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[SGRA_Kawaraban] Max Maquito “Manila Report @ SGRA Forum #47”

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SGRAかわらばん528号(2014年7月23日)

【1】エッセイ:マキト「マニラレポート@SGRAフォーラム」

【2】新刊紹介:岡田昭人「オックスフォードの教え方」
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【1】SGRAエッセイ#417

■ M.マキト「マニラレポート@第47回SGRAフォーラム『科学技術とリスク社会』」

2014年5月31日に東京国際フォーラムで開催された第47回SGRAフォーラム「科学技術
とリスク社会:福島第一原発事故から考える科学技術と倫理」に参加した。宗教学か
ら理系まで包括する幅広い分野の、多くの国の人々からの話が聞けて、とても興味深
いフォーラムだった。僕の専門でもある経済学や出身地の東南アジア(とくに、フィ
リピン)の観点からこのテーマについての感想を述べたい。

消費者や企業の活動により、経済的な便益が発生するが、あらゆる経済活動に損は付
き物である。そのような社会のリスクに対応するための一つの重要な制度に保険があ
る。僕らは病気になるリスクを少しでも回避するために、健康保険に入る。会社も個
人と同様に、回避したいリスクに対して保険をかける。

しかしながら、原子力発電という産業の保険に関しては奇妙なことがある。しかもあ
まり知られていないことかもしれない。先日のSGRAフォーラムでは、リスコミ(Risk
Communicationの略)がとりあげられたが、一般市民にリスクについて丁寧な説明を
することは、原発のリスクを考えるときにも当然必要である。ところが、原発産業の
保険はリスクを低下させるどころか、高める傾向がある。

原子力発電所は最悪の事故が起きた場合を見込んで、それによる損害を完全に賠償す
ることを想定し、保険に入るとしよう。通常、それに必要な資金は売り上げから賄う
ことになるので、電気料金に跳ね返る。ドイツでは、完全な補償をするためには、保
険料で電気料金は倍にあがるという試算もある。そうなると、原発は経済的な電気の
供給源としてなりたたなくなる。

そのため、どうしても原発を稼働したい場合は、部分的な保険に入るしかない。当
然、最悪の事故による損害は完全に賠償しきれない。では、その場合、どのように損
害賠償するのか。その時には、保険の社会化(socialization)が起きる。つまり、
社会がその損害賠償を負担することになる。

既存の原発事故の保険が原発産業自身の予備資金や民間の保険制度で十分にカバーさ
れていると主張する人もいるが、3.11の原発事故の場合をみても、保険は事実上社会
化している。福島第一原発はドイツの保険に入っていたが、大震災ということで、賠
償の対象外になってしまった。そのため、東京電力が倒産しないように、部分的に国
有化され、資金が投入された。たとえ、倒産させても損害賠償は不可能である。結
局、国民(日本政府に税金をおさめている日本国民と日本に住んでいる外国人)が原
発事故の損害賠償を負担している。

このような保険の社会化は、リスクを余計に高めてしまいかねない。そのメカニズム
のひとつは、いわゆるモラルハザード問題である。健康保険に入ることにより、健康
管理が甘くなり美味しいものを食べすぎてしまうことはないだろうか。もうひとつの
メカニズムは、原発企業にとって保険料として備えなければならない支出が下がり、
その分、発電コストが下がるので、発電所の数が社会的に最適な数(たとえゼロでな
いとしても)を上回ることになる。つまり、原発が過剰に建設され過ぎていく。

以上のふたつのメカニズムは、原発事故のリスクを高めていく。モラルハザードによ
り、原発企業が無茶をしがちになり、事故が起きる確率が高くなる。SGRAフォーラム
で、リスク管理の専門家が、3.11の原発事故の最大の理由は東京電力の怠慢だと強調
したことを思い出す。それに、原発の過剰な建設が加われば、事故が起きる確率はさ
らに高くなるであろう。NIMBY(Not In My Back Yard)「僕の庭じゃなければ」という
方針のもとで、日本の原発は過疎地に立地されているが、東京近辺で建設される原発
ほどリスク管理は厳しくないのだろう。

原発保険の社会化については、リスコミが急務である。先日のSGRAフォーラムでも議
論されたように、社会を巻き込む多様で勇敢な(「出世しないことを恐れない」)専
門家の議論が必要であり、そして多くの指摘があったように、その議論を上手くまと
める社会のプロセスを早く日本に作り上げなければならない。要するに、保険の社会
化が行われている限り、社会を巻き込む多様な議論が当然必要なのである。

今年2月のSGRAマニラ・セミナーの一環として、フィリピンにある唯一の原子力発電
所をSGRAの仲間たちと見学した。30年前に建設されたもので、核燃料は門まで届いた
が、フィリピン国民の反対で、稼働は中止になった。僕たちが見学した時には、その
原発で働くはずだったエンジニアが案内してくれた。福島第一原発に比べたら二重三
重の安全なシステムが建設されたと誇りを持って説明してくれた。以前、僕もフィリ
ピンでエンジニアとして、国家の大型で先端のものづくりと関わり現場で働いたこと
があるので、案内してくれたエンジニアの誇りに、一瞬ではあるが、同情した。しか
しながら、事故だけでなく、核廃棄物の処理という点においても、原発のリスクはや
はり高すぎる(上記の経済学の理由も含めて)と、僕は考えている。

今年の5月にフィリピンで、数時間の大停電が起きた。需給が逼迫しているらしい。
そこで、フィリピンで原発を稼働させようという動きがでてきそうだ。フィリピンは
現在までは原発ゼロであるが、今後もそれが維持できるという保証はない。

日本では、3.11の直後にできるだけ早く原発をゼロにするという方針があったが、今
年、原発がない長期的なエネルギー計画は無責任だという方針に転じた。唯一、僕に
希望を持たせてくれるのは、日本の国民(特に原発周辺の住民)が再稼働に反対して
いることであり、事実上は日本も今のところ原発ゼロという状況にあることである。
リスコミがちゃんと効いているかもしれない。

しかしながら今では、ASEANの仲間たちが原発の建設に積極的であり、その背景に日
本の売り込みがあることも否定することができない。いわゆるGreen Paradoxであ
る。

これからも国境を超えるリスコミが必要であろう。それでもどうしても原発を作りた
いというのであれば、そういう人々またはその家族は原発・核廃棄物処理場の30キロ
以内に住んでほしい。それならば僕も納得できるかもしれない。

【おまけ】マニラ・レポート@蓼科
2014年7月にSGRAの蓼科セミナー「人を幸せにする科学とは」に参加した。昨年と同
様に面白いワークショップが行われた。そこで考えた原発に関することをスライドに
まとめたので、下記のリンクをご参照ください。

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<マックス・マキト ☆ Max Maquito>
SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。SGRAフィリピン代表、フィリピン大学機械
工学部学士、Center for Research and Communication(CRC:現アジア太平洋大学)
産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、アジア太平洋大学にあるCRCの研究顧
問。テンプル大学ジャパン講師。
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【2】新刊紹介

SGRAメール会員で東京外国語大学教授の岡田昭人様より新刊のお知らせをいただきま
したのでご紹介します。
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本書は、現在の日本人に必要な「6つの力」を、どのようにすれば「教える」ことが
できるのかについて、私のオックスフォード大学留学時代の様々な経験やエピソード
を交えながら紹介するものです。誰にでも楽しんでお読み頂けるような内容となって
おります。ご関心のある項目を選んでお読みいただけましたのなら幸いです。

■ 岡田昭人「世界を変える思考力を養う オックスフォードの教え方」

http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=16109

朝日新聞出版
ISBN:9784023313101
定価:1620円(税込)
発売日:2014年7月8日
四六判並製 272ページ

組織・業界に革命を起こす人材教育は、英国エリートの六つの力に学べ! オックス
フォード大学教育学部大学院で日本人として初めて教育学の博士号を取得した人気教
授が明かす、常識破りの人材を生む、世界トップ校の教え方と学び方のコツ

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● SGRAカレンダー
【1】第7回ウランバートル国際シンポジウム
「総合研究——ハルハ河・ノモンハン戦争」<参加者募集中>
(2014年8月9日ウランバートル)
http://www.aisf.or.jp/sgra/combination/mongol/7_1.php
【2】第2回アジア未来会議<オブザーバー参加者募集中>
「多様性と調和」(2014年8月22日インドネシアバリ島)
http://www.aisf.or.jp/AFC/2014/
【3】第8回SGRAチャイナフォーラム
「近代日本美術史と近代中国」<ご予定ください>
(2014年11月22日北京)
【4】第14回日韓アジア未来フォーラム・第48回SGRAフォーラム
「ダイナミックなアジア経済(仮題)」<ご予定ください>
(2015年2月7日東京)

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