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[SGRA_Kawaraban] Erik Schicketanz “SGRA Forum #47 Report”

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SGRAかわらばん527号(2014年7月16日)
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エリック・シッケタンツ「第47回SGRAフォーラム報告」
■『科学技術とリスク社会〜福島第一原発事故から考える科学技術と倫理〜』

近年、科学技術の進歩が人間社会に恩恵をもたらす一方で、巨大科学技術、先端科学
技術がもたらす危険(リスク)も大きな議論となりつつある。

2011年3月の福島第一原子力発電所事故をきっかけとして、科学技術の限界および専
門家への信頼の危機が問われ、今後一般社会は科学とどう付き合っていくべきか、リ
スクの管理がどのような形によって行われていくべきかという諸問題が、日本社会に
おいて多くの市民の関心を引いている。

2014年5月31日(土)午後1時30分〜4時30分、第47回SGRAフォーラム「科学技術とリ
スク社会〜福島第一原発事故から考える科学技術と倫理〜」が東京国際フォーラムで
開催された。

本フォーラムでは、3・11と福島第一原発事故という具体的な問題設定を通じて、科
学と社会の関係について多方面からの問いかけが行われた。

フォーラムは、上智大学神学部の島薗進教授と大阪大学コミュニケーションデザイン
センターの平川秀幸教授が発表と対談を行った後に、参加者と一体となったオープン
ディスカッションを行った。50人を超えるオーディエンスの数も社会における関心と
反響を反映していた。

はじめに、理化学研究所の崔勝媛研究員(生物学専攻)が、個人としての立場から科
学者の役割についての考察を行った。崔氏は、科学が社会にどう役に立つかが良く問
われるが、研究者にとって研究の第一動機は「好奇心」だと述べた。そこで浮かび上
がる大きな問題は、科学が皆が望むように役立つためには、科学だけではなく、人間
社会におけるさまざまな問題を乗り越える必要があるということだ。原子力のこと
も、問題の原点は原子力研究そのものではなく、それを扱う人の問題なのだと述べ
た。

つづいて、島薗教授と平川教授は、それぞれいくつかの具合的な問題点や出来事を取
り上げながら問題提起を行った。

島薗氏は放射線用の安定ヨウ素剤配布・服用や低線量被爆の健康影響情報などの問題
をめぐって、専門家や政府の判断基準の欠陥および民間との間のコミュニケーション
における問題について触れた。また、マスメディアにおける、<安全・安心>概念の
言説を批判的に検討し、その公共的問題を締め出すための道具となっていると指摘
し、市民間での不安を避けるという理由で結果として真実を隠してしまうことを正当
化させていると、マスメディアの反応における問題点を紹介した。島薗氏の発表にお
いて、政治・経済的利害関心と科学技術の絡み合いが大きな問題として紹介された。

平川教授はより抽象的な観点から問題を扱い、今までの主なリスク定義を批判的に考
察した。平川氏によると、従来、リスクの定義は科学的な次元に限定され、それ以外
の側面が無視されてきている。ゆえに、リスクの解決も科学に基づいた政策決定に
よって片付けられてしまっているが、その結果は一方的に政府から市民に伝えられ、
市民に理解を押し付ける形となっている。これに対して、平川氏はリスクを科学や政
治などの各領域間の交差を中心とするトランスサイエンス概念から考察するという
オールタネイティブを提供し、今までのリスクコミュニケーションとリスク認知にお
ける複雑性を指摘しながら、民主的な意思決定を尊重するリスク管理の必要性を主張
した。

その後、筆者がモデレーターとなり、二人の発題者の対談が行われた。まず、今年の
3月に原子放射線の影響に関する国連科学委員会の報告書が公開されたことをきっか
けとして、現在の福島がもたらす健康に対する影響について両発題者に尋ねた。国連
の報告書は、原発事故による健康に対する影響に対してやや懐疑的な態度を取り、一
部のメディアでは、報告書は健康に対する影響がないと言っているように解釈されて
いる。両発題者は国連の報告書の背景にある政治および報告書の結論に疑問を唱えた
国連科学委員会委員などを取り上げ、健康に対する影響という問題に関してはまだ油
断できないと主張し、報告書を通じて科学と政治の絡み方に言及した。

休憩後、デール・ソンヤ氏(社会学専攻)の司会進行によりオープンディスカション
が行われた。

オーディエンスから質問、発言を受けて、両発題者は今までの議論をさらに深めた。
ディスカションにおいて、中心的なキーワードとして、「信頼」という概念が取り上
げられ、市民の信頼を得るために、専門家との関係をいかに改善すべきかという問題
が議論された。

島薗氏は、問題解決に参与している専門家の範囲を拡大して、よりオープンにして
も、権威の問題は常に残ってしまうと指摘したが、「正しい権威」を創造する制度の
成立に解決の可能性を見出したいと述べた。平川氏は政治的な絡みがなくても、常に
問題の具体的な設定や使用されている解決枠組みなど、何らかのバイアスがかかって
いると指摘し、「歪んでいない科学者はいない」と述べた。ただ、そこでできること
は、議論に参加する専門家やステークホルダーの多様性を可能な限り増やすことだと
主張した。

このように、両者は今後のリスク管理においてより充実した抑制と均衡のシステムが
必要だと主張し、科学技術におけるデュープロセスの導入を唱えた。そのため、今後
避けるべきなのは政治と経済との繋がりを持つ少人数の専門家の閉鎖的な措置による
リスク管理である。そして、健康に対する影響より、今回の原発事故がもたらした最
大のダメージは社会における信頼に対する危害であったのではないか、と述べた平川
氏が印象的であった。平川氏が説明するように、原子力産業は「安全」と「安心」の
ためという名目で、社会の視野の外に置かれていたことが今回の危機の大きな背景の
一つである。その意味では今回の事故が科学、政治と社会の関係を再考して再構築す
るきっかけともなればと筆者は期待する。

最後に、福島県飯舘村からの参加者は放射能のリスクについて調べた上で、飯舘村に
帰ると決心したが、まわりからはこの決心に対してなかなか理解を得られないという
状況についての紹介があった。また、飯舘村に帰還するか否かの判断を強いられてい
る避難生活者の視点から科学技術の問題を考えると「人間にとって幸せとはなにか」
を考えざるを得ない、最後に行き着くのは哲学や宗教の領域の問題ではないかと思え
てくる、との発言があり強く印象に残った。

オーディエンスからの質問が途切れなく続き、オープンディスカションの90分はあっ
という間に経ってしまい、4時30分の閉会の時間が来た。

今回のSGRAフォーラムは、今後日本社会が直面し続ける重要な課題についてさまざま
な観点から考えさせるきっかけとなった。

*当日の写真は下記リンクよりご覧いただけます。
www.aisf.or.jp/sgra/photos/index.php?spgmGal=SGRA_Forum_47_by_Hayato

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<エリック・シッケタンツ ☆ Erik Schicketanz>
2001年イギリスロンドン大学アフリカ・東洋研究学院修士号取得(日本近代史)、
2005年東京大学大学院人文社会系研究科修士号取得(宗教史学)。2012年、同大学大
学院人文社会系研究科宗教学専攻博士号取得。現在、同大学死生学・応用倫理セン
ター特任研究員。研究関心は近代仏教、近代中国の宗教、近代日本の宗教、近代国家
と宗教の関係。

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【1】第7回ウランバートル国際シンポジウム
「総合研究——ハルハ河・ノモンハン戦争」<参加者募集中>
(2014年8月9日ウランバートル)
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【2】第2回アジア未来会議<オブザーバー参加者募集中>
「多様性と調和」(2014年8月22日インドネシアバリ島)
http://www.aisf.or.jp/AFC/2014/
【3】第8回SGRAチャイナフォーラム
「近代日本美術史と近代中国」<ご予定ください>
(2014年11月22日北京)
【4】第14回日韓アジア未来フォーラム・第48回SGRAフォーラム
「ダイナミックなアジア経済(仮題)」<ご予定ください>
(2015年2月7日東京)

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