SGRAかわらばん

エッセイ543:全相律「1年間の奨学期間をふりかえって――考えさせられたこと、感じたこと、学んだこと――」

(私の日本留学シリーズ#11)

 

 

自分が忘れていた自分に気づかされたとき

 

大学で電子工学を専攻していた私は教養科目として受講した日本語の魅力に魅かれ、「言語学」という新しい道を歩むことになった。大学卒業後は、韓国外国語大学大学院日語日文学科の修士課程、(国費留学生として来日した後は)東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻の研究生・修士課程・博士後期課程で勉学を続けた。その間の私は「自分が数学や科学に興味があったこと」も、「理系学部生として勉強していたこと」も忘れ、文系院生としての自分だけに集中して生きてきた。

 

そんな私に渥美財団奨学生の面接審査で(当たり前のように)聞かれた「機械翻訳(Machine_Translation)や自然言語処理(NLP_[Natural_Language_Processing])」に関する質問は、ある意味私にとって衝撃的なものだった。不思議なことに私自身は「過去の自分と今の自分を結び付けよう」と考えたことがなかったからである。今は自分の専門分野である「日韓対照研究(文法論)」の他に、NLPなどの分野で、どのように自分の長所を生かせるかを模索している。「渥美財団との出会い」は私にとって忘れていた「過去の自分との再会」でもあったのだ。

 

福島で見たこと、感じたこと

 

2016年5月に、「SGRAふくしまスタディツアー」のメンバーとして訪れた福島は、私にとってまさに「見て、知って、考える」の旅だった。2011年3月に起きた「東日本大震災」から5年、私の中では忘れかけていた地震や原発のことが蘇る瞬間だった。被災地で出会った支援者の方からの言葉-「自分が見て体験した被災地のことを忘れず、今自分にできることを考えながら、(段々その関心が薄れていく)福島のことをなるべく大勢の人に伝えていきたい」-は今でも私の記憶に鮮明に残っている。今後リピーター(ラクーンメンバー※)として福島を訪ねる際は、以前の「不安や恐怖」が「希望や笑顔」に変わっていることを期待している。

 

SGRAのワークショップやフォーラムなどで学んだこと

 

蓼科でのワークショップやフォーラム(特に、「人を幸せにするロボット」)では、「普段自分が考えたことのない社会・国際問題」や「自分の研究分野からは離れた研究」などに触れることができた。研究分野や方法論は違っても研究に対する熱意や信念は変わらないという当たり前のことが実感でき、私の研究における愛情や心掛けを再確認するいい機会となった。

 

何と言っても渥美財団の奨学生として過ごした1年間で最も幸せだったのは、財団のプログラムを通じて知り合ったラクーンメンバー達との出会いである。私は2017年4月からいくつかの大学で非常勤講師として韓国語を教えながら博士論文を仕上げるつもりであるが、今後も財団の行事にはなるべく参加し、今まで以上にラクーンメンバーとの交流を深めていきたいと思っている。

 

※渥美奨学生の同窓会は、創設者渥美健夫氏が狸の絵を描いていたことに因んでラクーン会と名付けられた。

 

<全相律(ジョン・サンリュル)Jeon_Sangryul>

渥美国際交流財団2016年度奨学生。韓国外国語大学大学院で日本語学を専攻。2009年4月文部科学省研究留学生として来日。東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻修士課程を経て博士後期課程単位取得満期退学。専門は言語の普遍性と多様性に基づく日本語学・日韓対照言語学の研究。現在、神奈川大学、神田外語大学、帝京大学などで非常勤講師として勤務。

 

 

2017年8月10日配信