SGRAメールマガジン バックナンバー

Virag Viktor “Do I have to go back to my home country?”

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SGRAかわらばん613号(2016年3月31日)

【1】エッセイ:ヴィクトル「先生、母国に帰らないとダメですか?」

【2】第9回SGRAカフェへのお誘い(4月2日東京)
  「難民を助ける:民と官を経験して」<当日参加も受け付けます>
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【1】SGRAエッセイ#486

◆ヴィラーグ ヴィクトル「先生、母国(くに)に帰らないとダメですか?」

日本の大学は帰国を前提とした留学生受け入れから根本的に脱却しなければならない。初めて来日してから既に13年が経とうとしている。この滞日期間のほとんどを高等教育機関で過ごしてきた。しかし、留学生の卒業後の帰国を当たり前のように考える教育指導には未だに違和感が残る。様々な先入観に敏感で、開かれたはずの社会学を専攻した後、寛容さが最も求められる社会福祉学の分野に身を置いている。それにも関わらず、「帰国後どうしますか?日本で勉強したことを母国でどのように活かしますか?」と直接聞かれた経験が非常に多い。さらに、周囲の留学生に向けた同じ質問を耳にした回数を含めると、数えきれない程である。卒業後の帰国と母国への貢献は、場合によって日本の奨学金の応募要件の中にすら明記されている。帰国以外の選択肢を想定しない鈍感な接し方に、長年に渡り日常的に直面すると、自然とその心情の背景を考えることを余儀なくされてしまう。

まず、留学生の卒業後の定住化による日本の多様化を否定的に考える排他性、難しくいえば排外主義がしぶとく根付いているように感じる。2020年のオリンピックと最近の流行語に照らし合わせてみよう。あくまでも一時的な「お客さん」として「おもてなし」には全力を尽くす反面、基本的に「他者」として捉えがちである。この他者化の枠から踏み出せていない人が多い。これでは、相手はいつまでも「輪の外の人」のままである。「輪の外の人」は、日本人ではないため、またハーモニーを乱すため、複数の意味で当然「和の外の人」としてみられる。文字通りに「外人」になってしまう。要するに、対等な立場で同じ土俵に立たせてもらえないわけである。その上、文化的な多様化と治安悪化を必然的に結び付ける言説では、この「外人」があたかも「害人」であるように語られる極端な傾向まである。

しかしながら、留学生の帰国を好む風潮に影響を及ぼす潜在的な意識の方がより深刻なように思う。一言でいえば、相当数の人は悪気がなくとも優越感をもっている。即ち、「せっかく<進んでいる>日本で勉強させてもらったことを有効活用して、<遅れている>母国のために努めなさい」という暗示が背景に読み取れる。このような知識及び技術移転という海外援助や国際貢献の延長線上での留学生受け入れの位置づけは、特に非欧米圏出身者に対して強いようにみえる。人種主義に走った日本人論や、至上主義的な側面をもつナショナリズム、あるいは一元的に物事をみてしまう自民族中心主義(エスノセントリズム)のような単純なものだけではない。むしろ、植民地主義の系統も引き継いでいる先進国の新興国に対する傲慢さとパターナリズムを想起させる。アジア太平洋諸国からの学生なら、まさしく大東亜共栄圏思想を連想しかねない。

もちろん、深く考えず「留学生は帰国するもの」と決めつける人も大勢いるはずだ。ところが、このような想像力の乏しさというか、無知も、上述のような各種イデオロギーの影響を無意識のうちに受けていることを忘れてはならない。留学生の卒業後の帰国を前提とした態度の背景には根深いものが潜んでいそうである。

そして、鈍感な接し方と態度は、行動として偏見に満ちた扱い方に転じやすいことも事実である。例えば、奨学金申請時の先述した帰国要項は最も露骨な制度化された差別の現れの一つである。他に、論文執筆における研究指導の例を挙げても良い。筆者の経験からして、せっかく日本にいながらも母国の研究を勧める指導教官は、社会科学の分野では残念ながら稀ではない。日本国内では、この類の研究調査のための環境がもちろん十分に整っておらず、留学した意味が曖昧になってしまう。しかも、東アジア出身の学生なら、日本植民地ないしは占領時代の研究が好まれる傾向がある。仮に周囲の多くが望む通りに、中国や韓国の学生が母国に帰ったとしよう。論点の整理の仕方と最終的な主張のまとめ方にもよるが、日本統治時代に関する卒業論文の出身国における評価は極めて難しいところがあることはいうまでもない。日本留学中に取り組んだ研究について安心して履歴書に書けないリスクさえ伴う可能性がある。

シンプルな声かけについてあまりにも深読みして考え過ぎているかもしれない。しかし、日本に留学する学生が帰国を前提とした質問の嵐に日々耐えなければならない環境は、グローバル化時代の大学教育には相応しくなかろう。ともかく、「留学はいいが、就労や定住する者としてはあまりウェルカムではないよ」というメッセージが、意図されたものではないとしても、はっきりと発信されている。

倫理的な観点に加え、ここで考えなければならないのは日本にとっての損失である。先進国の共通課題である少子高齢化により、国際的な労働市場は既にグローバル人材のための奪い合いが始まっている。今後、国々の競争は激しくなっていく一方である。嫌でも少子高齢化の世界的な動向の先頭を走っている日本では、人材確保の課題はあらゆる分野で急務になってきている。国内就労と日本定住をより肯定的に認めるキャンパス風土の構築は、人材、いや「人」が集まる国になるために必要である。また、日本の多民族化・多文化化は、誰しも住みやすい国づくりと、誰しも生活しやすい社会づくりのための絶対条件の一つである。したがって、卒業後の進路についてもっとオープンな姿勢を意識した大学の国際化はたいへん有意義な取り組みであり、期待と責任も大きい。

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<ヴィラーグ ヴィクトル Virag_Viktor>
2003年文部科学省学部留学生として来日。東京外国語大学にて日本語学習を経て、2008年東京大学文学部行動文科学科社会学専修課程卒業(文学学士[社会学])。2010年日本社会事業大学大学院社会福祉学研究科前期課程卒業(社会福祉学修士)。同大学社会事業研究所研究員、東京外国語大学多言語・多文化教育研究センター・フェロー、日本学術振興会特別研究員を経験。2013年度渥美奨学生。2016年日本社会事業大学大学院社会福祉学研究科後期課程卒業(社会福祉学博士)。上智福祉専門学校、昭和女子大学、法政大学、上智大学、首都大学東京非常勤講師。日本社会福祉教育学校連盟事務局国際担当。国際ソーシャルワーカー連盟アジア太平等地域会長補佐(社会福祉専門職団体[日本社会福祉士会]にて)。主要な専門分野は現代日本社会における文化等の多様性に対応したソーシャルワーク実践のための理論及びその教育。
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【2】第9回SGRAカフェへのお誘い(最終)<当日参加も受け付けます>

SGRAでは、良き地球市民の実現をめざす(首都圏在住の)みなさんに気軽にお集まりいただき、講師のお話を伺う<場>として、SGRAカフェを開催しています。
日本においても、難民・移民問題が注目されていますが、今回は民間の立場から難民を助け、また法務省難民審査参与員としても難民問題に携わり、双方の立場を経験されている「難民を助ける会」の柳瀬房子様に、これまでのご活動や日本と難民支援の歴史、そしてこれからの難民支援についてお話しいただきます。
参加ご希望の方は、事前にSGRA事務局へお申し込みください。

第9回SGRAカフェ
◆柳瀬房子氏講演「難民を助ける:民と官を経験して」

〇日時:2016年4月2日(土)14:30~17:00   
〇会場:渥美国際交流財団/鹿島新館ホール
    http://www.aisf.or.jp/jp/map.php
〇会費:無料
〇申込み・問合せ:SGRA事務局 ([email protected])
 *参加ご希望の方は、お名前、ご所属、緊急連絡先をお知らせください。

〇メッセージ:
「インドシナ難民を助ける会」として発足(相馬雪香会長)したAARJapan難民を助ける会は、37年目の活動に入りました。政治、宗教、思想に偏らず、活動を続けております。私自身、人生の一番の働き盛りの、30代、40代、50代そして今、67歳、日本の難民支援のための初めての市民団体を、けん引する役割ができたことは、本当にありがたいことと感謝の日々です。多くの方々が、この活動を支えてくださっております。音楽を楽しみながら、日本への難民支援だけでなく、国際協力活動や、東日本大震災後の支援活動などもご報告するチャリティーコンサートを100回以上開催したり、皆様からの募金がこのように生かされているということを、常に発信しながら、ご一緒に活動の輪に加わっていただければと、日々知恵を働かせています。37年間に経験した、官と民、公と私、日本人と世界の人々、難民とは、NGOとは、などを軸に、皆さんとお話ができましたら嬉しいと思います。

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★☆★SGRAカレンダー
◇第9回SGRAカフェ(2016年4月2日東京)
「難民を助ける~民と官を経験して~」<参加者募集中>
http://www.aisf.or.jp/sgra/active/schedule/2016/6365/
◇第5回SGRAふくしまスタディツアー(2016年5月13~15日)
「帰還に挑む:何ができるのか、何を目指すのか」<参加者募集中>
http://www.aisf.or.jp/sgra/active/schedule/2016/6409/
◇第6回日台アジア未来フォーラム(2016年5月21日高雄)
「東アジアにおける知の交流―越境・記憶・共生―」<参加者募集中>
http://www.aisf.or.jp/sgra/combination/taiwan/2015/4439/
◇第3回アジア未来会議「環境と共生」<参加者募集中>
(2016年9月29日~10月3日、北九州市)
http://www.aisf.or.jp/AFC/2016/
<発表論文(要旨)の募集は締め切りました。参加登録受付中>
☆アジア未来会議は、日本で学んだ人や日本に関心がある人が集い、アジアの未来について語る<場>を提供します。

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