が国家間対立を引き起こすメカニズムは複雑だが、各国の歴史家が閉鎖的な「国史」を書き続けてきたことを理由の1つに挙げることに、異議を唱える人はいないだろう。太平洋戦争後の「国史」は、独立を獲得した国々にとって栄光と誇りを取り戻すための有効な武器であった。一方、戦争や植民地支配の加害国にとって「国史」は長期にわたって「自省」のツールとして活用された。歴史家が外国の「国史」に格別な関心を示さなかったため、「自負」と「自省」の歴史は、概ね一国内で完結し、外国から認知されることはなかった。しかし、80年代に入り、各国が門戸を大きく開いて外国の空気を取り入れるようになった結果、「自省」以外の歴史の語り方も国境を越えて伝わるようになった。他国の「国史」に衝撃を受けた人びとは、他国の歴史の語り方に違和感を覚え、反発した。いわゆる歴史認識問題の発生である。

続きは下記リンクからお読みください。
http://www.aisf.or.jp/sgra/kokushi/J_Kokushi2021LiuJieEssay.pdf

※SGRAでは2016年から「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」円卓会議を続けていますが、関係者によるエッセイを日本語、中国語、韓国語の3言語で同時に配信するメールマガジンを開始しました。国史メルマガは毎月1回配信しています。SGRAかわらばんとは別にお送りしますので、ご興味のある方は下記より登録してください。3言語対応ですので、中国語、韓国語の方々にもご宣伝いただけますと幸いです。

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【3】第66回SGRA-Vフォーラム/第6回日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性「人の移動と境界・権力・民族」へのお誘い(再送)

下記の通り第6回日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性をオンラインで開催いたします。参加ご希望の方は、事前に参加登録をお願いします。一般聴講者はカメラもマイクもオフのWebinar形式で開催しますので、お気軽にご参加ください。

テーマ:「人の移動と境界・権力・民族」
日 時:2021年9月11日(土)午前10時~午後4時20分(日本時間)
方 法: Zoomウェビナーによる
言 語:日中韓3言語同時通訳付き
主 催:渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)

*参加申込(下記リンクから登録してください)
https://us02web.zoom.us/webinar/register/WN_6j-ioNjbR86btwmocwljKg

お問い合わせ:SGRA事務局([email protected] +81-(0)3-3943-7612)

■開催の趣旨

本「国史たちの対話」企画は、自国の歴史を専門とする各国の研究者たちの対話・交流を目的として2016年に始まり、これまで全5回を開催した。国境を越えて多くの参加者が集い、各国の国史の現状と課題や、個別の実証研究をめぐって、議論と交流を深めてきた。第5回は新型コロナ流行下でも対話を継続すべく、初のオンライン開催を試み、多くの参加者から興味深い発言が得られたが、討論時間が短く、やや消化不良の印象を残した。今回はやや実験的に、自由な討論に十分な時間を割くことを主眼に、思い切った大きなテーマを掲げた。問題提起と若干のコメントを皮切りに、国や地域、時代を超えて議論を豊かに展開し、これまで広がってきた参加者の輪の連帯を一層深めたい。

なお、円滑な対話を進めるため、日本語⇔中国語、日本語⇔韓国語、中国語⇔韓国語の同時通訳をつける。フォーラム終了後は講演録(SGRAレポート)を作成し、参加者によるエッセイ等をメールマガジン等で広く社会に発信する。

■問題提起

◇塩出浩之(京都大学)「人の移動からみる近代日本:国境・国籍・民族」

国や地域をまたいで移動する人々は、過去から今日まで普遍的に存在してきた。しかし歴史が国家を単位とし、かつ国民の歴史として書かれるとき、彼らの経験は歴史から抜け落ちる。逆にいえば、歴史をめぐる対話において、人の移動はもっとも好適な話題の一つになりうるといえよう。

「人の移動と境界・権力・民族」というテーマについて、この問題提起では近代日本の経験を素材として論点を提示する。まず導入として、アメリカ合衆国の沖縄系コミュニティに関する報告者のフィールドワークをもとに、現代世界における民族集団(ethnic_group)について概観する。

第一の問題提起として、近現代における人の移動を左右してきた国境と国籍に焦点をあて、具体的な事例として、20世紀前半における日本統治下の沖縄・朝鮮や、戦後アメリカ統治下の沖縄からの移民について紹介する。国境や国籍が、近現代の主権国家体制や国際政治構造(帝国主義や冷戦)と密接に関わることを指摘したい。

第二の問題提起として、人の移動が政治・社会秩序にあたえたインパクトとして、国家や地域をまたぐ民族集団の形成、そして国家間関係とは異なる民族間関係の形成に焦点をあてる。具体的な事例としては、20世紀前半のハワイにおける日系住民と中国系住民の複雑な関係についてとりあげる。

以上を踏まえて、近現代における人の移動は前近代とどのような異同があり、また国を単位として比較した場合には何がいえるのか、議論を喚起したい。

*プログラム・会議資料の詳細は、下記リンクをご参照ください。
http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2021/08/J_Kokushi6_ProjectPlan.pdf

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★☆★お知らせ
◇「国史たちの対話の可能性」メールマガジン(日中韓3言語対応)
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