SGRAメールマガジン バックナンバー

Corbel “Looking Back at My Twenties”

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SGRAかわらばん774号(2019年6月6日)
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SGRAエッセイ#598(私の日本留学シリーズ#32)

◆アメリ・コーベル「私の20代を振り返って」

日本との縁が少ないフランスの田舎の環境で生まれ育った私が、「日本」と関わるようになったのは、15歳の時である。それまで第三外国語として学んでいたラテン語には実用性を見出せず、高校進学をきっかけに、思い切ってラテン語をやめ、新しい言語を学び始めることにした。4つの選択肢(ドイツ語、イタリア語、ブルターニュ語又は日本語)から日本語を選んだのは2つの理由がある。1つ目は日本語講師の先生はフランス人でありながらもアフリカ生まれで、大学時代に日本語の他にスワヒリ語も学習していたという非常に奇妙な人物像に魅力を感じたこと。2つ目は「珍しい」言語への単なる好奇心であった。確かに、当時アニメを見たり、ポケモンのゲームで遊んだりすることもあったが、そういったポップカルチャー的なものを「日本」という国とあまり結び付けていなかった。単なる好奇心から始めた日本語の学習であったが、それがその後の私の人生を大きく左右することになる。

次の契機が訪れたのは、20歳の時だった。進学したパリ政治学院では、1年間の海外留学もしくは長期インターンシップが必須となっており、それをきっかけに初めて日本を訪れた。ちょうど10年前のことだ。留学先は慶応義塾大学の日本語・日本文化教育センターだった。1年間も日本語学習だけに費やすことを決断したのは、日本語を本格的にマスターできるのは、このチャンスしかないと思ったからである。この最初の留学を機に、日本語能力を上達させ、将来、日本研究の道に進みたいという意思も固めることができた。おまけに現在の夫となる人に出会った。

フランス帰国後、パリ政治学院の政治学研究科に進学し、比較政治・政治社会学・政策過程論を中心に学問に励んだ。詳しい往復歴は省略するが、その後更に3回も日本に留学している。2度目は一橋大学の社会学研究科(2011-12年)、3度目はお茶の水女子大学のジェンダー研究所(2015-16年)、4度目は再び一橋大学(2018年度)。それぞれの留学経験は学位取得に繋がるものではなく、日本語能力向上やデータ収集等を目的としていた。実は博士課程へ進学する際に、日本の大学も考えたが、法学研究科に属することが多い日本の政治学はある意味「古典的」で、フランスならではの社会学を交えた批判的な政治学の方が自分には合っていると思い、再び自国の大学の進学を決めた。

履歴の説明はこのぐらいにしたいと思う。残り少ない字数を使って、この10年間の日本での暮らしを振りかえってみたい。

初対面の人に必ず聞かれる質問は「日本の暮らしはどのぐらい長いですか?」。フランスと日本の間を行ったり来たりした私にとっては非常に答えにくい質問である。今回のエッセイをきっかけに、計算をしてみた。答えは6年と4か月半である。長いのか、短いのかよくわからないが、20代の大半は日本で過ごしたことになる。この地に住み始めてから変わったこと、変わっていないことを少し紹介したいと思う。

まず、変わらないことから述べると、私が外国人であり続けることには変わりがない。白人の顔のままでいる限り、日本語がどれだけ上達しても、生活基盤を日本に置いても、他人から好奇心の対象になることには変わりがないと思う。この事実を受け止めてから、私のいくつかの行動には変化が見られた。

簡単な事例から行くと、まずスーパーのレジ係や街ですれ違った子供に英語で話しかけられても、「英語が母国語じゃねーぞ」という怒りの気持ちを上手に収めるようになった。海外で日本人が中国語で話しかけられる面倒さを想像していただくと分かりやすいと思う。

2つ目の変化は、名前に関するこだわりだ。日本に初めて留学した時は、自分の名前をカタカタで書くのが好きだった。更に言うと、憧れていた漢字名まで夫に作ってもらった。それに対して、近年は正式な場面においても、可能な限りローマ字を使っている。外国人であるなら、生まれつきの名で生きようという思いが強くなった。

3つ目の変化は、友達に在日歴が長い外国の方が増えたことである。実のことを言うと、最初に来日した際に日本語学習の妨げになるのを恐れて、他の留学生とあまり関わらないように心掛けていた。日本人の友達を作るのに必死だった。当時の気持ちが徐々に薄くなってきた。現在の親しい友達をみると、日本人は少ない方で、いたとしても海外経験のある方がほとんどである。夫もその一人だ。そして、落ち込んだ時に支えになってくれる親友はフランスにいる友人(日々スカイプの存在に感謝している)か、日本にいるヨーロッパ人の友達である。その実態を20歳の私が見たら、「同化の失敗事例」として残念がるに違いない。30歳を迎える私の方がよりリアリスティックだ。それは日本社会で生きる上でのサバイバル作戦なのだ。

話が少し暗くなったとは言え、ここにいて不幸なわけではない。移民生活はこういうもんじゃないか。10年後、40歳を迎えた際にまだ日本にいるならば、どのような変化がありどういった気持ちでこの地に生活しているのか、とても楽しみだ。

<アメリ・コーベル Amelie_Corbel>
渥美国際交流財団2018年度奨学生。フランス出身。パリ政治学院政治学研究科博士課程在籍。「日本における国際結婚の諸規制」を題目に博士論文執筆中。専門は公共政策分析、政治社会学、ジェンダー研究。これまでの留学先は慶応義塾大学、一橋大学、お茶の水女子大学の3校。

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