第13回SGRAフォーラム「日本は外国人をどう受け入れるべきか」 Posted November 17, 2003 by imanishi
2003年11月14日(金)午後6時半より、第13回SGRAフォーラム「日本は外国人をどう受け入れるべきか」が、東京国際フォーラムG棟402号室で開催された。今回のフォーラムは、「人的資源と技術移転」研究チームの研究活動の一環として行われたものでもある。会場には、非会員30名も含む70名近くの方々が集まり、このテーマに関する関心の高さを示した。
SGRA研究会の今西代表による開会挨拶の後、2人の講師による講演が行われた。ゲスト講師として迎えた立教大学社会学部の宮島喬教授は、「移民国日本へ?ヨーロッパとの比較の中で考える」というテーマで講演を行った。宮島先生は、日本を代表する社会学者で、特に文化社会学の領域においては、第一人者的な存在である。かつてヨーロッパで研究生活を送った宮島先生は、ヨーロッパ社会における移民問題に詳しく、近年、ヨーロッパとの比較の視点で、日本の外国人問題の研究も行われ、外国人問題や移民政策に数多くの提言を行われた。宮島先生の講演は、日本における外国人受け入れの文化、意識、社会制度の問題点を浮き彫りにし、そして具体的な提言を含めて、日本が移民国として成立する可能性を検討された大変興味深いものであった。
宮島先生の講演要旨をまとめると以下の通りになる。
・加速する少子高齢化の日本社会は、21世紀の早い時期に、海外から人の受け入れを図らねばならないが、日本社会の制度改革が立ち遅れている。
・日本の人口構造は、すでに事実上の「移民国」に近い。このことを直視し、制度、意識の両面でヨーロッパの移民先進国に学ばなければならない。
・技能実習制度の弊害からみえたように、世界から優れた人材を受け入れるという短期国益中心のロジックは必ず失敗する。
・日本における外国人を受け入れるという意識、施策が極めて貧困である。
・日本は「移民小国」からの脱却を意識し、難民受け入れなどを含めた国際義務も果たすべきである。
・さらに、長期ビザの導入、年金脱退一時金制度の改善、配偶者ビザの永住者ビザへの切り替え、血統主義を改め出生地主義の考え方の導入、帰化手続きの簡素化と透明化、外国人の子供の教育体制の改善、国民への啓発などの外国人受け入れ問題を再検討する必要がある。
SGRA研究員で東京大学工学研究科博士課程のイコ・プラムティオノさんは、「研修生制度の現状と問題点――インドネシア研修生の事例として」と題する報告を行った。イコさんは東大で電子情報工学の研究を進めながら、1999年から、外国研修生ネットワークの一員として研修生問題に取り組み、2000年にインドネシア研修生相談フォーラム(KFTI)を設立し、以降代表としてインドネシア人研修生を中心にアドボカシー活動を従事してきた。イコさんはこうした体験を交えながら、「研修という名のもとにおける単純労働力の導入」という、日本で働く外国人研修生の厳しい現実を紹介してくださり、聴衆にとっては大変刺激的な報告だった。イコさんの講演の前半は、主に日本における外国人研修生制度の経緯と受け入れ状況の紹介で、後半は、研修生制度の問題点を指摘し、いくつかの政策提言を行った。イコさんが指摘した問題点と提言を要約すると主に以下のようになる。
・研修生制度の「建前」は、技術・技能または知識の開発途上国への移転を図り、それらの国などの経済発展を担う人作りに貢献することであるが、「本音」は、日本社会が必要とする単純労働者の導入である。実態としては、中小零細企業など日本人労働者の集まりにくい分野を補完するものである。
・研修生制度は、技術・技能などの移転による国際貢献としても、また、外国人労働者の活用方法としても、きわめて不備な制度であり、かつ多くの人権侵害を伴っている。
・一元的に対応できる政府機関が責任を果たすこと:強制帰国措置の廃止、本来の目的に基づき、労働ビザの支給などを真剣に検討する必要がある。
以上の2人の講演と報告が終わった後、国連組織の勤務経験をもつ財団法人アジア21世紀奨学財団常務理事の角田英一氏が進行役・コーディネーターとして、二人の講師をパネラーに、パネルディスカッションが行われた。予定時間を超過してまで、たくさんの熱気溢れる質問とコメントが行われ、講師と参加者の間には、有益な意見交換が行われた。質問とコメントをすべて紹介できないが、最も印象に残った一つは「外国人の受け入れは政治家がよく口にする日本の“国益”に利するか」である。宮島先生やイコさんのコメントを聞きながら、“国益”を定義するのは難しいが、今の日本における外国人受け入れの制度や意識の遅れこそ、日本の“国益”を損なっているのではないかとの印象をもった。この点、難民受け入れに対しても同様である。現状は決して楽観すべきではないが、宮島先生からは、日本社会における日本人の意識の変化も紹介され希望も見えている。フロアからは、マスメディアが意識的に作り上げた外国人イメージの虚像が指摘され、さらに留学生からは、日本からの人口流出も併せて考えたり、最近の北東アジアにおける激しい人口移動の一環として考えるなど、問題意識を変えれば物事がまったく異なる視点からも捉えるという刺激的な発想法も紹介された。
今回のフォーラムで取り上げられた「日本社会は外国人をどう受け入れるべきか」という問題は、われわれ「人的資源と技術移転」研究チームが取り組んでいる課題に大いに参考になるものであった。グローバル化が進み、国境を越えた人の移動がますます活発化する中で、国益と人権、差別と平等、グローバル化の中における国と人間のあり方、文化の独自性と普遍性、自国文化の保護と他者への関心・思いやりと尊重、そして、日本と東アジア、日本と世界の共栄共存などを考える上で大変大きな示唆を得た。2時間にわたって行われた第13回SGRAフォーラムは、午後8時半に幕を閉じた。
(文責:徐向東)
第3回日韓アジア未来フォーラム Posted November 10, 2003 by imanishi
第3回日韓アジア未来フォーラム「アジア共同体構築に向けての日本および韓国の役割について」がソウル市から車で約2時間の陽平(ヤンピョン)で10月21日と22日に開催された。このフォーラムは、韓国未来人力研究院/21世紀日本研究グループと、渥美財団/SGRAの共同事業で、毎年相互に訪問し、フォーラムを開催している。陽平は、日本でいえば軽井沢のような町で、その山奥に今回のホストの未来人力研究院の研修館があり、雨あがりで霧に覆われた山を眺めながらフォーラムの前半が始まった。
今回のフォーラムのSGRA側の担当「グローバル化のなかの日本の独自性」研究チームの顧問、名古屋大学の平川均教授が東アジア全体の観点からフォーラムのテーマについて基調講演を行った。北東アジアの課題から東アジア(北東アジア+ASEAN)の課題の時代への移行は可能であるかどうか、東アジアのアイデンティティについて検討し、日本に対しては、大東亜共栄圏論を越える東アジア概念の構築とその実践という課題を、韓国に対してはASEANとの関係強化と東アジア共同体論の推進者という役割を指摘した。
韓国中央大学の孫洌氏は「東アジア・東北アジア経済共同体構想と韓国」について発表した。韓国が「東北アジア経済中心」を目指していくうえで、もっとも重要なのは、韓国が考えている空間的な枠組みに日本と中国をどうやって組み入れるかということだと指摘した。SGRA研究員で仁荷大学の金雄熙氏は「日・中・韓IT協力の政治経済」について発表した。東北アジアにおいてITの分野で韓国が推進的な役割を果たし、世界のITリーダーである米国に国際標準が取られないように、東北アジア3カ国間の協力体制の構築を訴えた。SGRA研究員で名古屋大学客員研究員のF.マキト氏は、フォーラムで初めての東南アジアからの参加者として「アジア開発銀行の独自性研究:その概観」について発表した。東アジアで多様性を維持する日本の役割・責任を、アジア開発銀行を事例として取り上げた。
ここで第1日目のフォーラムは終了したが、その後も、陽平の寒い夜にもかかわらず、韓国の焼肉バーベキューとSPIRITで体を温めながら、日本からの留学生を含む学生達も一緒に、遅くまで議論がはずんだ。
翌朝は、韓国風の朝食の後、今回のゲスト講師の東京大学の木宮正史氏が「韓国外交のダイナミスムと日韓関係:公共材としての日韓関係の構築に向けて」について発表した。東北アジアが共有する様々な分野において市場を超えるような問題に対応できる日韓協力の必要性と難点を指摘した。最後に、21世紀日本研究グループの代表で、韓国国民大学の李元徳氏が「北東アジア共同体の構築と北朝鮮問題」について発表した。この地域の安全保障において最重要課題である北朝鮮、それに対する6カ国協議を評価し、これからの展開について検証した。その後、参加者からコメントや感想が寄せられ、フォーラムは午前11時半に終了した。
来年の日韓アジア未来フォーラムは、「東アジアの安全保障と世界平和」研究チームが担当し、来年の7月に軽井沢で開催する予定である。
(文責:F.マキト)
AAN「進む新華僑華人の両極化」李恩民研究員 Posted October 28, 2003 by imanishi
SGRA「歴史問題」研究チームチーフの李恩民さんのコラムが、10月27日の朝日新聞朝刊に掲載されましたので、お知らせいたします。
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「進む新華僑華人の両極化」
李恩民(リ・エンミン)
桜美林大学助教授(中国)
改革開放以来の四半世紀に来日した「新華僑華人」は35万人。いま両極化し、岐路に立っている。包丁やはさみを手にコックや理髪師、裁縫師として生き抜いた年配の華僑華人と違って、新世代のほとんどは日本留学歴または就学歴の持ち主。ビジネス以外の分野でも存在感を増している。
全文は以下をご覧ください
http://www.asahi.com/international/aan/column/031027.html
JAANUSご紹介 Posted October 26, 2003 by imanishi
SGRAの共同研究のひとつである、英文による日本建築美術用語辞典(JAANUS:Japanese Architecture and Art Net Users System)が、インターネット・サイトに公開されましたのでお知らせいたします。このサイトは、鹿島美術財団をはじめ多くの皆様のご支援とご協力により、故メリー・ペーレント博士が20年にわたって続けてきた作業をまとめたもので、SGRAは主にプロジェクト管理とIT技術上の支援をしています。
http://www.aisf.or.jp/~jaanus/
このオンライン辞書は日本の伝統建築、庭園、絵画、彫刻、図像に関する用語約8000項目を、英文で説明しています。上記分野に関連する工芸用語も加えました。各項目は、特定の日本語辞書の英訳ではなく、複数の辞書や他の資料に基づき、英語を母国語とする外国人研究者が直接執筆しました。数多くの用語が初めて英訳されました。
現在公開されている辞書は、まだ完成したものではありません。できるだけ正確に定義しようと努力いたしましたが、新しい発見や学説をさらに付け加え、あるいは書き換える必要がでてくると思われます。また、写真とイラストも追加中です。今後も逐次改訂していく所存でございますので、お気づきの点を下記へご連絡いただきますようお願い申し上げます。大変申し訳ございませんが、 お返事をさしあげられない場合もございますので、あらかじめご理解いただきますようお願い申し上げます。
日本建築美術史用語辞典(JAANUS)編纂会
連絡先:jaanus@aisf.or.jp
SGRAレポート「日本とイスラーム」再録出版 Posted September 26, 2003 by imanishi
SGRAレポート#10「日本とイスラーム〜文明間の対話のために〜」が下記に再録出版されましたのでお知らせいたします。
板垣雄三(いたがき・ゆうぞう)
「イスラーム誤認」
岩波書店 2003年9月25日発行
湾岸戦争を契機として、アメリカの超大国化が冷戦後の世界に亀裂を走らせ、イスラームに独善的・排他的なイメージを押し付けて、敵意と衝突を加速化させている。いまこそ憎悪と報復のサイクルを脱するためにイスラーム本来の文明観を理解し、文明間の対話を積極的に行っていかねばならない。第一部で、イスラームへの偏見によって歪められた世界認識をただし、文明間対話を通して公正と平和を回復すべきことを主張し、第二部で、日本とイスラーム圏との長い交流の歴史を踏まえ、日本に対する親愛と信頼という国際的資産を活かす提言を行う。湾岸戦争、パレスチナ紛争、9・11同時多発テロ、アフガン戦争、イラク戦争など、世界の変動に触れて発表された著者の持論の精華を集成。
延辺訪問記 Posted September 9, 2003 by imanishi
SGRA代表 今西淳子
SGRA研究員の李鋼哲さんと金香海さんのお誘いを受けて、中国吉林省延辺朝鮮族自治区の延吉に行った。人口200万人というこの自治区の約40%が朝鮮族だが、延吉市内では50%を超えるという。自治区内では中国語と朝鮮語を併記することが義務づけられているというが、市内ではむしろハングル文字の方が多く、また韓国資本の会社が多く進出していて、韓国人観光客も多かった。
このような小さな地域にもかかわらず、日本にいる留学生の中には中国朝鮮族が非常に多く、渥美財団でも既に数名支援しており、また、多くの人が中国語と朝鮮語と日本語を話すということで、以前から注目していた。教育熱心で高学歴者が多いのが朝鮮族の特徴というが、延辺自治区では人口の約10%が海外や地域外に流出しており、人材不足が問題ということだった。いわば、高学歴の人材が出稼ぎにでている状況で、延辺に大きな産業がないのに購買力が増加しており、韓国の商品がたくさん輸入され、日本の商品の輸入まで始まりそうだということだった。
このような状況下、日本で博士号を取得して延辺大学に戻った金香海さんは、大学から大歓迎を受けているようだった。延辺大学では、国際交流センター長や教務処長が日本留学経験者で、日本で留学生支援をしている者としては嬉しく思った。このように日本留学組が大学の主要ポストについている大学は他にないのではないか。金さんが、主に日本語を勉強している政治学部の学生20名くらいと懇談する機会を作ってくださった。皆さん日本留学に関心があり、入学方法、奨学金、アルバイトなどに関する質問が多かった。日本語は、中学1年生から、既に7年間勉強しているという。中国語と朝鮮語を子供のころから使い、中学から日本語を勉強し、三ヶ国語をマスターするのは、今後北東アジアが発展するにつれて非常に大きな可能性を含むのではないかと思う。この比較優位性を活かして、同時通訳まで視野にいれた通訳と翻訳家の養成プログラムを作るべきだと提案した。しかしながら、近年は日本語ではなく英語を選ぶ学生が多いとのこと。英語が必要なことは充分わかるが、日本語ではなく英語ということになってしまうのは、今まで日本語教育が蓄積されてきた土地柄だけに、日本人としてはとても寂しい。中国語、韓国語、日本語、英語の4ヶ国語を操れる人材育成をめざしてもらいと思った。中国では大学卒業後も就職が大変難しいと聞く。延辺に限ったことではないが、欧米の学校のように、子供たちに早いうちから自分の生き方を考え(情報を充分に与え)、何に向いているかを認識させ、どのように自分を磨いていくべきか検討する機会を与えサポートしていくシステムが必要なのではないかと思う。
延辺訪問のもうひとつの興味は北朝鮮だった。李鋼哲さんが研究している開発計画の舞台である中国とロシアと北朝鮮が国境を接する豆満江デルタ地帯に案内していただいた。豆満では、小さな川を挟んで北朝鮮と中国の町が隣接し、70年前に日本が建設したという小さな橋で繋がっていて、その真ん中が国境だった。橋のこちら側では人民解放軍の若い兵隊さんが3人くらい警備していたが、銃をもっているのは一人だけで、ロックミュージックが流れ、リラックスした雰囲気だった。兵隊さんのひとりに入場料を払って、別の兵隊さんに付き添われてぶらぶら橋の真ん中まで歩いて行った。橋の上のコンクリートの上に国境線がペンキで書いてあったが、1mほど北朝鮮にはいって記念撮影。付き添いの兵隊さんにお願いしてシャッターを押してもらった。時々、北朝鮮からトラックが通ったり、歩いて橋を渡る人がいたりした。いわゆる脱北者はこのあたりから上流にかけて出没するそうだが、「脱北者」の中には、中国側で買物をして北朝鮮に戻る人も多いそうで正確な人数の把握は難しいという。北朝鮮と中国の国境は、きわめてのどかだった。北朝鮮には香港資本のカジノがあり、中国人観光客が行くという。延辺大学は、金日成大学と協定があり、現在でも数人が博士号取得のために留学しているという。このような「交流」はむしろ予想通りだった。
ところが、北朝鮮から延辺大学への留学生はいない。北京大学には来ていたが、最近は引き上げてしまったとのこと。延吉でも脱北者と接触するのは許されず、北朝鮮の人たちと交流はない。延辺の方が、北朝鮮の体制がいかにおかしいか、行ってみたらどんなに貧しかったか話してくださったし、脱北者の調査をしている延辺大学の教授でさえ、「北朝鮮はわからない」とおっしゃった。国境地帯でも、以前は北朝鮮側で行われていたフリーマーケットが中止になったというし、北朝鮮から中国へ来ることは「資本主義」に毒されるので以前より厳しく禁止されているとのこと。「北朝鮮人を『見に』行きましょう」と誘われて、延吉市内の北朝鮮人経営のレストランでご馳走になった(在日朝鮮人の資本という)。金日成バッヂをつけ少々表情が硬いが綺麗にお化粧をした女性が給仕してくれるので、観光スポットになっているようだった。ユニバーシアードの美女軍団は俄か作りでないことがよくわかった。彼女たちは2年くらいのシフトで勤務するらしいが、延辺の方が彼女らを食事に誘ったけど決して応じなかったとのこと。「彼女たち」のショーもあった。ショーといっても、ひとりかふたりがカラオケにあわせて歌うというものだった。レストランには韓国の団体旅行客が多かったが、すぐに男性が花束を渡してデュエットを始め、祖国統一歌になった時は、レストラン中が大いに盛り上がった。韓国人観光客の勢いに圧倒されると同時に、何か不思議な光景を見ているような気がした。
(2003年9月7日北京にて)
「地球市民とは」 Posted September 1, 2003 by imanishi
SGRA代表 今西淳子
8月21日午後7時より、SGRA会員の山下英明さんの主宰されるセンチュリーフォーラムで、SGRAの活動を基にして「地球市民とは」というお話をさせていただきました。まず、地球市民に不可欠な要素として「行動」がありますから、私の活動を紹介しました。ひとつは渥美財団と関口グローバル研究会(SGRA)で、もうひとつは、CISV(Children’s International Summer Villages)という世界60カ国の子供たちに短期合宿生活させて異文化理解を推進するグローバルな平和教育運動ですが、どちらも「地球市民の育成」を目標にしています。これらは財団法人と社団法人ですが、このような民間による(NGO/NPO)公益活動自体が「地球市民」の重要な要素のひとつと考えます。
次に、この言葉がどれくらい使われているか、インターネットの検索エンジン(google)で調べてみたところ、「地球市民」が336,000件、「global citizen」が929,000件、「earth citizen」が634,000件ありました。たとえば「地球市民財団」は地球市民を「異なる文化や歴史を、一人の人として互いに尊重し、理解しあい、認め合う意識を持った人々」と定義し、地球上に住むすべての人が幸せに暮らせるよう、途上国を支援するNPOを助成しています。広島県の国際化推進プランでは、「地球市民意識の醸成」のために「国際理解・多文化理解の促進」と「平和・人権意識の高揚」をあげています。また、高崎市の「地球市民宣言」では、「歯磨きや洗顔のときは、水をこまめに止める」「買い物には買い物袋を持参する」など環境に配慮した日常生活上10項目の注意点をあげています。このようにみてみると、「地球市民」という言葉は既にかなり広く使われ、充分に「市民権」を得ているといえると思います。
さて、朝日新聞社「知恵蔵」に、「地球市民」の項では「1970年代から、地球的視点で行動する主体として『地球市民』が登場する。その意味で『地球市民』とは、昔からあった抽象的・理念的な『世界』『人類』とは違い、物質的条件に迫られ、生存をかけた意識である。」と定義されています。さらに、SGRA「地球市民」研究チームでは、「地球に住む人類として、全く新しいアイデンティティーとして芽生えて」きた意識であり、その特徴は「近代社会の基本理念である自由と平等を継承すること、地球規模の『公共圏』において、かつての国家権力に頼る征服や同化ではなく、お互いに意を尊重し合い、共に生きる、つまり『共生』を求める自立的な市民であるべきという認識」であるとしたことを紹介しました。(SGRAレポート#1「地球市民のみなさんへ」p.27) SGRAの定義の特徴は、自由・平等・民主主義といった近代社会の普遍的価値と公共性(公益性)を強調したことです。
しかし「知恵蔵」は、「それはまだ意識のレベルであって、行動はローカルに根を持ち、国境を超えるトランスナショナルではあっても一挙にグローバルではない」と指摘します。山下氏より「地球市民の生命と財産は誰が守るのか」という質問をいただきましたが、まだ制度的な検討はほとんど始まっていないと言わざるをえないでしょう。しかしながら、この点を検討するための参考として、本年5月のSGRAフォーラムでは、EU日本事務局の高橋甫氏から「EUと市民」というお話を伺いました。高橋氏は、欧州統合のキーワードとして@戦争を二度と起こさないという理想に根差したビジョンA強力な政治的な意志B現実的な漸進主義C制度的な裏付け(理事会と委員会と議会と裁判所)D文化的な多様性の確保、を指摘された後、「市民に近いEU」と呼ばれ、既に1979年から、加盟国の議会の代表者ではなく、直接選挙によって議員が選ばれていること、これによって、欧州市民というレベルでEUの政治に参加していることを紹介してくださいました。これが、欧州市民権や欧州基本権憲章の制定に発展したということです。(高橋甫「市民とEU」SGRAレポート#18「地球市民研究:国境を越える取り組み」9月発行予定)
最後に、「地球市民」意識の啓蒙活動の意義について述べました。本年2月お台場のSGRAフォーラムで、京都大学の白石隆教授は、アメリカの圧倒的な影響の下、アジア各国に、大きなマスとして中産階級が台頭してきていることを指摘されました。白石教授は、過去30年ぐらいのスパンで見ると、アジア各国はかつてよりはるかに多くのものを共有するようになっているということ、このとうとうとしたアメリカ化の中で、私たちは規範についても相当いろいろなものを共有するようになってきていること、そして、その上にこそ、いずれマーケットの地域統合の上に、制度として地域というものを作っていくということも構想できるようになるのではないか、と結論されました。(白石隆「日本とアジア」SGRAレポート#17「21世紀の世界安全保障と東アジア」p.12)
さらに、昨年7月軽井沢のSGRAフォーラムで、宮澤喜一元総理大臣は「何か共通のものを頼って、何かができるというような動き方には急にはなっていきません。しかし、オーディオ・ビジュアルな時代ですから、過去において何世紀もかかったことが、これからも何世紀かかるということもない」と仰いました。(SGRAレポート#14「グローバル化の中の新しい東アジア」p.8)ドッグイヤーの時代ですから、アメリカ化という共通基盤のもと、アジア地域の共通規範の確立もそれほど遠いことではないかもしれません。
以上のことから、アジアにおける「地球市民」意識啓蒙には、次のような意義があると考えます。@アジア各国における中産階級の台頭により拡大する共通基盤作りの促進A多様なアジアにおける「自由」や「平等」という普遍的価値の普及B欧米化ではなく文化の多様性の尊重を基本とする意識の普及C共通基盤に基づく連帯意識の醸成と、地域統合への方向づけD地球規模の問題解決への取り組みを推進(アジアは最大の人口を有し、経済発展が著しい)E社会の激しい変化に対応。
SGRAでは、今後も「地球市民」について考えていきたいと思っています。
マニラ・レポート(2003年夏) Posted August 28, 2003 by imanishi
SGRA「グローバル化のなかの日本の独自性」研究チーム
チーフ F・マキト
夏休みを利用して、一時帰国した。
帰国早々、7月27日に、マニラのビジスネス街マカティで軍兵士の反乱事件が起きた。幸いなことに、反乱兵士たちの思惑ははずれ、一般市民の支持を全く得ることができず、一日のうちに無血で事件は終了した。反乱兵士たちは、フィリピン軍内の汚職を訴えようとしたが、彼らに武器の使用権を認めた国民の信頼を裏切った結果になったと私は思う。正当な主張があるのならば、とりわけ自分の命を掛けるぐらいならば、平和的ルートを通して訴えを表明する方法は他にいくらでもある。国家を危機に晒し、一般市民に武器を向けずに済むはずだ。今回の反乱事件の計画者を厳しく裁いてもらいたい。この事件による経済影響を心配したが、フィリピンのアジア太平洋大学(UAP)の発表によれば、フィリピンが様々な危機から受ける打撃は毎回減ってきているようである。フィリピン国民が、だんだん危機への対応に慣れてきたと考えられている。
今回のマニラ訪問の後半には、SGRA研究チームの顧問をお引き受けいただいている名古屋大学の平川均教授が同行してくださり、充実した調査ができた。反乱事件が起きたので心配したが、先生は予定通り来比してくださった。日本貿易振興会(JETRO)を通じて、次の4社を訪問した。JETROマニラの白石薫さん(Director)が4社の訪問に同行してくださったが、「フィリピンの将来がなければ、私の将来もない」という彼の言葉がとても印象的だった。(このような日本人がもうちょっと増えてほしいですね)
4社で、暖かく受け入れてくれたのは次の方々である。この場を借りて、改めて感謝の意を述べたい(訪問順)。今回の調査は、平川先生の特別依頼もあって、工場を見学してきた。現場の貴重な意見を詳しく聞かせていただき、大変勉強になった。
小藤田 洋成 ASAHI GLASS PHILIPPINES、EXECUTIVE VICE PRES.
石井 明 SANYO PLASTIC PHILIPPINES、INC.、PRES.
SAKAMOTO HITOSHI、ENOMOTO PHIL. MFG.、SENIOR VICE PRES.
YAMAJI TADASHI、 P.IMES CORPORATION, PRES.
WAKABAYASHI SHUJI、 P.IMES CORPORATION、DIRECTOR
CESAR A. MORAÑA、P.IMES CORPORATION、MANAGER
4社訪問以外に、今年5月に調査したトヨタ・フィリピンの田畑社長と、ホンダのALFREDO MAGPAYO、AVPと、アジア太平洋大学(UAP)のEXECUTIVE LOUNGEでそれぞれ朝食とランチの会議を行った。田畑社長は、その場で携帯電話から、フィリピンにあるトヨタの部品下請け会社であるTOYOTA AUTO PARTSの社長とアポイントをとってくださった。そのおかげで次の方々にもお会いしたので、お礼を申し上げたい。
三宅 譲治 TOYOTA AUTOPARTS PHIL.、INC. PRES.
矢澤 文希 TOYOTA AUTOPARTS PHIL., INC. DIRECTOR
木村 和彦 TOYOTA AUTOPARTS PHIL., INC. DIRECTOR
以上の会議は、フィリピンのアジア太平洋大学(UAP)のPETER U先生が手伝ってくださった。今後も、引き続き、この方々と連絡して、調査を進める予定である。
平川先生の特別依頼で、日本大使館のSAKUMA HIROMICHIさん(FINANCIAL ATTACHÉ ATTY.)と意見交換した。先生も私もSGRAのことをPRし、去年の軽井沢フォーラムのレポート(英語と日本語版)を大使館においていただくようお願いした。
今回の調査はフィリピン開発研究所の助成金によって行われた。調査の最終目的はフィリピンの工業製品の対日輸出戦略を立案することである。調査の過程は次のようになっている。第1段階は、中長期的に日本へ輸出可能な製品、いわゆる生産計画の特定。第2段階は、その生産計画の構造的関係の根拠の分析。第3段階はその生産計画の構造的根拠のインセンティブ構造の分析。今年の12月ごろに最終提案書を提出する予定である。
今回の訪問で、大・中企業の生産計画の大枠を把握できたが、やはり、小企業のほうは、大企業に頼る部分が大きく、生産計画を自ら作成しないというのが基本方針のようである。ただ、小企業といっても、高い技術でバリバリ輸出しており、ここからも輸出戦略を立てるための貴重な情報が得られないわけはないので、引き続き調査の対象としたい。
8月19日に成田に戻り、翌日の始発の新幹線で名古屋に向かった。これから3ヶ月半、平川先生のご指導のもと、SGRA研究チームの仲間の李鋼哲さんと一緒に、客員研究員としてお世話になる。名古屋に近づくと、新幹線の窓から工場団地がよく見かけられた。平川先生によれば、名古屋大学は、東アジアの発展の原動力とも言える「雁行形態開発」という発想の発祥地ということだ。ASEANと日本の協力関係の更なる進展という私の期待への可能性を探るために、日本の「ものづくり」の心臓部への旅がはじまった。
(2003年8月28日)
地球益を考慮した国際理解と行動こそ、地球温暖化を解決する唯一の道 Posted July 29, 2003 by imanishi
SGRA環境とエネルギー研究チームチーフ 高 偉俊
2003年7月19日(土)、第12回SGRAフォーラムin軽井沢「環境問題と国際協力:COP3の目標は実現可能か」が開催された。渥美財団の渥美伊都子理事長、韓国高麗大学の李鎮奎教授、留学生ら40名が参加した。開会にあたり、SGRA今西淳子代表から、地球市民を目指す当研究会が地球温暖化問題の理解を深め、地球温暖化防止にどのような役割を果せるか、そのスタートとして本フォーラムへの期待が寄せられた。
フォーラムでは先ず外岡豊埼玉大学経済学部社会環境設計学科教授に「地球温暖化防止のための国際協力」と題した基調講演をしていただいた。外岡教授は地球温暖化問題の本質、温暖化がもたらす気候変動の危機的状況を説明し、参加者の共感を促した。さらに問題を解決するための国際協力について、地球と人類の500万年の歴史を踏まえること(20世紀は異常!)、USA型自由競争社会でなくEU型共存社会をめざすべきこと、そして、南北問題と同様に地球温暖化防止ための国際協力は簡単ではないことを説明した。国際協力を成功させるためには、相互信頼・相互理解の推進ともに、目的意識を共有しなければならない。排出取引、共同実施、CDM(クリーン・デベロップメント・メカニズム)や吸収源評価等には多くの抜け道があるものの、京都会議(COP3)の目標を実現するためには、スタートすることが重要で、共同作業による経験の蓄積から始める以外に道はないと指摘した。そして、このように各国からの留学生が集まって地球環境問題を討議するこのフォーラムの意義を強調した。
SGRA研究報告では、先ずSGRA運営委員で独立行政法人建築研究所の李海峰博士から「ビジュアルに見る東京ヒートアイランド」の報告があり、地球環境温暖化の縮影として、巨大都市温暖化の深刻さをビジュアルに参加者に見せながら、ヒートアイランドが都市の居住性を損なっていることを警告した。
SGRA研究員で鳥取環境大学専任講師の鄭成春博士は「カリフォルニアにおけるRECLAIM制度の最近動向報告」と題し、アメリカ・カリフォルニア州の事例を通して大気汚染物の排出権取引制度の事例を紹介し、その成果及び問題点を報告した。鄭氏はその制度をある程度は評価したものの、制度自体が様々な抜け道をたくさん用意したことを批判し、企業が排出量の削減への努力よりも安い排出権を買い自助努力を怠った事実を指摘した。そして、排出取引権が長期的な見通しのないまま、市場万能主義にはしる発想は非常に危険であると結論づけた。
SGRA環境とエネルギー研究チームのチーフで、北九州市立大学の高偉俊助教授は「(中国だけではなく)途上国からみたCOP3目標の実施」と題し、途上国の視点から京都メカニズム(排出権取引、共同実施、クリーン開発メカニズム)を検証した。排出権取引等は先進国が自助努力を放棄し、安易に途上国等から排出権を買う危険性があることを指摘し、温暖化という地球環境問題を解決するための京都議定書が、逆に環境を破壊し南北問題を拡大するかもしれないと警告した。また、植林によるCO2削減効果の計測方法は科学的にまだ立証されていないので、吸収源として認めるのは合理的でない。排出権取引の利益を排出削減に寄与する財源として用いる場合のみ、排出権を認める国際的な監視体制が必要であると主張した。
引き続き、アジア各国の地球温暖化防止への取り組み状況の調査報告があった。ベトナム人間科学研究所のブ・ティ・ミン・チィ博士は、現在ベトナムではまだ地球温暖化への関心が薄く、今後貧困問題の解決を含めて、環境教育の重視が必要だと指摘した。一橋大学のマンダフ・アリウンサイハン氏は、モンゴルが地球温暖化など気候変動により大きな影響を受けている実態を報告し、地球温暖化を阻止することはモンゴルの国益にとって重要な課題の一つであると主張した。韓国の取り組みに関しては、鄭成春博士(前出)が報告を行った。未だ先進国グループから免れている韓国は、地球温暖化防止に関する認識はあるものの、実施に関しては、産業に対する影響を考え、できれば次の次のCOPまで削減義務を課せられない立場でいたいと思っていること、それまでは、拘束力のない枠組みのもとで自発的な削減に努力するという方針が政府の立場となっていることが報告された。テンプル大学ジャパンのF.マキト博士は、地球温暖化防止に関しては、フィリピン政府は早い段階で調印したものの、いまだに批准していないが、温暖化による水温の上昇によって、世界遺産のTubbatahaサンゴ・パークが危なく、水面上昇による影響も大きいことから、早い時期に批准されるだろうと予測した。
最後のパネルディスカッションでは、地球温暖化防止実現ための排出権取引に焦点を当てさらに議論を交えた。排出権に関しては、色々な抜け道があり、不完全なものではあるが、環境は無料ではないこと、また現時点では国際協力で得られた重要な成果であること、今後の運営方法によっては大きな成果を挙げる可能性があること等が話し合われた。実現のためには、発展途上国の視点からの議論が必要であり、安易に排出取引権を利用するのは危険であり、このための国際的な監視体制が必要であるという共通認識をもたらしたと、司会の李海峰博士が締めくくった。
閉会挨拶として、SGRAの担当研究チームの顧問で、国際人間環境研究所代表・早稲田大学名誉教授の木村建一博士よりフォーラムの総括をいただいた。地球益を重視し、国際交流や相互理解のもとで問題の解決を試みるSGRAの努力を評価し、更なる活動を期待すると励ましの言葉を頂いた。
第12回SGRAフォーラム in 軽井沢 Posted July 29, 2003 by imanishi
2003年7月18日(金)及び19日(土)、鹿島建設軽井沢研修センター会議室で、第12回SGRAフォーラムが開催された。今回のフォーラムにおいては、18日午後8時から10時までの分科会で、ベトナム・タンロン大学のフィン・ムイ先生からベトナムの廃棄物問題を含めた様々なベトナムの事情についての報告がなされた。また、19日午後2時から6時までの本会議では、「環境問題と国際協力:COP3の目標は実現可能か」というテーマについて、基調講演と研究報告さらにアジア各国の状況調査報告があり、その後有益な議論とディスカッションが行われた。以下は、その概略である。
「ベトナムからの報告」 by フィン・ムイ
ベトナムの環境問題に長年携わってこられたムイ先生から、最近のベトナムの廃棄物問題について、先生の個人的な経験を中心に報告があった。ベトナムはまだ発展途上国であり、日本のような先進国が直面している廃棄物問題とは違う性質の廃棄物問題、一言で言えば、「衛生問題としての廃棄物問題」に直面している。この問題を解決するために、ムイ先生は、適切な廃棄物の処理施設を整備することが重要だと主張し、自ら地方政府を説得して、衛生的な処理施設を建設した経験を紹介してくださった。
一方、途上国の直面するもう一つの重大な問題は「貧困と環境破壊の悪循環」という問題である。ムイ先生は、ベトナムの少数民族の事例を取り上げて、貧困がもたらした環境破壊の実態、すなわち、従来の農法によって進行する砂漠化、砂漠化によって深刻化する生活の厳しさについて、詳しい報告がなされた。と同時に、このような悪循環を断ち切るための住民自らの試み、すなわち、我慢強い植林活動についての紹介もあった。また、このような悪循環を断ち切るためには教育が重要であると強調された。
「環境問題と国際協力:COP3の目標は実現可能か」 by SGRA環境・エネルギー研究チーム
地球温暖化を防止するための国際協力をテーマにした今回のフォーラムにおいては、埼玉大学の外岡豊教授をゲストに迎え、「地球温暖化防止のための国際協力」というタイトルで基調講演をしていただいた。地球温暖化は20世紀後半のビジネス社会が招いた人類最大の問題であることを強調しながら、この問題を解決するためには、それぞれの考え方や慣習を持つ国々が互いに理解を深め、協同作業を積み重ねるしか方法はないと熱く語られた。
ゲスト講演の後、SGRA環境・エネルギー研究チームの3人の研究員からの研究報告がなされた。まず、李海峰研究員は、東京におけるヒートアイランド現象の深刻さについて、具体的なデータや図を見せながら、地球温暖化とヒートアイランドによって大都市の住居性が著しく損なわれる可能性が高いと警告した。鄭成春研究員は、排出権取引制度の事例として「カリフォルニア州のRECLAIMプログラム」を取り上げ、排出権取引制度が成功するためにはきめ細かい制度設計が必要である点を強調した。高偉俊研究員は、中国抜きでは地球温暖化問題の解決はできないと主張しながら、中国における温室効果ガスの排出及び対策についての報告を行った。最後に、ベトナム、韓国、モンゴル、フィリピンにおける各国の地球温暖化対策の現状についての報告があった。
以上の基調講演、研究報告を踏まえながら、約1時間にわたるパネル・ディスカッションが行われた。そこでの結論は、今できることを一つ一つ実践しながら、その実績を積み重ねていくことが最も大事である、という点であった。今回のフォーラムは、この面から見ると、各国の研究者たちが集まり、地球温暖化問題についての議論を重ね、互いに理解を深める貴重な場としての意義を持つと思われる。
(文責:鄭成春)
おめでとう フィリピン・プロジェクト Posted June 25, 2003 by imanishi
SGRA「グローバル化のなかの日本の独自性」研究チームが、フィリピンのアジア太平洋大学と共同で進めている在比日系企業調査のプロジェクトに対して、フィリピン開発研究所からの助成が決定したとのお知らせをいただきました。おめでとうございます。以下は研究チーフのマキトさんからのメールです。
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先日「マニラ・レポート」で報告したように、フィリピンのアジア太平洋大学のピーター・ウー博士と在比日系企業の準備調査を始めた。帰国後間もなく、ウー氏から、フィリピンの開発研究所のもとで管理されているPhilippine APEC Study Center Networkが日比間の自由貿易協定に関する研究提案を募集中なので、共同調査をベースにして応募してみないかと誘われた。幸いに、その研究提案が採択されたそうである。SGRA研究員という肩書きで初めて認定されたものだけで嬉しさもひとしおである。
研究提案は「Formulating a Medium- to Long-Term Strategy for Exports of Manufactured Goods from the Philippines to Japan under a FTA with Japan: A Survey of Japanese Corporations in the Philippines 日比間の自由貿易協定において、フィリピンによる対日本製造品輸出をめぐる中長的戦略の立案:在比の日系企業の調査」というもので、日本企業と協力していかにフィリピンの経済発展と日比関係を進めるかということが、このプロジェクトの基本目的である。日本が世界に向けて可能であると示した「共有された成長」についてのさらなる解明もめざしている。
これと関連して、当研究チームの顧問で名古屋大学の平川均教授が8月にマニラを訪れ、準備調査を一緒に進めてくださることになった。先生のご指導のもとで調査が本格化しつつあるという気がして、わくわくしている。今回は、大手企業ではなく、中小の日系企業に焦点をおく。このようにして小さくても、在比日系企業の企業集団のサンプルが出来上がれば、これからの研究に何か貴重なヒントを与えてくれるものと期待している。
SGRA会員の皆様で、在比日系中小企業をご存知の方がいらっしゃいましたら、是非ご紹介ください。
M.マキト
AAN「『核』と鎖国は破滅への道 」朴栄濬研究員 Posted June 18, 2003 by imanishi
月曜日の朝日新聞に、SGRA「東アジアの安全保障と世界平和」研究グループ、サブチーフ朴栄濬さんのコラムが掲載されましたので、お知らせします。
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「核」と鎖国は破滅への道
朴栄濬 (韓国国防大学校安全保障大学院助教授)
平壌を訪れた米代表に北朝鮮が核兵器開発を明言してから8カ月余、恫喝戦術か、真相の告白か、多くの議論が展開されてきたが、少なくとも北朝鮮が核開発をテコに対外政策を有利に進めようとしていることが明らかになってきた。4月北京で行われた米中朝3者会談でも北朝鮮代表が同様の発言を繰り返し、今月には朝鮮中央通信が「核抑止力を備えなければならない」と明言した。その実態や実用性は別にしても、既に朝鮮半島は北朝鮮の核脅威にさらされているのである。
北朝鮮が核兵器開発にこだわるのには、理解できる面もある。元々「遊撃隊国家」が起源で、軍事力強化は国是である。伝統的な友邦であったソ連が崩れ、中国が改革・開放へ転換してからは、孤立した社会主義体制の生き残りのためには、絶対兵器の誘惑に逆らうのはむずかしかっただろう。
しかし、生き残りの戦略として選択した核開発がはたして自国の安全確保に貢献しているか、北朝鮮は見極めなければならない。
(全文は、以下のURLをご覧ください)
http://www.asahi.com/international/aan/column/030616.html
第11回SGRAフォーラム報告 Posted May 30, 2003 by imanishi
2003年5月26日(月)午後6時半より、東京国際フォーラム・ガラス棟G602会議室にて、第11回SGRAフォーラム「地球市民研究:国境を越える取り組み」が開催されました。今回は、SGRA研究会「地球市民」研究チームが主催する4回目のフォーラムですが、駐日欧州委員会代表部調査役・高橋甫氏と国境な医師団日本でプログラムマネージメントを担当されている貫戸朋子氏をゲスト講師として迎えての開催で、SGRA会員をはじめ、約50名が参加しました。
高橋甫氏からは「市民とEU」のテーマで以下の諸点についてお話し頂きました。
・欧州統合は二度にわたる世界大戦への反省がその原点にある。
・武力衝突のきっかけになった石炭や鉄鋼に対する共同管理ため、まず6カ国でこの石炭や鉄鋼に限られた分野での主権委譲を伴った統合(石炭鉄鋼共同体)に着手。
・統合の深化と拡大の半世紀(欧州経済共同体、欧州共同体)を経て、現在(欧州連合)に至る。
・その特質として、連邦国家でもなく、また伝統的な国際機構でもない。加盟国から主権の委譲を伴う「共同体システム」(経済)と主権委譲が伴わない「政府間協力制度」(外交・安全保障)の二重構造をもつ存在。
・そのプロセスにおける現実的漸進主義や言語・宗教などの文化的多様性を承認しながらの推進。
・欧州における国境を越えた「他者との連帯」、またその統合の主体は、単に政府ではなく、欧州市民であるという理想・信念。
・「市民のための欧州」を目指して、欧州市民のアイデンティティ確立(共通のパスポート、EUの旗・歌)、欧州市民権・欧州基本権憲章、欧州議会・欧州憲法。
・EUの構造的特質、経過、理念などへの分かりやすい説明。とくに「市民のため」「市民による」連帯や協働の重要性を他地域との比較で説明。
貫戸朋子氏は「国境なき医師団的発想とは」という演題で、自分の体験を交えながら、国境なき医師団の結成経緯・性格・活動などを紹介してくれました。写真による現場の生々しい光景は、過度に日常平穏に過ごしている私達にとって良い刺激になりました。氏の講演の要旨は以下の通りです。
・3人のフランス人医師の決意から生まれた。
・既存の国際的医療組織が政治によって強く左右されている現状をふまえたうえで、医療援助がもっとも切実なのに、国際社会において看過・無視されている地域の人々を優先的な対象として医療行為を行なう。
・政治的中立・公平、人道主義的普遍倫理にもとづきながら、自らの奉仕・犠牲によって成り立つ。
・それを支えるものとして、弱者の救済・それへの献身というヨーロッパの一種の精神的貴族主義。
・自らの権力化を防ぐため、組織状態を自発的結社として、運動的存在として定位。
質疑の時間において、質疑者から「EUの統合は一つの巨大国家の出現にすぎないのではないか」や「欧州統合における宗教問題への対処」、「国境なき医師団にはどうして日本の参加者が少ないか」や「現地人とのコミュニケーションの取り方」などの質問がありました。
今回のフォーラムで取り上げられたEU市民社会や「国境なき医師団」のことは、「地球市民」研究チームが取り組んでいる「地球市民とはなにか」の課題に大いに参考になるものでした。欧州統合における強い意志と信念・確固たる実践、多様性への配慮や長期的な枠組みの中での漸進的プロセス、しかも共有部分のシステム化などの経験は、最近活発化した東アジアでの国際協力において大きな参考材料になることでしょう。さらに、国境を越えた連帯と協働、国境を越えた他者への関心・思いやり、自己犠牲による奉仕・献身などは地球市民の形成における徳性の問題とも深くかかわる気がしました。とくに東アジアの将来を考える上で大変大きな示唆になると思われました。
(文責:薬会、高煕卓)
マキト「マニラ・レポート」 Posted May 21, 2003 by imanishi
SGRA「グローバル化と日本の独自性」研究チームチーフ
フェルディナンド・マキト
4月14日から一ヶ月、マニラに帰省した。その間、フィリピンで活躍している日系企業と国際組織を尋ねて、今後の研究のための資料やデータを収集した。秋にSGRAの顧問である平川均名古屋大学教授に研究客員として招聘していただいたので、今回のマニラの調査も参考にして研究を纏める予定にしている。
訪問したのは、富士通、ホンダ、トヨタのフィリピンにある子会社と、日本にその経営が任されたアジア開発銀行(ADB)の本部である。現地の協力者は、以前私が勤めたアジア太平洋大学(University of Asia and the Pacific、UAP)で、元同僚であったピター・ユー博士(Dr. Peter U)が担当してくれた。ユー博士は、多忙中にもかかわらず私の調査依頼を受けいれて、日系企業にアポイントを取ってくれた。企業訪問の目的は、フィリピンにある日系企業が、「共有された成長」という日本が体験した開発方法を、いかにフィリピンで実現しているかを調査するためである。全体的に印象的だったのは、訪問先の皆さんが大変協力的だったことだ。日本人役員の方々が会ってくださるか心配したが、結局、会長・社長クラスの方々が貴重な時間を割いてくださった。追加的なデータも後で送ってくださる。
アジア開発銀行では、いつも私の日本のODA研究に関してアドバイスしてくれる、フィリピンの友人に連絡したところ時間をかけて応対してくれた。ADB本部は私がUAP(当時まだ大学でなく研究所だった)に勤めたときには、マニラ湾に面しているところにあったが、今回はUAPの近くに移転したのでずいぶん便利になった。UAPのときの同僚とも偶然出会って協力してくれたのでラッキーだった。二回の訪問で、参考になることを色々と教えてくれた。この調査目的は、「自助努力を支援する」という理念を掲げている、ADBによる対フィリピンの日本ODAの経済学的評価である。
さらに、今回のマニラ滞在中、今年の秋に実施する予定のUAPと名古屋大学とのオンライン授業についてもあらためて確認した。テーマは「グローバル化のなかの日本」に決定した。
以上のプロジェクトは、名古屋大学の平川教授のご支援のもと実施するが、同時にフィリピンでのSGRAの存在感を強化することにも役立つと思っている。訪問先では必ずSGRAレポートを配って、私はSGRAの研究員として臨んだ。フィリピンのような発展途上国で活躍している日本の企業や組織が(他の国のやり方とは違う)日本独自の強いところをフィリピンでもちゃんと生かすことができているかを検証することと、日本に対する正しい理解を深め発信していくことが国際的なNGOとしてのSGRAの役割だと思っている。日本での「失われた10年間」は、海外で日本の強さが見失われた時期でもあったと考えれば、この役割の重要さが明らかであろう。
この場を借りて、滞在期間で協力していただいた下記の方々に改めて感謝の意を述べたい。
Shigeo Tsubotani Fujitsu Philippines, Inc. Chairman & CEO
高野 光成 Honda Cars Philippines, Inc. 取締役 社長
田畑 延明 Toyota Motor Philippines Corporation 社長
永峰 正昭 Fujitsu Computer Products Corporation of the Philippines 社長
朱庭耀氏「日本造船学会賞」他トリプル受賞 Posted May 19, 2003 by imanishi
会員の朱庭耀さんより、嬉しいニュースをいただきました。トリプル受賞おめでとうございます。
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お蔭様で、この度、日本造船学会第106期年度通常総会(5月14日)において、私が書いた以下の三編の論文
1)「タンカーの主要構造部材に対する設計荷重の実用的設定法に関する研究 第1報 設計海象」、日本造船学会論文集, 第191号, pp. 195-207, 2002.
2)「タンカーの主要構造部材に対する設計荷重の実用的設定法に関する研究 第2報 設計規則波及び設計荷重」、日本造船学会論文集, 第191号, pp. 209-220, 2002.
3)「バルクキャリアの主要構造部材に対する設計荷重の実用的設定法に関する研究」、日本造船学会論文集, 第192号, pp. 723- 733, 2002.
は、最優秀論文として、
日本造船学会賞(The Prize of the Society of Naval Architects of Japan)、
日本造船工業会賞(The Prize of the Shipbuilding's Association of Japan)、
日本財団会長賞(The Prize of the Chairperson of the Nippon Foundation)
それぞれ授賞いたしました。それを今西様にご報告致します。これからも頑張って研究を続けって行きたいと思います。これからも宜しくお願い致します。
朱@日本海事協会
地域協力の中心、狙う韓国 Posted April 8, 2003 by imanishi
SGRA会員各位
昨日朝日新聞に掲載された李鋼哲研究員のコラムです。
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地域協力の中心、狙う韓国
李 鋼哲(リ・ガンゼ)
新世紀アジア人開発研究センター理事長(中国)
イラク戦争が現実となり、日々戦火のニュースがメディアを埋め尽くす。北朝鮮の核開発をめぐる緊張を抱える朝鮮半島にどんな影響が出るのか。日本を含む北東アジアの平和と安定が大きく揺らぎかねない。
韓国は米韓同盟の立場からイラクでの対米支援を決断、反戦の声が高まる中、国会が派兵を認めたが、他方で対北平和解決の道を全力で模索している。
http://www.asahi.com/international/aan/column/030407.html
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Junko Imanishi, Representative
Sekiguchi Global Research Association
Tel: 03-3943-7612 Fax: 03-3943-1512
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イラク戦争を止めろ!!! 民主主義を救え!!! Posted March 23, 2003 by imanishi
SGRA研究員・李鋼哲
2003.3.18朝10時ブッシュの演説を聞きながら
アメリカ軍のイラク攻撃は秒読みの段階に入っている。今更戦争を止めろ、といっても止めそうでもない。だからといって、我々は「対岸の火事」を見ているだけでよろしいでしょうか。
国連の決議なしに単独主義行動で、アメリカなどがイラク攻撃を踏み込んだ場合、世界は第二次世界大戦後の最も深刻な危機に陥ることは間違いないと私は見ている。国際関係を見ると、「9.11」を契機に、世界はポスト冷戦時代の米国中心の「一超多強」世界秩序から、ポスト・ポスト冷戦時代に突入した。一時的な混乱を経て、世界はアメリカ「帝国」の衰退を迎え多極化時代に入るだろう。この転換期に国際社会が直面した危機は深刻である。
まずは、国際秩序の破壊危機である。戦後国際社会は資本主義勢力と共産主義勢力との対立が険しいなかでも、米ソ両超大国を中心とする均衡の取れた世界秩序を創った。もちろん、軍備競争や局部戦争は起こっていても、世界は第三次大戦にはならなかった。冷戦崩壊を迎えて、共産主義陣営は崩れ去り、アメリカ超大国が主導するグローバリズムの世界に入った。この秩序において、1991年に起こった湾岸戦争、昨年に起こったアフガニスタン戦争などは何れも国連決議に基づいて行っており、国連の結束と権威が一応保てられていた。しかし、今度のアメリカの軍事行動は、国連の賛成を得られないまま独走し、国際社会の秩序が破壊されてしまう危険性が非常に高い。そうなると、世界は冷静な価値判断基準が乱れることになり、正義と非正義が混沌してしまう。フセイン大統領は「世界各地が戦場になる」と宣言し、アラブ世界とアメリカなどとの対立が深まり、「9.11テロ」現象がアメリカを始め世界各地で起こっても不思議ではなくなるだろう。世界世論を背ける今度の戦争で、アメリカはイラクとともに敗者になるに違いない。
次は、国際的、国内的民主主義の危機である。国際社会において国連中心の体制においては一応の民主主義が貫徹されてきたが、アメリカ単独主義行動の独走に対して国際社会は歯止めをかける力を完全に失ってしまったのを見て、世界の人々は国連に対する強い不信感を抱くことになろう。一方国内では、とりわけイラク攻撃に参加する、またはこの戦争を支持する国々では、民主主義の深刻な危機を迎えざるを得ないだろう。ブッシュ政権、ブレア政権、小泉政権はいずれもが国民多数の反対を無視しており、民主主義を踏みにじっている。これらの政権はイラク戦争によりいずれも交替せざるを得ない運命になっていると私は見ている。
最後は、世界経済が深刻な危機に陥る。国際秩序の破壊、民主主義の危機は直接国際社会に対する経済界の不信感を強め、株価暴落を始め世界経済は大きな危機を迎えつつある。世界の3大経済大国アメリカ、日本、イギリスが国内市場の最大危機を迎えており、それが国際経済に与える影響は甚大である。世界同時不況はさらに深刻になるだろう。
このような国際社会が直面した危険、世界経済の危機を無視してまで行うイラク攻撃戦争に対して、地球市民としいてのSGRAは何を考え、何を発信すべきか。我々の発信が世界にとっては「茫々大海に投じた一石」に過ぎず、何にも役に立たないかも知れない。しかし、世界には我々と同じように、または我々よりもっと積極的に、ドラスティックに発信し、行動する市民やNGOが千万と数え切れないほど存在している。最近、世界各国で起こっている反戦デモを見てもこれは明らかであり、強まる市民社会の力を示している。
世界が直面した深刻な危機を転換させるために、我々は自分の声を世界に発信し、我々は自ずと行動を示さなければならない。戦争を止めるために、民主主義を救うために!!!
今、ブッシュの演説を聞いているが、全く説得力と論理性が見えない。頭が狂っている。
ANN「急増する日本人留学生」朴栄濬研究員 Posted March 14, 2003 by imanishi
本日朝日新聞に掲載された朴栄濬研究員のソウルレポートです。
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「急増する日本人留学生」
韓国の大学で外国人留学生が増えている。特に日本人留学生の増加が目立つ。昨年日本から帰国し講師をつとめていた大学でも、岩手県の高校を卒業して韓国語を勉強するために来た女学生、早稲田大学を出て韓国の政治経済を研究している大学院生などが私のクラスに参加した。
http://www.asahi.com/international/aan/column/030314.html
「頑張ろうよ、日本!」 禹守根 Posted March 11, 2003 by imanishi
SGRA会員ではないのですが、日本留学後、現在アメリカの大学院で研究している韓国の方から、下記の文章が送られてきたのでご紹介します。彼は、日韓の学生が共同でカンボジアに小学校を作るNPOの創始者でもあります。
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「頑張ろうよ、日本!」 禹守根
1970〜80年代の国際社会を驚かした”従属理論(dependency theory)”の創始者であるアンドレ・フランク(Andre Frank)は最近、”リオリエン(Reorient)”という名の本を出版した。この本から、著者の問題意識はタイトルの通り”Reorient”であることが伺える。”新たな方向を提示する”というこの言葉は、同時に”東洋の復興”という意味を含んでいるのだ。
「グローバルな経済体制は、はるか昔から形成されていた。その中で優位な立場にあったのはヨーロッパではなく、アジアであった。」そんな彼の主張の背後にあるメッセージは明らかである。「世界の歴史を創り上げた中心はヨーロッパではない。そして、アジアが後れを取り始めたのは近来のことであり、昨今のアジアの再浮上は、世界の中心がこの地域に再び移ってきている」ということの表れである。
これまでアジアからみてきた日本。そして、今、アメリカで見られる日本。なんと、大きな格差があることだろう。複雑な気持ちは交差するものの、連帯感と同質感の強いアジアの中の日本は、ここアメリカにおいては、何も言わなくても自らアメリカの下にくっついてくれるアメリカの言いなりの存在にしか映し出されないようである。嗚呼、無念・・・。
だから今、Yale大学の歴史学者のポールケネディカネが、ある雑誌に”小さくなる一方の日本”というコラムを書けたのであろう。そこで彼は改めて強い懸念を抱いていた。「いつも西欧の目を気にし、堂々たる姿勢を見せない日本の政治家たち。そんな彼らに主体的な青写真を期待する日本の国民はいない。こんな日本において最も深刻なのは、深まるばかりの自信の喪失なのである」
自信感の喪失。
そんな政治家がいることは事実だが、”人を責める”前に冷静に考えてはいかがだろう。この悪循環の原因、その改善のために、はたして我々は何をしてきたのかということを。
NGOの大父と呼ばれるゼレミリフキン(Jeremy Rifkin)博士。「他人の役に立てられるということで、自分にも自信が沸いてくる。」そんな言葉を残した。そして、先のアンドレ・フランク。「アジアは、ヨーロッパや西欧のモデルばかり追従する必要もなく、そうしてもならない」と話している。
アジアには我々の助けを必要とする人々が少なくない。彼らには、“こんな私に・・・”と思えるかもしれない、市民一人でも出来ることがたくさんあるのだ。
失った自信の回復、そしてリオリエントのためにも、いま、我々に求められているのは自らの一行。もはや「百聞は一見に如かず」ではなく、「百見は一行に如かず」。
さあ、気を取り直して頑張ろうよ、日本のみなさん!
まだ遅くありません。ずっと応援していますよ!!
We Love Asia, Asia Loves Japan!!
京都議定書批准時の外交努力を思い出そう Posted March 10, 2003 by imanishi
SGRA「グローバル化と日本の独自性」研究チームチーフ
フェルディナンド・マキト
緊迫した最近の政治情勢のなかで、父親のブッシュ政権における湾岸戦争と、その時の日本の悔しい思いがよく取り上げられる。しかし、私はむしろ京都議定書の批准と、その時の感動的な日本の外交努力を今こそ思い出したい。
当時の様相はこうだった。米国が京都議定書に批准しないことを決めて、国際社会の合意にストップをかけようとしていた。日本は議定書の運命に対して決定的な票を握っていた。日本は、議事国らしく見事にその困難な問題を解決した。世界環境だけでなく、世界の秩序そのものに最も影響力のある米国に、できるだけ批准するように働きかけた。米国が決意を変えようとしなくても、日本は米国に束縛されず、京都議定書に批准し、国際社会の決定を維持した。内容をみると、エネルギー資源に乏しい日本は、聖域であった原子発電所においては譲ったが、森林が豊富な日本は、森林の重要さを議定書に盛り込むことに成功した。
今の様相はこうみえる。米国は国連の決議に従わないという強い信号を発信している。単独の軍事介入によってでも、イラクの武装解除を実施しようと宣言している。投票権がなくても日本はこの中で、事実上国連の運命に対して決定的な決断に迫られている。果たして、日本は、平和憲法を持つ唯一の先進国らしく、見事にこの困難な問題を解決できるだろうか。
どのような外交が水面下で行われるかは、そのうち歴史が語り裁くが、普通に考えれば、京都議定書が試したいくつかの要素があれば、悪くない結果を生み出すであろう。まず、従おうとはしない米国に対してできるだけ働きかける。しかし、米国が決断を変えようとしなければ、日本が国際社会の決定を支持するのは当然であろう。日本が譲れるところは色々と考えられるが、この地域の平和に重要であるものの行き詰まった平壌宣言にヒントがあるであろう。活かすべきことは、日本が豊富に持っている平和理念にほかならない。
あくまでもこれは私の期待だったが、京都議定書批准において活躍した川口大臣が、今回も活躍しているのはわずかな希望を抱いた。しかし、日本は、国連で否決されても米国を支持すると腹を決めた。
今年の日本の建国記念日に、小泉総理大臣が鋭く指摘したように、最近日本では悲観的な見方が支配的であるが、本当に強いところはまだまだたくさんある。その強さを見失った世論が間違っているといえようが、国民の反対の声に聞く耳を持たないわけにはならないであろう。根っから親米の小泉総理やその周辺の政治家は、本来日本にある強さ、そして米国が掲げている、本来、社会の合意を徹底的に維持する真摯かつ偉大なる民主主義を国際舞台で生かすことはもはやできないのか。
あの感動的な外交努力を、もう一度、平和を愛する日本の国民、いや平和を愛する地球市民に示してほしかった。
追記:アメリカの大学に勤める者として、少しでも生徒と教員の安全に貢献したいと思い、この文章を投稿します。
「グローバル化、デジタル・ディバイド、オープソース」F.マキト研究員 Posted March 3, 2003 by imanishi
昨年12月10日〜13日にベトナムのハノイで開催された「ヤング・リーダーズ・ワークショップ」で発表したマキト研究員の報告です。
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「グローバル化、デジタル・ディバイド、オープソース」
F. マキト(SGRA「グローバル化と日本の独自性」研究チーフ)
大学の仕事の合間に、「良き地球市民」を目指す日本のNGO「関口グローバル研究会」(SGRA)の活動に参加している。昨年末、ハノイで開催されたヤング・リーダーズ・ワークショップに派遣された。シンガポール以外のアセアン9カ国の若者が参加した。ワークショップでは、若きリーダー達が、情報技術(IT)の推進するグローバル化とどう上手く付き合うべきか、ということがひとつの議論の中心となった。私は次のような意見を発表した。
ITによるグローバル化においては、デジタル・ディバイドとオープン・ソースという二つの現象が取り上げられる。前者については、ITにアクセスがある者(先進国)と不自由な者(発展途上国)の格差がどんどん広がっており、グローバル化の脅威となっている。後者は、リナックスのように、プログラムを殆ど無料で一般公開する動きを指し、ITによって与えられる機会(チャンス)である。
伝統的な市場主義経済学からすると、デジタル・ディバイドは当然起こり得る現象である。所得がある(ない)ものは良い(良くない)教育を受け、ITを容易に利用できる(できない)。一方、市場からの報奨がなくソフトを一般公開するプログラマーの行動は、伝統的な経済学者にとっては不思議な現象だとされている。
このように考えていくと、アセアン諸国で情報技術革新を進めていく上で、次のような戦略が考えられる。まず、市場を補完する社会メカニズムを構築することと、そして、ローカルな情報をオープンにしてグローバルに分かち合い、利用し合うようにすること。
具体的な案が2つある。まず、ベトナムはアセアンの若き加入国として、ITにおいては先入国より遅れているが、日本の「成果を共有される成長」をいかに導入するか、体系的な調査としては先駆的であろう。一橋大学の石川滋名誉教授が担当者として、海外援助が広い範囲でその効果を発揮させる現地の調査を実施したからである。このような経験を、他のアセアン諸国と分かち合うために、オンラインの情報バンクを構築すると良いであろう。このような事業は国境を越えるNGOによって推進することができるだろう。もう一つは、アメリカ型市場主義とは違う日本の経済システムの体系的分析を、オンライン授業で、将来のリーダーになるアセアン諸国の大学生達に紹介する試みである。実は、SGRAは、来年度、フィリピンと日本を結ぶプロジェクトを企画中である。
さらに詳しくは、下記をご覧ください。
http://www.aisf.or.jp/sgra/member/jstudies/index.shtml
「アジア人」を紹介します Posted March 2, 2003 by imanishi
AANのインターネット版に、李鋼哲研究員が次のように紹介されましたので、お知らせいたします。
■一線から■
・「アジア人」を紹介します
国に過剰に頼ることのないアジア人。中国共産党員としての栄達を未練気なく手放した李さんのような人は、「アジア共同体」を一足先に具現化している人なのかもしれません。
http://www.asahi.com/international/aan/issen/issen34.html
「中国に『新中間層』台頭」徐向東研究員 Posted February 28, 2003 by imanishi
日本経済新聞「経済教室」2003年2月17日(月)朝刊
(日経の要旨)中国の都市部で新中間層と呼べる階層が台頭し、おう盛な消費をリードするとともに、外資・新興企業の中堅として経済成長の担い手となっている。その比率はまだ低いが、中間層の着実な拡大は社会安定につながり、またこの層からの優秀な人材の確保が中国ビジネスのカギとなる。
☆日経に問い合わせたところ「経済教室」は外部者の執筆によるため、著作権に関する承諾がとれず、Nikkei Netに掲載できないこと。また日経記事の電子媒体での転載は一切禁じるとのことでした。この記事は、次回レポート発送時にコピーを同封させていただきます。
「北東アジア開発銀行、その成否のカギは朝鮮半島にあり」李鋼哲研究員 Posted February 28, 2003 by imanishi
少し前になりますが、李鋼哲研究員より下記のお知らせをいただきましたので、転送します。
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韓国のハンキョレ新聞から、大統領選の直前に、もし廬氏が大統領になったら北東アジア経済協力を積極的に進めると公言したので、開発銀行に関する特集記事を1月1日のコラムに載せるという依頼がありまして書き上げました。ハンキョレ新聞といえば、歴史は短いが韓国で最も進歩的な新聞であります。その記事は韓国語になっているので、日本語原稿を添付します。ご参考まで。
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한겨레 신문 기고
「北東アジア開発銀行、その成否のカギは朝鮮半島にあり」
北東アジア地域協力の要をなしている開発銀行設立構想は、10年前から議論されていたが、最近になっては実現に向けて動きが関連諸国で活発化している。3年前に中国天津市政府は開発銀行を同市に誘致すると宣言し、近年韓国でも大統領、及び大統領候補たちは同開発銀行構想を推進するとしている。それでは日本は乗り出すのかどうかが現段階のキーポイントとなろう。
同開発銀行構想について、日本国内では関心度がかなり低いのが現状である。日本は冷戦後に、北東アジア地域協力はさることながら、東アジア地域協力にも消極的であった。とりわけ、北東アジアにおいては日米同盟と日朝関係がそれぞれ大きな足かせとネックとなっている。それに日本国内の長引く不景気が、開発銀行構想のような前向き思考を停止させたと言っても過言ではないだろう。しかし、日本の地域協力への姿勢と政策はアジア通貨・金融危機をきっかけに変わっていることが注目される。「ASEAN+3」枠組み、及び日中韓3国枠組みの形成と拡大は、日本のこうした姿勢の変化なしにはあり得ない。さらに、朝鮮半島での情勢変化に日本の反応は俊敏であり、2000年6月の南北首脳会談の成功に対する日本の対応は積極的と言える。北東アジア開発銀行構想に関する本格的な調査・研究プロジェクトが東京財団により実施されたのもその現れでの一つであろう。
去る2002年7月29日、東京財団の北東アジア開発銀行プロジェクトチームは、小泉純一郎首相宛に「北東アジア開発銀行(NEADB)創設のための5つの政策提言」並びに『報告書』を進呈した。総理官邸で内閣官房長官福田康夫が首相に代わって提言の申し入れを受理し、研究代表の説明を受けた後、「この問題は何れ取り組まねばならない課題だ。貴重なご研究と提言に感謝する」とコメントをした。
同研究プロジェクトが日本のトップレベルの民間シンクタンクにより行われ、また域内外諸国や国際機関に発信されていることは、日本の対北東アジア姿勢は変わりうることを示した。ユニークなことは、同研究プロジェクトチーム構成メンバーが多国籍であること。日中韓ロなど域内4カ国並びに台湾、米国など関連国・地域の出身者、そしてアジア開発銀行、国連経験者など多国籍メンバーにより構成されされたチームは、国際的な視点から、日本の対外協力政策の焦点を北東アジアに当てる必要性と緊要性を日本政府に訴え、日本がイニシアティブを取るように働きかけたことは、日本国内では珍しいケースである。
同政策提言では、まず、北東アジア開発銀行の創設は同地域多国間協力のモデルとして位置づけるべきだと訴え、2006年を目途に北東アジア開発銀行の創設を推進することを提案し、その実現に向けた推進戦略とアクションプログラムを提示した。日中韓3カ国首脳会合で推進宣言を出し、日中韓協力政策の一環として位置づけ、同3カ国が中核となって共同でイニシアティブを取ることを進言している。
これをもって日本が北東アジア地域協力に対する姿勢を変えているとは言えないが、日本では北東アジア地域協力に関する最初の政策提言であることに注目されたい。その背景には、南北首脳会談が成功し、日本では朝鮮半島の問題が歴史的転換に向けて本格的に動き出したとの判断があったと考えられる。政府とマスコミに対する影響力が強く、政府に直接提言できる立場にある東京財団(当時は、現金融・財政大臣竹中平蔵が理事長)が一足早くこの動きに反応し、同プロジェクトを成立させた意味は大きい。
さらには、9月17日小泉首相平壌訪問の翌日に行った東京財団のNEADB研究プロジェクト発表会には、予想以上に政府関係者や国会議員、政府系シンクタンク、金融機関や財界などから幅広い参加者が見られた。首脳会談と「平壌共同宣言」の効果が現れたと考えられる。
しかし、この地域の複雑な歴史と国際関係の現状を考えると、日本が率先的に北東アジアを引っ張る可能性は少ない。戦前の「大東亜共栄圏」失敗の教訓、戦後の日米同盟が日本の足枷となっている。にもかかわらず、EUやNAFTAなどリージョナリズムの外圧は、日本にとっては近隣の中国や韓国などとの地域協力を進める推進力となる。また、日朝国交正常化に伴う日本の対北朝鮮経済支援を考えると、日本は何れ北東アジア地域協力に関心を高めるだろう。
一方、中国は大国を自覚した自制心から、北東アジア地域協力に関心を示しながらも慎重に対応している。国務院発展センター幹部の言葉から中国政府の姿勢を窺える。「日中は東アジア列車の二つのエンジン。日本は前頭エンジンで中国は後部エンジンだ。日本が引っ張れば中国は後ろで押す」。中国は先頭に立つことを控えている。
むしろ、北東アジア地域協力でイニシアティブを取れるのは韓国しかない。日中韓3カ国のなかでも韓国の立場が一番有利、日中両大国の間で調整者の役割を果たせるのだ。同時に北朝鮮が国際社会に入らなければ、北東アジア地域協力は成り立たない。そういう意味で「朝鮮半島が北東アジア開発銀行の成否の鍵を握っている」といって良いだろう。
AAN「『民族企業』成長に光と影」ブレンサイン研究員 Posted February 15, 2003 by imanishi
2月14日の朝日新聞に掲載されたブレンサイン研究員の内モンゴルレポートです。
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「民族企業」成長に光と影
一杯の牛乳が日本人を変えた--中国のマスコミで最近よく見かける言葉だ。戦後の学校給食を通じて日本人の体格が大きく向上したことに、中国人が後れを取ったと焦る気持ちをあらわしたものらしい。経済成長を続ける中国では都市住民を中心に、毎日牛乳を一杯飲み、肉を食べる。それも内モンゴルなどの天然の牧草地で産出する牛乳や肉を食べるという緑色食品ブームが起きている。
(全文は下記をご覧ください)
http://www.asahi.com/international/aan/column/030214.html
第10回SGRAフォーラムinお台場 Posted February 11, 2003 by imanishi
「21世紀の世界安全保障と東アジア」
2003年2月8日(土曜日)午後2時、第10回SGRAフォーラム「21世紀の世界安全保障と東アジア」が、お台場の東京国際交流館で開かれた。今回のフォーラムは、SGRA研究会「世界平和と安全保障」研究チームが企画及び準備段階から関わったものであった。「世界平和」研究チームは、元渥美国際奨学生を中心とした留学生同士が、世界平和と安全保障のための議論を一緒にしようという目的をもって、昨年作られたばかりの研究チームである。今回のフォーラムはその最初の仕事であり、チームの南基正チーフが発表者の一人として、そして幹事の筆者が司会者として役割を分担した。こうした留学生による試みに対して日本国際教育協会と東京国際交流館、中島記念国際交流財団、朝日新聞アジアネットワーク、渥美国際奨学財団が、協賛・支援して下さった。記して謝意を表したい。
フォーラムが開かれた国際交流館のプラザ平成メディアホールでは、SGRA会員25名を含むと80名の方々が駆け付けた。日本人のみならず、交流館に住んでいる留学生の姿も少なくなかった。国際交流館が開館した2年前に最初に入館した筆者の記憶から、これぐらいの人数が集まったのは、昨年のワールドカップ共同応援以来初めてではなかったろうか。改めて、我々が作った「世界平和」研究チームが立ち上げた目的に、顔の知らなかった世界各国からの留学生が、国籍と専門分野の壁を越えて共感してくれるのだと感じた。
研究チームの設立とフォーラム開催に至るまで、すべての仕事を担ったSGRA研究会の今西代表による開会挨拶の後、四人の発表者による講演が行われた。
京都大学東南アジア研究センターの白石隆教授は、「日本とアジア」というタイトルで基調講演をしていただいた。白石先生は、東アジアという概念を政治経済的システムとして捉え、こうしたシステムがどのような歴史的な過程の中で形成され始めているのかを説明しつつ、1980年代の後半から東アジアの範囲で地域秩序形成の動きが活発になっている背景として、日本と韓国による直接投資の要因が働いていると分析した。しかしこうした東アジアにおける地域秩序形成の過程を、ヨーロッパにおける地域秩序の現実と比較してみると、ナショナリズムの過剰や、共同体に向けた政治意識の欠如、共通規範の不在、政治経済体制の差異などの、地域秩序の形成を妨害する要因が少なくない。従って、東アジアにおける共同体に向けては、諸国家共同の利益と規範の共有、特に強大な力を持つアメリカの関与如何が重要な鍵を握っていると展望した。白石先生の基調講演は、大変幅広い歴史的且つ比較政治的アプローチに基づいて、東アジアにおける地域共同体成立の可能性とその現実的な条件を検討して下さった、興味深いものであった。
最初の講演は、東北大学法学部の助教授であり、「世界平和」研究チームのチーフでもある南基正先生に「朝鮮半島の平和構築と日本の役割」というテーマでお話し頂いた。南先生は、2002年9月17日に行われた日本と北朝鮮の首脳会談とその後の情勢を分析しつつ、日米関係が日朝交渉に臨んでいる日本の外交を拘束しているのか、或は米朝関係が日本の存在なしに機能しているのかに関する仮説を各々検討した。結論として南先生は、日米関係が北朝鮮に対する日本の外交従属性を意味するものではない、そして米朝関係は日朝交渉の制約要因であると同時に促進要因でもあると述べつつ、東アジア地域の安全保障のためにも日本政府が日朝交渉により積極的に取り組むことを提案した。
二番目の講演は、「中国の台湾戦略を解く」というタイトルで、宇都宮大学国際学部の外国人教師であり、SGRA研究会「歴史問題」研究チームのチーフである李恩民さんに発表して頂いた。李先生は台湾に対する中国の基本政策を、江沢民時代の「平和統一」や「一国二制度」政策を中心として説明した後、現在展開されている両岸の動きを軍事・経済・政治などの分野に関する具体的なデータに基づいて紹介した。そして今後の提案として、台湾が中国との平和統一を通して中国の全体的な民主化を促してくれること、中国側からも「一国二制度」に拘らず、平和統一への意思を徹底することを打ち出した。
三番目の講演は、「ブッシュ政権の東アジア戦略」というタイトルで、同志社大学法学部助教授の村田晃嗣先生にお話しして頂いた。村田先生は冷戦後のアメリカが軍事的な側面から断然他国を圧倒しうる超大国になっていることを説明しつつ、現在のブッシュ政権が、イメージとは異なって、レトリックと実際の行動を異にしていると分析した。そうしたアメリカ認識に基づいて同盟国として日本が何をすべきかという問いに対して、村田先生は、只の反米感情は、反中や反ロの感情と同様、日本にとって、望ましい選択肢にはなれないと強調した。先生は、今こそ更なる日米同盟の再定義と国際協調が求められていると結論づけられた。
四人の先生による熱い講演の後、第二部では参加者による質問が続けた。お台場に住んでいる日本人RAの富川英生さん(東京大学経済学研究科)と金子光さん(東京大学経済学研究科博士課程)、留学生の和愛軍さん(中国出身、東京大学農学生命科学研究科博士課程)及び李明賛さん(韓国出身、慶応大学法学研究科博士課程)が各々発表者に対して質問を投げかけた。その他、インドネシア、台湾、中国などから来た留学生や研究者が予定した時間を遥かに過ぎてまで、熱気溢れる質問を問いかけた。長々4時間にわたって行われた第10回SGRAフォーラムは、午後6時半、嶋津忠廣SGRA運営委員長の閉会挨拶を最後に、盛会の幕を閉じた。
日本に来た留学生同士が、SGRAのお陰でこの「世界平和」研究チームを作ったきっかけは、20世紀の東アジアに対する反省からであった。20世紀のアジアは、日ロ戦争、第一次世界大戦、満州事変、日中戦争、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、中国-ベトナム戦争など、戦争の絶えない時代であった。21世紀を迎えた今も、これら戦争の傷は、講演にも触れられたように、朝鮮半島や中国-台湾の間でまだ残っている。そうした戦争の連続で、加害者も被害者も、戦争の犠牲者になった。戦争の責任を問うこと、どちらが悪かったかを問うことは、勿論大事な問いである。しかし21世紀を生きている我々は、20世紀を生きていた先輩の世代が避けられなかった戦争の時代を超えて、何とかして、協力と平和の時代を切り開けなければならないと思う。
武器を溶かして平和の材料を作る作業は、一国の国境を越えて、各国が協力しなければならない。特に各国の若い世代同士が共に力と知恵を合わせなければできない。そうした意味で、SGRA研究会の「世界平和」研究チームが、各国の留学生が一緒に住んでいるお台場の東京国際交流館で試みた本フォーラムは、まさに東アジアの平和と協力に向けた小さな一歩であろう。元々お台場は、150年前の幕府時代に海を渡って来た西欧の黒船を防ぐために作られた砲台であった。世界に「閉じられた鎖国」のシンボルでもあったお台場で、150年の時間が過ぎて各国の研究者と留学生が集まって、「21世紀の世界安全保障と東アジア」というテーマのもとで共に議論する場を設けたことは、その意義が少なくなかったと思われる。
文責:朴栄濬(「世界平和と安全保障」研究チーム幹事)
AAN「越境者問題で板挟みの中国朝鮮族」李鋼哲研究員 Posted February 1, 2003 by imanishi
いつもこのメーリングリストにOpinionをお送りくださっているSGRA研究員の李鋼哲さんのコラムが、昨日(1月31日)の朝日新聞朝刊に掲載されましたので、お知らせいたします。
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北朝鮮の難民問題が、核問題とともに日本でも関心を呼んでいる。川一つ挟んだだけの中朝国境。出口の見えない食糧危機で、北朝鮮難民が数万人規模で越境している。もともと中朝両国は友好国。国境警備はそれほど厳しくなく、豆満江(中国名は図們江)、鴨緑江を渡ると、中国の朝鮮族が助けてくれるからだ。
本文は以下をご覧ください。
http://www.asahi.com/international/aan/column/030131.html
AAN「姓名判断復活、ビジネスに」薬会研究員 Posted January 17, 2003 by imanishi
「グローバル化と地球市民」研究チームチーフの薬会さんのコラムが、本日(1月17日)の朝日新聞朝刊に掲載されましたので、お知らせいたします。
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「姓名判断復活、ビジネスに」
中国各地で「起名公司」が大繁盛だ。縁起のよい企業名をひねり出すのが売りの広告会社もあるが、大半は姓名判断が業である。インターネットをのぞくと、「中華起名網」「好名網」「取名網」「美名網」などのサイトがずらりと並んでいる。
http://www.asahi.com/international/aan/column/030117.html
AAN「中国の連ドラが面白い」薬会研究員 Posted December 16, 2002 by imanishi
「グローバル化と地球市民」研究チームチーフの薬会さんのコラムが、12月13日の朝日新聞朝刊に掲載されましたので、お知らせいたします。
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「中国の連ドラが面白い」
最近、メードイン中国の連続テレビドラマが面白い。時代劇やホームドラマ、青春ドラマ、トレンディーもの、公安劇(刑事もの)など多彩なジャンルで人々を楽しませている。
全文は下記をご覧ください。
http://www.asahi.com/international/aan/column/021213.html
AAN「日本の尊い非軍事技術」マキト研究員 Posted December 16, 2002 by imanishi
マキト運営委員のコラムが、本日の朝日新聞朝刊に掲載されましたので、お知らせいたします。
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「日本の尊い非軍事技術」
フィリピンのアキノ元上院議員の暗殺事件から19年たつ。事件解決の決定的な証拠の一つが、マニラに到着した飛行機から兵隊に連れ去られたアキノ氏の映像だった。長さわずか10秒で、アキノ氏の姿はほとんど映っていない。その音声の分析結果を、身の安全が保証されなかったにもかかわらず自らフィリピンの裁判所へ提供したのが、今話題の玩具、犬語翻訳機の開発の基となる研究を率いた音声学者の鈴木松美博士だったと知った。
全文は以下のAANホームページをご覧ください。
http://www.asahi.com/international/aan/column/021206.html
第9回SGRAフォーラム「情報化と教育」 Posted December 3, 2002 by maquito
11月29日(金)、東京国際フォーラムガラス棟G610号室にて、SGRA活動の拡大路線が承認された総会の後、第9回SGRAフォーラム「情報化と教育」が開催されました。主な課題はいわゆる「デジタル・ディバイド」現象で、日本の政府機関と民間研究所の関係者の視点から、豊富なデータと国際的な事例に基づきお話ししていただきました。
日本の文部科学省メディア教育開発センターの苑復傑助教授は、e-JAPAN政策について分かりやすく説明してくださいました。2005年までに「IT最先端国となる日本」を目標とするこの政策は、世界比較における日本のITの遅れを克服するための対策のようです。まだまだ、課題も多いようですが一応進展していると評価できます。
NECの国際社会経済研究所の遊間和子専任研究員は、デジタル・ディバイドの構造を説明した後、ディバイドを克服するためのIT人材育成に各国がどのように取り組んでいるかを、写真を使って紹介してくださいました。米国の低所得層のコミュニティーにおけるNPOの取り組み、韓国政府による少年院の取り組み、中国の専門学校の事例において、社会のあらゆる層の人々がIT能力を向上できるようにする試みに感心しました。
お二人の発表の後、「ITと教育」研究チームのチーフ、J.スマンティオ博士の司会で、場から質問を受け付けました。二人の質問者とも、デジタル・ディバイドをもっと広い次元から、即ち、長期的そして発展途上国も含む全世界的な観点から見るべきだと訴えたと理解できるでしょう。フォーラムのあとの懇親会で今西代表が述べた「日本で考えているデジタル・ディバイドというのは、『勝ち組み』の中の競争に、いかに負けないようにするかという話ですね」という言葉が印象的でした。
(原文:マキト 編集:今西)
AAN「チンギス・ハンは誰の英雄」ブレンサイン 研究員 Posted December 1, 2002 by imanishi
今年の5月のSGRAフォーラムで、内モンゴルの砂漠化について報告したブレンサイン研究員のコラムが、11月29日の朝日新聞朝刊に掲載されましたので、お知らせいたします。
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「チンギス・ハンは誰の英雄 」
今年はチンギス・ハン生誕840周年だ。モンゴルでは7月から8月にかけて国を挙げて
偉大な民族の英雄の誕生を祝った。公然とたたえることが出来なかった社会主義時代には
考えられない熱狂ぶりだった。 (2002/11/29)
http://www.asahi.com/international/aan/column/021129.html
AAN「日朝会談、中朝関係にも影響 」李鋼哲研究員 Posted November 20, 2002 by imanishi
李鋼哲研究員のコラム「日朝会談、中朝関係にも影響」が、10月26日の朝日新聞朝刊に掲載されましたので、お知らせいたします。
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9月の日朝首脳会談と平壌宣言は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と「友好関係」にあった中国に、対北朝鮮政策の戦略的な転換を迫ることになるだろう。 北朝鮮の予想外の譲歩と日朝の接近は、中国に困惑と懸念をもたらす。北朝鮮の不安定化は困るが、日本や米国に接近しすぎても別の不安定要因で困るのだ。
http://www.asahi.com/international/aan/column/021026.html
「フィリピンのためにKEIRETSU?」マキト研究員 Posted October 16, 2002 by imanishi
「グローバル化のなかの日本の独自性」研究チームチーフのF.マキト博士は、8月12日、SGRA派遣研究員としてマニラのアジア太平洋大学で、「The Japanese System: Its Peculiarities and Continued Relevance to the Philippines (日本のシステム:その独自性とフィリピンとの関連性)」という講義を行いました。この講義録をもとにした「Keiretsu for the Philippines?」という論文が、同大学の機関誌「STAFF MEM0」19号に掲載されましたので、原稿(英文)ご希望の方はSGRA事務局へご連絡ください。
交流に新しい風を 日中30周年に考える Posted October 4, 2002 by imanishi
日中国交正常化30周年記念事業が行われ、連日新聞を賑わせていますが、SGRA会員の曽支農さんの活動が東京新聞の社説でとりあげられましたので、ご紹介いたします。
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東京新聞社説(9月29日)「交流に新しい風を 日中30周年に考える」より抜粋
中国側にもそれに似た考えを持つ人びとがいます。九二年に来日、東大で文学博士号を取り、現在は東大東洋文化研究所外国人研究員の曽支農さんもその一人です。日本に留学・就学を希望する中国の青年のためにことし七月、北京で「留学説明会」が開かれました。
その開催実現に日中間のパイプ役をつとめたのが曽さんです。日本の大学に進学を希望する中国人は多いが十分な情報がなく、日本に来て問題を起こすケースが少なくありません。真剣に留学を考える人たちに正しい情報を提供したいというのが曽さんの考えです。
一日だけの説明会に六千人以上が集まりました。説明会には日本から百二十の日本語学校などの関係者が参加しました。両国の関係者は若者の“情報飢餓”に驚いたそうです。曽さんは十一月から十二月にかけ、東京と大阪で中国の三十七大学の関係者を集め、留学を希望する日本人学生に情報を提供する「教育展」の準備に取り組んでいます。
全文は以下のURLをご覧下さい。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sha/20020929/col_____sha_____001.shtml
VILLEGAS教授「日本の少子高齢化問題について」 Posted October 4, 2002 by imanishi
7月末のSGRAフォーラムin軽井沢に来てくださった、フィリピンのアジア太平洋大学のBERNARDO M. VILLEGAS教授が関連記事をフィリピンの新聞に書いてくださいましたので、翻訳してお送りします。
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PROFITING FROM JAPANESE SENIOR CITIZENS
(フィリピンの一般誌「Bulletin Today」2002年8月9日に掲載)
7月19日から21日まで、東京から電車でおよそ一時間かかる、美しい『軽井沢』という山のリゾートで50人ぐらいの日本人、韓国人、中国人などの国際的な学者の集まりに参加した。軽井沢は、フィリピンのバギオ市に相当し、東京が35−40度の猛暑で苦しんでいたのに、こちらは爽やかで涼しかった。
フォーラムは関口グローバル研究会(SGRA)の主催で、渥美国際奨学財団、鹿島学術振興財団、韓国未来人力研究所の協賛によって開催された。鹿島は日本で最大の建設会社の一つである。フォーラムは「グローバル化のなかの新しい東アジア」というテーマで開催され、宮澤喜一元総理大臣とのオープン・ディスカションがハイライトであった。
このフォーラムで、私は、90年代初めに起きた不動産と金融バブルが弾けた後、12年間も続いている日本の経済低迷について、より深い見解を得ることができた。東アジア近隣諸国は、日本が、かつて米国についで果たしていた、世界経済の第2のエンジンとして復活するのを待ち望んでいる。
現在の経済低迷の理由としては、いろいろと取り上げられているが、そのなかで最も深刻なのは少子高齢化問題であると思う。日本は国民の寿命を伸ばすのに著しく成功した。現在、日本人は65歳の定年後にも数十年間生き延びている。今後10〜15年間には、人口の25%ぐらいは高齢者で構成される(84歳になれる宮澤さんのように)。宮澤さんが私の質問に答えてくださったように、この高齢者の多くがお金持ちで、優雅な生活を楽しむことができる。実は、軽井沢の豪華な別荘の殆どは、お金持ちの高齢者が所有しているとのことである。
しかし、食料、飲料、電気製品、携帯電話、パソコン、自動車などといった伝統的な企業が生産する消費材については、高齢者は利益を生む市場としてならない。彼らのニーズは限定的で、医療、観光などに集中している。高齢者の人口が大きいことは活気のある消費市場にかならずしも繋がらない。
状況を悪化させるのは高齢者による消費の低下を補うだけの若者の人口が増えていない。日本の出産率はつねに人口を維持できるための2.1%を下回っている。日本は1.4%ぐらいで、移民がなければ人口が年々減っているということを意味する。最も警戒すべきなのは、定年者を維持できる労働人口が減っていることである。
何人かの日本人と話してみて、定年後の保証が十分でないため、病気になった時に不安を感じて支出を控える高齢者が増えているという、私の観察を確認した。また、年金制度に不安をもつ若い日本人の消費が抑制され、不確実な未来に備えるよう貯蓄を進めている。
この故、政府がいくら利子率を下げて拡大政策をとっても、日本の国内市場は、なかなか回復しない。
日本の社会問題は特殊ではないことを、私はフォーラムで指摘した。シンガポール、スペイン、イタリーなどが同じような問題を抱えている。しかし、これらの国々は労働力不足の問題の解決策として発展途上国からの移民を大量に受け入れている。シンガポールの労働人口の25%あまりは外国人で構成されている。イタリーには20万人あまりのフィリピン人が出稼ぎに行っている。日本はこの社会的問題を克服したいのだったら、外国人労働者に対して、特にサービス部門において、より開放的にならないといけない。
日本に1,686,444人の外国人が登録されているが、その内フィリピン人は8.6%を占め、韓国人の37.7%、中国人の19.9%、ブラジル人の15.1%についで第4目の人口を占めている。しかしながら、日本の人口の1.3億人に比べると、これらの数字は大したことではない。
日本人の「国際化」には長い期間が必要であろう。そのあいだ、限られた年金を使って、医療、観光、高齢者用リゾートマンションなどで毎年数ヶ月間を過す、日本の高齢者をフィリピンに招く機会があるだろう。このようなサービスは日本語ができる、日本へ出稼ぎに行ったフィリピン人ができるだろう。このようなビジスネス・チャンスを考えると、私達はアロヨ大統領の「強い国家」戦略を支持すべきであることがわかるだろう。この戦略は誘拐などのテロ活動を防止するためであるから。
AAN「『古い日本』の良さに学ぶ 」マキト研究員 Posted September 2, 2002 by imanishi
SGRA運営委員で「グローバル化のなかの日本の独自性」研究チームチーフのマックス・マキトさんのコラム「『古い日本』の良さに学ぶ 」が、8月2日の朝日新聞朝刊に掲載されましたのでご紹介いたします
http://www.asahi.com/international/aan/column/020802.html
マキトさんからは、同テーマのレポートも投稿いただき、現在編集中です。
「成長神話崩壊の裏にメーンバンク制」韓国研究者が報告 Posted August 3, 2002 by imanishi
7月29日付の朝日新聞インターネット版に、軽井沢フォーラム及び前日に行われました韓国21世紀日本研究グループの発表「揺れる日本の神話」に関する記事が掲載されましたので、お知らせいたします。
「成長神話崩壊の裏にメーンバンク制」 韓国研究者が報告
http://www.asahi.com/business/update/0729/009.html
第8回SGRAフォーラム Posted July 29, 2002 by maquito
初めての試みとして軽井沢での開催を2月に決定してから、鋭意準備を進めてきた第8回SGRAフォーラム「グローバル化の中の新しい東アジア」は、2002年7月20日(土)盛会のうちに終了しました。スタッフの祈りが効き過ぎたくらいで、前日までの雨も止み、参加者が到着した19日(金)から、最後の21日(日)昼の渥美財団理事長別荘でのバーベーキューまで、軽井沢は暑いほどの晴天に恵まれました。今回のフォーラムは、従来よりも幅広いご協力をいただき実現しました。鹿島学術振興財団、韓国の(財)未来人力研究センター、渥美財団から協賛、名古屋大学大学院経済学研究科附属国際経済動態研究センター、フィリピンのアジア太平洋大学経済学部、そして朝日新聞アジアネットワークから後援をいただきました。そして、現役の渥美奨学生を含むSGRA会員等60名の積極的な参加もフォーラムを大成功に導きました。
フォーラムは20日(土)午後1時より、ホテルメゾン軽井沢内の軽井沢セミナーハウスで、日本語を公用語として開催されました。今西SGRA代表の開催趣旨とゲスト講演者の紹介後、本フォーラムを担当するSGRA「グローバル化のなかの日本の独自性」研究チームの顧問、名古屋大学の平川均教授が「通貨危機は東アジアに何をもたらしたか」というテーマで基調講演し、一般にあまり知られていないアジア通貨危機から芽生えた東アジア地域協力の経緯が報告されました。李鋼哲SGRA研究員からの「北東アジアの地域協力をどのように東アジアの地域協力に位置づけるか」という質問に対して、平川先生は「北東アジアの経済協力は重要であるが、ASEANを含め多角的な関係にしたほうが良い」と答えました。次に、本フォーラムの協賛者である韓国の(財)未来人力研究センターの理事で、高麗大学の李鎮奎教授が「韓国IMF危機以後の企業と銀行の構造改革」について英語で発表しました。アジア通貨危機後のIMF政策の成功例を紹介しながら、会場からの笑いも引き出して、とても明るい発表でした。他の英語による発表と同様、SGRA研究員が用意した日本語スライドを利用しながら発表は進められ、英語の質疑は日本語に通訳されました。金雄熙SGRA研究員の「何故韓国はこれほど早く危機から回復できたのか」という質問に対して、李教授は「一時的に大量の資金の国外流出に対応できなかったが、韓国の経済基礎は強いので早く危機を乗り越えることができた」と説明しました。3番目の発表者はインドネシア銀行構造改革庁主席アナリストのガト氏で「経済危機と銀行部門における市場集中と効率性―インドネシアの経験」について英語で発表し、統計と統計的分析法を利用しながら、インドネシアの事例をIMFの失敗例として取り上げました。F.マキトSGRA研究員の「何故IMFは失敗したか」という質問に対して、ガト氏は「IMFは政治的問題を経済政策と混同した」と指摘し、さらに「AMF(アジア通貨基金)のようなIMFの代替国際機関も検討しても良いのではないか」という考えを示しました。
青空のもと、木々に囲まれたホテルの庭で、コーヒーと高原の空気を満喫した休憩の後、4番目の発表者は中国清華大学で日本の経済産業研究所ファカルティーフェローの孟健軍教授で、「アジア経済統合の現状と展望」について日本語で発表しました。孟教授は、中国大陸を舞台に欧米と日本が投資を競い合っているデータを示し「中国は日本なしでもやっていける」という刺激的な分析を発表しました。また、中国人の国際的人材移動について頭脳流出(Brain Drain)から頭脳還(Brain Circulation)に変化しているという認識が示されました。金香海SGRA研究員は孟教授が中国政府の政策立案に関わっていることに関心を示しながら、「この地域での経済統合は果たして可能であるか」という疑問を投げかけましたが、孟教授は、「何千年の中国統合の歴史の中で、中国は異文化異民族を纏めてきた」と前向きな姿勢を崩しませんでした。5番目の発表者、フィリピンアジア太平洋大学のヴィレイガス教授は「中国と競争と協力」について発表し、協力しながら競争する「協争(Co-opetition)」というキーワードを紹介しました。徐向東SGRA
研究員からの「どの分野でフィリピンが中国と競争できるか」という質問に対して、ヴィレイガス先生は「付加価値が高い農業品や衣類品など、つまり安い労働に依存度が高くない市場の隙間をフィリピンが見つけないと勝ち目がない」と答え、同時に中国と協力するためにフィリピンの華僑の活躍に期待を示しました。
その後の自由討論では発表者のあいだで活発な議論が交わされましたが、焦点は「アジア共有の価値観は何か」ということでした。そしてこの「アジア共有の価値観」については、その晩のオープンディスカッションでも、その他の場面でも、軽井沢での熱い議論のテーマになりました。最後に、平川教授が総括を行い、第一部は終了しました。
第2部は、宮澤喜一元総理大臣をお招きし、アジア通貨危機における新宮沢構想、中国との貿易、地域協力、高齢化・少子化等、幅広いテーマについて、率直なご意見を聞かせていただきました。新宮澤構想は日本が外貨が多かったので、少しでもアジア諸国のお役にたてばという気持で行ったこと、日本は戦前アジアと一緒にやろうとして失敗し、近隣諸国に多大なご迷惑をおかけしたのだから、リーダーシップをとるのは相応しくないと思うこと、アジアはヨーロッパと違って宗教や文化を共有しないし、政治体制が違うのだから、アジアの地域協力にはそれほど楽観的ではないこと、しかしながら近年は情報化等により社会の変化が早いので以前よりは協力体制への道は近いかもしれないこと、対中セーフガードは恥ずかしかった、あのようなことをやっているのだから自由貿易協定への道は遠いだろう、少子高齢化であるが老人は負担ではなく資産と考えるべきではないか、等等、控えめな姿勢ながらもまさに鋭い洞察力に、参加者は大変深い印象を受けました。
フォーラムの後、夕方の涼風の中、ホテルの庭に集まった参加者は、ビールやワインを飲みながら、さらに歓談を楽しみました。その中には、東アジアの地域協力において、SGRAのようなNGOの役割は大きいではないかという意見がありました。フォーラムでも示されたように、国家の違いを越えることができるのは、世界の人々と仲良くし平和な世界を作りたいという市民ひとりひとりの熱意による、ということがもっとも印象的でした。
<原文:F.マキト、編集:今西>
AAN「国交30年、相互理解は途上」ブレンサイン研究員 Posted July 27, 2002 by imanishi
SGRA研究員で、早稲田大学モンゴル研究所客員研究員のボルジギン・ブレンサインさんのコラム「国交30年、相互理解は途上 」が、7月26日の朝日新聞朝刊に掲載されましたのでご紹介いたします。
http://www.asahi.com/international/aan/column/020726.html
胡潔研究員、関根賞を受賞 Posted July 15, 2002 by imanishi
SGRA研究員の胡潔さん(お茶の水女子大学研究員)の博士論文「平安貴族の婚姻慣習と源氏物語」(2001年8月刊行、風間書房)が「関根賞」を受賞しました。お茶の水女子大学名誉教授故関根先生と、女性研究者を励ます趣旨に賛同する先生方により創設された賞で、今年は9回目の授賞とのことです。おめでとうございます!
http://www.kazamashobo.co.jp/sekine.html
SGRA Forum#7 Report Posted May 18, 2002 by imanishi
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002年5月10日(金)午後6時半から8時45分まで、有楽町の東京国際フォーラム610号室にて、第7回SGRAフォーラム「地球環境診断:地球の砂漠化を考える」が開催されました。今回は、地球環境破壊、特に砂漠化(沙漠化)について、二つの対照的な研究、衛星写真情報の利用という大規模かつ最新鋭の理工学的研究と、現場のフィールドワークという地道な人文科学的研究が、約50名の参加者に紹介されました。
まず、千葉大学環境リモートセンシング研究センター助教授の建石隆太郎博士より、「衛星データから広域の砂漠化を調べる」というタイトルで、様々な衛星画像データを紹介しながら、砂漠化とは何か、衛星データによるリモートセンシングの基本、衛星データによる砂漠化調査の方法、砂漠化地図化などについて、わかりやすく解説していただきました。そして、この研究は、重要な環境問題の一つである砂漠化の現状を、衛星データを利用してなるべく正しく把握することであり、各国の衛星によるデータをあわせて、より総合的に砂漠化を把握する国際的共同研究も進められていること、砂漠化を正しく把握するためには、どんなに高精度であっても衛星データだけでなく、地上の正確な地図、そして現場での実地調査が必要であり、広範囲な学際的研究が求められることを説明してくださいました。
次に、SGRA研究員で、日本学術振興会外国人特別研究員・早稲田大学モンゴル研究所客員研究員のボルジギン・ブレンサイン博士から「フィールドワークでみる内モンゴルの沙漠化」というタイトルで、20世紀前半の満州国文献における内モンゴル地域の実態調査報告書の分析、追跡調査の結果、内モンゴル東部地域における農地化によって、いかに沙漠化が進んだかという研究を発表してくださいました。無理な開発と農業中心主義政策によって開墾が拡大され、ステップの保護層としての表土が傷められて、風化が進み、農業も牧畜もその存続すら危ぶまれる窮地に至っているというお話に、参加者はあらためて砂漠化の深刻さを認識しました。
その後、限られた時間でしたが、SGRA「環境とエネルギー研究チーム」の高偉俊チーフ(北九州市立大学国際環境工学部助教授)の司会により、建石先生とブレンサインさんのおふたりに対して、質疑応答が行われました。今年は、北京やソウルがひどい黄砂の嵐にまきこまれ、北海道にも降って、中国内陸部の砂漠化が、より身近な問題として感じられたこと、地球の砂漠化に対する総合的な政策は殆ど発表されたことがないこと、内モンゴルの砂漠化がカシミヤ山羊の飼育や髪菜という珍しい食材の乱獲などが原因となっており、知らないうちに、私たちの日々の暮らしにも関連していること、などが指摘されました。そして「では、明日からもっと明るい気持ちで生きていくにはどうすれば良いでしょうか」という質問に、ブレンサインさんは「内モンゴルに旅行して、その土地の習慣や文化を知ってください」と答えました。
ブレンサイン研究員、朝日新聞アジアネットワークのメンバーに Posted April 9, 2002 by imanishi
SGRA研究員で、早稲田大学モンゴル研究所客員研究員のボルジギン・ブレンサインさんが、朝日新聞のアジアネットワークのメンバーとしてコラムを担当されています。3月29日朝刊に掲載された「少数民族本位の開発に」は、インターネット版でご覧いただけます。
http://www.asahi.com/international/aan/column/020329.html
既に、SGRAレポートと一緒にお送りしましたが、5月10日のSGRAフォーラム「地球環境診断:地球の砂漠化を考える」では、ブレンサインさんにも報告していただきますので、ふるってご参加ください。
李恩民研究員、大平正芳賞を受賞 Posted March 6, 2002 by imanishi
SGRA研究員で、歴史問題研究チームチーフの、李恩民氏(南開大学歴史学博士、一橋大学博士(社会学)、宇都宮大学国際学部外国人教師)の著書「転換期の中国・日本と台湾:1970年代中日民間経済外交の経緯」(御茶の水書房、2001年11月)が、大平正芳記念財団(http://www.ohira.org/)より、大平正芳記念賞を受賞することになりました。おめでとうございます!!!
日中留学交流:情報発信で正常化図ろう Posted February 18, 2002 by imanishi
SGRA代表の今西淳子の投稿が、朝日新聞私の視点(2002年2月3日)に採用されました。
日中留学交流:情報発信で正常化図ろう
山形県の私立短大が渡日時奨学金を留学生に渡していなかったり、留学生が行方不明になったりする不祥事が報じられた。日中両国にとって大変に不幸な出来事である。日本では、中国人留学生は出稼ぎに来ているとの負のイメージが増長されかねず、中国では、国際競争力に乏しいといわれる日本の大学のイメージがますます損なわれかねないからだ。
昨年5月の統計で、留学生数は7万8812人に達した。前年度比1万4千人余の増加で、総数、増加数とも過去最高である。注目すべきは、増加数のうち1万1717人が中国人ということだ。
中国では大学が不足し、高卒の希望者で大学に入れない若者が毎年300万人近くにのぼる。教育を重視する儒教文化、一人っ子政策で6人の親(両親と両祖父母)が一人の学生の学費を支弁できること、急速な経済発展による家庭の経済力の上昇が背景にある。
一方、日本の大学は、少子化の影響で、私立大学の約3割が定員割れという。日中両国で需要と供給が合致しているわけだ。さらに一昨年から入国管理局は、大学が合格を認めた学生に対しては原則としてビザを発給することにした。
押し寄せる中国人留学生を、日本はどのように受け入れるべきなのだろう。
中国人の日本留学に際しては悪徳ブローカーや偽造書類の存在が問題視されている。実際、中国人留学生の多くが、中国では情報が少なく、まず日本とのコネを探すと証言する。その結果、勉学が目的でない者までもぐり込んでしまう。この現状をこそ改善すべきではないか。うわさで動きやすい中国の留学希望者に正しい情報を与え、本当に日本で学びたい学生を受け入れるための道程づくりが必要なのだ。
昨年は、中国での日本留学フェアがとりやめになった。正しい情報を発信することは何より重要であり、留学フェアの即時再開が必要だ。中国政府も、日本政府が渡日前の入学許可を与えやすいよう発案した日本留学生試験をぜひ採用していただきたい。
普通の学生が学力に応じて希望の大学を目指せる普通の留学システムの構築へ向けた日中留学交流の正常化が求められている。
あなたは地球市民ですか Posted February 18, 2002 by imanishi
東京国際交流財団の機関誌「れすぱす」11月号のNGO Message Boardに、SGRA代表今西淳子の記事「あなたは地球市民ですか」が掲載されました。これは第1回SGRAフォーラムの時に実施したアンケート調査を紹介して、「地球市民」という概念について解説したものです。詳しくは以下のURLをご覧ください。
http://www.tif.or.jp/koryu/lespace/0111/p03.html