SGRAメールマガジン バックナンバー

LEE Taekjin “Owner of the Goose that Laid the Golden Eggs”

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SGRAかわらばん843号(2020年10月29日)

【1】エッセイ:李澤珍「『金の卵を産む鵞鳥』の飼主」

【2】第14回SGRAチャイナVフォーラムへのお誘い(最終案内)
「東西思想の接触圏としての日本近代美術史再考」(11月1日オンライン)
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【1】SGRAエッセイ#650

◆李澤珍「『金の卵を産む鵞鳥』の飼主」

ある人が、毎日1個ずつ金の卵を産む鵞鳥を飼っていた。その飼主は、鵞鳥の腹の中に大きな金の塊があるのだと考え、その腹を切り裂いた。が、中は他の鵞鳥たちと同じであった。

余りにも有名で多くを語る必要はないだろうが、この話は古代から伝わるイソップ寓話中の一篇である。紀元前6世紀頃のアイソーポス、英語読みのイソップという人によって語られたとされるイソップ寓話は、主として動物を主人公とする短い物語と、それに添える教訓・啓蒙的な言辞から構成されるのが一般的である。

後世のイソップ寓話編訳者および再録者たちは、この「金の卵を産む鵞鳥」の話について「今もっているものに満足し、むやみに欲張ってはならない」という趣旨の教訓を伝えるものと捉え、欲望に耐えきれず鵞鳥の腹を切り裂いた飼主の行動を愚かなものとする評言を付しているのがほとんどである。3世紀頃のバブリウス版から、現代日本でも最も広く読まれているシャンブリ版にいたるまで、欲望への戒めの伝統は忠実に受け継がれてきたのである。すなわち、金の卵を産む鵞鳥の飼主は2千年近くも世のそしりを免れることができなかったといえよう。

なるほど、確かにこの話の展開から見る限り、飼主を擁護する余地はなさそうだ。しかし、もしも鵞鳥の腹を切り裂いて原作の寓話とは異なる結果が出たらどうだろうか。仮定の話だが、飼主の思った通りに金の塊でも出てきたとしたら、あるいはせめて金の卵を産む仕掛けが見つかったとしたら…。いやいや、鵞鳥の腹から金の塊が出るなんて常識的にとうてい考えられない、と仮定の前提そのものが否定されるかもしれない。しかし、そう言い切れるだけの十分な科学的な根拠はあるのだろうか。

もし金の卵を産む鵞鳥が存在するならば、その鵞鳥の体内では何が起きているのか。これを科学的に解明しようと試みた人がいた。アメリカの生化学者で(SF)作家のアイザック・アシモフは、SF雑誌『アスタウンディング』1956年9月号に「金の卵を産む鵞鳥」という短編を発表した。その筋書きはこうである。1955年、テキサスのある農園主が飼っている一羽の鵞鳥が金の卵を産んだ。それを知った農務省は研究チームを立ち上げ、金の卵とそれを産んだ鵞鳥に対する科学調査に乗り出した。その結果、鵞鳥の肝臓の中で酸素18が金197へと転換されるという推論が提示された。

鵞鳥が金の卵を産むという寓話の世界の出来事を科学的に解明しようとしたバカ真面目なところも含めて非常に興味深い発想のあふれるフィクションであるが、特に私が注目したいのは、結局鵞鳥の腹を目の前で裂きひろげることができなかった研究者たちの次の言葉である。「わたしたちは、《金の卵を産む鵞鳥》を殺す勇気はなかった」。推論を立証し、鵞鳥の体内で金が作られるメカニズムを明らかにするために、鵞鳥の腹の中を直接見て調べるのは絶対欠かせない作業である。しかし、研究者たちは、だった1羽しかいない鵞鳥を解剖することはできなかったのである。この言葉に対する解釈は色々あるだろうが、古代から非難されてきた飼主のためのある種の弁護として受け止めることも可能ではなかろうか。

よく考えてみると、飼主の行動を「欲望」と結び付けて問題とする共通理解の背後には、鵞鳥の腹の中に金の塊なんか詰まっているはずがないという観念が大きく影響しているような気がする。言い換えれば、鵞鳥の腹に金の塊は存在しないと考えるのが常識的で理性的な判断だから、彼の行動は反常識的で反理性的なものになるわけで非難されるべく、彼がそのような行動をとったのはやっぱり欲望に負けたからだ、という論理が、古代から飼主の行動を戒める見方を支えてきたように思うのである。しかし皮肉なことに、欲望を諷刺しながらも、結局毎日一個ずつ金が得られるという、安定した金の入手による幸福追求を正しい選択として奨励している。果たして飼主の行動は、欲望にくらんで犯した反常識的・反理性的なものとして非難ばかりされるべきものなのか、疑問を拭いきれない。

今一度問い直してみよう。鵞鳥の腹の中から金の塊が出てきたとしたら、あるいは金の卵を産む仕掛けが見つかったとしたら、飼主への見方はどうなるだろうか。おそらく鵞鳥を切り裂かせた原因として戒められた「欲望」は、ふと思いついたことをすぐ実行に移した「実践力」として、また勇気のある行動をもたらした「原動力」として称賛されるかもしれない。

<李澤珍 LEE_Taekjin>
東京大学大学院総合文化研究科博士課程在学中。専門は日本近世・近代文学、特に日本におけるイソップ寓話受容の歴史について研究している。主な論文に、「古活字版『伊曽保物語』の出版年代再考」(『国語国文』87―7、2018年)、「『伊曽保物語』版本系統の再検討―B系統古活字本の本文異同を中心に―」(『近世文芸』106、2017年)、「明治初期のイソップ寓話受容における『伊曽保物語』の影響について―渡部温編訳『通俗伊蘇普物語』を中心に―」(『超域文化科学紀要』21、2016年)等がある。

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【2】第14回SGRAチャイナVフォーラムへのお誘い(最終案内)

下記の通りSGRAチャイナVフォーラムをオンライン(Zoom)で開催いたします。参加ご希望の方は、事前に参加登録をお願いします。今回は、聴講者はご自分のカメラとマイクはオフのWebinar形式で開催しますので、お気軽にご参加ください

テーマ:「東西思想の接触圏としての日本近代美術史再考」
時間:2020年11月1日(日)午後3時~4時30分(北京時間)/午後4時~5時30分(東京時間)
方法:Zoom_Webinarによる

主催:渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)
共催:清華東亜文化講座、北京大学日本文化研究所
後援:国際交流基金北京日本文化センター

※参加申込(下記URLより登録してください)
https://us02web.zoom.us/webinar/register/WN_bAKs7Yo7QYu1Kj9DBaQqMQ

お問い合わせ:SGRA事務局([email protected] +81-(0)3-3943-7612)

■フォーラムの趣旨
江戸時代後期以降、日本には西洋の諸理論が流入し、絵画においても、それまで規範であった中国美術の受容とそれを展開していく過程に西洋理論が影響を及ぼすようになっていった。一方、絵画における東洋的な伝統や理念が西洋の画家たちに影響を与え、さらにそれが日本や中国で再評価されるという動きも起こった。本フォーラムでは、その複雑な影響関係を具体的に明らかにすることで、日本近代美術史を東洋と西洋の思想が交錯する場として捉え直し、東アジアの多様な文化的影響関係を議論したい。日中同時通訳付き。

■プログラム

【講演】稲賀繁美(国際日本文化研究センター)
「中国古典と西欧絵画との理論的邂合―東西思想の接触圏としての日本近代美術史再考」

渡邊崋山から橋本関雪までの画人がいかに中国の美術理論を西洋理論と対峙するなかで咀嚼したかを検討する。とりわけ「気韻生動」の概念がいかに西洋の美学理論に影響を与えたかをホイスラーからアーサ・ダウに至る系譜に確認するとともに、それが大正期の表現主義の流行のなかで、いかに日本近代で再評価され、「感情移入」美学と融合をとげ、更にそれが、豊子愷らによって中国近代に伝播したかを鳥瞰する。この文脈でセザンヌを中国美学に照らして評価する風潮が成長し、またそれと呼応するように、石濤が西欧のキリスト教神秘主義と混線し、東洋研究者のあいだで評価されるに至った経緯も明らかにする。

【討論】
劉暁峰(清華大学歴史系)
塚本麿充(東京大学東洋文化研究所)
王中忱(清華大学中文系)/高華シン(中国社会科学院文学研究所)代読
林少陽(香港城市大学中文及歴史学科)

※プログラムの詳細は、下記URLをご参照ください。

日本語プログラム
http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2020/10/J_SGRAChinaVForum14.pdf

中国語プログラム
http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2020/10/C_SGRAChinaVForum14.pdf

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