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エッセイ819:シルウィーディ サラ サイド ムハマド エルサイド「今こそ、パレスチナから目を逸らすな」

https://www.reuters.com/ar/world/7SVZ2QGWVVLK3APKKTTIWVJUFE-2026-04-01/

 

君に正直に話そう。本来私は、「郷に入っては郷に従え」で本当に良いのかを問うつもりだった。この言葉は、他者を尊重するという名目で、自らの個性や信念を抑圧するために使われることがある。さらに皮肉なことに、本来は宗教的背景を持つこの表現が、世俗社会において同調を促す言葉として機能していることも少なくない。

 

しかし、「郷に入る」ということは、その土地の文化や人々を理解することに他ならず、自らの信念を手放すことではない。一方的に自分の文化を消し去ることでもない。むしろ、それは互いに理解し合いながら、自らを貫くことの力でもある。私はそうした点について議論するつもりだった。そして最終的には、他者を尊重しつつも、迎合や期待に応じた表面的なパフォーマンスに堕することなく、自分自身として在り続けることの大切さを訴えようと思っていた。

 

しかし、この文章を書いている今この瞬間にも、自らの土地で生きる権利すら奪われ、価値観の問題以前に、「存在 ― Existence and being」そのものが否定されている人々がいる。その現実の中で、「郷に入っては郷に従え」と問うことも、異文化理解を語ることも、自分のアイデンティティに揺るぎなく立つことも、虚しく響く。

 

なぜなら、文化などお構いなしに土地に踏み込み、その土地を奪い、人々を強制的に追い出し、私たちの目の前で命を奪っている現実があるからだ。それが、今まさにパレスチナで起きていることだ。

 

この苦しみは、決して今始まったわけではない。およそ78年も前から続き、今なお終わりを見せない。

 

今朝、私は二つのニュースを目にした。それは、パレスチナの人々が耐え続けてきた不平等の海に浮かぶ、ほんの小さな断片だった。

 

一つは、ガザでの戦争が始まってから2年、2023年11月にアル・シファ病院の爆撃で家族と引き離され、未熟児のままエジプトに避難した8人の幼子たちが、2年以上を経てようやく戦火の土地に戻ったというニュースだった。それは、戦争の中で希少な喜びをもたらした瞬間ではあったが、私が目を逸らせなかったのは、その子どもたちの中に、自分の母親の顔すら知らず、再会した母の誰であるか分からずに泣く子がいたことだった。それは、あまりに残酷だ。

 

そして、私がこのエッセイの主題を変えるきっかけとなったもう一つのニュースは、3月30日、イスラエル国会(クネセト)が、パレスチナ人に対し、絞首刑を原則とする死刑制度を定めた法案を可決したというものだった。それは、特定の重大犯罪に限らず、いかなる理由で拘束された場合であっても、パレスチナ人であれば大人であれ子どもであれ適用され、陪審による審理を経ることなく執行されるものである。このような法律が正当化されることが、どうして「法」としてまかり通るのか。どうして、人を殺すことに加えて、その殺害を「法」という名のもとに祝うことが許されるのか。

 

私は、そのイスラエルの政治家たちがシャンパンで祝い、首を吊る縄を模したピンを胸に付けて、この残酷な法を祝う姿を思い浮かべる。私は問わずにはいられない。なぜ私たちは、このような世界に生きているのか。「すべてが政治ではない」と言う人もいるが、私が立っている場所から見れば、すべてが政治だ。文学でさえも例外ではない。

 

作家の西加奈子の言葉を思い出す。彼女はエジプトで育った幼少期を振り返り、ムスリムの門番(バワーブ)が「メリークリスマス」と声をかけた瞬間を語っている。その瞬間、彼女も門番も、イスラム教徒、仏教徒、キリスト教徒といった枠、エジプト人、日本人、男、女という区分を超えて、ただ人間同士として、すべての境界を超えて存在していたのだ。

 

今、君が置かれているその「枠」から一歩踏み出してほしい。そして、パレスチナで起きていることから、目を逸らさずに見てほしい。それは不正であり、非人間的であり、そして紛れもなく残酷な現実だ。

 

生きている限り、私はパレスチナについて語り続ける。それは、私がパレスチナ人だからではない。確かに私はパレスチナ人ではないし、そこに家族も親戚もいない。だが、これは私にとって、君にとっても、人間としての責任なのだ。

 

少なくとも、私はそう思う。君はどうだろうか。

 

<シルウィーディ サラ サイド ムハマド エルサイド
SHERWEEDY Sarah Sayed Mohamed Elsayed >
エジプト・カイロ出身。2017年、カイロ大学日本語日本文学科卒業。2021年、東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士前期課程修了。2026年1月、同研究科博士後期課程を修了し、博士号を取得。現在、東京外国語大学、文京学院大学、拓殖大学で非常勤講師を務める。専門は日本近現代文学および翻訳研究。現在は “The (Un)Translatability of the Unseen” をテーマに、言語レベルの翻訳にとどまらず、経験の翻訳という観点から、現代日本文学におけるニューロダイバーシティの表象とその翻訳について研究している。研究の傍ら、日本文学のアラビア語翻訳にも取り組み、「第1回アラブ世界若手翻訳大会」(2020年)および「第2回アラブ世界若手翻訳大会」(2026年)にて受賞。

 

 

2026年6月5日配信