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エッセイ822:許 楽「“失業”研究からみる、研究という“仕事”」

私の研究は、「失業」をテーマとしている。労働する意思と能力を持ちながら就業していない状態を指すこの概念は、現代社会において広く共有された常識でもある。しかし、「失業」とは何か、そして「仕事」とは何か——博士論文の完成を前に、アカデミアという労働市場への参入を意識しはじめた今、そうした問いが以前よりも身近なものとして浮かび上がってきた。

 

研究者という仕事は、境界線が曖昧な仕事の一つかもしれない。「出勤」と「退勤」が判然とせず、教育・研究・社会貢献といった異なる営みが混在している。学生時代は論文の執筆も資料調査も思考の時間も、「学び」の一部として自然に受け止めていた。一方、近年は研究だけでなく、学内業務、非常勤といった「仕事らしき仕事」が増えるにつれ、「研究」と「仕事」のバランスが求められ、改めて学問を職業として志すとはどういうことか、以前よりも考えるようになった。

 

私が研究するのは、社会主義国家である中華人民共和国における「失業」に対応する政策の歴史的展開だ。一度「失業という現象を消滅させた」計画経済体制において、「失業」という概念は一般的に存在していなかった。「類似する現象」が大規模に現れる際には「失業」の代わりに、国家による労働配分を待つ「待業」という言葉が用いられていた。この一文字差の言葉の背後には、制度や政策の変化とそれに影響する社会観念も含まれる。今日では「失業」も社会主義中国において一般的な用語となり、失業率の動向も広く報道されている。しかし私はむしろ、一度「失業を消滅させた社会主義国家」が「失業」に対するある種社会的な「忍耐力」がどのように成立してきたのかという点に好奇心をかき立てられている。そうした好奇心から、博士論文では、計画経済期という現在からはやや想像しにくい社会において、言葉や観念に影響されながら形成されてきた失業対策の歴史を辿った。

 

そもそも「仕事」という言葉自体が、単純なものではない。日本語には「仕事」「働く」「労働」などがあり、英語には job・work・labor の区別があり、中国語にも「工作」「労働」など複数の言い方が存在する。普段はそれほど意識せずに使っているこれらの言葉のあいだにも、微妙な差異がある。

 

たとえば、おそらく多くの研究者に影響したというマックス・ウェーバーは1917年の講演『職業としての学問』のなかで、学問という「仕事」の複雑さを論じた。ウェーバーが用いた Beruf という語は、生計を立てるための職業という意味にとどまらず、それに従事し続けるあり方や、ある種の志向のようなものを含んでいる。しかしウェーバーの議論は、学問を理想化するものではない。むしろ彼は、大学制度の不安定さや、学問が職業として制度的にも精神的にも不確実な営みである現実を指摘している。そのうえで、こうした条件のもとでもなお学問に向かおうとする人間がいるとすれば、それは単なる職業選択というよりも、ある種の動機によって支えられているはずだと示唆している。講演のタイトルも、日本語では「職業」や「仕事」と訳されるが、英語の vocation は単なる職業にとどまらず、ある種宗教的な志向を含む語であり、中国語でも「志業」や「天職」と訳されることがある。こうした訳語の揺れは、研究という営みが単なる職業として捉えきれない側面を持っていることを示している。

 

学問に限らず、ハンナ・アレントもまた、こうした概念をより精緻に区別している。『人間の条件』において彼女は、人間の活動的生を「労働(labor)」「仕事(work)」「活動(action)」の三つに分類した。「労働」は生命維持のために繰り返され、消費されていくものを生み出す営みであり、「仕事」は人工的な世界を形成し、一定の持続性をもつ成果物をつくる営みである。そして「活動」は、人と人とのあいだで直接展開される行為であり、人間の複数性と公共性を支えるものとされる。この枠組みから研究という営みを考えると、それは単純にいずれか一つに分類できるものではないように思われる。論文や著作として残るという意味では「仕事」に近いが、制度の中で繰り返し求められる成果や作業の側面は、「労働」にも接近する。また、教育や渥美(国際交流)財団のような場で異なる背景を持つ研究者と接する経験は、研究の「活動」としての側面を実感させる。研究はそのいずれでもありながら、同時にそのいずれか一つに収まるものでもない。

 

まだ職業としてのアカデミアの世界に入り始めたばかりの自分にとって、学問や教育の重みや深さを十分に理解しているとは言いがたい。ただ、そうした概念の歴史や違いを辿ってみること自体も、「仕事としての研究」の一部なのかもしれない。

 

これから学問の労働市場に踏み出そうとしている私は、「失業させないための失業の研究」をしているとも言える。研究とは何か、それは仕事なのか。この問いに明確な答えを出すことはできない。ただ、その問いについて考え続けること自体が、今の自分の営みの一部であるように思われる。

 

<許楽(XU Yue)>
2025年度渥美国際交流財団奨学生。中国福建省厦門市出身。北京大学政府管理学院政治学と行政学専攻、慶應義塾大学法学研究科政治学専攻前期・後期博士課程を経て、現在慶應義塾大学法学研究科助教(有期・研究奨励)。専門は、現代中国政治、比較福祉国家論。

 

 

2026年6月25日配信