SGRAメールマガジン バックナンバー

[SGRA_Kawaraban] H. Takahashi “Rethinking about Diversity”

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SGRAかわらばん534号(2014年9月10日)

【1】エッセイ:高橋 甫「多様性についての再考察」

【2】SGRAふくしまスタディツアー参加者募集

【3】TV番組紹介:明石康「私の履歴書」(9月11日放送)
  (第2回アジア未来会議が含まれています)
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【1】SGRAエッセイ#421

■ 高橋 甫「多様性についての再考察」

公益財団法人渥美国際交流財団主催の第2回アジア未来会議が8月22日から24日までイ
ンドネシアのバリで開催され、日本で学んだ経験を持つ研究者を中心に17か国から
380名が参加し、アジアの未来についての討議がなされた。今回のテーマは「多様性
と調和」で、学際的なアプローチを基本とした会議であることから、グローバル化、
平和、公平、持続可能性、環境、コミュニケーション等に関する多くのセッションに
分かれての幅広い討議となった。私は、本会議の基本テーマを取り扱った「多様性と
調和」に関する3セッションに参加し、また締めくくりのセッションの共同座長を務
めた立場から、会議での研究発表や討議を参考に「多様性」についての再考察を試み
ることとした。

多様性の意味を日常的な文脈で考えると、「幅広く性質の異なるものが存在するこ
と」ということができよう。この言葉は本来、生物学の分野で使われていたようだ
が、今では社会学、政治学、さらには国際関係においても頻繁に使用されている。事
実、多民族国家において「多様性の中の統合」は民族の統合の標語として使われてき
ている。今回の会議の舞台となったインドネシアは、約17,000以上の島々から成り
立っており、このうちのおよそ9,000の島々に約2億2千8百万人もの人々が暮らし、約
490の民族集団がそれぞれの多様な民族文化を継承している(インドネシア共和国観
光クリエイティブエコノミー省公式ウエブサイトによる)。

この国が独立国家として誕生した時に各民族の衣装であるバティックが統合の象徴と
して重要な役割を果たしたとして、今回の会議ではこのテーマを扱った発表が2つ行
われた。すなわち、インドネシアは、共和国としての独立に当たって、異なる民族文
化に基づき異なるバティックをもつ異なる民族をまとめる一手段として、何れの民族
の文様にも偏らないインドネシアとしての独自の文様のバティックをつくりだし、小
中高校生や公務員の制服に採用したという。このインドネシア・バティックは今やユ
ネスコの世界無形文化遺産に認定され、国際社会におけるインドネシアのアイデン
ティティの確立に貢献するに至っている。インドネシアの多様性がバティックという
最大公約数により、またどの民族にも偏らない文様の採用という工夫により、とかく
融合が難しいといわれる諸民族がその違いを乗り越えた事例といえよう。「服は民族
のアイデンティティ」という戸津正勝国士舘大学名誉教授による「多民族国家インド
ネシアにおける国民文化形成の試み」と題した発表の際の指摘が印象に残った。勿
論、同国の建国の背景には、植民地宗主国の存在という対外的な要因がインドネシア
諸民族の団結を促し、多様性の中の合意形成のむずかしさを克服したという側面も
あったことはいうまでもない。

グルーバル化の進展と共に、多様性という言葉も地域的な国家間協力や統合という文
脈でも使われ始めている。事実、今回の会議もアジアの未来を考える上での多様性と
調和が各方面から議論され、今や「多様性の中の統合」(unity in diversity)は、
地域協力や地域統合にとって避けて通れないテーマとなっている。この「多様性の中
の統合」は前例を見ない地域統合の深化を達成してきたEUのモットーであり、その
意味するところは、「ヨーロッパ人は、EUという形態で平和と繁栄のために共生・
協働し、同時に、自ら持つ多くの異なった文化、伝統、言語によって豊かにされる」
こととEU公式ウェサイトで説明されている。

私が1980年代にブリュッセルを訪問した際に購入したお土産で今なお大事にしている
ものに「完璧なヨーロッパ人」と名づけられた一枚の絵葉書がある。この絵葉書は、
ヨーロッパの持つ多様性を当時の15のEU加盟国の国民の性格を揶揄して逆説的に
ユーモラスに紹介したものだ。この絵葉書曰く、完璧なヨーロッパ人とは、「フラン
ス人の様に車を運転し、ポルトガル人の様に技術に長け、イタリア人の様に自分を律
し、デンマーク人の様に慎重で、ドイツ人の様にユーモアを言い、オーストリア人の
様にオーガナイズされ、フィンランド人の様におしゃべりで、ルクセンブルグ人の様
に有名で、オランダ人の様に気前がよく、英国人の様に料理上手で、ベルギー人に様
に欠勤が少なく、スウェーデン人の様に柔軟で、アイルランド人の様にしらふで、ス
ペイン人の様に謙虚な人」のこととある。今や加盟国が28に達し、関税同盟、共通通
商政策、市場統合、共通通貨の導入、共通外交政策を実践しているEUは、政策分野
別ではあるが主権の移譲による形での国家間の連携が可能であることを国際社会に証
明している。

アジアにおいてもASEANという枠組みで市場統合が来年実現されようとしている。
ジャカルタ空港では、EU域内同様、入国審査手続ではASEAN加盟国国民とASEAN域外の
国民との間で異なった取扱がされている事実は、多様性の調和がアジアでも現実化し
ていることを如実に示しているといえよう。今回の会議で私が共同座長を担当した
セッションでは、アジアの文脈における多様性の中の統合の具体的な意味に関する質
問が投げかけられた。それに対して、質問を受けた発表者からは「それぞれの国の持
つ違いを認め合い、それぞれの国が独自で持つもの以上の価値を生み出すこと」との
説明がなされた。これは、まさしく欧州統合のモットーと相通じるものだ。

第2回アジア未来会議に出席して私自身が遭遇したのが、「異なるから協働できない
のか」それとも「異なるからこそ協働するのか」という命題だった。事実、世界の潮
流とは異なり、地域レベルでの協力や連携が最も遅れている北東アジアや東アジアの
場合、「制度的な連携の枠組み作りは無理」との意見が頻繁に聞かれる。そこで、今
回の会議でイタリアと日本の児童書の比較により違いから調和を生み出す試みを紹介
したイタリア・ボローニア大学のマリア・エレナ・ティシ氏のいう「違いという言葉
には文化、言語、宗教といった大きな違いに限らない、小さな違いも大きな原因と成
り得る……違いの克服だけでなく、これらの違いを最大限に活用することも重要だ」
との言葉は多様性を考える上で示唆に富むものだ。

また会議では、「同じ色でも単色より複数の色で合成された色の方がより深みのある
色調を醸し出す」といった指摘もなされた。日本への帰国後、私の友人である音楽家
にアジア未来会議の議論内容を紹介したところ、「音楽の世界では多様性の調和は基
本中の基本です」と一蹴された。 この音楽家曰く、「オーケストラは異なった楽器
の調和の集大性」とのこと。 ただし、この音楽家は「それには素晴らしいリーダー
としての指揮者の存在が絶対要件」との指摘も忘れなかった。 多様性を国際的文脈
で再考する上でこれまた気になる指摘である。多様性の持つ多用性あるいは他用性と
いったところであろうか。

そして、多様性をアジアという地域的文脈で論じる場合、私は地理的近隣性という側
面への配慮も重要であることを敢えて強調したい。隣国あるいは近隣国であるがゆえ
に避けて通れない関係がそこには否定し得ない事実として存在している。多様性を論
じるに際には、隣国との関係を積極的に捉えるのかそれとも消極的に捉えるかという
姿勢の視点も重要な意味を持つように思えてならない。

第2回アジア未来会議は、多様性とは何かを再考察させるとともに、北東アジアの文
脈では関係国の国内政治要因が、また東アジアの文脈では一部の国家間の主導権争い
が、地域的な連携の制度的枠組作りの障害となっていると再度認識した機会ともなっ
た。

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<高橋甫(たかはし・はじめ)Hajime Takahashi> 
SGRA参与、公益財団法人日本テニス協会常務理事
1947年生れ、東京出身。1970年:慶応義塾大学法学部法律学科卒業。1975年:オース
トラリア・シドニー大学法学部修士。1975年〜2009年:駐日EU代表部勤務、調査役と
して経済、通商、政治等を担当。2007年〜2012年:慶應義塾大学法学部非常勤講師
(国際法)。2013年1月よりEUに関するコンサルタント会社であるEUTOP社(本社ミュ
ンヘン)の東京上席顧問。これまでにEU労働法、EU共通外交安全保障政策、EU地域統
合の変遷と手法に関して著述。
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【2】第3回ふくしまスタディツアー「飯舘村、あれから3年」参加者募集

渥美国際交流財団/SGRAでは2012年から毎年、福島第一原発事故の被災地である福島
県飯舘(いいたて)村でのスタディツアーを行ってきました。そのスタディツアーで
の体験や考察をもとにしてSGRAワークショップ、SGRAフォーラム、SGRAカフェ、そし
てバリ島で開催された「アジア未来会議」でのExhibition & Talk Session
“Fukushima and its aftermath-Lesson from Man-made Disaster”などを開催して
きました。今年も10月に3回目の「SGRAふくしまスタディツアー」を行います。お友
達を誘って、ご参加ください。

日程:2014年10月17日(金)、18日(土)、19日(日)2泊3日
参加メンバー:SGRA/ラクーンメンバー、その他
人数: 10〜15人程度
宿泊: ふくしま再生の会-霊山(りょうぜん)トレーニングセンター
参加費: 15,000円(ラクーンメンバーには補助金が出ます)
申込み締切: 9月30日(火)
申込み・問合せ: 渥美国際交流財団 角田(つのだ)
         Email:[email protected]
Tel: 03-3943-7612
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【3】TV番組紹介:明石康「私の履歴書」(9月11日10:54pm放送)

アジア未来会議の会長を務めていただいている元国連事務次官の明石康様の「私の履
歴書」TV版で、バリ島で開催したアジア未来会議の様子が、BSジャパン(BSデジタル7
チャンネル)で9月11日(木)10:54pm〜11:24pmに放映されます。明石さんから見た
アジア未来会議という紹介になっているとのことです。
バリ島で開催したアジア未来会議の様子と大会会長の明石様のご活躍を是非ご覧くだ
さい。

明石康様の「私の履歴書」第4回のホームページ:
http://www.bs-j.co.jp/rirekisyo/19.html

第4話(9月11日(木)10:54pm放送)
BSジャパン(BSデジタル7チャンネル)

■「日本の新たな役割とは?」

1997年、66歳で国連を退官した明石は翌年の4月から、広島平和研究所の所長に就
任。核軍縮・核の不拡散を訴える。 2002年には長い内戦の末、停戦合意が成立した
スリランカ政府から依頼を受け、日本政府代表として国連時代の経験を活かし、
和平交渉のアドバイスを行う。 さらに、貧困に苦しむスリランカ国民のため、スリ
ランカ復興開発会議を開催。 世界51か国と22の国際機関が参加し、およそ4500億円
もの巨額の援助が集まる。 また明石の発案で2010年から始まった日本・中国・韓国
の国連協会が連携して、三か国の学生が国籍を超え、どのように協力し合う事ができ
るか議論する日中韓ユースフォーラムでの取り組み、そして日本で学んだアジア各国
の研究者が集まり、アジアの未来について話し合うアジア未来会議の会長を務めるな
ど、国際社会の中での日本の役割を考え続ける。

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● SGRAカレンダー
【1】第3回SGRAふくしまスタディツアー<参加者募集中>
「飯舘村、あれから3年」(2014年10月17日〜19日)
http://www.aisf.or.jp/sgra/active/schedule/33.php
【2】第8回SGRAチャイナフォーラム
「近代日本美術史と近代中国」<ご予定ください>
(2014年11月22日北京)
【3】第14回日韓アジア未来フォーラム・第48回SGRAフォーラム
「ダイナミックなアジア経済(仮題)」<ご予定ください>
(2015年2月7日東京)

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だくこともできますし、事務局までご連絡いただいても結構です。
http://www.aisf.or.jp/sgra/entry/registration_form/
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ださい。
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● 配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務
局より著者へ転送いたします。
● 皆様のエッセイを募集しています。SGRA事務局へご連絡ください。
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けます。
http://www.aisf.or.jp/sgra/active/sgra2014/

関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局
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