SGRAメールマガジン バックナンバー

[SGRA_Kawaraban] Li Jun “We are Neighbors”

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SGRAかわらばん509号(2014年3月5日)

【1】エッセイ:李 軍「お隣さんだね」

【2】第46回SGRAフォーラム「インクルーシブ教育」報告

【3】新刊紹介:小菅信子「放射能とナショナリズム」
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【1】SGRAエッセイ#401

■ 李 軍「お隣さんだね」

◇エレベーターの中の「お隣さん」

自宅はエレベーター付きの14階建ての3階にある。誰かがエレベーターに乗ろうとす
ると、郵便物を見るふりをしたり、玄関のところで少し時間を潰したりして、できる
だけ一緒に上がることを避けるのがこのマンションの暗黙のルールのようである。自
分が先に上がった時も、先着者に上がられた時も、何だか寂しいような、気楽なよう
な、不思議な気持ちになる。

ある日の出来事。偶然親子と一緒にマンションに入ったので、そのまま一緒にエレ
ベーターに乗ることになった。というより、5、6歳の、とても可愛らしい男の子をつ
いつい見入ってしまったので、「一緒に上がることにした」といったほうが正しいか
もしれない。エレベーターの中で、男の子が「こんにちは!」と元気よく挨拶してく
れたので、こちらも「こんにちは!何階ですか?」と笑顔で聞いてみた。「10階をお
願いします」とお母さんが答えたので、私は「10階」と自宅の「3階」を押した。そ
したら、男の子が「あっ!お隣さんだね。」と嬉しそうに言った。最初は分からな
かったが、階数の表示板を見ると、「3」と「10」が横並びになっていることに気づ
いた。「そうですね、お隣さんですね」と私も若いお母さんも微笑んだ。

この小さな出来事で、いつも利用しているエレベーターなのに、自宅の階数の「3」
しか見ていないことに気づかされた。そして、このマンションのエレベーターの乗り
方だけでなく、大人社会の「暗黙ルール」の本当の問題点にも気づかされたような気
がした。

◇電車の中の「お隣さん」

電車に乗ることが好きなのは、人間観察ができるからである。電車の揺れ具合に合わ
せて、今にも倒れそうな、爆睡した女子高校生を微笑んで見守る中年の女性もいれ
ば、無理につり革をつかもうとするおじいさんを睨むサラリーマンもいる。人と人の
距離をうんと縮めた電車の中では、人間の内面と外面、社会生活の縮図を垣間見るこ
とができる。

ある日の出来事。朝の9時台で、電車の中はそこそこ混雑していた。ドアの近くに
立っていた70代のお年寄りが急にしゃがんで苦しそうな表情で膝を揉み始めた。それ
を見て、ちょっと離れたところに座っていた30代の女性が立ち上がって、お年寄りの
病状を見に行き、席を譲ろうとした。その時だった!女性が席を立ったのを見て、
ずっとスマートフォンの画面をいじっていた隣の男性(スマホ男と呼ぶとする)が何
事もなかったように女性の席に座り、引き続きスマートフォンの画面をいじってい
た。その隣に座っていた男性は、お年寄りの病状や女性が席を立った理由をちゃんと
見ていたが、スマホ男の「席横取り」に何も言わなかった。結局、ドア近くのお年寄
りはあまり歩けないようで、その近くの座席に座ることになった。見舞いに行った女
性は、自分の席に戻って複雑そうな表情で理由を説明し、席を返してもらったが、ス
マホ男は終始無表情でスマートフォンをいじり続けていた。

ネット社会や携帯電話の普及によって、私たちは簡単に情報を手に入れることがで
き、タッチ一つで世界と「繋がる」ことができるようになった。しかし、多くの情
報、多くの見知らぬ「友人」に囲まれているうちに、いつの間にか「参加者」ではな
く、「観客席」に座るような感覚になって、何が起こっても漠然と見ることしかでき
なくなった。

ソチ五輪では、国と国の戦い、個人と個人の戦いになっているが、2月13日に行われ
たクロスカントリーの試合で、スキー板が破損したロシア選手のところにいち早く駆
けつけて替わりのスキー板を提供したのはカナダのコーチであった。厳しい戦いを展
開するオリンピックではあるが、国、ライバルといった境界線を越え、隣同士の助け
合い、喜び合いが生まれる感動の場でもある。「観戦者」ではなく、「参加者」であ
る、「国」ではなく、「お隣さん」であるという認識があったからこそ、オリンピッ
ク精神を生み出したのであろう。カナダのコーチはエレベーターの中の男の子と同じ
考え方を持っているのかもしれない。

東日本大震災からいよいよ3年目を迎える。これから被災地に関する様々な情報が多
く流れてくることであろう。「観客席」に座って漠然と見るか、それとも「参加者」
として「お隣さん」に何かをするか、考えさせられる時期である。

そして、同じ地球(ほし)、同じアジアに住む日本、中国、韓国。住む階数が異なる
かもしれないが、エレベーターで一緒に上がった時や廊下で出会った時、電車の中の
「スマホ男」のように自分の世界だけ見つめるのでなく、エレベーターの中の男の子
のように、笑顔で心地よく「お隣さんだね」と挨拶し合える日が来ることを、心より
願っている。

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<李軍(リ ジュン)☆ Li Jun>
中国瀋陽市出身。2013年に早稲田大学大学院教育学研究科博士後期課程修了、博士号
(教育学)を取得。現在早稲田大学、学習院大学で非常勤講師を勤めている。漢字・
語彙をはじめ、作文指導や表現指導など日中国語教育の比較研究に取り組んでいる。
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【2】第46回SGRAフォーラム報告

■ 権 明愛「SGRAフォーラム『インクルーシブ教育』報告」

2014年1月25日(土)午後、東京国際フォーラムにおいて「インクルーシブ教育:子
どもの多様なニーズにどう応えるか〜」をテーマに第46回SGRAフォーラムが開催され
ました。

今回のフォーラムの開催に当たって、最初は障害のある子どもの教育についての話か
ら始まりましたが、企画を進めていく中、インクルーシブ教育をテーマにしたフォー
ラムへと広がりました。インクルーシブ教育という言葉は、元々障害のある子どもへ
の教育を考える過程で生まれた概念ですが、ユネスコでは、「学習、文化、コミュニ
ティへの参加を促進し、教育における、そして教育からの排除をなくしていくことを
通して、すべての学習者のニーズの多様性に着目し対応するプロセスとして見なされ
る」と定義しています。このインクルーシブ教育の定義に沿って日本の教育問題を考
えると、障害のある子どもの教育問題の他に、外国籍労働者の子どもたち、家庭や経
済的な事情により学業に困難を伴う子ども等、色々なニーズを持つ子どもへの対応が
求められることが分かります。「学習等への参加、排除をなくす」「多様性への着目
と対応」がインクルーシブ教育のキーワードなのですが、上述の多様なニーズを持つ
子どもの教育の問題は、教育の周辺課題として扱われてきた印象を受けます。「イン
クルーシブ教育」という言葉そのものの認知もあまり進んでおらず、インクルーシブ
教育を実現していくのにはまだまだ多くの課題があると思われます。

今回のフォーラムでは、インクルーシブ教育の実現に向けて、障害のある子どもや外
国籍の子どもへの支援の実際を踏まえながら、日本の教育がこれからの子どもの差異
と多様性をどう捉え、権利の保障、多様性の尊重、学習活動への参加の保障にどのよ
うに向き合うべきかについて議論の場を提供することを目的としました。

茨城大学教育学部の荒川智教授は、基調講演「インクルーシブ教育の実現に向けて」
において、障害者権利条約と教育条項に触れながら、インクルーシブ教育を、教育シ
ステムやその他の学習環境を学習者の多様性に対応するため如何に変えるかを追求す
るアプローチとし、それを実現するには通常教育そのものの改革が不可欠であると指
摘し、学習者の多様なニーズに対応できる通常教育の改革のあり方について丁寧にお
話しされました。

続いて、特定非営利活動法人リソースセンターoneの代表理事である上原芳枝さんか
らは「障碍ある子どもへの支援について」、川崎市多文化活動連絡協議会の代表であ
る中村ノーマンさんからは「外国につながりを持つ子どもへの支援について」をテー
マに、実践の場の現状とその取り組みについてお話をしていただきました。上原さん
と中村さんの講演内容を受けて、SGRA会員で日本社会事業大学社会福祉学研究科博士
課程のヴィラーグ ヴィクトルさんと東京大学総合文化研究科博士課程の崔佳英さん
が指定討論としてそれぞれ問題提起をしました。

3人の講演を終えた後は、休憩をはさみ、フォーラムの第2部であるパネルディスカッ
ションに移り、第1部での問題提起とフロアからの質問をめぐって熱い議論が展開さ
れました。

会場からは、「教育現場において、インクルーシブ教育を推進していくに当たって、
具体的にどのような取り組みが実際に必要か」「インクルーシブ教育の推進には社会
の意識改革が大事だが、まず親や地域が多様なニーズを持つ子どもの、教育に対する
意識改革をするのにはどうしたら良いか」等、子育てを終えたお母さんとお婆さんか
らの質問がありました。また、「子どもの多様性に応えるためには、国の教育政策も
大事だが、より現場の実用に合わせて現場から提案し、柔軟に対応していくことが大
事ではないか」「子どもの多様なニーズを尊重するためには既存の学校教育の枠組み
を崩し、子ども一人ひとりのニーズにあった学びをすれば良いのではないか」等の質
問をめぐっての議論も絶えませんでした。

会場からのこれらの質問に対し、3名の講師の方からは、「国が多様なニーズを持つ
子どもをどのように育てて行きたいのかを考えていく必要がある」、「多様性に応え
る教育が目指す先にはどのような社会を目指すかの問題があり、子どもの多様なニー
ズに応えるのには財政的な負担がかかると思われがちだが、合理的な配慮という視点
からそのような偏見を見直し、教育財政の正義論の構築も必要である」、「障害児が
教育を受ける権利を享受するには長い道のりが必要であった経験から、既存の学校教
育の枠組みの中で多様なニーズを持つ子どもへの対応を求めていくことは、子どもの
教育を受ける権利の保障に繋がることである」、「学校現場で多様なニーズを持つ子
どもを支えていくためには、具体的に教員が子ども同士の関係調整の役割を果たしな
がら、子ども一人ひとりと丁寧に向き合う眼差しやクラス運営についての工夫が必要
である」等の提言がありました。

パネルディスカッションでは、予定の時間を大幅に超えて熱気溢れる議論が行われま
したが、その後の夜の懇談会では、さらに3人の講師を囲んで、美味しい中華料理を
いただきながら教育の話を続けました。

フォーラムの企画の段階でも予想がついていましたが、会場の60数名の聴講者の半数
以上がインクルーシブ教育という言葉を聞いたことがないと答えていました。このよ
うに、インクルーシブ教育を実現していく道のりはまだまだ長いですが、今回のよう
な場を設け、議論を重ねていくことが大切なのではないかと思います。ご講演いただ
いた3名の講師の方と、インクルーシブ教育に興味関心を寄せてご出席された参加者
のみなさまと、このような議論の場を設けてくださったSGRAの皆さまにお礼を申し上
げます。

(注:「障害」に関する表記には、他に「障碍」「障がい」等があります。本文にお
いては「障害」を使用し、上原さんについての記述箇所はご本人の発表資料の表記に
従い「障碍」としました。)

当日の写真は下記リンクをご覧ください。
http://www.aisf.or.jp/sgra/photos/index.php?spgmGal=SGRA_Forum_46_by_Jeon

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<権 明愛(けん・みんあい)☆ Quan Mingai>
十文字学園女子大学人間生活学部幼児教育学科専任講師。中国で大学を卒業して来日
し、埼玉大学教育学研究科で教育学修士、日本社会事業大学社会福祉学研究科で福祉
学の博士を取得。埼玉医科大学総合医療センター小児科発達外来非常勤心理士、白梅
学園大学子ども学部子ども学科非常勤講師、社会福祉法人嬉泉子どもの生活研究所非
常勤支援員、清瀬市子どもの発達支援・交流センター支援員、十文字学園女子大学人
間生活学部幼児教育学科の有期助手を経て、現在に至る。最近は、障害者支援施設で
の実践アドバイザー及び保育園での発達相談等の活動をしながら障害児者の教育、福
祉に関する実践研究を行っている。主著に『自閉症を見つめる−中国本土における家
庭調査研究と海外の経験』(中国語、共著)、『成人知的障害者及び家庭の福祉政
策』などがある。
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【3】新刊紹介

SGRA特別会員で山梨大学教授の小菅信子様より近著をご寄贈いただきましたので、ご
紹介します。

■ 小菅信子「放射能とナショナリズム」

政府や東電、学者に対する強い不信と、マスメディアや論壇の機能不全により、いま
日本を〈不信の連鎖〉が覆いつくそうとしている。
「唯一の被爆国」として、核兵器なき平和な世界の実現をナショナル・アイデンティ
ティとして育んできた日本だが、大震災と原発事故後、非論理的でセンセーショナル
な〈反原発熱〉にうかされ、デマや差別、暴言がとびかう構造的暴力が出現した。
原発推進派のレッテル貼り、反原発美談、原子力をめぐる「安全神話」から「危険神
話」への単純なシフト。だが、実際には、原子力の神話化がより強化されただけでは
ないのか?
イデオロギーで潤色し、極端な二項対立で問題を過剰に政治化する—これは、つねに
感情的なテーマであり続けた歴史問題をめぐる言説と通底するのではないか?いま日
本を呪縛する「放射能による不信の連鎖」を断ち切るための提案とは。

http://www.sairyusha.co.jp/bd/isbn978-4-7791-7010-2.html

発行所:株式会社彩流社
四六判 / 192ページ / 並製
定価: 1800円 + 税
ISBN978-4-7791-7010-2 C0336
発行年月:2014年03月11日

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☆★☆日中韓の政治状況、最近は社会状況まで、とても厳しく、時には暴力的でさえ
あります。ここで語り合う<場>を作るのが、良き地球市民の実現をめざすSGRAの役
割りであると考え、SGRAかわらばんでは読者の皆様のエッセイを募集します。皆様の
自由闊達なご意見をお待ちしております。
・2000字程度(短くてもかまいません)
・匿名希望の方はその旨お書きください。
・送付先:sgra-office@aisf.or.jp

● SGRAカレンダー
【1】第47回SGRAフォーラム(2014年5月31日東京)<ご予定ください>
「科学技術とリスク社会:福島原発事故から考える科学技術と倫理」
【2】第4回日台アジア未来フォーラム(2014年6月13日台北)
 <論文募集中: 2014年2月28日締切>
「トランスナショナルな文化の伝播・交流:思想・文学・言語」
http://www.aisf.or.jp/sgra/active/schedule/4_1.php
【3】第2回アジア未来会議<>
「多様性と調和」(2014年8月22日インドネシアバリ島)
http://www.aisf.or.jp/AFC/2014/
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