SGRAメールマガジン バックナンバー

W. Yeh “Academic Independence”, Y. Chiang “Academic Method”

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SGRAかわらばん775号(2019年6月13日)

【1】エッセイ:葉文昌「学問の独立について」

【2】エッセイ:江永博「学問の方法について」
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※江永博「学問の独立と私」は下記リンクよりお読みいただけます。

エッセイ597:江永博「『学問の独立』と私」

【1】SGRAエッセイ#599

◆葉文昌「学問の独立について」

江永博さんのエッセイ「学問の独立と私」を拝読しました。その中で「自分の意見が異なるとしても、互いに尊重し合うのが民主国家である」とありました。これには私も賛同します。しかし現実には、人それぞれが持つ偏見や無理解によって、学問の独立が脅かされる例を、江さんのエッセイから指摘したいと思います。

江さんは「自分の思想を主張する為に…、研究の方法を工夫する研究者が現れた」一例に、台湾大学医学部教授の「林母利」氏が提出した「台湾人の85%は先住民族の血統を持っている」という主張を紹介されました。江さんは林氏が間違っている根拠に、法学者岡松参太郎が残した、「我臺灣ニ於テハ其人民ハ悉ク皆支那人種ニシテ然カモ未開ノ民ニ非ス特殊ノ文化ヲ有シ特別ノ性情ヲ具フ」(葉訳:わが台湾においては、その人民はすべてシナ人種にしてしかも未開の民と異なる特殊の文化を有し特別の性情を持つ」を挙げています。(「シナ人」は現代ではなぜか差別用語となっておりますが、当時はシナ(ChiNa)が中国の名称で、差別用語ではなかったことから、そのままにしています。)

「林母利」の発表(2000年代後半)は台湾で一大論争を起こしたので印象に残っています。改めて調べてみましたが、「林母利」は、「林媽利」氏の誤記であるという事がわかりました。この誤記はさておき、「台湾人の85%は先住民族の血統を持っている」は人々の関心をそそる表現ではありましたが、「血統」とはDNAを持つこととすれば、林媽利氏は自明な事を、DNA調査によって証明しただけ、と思いました。そこで簡単な統計的なシミュレーションをやってみました。

男女それぞれ5人いて、その中で男女どちらかの1名に原住民の血があるとします。すなわち人口の10%が混血者です。清国は女性の台湾への移民を禁止していた時期もあったので多少の混血はおかしいことではないと思います。そして全員結婚して次代には男女それぞれ1名が生まれ、且つ兄弟間は結婚できないとします。この仮定では人口は増加しませんが、当時は風土病などで人口自然増は極めて緩やかだったので、妥当かと思います。2代目では原住民の血を持つ人は男女各1名で、原住民の血を持つ人は全体の20%になります。3代目では、40%になります。そして4代目では、60%台になります。わずか、ひ孫の代で、混血者は60%台になるのです。漢民族が台湾へ最初にやってきたのは400年前です。1代20年とすると20代分もあります。戦後に中国から台湾へやってきた所謂「外省人」が10%で、且つ血統を重んじる名門家族も各地に居たことから、「85%は原住民の血統を持っている」という結果は至当極まりないことなのです。

更にもう一つ、最近科学界を揺るがした研究例を示します。ネアンデルタール人は人類と異なる種で(または亜種)、4万年前に絶滅しました。種が異なるので、従来では混血はほとんどなかったと考えられていました。しかし最近のDNA研究で、黒色人種以外の現生人類にはネアンデルタール人の遺伝子が1-4%混入していることがわかりました。異種にもかかわらず1-4%の濃度はとても高いものです。これはすなわち、「黒色人種以外の現生人のほぼ100%はネアンデタール人の血統を持つ」とも言えます。漢族と台湾原住民族は同じ種で、400年も同じ土地に住んでいるのだから、混血は当然なのです。

台湾では林氏の発表は大変注目されました。台湾での親中国メディアは批判、反中国メディアは賛同、と世論は二分化しました。新しい情報が入った時、メディアまたは世論はまずは我側にとって都合良いか否か?が先にあって、それから都合良いように理論づけしているというのが、私が台湾のメディアまたは世論に持った感想でした。どちらにも真実はありません。林氏は研究成果を発表してから、一部世論の批判の嵐にさらされたようです。人々の偏見や無理解によって、誰もが学問の独立を脅かすことに加担する一例であります。私も含めて偏見や無理解は誰にでもあります。気をつけねばなりません。

最後に、私が林氏の擁護をしているからには、江さんが指摘した台湾の統一と独立のうちの後者と読者から思われているかも知れません。でも全く関係ありません。私は単純に林氏の発表が真っ当な研究結果であると思ったからです。

<葉文昌(よう・ぶんしょう)YEH_Wenchang>
SGRA「環境とエネルギー」研究チーム研究員。2001年に東京工業大学を卒業後、台湾へ帰国。2001年、国立雲林科技大学助理教授、2002年、台湾科技大学助理教授、副教授。2010年4月より島根大学総合理工学研究科機械電気電子領域准教授。

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【2】SGRAエッセイ#600

◆江永博「学問の方法について」

葉文昌さんから私のエッセイにコメントをいただき、ありがとうございます。人名に対するご指摘について反論はありません。また、葉さんのエッセイの中で、メディアに対するご指摘もごもっともだと思います。さらに、立場によって、ある程度の偏見または無理解・無関心は誰にでもあることに対しても同意します。しかし、歴史研究者の自分にとって、その理論展開の仕方は理解し難いところがあります。

まず、現在台湾の中でも中国に対して「支那」と呼ぶ一部の人がいます。自分は「台湾人」だから「支那人」と区別しようとする意図があるからです。葉さんは「『シナ人』は現代ではなぜか差別用語となっておりますが、当時はシナ(ChiNa)が中国の名称で、差別用語ではなかったことから、そのままにしています」とおっしゃいますが、戦前、少なくともアヘン戦争以後、「支那」という言葉にマイナスな意味が含まれていると指摘した研究はたくさんあります。日本における1911年より前の中国の呼び方に対して、「清国」から「支那」への変化には意味があります。また、民国になってから、中華民国は日本政府に「支那」という用語に対して、何回か抗議したこともあります。もし、差別用語でなければ、中華民国は抗議しないでしょう。さらに、もし当時の人々が差別と思わずに使っていれば、現在の人々も使って大丈夫という考え方でしたら、当時の植民地政権は台湾人のことを普通に「土人」と呼んでいましたので、今、台湾人のことを「土人」と呼んでもいいことになってしまいます。

次に、男女それぞれ5人の中の1名に先住民族の血統を持つという例え話ですが、現在の学校でも一つのクラスに自分は先住民族だと主張できる人は1人いるかどうかというレベルだと思います。10%という前提がどこからきたかは最初の問題です。そして、その10%の割合から現在に85%に至るまでの計算方法=台湾2358万人の血統を説明しようとする方法に対しても、私には理解し難いです。私は文系なので、理系の研究方法については疎いですが、どこからきたかも分からない数字を何の根拠もなく、さらに恣意的に2358万人まで広げようとする印象を受けました。理論の展開はいずれも推論に過ぎず、ちゃんとした研究データが提示されていないです。

さらに、漢民族の台湾への移住は400年前まで遡れるとおっしゃいますが、漢民族の移民はオランダ領有時期(1624~62)の前まで遡れます。また、「清国」の女性移民禁止政策が取り上げられて、漢民族は先住民族と結婚するしかないと説明されています。確かに女性移民禁止政策があって、そのために一人で台湾に行ったが、仕事もせず経済能力もない漢民族男性は「羅漢=[月+卻]」(luohanjiao:ごろつきの独身男子)と呼ばれていましたが、これは清国領有前期の政策で、のちに緩和されました。さらに、歴史史料には、植民地統治前、先住民族が漢民族の首を狙い、漢民族が先住民族の肉を食べるような記述はたくさん見られます。先住民族と漢民族の婚姻が進んでいたとは考えにくいです。私のエッセイの中でも言及しましたが、確かに山の麓周辺では一部の漢民族は先住民族と結婚し、漢民族と先住民族の架け橋のような役割を果たしていました。しかし、それは極めて稀な例だったのです。

歴史研究者から見ると、葉さんの文章の中には、歴史の史料を見ずに、「科学的な手法」と大量の恣意的な解釈で構成されている部分があるように思われます。分野によって、研究方法の差もあると思いますが、文献を重視しながら史料批判の訓練を受けてきた私にとっては理解に苦しむところがあります。

<江永博(こう・えいはく)CHIANG_Yungpo>
渥美国際交流財団2018年度奨学生。台湾出身。東呉大学歴史学科・日本語学科卒業。2011年早稲田大学文学研究科日本史学コースにて修士号取得。2019年4月から一般企業で働きながら、研究生として早稲田大学文学研究科日本史学コースに在籍、「台湾総督府の文化政策と植民地台湾における歴史文化」を題目に博士論文の完成を目指す。早稲田大学東アジア法研究所RA。専門は日本近現代史、植民地時期台湾史。

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