SGRAメールマガジン バックナンバー

LAI Sihyu “Drifting Raccoon”

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SGRAかわらばん863号(2021年3月25日)

【1】頼思妤「漂泊の狸」

【2】国史対話メルマガ#28を配信:
大久保健晴「第5回国史対話における自由コメント」
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【1】SGRAエッセイ#664

◆頼思妤「漂泊の狸」

渥美国際交流財団のロゴの狸は、創始者の故渥美健夫鹿島建設会長が生前によく描いておられたものだそうです。

初めてこの狸のロゴを見た時、私は子供の頃に見たジブリ映画「平成狸合戦ぽんぽこ」をふと思い出しました。この映画は純粋さや素朴さがある一方不思議な現実味も帯びた作品で、物語の終盤では狸たちの一部が人間に化けて人として都会で生きていこうと努力する様子が描かれます。留学生として日本に来た時、私はちょうどフランスとアメリカへの訪問を終えたところでした。それぞれの国で非母語的な環境に身を置くと、だんだんと生活には慣れてはくるものの、なぜか時折そのままではいられないような気分になりがちです。映画はそんな自分に、「化ける」能力がある狸ですら異文化社会で苦労したのだから、普通の人間である私が短時間で次々と新しい環境に適応するには、頑張る以外に何もないのだという決意を思い出させてくれました。

台湾から日本に来た頃、私の台北の友人は「東京に行けるとは羨ましいよ。東京の人たちは謙虚で礼儀正しいからね」と言いました。それからパリに行く機会があった時、東京の友人は「パリに行けるとはいいね。ロマンチックで詩的なところだから」と言いました。そして、アメリカでは、知り合いの全員が「ボストンに行けるなんていいね。あそこの学生は明るくて自信がある上に、やる気がある」と言いました。皆、私が旅先で出会う新しい知り合いが本当にニュースやネット上で伝えられている通りなのか、興味津々なのです。もちろん彼らは単純にSNSなどで目にした記事を元に気楽に私に尋ねただけだったのかもしれません。

しかし、実際に私の日常生活で起こるのは報道やインターネットから伝わる様子とはまるで別のことばかりでした。友達との実際の会話は、政治などの大事件よりも身近な出来事、自分達の街での出来事、お互いの研究の内容が多く、ゆえにSNSのみを通じて外の世界を知ろうとしたり、知った気分になったりしてしまう現在の潮流に私はしばしば違和感を覚えました。インターネット上に現れる東京は私が知っている東京ではなく、パリやボストンもまた然り。とある地域について、とあるトピックだけに焦点をあてて議論していては、その土地に存在している他の多くの人々が抱える思いや考えをたやすく見逃してしまうのだと、最近特に強く感じます。

私たちは、それぞれがそれぞれの経験によって自我を形成し、その結果、多様な個人として生きています。人それぞれの経験の違いは、国や言語の違いよりも重要だと私は思っており、SNSから吸収した偏見を持っていては、外の世界で真の友情を育むことができないのです。何年にもわたる異国での旅と留学を、私はいくつもの「国」を見て来たというよりは、いくつもの国の「友」と心を通じ合わせてきたと表現したくなります。なぜなら、政策や経済の発展状況よりも、そこで暮らしている人々の思いやりと温もりこそが、最も深く私の記憶に刻まれていて、その数々が今の私を作り上げているからです。たくさんの土地を踏み、多様な文化を学び続けながら私が私でいられたのは、多くの人々に助けられ、恵まれていたからでした。

このような心境を経験したので、渥美財団の狸のロゴを見ると今は心に特別な親近感が湧いてきます。同期の渥美奨学生と交流し、事務局のみなさんが見守ってくださったおかげで、私は無事にこの一年間を自らの心を見つめながら、穏やかに過ごすことが出来ました。またこうした日々の中で、これまでに心に積もった数年分の研究上の知識や人生における知恵を整理することが出来ました。日本での留学を終えた今、いくつもの縁に導かれて東京に来たこと、私が最も落ち込んでいる時、私を信じてくれた人達、出会った全ての人に感謝しています。人生の全ての体験が、良くも悪くも私という小さな苗を成長させてくれました。与えられた栄養を頑張って吸収し、辛い経験は逆「増上縁」と化して、心を強く鍛えてくれました。

長かったり短かったりする別れを次々に経験していくのは留学生の常だと思います。昔はよく切ない気持ちになりましたが、今は、別れというものはその度に誰かが一歩前に進んだことを意味するのだから、喜んで祝福すべきだと思っています。現代社会において、頑張って生きている人(狸)達は、実は皆、自分の孤独な惑星を歩いているようなものです。没頭してひたすら歩いていると、ふとした瞬間に遠くにいる誰かが自分のことを思い出してくれていることに気がつくのです。その時、心に流れ込んでくる暖かさこそが、最も安堵に満ちた寂しさだと私は思います。

<頼思妤(ライ・スーユ)LAI_Sihyu>
東京大学大学院文学博士。現職は台湾の中央研究院博士後研究員。日本学術振興会特別研究員(DC1)の経験あり。フランス高等研究実習院(EPHE)、ハーバード大学等での短期訪問研究の経験あり。朝日新聞、台北経済文化代表処等での勤務経験あり。

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【2】「国史対話」メールマガジン第28号を配信

◆大久保健晴「第5回国史たちの対話『19世紀東アジアにおける感染症の流行と社会的対応』自由コメント」

私は、日本とオランダとの関係を機軸とした東洋政治思想史・比較政治思想を専門に研究しています。政治思想史の観点から、質問をさせていただきます。

(1) 主権的権力と公衆衛生について

このたびのコロナ禍において、何人かの政治学者が疫病の蔓延との関係で注目した古典に、ホッブズの『リヴァイアサン』があります。カルロ・ギンズブルグらの図像研究が明らかにするように、著者ホッブズの指示のもと版画家アブラハム・ボスが描いた『リヴァイアサン』の有名な扉絵には、疫病・ペストの防疫にあたる二人の医師の姿が小さく描かれています。17世紀、イングランドをはじめ、ヨーロッパはたびたびペストの感染拡大による被害に襲われました。特にホッブズがオックスフォード大学に入学した1603年は、ペストの大流行の年でした。ホッブズの『リヴァイアサン』に示されるように、人々が疫病におびえ、死への恐怖をいだくなかで、主権的権力はその存在感を増し、その存在意義は際だったものとなります。

それは、政府・国家権力が公衆衛生の名のもとに、緊急事態宣言やロックダウンを発令し、人々の行動の自由を制限する現代社会も同様です。

公衆衛生と主権的権力の行使は、密接不可分な関係にあり、疫病の蔓延という状況はまた、主権的権力とは何かを考えるためのきわめて重要な機会でもあります。

とりわけ本日の3名のご報告が、コレラの流行を主題としている19世紀後半はまた、東アジアにおける近代国家形成期でもありました。東アジアにおいても、疫病の蔓延に対応する公衆衛生の確立と、近代国家としての主権的権力の形成は、密接不可分であったと言えます。

続きは下記リンクからお読みください。
http://www.aisf.or.jp/sgra/kokushi/J_Kokushi2021OkuboTakeharuEssay.pdf

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