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エッセイ823:路 夢瑶「いくつかの距離のあいだで」

異国で暮らし、学び、働きながら、場所に触れるということを長く考えてきた。最初の頃、その感覚はいつも少し遅れてやってきた。電車を降りた後に街の匂いが身体に届き、誰かの話し方の癖や、道端に置かれた植木鉢の並び方を見て、ようやくその場所の輪郭がうっすらと立ち上がる。言葉を理解することより先に、身体のほうが何かを受け取っているような瞬間があった。

 

中国で育ち、日本で生活を始めてから、学ぶことと生きることはずっと切り離せなかった。授業に出て、文章を書き、制作をし、仕事をする。その傍らで新しい住所に慣れ、近所のパン屋に行き、どの季節にどの空気が流れるかを覚えていく。異国で暮らすとは、大きな出来事の連続というより、小さな調整の積み重ねである。その反復のなかで、自分の感覚も少しずつ書き換えられていった。

 

「場所を表現する」という行為は、土地の風景や歴史を視覚的あるいは物語的に提示することとして理解されてきた。しかし、その表現が、必ずしもそこに生きる人びとの経験と重なっているとは限らない。外部からの視点によって整理されたイメージが先行し、生活の実感が後景に退く場面は少なくない。

 

博士研究でのフィールドワークを通じて見えてきたのは、場所はあらかじめ存在する対象ではなく、人びとの語りや身体的経験、日常の反復のなかでその都度立ち上がるものだという点である。場所にいる人間の語りに耳を傾けると、語られるのは作品の意味や評価ではなく、生活の変化や違和感、言葉になりきらない感覚であることが多い。そうした断片の集積が、場所のあり方を形づくっている。

 

雪の深い土地を歩いた時、道そのものより先に、身体がその場所の厳しさを理解した。海辺の町では、観光のイメージとして消費される風景とそこで生きる人の時間の流れが、重なりながらも決して溶け合わないことを知った。都会の下町では、狭い路地や店先の何気ないやりとりのなかに、制度や観光の言葉では捉えきれない気配が息づいている。こうした経験を経て、自分の研究で扱う「雰囲気」という概念──人と環境のあいだに生じる、言葉にしにくいが確かに感じ取られる感覚──が、場所を考えるための重要な手がかりとなった。

 

 


越後フィールドワーク。住民の方と4メートルを超える雪の上を歩いた日に撮影。

 

 

モノづくりの行為こそ自分の内側を形にすることだと考えていた時期がある。けれども、土地を歩き、人の話を聞き、異なる背景を持つ人びとと関わるうちに、表現はもっと静かで、もっと不確かなものになっていった。誰かの記憶の断片、口調の揺れ、場に漂う沈黙。そうしたものに触れるたびに、作品は何かを強く語るものというより、すでにそこにある感覚を傷つけずに掬い上げるための器に近づいていった。重要なのは完成した作品を提示することではなく、人びとが自らの感覚や記憶に気づき、それを差し出すことができる状況をいかにつくるかである。

 

 


寒い日に自宅へ招いてくださり、お餅をごちそうになった。

 

 

この問題意識は、「文化交流」の捉え方にも及ぶ。文化交流は一般に、異なる背景をもつ人びとが共通の認識に到達する過程として語られる。しかし、言語や生活習慣、価値判断の基準は容易には一致しない。同じ場所を歩き、同じ風景を見ていても、何に目を留め、何に意味を見出すかは人によって異なる。知らない土地で人に会い、話を聞く時、調査者である前に、ひとりの異邦人として立っている自分がいる。発音のわずかなずれ、言い回しの硬さ、沈黙の置き方の違い。そのどれもが、自分がその土地の内部に完全には入り込めていないことを教えてくれる。

 

同時に、その距離があるからこそ見えてくるものもある。自然で、そこに暮らす人にとっては説明の必要もない営みが、外から来た目には強い輪郭をもって現れることがある。文化交流とは差異を解消することではなく、差異を抱えたまま関係を持続させることだと考えている。理解が一致しないままでも、同じ場に居合わせ、互いの見方に触れ続けること。その反復のなかで既存の前提がわずかに揺らぎ、自分の見方が特定の文脈に依存していたことが浮かび上がる。場所は単層的なものではなく、複数の層が重なり合うものとして感じられるようになる。

 

場所も文化交流も到達点はなく、終わることのないプロセスである。ずれを引き受けたままリレーションを継続させること。その継続のなかに、これまで見えていなかったものが立ち現れる契機があるのかもしれない。自分と土地のあいだ、言葉と感覚のあいだ、自他文化のあいだ。いくつもの距離を抱えたまま、そこに留まり続けること。それが、いまの自分の立っている場所である。

 

<路夢瑶(ロ ムヨウ)LU Mengyao>
中国出身。京都芸術大学情報デザイン学科講師、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所客員研究員。2025年度渥美奨学生。武蔵野美術大学大学院基礎デザイン学専攻博士前期課程修了、修士号(造形)取得。同大学造形構想専攻博士後期課程修了、博士号(造形構想)取得。2026年4月より現職。アーティスト・コレクティブ 1220 (LuM;YangH) としても活動。研究分野はクリティカルデザイン、デザインリサーチ&リテラシー、エスノグラフィー。場所をテーマに、現象学的美学と人文地理学の視点からpractice-led researchに取り組んでいる。

 

 

 

2026 年7月2日配信