SGRAメールマガジン バックナンバー

Letizia Gualini “My Continuing Trip of Opening Up the Options”

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SGRAかわらばん758号(2019年2月14日)
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SGRAエッセイ#586(私の日本留学シリーズ#26)

◆レティツィア・グアリーニ「選択肢を広げる旅が続く私」

日本で暮らしている外国人は、初対面の人に必ずと言っていいほどこの質問を聞かれます。

「なぜ日本に興味を持ったのですか?」

聞かれるたびに私は高校時代に遡り、迷子になっていた当時の自分を思い出します。
私が通っていた高校は、ほとんどの生徒が大学に進学し、7割ぐらいは法学か医学を勉強する学校でした。最終学年になるとやはりみんなその話に夢中になる。最初から目的を持って進路を決めている人もいれば、やりたいことがなかなか見つからない人もいました。いずれにせよ両親の期待に応えるべきかどうかという点は、みんなにとって大きな問題でした。私の周りにも自分の夢を諦めて言われるままに法学や医学に進学した人が少なくありません。そして、私にも同じ期待が寄せられていました。

「私は日本語を勉強する」

娘が医者か弁護士になることを疑ってもいなかった母は、私の報告を聞いた時あまりのショックに「あなたが何を考えているのか全然理解できない」と繰り返すばかりでした。一歩も譲らない私に対して「せめてロシア語にしたら?」と母が説得しようとしました。なぜ日本語はダメで、ロシア語ならよかったのか、その理由は今でも謎ですが、おそらく母にとって日本は地理的にも文化的にもあまりにも遠い国だったのでしょう。母はまだ切れていなかった精神的なへその緒が日本までは届かないと恐れていたのかもしれません。

実は、当時私にとってはロシア語でもよかったのです。なんとなく日本文化には興味を持っていたのですが、日本文化のオタクだったわけでもなく、「中国語でもいいかな?」と思うぐらい軽い気持ちでした。私が本当にやりたかったのは、日本語を勉強することではなく、とにかくどこか私も私の周りにいる人も誰も知らない世界へのドアを開けてみたかっただけです。将来何になりたいかをなかなか決められなかった18歳の私は、単純にその決定を延期し、選択肢を広げたいと思っていたのです。

地元から離れた街に移り住み、大学の教室や若者が溢れる広場で新しい出会いを繰り返し、そして小説の中で知らない世界を発見している中で、「これじゃ足りない、もっともっと自分の選択肢を広げたい」と思いを強め留学の決意に至ったのです。「今度こそ娘を失う」と心配していた母と、「行かないでほしい」とせがんでいた当時の彼氏の気持ちとぶつかりながら、私も私の周りにいる人も誰も知らない世界へと入っていきました。

今から考えると私の研究の出発点はそこにあるのかもしれません。母の支配、父の不在(そういえば、日本語を勉強することに対しても、留学することに対しても父が反対したかどうか全く覚えていない)、男女の関係…日本語を勉強する決心をせず、日本に来ていなかったらそれらの問題について考えることなく生活を送っていたのではないかと思います。その意味においても私の選択肢は大いに広がったと言えましょう。というのは、母国から離れた国に住むことによって知識はもちろん、自分自身を見つめる意識の面でも深めるたくさんの機会が与えられたからです。

日本で暮らしている外国人は、初対面の人によく聞かれるもうひとつの質問があります。

「いつまで日本にいますか?」

そう聞かれる度に私は10年前最初来日したときに遡り、過去の自分を今の自分と見比べてみます。誰かの希望に応えるのをやめようとしている自分。外国語で言いたいことが言えないもどかしさに悩む自分。居場所を探して、見つけて、またそれを失う自分。劣等感を抱く自分。罪悪感を抱く自分。目的を達成する自分。新しい出会いによって新たな発見ができる自分。知識を深め続ける自分。自分に向ける意識を深め続ける自分。

日本にいる限りこの変化が永遠に続くような気がします。しかし同時に、滞在が長ければ長いほど「知らないもの」が減って、「当たり前のもの」が増えていくことも実感しています。そう考えると、「これじゃ足りない」という声が改めて自分の中に響き始めるのです。

もしかすると私の中にいる「選択肢を広げたい」と望む18歳の自分がまだ満足していないのかもしれません。やはり次の旅へと出る時期が近づいてきたような気がします。そろそろもう一度私も私の周りにいる人も誰も知らない世界へのドアを開けてみようかと思います。

<グアリーニ・レティツィア GUARINI Letizia>
2017年度渥美奨学生。イタリア出身。ナポリ東洋大学東洋言語文化科(修士)、お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科(修士)修了。現在お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科に在学し、「日本現代文学における父娘関係」をテーマに博士論文を執筆中。主な研究領域は戦後女性文学。

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