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エッセイ815:李周浩「AIは怖くないかも」

 2019年7月、長野県の蓼科高原で、渥美国際交流財団の奨学生たちを前に「AIは怖くない!」というタイトルで講演を行った。当時の私は、AI(人工知能)への過度な恐怖心を解くことが目的だった。確かにあの頃、AIは「怖い存在」として語られることが多かった。しかし今、私は少し違うことを思う——「やっぱりAIは怖いかもしれない」と。

 

結局AIは怖いのか、怖くないのか。答えは「正しく理解すれば、怖くない」だと私は信じている。ただし、その「正しい理解」へ至る道のりが、2019年当時よりずっと険しくなったのもまた事実だ。

 

あの頃のAI——「賢い道具」だった時代

 

2019年当時、AIといえば何だったか。囲碁や将棋で人間のチャンピオンを打ち負かした「アルファ碁」の話題は記憶に新しい。スマートフォンの音声アシスタントに話しかければ天気を教えてくれる。ネットショッピングでは「あなたへのおすすめ」が並ぶ。すべてAIの働きだ。

 

しかし、それらのAIには明確な「限界」があった。囲碁が強くても、料理のレシピは作れない。音楽を聴けば作曲者を当てられても、自分で曲を作ることはできない。一つのことをこなすための「専門家」ではあっても、幅広く物事を考える「汎用的な知性」には程遠かった。だから私は蓼科で言えた——「AIはあくまで道具だ。怖くない」と。

 

その言葉は、あの時点では正確だったと思う。

 

飛躍した現在——「考えるAI」の登場

 

ところが、その後の展開は想像を大きく超えるものだった。

 

2022年末に登場した「ChatGPT」をきっかけに、生成AIと呼ばれる技術が一般に広まった。文章を書き、絵を描き、プログラムを作り、議論の相手にまでなれるAIだ。「専門家型」から「何でもこなす」タイプへ、根本的な変貌を遂げた。

 

今日、こんなことが現実になっている。医療の現場では、AIがレントゲン写真を分析してがんの疑いを指摘する。法律の分野では、契約書の問題点をAIが数秒で洗い出す。学校では、生徒各自の理解に合わせてAIが教材を変える。ニュース記事や広告のコピー文も、AIが書くようになった。

 

さらに驚くべきは、AIが「自分でAIを改良する」領域にまで踏み込んできたことだ。人間の研究者が1年かけて行う実験をAIが数日で終わらせ、新しい発見を持ち帰るという事例も出始めている。2019年の蓼科で話した「AIの限界」は、次々と書き換えられていく。

 

これを聞いて、怖いと感じる人がいるのは当然だ。私自身も、正直なところ「あの時の自分が語った基準では、今のAIは怖い」と思う瞬間がある。

 

本当の怖さはAIそのものではない

 

しかし、落ち着いて考えてほしい。AIそのものが本質的に「悪意ある存在」として我々を脅かしているわけではない。

 

今のAIには、意思がない。欲望がない。AIは「次にどんな言葉が来る確率が高いか」を膨大なデータから学習した、巨大な計算の集積だ。感情を持って人間を支配しようとしているわけでも、自分の利益のために動いているわけでもない。

 

本当の怖さは別のところにある。それは「AIを使う人間」と「AIについて何も知らない人間」の間に生まれる格差だ。AIを正しく使いこなせる人は、仕事でも学びでも圧倒的な力を手に入れる。一方で、AIが何をしているのかわからないまま振り回される人、あるいはAIが生み出した偽の情報を見抜けない人は、どんどん不利な立場に置かれる。

 

また、技術の進歩に社会のルールが追いついていない現状も危うい。AIが生成した偽の動画や音声が選挙に影響を与えたり、個人のプライバシーが無断で学習データに使われたりする問題が、すでに世界各地で起きている。これは「AIが怖い」のではなく、「AIを正しく管理する仕組みがまだ整っていない」という問題だ。

 

だからこそ——知ることが最大の対策

 

では私たちはどうすればいいのか。

 

まず、AIの「仕組みと限界」を大まかに知ることだ。AIは万能ではない。今のAIは、もっともらしい嘘をつくことがある。文脈を誤解することがある。最新の情報を知らないことがある。「AIが言ったから正しい」という思い込みは危険だ。仕組みを知れば、どこを信頼してどこを疑うべきかが見えてくる。

 

次に、新しい技術に目と耳を傾け続けることだ。AIの世界は今も猛烈なスピードで変化している。去年の常識が今年の非常識になる世界だ。専門家でなくてもいい。ニュースを読み、試しに使ってみて、「これは何をしているのか」と問いかける習慣を持つだけで、理解は着実に深まる。

 

そして最後に、AIの問題を「自分たちの問題」として考えることだ。良き地球市民として、AIが社会に何をもたらすべきか、どんなルールが必要かを、一人ひとりが(それぞれが)考え、声を上げていくことが求められる。これは技術者や政治家だけに任せるべき問題ではない。

 

「AIは怖くない!」と断言した2019年の自分と、今の自分は少し違う場所に立っている。しかし、目指す結論は同じだ。AIは、正しく理解し、賢く使い、社会として向き合えば、怖くないものになれる。

 

むしろ、地球規模の課題——気候変動、感染症、食糧問題——に取り組む強力な仲間になり得る可能性さえある。

 

怖がって距離を置くのではなく、知ることで近づいていく。それが、AIとともに生きる時代における、私たちの責任ではないだろうか。

 

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<李 周浩 Joo-Ho Lee>

1993年高麗大学電気工学科卒業 1999年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了 工学博士 2000年日本学術振興会(JSPS)特別研究員,2002年東京大学ポスドック研究員,2003年東京理科大学工学部助手,2004年立命館大学助教授,2008年Carnegie Mellon University客員研究員,2017年高麗大学機械工学部研究教授,2011年より立命館大学情報理工学部教授,現在に至る

専門分野:空間知能化,知能ロボットなど

主な著作:「Intelligent Space – concept and contents」, Advanced Robotics, 16/3, pp265-280,2002

 

 

 

2026年4月23日配信