私の軽井沢旅行日記


2009年7月24日

朝目覚めると大急ぎ!「今日の夜には軽井沢の涼しさに囲まれて眠れる」と思い、何かお祭りにでも出かける時の気分で家のドアの鍵をかけた。

おや?東京駅に着いたら馴染みの谷原さんの顔が初めてみる色々な顔と一緒に並んでいる。自己紹介的な挨拶を交わして、新幹線の中へ。大学や学会で先生方とフォーマルなお付き合いはよくあるのだが、今回はプライベートな集まりでもあると思うと、好奇心に混じった緊張感でドキドキしながら席についた。

研修センターの玄関では林泉忠先生が「いらっしゃい!」と笑顔で出迎えてくれた。荷物を下ろし、昼ごはんを済ますと山登りにみんなで挑戦した。霧に覆われた山道を登って行くとうちに人々の間の距離が縮んできたのを感じた。頂点に着いた頃には会話のなかの「です」「ます」が蒸発していくような気がしてきた。研究室に引きこもりがちな研究者たちは大自然がいつまでもここで待っているのだと驚いた様子だった。

夜になると自己紹介大会がテレビタレントにも負けないシム・チュン・キャットさんのおかげで爆笑ステージへと変身していった。家族連れも全員そろってシムさんがリストアップした質問に答えなければならない。「嫌いなもの・人?」「好きなもの・人?」。おまけに自己紹介が終わった人は、次に自己紹介をする人の質問に答えないと席に戻れない。マイクを握って話しているうちにテレビにでも出ているような気がした。

2009年7月25日

翌朝自由時間で近所の別荘巡りの途中、門の前に「ご自由にお入りください」と看板が出ている一軒の別荘が私たちを誘った。周辺の建物とは違ったこの昭和初期の家のオーナーがあまりにも多国籍な私たちを見ながら「中へどうぞ」と家の中まで案内してくれた。全員が外観に惚れた建物の中に入ってからさらに惚れた。中の家具を眺めながらタイムスリップしてしまったような気がした。

午後になってからはお勉強の時間がはじまったが、以前から慣れている学会気分とはどことなく違っていた。もちろんそれは学会に初めてスリッパで出席したからではなく、他のメンバーと一緒に散歩したり、食べたり、話したりするうちに一つの絆がうまれようとしていたからである。

フォーラムでは、東アジアの「市民社会」の特徴を聞いているうちに自分がいかにトルコを中心とする地理感覚を強く持っていたのかということ、日本を「アジアの中の日本」ではなく、日本だけのレベルで考えていたこと、そして物事を考える際、「東アジア」は一つの単位でありえることを次々メモしている自分に気づいた。

晩御飯の後に食堂にビールの空き缶がかなり並んでいたにも関わらず、食後の議論は空き缶の話しが嘘だったかのように論理的に盛り上がった様子だった。「研究者はアルコールにも関わらず研究者なんだ!」と心の声で確認した。だからフォーラムが終わってからもロビーで深夜まで話声が聞こえていた。

雨って気まぐれなタイプだといつも思うけど、今回もそうだった。花火の予定が雨によって中止になった。大好きな線香花火は日本に来てから知ったものだ。最初には何もないのに、人生の悩みみたいに膨らんで大きくなる線香花火。そして線香花火も時間に負けてしまう悲しみと同じように消えていく運命である。そのような線香花火が出来なかったことだけが残念だ。

2009年7月25日
 
登山もフォーラムも終わって今日はバーベキューの楽しみが待っている。宿の木製の廊下や馴染んでしまった家具とはこれでお別れだと少し寂しく思いながら起きた。緑に囲まれた山奥の小さな家が私を一瞬ハイジに入れ替わったような気分にさせた。ヤギとかいたら完全にそうなったかも知れない。

研修センターから理事長の家にみんなでで歩いて行った。周りの樹木に圧迫されるそうな道を会話を交わしながら歩む。軽井沢がなぜここまで有名なのか分かったような気がした。例の昭和初期の別荘の主人に挨拶した。もう少し軽井沢にいたらこの方と近所付き合いを始められそうなのに。

理事長の別荘でのバーベキューでは全員がとても気楽に交流している様子だった。久しぶりの羊肉のシシ・ケバブ(shish kebab)が軽井沢滞在の三日目の大きな楽しみだった。

目隠ししてスイカを割るグループ、記念写真撮影会、それぞれの国の事情をお互いに聞いている人たち、名刺交換の風景、前日のフォーラムの議論を掘り出す人々、なぜかみんな幸せに見えた。となりの方が私に向かって囁いた「ここのメンバーは優しくて親切な方ばかりでびっくりしましたよ」。私は微笑んだ。

帰りの新幹線では、谷原さんの周りの顔は、もう初めての人はいなかった。

軽井沢滞在で、普段フォーマルな姿しか眼にできない人たちと親密な付き合いができたことに一番感謝している。渥美さんたちのホスピタリティー、そして私たち様々な国からの留学生を向かえてくれた暖かい心に惹かれた。まるで日本でもう一つの家族ができたような気分で軽井沢旅行が終わった。これからも研究センターの黄色いソファーにみんなで座り込み、夜中まで話し合いたいと思った。しかし、今年であの森に囲まれた研修センターとはさよならしなければならない。研修センターの最後のお客の一人になれてラッキーだった。

(文責:カバ・メレキ)

当日の写真は下記よりご覧ください。

マキト&郭撮影
足立撮影
谷原撮影