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エッセイ461:金 兌希「日韓関係の変化について」

2012年8月、イ・ミョンバク前大統領の竹島訪問があった一週間を私はとてもよく憶えています。この時期、三つの出来事がありました。イ・ミョンバク前大統領の竹島訪問と天皇への謝罪要求発言、そしてロンドンオリンピックにおける男子サッカーの日韓戦で韓国の選手が「竹島は韓国の領土である」と記載されたプラカードを掲げた事件です。そしてこの時を境に、韓国に対する日本の報道、そして世論が大きく変わったと感じました。その変わりようがあまりにも早くて、非常に驚いたのを今でもよく憶えています。その後、日韓関係は急速に冷え込み、今日に至っています。

 

よく、イ・ミョンバク前大統領の竹島訪問などの一連の出来事がなかったら、日韓関係は今のようにはならなかったのではと尋ねられることがありますが、私の考えは違います。私は日韓が今日抱えている問題の根本的な原因はずっと前から存在していたもので、イ・ミョンバク前大統領の竹島訪問は一つの契機に過ぎなかったと思っています。また、それぞれの国に対する世論において、より大きく変化したのは韓国ではなく、日本であるように思います。

 

なぜならば、韓国の世論が歴史問題で日本政府に対して批判的な態度をとってきたのは、大韓民国の建国以来続いてきたことであり、近年に始まったことではありません。ただ、日本で韓流ブームが始まる前は、日本における韓国のプレゼンスはそれほど大きくなく、韓国内の情報もそれほど日本のメディアに流れることはありませんでした。1990年代まで、韓国はNIES諸国と呼ばれ、IMF経済危機まで経験し、経済的にも影響力が弱かったのです。

 

しかし、2000年代に入って、韓流ブーム、サムソンなどの企業の国際的台頭、インターネットメディアの発達により状況は変わりました。経済レベルでも、民間レベルでも、韓国に対する関心は大きく高まり、同時に韓国に対する情報量も一挙に増えました。経済的・文化的交流が大幅に増え、韓国のプレゼンスが日本国内で高まった時期だったように思います。

 

その結果、韓国世論がどれほど歴史問題について対立的な態度をとっているか、改めて多くの人が知ることになりました。日本は既に「戦後70年」ですが、韓国では戦前の植民地時代の問題が解決していないと認識している割合が高いように思います。このような両国内の歴史問題に対する「時差」は、日韓両国の関係が深まるにつれ、いずれは衝突を起こす潜在的な要因だったのです。

 

両国の対韓・対日感情を改善するためには、色々な方策が考えられます。例えば政府レベルでの外交関係を改善する、経済レベルでの協力を緊密にする、民間レベルの交流を増やすなどがあります。しかし、それらは必ずしも世論を改善することにはつながりません。根本的な改善のためには、互いの交流以前に両国内で歴史問題や両国関係に関する成熟した議論が必要ではないかと思います。

 

韓国では、日韓問題について、国内の議論が成熟していない部分があります。特に歴史問題は非常にデリケートで、多様な議論が充分満足に行われているとは言い難いのではないかと思います。そのため、どうすれば歴史問題を終結させ日韓関係を改善することができるのか、という議論も明確にまとまっていないように思います。例えば、日本に対する要求に関しても(謝罪など)、具体的な中身については韓国国内ですら意見の食い違いがみられます。まず韓国では、日韓問題について多様な議論を自由に行える土台を作る必要があります。また歴史問題の解決を日本の出方に任せるのではなく、どうすれば歴史問題を終結させることができるのか、韓国は自らが主体となって冷静に議論し答えを出していく努力が必要です。

 

一方で、日本は、韓国が歴史問題をどのように認識しているのか、どのような「時差」が日韓の間に生じているのか、理解する必要があるのではないかと思います。また、今日の日本では、憲法改正の可能性も高まっており、安全保障の問題において歴史的な変化の時期を迎えようとしています。同時に、歴史に対する見方、外交政策の方針などにおいても変化の時期に入っているように思います。これらが今後の国の在り方を決めるにあたって、基礎となる非常に重要な問題であることは言うまでもないことです。これらの議論を政治レベルに一任するのではなく、市民レベルにおいても十分な議論を行う必要があるのではないかと思います。また、韓国との関係が悪化したことで、嫌韓デモや在日韓国人に対するヘイトスピーチなどが行われることがありました。これは、日韓の外交問題が契機となって表面化したことかも知れませんが、あくまで日本国内の問題です。国籍や人種をもとにした差別や暴力は、韓国に対してだけでなく、他のマイノリティーにも今後広がる可能性は十分にあります。国際化の推進や、海外からの労働力導入を検討している今、多様化した社会で起こりうる差別とどう向き合っていくか、考えていく必要があるのではないかと思います。

 

対韓国意識の変化については、内閣府世論調査などをご参照ください。

 

英語版エッセイはこちら

 

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金 兌希(きむ・てひ)Kim Taehee

慶應義塾大学法学研究科助教。延世大学政治外交学科卒、慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修了、同大学院博士課程単位取得退学(2015 年)。現在博士論文の提出を準備中。専門は、投票行動、政治参加、市民意識の国際比較など。

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2015年6月12日配信