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エッセイ385:シム チュンキャット「日本に「へえ~」その13:「2020年オリンピックが東京に

おめでとうございま~す!Congratulations! 恭喜恭喜(ゴンシーゴンシー)!

 

僕が人生の活動拠点を置いているこの大東京で7年後に夏季五輪が開催されるなんて、祭と人込みが大好きな僕はもう今からワクワクドキドキです!いろいろな競技を生で楽しめるように軍資金を貯めておかないと。シンガポールにいる家族や友人もたくさん来るでしょうしね。だって、これまでオリンピックで金メダルを1個も取ったことのないシンガポールがオリンピックの開催地になることは、隣国との共催ならともかく、たぶん百年後でも無理です。百万シンガポールドル(8千万円弱)という世界最高金額の金メダル獲得賞金を用意しても、シンガポール生まれ育ちでない新移民の力に頼っても、ならぬものはならぬのです。とにもかくにも、東京五輪2020となんら関係を持たない僕も忙しくなること請け合いです!

 

あっ、話が脱線しました。3回連続で立候補したマドリードと5回目の挑戦となったイスタンブールは本当に残念でした。とりわけ、イスタンブールが掲げた「Bridge Together」(ともに橋を架けよう)というスローガンが一番心に響いただけに、何か心残りになりました。確かに、大陸間、民族間や宗教間の架け橋となることなど、トルコが果たせる役割は大きいと考えられます。特に、「われわれ」と「彼ら」という対抗意識に横たわる溝が深まりつつある今日の国際情勢において、その役割はますます重要でありましょう。ただ、あいにく数ヶ月前に起きた大規模反政府デモとその鎮圧が象徴するように、当のトルコ国内における政府と市民との間の架け橋が覚束ないように見えるうえ、周辺国の不安定情勢も心配の種となりました。もし僕が選考委員だったとしても、リスクを回避し時期尚早という判断を下したことでしょう(誰だよ、君は!と突っ込まないで、オリンピックから縁遠いシンガポール人の戯言だと思ってください、はい)。

 

それに対して、失礼ながらマドリードのスローガンの意味はいささか掴みきれませんでした。「Illuminate the Future」(未来を照らせ)という文字通りの意味は分かります。だが、その未来というのが、スポーツの未来なのか、それとも人類社会の未来なのか、はたまたEUの未来、もしくは自国経済の未来なのかがはっきりと伝わってきませんでした。いずれの未来にせよ、甚だ無礼ではありますが、それを照らすことを、なぜ未来を担う若年層の失業率が半数超というスペインが先導するのかが今ひとつ理解できませんでした。

 

一方、東京のスローガンは「Discover Tomorrow」(未来(あした)をつかもう)でした。うん、つかみましょうよ!というよりも、つかまなくても来ますから、未来(あした)は。重要なのは、どのような未来(あした)を目指すかですね。昨日までやってきたことと今日やることによって未来(あした)は創られるものの、ひとたび天災や人災が起きれば未来(あした)ほど脆いものはないことをわれわれは思い知らされてきました。ともあれ、その未来(あした)について、東京は「平和」「アジア」「復興」という理念を打ち出しましたが、単なるスローガンに終始せずにぜひ実践してほしいものです。

 

しかし、安倍首相のあの「福島第一原発の汚染水漏れはまったく問題なし」や「福島の状況はアンダーコントロール」という自信たっぷりの発言には驚きました。原発事故をめぐる一連の問題がすでにコントロールされているなんて、僕は知りませんでした。大学の教員でありながら、実に不勉強です。まったく問題がなくて状況がコントロールされているのなら、なぜそれを当事者の福島県民の前で発表せずに、地球の反対側まで行ってそれも英語で声高に宣言するのか、ちょっと不親切ですね。

 

このことも含め東京五輪の再来について、15万人以上の人々が未だに避難中という福島の人々はどのように受け止めているのか、気になります。去年の10月にSGRAの福島県飯舘村スタディツアーで会ったたくさんの顔が頭に浮かんできます。駐車場に設けられた仮設住宅の中の、決して広いとはいえない広場で静かに日向ぼっこしていたおばあちゃん達、誰も住んではいけない村を今でも交代で昼夜防火・防犯巡視を行う村民達、イノシシの増殖に対応しながら実験畑の汚染状況を調べ続ける「ふくしま再生の会」のボランティア達、立ち入り禁止区域の前のゲートで直立し、全身を防護服で包んだ、顔も見えない警備員のお兄ちゃん達…各々どのような思いでロゲ会長の「Tokyo!」を聞いていたのか、想像すると胸に苦みが広がります。まったく問題なしだなんて、そんな子供騙しのことを言わないでくださいよ、首相。つかむどころか、ましてやコントロールするなんて、未来(あした)が見えない人がまだたくさんいることをご存知でしょうに。

 

祭大好きと言っておきながら、皆がお祭気分で盛り上がっているときに水を差すようなことを言う僕も、大人気ない偽善者かもしれません。五輪招致の成功でアベノミクスの4本目の矢が放たれ、「無駄ではない」と言い切れる公共事業を増やしたり、もっと電気が必要だということで原発再稼働を推し進めたりする口実も手に入ったことから、脱デフレ期待で株価が上がりお金がジャラジャラと鳴る音が聞こえる世の中は悪いわけがないですものね。

 

2020年オリンピックが東京に決まって本当によかった…ですよね?

 

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<沈 俊傑(シム チュン キャット) Sim Choon Kiat >

シンガポール教育省・技術教育局の政策企画官などを経て、2008年東京大学教育学研究科博士課程修了、博士号(教育学)を取得。昭和女子大学人間社会学部・現代教養学科准教授。SGRA研究員。著作に、「リーディングス・日本の教育と社会--第2巻・学歴社会と受験競争」(本田由紀・平沢和司編)『高校教育における日本とシンガポールのメリトクラシー』第18章(日本図書センター)2007年、「選抜度の低い学校が果たす教育的・社会的機能と役割」(東洋館出版社)2009年。

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2013年9月11日配信