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SGRAオピニオン


新「SGRAかわらばん」の発行と、無料購読者勧誘のお願い Posted September 13, 2006 by imanishi
SGRA会員の皆様

東京ではまだ厳しい残暑が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。

さて、SGRAの活動をより多くの方々に知っていただこうという目的で行うリ
フォーム計画の一環として、本日より、新「SGRAかわらばん」をスタートいたし
ます。SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地の会員の皆様からいただいた
エッセイを、毎週2回(火・金)を目標に、電子メールで発送します。今までSGR
Aからのメールを受け取っていらっしゃったSGRA正会員・学生会員の皆様には、
そのままお届けいたします。購読中止をご希望の方は、お手数ですが、SGRA事務
局までご連絡ください。

新「SGRAかわらばん」は、今後、SGRAホームページでメールアドレスを自動
登録していただいた方はどなたにでも無料で購読していただけます。購読者はメール
会員として登録され、「会員用」ホームページから、SGRAレポートのバックナン
バーをダウンロードできます。

SGRA会員の皆様には、是非、お友達やお仲間をお誘いいただき、たくさんの方に
「SGRAかわらばん」の無料購読の登録をしていただきたいと思います。よろしけ
れば、下記の文章をご利用ください。

皆様のご協力をよろしくお願い申し上げます。

SGRA代表 今西淳子

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「SGRAかわらばん」無料購読のお誘い

「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのS
GRA会員のエッセイを、毎週2回(火・金)、電子メールで発送いたします。どな
たにも無料で購読していただけますので、下記より登録してください。

http://www.aisf.or.jp/sgra/sgrakawaraban.htm

ご登録いただいた方は、SGRAメール会員となり、「会員用」ホームページから、
SGRAレポートのバックナンバーをダウンロードしていただくことができます。

SGRAは、世界各国から渡日し長い留学生活を経て日本の大学院から博士号を取得
した研究者が中心となって、個人や組織がグローバル化にたちむかうための方針や戦
略をたてる時に役立つような研究、問題解決の提言を行い、その成果をフォーラム、
レポート、ホームページ等の方法で、広く社会に発信しています。研究テーマごと
に、多分野多国籍の研究者が研究チームを編成し、広汎な知恵とネットワークを結集
して、多面的なデータから分析・考察して研究を行います。SGRAは、ある一定の
専門家ではなく、広く社会全般を対象に、幅広い研究領域を包括した国際的かつ学際
的な活動を狙いとしています。良き地球市民の実現に貢献することがSGRAの基本
的な目標です。詳しくはSGRAホームページ(http://www.aisf.or.jp/sgra/)を
ご覧ください。

SGRAは2000年7月より活動を続けており、既にフォーラムを24回開催し、
レポートを33冊発行してきましたが、より多くの方々にSGRAの活動を知ってい
ただくために、新しく「SGRAかわらばん」の無料電子メール送信を始めることに
いたしました。知日派外国人研究者によるネットワーク活動に関心のある方は、是非
ご登録いただきますようお願い申し上げます。尚、SGRAの公用語は日本語で、
「SGRAかわらばん」は日本語のみで発行いたします。

お問合せは、SGRA事務局(sgra-office@aisf.or.jp)まで。



徐向東「ソニー・ショックで考える中国市場での危機管理」(日経ネット) Posted March 25, 2006 by imanishi
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動感中国在線(ブギウギ・チャイナ・オンライン)
第18回「ソニー・ショックで考える中国市場での危機管理」
徐 向東
キャストコンサルティング代表取締役社長
SGRA「人的資源と技術移転」研究チームチーフ
2006/03/17
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最近「ソニー・ショック」とも言える話題が日中両国のメディアを騒がせている。ことの発端は昨年末。上海近くの浙江省が省内で販売されているデジタルカメラを抜き打ち検査し、ソニーのサイバーショット6機種を「不合格品」に指定した。画質、自動露光調整や液晶輝度などが、中国の基準に達していないというのが理由だ。問題が表面化して以来、「ソニー叩き」ともいえる報道やネット上の書き込みが、一時期おびただしい数に達した。その結果、現在に至るまで、ソニーは「問題機種」を中国で販売できない状態が続いている。近年、中国でこの種の問題に遭遇する日本企業が増えている。今回はソニーのケースを踏まえて、中国市場での危機管理のポイントや、そのために何をすべきかについて考えてみたい。

火に油を注いだ「測定基準の差異」発言

中国の報道によると、浙江省の検査でソニー以外の製品にも問題があったようだが、ソニーだけが社名を公表された。ソニーにしてみれば「不意打ちを食らった」と感じたに違いない。では、その時のソニーの対応はどうだったのだろうか。これまでの日中双方の報道を総合すると、当初はソニーの中国現地法人が「一部の測定基準に差異がある」とし、中国の測定基準に疑問を呈した。メディアに報道されたこの「差異」発言が、現地では「ソニーは中国の測定基準を見下している」と受け止められ、火に油を注ぐ結果となった。そして、数日後、ソニーの中国現法が「生産ラインの従業員にミスがあった」として、一転して謝罪。問題の製品については当面中国全土、販売
を差し控え、3月末までに希望者から製品を回収。代金を返却するとのことである。

ソニー本社に確認をしたら、「提出書類の不備があったが、不具合を引き起こすような品質問題ではない」というのがソニーの正式見解(ソニー広報による)とのことである。もし品質に問題がなければ、ソニーは終始毅然とした態度で臨むべきだった。

しかし、問題発生後のソニーの現地での対応は一貫性に欠けていた。「場当たり」的な対応が逆に消費者に「誠実さに欠ける」との印象を与えたのは間違いない。結局、問題は拡大し、中央テレビなどの中国の国家レベルのメディアまでが取り上げるようになり、ソニーは大きなダメージを受けることとなった。国市場を攻めるための「場の優位性」、つまり「地の利」を獲得するのだ。

⇒全文はここからご覧ください。



白石勝己「留学生の卒業後の進路状況について」(ABK留学生メールニュース) Posted March 25, 2006 by imanishi
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「留学生の卒業後の進路状況について:日本学生支援機構調査『平成16 年度に卒業(修了)した外国人留学生の進路状況』の分析から」

白石勝己
財団法人アジア学生文化協会 教育交流事業部
SGRA会員
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日本学生支援機構(JASSO)では、「平成16年度に卒業(修了)した外国人留学生の進路状況」を平成17年2月に公表した。この調査結果を下に、日本人のケースと比較しつつ、各在学段階別の状況分析を行った。今回、初めて公開されたデータだが、さらにいろいろな方向から分析すると、また別の示唆を得ることができる。今後、留学生の受け入れは、出口戦略が重要であると認識され始めており、このような調査データは重要である。

論文はJapan Study Supportから「最新情報」をクリックしてください。

JASSOのデータは、ここをご覧ください。

(ABK留学生メールニュース53号 2006年2月発行)



薬 会(AAN)「中国仏教 寺院復興続く沿海地域」 Posted February 16, 2006 by imanishi
「中国仏教 寺院復興続く沿海地域」
薬 会(ヤオ・ホイ)
法政大学講師

中国仏教は、幾多の盛衰を経ながらも、今なお中国文化の基底を成す重要な要素だ。

文化大革命期に排斥されたが、今や経済的に豊かになった沿海地域では民衆からの寄進を受けて仏教寺院がいくつも復興され、新たな心の支えとして再び隆盛をむかえつつある。

最澄ら日本の留学僧が長安への途上立ち寄った浙江省寧波市の南、象山県にある玉泉寺を訪ねた。県都から15キロ。田園地帯を抜けた小高い山のふもとに寺の建築群が現れた。天王殿、大雄宝殿、観音殿、念仏堂、工事中の放生池など、堂々たる叢林(そうりん)だった。

戦前の「象山県誌」によると、寺は宋の時代(964年)に天台宗の道場として建てられた「玉泉院」に始まり、最盛時には僧約1千人が常住。「浙江三大教院」の一つだったが、いつしか廃寺になった。

現在の威容は32歳の阿海住持の尽力による。10年前、23歳で出家し行脚の途中この廃寺跡に立ち寄ったのをきっかけに、古刹(こさつ)再建を決意したという。

⇒全文はここからご覧ください。



今西淳子(AAN)「新しい留学政策の推進を」 Posted December 31, 2005 by imanishi
11月23日に開催した第21回SGRAフォーラム「日本は外国人をどう受け入れるべきか:留学生」の議論を踏まえた提言を、朝日新聞アジアネットワーク(AAN)のホームページに載せていただきましたので、全文をご紹介させていただきます。

http://www.asahi.com/international/aan/haiken/haiken051224.html

関口グローバル研究会(SGRA)代表
今西 淳子

日本政府は1983年に、日本に留学生を10万人受け入れようという政策を打ち出し、当初1万人に過ぎなかった在日留学生が2004年5月には117,302人に達した。数は順調に伸びた。しかし、受入れ体制の整備が不十分だったために、留学生の対日観が悪くなったり、犯罪が起きて留学生のイメージが悪くなったり、多くの問題を引き起こした。近年の入国管理局による日本語学校生の受入制限の強化は、来年以後の留学生数の減少を招くと考えられている。

一方、ダイナミックに発展を遂げるアジアを中心に留学はますます盛んになり、欧米、オセアニア、東アジア諸国では積極的な留学生誘致が繰り広げられている。国内では、国立大学は独立行政法人化され、私立大学は少子化による学生数の減少により経営難が激化すると見込まれ、大学は生き残りをかけて改革を進めているが、往々にして国際化もその戦略として取り込まれている。

このように混沌とした状況の中、政府は、アジアに対する政治外交が不在のまま、積極的な政策を打ち出せないでいる。グローバル化と地域化とナショナリズムが錯綜するアジアの一員である日本は、今後どのような理念に基づいて、アジアを中心とした各国からの留学生を受け入れるべきか。

世界各国から渡日し、長い留学生活を経て日本の大学院から博士号を取得した知日派外国人研究者が中心となって活動している関口グローバル研究会(SGRA)では、このような問題意識に基づいてフォーラムを開催したが、その時の議論に基づき次のように提案する。

(フォーラムの内容は、下記URLをご覧ください。)


1. 日本の留学生受入れ政策の理念が、戦後賠償を含む「支援」から「相互協力」へ大きく変化したことを確認したい。「東アジア共同体」の構築を視野にいれた、EU型モデルを参考とした、アジア各国の大学間で留学生を相互に交換する短期プログラムや、母国で2年、留学2年で両方の学位をとるツィニングプログラムなど、新しい試みは一部の大学で既に始まっているが、各大学が積極的に推進していただきたい。

2. 留学交流の根本は「平和共存」のための「人と人の交流」であり、市民間の「信頼醸成」であることを確認したい。現在盛んに語られている東アジア共同体構想が安全保障も含むのであれば、この基盤整備は欠かすことができない。短期留学を中心とした非常に大規模な量的拡大が必要であり、欧米に比べアジア諸国で普及が遅れている異文化理解教育が必要となる。文化の違いへの対応を習得した上で、はじめて歴史についての対話が可能になるだろう。

3. 「東アジア共同体」というと経済が先行するが、教育の場では「市民社会の育成」を強調したい。企業によるメセナ事業、市民によるボランティア活動、NPO、NGOの活動の中には、日本社会がアジアからの留学生に伝えることのできるものがたくさんある。企業インターンシップも含む、大学の外で日本体験プログラムを推進していただきたい。彼らが将来帰国して、市民社会建設の担い手になっていくのである。

4. 日本に限らずアジア諸国の欧米偏重(特にアメリカ偏重)は歴然としているが、「アメリカか日本」を脱して、「アメリカも日本も(あるいはアジア各国も)」という多層的な留学を志向させるような対策が必要となるだろう。誰でも日本語(日本人には英語)と一緒に第2、第3の外国語を学習できるように制度を見直していただきたい。

私が留学生支援を始めてから11年が過ぎたが、対アジア政治外交の空白を背景とした日本の留学生政策の停滞振りには危惧を感じざるを得ない。同時に、アジア各国の日本に対する関心が低下し始めていることが、留学生支援の現場においても感じられる。日本はまだ余力のあるうちに関係者の意識変革を進め、新しい留学交流の理念に基づいて、受入機関や支援機関の改革を伴う積極的な留学政策を打ち出すことが求められている。

(2005年12月9日、24日改訂)



李 鋼哲(AAN)「中韓交流 『日流』加わってこそ新時代」 Posted December 16, 2005 by imanishi
「中韓交流 『日流』加わってこそ新時代」
李 鋼哲
総合研究開発機構(NIRA)主任研究員

この夏、北京で「韓人会」の設立大会があり、盛況だった。北京の韓国総領事館によると現在、中国には北京、上海、広東および山東省沿海都市を中心に約30万の韓国人が長期滞在し、5年後には100万人に達する見込みという。

北京国際空港と都心の中間にある高級住宅街「望京城」は、中国人街なのか韓国人街なのか分別がつかない。そこは中国朝鮮族も含め5万人規模の「コリアンタウン」だ。韓国人居住者たちは自ら「新朝鮮族」と呼ぶ。胡錦涛国家主席も見ているという韓国のテレビドラマ「大長今」(日本での題名は「宮廷女官チャングムの誓い」)は、中国で高視聴率を記録した。

そうした「韓流」に乗って、さほどの違和感もなく、韓国のビジネスマン、留学生、移住者らが続々と進出している。

⇒全文はここからご覧ください。



ヨンヲル紀行記 Posted December 12, 2005 by imanishi
SGRA会員各位

11月4日(金)にソウルの高麗大学で開催した日韓アジア未来フォーラムの後、SGRAからの参加者はヨンヲルへの1泊旅行へ招待されました。参加した会員の中村様より紀行文をお送りいただきましたのでご紹介いたします。また、フォーラムやヨンヲルの写真もホームページに載せましたのでご覧ください。

今西淳子
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「ヨンヲル(寧越)紀行」
SGRA会員 中村まり子

ソウル高麗大学でのシンポジウム終了後の11月5日早朝、ソウル大学全京秀教授を団長としたヨンヲル旅行ツアーはバス4台で一路太白山脈のふもとの深い渓谷に点在する小さな美術館めぐりに出発した。SGRAから参加したのは嶋津さん、足立さん、ハノイから来たチーさん、上海からきた高玲那さん、ソウル在住の高煕卓さんと私の6人。高速道路を走ること3時間、最初の訪問先は本の美術館・・・崖を切り開いて建てられた小学校の廃校を利用したもの、分校だったので教室は二つ。昔の教科書などが展示されていた。その後昆虫博物館、民族画博物館、芸術村(画家夫婦が自ら立てた家で絵画制作と展示をしていた)、写真博物館、韓国の山頭火Byeongyeon(金サッカッ)の記念館へ。

夕刻、宿に到着。すぐさま町の料理屋へ移動、郡長さん(日本の県知事さんか?)主催の歓迎夕食会が開かれた。そこでの挨拶から、都会より学識者を招いての視察とシンポジウムの一団が地元の方々から大いなる希望と期待を抱かれていることが判明した。

翌日は早朝より町の中心部にある公会堂でシンポジウムが開催された。ヨンヲルは「美術館、博物館の村」との提案を政府に申請したところ認可され、年間3億円もの予算が降り始めたそうで、これからの活性化をさぐる提案が、4人のパネリストによって個々の研究テーマに沿った形で発表された。ドイツのマイン川沿いの町並み保存について、琵琶湖のほとりの近江商人の町・五個荘保存成功についてなど。会場はバス4台分の乗客で埋まり、もっと自然の景観を利用すべきなど提案もなされて大盛況のうちに閉幕した。

昼食後、李朝六代目の若き王が叔父の陰謀にあい幽閉されていた場所を再現したところへ小船で渡り、松林の中に建つ浅茅が宿を見学・・枯れた葦がそよぐ川辺に立ち当時を偲んだ。

帰途の高速道路は日曜日の行楽帰りと事故で大渋滞、夕6時すぎにようやくソウルに辿り着き2日間の駆け足視察旅行は幕を降ろした。

足立さんと高煕卓さんが取った、高麗大学で開催された日韓アジア未来フォーラムとヨンヲル旅行の写真は、アルバムをご覧ください。

また、ヨンヲルについての情報は、
日本語ホームページでご覧いただけます。



新刊紹介 Posted December 12, 2005 by imanishi
SGRA会員のオリガさんと金娟鏡さんから、近刊の共著書をご寄贈いただきましたので、ご紹介します。

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■現代ウクライナ短編集
(群像社ライブラリー16)
編訳者 藤井悦子 オリガ・ホメンコ
2005年11月15日発行
(株)群像社 03-5803-9515
http://www.gunzosha.com

☆ウクライナという国、とくにその政治体制、経済的基盤、ロシアおよびEU・アメリカとの外交関係などについての関心が日本でも高まったが、ここに紹介した作品を通してウクライナの人びとの心、ウクライナの人びとの日常生活、ウクライナ社会の匂いといったものの一端を感じとっていただけるなら、私たち訳者にとってこれに勝る喜びはない。(「解説」より)

■アジア映画をアジアの人々と愉しむ
ー円卓シネマが紡ぎだす新しい対話の世界ー
編著 山本登志哉 伊藤哲司
2005年9月5日発行
(株)北大路書房 075-431-0361
http://www.kitaohji.com/

☆国際的にも評価を得た映画を素材として,異なる文化背景を持つ人たちがそれをどう観るか,お互いの見方のズレから文化やそれを超えた相互理解の可能性・不可能性の問題を考えていく。文化研究者にもいろんなヒントが見えてくる本。アジア映画が注目されている今,映画を観る新しい「あそび」を提唱。

☆4つの映画を4つの国の人たちが集い、ワイワイ楽しく語りあう。そこから見えてくるものは・・・
 「Shall we ダンス」(日本)
 「友へ チング」(韓国)
 「あの子を探して」(中国)
 「ニャム」(ベトナム)
日中韓越の59人の対話から、こんな映画の本ができちゃった!心理学者が考えた、多文化共生の新しい「遊び方」。



包 聯群「火事で焼失した小学校の再建をみんなの手で実現させることができた」 Posted October 14, 2005 by imanishi
東京大学大学院総合文化研究科博士課程
SGRA会員
包 聯群

中国黒龍江省泰来県には515人が居住するウンドル村がある。2003年8月30日、笹川科学研究助成による満州語の調査をしていた私の目の前で、村の人々の心を痛める事件が発生した。1946年に設立され、多くの人材を育てた歴史をもつモンゴル族小学校が火事によって一瞬の内にその形を変えてしまった。村の人々はあまりにも悲惨な出来事に言葉を失った。

この村ではモンゴル族が全体の73%、漢民族が15%、満州人が10%、ダグル族が2%を占めている。村の周辺はすべて中国語が話されている環境であるが、ウンドル村の人々の日常用語にはモンゴル語がもっとも多く使われている。小学校の児童は40名程度で、母語であるモンゴル語を勉強できる唯一のモンゴル族小学校であった。しかし、火事が発生する前から一部の人による小学校合併の動きがあった。小学校4年生から2.5キロ以上離れた別の村に通わせ始めていた。火事が発生した後、小学校3年生からのすべての児童を別の村に通わせた。教師もそれぞれ別の村へ派遣された。仮教室に1年生と2年生の児童及び教師一人が残された状態であった。

村民が学校再建委員会を設け、地元の行政へ事情を説明し、学校再建を求めた。その後、県教育局の責任者が村に行って、村民たちに経済的な理由により再建できないという説明をした。絶望した村民たちは、私宛に日本からの応援を求める手紙を送ってきた(2004年4月6日)。手紙を読んだ私は、日本側を代表する責任の重さを感じる一方、母校でもあった小学校のために何かをしなければいけないと思い、母校出身3名が中心となり、在日小学校再建委員会を立ち上げ、様々な活動を開始した。

しかし、実行は容易ではないことに気づいた。多くのボランティア団体(東武練馬コスモスの会、東京・沖縄・東アジア社会教育研究会、SUNUS、フフ・モンゴル・オドム、モンゴル民族文化基金など)に支援を求めた。国際交流も視野に入れて、東武練馬コスモスの会の支援のもとに留学生たちが中心となり、様々な祭り(10回程度)に参加し、モンゴル料理の販売をした。それによって、異文化を紹介し、国際交流を進める一方、学校再建資金の一部(他は支援金)を集めることができた。

その時、最も重要なのは教師を派遣できるかどうかという問題であることに気づき、2005年3月に一時帰国して地元の各行政機関を訪問し、黒龍江省民族委員会から学校再建に必要とする資金の半分を支援する約束をしてもらった。泰来県教育担当の副県長さんも日本の多くの皆様と多くの留学生のご支援を理解し、特別な計らいによって、小学校に5人の教師を派遣し、モンゴル語科目の再開も許可された。今年の5月に日本から10万人民元を学校側に渡し、小学校の再建を求めた。9月に東武練馬コスモスの会が中心となる日本人10人グループが小学校の開校式に参加した。地元の行政官僚も大勢参加し、日本への感謝の気持ちを述べ、日中友好関係が永遠に続くことを祈ると発言した。

最後に言いたいことは、村民の笑顔を取り戻した「小学校再建活動」の背景には、渥美国際交流財団からの欠かせないご支援が存在していた。お金と時間のかかる小学校再建活動は、私にとって、経済的に大きな支えがなければできないことであった。財団の奨学金とご声援が私のパワーとなり、それらを活動に生かせたこそモンゴル族小学校が再建できたと位置付けている。 



徐向東(日経ネット)「中国の『ハシエモン』は、日本の『ホリエモン』を超えるか」 Posted July 10, 2005 by imanishi
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動感中国在線(ブギウギ・チャイナ・オンライン)
第14回「中国の『ハシエモン』は、日本の『ホリエモン』を超えるか」
キャストコンサルティング代表取締役社長 徐 向東氏
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日本には「ホリエモン」、中国には「ハシエモン」

 テレビをつけても「ホリエモン」、新聞を開いても「ホリエモン」。ホリエモンことライブドア社長の堀江貴文が仕掛けたニッポン放送の買収劇は、ライブドアとフジテレビの資本・業務提携の合意によって幕を下ろしたが、平成のホリエモン事件と呼ばれるこの騒動は、企業経営をめぐる時代の変化を象徴するできごととなった。

 ホリエモン騒動と同じ時期に中国でもショッキングなM&A(企業の合併と買収)が現地マスコミを騒がせた。2月にオンラインゲーム・プロバイダーの「盛大」(上海市)が、中国最大のポータルサイト「新浪」(北京市)の発行済み株式の19.5%を取得して、同社の筆頭株主となったのだ。ニッポン放送の買収劇に類似して、これ以上に株式が盛大に取られないように、新浪もポイズンピル(毒薬条項)を導入した。

 この騒動がこれからどう展開するか予断を許さないが、25歳以下の若者をターゲットとするネット企業が、急成長する中流階級向けのポータルサイト買収に乗り出したことは、中国の若者パワーと社会構造の変化を象徴するできごとだ。その仕掛け人で盛大創業者の陳天橋はホリエモンと同じ32歳。その発想と行動力は、さしずめ中国の「ハシエモン」といったところだ。

⇒全文はこちらを覧ください。



朴 栄濬(AAN)「日露戦争講和100周年と日本の進路」 Posted April 27, 2005 by imanishi
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<朝日新聞アジアネットワーク>
「日露戦争講和100周年と日本の進路」
朴 栄濬 (パク・ヨンジュン)
SGRA「東アジアの安全保障と世界平和」研究チーム・サブチーフ
国防大学校安全保障大学院助教授(韓国)
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今年は日本にとって日露戦争講和百周年の節目の年である。開国からわずか50年の日本が、世界五大列強のひとつロシアの陸海軍を、満州と日本海で破って勝利を納め、列強に仲間入りした。

その後日本は、どのような国になるべきかをめぐって内部で様々な議論が行われた。勝利に高揚した帝国陸軍と海軍は、1907年に「帝国国防方針」を決め、「開国進取」のスローガンの下に大陸への膨張を打ち出した。朝鮮や関東洲などを版図に納めた日本にとって、さらなる大陸への膨張は拒否できない誘惑であったかもしれない。

しかし勝利の熱気が燃える最中、冷静に日本が求めるべき国家発展の道を探った戦略家もいた。海軍大学教官として1908年に『帝国国防史論』を書いた佐藤鉄太郎大佐は、イギリスが繁栄している所以は、欧州大陸に膨張したわけではなく、むしろ海軍を養成しつつ、防守自衛の国家戦略をとっているからだと論じた。さらに、獲得した満州と朝鮮をあえて放棄することがむしろ帝国日本の安全と国益につながる国家戦略であると主張した。

1911年から東洋経済新報で言論活動を始めた石橋湛山も、大陸への進出を訴える当時の大日本主義がもつ危険性を指摘し、戦争を通じて日本が確保した満州と朝鮮などの利権を大胆に棄てる小日本主義を日本が歩むべき戦略として提案した。

当時の日本社会の雰囲気から彼らは異端者であったかもしれないが、長い歴史の目からみると、彼ら先達の意見に日本が耳を傾けていたら、太平洋戦争での敗戦はなかっただろう。結局、敗戦後に日本が選んだ国家発展の道程は、石橋などが描いた小日本主義への道であった。

全文は、こちらをご覧ください。



今西淳子「広州・深せん旅行記」 Posted April 20, 2005 by imanishi
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「広州・深せん旅行記」
今西淳子(いまにし・じゅんこ)
関口グローバル研究会(SGRA)代表
渥美国際交流奨学財団常務理事
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2005年4月14日(木)から18日(月)まで、中国の広州と深せんに行ってきた。「何故こんな時に?」というと、私は、ボランティアでCISV(Children’s International Summer Villages)という異文化理解と平和教育活動のグローバル組織のアジア太平洋地域コーディネーターを務めているので、中国の青少年交流のリーダーや参加者のための研修をずっと前から予定していたからである。

広州にも深せんにもCISVのパートナーが居るから特に心配することもなかったし、トレーナーのYさん以外は皆日本人ではなく、英語で話すことの方が多いので、「日本人だから」襲われる事態はほとんど考えられなかった。さらに、私は、中国に行くと必ず「日本人には見えない、中国人かと思った」と言われるので、「ばれない」自信はあった。直前に上海で2人の日本人留学生が殴られる事件があったので、出発前には、「『あなたは何人?』と聞かれたら『地球市民!』と答えるから大丈夫」と言っていっていたが、自分の国籍を隠した方が良いという経験は生まれて始めてだった。「最近の日本の政治家や報道があんなだから仕方ないか」とあきらめながらも、自分自身の信念や行動ではなく、たまたま与えられた国籍という基準で判断され、それに対して全く無力なことが悲しかった。

当然のことながら、旅行中に日本人であることが問題になったことは何もなかった。もともと言葉がわからないが、中国のテレビではデモの様子は報道されず、中国人のパートナーに聞いてもわからないので、「日本ではさぞかし大騒ぎだろうなあ」と思いながら、毎晩、インターネットで朝日新聞を読んだ。今回は比較的良いホテルに泊まったせいか、部屋でブロードバンドに簡単に繋げられるのがありがたかった。

広州の小学校の子どもたちを対象にワークショップをしたYさんの話。1時間ほどゲームなどで楽しんだ後、質問を受けた。小学校3年生くらいの女の子が手を挙げて、「私はYさんは好きだけど、中国人は日本人を好きではないと思います。」と言ったという。そこで、彼女が「CISVでは中国人でも日本人でも誰でも皆、友達になるのよ」と言うと、その女の子はしばらく考えた後、「じゃ、私は日本人の女の人は好き!」と答えた。(すごい!50%も進歩!)そうすると、別の女の子が手を挙げて「中国と日本は昔戦争をしました。でも、それは昔のことで、今は仲良くなれると思います」と発言したという。何はともあれ、このように積極的に発言するのは、とても良いことだと思う。「日本人の子どもたちは、あんなにはっきりした意見をもっていないでしょうねえ」とYさんと話した。この話を深せんのパートナーにしたら、事前に配慮して「政治的な話はしないように」言ったようで、その後、このようなことは一度も起こらなかった。(ちょっと残念)尚、このワークショップは英語で行ったが、中国の子どもたちの英語は、彼等の英語の先生の英語よりも上手いということで意見が一致した。

一緒に食事をしたりしている時には、反日デモの話が結構でた。「あれは日本の政府が悪いので、一般の日本国民は悪くない」というのが最も一般的な日本人に対するコメントだと思う。これは、中国政府が中国国民に説明してきた「あの戦争は『一部の悪い日本人』がやったのであり、一般の日本人は悪くない。」に通じる。だから、その「一部の悪い日本人」を祀る神社に、日本の総理大臣が参拝するのを許せないというのは、論理的に理解できると思う。デモの話がでると、私は「反日デモはやったら良いけど、暴力はいけない。平和なデモなら、私も参加してもいい」と言っていたのだが、どれくらい理解してくれたかどうかよくわからない。私のコメントに対して「そうそう、暴力はいけない!」と返してくれたのは、一人だけだった。

日曜日には、深せんの郊外の学校でワークショップをした。そこへ向う途中、反日デモの最初のグループに出会った。交通規制のために予定の時間に遅れてしまった。「反日デモに捉まってしまったという口実があるね」と笑った。まだデモが始まったばかりだったので、100人くらいの小さなグループだった。どこかの職場の単位だろうとのことだったがその集団名を記したものを見た覚えはない。このグループのプラカードなどはあまり「作られた」という印象はなかった。車の窓を開けて写真をとったら手を振っていた。行列の端には制服の警官がずっと並んでおり、後ろの方は寧ろ警官ばかりで、警官がデモをしているようにも見えた。「あの人たちは何をしているの?」と中国人のパートナーに聞くと「彼等に聞けば『警備をしている』と答えるでしょう」ということだった。

私たちは、ワークショップに行かなければいけなかったので、日本よりも大分安いという2GBのUSBメモリーフラッシュを、深せんに住むアメリカ人のJさんに買いにいってもらうことにした。何でも、SEGという深せんの秋葉原のようなところへ行くということだった。私たちと別れた後、JさんはSEGに行くバスに乗ろうと思ったが、待てど暮らせど来ない。仕方がないので、裏道を走る別のバスで行った。SEGに近づくと大渋滞。そして、警官ばかり。しかも銃を持った武装警官も!(誰に向って銃を撃つの?)やっとたどり着いて、商品を探しに店内にはいった。しばらくして、Jさんにはわからない中国語のアナウンスがあり、買物客がでていった。さらに、少したつと、店内の電気が消されて、買物客は全員、店の外へでなければならなかった。仕方なく店の外へでたら人、人、人、人・・・道路は止められてバスは走っていないし、向こうのバス停に行こうにも、横断歩道も通行止めで動きようがない。仕方がないから、店の前でずっと立って終わるのを待つしかなかった。「暴力的なことはなかったの?」と聞いたら、国旗が焼かれて、三菱の看板が叩かれた程度とのこと。SONYなどの日本の企業の看板はあらかじめ隠されていたというので、デモはある程度予期されていたようだ。

インターネットの朝日新聞によれば、17日の深せんのデモは1万人とのこと。Jさんにに話したら、「それは、お揃いのTシャツを着た一部の組織化されたグループと、日曜日の午後、店から追い出された買物客だよ」と。香港空港へ向う途中で話をした韓国人も、車で通ろうとしていた時に、そのデモに巻き込まれたと言っていた。彼のパートナーは地元の人だが、デモのことは聞いていなかったようだ。そして、この人の印象も、「ほとんどの人がただ見ているようだった」とのことだった。18日の朝日新聞の1面には、「深せん市の日系デパートを囲んだデモ参加者」という写真があったが、その中には、ショッピングを楽しんでいた日系デパートから追い出された人々も含まれていると思う。う〜ん、これが1万人(あるテレビによれが3万人)動員するチャイナマジックだ!しかし、そのマジックのおかげで、Jさんは日曜日の午後を電気屋の前で費やし(デモ見物はできたけど)、私は格安のメモリーフラッシュを逃した。
(2005年4月19日記)



李 鋼哲「日本の近隣外交の危うさ」 Posted April 9, 2005 by imanishi
SGRA研究員・総合研究開発機構研究員
李 鋼哲(リ・ガンゼ)

最近、日韓両国の間で起きた竹島(韓国では「独島」)領有権を巡る争いが、新しい外交戦争に発展しつつある。島根県議会が2月20日を「竹島の日」とする案を可決したのが問題の発端で、今年は「日韓友情の年」であるだけに、日韓両国の当局者にとっては喧しくて、新しい頭痛の種でもある。

先日、国民大学日本研究所主催の東北アジア地域協力に関するシンポジウムに参加するため、ソウルを訪れた。また、SGRA「世界平和」研究チームの朴栄濬(パク・ヨンジュン)さんの要請で、ソウル大学「現代日本学会」の若手日本専門家達と「独島」問題に関する研究会に参加した。この二つの会議では何れも現在の韓日関係について専門家レベルで議論が白熱したが、彼らが感情的な反発のレベルを超えて、冷徹に日韓関係の現状を見極め、今後の方向性や取るべき対応策について真剣に議論するのを聞いて、韓国政府ブレイン達の冷静な国際感覚と分析能力に驚いた。彼らはあくまでも自国の外交戦略という高い次元からこの問題を分析していた。

ところが、一転、ソウル市内で見た一般市民の対日感情を見ると、歴史問題と絡んで、侵された蜂の巣みたいな雰囲気が感じられた。さらに政府高官や大統領までが日本批判を繰り広げるのを見ると、これは日本政府の今のような対応では簡単に収拾がつかない重大な問題に発展する可能性もありうると考えた。2002年のワールドカップ共催以来築いてきた日韓両国関係の「熱恋」期はいつの間にか過ぎ去り、今は重大な試練に直面しているのだ。「冬のソナタ」も、いつの間にか「ソナタ」は消えてしまい、「冬」しか残っていない感じがした。

韓国が官民上げて反日キャンペーンを広げていることだけ見ると、韓国側の過剰な反応だと見ることに合理性があるかも知れない。ところが、振り返って、最近の日本の近隣諸国との関係全般に目を向けて見ると、どうも四面楚歌のような感じがして、日本の国際的な孤立化が懸念される。

中国との間では、「政冷経熱」が今や定論になっているようだが、「政経分離」が長く続くと経済にも影響を及び兼ねない。最近では「政冷経涼」と言われ、政治的な緊張関係が経済関係の発展を阻害する局面すら顕れている。最近は、日本の国連常任理事国入り反対で、アサヒ・ビールなど日本商品不買運動などがあちこちで繰り広げられている。中国もいよいよインターネット時代に入り、ネティズンが6〜8千万人と言われ、どこかに火がつくとあっという間に運動が全国的に広がる。中国政府は小泉首相の靖国神社参拝や歴史教科書問題に対しては批判しても、現実的な日中関係の大局から考えて日本との関係をこれ以上悪化させないのが基本方針であり、それだけに日本との関係と国民との関係のバランスに神経をとがらせている。国民世論の封じ込めは、インターネット時代の現在ではますます難しくなる。

もう一つ注目すべきことがある。北京―上海間の高速鉄道の落札問題も2年前から取り沙汰されているが、いまだに結論が出ないのはなぜだろう。私が得ている情報によって判断すると、中国は技術的な側面からは日本の新幹線方式を導入したい。ドイツ方式のリニアモーターカーはコストの面からしても、中国の途上国的な側面からしても中国に適していない。上海の空港から都心までのリニアモーターカーの実験で、それが証明されたのではないか。それが現在の中国の大衆交通システムとマッチしないことは明らかである。公共交通が発達した日本さえもリニアモーターカーの普及には慎重である。しかし、なかなかこの決着が付かないのは、日中政治関係の改善が見られないからだとしか考えられない。もし小泉首相が「靖国神社の参拝を辞めまし
た」と、「中国を訪問し関係改善をしたい」と言うならば、恐らく新幹線方式が導入される可能性が高くなるだろう。もちろん、JR東日本が中国に技術移転したくないとの思惑がネガティブに作用するかも知れない。しかし、経済的な相互依存関係がこれほど進んでいる(昨年日本の対中貿易は香港を含めば対米貿易を上回り、最大の貿易パートナーとなっている)現状においては、全般的な日中関係から日本の国益を考える必要があり、そうなると日本の新幹線方式を中国が導入することは、中国における日本のイメージアップに繋がり、経済的にも利益になるだろうと考えられる。

ロシアとの間では、北方領土問題が依然として尾を引いており、政治関係は渋い状態のままで、経済関係も停滞したまま大きな進展が見られない。「政渋経滞」と言えるだろうか。

北朝鮮との間では、小泉首相の2回の歴史的な訪朝が実現したにも関わらず、拉致問題で膠着状態が続き、それに核問題が重って、関係が疎遠になっており、日本国内では経済制裁論の声が日増しに高まる。横田恵さん遺骨のDNA鑑定を巡り、日本は現在危険な状況にあるかも知れない。ところで、最近のマスメディアでこの話がほとんど出てこないのは、世界的に権威のある科学ジャーナル「ネイチャー」の二つの記事と関係あるのだろうか。すなわち、2月3日付David Cyranoski氏の「拉致をめぐる日朝間の対立で燃え上がるDNA論争」という記事で、「これまで火葬された骨片の鑑定経験のなかった吉井講師は、彼の方法による鑑定結果が決定的なものであるわけではなく、骨片に異物が混入していた可能性があることを認めた。」と書いたことに対し、日本政府が抗議したところ、3月17日のエディトリアル「政治と現実」において「日本の政治家は、科学的不確実性を正面から受け止める必要がある。北朝鮮との外交戦では、外交手段を駆使すべきであって、科学的公正を損なってはならない。」と厳しく批判している。いずれにせよ、日朝関係は、経済貿易も急速に弱まり、「政疎経弱」と言えるだろう。
ネイチャー日本語版参照)


中国、ロシア、北朝鮮の三ヶ国はかつての社会主義陣営(いわゆる「独裁国家」)の国だから、「民主主義」の日本と「価値観が違う」ので、信頼関係の構築には難点があると解釈できなくもない。ところが、最近では、日本の最愛の友邦米国との関係さえもBSE牛肉の輸入問題を巡る摩擦が起こり、米国では対日経済制裁論まで取り沙汰される。それに「冬のソナタ」で起こった「韓流」ブームが急に「寒流」に変わり、友邦と思われた韓国からのバッシングを見ると、どうも「民主主義価値観」を超えて「四面楚歌」の様相が現れ、このままだと「日本は危ない」と感じざるを得ない。

これはバブル崩壊後、アジア太平洋地域のなかで韓国や中国の浮上によって日本経済の地盤沈下が進み、それに伴う国民情緒の内向きなナショナリズム台頭と無関係ではなさそうに見える。もちろん、「日本の対外関係環境はそれほど悪くはない」と反論できるかも知れないが、21世紀に入って日本が直面した国際環境に前向きに対応できない外交の「矮小化」が窺われ、日本外交は「冬の季節」を迎えているのではないかと思う。「ジャパン・バッシング」から「ジャッパン・パッシング」に発展し、さらに「ジャパン・ナッシング」にならないように近隣外交政策を見直し、信頼醸成に向けての戦略的な対応が不可欠であろう。
(2005.3.30)



林 泉忠「言論の自由へのプレッシャー」 Posted April 9, 2005 by imanishi
SGRA研究員で琉球大学法文学部助教授の林泉忠さんから
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最近、香港の影響力のある中立系新聞『明報』にときどきコラムを書いています。特に日中関係について求められているようです。中国語ではありますが、興味のある人もご覧に頂きたいです。
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とありました。興味のある方で中国語のわかる方は、今日の「日本教科書檢定制度的利弊」を読んでみてください。
http://hk.news.yahoo.com/050407/12/1b9s1.html
また、Yahoo香港版⇒ニュース(新聞)⇒「林泉忠」を検索⇒『明報』に書いた文章が全部出てきます。

それで、「このようなテーマの意見を発表していくのは、さすが香港人ですね」とコメントしたところ、下記のメールをいただきました。

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今西さん

「香港人」であるために物を言えるかどうかは分かりませんが、僕自身も、新聞に文章を書くとき、プレッシャーを感じないわけではありません。中国政府を批判する言葉が含まれた文章の場合、やはり気になります。実は初めて書いた文章が『明報』に掲載された日に、それを読んだ母から電話が来ました。「もう書くのをやめて頂戴」と。母はその日一晩中寝られなかったそうです。その後、僕が大陸(入管)に入ったとき実はちょっと怖かったんです。幸いに問題はなかったようです。

また、日中関係の文章は求められますが、書きにくいことも確かです。とくに今は非常に敏感な時期です。先月上海師範大学で講演をしたとき、ポスターに僕の所属について「日本国立琉球大学」よりも「琉球大学」の方が良いと提案がありました。「日本」という二文字だけでもなるべく避けようとしたのです。また、日中関係の文章を書く場合、中国政府だけではなく、普通の大陸の読者、さらに日本政府、そして右翼の方をも意識して書かなくてはならないのが現状です。ちなみに、最初の日中関係関連の文章が『明報』に掲載された当日にすぐ日本外務省の友人から久しぶりのメールが届きました。「ご活躍ですね」と。

僕自身が書いた文章はたまには厳しい批判もあるかもしれないが、極端な考え方ではないと思われるでしょう。また、バランスよく書くのも従来の考え方です。但し、言いたいことを隠したり、本音ではないことを言ったりすることはしたくありません。中国人の前で言っていることと日本人の前で言っていることは全然違うということもしません。

残念ですが、意外にも今21世紀の言論人は依然として難しい状況に置かれています。しかし、何も言わないと社会や世界は進歩しないと思います。SGRAにも物を言える人が多くいてほしいですね。

これからも支えていただければ幸いです。

林 泉忠(LIM, Chuan-Tiong)
琉球大学 法文学部 国際関係論
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みなさんはどう思いますか?

SGRA代表 今西淳子



徐 向東(日経ネット)「文化に対する理解不足はブランディングの大きな落とし穴」 Posted March 12, 2005 by imanishi
■動感中国在線(ブギウギ・チャイナ・オンライン)
第11回「文化に対する理解不足はブランディングの大きな落とし穴」
(日経リサーチ主任研究員 徐 向東氏)

中国で起きる日本企業の広告事件

 中国ではインターネットや携帯電話の急速な普及だけでなく、テレビ・雑誌や新聞などマスメディアの商業化が急ピッチで進んでいる。これに伴い、競争が激しくなる一方だ。海外企業も自社ブランド確立のため、中国メディアでの露出を競っている。しかし、こうした競争加熱の裏で、中国でのブランディング失敗も増えてきている。

 2003年、トヨタ自動車が中国で発表したある商品広告に批判が集中した。スポーツ用多目的車「ランドクルーザー・プラド」に「覇道」という中国名を採用したのだ。これは中国語ではもともと「横暴」というマイナスイメージの言葉だ。これに加えて、中国伝統文化の象徴である獅子像に頭を下げさせ、中国の軍用車と思われる車を引っ張るなどの広告内容も読者の不快感を掻き立てた。いずれも製品への自信を消費者に伝えようとするアイデアだが、逆効果となりインターネットを中心に批判が拡大した。幸いトヨタ側が広告の撤回、ブランド名の変更とお詫び書面の公開など迅速に対応したため、事態の拡大は回避できた。

 しかし、似たような事件は続いた。同じトヨタの最高級車ブランド「レクサス」は「凌志」(高い目標を目指すという意味)という良い中国名があったにもかかわわらず、04年には中国での販売拡大をめざして音訳の「雷克薩斯」に変えた。中国で一時期蔓延したSARS(重症急性呼吸器症候群)の名称も「薩斯」である。またもや、マスコミや消費者の不興を買うこととなった。

 04年に中国の広告誌に掲載された日本ペイントの企業広告も物議をかもした。中国の伝統的な建築物である「亭」(あずまや)の二本柱に中国文化の象徴とされる龍が巻きついている広告だ。仕上がりの滑らかさをアピールしようとしたのだろうが、日本ペイントの塗料でピカピカに塗り直した柱に巻きついた龍が滑り落ちる表現を使った。雑誌はクリエイティブな広告だとして好意的に取り上げたが、「中国の伝統文化がずり落ちている」と感じた読者からの批判が相次いだ。マスコミでも話題になり、結局広告制作会社が謝罪し事件の収束を図った。

⇒全文はこちらを覧ください。



徐 向東(日経ネット)「「人材を奮起させる中国の『発展空間』(2)」 Posted January 29, 2005 by imanishi
■動感中国在線(ブギウギ・チャイナ・オンライン)
第10回「人材を奮起させる中国の『発展空間』(2)」
(日経リサーチ主任研究員 徐 向東氏)

大学を辞めた元講師の「賭け」で起業

広州市東部は大学の集中地域。そこに中国ナンバー2といわれる巨大なソフトウェア工業団地がある。「天河軟件園(天河ソフトウェアパーク)」という。ゲートを入ってすぐの目立つ場所に、ガラス張りの立派な建物を構える同市最大の民間IT企業「新太」がある。創業者の二人は広州の名門「中山大学」の元講師。1986年に国立大学で「万年講師」を続けることに嫌気がさした二人は民間の研究開発機関を立ち上げ、電信事業応用ソフト開発に自分たちの可能性を賭けた。

創業から最初の7年間で、大学にいたころには想像もつかない30以上の研究成果を相次ぎ発表。これらを基礎に開発した独自商品でニッチ市場を開拓し、その後、会社は急ピッチで成長した。創業から18年後の今や電話交換機や携帯電話の応用ソフト開発の大手企業。子会社は30近くにのぼり、社員数も3000人余りとなった。平均年齢は28歳で、うち9割以上は大卒者という若い人材が支える会社である。

子会社社長に上り詰めた出稼ぎ労働者

広東省には毎年、中国の内陸部から膨大な数の出稼ぎ労働者が集まる。新太の子会社社長の陳緒娟(チン・シュー・ジェン、34歳)も17年前は貧しい広西チワン族自治区からきた17歳の「打工妹」(女子出稼ぎ労働者)に過ぎなかった。彼女の運命を変えたのは新太創業者との出会いだ。「苦労はするがやりがいはあると思う。苦労に耐えられるなら、うちに手伝いに来ないか」と声をかけられ入社した。

当時の新太は、100平方メートル安アパートにオフィスを構え、創業者を含めて10数人のメンバーが朝から晩まで働いていた。陳の最初の仕事は掃除係だった。その時、彼女は「この仕事を絶対失っちゃだめよ」と自ら誓った。陳はできることは何でもやった。見よう見まねで、機械の取り付けもマスターした。そんな彼女にある日、1日8台の機械の取り付けが任された。とても無理だと思われたが、彼女はなんと20台も取り付けた。

⇒全文はこちらを覧ください。



李 鋼哲「13億人目の誕生で想うこと」 Posted January 29, 2005 by imanishi
李 鋼哲(SGRA研究員、総合研究開発機構 (NIRA)研究員)

中国の人口は2005年初めにいよいよ13億の時代に突入した。私が生まれた1959年に人口が約6.5億人に達し、12月に生まれた私がその6.5億人目だったかも知れない。45年間に人口がちょうど倍増したことになる。この13億人が何を意味するかについては、別の論評で取り上げることにし、ここでは、この人口発表を見て思ったことを書いてみたい。

今年の1月6日0時2分、北京産婦人科病院で13億人目の男児が生まれた、と『人民日報』は報道した。その13億人目をどのように測定したのかが興味深い。国家統計局の資料によると、2004年の人口変動状況を抽出調査したが、年末に大陸総人口が12億9988万人になり同年平均1日の人口増加数は2.08万人だという。それで推計すると今年1月6日に総人口が13億人になるという。しかし、よく考えてみると、13億人になったのは確かであるかも知れないが、なぜ北京で生まれたこの男児が13億人目になるのか、なぜ、チベットか、吉林省かではなく北京だったのかに疑問が残る。そこで、この人口問題をもっと検証してみると、上記の統計局の数字に基づいた
推計はおかしくなる。1日に2.08万人が増加すると年間7,592,000人になる2003年の人口自然増加率が0.60%、人口純増加数が774万人(出生人口1599万人、出生率1.241%、死亡人口825万人、死亡率0.640%)であることを考えるとうなずける数字である。しかし、1日に2.08万人が増加すると平均4.15秒に1人増加したことになる。その男児が生まれた1月6日0時2分目の最初の1秒だとしても、1分目の60秒間にすでに14人か、15人増加し、この60秒間の(死亡率を含まない)出生人口は30人である(2003年末の数字で推計)。したがって、計算上は13億人目であるという乳児は少なくとも本当は13億14人か、15人目になり、実際は最初の60秒間に生まれた30人が選択対象になるはずである。この計算は小学校レベルでも可能である。

こんな細かいことに拘るな!と、中国人に言われるかも知れない。私も自分がこんなところに気がついたこと自体が驚きである。私も中国人として生まれ育って、今までは「ママフフ」な性格であったし、数字にも弱かったのである。日本に来て経済学を選んだので数字に細かくなったのかも知れない。いや、実際は日本に来る前に私は中国で人口問題を研究し論文も数編発表したことがある。だから、中国の人口問題に関しては半ば専門家でもある。
私がここで言いたいのは、単に数字の計算能力が高いか低いかではない。実際に中国人は計算能力が非常に高いはずである。さもなければ人工衛星、有人宇宙船の成功は考えられない。宇宙科学では10万分の1秒まで精緻に計算する必要があるのだ。しかし、一般的中国人の科学的精神の欠如はあまりに多く見られているので、新年の挨拶として「ママフフ」を改めるよう謹んで忠告したい。中国近代化の発展を遅らせた中国的な文化要因というかあるいは国民性というか分からないが、「ママフフ」が近代の中国をだめにした重要な要因の一つであったことは否定できない。この点はかつて魯迅も痛烈に批判したことがある。しかし、そんなに早く直るわけがない。今でも母国に帰ると一番気に入らないのは、現代化・IT化がこんなに進んでいるのに、中国人の気性はまだ「ママフフ」であることだ。だから外国企業や商社と商談をしたら損するのは中国人だけ。特に日本人にはおまけしようもない。

私が20年前に北京にいたときに知り合ったある日本人の留学生(社会人)が後ほど商社に入って北京駐在していたが、彼はいつも中国人と商売するのは「大変!大変!」とばかりで「中国人と商売したくない」と言っていたので、私は本当に中国人は駄目だとその当時思っていた。ところが、その友人がこの正月に電話をかけて来て、現在は上海で駐在しているが一時帰国したということだ。それで、「商売はどうですか」と聞いたら、「まぁ悪くはないが日本企業は大変!大変!」と口調は20年前と変わらなかった。中国人はすぐ仕事を変えるから「人材確保が大変!」、信用を守らないから「ものを売ってもお金をもらえないので大変!」、マナーやルールを守らないから「経営管理が大変!」などなど、であるそうだ。だから中国は駄目、中国
とつき合うと損する、中国にものを売っちゃ駄目、という某新聞や某知事が言っていることとあまり変わらない。しかし、「そんなにいやなのになぜ中国の大都会で場所を変えながら20年以上も同じ商社で頑張っているの?」と聞いたら「しょうがないですね、仕事だから」という返事。「私はこの20年間に少なくとも5、6回は仕事や勉強の場所が変わっているよ、これからも変わり続くよ、貴方は中国で儲かっているでしょう?」と聞いたら、「うん、まーね」と返事が返ってきた。

話がちょっとずれたようだが、私がここで言いたいことは、中国人が「ママフフ」で駄目だから、精緻な日本人は沢山儲かるチャンスがあり、中国に進出しているということを忘れてはならないことだ。近代中国が、日本や西欧列強にやられたのは「ママフフ」の国柄で発展が停滞していたたからで、現在も日本や西欧列強の大企業に経済的に「浸食」されているのは、やはり「ママフフ」だからではないか、と私は思っている。中国社会科学院のある有名な所長と話す機会があったときに聞いた話であるが、中国は世界のテレビ生産・輸出大国にはなったが、1台の輸出で1USドルしか儲からないという。これが、日本の年間貿易量を超えて世界第3位の貿易大国になった中国経済の実態の氷山一角である。中国対外貿易の約6割は外国企業によるもので、利益の大半は外国人が得ているのだ。中国企業は1ドルでも満足しているだろうか。「ママフフ」の中国人の気性で、商売をしても損するのは中国企業の方が多いはずである。

話を中国人口に戻すと、このようないい加減な計算で13億人目の男児を宣伝している政府の「ママフフ」、コンピューター化IT化が急速に進展している中国だけに、いい加減なことを早くやめてほしいものである。中国はものの近代化は今急速に進んだが、人の近代化はまだまだ遅れている。その根元は教育にあると私は見ている。教育の普及率を見るとこの25年間後退しているか、少なくとも経済成長率にかなり後れをとっているような気がする。2000年の統計を調べてみたら、中国人の教育水準で人口10万人に占める各レベルの人口を見ると小学教育レベルの人口がなんと37701人、完全文盲人口が8507人、この二つをあわせると小学校以下の教育レ
ベルの人口が46208人、つまり、46.2%の人口が文盲人口になる(私は、小学校教育レベル程度では、そのまま再教育なしに近代産業の労働力とはならないし、そういう意味では文盲であると思う)。大学以上レベルの人口が3611人つまり、人口比で3.6%に過ぎない。政府の統計が間違っているのかどうか分からないが、私も今これを計算してみて驚愕した。もしこの数字が正確だとすると、心から悲しさを禁じ得ない。もしこの数字が間違っているとすると、政府の「ママフフ」がそのまま露わになる。何れも悲しいことである。

私は、悲観論者でもないし、誹謗中傷する批判家でもない。私も中国の発展を心より喜ぶし、中国行くたびにワクワクしていることもあり、景気の悪い日本人の前で謳歌したいものだ。しかし、中国が病気をもったまま成長し、その病気も一緒に大きくなるとすると、それを謳歌した後味は悪くなるはずである。それが「癌」になって死ぬときに気づいても「後悔先に立たず」であり、そのためには「転ばぬ先の杖」が必要である。つまり、中国の発展の中で抱えている病気を的確に診断し、それに基づいて処方箋を創り出すのが経済学者(他の学者も同じ)の神聖な役目ではないか。

私が今年初めの挨拶状に「先天下之憂而憂、後天下之楽而楽」を取り上げたのもそういう想いからである。



F.マキト「マニラ・レポート」 Posted January 15, 2005 by imanishi
SGRA運営委員で、「日本の独自性」研究チームチーフのマキトさんより、この冬のマニラでの活動報告が届きましたので転送させていただきます。4月20日(水)にフィリピンのカビテ経済特区でセミナー開催予定ですので、お知り合いの方にご連絡いただけますと幸いです。案内状は下記ウェブサイトからダウンロードしてください。

www.aisf.or.jp/sgra/uapsgra/invitation1.pdf

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マニラ・レポート 2005年冬
F.マキト(SGRA「日本の独自性」研究チーフ)

 マニラが一番賑やかになるクリスマスとお正月をフィリピンの家族と過ごすため、そしてフィリピンのアジア太平洋大学(UA&P)とSGRAの日本研究ネットワークが主催する第3回「共有された成長セミナー」の準備のため、12月9日から1ヶ月ほど帰国した。今度のセミナーは4月20日(水)午後1時半から5時半までカビテ州の経済特区内で開催することになった。前回と同様、経済特区にある日系企業と協力しながら、共有された成長型の経済発展をフィリピンにいかに実現するか、ということが主なテーマである。今度セミナーは前回と違うところがいくつかあるが、一番違うのは開催場所である。前2回のセミナーはマニラ市内のUA&Pの会議室で開
催されたが、今度は現場により近いところで開くことにした。カビテ経済特区(CEZ)は、私の運転でマニラから南へ2時間ぐらいのところに位置する。

 セミナーの運営や研究以外の準備はSGRA側が担当している。そればかりでなく、実質的には、SGRAがこのセミナーの実施者ということができるだろう。この使命をしっかり成し遂げるために、今西SGRA代表の積極的支援を受けて、SGRAフィリピン(有限会社)を設立した。今回の私の滞在期間中は、現地スタッフと一緒に、4月のセミナーで中心的な役割を果たす方々(下記参照)とできるだけ多く会うことにした。まず第一回セミナーから積極的に参加していただいたP-IMESの社長や役員の方々とカビテ州にある工場で会談した。社長のご紹介により、SAN TECHNOLOGIES社長(兼カビテ経済特区投資家協会会長)も会議に出席してくださった(私が訪問の「エネルギー」節約してくださるために!)。そしてセミナーの開会挨拶をしていただくことになった。その後、CEZのフィリピン経済特区当局の管理者と会談し、国営と民間特区の違いなどがわかるようになった(ちなみに、CEZは国営経済特区である)。フィリピン日本人商工会議所も訪問することができ、その月刊ニュースレターにセミナーの案内状(日本語と英語版)を掲載していただくことになった。いつもお世話になっているUA&Pの副総長のVillegas先生の推薦でフィリピン通産省の副大臣(以前、UA&Pでの私の上司でもあった)にも面会でき、セミナーのもう一つの開会挨拶を引き受けてくださった。日比自由貿易協定(FTA)交渉で中心的な役割を果たした方で、日比経済関係の更なる発展を望んでいる私たちと共通な目標を持っていらっしゃる方で
ある。

 以前のセミナーに参加していただいたPCI社長ともお会いした。PCIとはインフラ関係の共同コンサル事業を検討中である。HONDA CARS PHILIPPINESの副社長ともお会いした。HONDAの工場は別の州(ラグナ州)の経済特区にある。今度のカビテ州のセミナーが上手くいけば、第4回目のセミナーはラグナ州にするという予定をたてた。在比日本大使館の研究員の方ともお会いすることができた。フィリピン人日本研究者ネットワークの担当者である。生憎、今年度はスケジュールを上手く調整できなかったが、今後のシンポジウムなどにUA&P/SGRA日本研究ネットワークが参加するよう、お互いに連絡しあうことに決めた。「これからはアジアの時代」という大使館員の言葉は印象的であった。

 最後に、ASIA UNITED BANK(AUB)の副社長とカビテ州の支店長とその営業チームと会談して、4月のセミナーのための今後営業活動などを引き受けていただくことになった。長期的かつ特別な関係を育てるという意味で、SGRAフィリピンのメイン・バンクが誕生した。

 以上のように、大変実りの多い1ヶ月であった。皆さんから貴重なアドバイスとご支援をいただき、SGRAの一員として心から感謝している。そして、これだけの協力を得たのだから、4月のセミナーは必ず成功させることができると確信している。

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この場を借りて、下記の方々へ衷心より感謝申し上げます。

1. Department of Trade and Industry
1.1. Hon. Thomas Aquino, Undersecretary

2. Cavite Economic Zone, Philippine Economic Zone Authority
2.1. Atty. Dante Quindoza, Zone Administrator

3. P.IMES Corporation (Cavite Economic Zone)
3.1. Mr. Masaaki Mitsuhashi, President/CEO
3.2. Ms. Florafe Bantayan, Managing Director/CFO
3.3. Mr. Shinsuke Kubota, Director HR & Purchasing
3.4. Mr. Aniano Matabuena, Jr., Director Quality, Site Services &
Logistics
3.5. Mr. Dante Garcia, Manager Finance & Accounting

4. San Technology, Inc. (Cavite Economic Zone)
4.1. Mr. Nobuo Fujii, President (also President of the Cavite Economic
Zone Investors Association)

5. Honda Cars Philippines, Inc. (Laguna Technopark)
5.1. Mr. Alfredo Magpayo, VP-Administration Division

6. PCI Philippines
6.1. Mr. Junichiro Motoyama, President & CEO

7. The Japanese Chamber of Commerce & Industry of the Philippines, Inc.
7.1. Mr. Tetsuya Matsuoka, Secretary-General

8. Japan Information and Culture Center, Japanese Embassy in the
Philippines
8.1. Ms. Hanayo Nagaoka, Researcher/Adviser

9. Asia United Bank
9.1.1. Mr. Rojo Fernandez, Senior Vice President
9.1.2. Ms. Jen Calabon, Branch Head, Imus Branch
9.1.3. Mr. Arvie Valeros, Sales Officer, Imus Branch
9.1.4. Mr. Artrie Arambulo, Sales Officer, Alabang Commercial Center
9.1.5. Ms. Roselle Lacson, Sales Officer, Alabang Commercial Center
9.1.6. Mr. Allan Penarubia, Sales Officer, Lucena City
9.1.7. Mr. Anthony Contreras Technical Sales Office

10. University of Asia and the Pacific
10.1. Dr. Bernard Villegas, Vice President
10.2. Dr. Peter Lee U (Director, Industrial Economics Program)



徐 向東(日経ネット)「人材を奮起させる中国の『発展空間』(1)」 Posted January 6, 2005 by imanishi
動感中国在線(ブギウギ・チャイナ・オンライン)
第9回「人材を奮起させる中国の『発展空間』(1)」
(日経リサーチ主任研究員 徐 向東氏)

中国の経済成長は、海外からの投資に支えられているだけだという見方がある。しかし、中国企業の現場を見れば、そのような見方は物事の一面しか捉えていないことが分かる。中国の民間経済力の確実な成長を肌で感じられるからだ。2004年11月初旬、広東省の現地調査に参加する機会があったが、そのうちの2社の事例から中国企業の成長を支える人材パワーを紹介したい。

170年の老舗国有企業に登板した30代社長

訪れた企業の一つに、「王老吉」という漢方製薬の老舗企業がある。約170年前に創業されたこの企業は1950年代に国に買収され国有企業となり、一時期「王老吉」のブランドすら手放すことになった。10年前は当時の経営者が「多角化経営」に惑わされ、土地勘もない分野に手を広げた結果、大失敗を喫し倒産寸前となった。2001年、この会社を救うため親企業である広東省医薬公司は、国有企業の慣習を破って弱冠33歳の施少斌(シー・ショウ・ビン)を社長に任命した。当時、この人事は広州市最年少の国有企業社長として話題になった。

施社長は年齢が若いが、企業人としての経験は群を抜いている。大学を卒業してから国有製薬会社に就職。研究開発部門に配属された後、営業でそれまで誰も達成しなかった成績を挙げ、経営者の目にとまった。その後は社長秘書、総務部長など管理部門を歴任、28歳でグループ企業の中で最年少の副社長となった。2001年「王老吉」の社長に任命されるまでに企業のほとんどの組織を一通り経験したわけだ。

「競馬主義」による人材選抜

自らがたたき上げの施社長は実力主義の信奉者である。彼は「王老吉」の再生を「社内公募による社長以下すべての管理職の刷新」に賭けた。この発想は、中国の家電大手ハイアールの競馬思想にヒントを得ている。「馬を選別するには走らせてみるのが一番良い」というのだ。学歴や年齢による区別は一切設けない。あくまでも本人の能力や業績で評価する。外部の人材コンサルタントも入れて徹底的に選考内容を議論し、選考委員に外部から大学教授や医薬専門家、民間企業経営者、人材コンサルタントを招いた。

前後3カ月かかった社長補佐の選考内容はこうだ。まず、応募者の経営理念、全社現状の把握、危機管理、思考の柔軟性、社交能力などを徹底的に審査するための細部にわたる選考基準が設けられた。試験内容は型にはまったありきたりのものよりも、はるかに実用主義である。その一例は円卓会議だ。応募者を一堂に集め、司会者も議題もない会議に参加させる。チェックポイントは、誰が会議の流れや主題を自分が進めようとするテーマに誘導できるかなのだ。これは社長補佐としての現場コントロール能力を審査するのが狙いだ。

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李鋼哲(AAN)「近隣外交 平和国家モンゴルに学ぶ」李鋼哲 Posted December 1, 2004 by imanishi
李鋼哲(リ・ガンゼ)
総合研究開発機構研究員(開発経済学、中国)

源義経=チンギス・ハーン伝説や井上靖の小説「蒼(あお)き狼(おおかみ)」、司馬遼太郎を引き合いに出すまでもなく、モンゴルは日本人の夢をかき立てる国だ。「蒙古斑(もうこはん)」や言葉の系譜など共通の祖先を持つという説もある。日本との間に歴史問題や国境問題が残っていない唯一の近隣国であることも親近感の一因だろう。モンゴルから見ても日本は最大の援助国。朝青龍の活躍で大相撲中継のテレビ視聴率はモンゴル相撲を上回り、日本文化への関心は高い。

こうも親しい間柄だが、交流の実態は必ずしも芳しくない。経済を見ると、モンゴル最大の輸出先は中国で、昨年は2億8千万ドル、全体の44・6%を占めた。日本向けは全体のわずか1・4%で、米国、ロシア、韓国に次いで5位。遠い米国は、モンゴル支援のために繊維製品の輸入割当量を拡大して、モンゴルからの輸入を5年間で倍増(1億4千万ドル)させ、中国に次ぐ輸出市場に浮上した。直接投資や人的交流の面でも、中国勢がモンゴルを席巻し、伝統的なつながりから2番手につくロシアを韓国勢が追い上げている。

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SGRAフォ-ラム


第24回SGRAフォーラム「ごみ処理と国境を越える資源循環」 Posted July 25, 2006 by imanishi
第24回SGRAフォーラムin軽井沢
「ごみ処理と国境を越える資源循環〜私が分別したごみはどこへ行くの?〜」

時は平成18年7月22日、日本全国で大雨が降り続く中、軽井沢は晴れ!という日に鹿島建設軽井沢研修センター会議室にて、第24回SGRA(関口グローバル研究会)フォーラムが開催された。

総合司会のSGRA研究員全振煥氏(鹿島技術研究所主任研究員)が開会を宣言し、SGRA代表の今西淳子氏から開会の挨拶があり、フォーラム開催の趣旨について説明があった。地球温暖化、異常気象、砂漠化、廃棄物処理等々、環境問題は、人類が地球規模でとりくむべき課題となった。その中で最も身近な問題であるごみ処理は正しく行われているかどうか、また、日本から中国を含むアジア諸国・地域への再生資源(廃棄資源)輸出が拡大しているが、国際間移動の現状はどうなっているのか。各国の法制度や施策の実情はどうなっているのか。何が問題か、今後どうすれば良いか、国際協調は可能か、等々検討するため、このフォーラムを開催することにした。ごみという身近な問題から一緒に考えたい。

フォーラムの前半では4人の講師を迎え、それぞれ専門分野について講演を頂いた。また後半のパネルディスカッションでは、4人の講師を含み、5人の先生により熱い討論が行われた。

最初に、「廃棄資源の国際間移動の現状と今後:アジアを中心として」を題とし、エックス都市研究所取締役鈴木進一氏が、日本の廃棄物資源の循環利用の取り組みを紹介しながら、リサイクル資源の国際間の移動の背景や状況について詳細なデータを用いて紹介した。日本とアジア諸国との国際資源移動のイメージを模索し、さらに具体化的な対策について提案を行った。廃棄物資源の循環利用の取り組みに各国相互の理解や協力が不可欠だと結論づけ、地球市民を目指すSGRA会員にそれらの取り組みへの協力を要請した。

次に、「EUの再生資源とリサイクル:ドイツを中心として」を題とし、鹿島技術研究所上席研究員間宮尚氏から、自身の留学体験から、環境先進国であるドイツの廃棄物処理の政策、法律について紹介し、ごみ処理について日本とドイツの相違点を明らかにした。ドイツでは積極的にリサイクル行為にインセンティブを与えて、廃棄物のマネージメントを最優先に考える。また、廃棄物処理は税金ではなく、手数料を通して解決する手段をとっており、日本にとって、大いに参考になると力説した。

3番目の講演では、「アジアにおける家電リサイクル活動に関する調査報告」を題とし、SGRA研究員の李海峰氏(北九州市立大学)が台湾、韓国、中国を中心としたアジア諸国における家電リサイクルの取り組みを紹介し、各国の家電リサイクル法の相違及び国際資源循環の背景及び問題点を指摘し、豊富な写真から中国における家電製品リサイクルの流れ、問題点を述べた。またアジア、特に中国における家電リサイクルの実践について、回収ネットワークの整備、リサイクル費用の負担及び適正処理技術の開発等に多くの問題が存在していることを明らかにした。

最後に、「廃棄物問題と都市の貧困:マニラ貧困層のコミュニティ資源の活用」を題とし、東京大学総合文化研究科教授の中西徹氏が、「幸せとは何か」の問いから貧困が環境にもたらす問題、また環境が貧困に与える影響を述べ、被害者として環境劣化が貧困を激化させるが、同時に、不法投棄など、環境問題への加害者となっている面もあり、環境保全と貧困緩和の両立を目指すための事例を提案した。また循環システムの構築をするために、コミュニティ資源を活用するのが先決で、コミュニティのネットワークにより、生ごみ回収の効率化や協力体制もできるのではないかと提案された。資源循環社会構築による貧困層の改善に期待したい。

夕食を挟んで、午後7:30時、4人の講師に埼玉大学教授外岡豊氏を交えて、パネルディスカッションが始まった。
まず、司会SGRA研究員の高偉俊氏(北九州市立大学助教授)が、以下のように共通認識をまとめた。@ゴミは資源であると同時に、不純物や有害物等を含む混合物でもある。だから無害化と資源化という矛盾を同時に扱わなければならない。A資源循環が国境を越えていく。有価物、例えば、古紙等がすでに商業ベースに乗って国際間で売買されている。処理費用の削減を求めるために、先進国から途上国に安い処理場や工場を探し、ゴミが国境を越える。また、無責任な処分企業が有害物の最終処分を途上国に転嫁させる例もある。このような問題へは、個人レベル、国レベル、国際レベルで総合的に対処していかなければならない。ゴミ問題の決め手は、基本的にはわれわれ消費者であり、物を長く使っていくことが先決である。国レベルでは法整備を含め、経済性のある資源循環社会の構築に力を入れる必要がある。また、廃棄物資源の循環が国際化している以上、国家間の信頼関係、ビジネスとしてのWin-Win関係、そして先進国からの技術供与や支援が求められる。

パネルディスカッションでは、最初にパネリストで埼玉大学教授の外岡豊氏が4人の講師の講演に対し感想を述べ、その意義を総括した。共通して現場を深く理解し問題の解決に向けた意識を持った研究であり、このような試みが社会の新しい状況に対応した問題解決への基礎になる。地球全体が一つの生命体であるというラブロックのガイア仮説になぞれば、人類社会全体が一つの生命のようなものであり、この国境を越えたリサイクルとゴミ問題に対処するシステムを構築する試みは、社会が柔軟に対応できる能力をそなえ、人類社会に命を吹き込む重要な営みである。アジア各国のさまざまな違いを融合させて国境を越えた新しい解決策を打ち立てるためにSGRAの活動は重要な意義がある。

「自国のゴミは自国で処理すべきと思うか」との問いに対して、参加者の間では賛成40%に対して反対60%との結果が出た。原則としては自分が発生(製造)したものは自分で処理すべきではあるとしても、私にとってはゴミかもしれないが、別の人に対して資源になる場合もあり得るので、グローバルになった今日には国境を越えた廃棄資源移動を止めることができないとパネリストたちは共通的に認識している。しかし「途上国はゴミ箱ではない!」公害輸出等の悪いケースもあり、廃棄物資源の中に有害物も含まれるという現実から、製造者(生産者)責任でそれらの問題を真剣に取り込むべきであり、情報公開や処理技術供与等の基本モラルが必要であると指摘された。国際的な廃棄物資源循環モデルを構築するために、@排出側と受け入れ側での責任体制の確立;A双方のWin-Winとなるビジネスモデルの構築;B情報公開等による事業の透明性の確保;C国民の間の信頼関係の構築;Dそして双方の協力体制の確立等を早急に取り込むことが必要だとパネルディスカッションは結ばれた。SGRA会員はこのような環境作りに大いに活躍することができるではないかと期待され、1時間半のパネルディスカッションに終止符を打った。最後にSGRA運営委員長の嶋津忠廣氏がフォーラムをまとめ、閉会の辞を述べた。
(文責:高偉俊)

マキト運営委員の写したSGRAフォーラムの写真は
ここをご覧ください。



第23回SGRAフォーラム「日本人と宗教― 宗教って何なの?―」 Posted May 27, 2006 by imanishi
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第23回SGRAフォーラム報告
「日 本 人 と 宗 教― 宗教って何なの?―」
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SGRA「宗教と現代社会」研究チームチーフ
名古屋市立大学大学院人間文化研究科助教授
ランジャナ・ムコパディヤーヤ

 2006年5月14日(日)午後2時から5時半まで、第23回SGRAフォーラムが東京国際フォーラムにて開催された。今回のフォーラムは、今年新設されたSGRA「現代社会と宗教」研究チームの第1回目のフォーラムであった。近年、原理主義運動、宗教紛争などの宗教をめぐる様々な問題が世界各地で発生している一方、ニューエイジ運動やスピリチュアル・ケア活動の興隆にみられるように宗教に癒しを求めている人も少なくない。現代社会及び現代人をよく理解するために「宗教」に対する知識を高める必要があるのではないかという発想からSGRAの新しい研究チームが発足した。当然の関心として挙げられたのが、日本人にとって「宗教」とはどういうものでしょうかという問題だった。日本人は「無宗教」であるのか、「多宗教」であるのか。日本人の宗教観への理解を目指して、当フォーラムのテーマは「日本人と宗教」となった。

 東京大学宗教学の島薗進教授が「日本人にとっての『宗教』と『宗教のようなもの』」というテーマの基調講演を行った。島薗家は代々医師であったが、なぜ島薗教授は医学を捨てて宗教学を選んだのかというところから日本人の宗教観について語りはじめた。島薗家は浄土宗であるが、お母様がカトリックに信仰したり、教授自身がプロテスタント系の幼稚園に通っていたり、また神道式の葬式に共感するなどのことがらが指し示すように日本人の宗教観念は包容的で多元的である。日本人は、同時に様々な宗教を信仰しながらも、なぜ「無宗教」だというのか。その説明として、島薗教授は「自然宗教」と「創唱宗教」の概念を紹介した。自然宗教とは、神道、ヒンドゥー教、道教など、創始者をもたない宗教である。創唱宗教は、キリスト教、イスラム教、仏教のように、創始者をもち、その教説に拠る宗教である。日本の民族宗教(神道)はアニミズムのようなものであり、それが日本人の宗教心の根底をなす。日本人の「無宗教」を課題とした著作として阿満利麿著『日本人はなぜ無宗教なのか』が紹介された。日本人の宗教に対する考え方が学問的に、そして一般的にも注目を浴びるきっかけになったのはオウム事件である。その後、日本の宗教状況に関する多数の図書が刊行された。例として橋本治著『宗教なんかこわくない!』、梅原猛、山折哲雄共著『宗教の自殺―日本人の新しい信仰を求めて』などの書籍が挙げられた。さらに、日本人の宗教観念を表すもう一つの概念は「道」である。神道や道教に「道」の文字が含まれているように日本人にとって宗教は「道」のようなものである。宗教学を研究する者には、茶道、華道などの芸道、剣道、弓道などの武道を学んでいる人が多い。最近は武士道がリバイバルであり、宮本武蔵を主人公とする漫画が大人気になっている。

 続いて、日本で宗教研究に従事している4人の外国人研究者がどのような経緯で宗教・宗教学に関心をもつようになったのか、日本留学のきっかけ、とりわけ日本の宗教を研究することに至ったのかという内容の自己紹介を行った。國學院大學神道文化学部助教授のノルマン・ヘィヴンズ氏は、ベトナム戦争の時、アメリカの兵士として沖縄に来て、初めて異文化と触れる機会を得た。それが、日本の宗教や文化に関心をもつきっかけとなった。その後、神道をはじめ、日本の巡礼、とりわけ幕末時代の「お陰参り」、「ええじゃないか」などの日本宗教の諸相について研究をすすめてきた。名古屋市立大学大学院人間文化研究科助教授のランジャナ・ムコパディヤーヤ氏(SGRA研究員)が日本の仏教に関心をもったきっかけは、インドにおける原理主義問題であった。また、家族が信心深いの職業軍人であったことにも影響を受けた。様々な国・文化における宗教状況を比較考察する目的でムコパディヤーヤ氏が宗教学そして日本宗教の研究に着手した。来日以来、日本仏教の社会活動(「社会参加仏教」)に関する研究に取り組んできた。ミラ・ゾンターク氏(SGRA研究員)は、富坂キリスト教センター研究所において「宗教と教育」という研究を担当している。旧東ドイツに生まれ、19歳の時、ベルリンの壁が破壊し、社会主義体制が終焉に向った際、ゾンターク氏はキリスト教に関心をもちはじめた。また、美術、言語学そして柔道にも関心があったことから、大学で日本学を専攻することにした。最後に、京都のイスラム文化センター代表のセリム・ユジェル・ギュレチ氏(第2期渥美財団奨学生)が湾岸戦争の時、報道機関の人々にイスラムについて質問された際、日本人のイスラムに対する知識の浅さに驚き、日本でイスラムに関する知識を広げることを「天命」として受けとめた。その後、トルコ政府の支援による東京都渋谷区にモスクを建設し、現在は京都でイスラムセンターを設立して活動に励んでいる。

 休憩を挟んで、フロアからの質問を踏まえながら、「日本人と宗教」というテーマのパネルディスカッションが行われた。4人の研究者はパネリストを、島薗教授はコーディネーターを務めてくださった。最初の質問者は、SGRA会員の玄承洙氏であった。韓国のキリスト教の家に生まれ、牧師を目指していた玄氏は、ある時期からその宗教に疑問を抱く一方、イスラムに関心をもつようになった。現在東京大学大学院博士課程でチェチェン紛争について研究している玄氏の質問は、「宗教は平和思想を生み出すと思われているが、実際は戦争や暴力の原因ではないでしょうか」というものだった。4人のパネリストがそれぞれの立場から回答した。人類の長い歴史のなか、宗教理念によって正当化された戦争や暴力の事例は少なくない。宗教の重要な役割は社会秩序を維持することであり、そのために権力者による暴力や戦争を正当化してしまう場合がある。近代以降、政教分離によって、戦争が政府側の権力として認められ、平和活動が宗教の領域になったのである。その後、宗教が精神的内面的なものであるのか、社会的なものであるのかということについて意見が交わされた。 

 次の質問は、今もっとも注目されている靖国問題に関連するものであった。戦没者の慰霊祭が宗教的行為であるか否かという質問だった。パネリストの答えは、日本の宗教文化においては追悼式や慰霊祭、つまり魂を祭ることが宗教的な行為として認識されている。そして、靖国神社は宗教施設であり、そこで行われる慰霊祭が宗教と無関係であるとはいい難い。続いて、「政教分離」がパネルディスカッションの話題となり、各パネリストが、それぞれの国における宗教と国家との関係をめぐる諸問題を日本の状況と対比しながら、政教分離の理念を賛否する意見を述べた。

 宗教と自殺に関する質問もあった。日本人の自殺率が高いのは宗教と関係があるかという質問だった。その質問に対するパネリストの反応も様々であった。イスラムやキリスト教においては、自殺する人が地獄に落ちるという見方に対して、仏教では、死によってこの苦の世界から解放され浄土に生まれ変わることができるという考え方がある。ここでは、宗教によって「死」に対する考え方が異なっていることを窺うことができた。その関連でパネリストから宗教と道徳についての発言があった。人間の行為が(習慣としても)宗教によって規定されうるので、宗教が人々のモラル(道徳観)をどのように育むことができるのか、ということについて真剣に検討する必要がある。

 最後に、貿易関係の仕事をしている会社員から「外国人に貴方の宗教は何かと聞かれたら迷ってしまうことがあるので、外国人に日本人の宗教についてどのように説明すれば良いでしょうか」という質問があった。パネリスト側の回答としては、日本で近代以降出現した「宗教」という言葉が、日本の多元的包容的な宗教状況を把握するために必ずしも適切な概念であるとはいえない。日本人の宗教観をより正確に表す概念を模索することは今後の課題であるということだった。この質問が求めていた回答はまさに本フォーラムの趣意であった。日本で長く生活し、日本宗教の研究に取り組んでいる外国人研究者たちは、日本の宗教をどう見ているのかという視点から当フォーラムが日本人の宗教観について理解の深めようとしたのである。

このフォーラムの様子は、「仏教タイムズ」第2217号(2006年5月18日)にも掲載されました。その記事と当日の写真は、ここをご覧ください。



第22回SGRAフォーラム「戦後和解プロセスの研究」報告 Posted February 20, 2006 by imanishi
第22回SGRAフォーラム
「戦後和解プロセスの研究」

2006年2月10日(金)午後6時30分から9時まで、第22回SGRAフォーラムが東京国際フォーラムにて開催された。SGRA「東アジアの安全保障と世界平和」研究チームが担当した今回のフォーラムには、市民や学生ら48名が参加し、東アジアの平和を願う人々の高い関心を示した。

「戦後和解プロセスの研究」というテーマで、山梨学園大学法学部助教授の小菅信子先生が日本と英国の民間レベルで行われた戦後和解活動について、またSGRA研究員で桜美林大学国際学部助教授の李恩民先生が花岡和解をテーマに講演を行った。二つの主題は、戦後和解の観点から東アジアの平和の道を展望するもので、「歴史清算問題」をめぐって対立している東アジアの和解の可能性を模索したテーマでもある。

SGRA代表の今西さんは、開会挨拶の中でフォーラムの主題を「戦後和解」にした主旨や意義について説明したが、渥美財団の母体ともいえる鹿島建設が訴訟対象となった花岡裁判をフォーラムのテーマとして扱う難しさが感じられた。「八方ふさがりの状況に対して何かできることはないか探りたい」という今西さんの言葉は、今の東アジアの現実を何とか打開しようとする強い思いがうかがえた。「戦後和解」という、人類普遍的な平凡なテーマが、それを願う人々の心に重くのしかかるのは、東アジアにおける相互理解と平和の定着がいかに難しいのかを物語っている。

英国との関係修復を中心に戦後和解のプロセスを紹介した小菅先生の講演では、日本と英国の戦後和解の思想・歴史的背景を踏まえ、その影響や成果など、「和解」をめぐる総合的な考察が行なわれた。民間交流を通じての相互の理解、さらにそのプロセスに関する研究は、国家間の交渉では解決し得ない人々の感情的な対立を解消していく実例を提示した点に大きな意義がある。過去の「敵国」であった日本と英国の和解のように、東アジアの国々も普遍的相互理解の観点からの共有認識が必要であるとした小菅先生の見解は、国家間の相互不信や葛藤が根強い日・中、日・韓の関係に示唆するところが大きい。もちろん、日本と英国との戦後和解のプロセスが、中国や韓国
との関係で同様に適用されるとは言いがたい。この問題については、英国と東アジアは異なる歴史的背景を持っており、より慎重な問題への取り組みが必要であるという旨の指摘を懇親会で小菅先生からいただいた。しかし、日本と英国との和解のプロセスは、政治的交渉による「歴史清算」が限界を露呈している東アジアがその突破口を考究するに当たり、参考に値する十分な価値があるのではなかろうか。その意味で、小菅先生の講演は、東アジアにおける平和構築の可能性を、和解に達した成功例を通じて提示できたといえる。

引き続き、李恩民先生から花岡裁判の和解のプロセスに関する研究報告がされた。日本民間企業の戦時中の責任問題を取り扱った花岡裁判は、中国のみならず、日本との間に同様の問題を抱えている韓国でも関心を集めた。そのため、花岡和解がもつ意義や影響は極めて大きい。強制連行や過酷な労働と弾圧によって多くの犠牲者を出した悲劇的事件の戦後和解は、単に日・中の二国間の問題ではなく、韓国を含む東アジアの「歴史清算」と平和共存の可能性を模索している人々に示唆するものがある。一方で花岡和解については、憎悪と不信を乗り越えて和解に至ったという肯定的な評価とともに、「和解」という結果にたどり着いたことに対する批判的な意見も存在する。
李先生はこの点について、この和解がすべての訴訟当事者を満足させることはできなかったと言及する。しかし、第2次世界大戦中の日本企業の責任をめぐる「歴史清算」の問題が、当面の課題として東アジア社会の平和構築に影を落としていることを鑑みると、花岡和解を捉える意見の相違はあるにせよ、そのプロセスや成果までを看過してはいけない。その点で、李先生の研究は高く評価できる。

フォーラム参加者は、東京国際フォーラムの地下1階にあるレストランで開かれた懇親会に場を移して意見交換を行った。今回のフォーラムは、東アジアが過去の呪縛を解き解していく可能性を提示したことで重要な意義がある。敵対や憎悪に満ちた対決、もしくは自己の主張を一方的に貫徹させようとする解決策は、双方において相当な反発を招きかねない。加害者と被害者という二分的な認識に、人類の普遍的な幸福と共存のための努力が加えられるとき、東アジアの真の平和はもたらされるのである。忘却なき平和を願う多くの参加者がその解決策をともに考えたことは、今回のフォーラムの大きな成果といえる。(文責:金 範洙)

尚、SGRA運営委員のマキトさんが取った写真のアルバムは、
ここからご覧ください。



第21回SGRAフォーラム「日本は外国人をどう受け入れるべきか― 留 学 生 ―」 Posted November 30, 2005 by imanishi
第21回SGRAフォーラム
「日本は外国人をどう受け入れるべきか― 留 学 生 ―」

第21回SGRAフォーラム「日本は外国人をどう受け入れるべきか― 留 学 生―」は、2005年11月23日、勤労感謝の日の午後に、東京国際フォーラムで開催された。今回は、SGRA「人的資源と技術移転」研究チームが担当する「日本は外国人をどう受け入れるべきか」についての3回目のフォーラム。第1回は、事実上の移民大国となった日本の現状と研修生の問題、第2回は、外国人児童の不就学問題がテーマであった。今回は、日本の留学生受け入れについて検討することとなった。

日本政府は1983年に日本に留学生を10万人受け入れようという政策を打ち出し、当初1万人に過ぎなかった在日留学生は2004年5月には117,302人に達した。数は順調に伸びたが、受入れ体制の整備が不十分だったために、学問を成就できない留学生も相当数存在し、また犯罪が起きて留学生のイメージが悪くなったり、留学生の対日観が悪くなったり、多くの問題を抱えている。一方、アジアを中心に留学はますます盛んになり、欧米、オセアニア、東アジア諸国では積極的な留学生誘致が繰り広げられている。日本国内では、国立大学は独立行政法人化され、私立大学は少子化による学生数の減少により経営難が激化すると見込まれ、大学は生き残りをかけて改革を進めているが、往々にして国際化もその戦略として取り込まれている。このように混沌とした状況の中、政府は10万人計画以後の積極的な政策を打ち出していない。グローバル化と地域化とナショナリズムがうずめくアジアの一員である日本は、今後どのような理念に基づいてアジアを中心とした各国からの留学生を受け入れるべきなのかは、日本にとってきわめて重要な課題であることはいうまでもない。

今回のフォーラムは、SGRA代表の今西淳子氏の挨拶で始まり、まず、一橋大学留学生センター教授、JAFSA副会長の横田雅弘先生が、「アジア諸国の留学生事情と日本のこれから」と題するゲスト講演を行った。横田先生は、昨年実施したアジア諸国(シンガポール、香港、マレーシア、オーストラリア、ニュージーランド、中国)の留学生政策の調査から、現在のアジア諸国で展開されている戦略性のある留学生政策を比較して報告するとともに、日本の留学生政策はどのような方向に歩むべきかについて問題提起をしていた。なかでは、ヨーロッパ統合によるEU市民形成のためのEU域内留学の報告は、なかなか面白いく、示唆に富んでいる。そして、講演の最後には、グランドデザインの確立や留学生戦略のための専門機関の設立など、きわめて建設的な提言があった。

アジア学生文化協会 教育交流事業部長、SGRA会員白石勝己氏は、「外国人学生等の受入れに関する提言:留学生支援活動の現場から」と題するゲスト講演を行った。白石氏の講演は入国管理に関する問題、留学生の犯罪とその報道に関する問題についてデータを使いながら、これから日本がとりうる方法について考える材料をいろいろ提供してくれた。また、具体的な統計データを並べながら、マスコミにおける外国人犯罪の報道がいかに誇張的であると分析するなど、独特な視点で留学生支援活動を論じていた。現場の実務家らしく、留学生や日本人との交流に実に役に立つ提言を多く挙げられた。

筑波大学大学院人間総合科学研究科助教授の鄭仁豪先生は、「韓国人元留学生は日本での留学をどう評価しているのか−日・欧米帰国元留学者に対する留学効果の比較から−」という研究報告を行った。鄭先生の報告は平成15年12月中央教育審議会による「新たな留学生政策の展開について」の答申にみられた新たな留学生政策の趣旨を意識して、韓国における日本と欧米地域の元留学生を対象にとした留学効果の調査をもとに、両地域における留学の傾向や特徴を分析しながら、日本における韓国人留学生は、日本での留学に、何を求めて、どのような認識を持っているのかを分析していた。日本留学の経験者の7割以上が、再留学希望として英語圏を希望している、などといった調査結果は、非常に興味深かった。

名古屋大学大学院国際開発研究科講師のカンピラパーブ・スネート先生は、「日米留学の実態から日本の留学生受け入れ体制を検証する−タイ人留学経験者の追跡調査を踏まえて−」と題する報告を行った。先生は、2001年9月に行ったタイに帰国した日本留学および米国留学経験者に対する追跡調査をもとに、日本の留学生受け入れ体制を検証した。日本留学経験者よりも、米国留学経験者のほうが昇進が早いなどの内容を聞くと、タイというより、アジアでの普遍的な課題が浮き彫りにされたと感じる報告である。

研究報告を行う3人目はSGRA研究員で應義塾大学政策・メディア研究科博士課程在学中の王 雪萍氏である。王氏の報告・「改革・開放後中国政府派遣した元赴日学部留学生の日本認識」は、1980年から1984年までの間に5回に分けて、日本に留学派遣された379人の中国人学部留学生に対するインタビュー調査などを通して、日本と日本人に対する認識の変化状況を解明しながら、留学生の日本認識の向上という重要なテーマを検討した。

ゲスト講演や研究報告の後、休憩を挟んで、横田雅弘、白石勝己両先生に加えて、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科助教授の黒田一雄先生、朝日新聞社会部大塚晶氏、SGRA研究チーフでキャストコンサルティングの徐向東などが、1時間ほどのパネルディスカッションを行った。進行役のアジア21世紀奨学財団常務理事角田英一氏は、前半の講演を総括して、アジア域内における留学の活発化を踏まえながら、アジアにおける「知の共同体」の形成という重要な問題を提起された。黒田先生は、それに応えるような形で、東アジア共同体を留学交流の理念として掲げるべきだと提言した。黒田先生が提唱した「欧米偏重からアジアへ」、「東アジアエリートの育成」などに対して、大塚晶氏は、ジャーナリストの視点から、人と人のふれあいが、お互いの摩擦と誤解を解消する最も有効な方法であることを論じながら、人の受け入れが、いかに日本にとって重要であることを力説した。さらに、徐向東は、元・留日学生が、日本で起業し上場まで果たした実例を挙げながら、留学生受け入れ政策は、日本の国益に寄与する重要な戦略として、日本がより積極的に取り組むべきだと話した。

今回のフォーラムは、報告者やコメンテータがいつもより人数が多かった。そのため、どの報告者やコメンテータも極めて早いスピードで自分の論点を展開した。しかし、一人一人にして時間が短いとはいえ、これまでのどのフォーラムよりも濃密な内容が報告され、意見交換が行われた。日本への留学を論じることにとどまらず、留学交流が盛んに言及されたことは、経済発展に伴ってアジア全域における人と知識の相互交流の活発化という新時代の到来を、実感させられた。研究者や官僚など、日本の一部の“知的エリート”と話すとき、まだまだ欧米偏重の感を否めない。しかし、最近、ネット上のブログなどを見ても分かるように、日本の若い世代の中では、明らかにアジアに対する意識が向上している。飛躍的な経済発展を遂げるアジアでは、日本の若者にとってチャレンジするチャンスに満ちている。少子高齢化する日本は、アジアとの共生共存を抜きにして更なる発展はない。否応なく、アジアとの人的交流が進み、日本を含むアジアの知の共同体が形成されるのであろう。このような未来が、ますます目に見えるようになりつつあると感じたのは、私だけでなく、今回のフォーラムのすべての参加者であろう。いや、むしろアジアや日本の明るい未来を切に願い、そして信じているすべての人々であろう。(文責:徐向東)

SGRA運営委員のマキトさんが撮った写真のアルバムをご覧ください。



第20回SGRAフォーラムin 軽井沢「東アジアの経済統合:雁はまだ飛んでいるか」報告 Posted September 21, 2005 by imanishi
F.マキト
SGRA「日本の独自性」研究チームチーフ
フィリピン・アジア太平洋大学研究助教授

渡り鳥の飛ぶ季節にはまだ早いけれども、「東アジアの経済統合:雁はまだ飛んでいるか」というテーマで、20回目のSGRAフォーラムが、2005年7月23日に、鹿島建設軽井沢研修センター会議室で開催されました。

まず、開催の趣旨説明のなかで、私は、日本で生み出された開発経済学の「雁行形態ダイナミックス」理論を、SGRAの担当研究チームが取り組んでいる研究課題「日本の独自性」に関連する経済学として位置づけました。そして、雁行形態論の理念・実行手段・結果を参考とする日本独自の開発経済学についての共同研究を、フォーラムの参加者に提案しました。

さらに、経済学者赤松要氏が提唱した雁行形態ダイナミックス理論の3つのパターンを簡単に説明しました。第1パターンは基本形態であり、ある産業が輸入→輸入代替(現地生産)→輸出→逆輸入というように発展します。第2パターンは副次形態1であり、ある国の産業の高度化が図れます。第3パターンは副次形態2であり、先発国の産業の一部の産業が後発国へ進出します。

趣旨説明の後半では、名古屋大学の平川均教授(SGRA顧問)が、「今あえて『雁はまだ飛んでいるか』を議論する意義」について語られました。東アジアを囲む環境は劇的な変化を遂げつつありますが、特に次の4要素が強調されました。すなわち、(1)中国を「磁場」とする統合化の進展、(2)金融協力の進展、(3)FTAを通じた経済統合の深化、(4)地域協力から「東アジア共同体」への議論の転換です。環境の変化に応じる体制が不十分という懸念を抱きながらも、雁行形態によるデ・ファクト(事実上)の統合は既に進んでおり、今後、このダイナミックスが継続するのか、ポスト雁行形態か新雁行形態の時代が到来するのか、あるいは到来すべき
なのかを、この変革の時代において議論すべきであると提案されました。

基調講演をお引き受けくださった拓殖大学の渡辺利夫学長は、東アジアのデ・ファクトの経済統合についての興味深い最近の動きを取り上げられました。貿易の面において、日本を含む東アジアの世界経済に占める存在は高まりつつあります。渡辺教授ご自身が命名された「中国のアジア化―”Asianizing” China」でも象徴されるように、東アジアの域内貿易や海外直接投資の依存度が急増しています。EUとNAFTAに匹敵する勢いです。しかし、北東アジアには、政治的な難題があるため、「地域共同体」までの発展の可能性は低いと主張されました。

一方、早稲田大学のトラン・ヴァン・トウ教授は、 22ページにも及ぶフル・ペーパーで、東アジアを意識するベトナムの視点から、雁行形態ダイナミックスを中心に検証されました。東アジア地域では、雁行形態の工業化が続いているが、国の資本・労働などの資源の状況が似てきており、分業の中身が従来と異なってきています。中国経済の台頭にいかに対応するかということが、ベトナムにとって大きな挑戦となっています。そのために、貿易や海外投資の面においても雁行形態ダイナミックスを利用するべきだという分析を発表されました。

上海財経大学の範建亭さん(SGRA研究員)は、雁行形態ダイナミックスの分析手法によって、中国の家電産業を分析しました。その結果は、渡辺教授が指摘された、中国の産業の海外直接投資への高い依存度の具体的な事例として考えることができます。韓国産業研究院(KIET)の白寅秀さん(SGRA研究員)も雁行形態ダイナミックスの手法で、韓国の化学産業をとりあげ、中国や日本と関連させる分析を行いましたが、日本・韓国・中国の三カ国が絡む雁行形態戦略が綺麗に描かれていました。環日本海経済研究所(ERINA)のエンクバヤル・シャグダルさんは、東北アジアの三カ国へのモンゴルの依存度が高まりつつあると指摘しました。特に、1990年から始めた市場経済への平和的移行で、貿易、海外投資、観光においてモンゴルと東北アジアとの経済関係が深まっています。最後に、私が、フィリピンの経済特区に雁行形態ダイナミックスを適用することによって、フィリピン全体に共有型成長を達成するための分析枠組みを説明しました。

後半のパネル・ディスカッションでは、総合研究開発機構(NIRA)の李鋼哲さん(SGRA研究員)が進行役を務め、東アジア経済統合と雁行形態ダイナミックスについて、パネリストから追加意見を伺ったあと、会場からの質問や発言を受け付けました。とくに印象的だったのは、北東アジアにおいて雁行形態型開発があまり知られていないという指摘に対して、トラン教授が「ベトナムでは皆知っている」という堂々とした反応があったことでした。あとでトラン夫人からお聞きしたのは、トラン教授ご自身が雁行形態理論の発信源だったそうです。トラン教授まではとても及ばないが、私も、フィリピンにおいて同じ存在になれればと思うようになりました。パネル・ディスカッションの議論は面白い反面、もう少し整理が必要だという印象も受けました。とてもここで纏められるものではないので、詳細はSGRAレポートに譲りたいと思います。

代わりに、主催者の不手際で当日に実現できなかったことを2点お伝えします。まず、パネル・ディスカッションでトラン教授から2つの鋭いご指摘がありましたが、その2つ目は私に向けたものだったのに、ちゃんと答える時間がありませんでした。トラン教授は、私の「共有型成長」の分析が、「成長」に偏っており、「共有型」の方があまり強調されていないと指摘されました。真に先生のおっしゃる通りです。研究はまだ進行中なので、後日、先生にちゃんとした答えを報告できるように頑張ります。 
 
もう一つ大変残念だったのは、アンケート結果の報告ができなかったことです。食事前に提出していただいたアンケートを食事中に集計して、食後のセッションでお見せする予定でした。SGRAのチームメートのナポレオンさん(ヤマタケ研究所)がプログラムを作って、私と一緒に、夕食をとらずにがんばって集計したのですが、その後の手違いがあって、時間切れでお披露目できませんでした。そこで、この場を借りてご報告したいと思います。

回答者の国別プロフィールは中国(36%)、日本(32%)、韓国(13%)、その他(19%)になりました。雁行形態の役割についての5番目の質問に対する回答は「凄く重要」・「やや重要」が大半でした。実は、アンケートの設計時、この質問に対する答えが前の2、3、4番目の質問と一致(あるいは矛盾)しているかどうかチェックできる仕組みにしました。結果をみると「一致している」という結論になると思います。2番目の質問「日本が発展途上国からの安い物を輸入することの是非」に対する回答は「やや賛成」や「凄く賛成」というのが大半でした。3番目の質問「日本の空洞化の是非」に対する回答も同様でした。4番目の質問「日本の次世代産業への転換の是非」に対する回答は「凄く遅い」や「やや遅い」というのが大半でした。

アンケート集計の詳細は下記URLここをご覧ください。

最後に、軽井沢で休暇中だった王毅駐日中国大使が、フォーラムの途中に立ち寄ってくださり、「日本という雁も、中国という雁も、一緒に飛んでいきましょう」というご挨拶をしてくださるというビッグ・サプライズがあり、参加者全員の大きな励みとなったことを付け加えさせていただきます。

尚、SGRA運営委員の全振煥さん(鹿島建設技術研究所)が撮った写真を集めたアルバムを、ここからご覧いただけます。



第19回SGRAフォーラム「東アジア文化再考:自由と市民社会をキーワードに」 Posted May 23, 2005 by imanishi
2005年5月17日(火)午後6時半から9時まで、東京国際フォーラムG棟にて、SGRA「地球市民」研究チームが担当する第19回SGRAフォーラム「東アジア文化再考:自由と市民社会をキーワードに」が開催された。SGRA「グローバル化と地球市民」研究チームが担当する5回目のフォーラムである。今回は63名もの参加者が集まり、大盛況なフォーラムとなった。参加者はSGRA会員と非会員がそれぞれ半分ずつという構成であった。

SGRA研究会の今西代表による開会挨拶が行われた後、講師の宮崎法子氏(実践女子大学文学部教授)が「中国山水画の住人達―「隠逸」と「自由」の形」という題でゲスト講演を行った。宮崎氏は中国絵画史に深い造詣のある方で、一つ一つの絵の事例で簡潔でありがなら感性的な形で山水画の歴史を紹介してくれた。いわば4世紀から19世紀まで1500年以上もの山水画の歴史をわずか45分間で紹介したわけで講演方法もかなり洗練された印象を受けた。普通の絵画史の紹介とは違い、氏の講演は、絵画のモチーフを社会的思想的な文脈において解釈したことが特徴である。なかでも「漁夫」、「旅人」などのイメージから「自由」な境遇、「自由」な境界を求める結晶としての山水画を例に、東アジアの「自由」というものを実例で以っていきいきと紹介してくれた。

続いて、東島誠氏(聖学院大学人文学部助教授)が「東アジアにおける市民社会の歴史的可能性」いう題でゲスト講演を行った。東島氏は歴史研究者の視点から、近代のliberty, freedom翻訳語としての「自由」、そして「公共性」という社会学のキー・ワードを念頭に、江戸時代にあった災害事件後のボランティア活動を例に、江戸時代の江戸の災害救済現場という前近代の公共的空間のあり方を紹介した。そして「自由」というキー・ワードとの関連で、中世日本のある禅僧の逡巡を例に、公的秩序にある「公方」との対照にある「江湖」という思想を説明した。二つの例を通して氏は、前近代の「公共性」なるものとそれと関連している「自由」、「江湖」なるものを紹介した。「市民社会」というキーワードをめぐって西洋中心/東アジア伝統中心という二項対立的な考えがあるが、そのような構造から脱出するために、アジアであれ、ヨーロッパであれ、それを特権化しない形でそれぞれを完成形として見ずに新しい社会を目指すこと自体が重要であるということを、氏は講演の冒頭部と結語の部分において繰り返し説明した。

2人のゲスト講演が終わった後、SGRA「グローバル化と地球市民」研究チームのチーフである高煕卓氏(韓国グローカル文化研究所首席研究員)が進行役を務め、パネルディスカッションが行われた。時間があまり残っていないため、4名しか質疑できなかったが、講演者が非常に上手く纏めるような形で答えてくれた。「意なお尽くさず」のためか、フォーラム終了後に沢山の参加者が地下一階の懇親会にも参加し、ディスカッションの場をレストランに移したような感じであった。

二つの講演が、「自由」「東アジア」「前近代」などのキーワードで、お互いに高い関連性があったことが印象的であった。この講演会が、現在一つのネーション内部にだけ「自由」、「民主」、「人権」が認められ、それ以外の範囲の人々に対しては普遍的であるはずの「自由」、「民主」、「人権」そのものが戦争まで許容するという世界的な背景で行われたことも改めて注意していただきたい。今はこのような重い課題を東アジアの歴史の深部から考える機会かもしれない。ここからも「地球市民」なる理念を考えることが、多少理想的な面があるとはいえ、如何に重要な意味を持つか垣間見られよう。今日はなにはともあれ、63名もの方々が参加してくれたことで司会者・進行役のわれわれが多大に励まされた。今後のフォーラムもこのような新しい「江湖」でありつければと願っているばかりである。
(文責:林少陽)

当日、SGRA運営委員のマキトさんと全振煥さんが撮った写真を集めたアルバムをご覧ください。



第18回SGRAフォーラム・第4回日韓アジア未来フォーラム「韓流・日流:東アジア地域協力におけるソフトパワー」 Posted March 2, 2005 by imanishi
第4回日韓アジア未来フォーラム・第18回SGRAフォーラム「韓流・日流:東アジア地域協力におけるソフトパワー」が東京国際フォーラムで2月20日(日)に開催された。これまでの日韓交流史に見られない画期的なできごとである韓流の意義について考えるフォーラムであった。日韓アジア未来フォーラムは、2001年より始めた韓国未来人力研究院と共同で進めている日韓研究者の交流プログラムで、毎年交互に訪問しフォーラムを開催している。

 SGRAを代表して今西淳子さんによる開会の挨拶に続き、韓国未来人力研究院の院長、韓国高麗大学の李鎮奎(イ・ジンギュ)教授(自称、ジン様)が「韓流の虚と実」という演題で基調講演を行った。日本における韓流ブームを時代別の事例と日本と韓国双方の分析を用いて検証し、日本での韓流ブームの原因をドラマ・中心層・日本人の意識的変化という観点から説明した。また、韓国ではなぜ日流ブームは起こらないのかという疑問点を歴史的認識と日本側の市場開拓戦略という面から説明した。さらに韓流ブームにおける危険性として韓流による韓国での文化経済主義的な視点、文化民族主義的視点への警戒を述べた。

 基調発表に引き続き日本富山大学の林夏生(はやし・なつお)氏は、日韓文化交流政策の政治経済について発表した。韓流・日流が一般にはまるで「最近になって唐突に」出現した現象のように受け止められているが、実は「そうではない」とし、政策的には規制されながらも、海賊版が大量に流通するなど非公式な側面も含む「文化交流現象」が存在したこと、そしてそれへの対応がせまられたこともまた、近年の急激な変化をもたらす重要な要因のひとつであったと指摘した。

 自由に生きていきたいと叫ぶ韓国の新世代文化評論家の金智龍(キム・ジリョン)氏は「 冬ソナで友だちになれるのか」とやや刺激的な演題で発表した。自分の言いたいことは前の講演で言われてしまったとし、アドリブで30分ほどの発表をこなした。多年間にわたる日本での文化体験に基づきながら、今の韓流ブームは一方的な文化流入に對する反感を和らげる役割を十分に果たしているし、韓國の若者たちが日本文化を楽しむことに対するいかなる批判も根據や理屈を失うことになるとした。日本文化であれ、韓國文化であれ、文化を共有することはお互いの理解を深めるになり、韓流ブームをきっかけとし、日韓両国の人がもっと親しみを感じて友だちになることにつながると言い切った。

 休憩を挟んで発表者を含めて5人のパネリストによるパネルディスカッションが行われた。内閣府参事官(元在韓国日本大使館参事官)の道上尚史(みちがみ・ひさし)氏は、政府の見解ではないという前提で、「文化、ソフトパワーと新日韓関係」について討論し、「こぐのをやめると自転車は倒れる」、「はやりすたれに任せるには、日韓関係は重要すぎる」という含みのあるメッセージを伝えた。

韓国国民大学(東京大学客員教授)の李元徳(イ・ウォンドク)氏は「韓流と日韓関係」について、韓流・日流は明るい将来の日韓関係を示すシンボルであるとしながら、早急な楽観論は警戒すべきと指摘した。

 最後に東京大学の木宮正史(きみや・ただし)氏は日韓関係の構造的変容のなかで韓流現象を捉え、韓流は単なるブームだけではなく、日韓関係の緊密化という構造変容によって支えられているものであると指摘した。

 その後、ディスカッションはフロアーに開放され、70名にも及ぶ参加者の中からコメントや感想が寄せられた。ジャーナリストの櫻井よしこ氏からは李元徳氏と木宮正史氏に対北朝鮮政策や歴史教科書問題について「攻撃的」質問もあり、一瞬「戦雲」が場内をおおう場面もあった。予定より25分遅れてフォーラムは終了し、フォーラムの最後に韓国未来人力研究院の宋復(ソン・ボク)理事長による閉会の挨拶が行われた。「ジュン様(姫?)」と「ジン様」のご協力で立派なフォーラムができたことについてのお祝いの言葉と拍手で締め括られた。

 尚、今西さんから、次回の日韓アジア未来フォーラムは今回のフォーラムの成果を踏まえ、日本における韓流、韓国における日流 、そしてアジアにける韓流と日流をアジアの視点から幅広く論じる形で2005年10月韓国で開催しようと呼びかけがあった。(文責:金雄煕)

当日、SGRA運営委員の許雷さんが撮った写真を集めたアルバムをご覧ください。



第17回SGRAフォーラム「地球市民の義務教育」 Posted October 28, 2004 by imanishi
第17回SGRAフォーラム報告

日本は外国人をどう受け入れるべきか
―地球市民の義務教育―

2004年10月23日(土)午後1時半より、東京国際フォーラムG棟610号室にて、SGRA「人的資源と技術移転」研究チームが担当する第17回SGRAフォーラム「日本は外国人をどう受け入れるべきか―地球市民の義務教育」が開催された。昨年11月に開催した同テーマのフォーラムでは、実質的に移民受け入れ大国となっている日本の実態と、研修生制度について考えたが、今回は、日本の小中学校における外国人児童生徒の不就学問題を紹介し、「全ての子どもたちが教育を受ける権利」について考え、日本の公立学校は彼等彼女等にどのような教育を提供すべきかを議論した。今回も昨年11月と同様に、大勢の聴衆が集まり、子供の教育を受ける権利について、活発な議論がなされた。

SGRA研究会の今西代表による開会挨拶が行われた後に、日本や欧州社会における外国人問題に造詣の深い立教大学社会学部教授・宮島喬氏が、「学校に行けない子どもたち:外国人児童生徒の不就学問題」と題するゲスト講演を行った。氏は、今から十数年前、イラン人の12歳の少年ユセフ・ベン・ベグロ君が栃木県のある古紙問屋で働いていて、機械に巻き込まれて死亡した事件から話を切り出し、「なぜそんな出来事が起こるのか、学齢期の子どもが学校に通うのは、当然ではないか」という問題意識を踏まえて、近年における日本の義務教育における外国人児童生徒の教育問題を取り上げた。ドイツなど欧米の国々の多くは、保護者が学齢期の子どもを学校に通わせることを在留条件としている。しかし日本ではそうではない。このため、教育委員会や学校は、外国人の子どもを就学させるための真剣な努力を行っていない。一方、日本の公立小・中学校で行う義務教育は「日本国民のための教育」という性格を濃厚に帯び、外国人を排除しかねないものである。日本の学校に馴染めない子どもたちは、ブラジル人学校等の民族学校に通うことになるが、はたしてそれは結果的に永住することになる彼らに意味のある将来を保障してくれるだろうか。「国際人権規約」(日本は1978年に批准している)では、「初等教育は、義務的なものとし、すべての者に対して無償のものとする」と定めている。日本の学校教育をどう変えるべきだろうか。宮島氏は、具体的に、母語教育の公認、英語中心主義からの脱却、「日本語」という科目の設置、漢字・漢語・歴史文化語の見直し、社会科・歴史教育の国際化、スクール・ソーシャル・ワーカーの配置、学習支援のボランティア、外国人学校の改善と認可等々を提案した。

続いて、外国人児童の教育問題をめぐって3名の方による研究報告が行われた。

SGRA研究員で、一橋大学社会学研究科博士課程で研究をしているヤマグチ・アナ・エリーザ氏は、フィールドワークを通じて得た膨大な現場の情報を踏まえて、「在日ブラジル人青少年の労働者家族が置かれている状況と問題点:集住地域と分散地域の比較研究」と題する発表を行った。日系ブラジル人労働者が来日するようになって15年以上になるにも関わらず、多くの問題が発生したまま時間がただ経過していく現状が紹介された。家族呼び寄せが始まり、子どもたちが日本に暮らすようになった結果、さらに問題は複雑化している。その中、最も深刻なのは子どもの不就学問題と非行問題である。そのような「問題」になる前の段階及び環境の中で、彼らが属している家族が直面している問題、家族の置かれている状況が、実は、青少年に大きな影響を与えている。個別訪問による調査により、日本にいる外国人労働者の子供たちの教育問題の深刻さがいっそう浮き彫りになった。

東京学芸大学連合大学院博士課程の朴校煕氏は、「在日朝鮮初級学校の『国語』教育に関する考察:国民作りの教育から民族的アイデンティティ自覚の教育へ」と題する報告を行った。在日朝鮮学校の朝鮮語教育は、当初、民族語を知らない児童・生徒の識字率を上げる運動からスタートしたが、北朝鮮政府と総連の組織が成立すると、北朝鮮の海外公民として帰国を前提とした「国語」教育政策に変容した。しかし、このような「国語」教育政策には、日本社会を生活の舞台とする現実的な側面が看過されていたため、教育需要者である、多くの在日韓国・朝鮮人の支持基盤を失う原因となった。1970年代の後半から、総連は、このような実態を省み、在日外国人としての現実により着目し、生徒たちの母国語駆使能力と民族的情緒の両方面を育てることに、大路線転換を図った。現行の在日朝鮮学校における民族語教育のあり方と北朝鮮の「国語」教育について、テキストの内容の比較を通じて、興味深い分析が示された。在日朝鮮学校における民族的アイデンティティ自覚の教育への転換の試みは、今後の日本における外国人の子どもの教育問題に対して多くの示唆が含まれていると感じた。

慶應義塾大学大学院法学研究科に所属し、静岡文化芸術大学非常勤講師も勤めている小林宏美は、「カリフォルニア州における二言語教育の現状と課題:ロサンゼルスの3つの小学校の事例から」という報告を行った。1998年からアメリカのカリフォルニア州において二言語教育を原則として廃止する住民提案227が可決され、州内の各学区の教育プログラムは多大な影響を受けた。ヒスパニック系移民子弟が生徒の多数を占めるロサンゼルス統合学区でも、「英語能力が不十分な生徒」に対して、原則として英語で授業を行うイングリッシュ・イマージョンプログラムの比重が高まった。カリフォルニア州は二言語教育の長い歴史があり、提案227可決はしばしば米国社会における保守化の現れと捉えられているが、改変による教育効果も現れている。現場調査を踏まえ、教育の現場の写真などを示しながら、ロサンゼルス統合学区における3つの小学校の事例が紹介された。

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4人の講演と報告が終わった後、アジア21世紀奨学財団常務理事でSGRA顧問の角田英一氏が進行役を務め、パネルディスカッションが行われた。

まず、フロアからの質問に答える形で、ヤマグチ・アナ・エリーザ氏は、いままでの若年層の外国人が年をとっていくうちに、彼らの保障をどうすれば良いかという問題がまた生まれるという課題を示した。朴校煕氏は朝鮮学校を例に、組織化が母語維持の重要な場を形成するのに大きな役割を果たしているとの見解を示したが、ヤマグチ氏は在日ブラジル人学校の組織化はまだ難しいという現状認識を示した。小林宏美氏は、第2言語の習得は、第1言語がどの程度に発達しているかによって決められるという学界の定説を紹介しながら、母語教育の重要性をあらためて提示した。

宮島氏は、講演で話した「ソーシャルワーカー」という言葉は一種のメタファーで、要は、外国人生徒を適切に指導できる学校職員を配置すべきだと説明した。重要なのは外国人の子どもの就学であり、学校に行くように働きかけることからはじめるべきである。これは、単に教育の問題だけではなく、実は、外国人出稼ぎ労働者の移動の仕方、子どもの権利の見地から、日本のこれまでの政策の反省を促している。そして、外国人労働者とその子どもたちを受け入れない、あるいは、受け入れを困難にしている日本社会が問われている。それは、外国人やその子どもへのいじめや無理解という態度にも現れている。教育の国際化とは、従来日本でいわれている「国民のための教育」から「市民のための教育」に変えていくことであると強調した。

パネラーたちのディスカッションに触発されて、フロアからの質問やコメントは、今回の講演や報告で触れられなかったインドネシアなどのアジア諸国からきた外国人研修生の問題や、中国人など他の在日外国人の子ども教育問題まで広がった。宮島教授は、これらの話を踏まえて、再び、「日本はすでに実質的に移民国家になっており、移民国家であるという自覚が必要だ」と力を込めて日本社会の自覚を訴えた。

パネルディスカッションに誘われ、会場から次々とコメントや質問が出た。予定時間を大幅にオーバーして、フォーラムは熱気に包まれる中で終了した。今回のフォーラムは、外国人の子どもの教育問題を取り上げたが、実は、人権の普遍理念や国のあり方など、非常に大きなテーマについても深く考えさせられる内容であった。グローバル化が進むなかで、出稼ぎ労働者を含めて、人の移動が盛んになっている。アジアでは、日本を先頭に、新興工業国やアセアン、さらに中国と、次々と急ピッチで近代化社会に邁進している。しかし、人間は、物の豊かさだけを追求しても幸せを得られない。お互いに理解し、尊敬しあい、共生共存を図っていくことこそ、心の豊かさが生まれ、真の幸せを実現できるのだ。今回のフォーラムを聞いて、久々に有意義で充実した週末を過ごしたと思ったのは、私だけではないだろう。

(文責:SGRA「人的資源と技術移転」研究チームチーフ 徐 向東)



第16回フォーラム「東アジア軍事同盟の過去・現在・未来」 Posted August 29, 2004 by imanishi
7月24日に開催した第16回SGRAフォーラム in 軽井沢「東アジア軍事同盟の過去・現在・未来」の報告が、朝日新聞アジアネットワーク(AAN)のウェブサイトに掲載されましたのでお知らせします。

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*当日プログラム

コーディネーター:南 基正(東北大学法学研究科教授、SGRA研究員)
【総  論】竹田いさみ(獨協大学外国語学部教授)
【日米同盟】
講演者:ロバート・エルドリッヂ(大阪大学国際公共政策研究科助教授)
質問者:林 泉忠(琉球大学法文学部助教授、SGRA研究員)
【韓米同盟】
講演者:朴 栄濬(韓国国防大学校安全保障大学院助教授、SGRA研究員)
質問者:安藤純子(東北大学法学研究科博士課程)
【台米同盟】
講演者:渡辺 剛(杏林大学総合政策学部専任講師)
質問者:李 恩民(桜美林大学国際学部助教授、SGRA研究員)
【比米同盟】
講演者:伊藤裕子(亜細亜大学国際関係学科助教授)
質問者:オーリガ・ソブコ(東北大学法学研究科博士課程)

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漂流する対米同盟 浮上する「対テロ戦略」
--日本、韓国、フィリピン、台湾の同盟関係の現状を見る

都丸 修一
「アジア型共同体への道」研究チーム主査

「地球化(グローバリゼーション)」という現象は、国際・国内経済ばかりか、国家のありよう、地域社会の姿からテロリズムにまで、従来の物差しでは測れない変化を日々私たちに見せつけている。人、モノ、金の自由な動きと情報革命。グローバリゼーションは間違いなく人間社会の発明なのだが、グローバル化という「発明品」は、人間が追いつけないほど強大、かつ複雑な妖怪に育って、どう処していいのか分からないほどである。将来の予測がこれほど難しい時代はないかもしれない。

グローバル化の深化にあらがうように、欧州や米州で新時代の羅針盤として「地域主義」が台頭している。アジアでも同様である。ただし、アジアの動きは欧米に比べて遅い。しかも、南北が分断されたまま、核戦争の脅威まででている朝鮮半島を抱え、冷戦構造を残したグローバル化時代を生きるという宿命を負わされている。

アジアの安全保障の将来像は、どうあるべきか。7月24日、軽井沢で開かれた第16回関口グローバル研修会(フォーラム)は「東アジア軍事同盟過去・現在・未来」と題して、日米同盟、韓米同盟、台米同盟、米比同盟の専門家が語り合った(朝日新聞アジアネットワーク後援)。新たなトランスフォーメーション(軍の世界的再編)に動き出す米国。この超大国を軸とするアジア諸国の同盟を読み比べると、あらためてアジアの多様性に気がつく。「東アジア共同体」といった構想はずいぶん出てきたが、あるべき将来像を描く道のりは険しい。それでも、地球化のうねりを乗り切るには、やはりアジアの新しい羅針盤が必要とされる。

全文はasahi.comをご覧ください。




第15回フォーラム「この夏、東京の電気は大丈夫?」 Posted May 25, 2004 by imanishi
2004年5月13日(木)午後6時半〜8時半、日本プレスセンターの日本記者クラブ10階ホールにて、第15回SGRAフォーラム「この夏、東京の電気は大丈夫?」が開催された。このフォーラムの目的は、電力自由化の是非を含む、正しい電力供給のあり方を市民レベルで考えることであり、また、上海を中心とした中国の電力事情が豊富なデータによって紹介された。司会は全振煥氏(鹿島建設技術研究所研究員/SGRA運営委員)であった。

まず、ゲストの住環境計画研究所所長中上英俊氏が「この夏、東京の電気は大丈夫?」を題として講演を行った。中上氏は日本の電力政策、電力の供給並びに電力の利用状況について、豊富なデータを用いて説明を行った。また、電力自由化等の規制緩和による市民生活への影響を分かり易く説明した。日本の電力構造、国民の省エネルギー意識の向上等により安全な電力供給ができるようになったが、京都会議のCO2削減目標を達成するために、なお国民全体の努力が必要だと指摘した。「東京の電気は大丈夫?」の問いに対しては、日本の経済事情及び省エネ努力の結果から「大丈夫!」と結論付けた。
 
次に北九州市立大学国際環境工学部助教授・SGRA「環境とエネルギー」研究チームチーフの高偉俊氏が「この夏、上海の電気は大丈夫?」と題とし、上海の電力事情を紹介した。昨年の夏、上海は記録的な猛暑に見舞われた。昨今のめざましい経済発展と市民生活の向上とによって電力消費の伸びは中国政府の予想を越え、限定的な地域停電を行わざるをえない状況となった。その原因としては家庭用空調機の普及により民生用エネルギーが急増したことが指摘された。但し、この問題の解決に関しては、単に電力設備容量等の増強だけでは解決できない。中国の行政手段により一時的なピーク回避も評価したいという意見を述べた。「上海の電気は大丈夫?」の問いに対しては、「中国の技(わざ)」ありなので「大丈夫!(上海では昨年夏のニューヨークのような大停電はおこらない)」と結論付けた。
 
その後、限られた時間だが、SGRA「環境とエネルギー」研究チームの李海峰サブチーフ(独立行政法人建築研究所客員研究員/SGRA運営委員)の司会により、中上英俊氏と高偉俊氏のおふたりに対して、質疑応答を行った。日本の将来のエネルギー開発のあり方に関する質問に関して、中上氏から、新エネルギー利用(燃料電池等)がインフラの整備等(水素ステーション)により一定の発展を見せているが、当面はエネルギーを上手に使う工夫等が重要である。自然エネルギー利用にしても、従来型システム(例えば太陽熱温水器)等のほうが効率が高いとの指摘があった。

47名(内会員25名)の参加者は、お二人の講師の豊富なデータに基づきながらも、ユーモアたっぷりの講演を楽しんだ。

(文責:高偉俊)



第14回SGRAフォーラム「国境を越えるE-learning」 Posted February 8, 2004 by imanishi
 プログラムと発表資料

2004年2月7日(土)午後1時半から6時半まで、東京お台場の国際研究大学村東京国際交流館・プラザ平成3階メディアホールにて、第14回SGRAフォーラム「国境を越えるE-learning」が開催されました。今回のフォーラムは「ITと教育」研究チームの研究活動の一環として行われたものでした。会場には、非会員37名を含む60名の方々が、遠くは大阪や仙台からお集まりくださり、特に大学関係者の間でのこのテーマへの関心の高さが示されました。

まず、SGRA「ITと教育」研究チーム顧問の斎藤信男教授(慶應義塾常任理事)に、基調講演「Asia E-learning Networkと大学の国際戦略」をしていただきました。【要旨】アジア地域への日本の連携活動は、政府レベルでも大きな課題になっている。これからの政治、経済の中心はアジア地域になっていくことを考えると、今後ますます文化、社会、医療、教育などさまざまな分野での連携が重要になっていく。人材育成、基礎研究を担う日本の大学でもこのような国際情勢に合わせた将来構想とそれに基づく個々の活動の戦略が必須の課題として迫られている。現在、経済産業省が主導しているアジア諸国とのE-Learning Networkは、2年目を迎え、基盤、共通技術の開発に重点を置いて活動をしている。また、関連する連携活動は個々の大学などの努力により進められている。このような諸活動が真に有効なもの、有益なものに統合化されていき、大学の国際戦略の一つとして活かされていかなければならない。

SGRA会員の福田収一教授(都立科学技術大学工学部学部長)からは、先駆的な事例として、「ネットワークを介したGlobal Project Based Learning ―都立科学技術大学とスタンフォード大学の協調授業を事例として―」をご紹介いただきました。【要旨】東京都立科学技術大学は1998年からStanford大学の大学院の設計授業ME310にネットワークを介して参加している。この授業は、Project Based Learning方式で、企業が提供する現実の課題を学生が主導で解決し、実際に試作を行って案の妥当性を実証する。通常の講義形式のe-Learningとは異なり、日米の学生がチームを構成して、現実の課題に取り組む。そのため、最近話題の技術経営教育の実践に他ならず、単なる工学的な知識の応用だけではなく、法律、経済など幅広く問題を考え、文化の壁を乗り越える努力が必要となる。本活動は、国際的な活動であるとともに、きわめて効果的な産学連携でもある。

渡辺吉鎔教授(慶応大学総合政策学部)からは、やはり先駆的な事例として、「日中韓3大学のリアルタイム共同授業の可能性と課題 ―慶応・復旦・延世大学の国際化戦略とオンライン共同授業―」をご紹介いただきました。渡辺先生の「国際交流は技術を手段とした人間同士の情の交流である」という信念は参加者に強い共感を与えました。【要旨】慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)は2002年度より中国の復旦大学、韓国の延世大学と一緒に「三者間リアルタイム共同授業」を推進してきた。具体的には大学院の2科目、学部・院共通の1科目を共同で提供・担当しながらその中で学生たちが日中韓の共通課題について共同研究を行うという仕組みが取られている。さらにこの三者間共同授業は、単なるリアルタイムのネット授業にとどまらず、学期の半ばでの「Pilgrim Workshop」の共同主催・共同参加、学期後の「グローバル・ガバナンス国際シンポジウム」という対面式の共同研究発表の場を提供し、教育・研究の国際化を推進するようにつとめてきた。

30分間の休憩の後、SGRA研究員からの報告として、 Ferdinand Maquito氏(フィリピンアジア太平洋大学研究助教授・SGRA研究員)は、「オンライン授業の可能性と課題〜私の場合〜―フィリピンアジア太平洋大学(UAP)−名古屋大学、及びテンプル大学ジャパン(TUJ)でのオンライン授業を事例として―」というタイトルで、この数年間、自分なりに実施したことを参考にしながら、オンライン授業についての考え方を整理して、これからの方向を検討しました。発表では、まず欧米を中心としたオンライン授業の現状を概観し、アメリカでの市場としての失敗とヨーロッパのEU市民の育成を目標としたE-learning計画を参考に、今後の日本とフィリピンの大学間のオンライン授業戦略を考えました。

最後に、金雄熙氏(韓国仁荷大学助教授・SGRA研究員)は、「韓国の大学における国際的E-learningの現状と課題」というタイトルで、政府主導の成長政策と先進国に比べても決して劣らない情報通信インフラなどのおかげで韓国のE-learningが急速な量的成長を成し遂げていることを発表しました。しかしながら、その総体的な発展が果たして望ましい方向に向かっているかについてはまだ疑問が残っているとして、韓国の大学におけるE-learning課題を指摘しました。また、国境を越える事例として、世界銀行のGDLN (Global Distance Learning Network)のアジアセンターの役割を担っている韓国開発院(KDI)大学院大学のE-learning(Blended Learning)を紹介しました。

その後、王溪氏(東京大学新領域創成科学研究科研究助手・SGRA研究員)の進行で進められたパネルディスカッションでは、サイバー教育の是非について活発な議論が行われました。回答者によって「E-learningが全てできるわけではない」ということが強調されましたが、同時に「講義を公開せざるを得ないことによって、現在あまり高くない講義の質を向上させることもできるのではないか」という消極的肯定論もありました。しかしながら、インターネットは手段にすぎず、人の交流が基本でなければならないという点では、全員の意見が一致しました。また、東アジア市民の育成のための国境を越えたLearningが英語で為されることについての質問がありましたが、3国間の授業では英語を共通語とするが、参加者に相互の言語を第一外国語として勉強することを義務づけたり、2国間授業では当事者の言語を使ったりするなど、様々な工夫がされていることが紹介されました。

土曜日の午後1時半から長時間にわたって開催された第14回フォーラムは、盛会の内、午後6時半に幕を閉じました。

(文責:J.スリスマンティオ、編集:今西淳子)



第13回フォーラム「日本はどう外国人を受け入れるか:共生をキーワードに」 Posted January 23, 2004 by imanishi
プログラムと発表資料
SGRAレポート第23号(PDF)

 2003年11月14日(金)午後6時半より、第13回SGRAフォーラム「日本は外国人をどう受け入れるべきか」が、東京国際フォーラムG棟402号室で開催された。今回のフォーラムは、「人的資源と技術移転」研究チームの研究活動の一環として行われたものでもある。会場には、非会員30名も含む70名近くの方々が集まり、このテーマに関する関心の高さを示した。

 SGRA研究会の今西代表による開会挨拶の後、2人の講師による講演が行われた。ゲスト講師として迎えた立教大学社会学部の宮島喬教授は、「移民国日本へ?ヨーロッパとの比較の中で考える」というテーマで講演を行った。宮島先生は、日本を代表する社会学者で、特に文化社会学の領域においては、第一人者的な存在である。かつてヨーロッパで研究生活を送った宮島先生は、ヨーロッパ社会における移民問題に詳しく、近年、ヨーロッパとの比較の視点で、日本の外国人問題の研究も行われ、外国人問題や移民政策に数多くの提言を行われた。宮島先生の講演は、日本における外国人受け入れの文化、意識、社会制度の問題点を浮き彫りにし、そして具体的な提言を含めて、日本が移民国として成立する可能性を検討された大変興味深いものであった。

 宮島先生の講演要旨をまとめると以下の通りになる。

・加速する少子高齢化の日本社会は、21世紀の早い時期に、海外から人の受け入れを図らねばならないが、日本社会の制度改革が立ち遅れている。
・日本の人口構造は、すでに事実上の「移民国」に近い。このことを直視し、制度、意識の両面でヨーロッパの移民先進国に学ばなければならない。
・技能実習制度の弊害からみえたように、世界から優れた人材を受け入れるという短期国益中心のロジックは必ず失敗する。
・日本における外国人を受け入れるという意識、施策が極めて貧困である。
・日本は「移民小国」からの脱却を意識し、難民受け入れなどを含めた国際義務も果たすべきである。
・さらに、長期ビザの導入、年金脱退一時金制度の改善、配偶者ビザの永住者ビザへの切り替え、血統主義を改め出生地主義の考え方の導入、帰化手続きの簡素化と透明化、外国人の子供の教育体制の改善、国民への啓発などの外国人受け入れ問題を再検討する必要がある。

 SGRA研究員で東京大学工学研究科博士課程のイコ・プラムティオノさんは、「研修生制度の現状と問題点――インドネシア研修生の事例として」と題する報告を行った。イコさんは東大で電子情報工学の研究を進めながら、1999年から、外国研修生ネットワークの一員として研修生問題に取り組み、2000年にインドネシア研修生相談フォーラム(KFTI)を設立し、以降代表としてインドネシア人研修生を中心にアドボカシー活動を従事してきた。イコさんはこうした体験を交えながら、「研修という名のもとにおける単純労働力の導入」という、日本で働く外国人研修生の厳しい現実を紹介してくださり、聴衆にとっては大変刺激的な報告だった。イコさんの講演の前半は、主に日本における外国人研修生制度の経緯と受け入れ状況の紹介で、後半は、研修生制度の問題点を指摘し、いくつかの政策提言を行った。イコさんが指摘した問題点と提言を要約すると主に以下のようになる。

・研修生制度の「建前」は、技術・技能または知識の開発途上国への移転を図り、それらの国などの経済発展を担う人作りに貢献することであるが、「本音」は、日本社会が必要とする単純労働者の導入である。実態としては、中小零細企業など日本人労働者の集まりにくい分野を補完するものである。
・研修生制度は、技術・技能などの移転による国際貢献としても、また、外国人労働者の活用方法としても、きわめて不備な制度であり、かつ多くの人権侵害を伴っている。
・一元的に対応できる政府機関が責任を果たすこと:強制帰国措置の廃止、本来の目的に基づき、労働ビザの支給などを真剣に検討する必要がある。

 以上の2人の講演と報告が終わった後、国連組織の勤務経験をもつ財団法人アジア21世紀奨学財団常務理事の角田英一氏が進行役・コーディネーターとして、二人の講師をパネラーに、パネルディスカッションが行われた。予定時間を超過してまで、たくさんの熱気溢れる質問とコメントが行われ、講師と参加者の間には、有益な意見交換が行われた。質問とコメントをすべて紹介できないが、最も印象に残った一つは「外国人の受け入れは政治家がよく口にする日本の“国益”に利するか」である。宮島先生やイコさんのコメントを聞きながら、“国益”を定義するのは難しいが、今の日本における外国人受け入れの制度や意識の遅れこそ、日本の“国益”を損なっているのではないかとの印象をもった。この点、難民受け入れに対しても同様である。現状は決して楽観すべきではないが、宮島先生からは、日本社会における日本人の意識の変化も紹介され希望も見えている。

 フロアからは、マスメディアが意識的に作り上げた外国人イメージの虚像が指摘され、さらに留学生からは、日本からの人口流出も併せて考えたり、最近の北東アジアにおける激しい人口移動の一環として考えるなど、問題意識を変えれば物事がまったく異なる視点からも捉えるという刺激的な発想法も紹介された。

今回のフォーラムで取り上げられた「日本社会は外国人をどう受け入れるべきか」という問題は、われわれ「人的資源と技術移転」研究チームが取り組んでいる課題に大いに参考になるものであった。グローバル化が進み、国境を越えた人の移動がますます活発化する中で、国益と人権、差別と平等、グローバル化の中における国と人間のあり方、文化の独自性と普遍性、自国文化の保護と他者への関心・思いやりと尊重、そして、日本と東アジア、日本と世界の共栄共存などを考える上で大変大きな示唆を得た。2時間にわたって行われた第13回SGRAフォーラムは、午後8時半に幕を閉じた。

(文責:徐向東)



第12回フォーラム「環境問題と国際協力:COP3の目標は実現可能か」 Posted January 23, 2004 by imanishi
 2003年7月18日(金)及び19日(土)、鹿島建設軽井沢研修センター会議室で、第12回SGRAフォーラムが開催された。今回のフォーラムにおいては、18日午後8時から10時までの分科会で、ベトナム・タンロン大学のフィン・ムイ先生からベトナムの廃棄物問題を含めた様々なベトナムの事情についての報告がなされた。また、19日午後2時から6時までの本会議では、「環境問題と国際協力:COP3の目標は実現可能か」というテーマについて、基調講演と研究報告さらにアジア各国の状況調査報告があり、その後有益な議論とディスカッションが行われた。以下は、その概略である。

「ベトナムからの報告」 by フィン・ムイ

 ベトナムの環境問題に長年携わってこられたムイ先生から、最近のベトナムの廃棄物問題について、先生の個人的な経験を中心に報告があった。ベトナムはまだ発展途上国であり、日本のような先進国が直面している廃棄物問題とは違う性質の廃棄物問題、一言で言えば、「衛生問題としての廃棄物問題」に直面している。この問題を解決するために、ムイ先生は、適切な廃棄物の処理施設を整備することが重要だと主張し、自ら地方政府を説得して、衛生的な処理施設を建設した経験を紹介してくださった。

 一方、途上国の直面するもう一つの重大な問題は「貧困と環境破壊の悪循環」という問題である。ムイ先生は、ベトナムの少数民族の事例を取り上げて、貧困がもたらした環境破壊の実態、すなわち、従来の農法によって進行する砂漠化、砂漠化によって深刻化する生活の厳しさについて、詳しい報告がなされた。と同時に、このような悪循環を断ち切るための住民自らの試み、すなわち、我慢強い植林活動についての紹介もあった。また、このような悪循環を断ち切るためには教育が重要であると強調された。

「環境問題と国際協力:COP3の目標は実現可能か」 by SGRA環境・エネルギー研究チーム

 地球温暖化を防止するための国際協力をテーマにした今回のフォーラムにおいては、埼玉大学の外岡豊教授をゲストに迎え、「地球温暖化防止のための国際協力」というタイトルで基調講演をしていただいた。地球温暖化は20世紀後半のビジネス社会が招いた人類最大の問題であることを強調しながら、この問題を解決するためには、それぞれの考え方や慣習を持つ国々が互いに理解を深め、協同作業を積み重ねるしか方法はないと熱く語られた。

ゲスト講演の後、SGRA環境・エネルギー研究チームの3人の研究員からの研究報告がなされた。まず、李海峰研究員は、東京におけるヒートアイランド現象の深刻さについて、具体的なデータや図を見せながら、地球温暖化とヒートアイランドによって大都市の住居性が著しく損なわれる可能性が高いと警告した。鄭成春研究員は、排出権取引制度の事例として「カリフォルニア州のRECLAIMプログラム」を取り上げ、排出権取引制度が成功するためにはきめ細かい制度設計が必要である点を強調した。高偉俊研究員は、中国抜きでは地球温暖化問題の解決はできないと主張しながら、中国における温室効果ガスの排出及び対策についての報告を行った。最後に、ベトナム、韓国、モンゴル、フィリピンにおける各国の地球温暖化対策の現状についての報告があった。

 以上の基調講演、研究報告を踏まえながら、約1時間にわたるパネル・ディスカッションが行われた。そこでの結論は、今できることを一つ一つ実践しながら、その実績を積み重ねていくことが最も大事である、という点であった。今回のフォーラムは、この面から見ると、各国の研究者たちが集まり、地球温暖化問題についての議論を重ね、互いに理解を深める貴重な場としての意義を持つと思われる。

(文責:鄭成春)



第11回フォーラム「地球市民研究:国境を越える取り組み」 Posted January 23, 2004 by imanishi
 2003年5月26日(月)午後6時半より、東京国際フォーラム・ガラス棟G602会議室にて、第11回SGRAフォーラム「地球市民研究:国境を越える取り組み」が開催されました。今回は、SGRA研究会「地球市民」研究チームが主催する4回目のフォーラムですが、駐日欧州委員会代表部調査役・高橋甫氏と国境な医師団日本でプログラムマネージメントを担当されている貫戸朋子氏をゲスト講師として迎えての開催で、SGRA会員をはじめ、約50名が参加しました。

高橋甫氏からは「市民とEU」のテーマで以下の諸点についてお話し頂きました。
・欧州統合は二度にわたる世界大戦への反省がその原点にある。
・武力衝突のきっかけになった石炭や鉄鋼に対する共同管理ため、まず6カ国でこの石炭や鉄鋼に限られた分野での主権委譲を伴った統合(石炭鉄鋼共同体)に着手。
・統合の深化と拡大の半世紀(欧州経済共同体、欧州共同体)を経て、現在(欧州連合)に至る。
・その特質として、連邦国家でもなく、また伝統的な国際機構でもない。加盟国から主権の委譲を伴う「共同体システム」(経済)と主権委譲が伴わない「政府間協力制度」(外交・安全保障)の二重構造をもつ存在。
・そのプロセスにおける現実的漸進主義や言語・宗教などの文化的多様性を承認しながらの推進。
・欧州における国境を越えた「他者との連帯」、またその統合の主体は、単に政府ではなく、欧州市民であるという理想・信念。
・「市民のための欧州」を目指して、欧州市民のアイデンティティ確立(共通のパスポート、EUの旗・歌)、欧州市民権・欧州基本権憲章、欧州議会・欧州憲法。
・EUの構造的特質、経過、理念などへの分かりやすい説明。とくに「市民のため」「市民による」連帯や協働の重要性を他地域との比較で説明。

貫戸朋子氏は「国境なき医師団的発想とは」という演題で、自分の体験を交えながら、国境なき医師団の結成経緯・性格・活動などを紹介してくれました。写真による現場の生々しい光景は、過度に日常平穏に過ごしている私達にとって良い刺激になりました。氏の講演の要旨は以下の通りです。
・3人のフランス人医師の決意から生まれた。
・既存の国際的医療組織が政治によって強く左右されている現状をふまえたうえで、医療援助がもっとも切実なのに、国際社会において看過・無視されている地域の人々を優先的な対象として医療行為を行なう。
・政治的中立・公平、人道主義的普遍倫理にもとづきながら、自らの奉仕・犠牲によって成り立つ。
・それを支えるものとして、弱者の救済・それへの献身というヨーロッパの一種の精神的貴族主義。
・自らの権力化を防ぐため、組織状態を自発的結社として、運動的存在として定位。

 質疑の時間において、質疑者から「EUの統合は一つの巨大国家の出現にすぎないのではないか」や「欧州統合における宗教問題への対処」、「国境なき医師団にはどうして日本の参加者が少ないか」や「現地人とのコミュニケーションの取り方」などの質問がありました。

 今回のフォーラムで取り上げられたEU市民社会や「国境なき医師団」のことは、「地球市民」研究チームが取り組んでいる「地球市民とはなにか」の課題に大いに参考になるものでした。欧州統合における強い意志と信念・確固たる実践、多様性への配慮や長期的な枠組みの中での漸進的プロセス、しかも共有部分のシステム化などの経験は、最近活発化した東アジアでの国際協力において大きな参考材料になることでしょう。さらに、国境を越えた連帯と協働、国境を越えた他者への関心・思いやり、自己犠牲による奉仕・献身などは地球市民の形成における徳性の問題とも深くかかわる気がしました。とくに東アジアの将来を考える上で大変大きな示唆になると思われました。 

(文責:薬会、高煕卓)



第10回フォーラム「21世紀の世界安全保障と東アジア」 Posted January 23, 2004 by imanishi
SGRAレポート第17号(PDF)

 2003年2月8日(土曜日)午後2時、第10回SGRAフォーラム「21世紀の世界安全保障と東アジア」が、お台場の東京国際交流館で開かれた。今回のフォーラムは、SGRA研究会「世界平和と安全保障」研究チームが企画及び準備段階から関わったものであった。「世界平和」研究チームは、元渥美国際奨学生を中心とした留学生同士が、世界平和と安全保障のための議論を一緒にしようという目的をもって、昨年作られたばかりの研究チームである。今回のフォーラムはその最初の仕事であり、チームの南基正チーフが発表者の一人として、そして幹事の筆者が司会者として役割を分担した。こうした留学生による試みに対して日本国際教育協会と東京国際交流館、中島記念国際交流財団、朝日新聞アジアネットワーク、渥美国際奨学財団が、協賛・支援して下さった。記して謝意を表したい。

 フォーラムが開かれた国際交流館のプラザ平成メディアホールでは、SGRA会員25名を含むと80名の方々が駆け付けた。日本人のみならず、交流館に住んでいる留学生の姿も少なくなかった。国際交流館が開館した2年前に最初に入館した筆者の記憶から、これぐらいの人数が集まったのは、昨年のワールドカップ共同応援以来初めてではなかったろうか。改めて、我々が作った「世界平和」研究チームが立ち上げた目的に、顔の知らなかった世界各国からの留学生が、国籍と専門分野の壁を越えて共感してくれるのだと感じた。

 研究チームの設立とフォーラム開催に至るまで、すべての仕事を担ったSGRA研究会の今西代表による開会挨拶の後、四人の発表者による講演が行われた。

 京都大学東南アジア研究センターの白石隆教授は、「日本とアジア」というタイトルで基調講演をしていただいた。白石先生は、東アジアという概念を政治経済的システムとして捉え、こうしたシステムがどのような歴史的な過程の中で形成され始めているのかを説明しつつ、1980年代の後半から東アジアの範囲で地域秩序形成の動きが活発になっている背景として、日本と韓国による直接投資の要因が働いていると分析した。しかしこうした東アジアにおける地域秩序形成の過程を、ヨーロッパにおける地域秩序の現実と比較してみると、ナショナリズムの過剰や、共同体に向けた政治意識の欠如、共通規範の不在、政治経済体制の差異などの、地域秩序の形成を妨害する要因が少なくない。従って、東アジアにおける共同体に向けては、諸国家共同の利益と規範の共有、特に強大な力を持つアメリカの関与如何が重要な鍵を握っていると展望した。白石先生の基調講演は、大変幅広い歴史的且つ比較政治的アプローチに基づいて、東アジアにおける地域共同体成立の可能
性とその現実的な条件を検討して下さった、興味深いものであった。

 最初の講演は、東北大学法学部の助教授であり、「世界平和」研究チームのチーフでもある南基正先生に「朝鮮半島の平和構築と日本の役割」というテーマでお話し頂いた。南先生は、2002年9月17日に行われた日本と北朝鮮の首脳会談とその後の情勢を分析しつつ、日米関係が日朝交渉に臨んでいる日本の外交を拘束しているのか、或は米朝関係が日本の存在なしに機能しているのかに関する仮説を各々検討した。結論として南先生は、日米関係が北朝鮮に対する日本の外交従属性を意味するものではない、そして米朝関係は日朝交渉の制約要因であると同時に促進要因でもあると述べつつ、東アジア地域の安全保障のためにも日本政府が日朝交渉により積極的に取り組むことを提案した。

 二番目の講演は、「中国の台湾戦略を解く」というタイトルで、宇都宮大学国際学部の外国人教師であり、SGRA研究会「歴史問題」研究チームのチーフである李恩民さんに発表して頂いた。李先生は台湾に対する中国の基本政策を、江沢民時代の「平和統一」や「一国二制度」政策を中心として説明した後、現在展開されている両岸の動きを軍事・経済・政治などの分野に関する具体的なデータに基づいて紹介した。そして今後の提案として、台湾が中国との平和統一を通して中国の全体的な民主化を促してくれること、中国側からも「一国二制度」に拘らず、平和統一への意思を徹底することを打ち出した。

 三番目の講演は、「ブッシュ政権の東アジア戦略」というタイトルで、同志社大学法学部助教授の村田晃嗣先生にお話しして頂いた。村田先生は冷戦後のアメリカが軍事的な側面から断然他国を圧倒しうる超大国になっていることを説明しつつ、現在のブッシュ政権が、イメージとは異なって、レトリックと実際の行動を異にしていると分析した。そうしたアメリカ認識に基づいて同盟国として日本が何をすべきかという問いに対して、村田先生は、只の反米感情は、反中や反ロの感情と同様、日本にとって、望ましい選択肢にはなれないと強調した。先生は、今こそ更なる日米同盟の再定義と国際協調が求められていると結論づけられた。

 四人の先生による熱い講演の後、第二部では参加者による質問が続けた。お台場に住んでいる日本人RAの富川英生さん(東京大学経済学研究科)と金子光さん(東京大学経済学研究科博士課程)、留学生の和愛軍さん(中国出身、東京大学農学生命科学研究科博士課程)及び李明賛さん(韓国出身、慶応大学法学研究科博士課程)が各々発表者に対して質問を投げかけた。その他、インドネシア、台湾、中国などから来た留学生や研究者が予定した時間を遥かに過ぎてまで、熱気溢れる質問を問いかけた。長々4時間にわたって行われた第10回SGRAフォーラムは、午後6時半、嶋津忠廣SGRA運営委員長の閉会挨拶を最後に、盛会の幕を閉じた。

 日本に来た留学生同士が、SGRAのお陰でこの「世界平和」研究チームを作ったきっかけは、20世紀の東アジアに対する反省からであった。20世紀のアジアは、日ロ戦争、第一次世界大戦、満州事変、日中戦争、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、中国-ベトナム戦争など、戦争の絶えない時代であった。21世紀を迎えた今も、これら戦争の傷は、講演にも触れられたように、朝鮮半島や中国-台湾の間でまだ残っている。そうした戦争の連続で、加害者も被害者も、戦争の犠牲者になった。戦争の責任を問うこ
と、どちらが悪かったかを問うことは、勿論大事な問いである。しかし21世紀を生きている我々は、20世紀を生きていた先輩の世代が避けられなかった戦争の時代を超えて、何とかして、協力と平和の時代を切り開けなければならないと思う。

 武器を溶かして平和の材料を作る作業は、一国の国境を越えて、各国が協力しなければならない。特に各国の若い世代同士が共に力と知恵を合わせなければできない。そうした意味で、SGRA研究会の「世界平和」研究チームが、各国の留学生が一緒に住んでいるお台場の東京国際交流館で試みた本フォーラムは、まさに東アジアの平和と協力に向けた小さな一歩であろう。元々お台場は、150年前の幕府時代に海を渡って来た西欧の黒船を防ぐために作られた砲台であった。世界に「閉じられた鎖国」のシンボルでもあったお台場で、150年の時間が過ぎて各国の研究者と留学生が集まって、「21世紀の世界安全保障と東アジア」というテーマのもとで共に議論する場を設けたことは、その意義が少なくなかったと思われる。

(文責:朴栄濬)




第9回フォーラム「情報化と教育」 Posted January 23, 2004 by imanishi
SGRAレポート第16号(PDF)

 2002年11月29日(金)、東京国際フォーラムガラス棟G610号室にて、SGRA活動の拡大路線が承認された総会の後、第9回SGRAフォーラム「情報化と教育」が開催されました。主な課題はいわゆる「デジタル・ディバイド」現象で、日本の政府機関と民間研究所の関係者の視点から、豊富なデータと国際的な事例に基づきお話ししていただきました。

日本の文部科学省メディア教育開発センターの苑復傑助教授は、e-JAPAN政策について分かりやすく説明してくださいました。2005年までに「IT最先端国となる日本」を目標とするこの政策は、世界比較における日本のITの遅れを克服するための対策のようです。まだまだ、課題も多いようですが一応進展していると評価できます。

 NECの国際社会経済研究所の遊間和子専任研究員は、デジタル・ディバイドの構造を説明した後、ディバイドを克服するためのIT人材育成に各国がどのように取り組んでいるかを、写真を使って紹介してくださいました。米国の低所得層のコミュニティーにおけるNPOの取り組み、韓国政府による少年院の取り組み、中国の専門学校の事例において、社会のあらゆる層の人々がIT能力を向上できるようにする試みに感心しました。

 お二人の発表の後、「ITと教育」研究チームのチーフ、J.スマンティオ博士の司会で、会場から質問を受け付けました。二人の質問者とも、デジタル・ディバイドをもっと広い次元から、即ち、長期的そして発展途上国も含む全世界的な観点から見るべきだと訴えたと理解できるでしょう。フォーラムのあとの懇親会で今西代表が述べた「日本で考えているデジタル・ディバイドというのは、『勝ち組み』の中の競争で、いかに負けないようにするかという話ですね」という言葉が印象的でした。

(原文:マキト 編集:今西)



第8回フォーラム「グローバル化の中の新しい東アジア」+宮澤喜元総理大臣 Posted January 23, 2004 by imanishi

SGRAレポート第14号(PDF)

 初めての試みとして軽井沢での開催を2月に決定してから、鋭意準備を進めてきた第8回SGRAフォーラム「グローバル化の中の新しい東アジア」は、2002年7月20日(土)盛会のうちに終了しました。スタッフの祈りが効き過ぎたくらいで、前日までの雨も止み、参加者が到着した19日(金)から、最後の21日(日)昼の渥美財団理事長別荘でのバーベーキューまで、軽井沢は暑いほどの晴天に恵まれました。今回のフォーラムは、従来よりも幅広いご協力をいただき実現しました。鹿島学術振興財団、韓国の(財)未来人
力研究センター、渥美財団から協賛、名古屋大学大学院経済学研究科附属国際経済動態研究センター、フィリピンのアジア太平洋大学経済学部、そして朝日新聞アジアネットワークから後援をいただきました。そして、現役の渥美奨学生を含むSGRA会員等60名の積極的な参加もフォーラムを大成功に導きました。

 フォーラムは20日(土)午後1時より、ホテルメゾン軽井沢内の軽井沢セミナーハウスで、日本語を公用語として開催されました。今西SGRA代表の開催趣旨とゲスト講演者の紹介後、本フォーラムを担当するSGRA「グローバル化のなかの日本の独自性」研究チームの顧問、名古屋大学の平川均教授が「通貨危機は東アジアに何をもたらしたか」というテーマで基調講演し、一般にあまり知られていないアジア通貨危機から芽生えた東アジア地域協力の経緯が報告されました。李鋼哲SGRA研究員からの「北東アジアの地域協力をどのように東アジアの地域協力に位置づけるか」という質問に対して、平川先生は「北東アジアの経済協力は重要であるが、ASEANを含め多角的な関係にしたほうが良い」と答えました。次に、本フォーラムの協賛者である韓国の(財)未来人力研究センターの理事で、高麗大学の李鎮奎教授が「韓国IMF危機以後の企業と銀行の構造改革」について英語で発表しました。アジア通貨危機後のIMF政策の成功例を紹介しながら、
会場からの笑いも引き出して、とても明るい発表でした。他の英語による発表と同様、SGRA研究員が用意した日本語スライドを利用しながら発表は進められ、英語の質疑は日本語に通訳されました。金雄熙SGRA研究員の「何故韓国はこれほど早く危機から回復できたのか」という質問に対して、李教授は「一時的に大量の資金の国外流出に対応できなかったが、韓国の経済基礎は強いので早く危機を乗り越えることができた」と説明しました。3番目の発表者はインドネシア銀行構造改革庁主席アナリストのガト氏で「経済危機と銀行部門における市場集中と効率性―インドネシアの経験」について英語で発表し、統計と統計的分析法を利用しながら、インドネシアの事例をIMFの失敗例として取り上げました。F.マキトSGRA研究員の「何故IMFは失敗したか」という質問に対して、ガト氏は「IMFは政治的問題を経済政策と混同した」と指摘し、さらに「AMF(アジア通貨基金)のようなIMFの代替国際機関も検討しても良いのではないか」という考えを示しました。

 青空のもと、木々に囲まれたホテルの庭で、コーヒーと高原の空気を満喫した休憩の後、4番目の発表者は中国清華大学で日本の経済産業研究所ファカルティーフェローの孟健軍教授で、「アジア経済統合の現状と展望」について日本語で発表しました。孟教授は、中国大陸を舞台に欧米と日本が投資を競い合っているデータを示し「中国は日本なしでもやっていける」という刺激的な分析を発表しました。また、中国人の国際的人材移動について頭脳流出(Brain Drain)から頭脳還流(Brain Circulation)に変化しているとい
う認識が示されました。金香海SGRA研究員は孟教授が中国政府の政策立案に関わっていることに関心を示しながら、「この地域での経済統合は果たして可能であるか」という疑問を投げかけましたが、孟教授は、「何千年の中国統合の歴史の中で、中国は異文化異民族を纏めてきた」と前向きな姿勢を崩しませんでした。5番目の発表者、フィリピンアジア太平洋大学のヴィレイガス教授は「中国と競争と協力」について発表し、協力しながら競争する「協争(Co-opetition)」というキーワードを紹介しました。徐向東SGRA研究員からの「どの分野でフィリピンが中国と競争できるか」という質問に対して、ヴィレイガス先生は「付加価値が高い農業品や衣類品など、つまり安い労働に依存度が高くない市場の隙間をフィリピンが見つけないと勝ち目がない」と答え、同時に中国と協力するためにフィリピンの華僑の活躍に期待を示しました。
その後の自由討論では発表者のあいだで活発な議論が交わされましたが、焦点は「アジア共有の価値観は何か」ということでした。そしてこの「アジア共有の価値観」については、その晩のオープンディスカッションでも、その他の場面でも、軽井沢での熱い議論のテーマになりました。最後に、平川教授が総括を行い、第一部は終了しました。

 第2部は、宮澤喜一元総理大臣をお招きし、アジア通貨危機における新宮沢構想、中国との貿易、地域協力、高齢化・少子化等、幅広いテーマについて、率直なご意見を聞かせていただきました。新宮澤構想は日本が外貨が多かったので、少しでもアジア諸国のお役にたてばという気持で行ったこと、日本は戦前アジアと一緒にやろうとして失敗し、近隣諸国に多大なご迷惑をおかけしたのだから、リーダーシップをとるのは相応しくないと思うこと、アジアはヨーロッパと違って宗教や文化を共有しないし、政治体制が違うのだから、アジアの地域協力にはそれほど楽観的ではないこと、しかしながら近年は情報化等により社会の変化が早いので以前よりは協力体制への道は近いかもしれないこと、対中セーフガードは恥ずかしかった、あのようなことをやっているのだから自由貿易協定への道は遠いだろう、少子高齢化であるが老人は負担ではなく資産と考えるべきではないか、等等、控えめな姿勢ながらもまさに鋭い洞察力に、参加者は大変深い印象を受けました。

 フォーラムの後、夕方の涼風の中、ホテルの庭に集まった参加者は、ビールやワインを飲みながら、さらに歓談を楽しみました。その中には、東アジアの地域協力において、SGRAのようなNGOの役割は大きいではないかという意見がありました。フォーラムでも示されたように、国家の違いを越えることができるのは、世界の人々と仲良くし平和な世界を作りたいという市民ひとりひとりの熱意による、ということがもっとも印象的でした。

<原文:F.マキト、編集:今西>



第7回フォーラム「地球環境診断:地球の砂漠化を考える」 Posted January 23, 2004 by imanishi
プログラムと発表資料
SGRAレポート第12号(PDF)

 2002年5月10日(金)午後6時半から8時45分まで、有楽町の東京国際フォーラム610号室にて、第7回SGRAフォーラム「地球環境診断:地球の砂漠化を考える」が開催されました。今回は、地球環境破壊、特に砂漠化(沙漠化)について、二つの対照的な研究、衛星写真情報の利用という大規模かつ最新鋭の理工学的研究と、現場のフィールドワークという地道な人文科学的研究が、約50名の参加者に紹介されました。

 まず、千葉大学環境リモートセンシング研究センター助教授の建石隆太郎博士より、「衛星データから広域の砂漠化を調べる」というタイトルで、様々な衛星画像データを紹介しながら、砂漠化とは何か、衛星データによるリモートセンシングの基本、衛星データによる砂漠化調査の方法、砂漠化地図化などについて、わかりやすく解説していただきました。そして、この研究は、重要な環境問題の一つである砂漠化の現状を、衛星データを利用してなるべく正しく把握することであり、各国の衛星によるデータをあわせて、より総合的に砂漠化を把握する国際的共同研究も進められていること、砂漠化を正しく把握するためには、どんなに高精度であっても衛星データだけでなく、地上の正確な地図、そして現場での実地調査が必要であり、広範囲な学際的研究が求められることを説明してくださいました。

 次に、SGRA研究員で、日本学術振興会外国人特別研究員・早稲田大学モンゴル研究所客員研究員のボルジギン・ブレンサイン博士から「フィールドワークでみる内モンゴルの沙漠化」というタイトルで、20世紀前半の満州国文献における内モンゴル地域の実態調査報告書の分析、追跡調査の結果、内モンゴル東部地域における農地化によって、いかに沙漠化が進んだかという研究を発表してくださいました。無理な開発と農業中心主義政策によって開墾が拡大され、ステップの保護層としての表土が傷められて、風化が進み、農業も牧畜もその存続すら危ぶまれる窮地に至っているというお話に、参加者はあらためて砂漠化の深刻さを認識しました。

 その後、限られた時間でしたが、SGRA「環境とエネルギー研究チーム」の高偉俊チーフ(北九州市立大学国際環境工学部助教授)の司会により、建石先生とブレンサインさんのおふたりに対して、質疑応答が行われました。今年は、北京やソウルがひどい黄砂の嵐にまきこまれ、北海道にも降って、中国内陸部の砂漠化が、より身近な問題として感じられたこと、地球の砂漠化に対する総合的な政策は殆ど発表されたことがないこと、内モンゴルの砂漠化がカシミヤ山羊の飼育や髪菜という珍しい食材の乱獲などが原因となっており、知らないうちに、私たちの日々の暮らしにも関連していること、などが指摘されました。そして「では、明日からもっと明るい気持ちで生きていくにはどうすれば良いでしょうか」という質問に、ブレンサインさんは「内モンゴルに旅行して、その土地の習慣や文化を知ってください」と答えました。

(文責:今西淳子)



第6回フォーラム「日本とイスラーム:文明間の対話のために」 Posted January 23, 2004 by imanishi
SGRAレポート第10号(PDF)

 2001年12月21日(金)午後5時半から8時まで、東京代々木上原のイスラム教モスク、東京ジャーミイにて、第6回SGRAフォーラム「日本とイスラーム:文明間の対話のために」が開催されました。参加者は、まず、SGRA研究員で東京ジャーミイ副代表のセリム・グランチさんの案内で、礼拝堂を含む施設の見学をしました。その後、1階の多目的ホールにて、東京ジャーミイ代表のジェミル・アヤズ様とSGRAを代表して今
西から挨拶があり、次に、セリムさんより、9月11日のテロ事件後、たくさんの報道人がインタビューにやってきたが、イスラムについて極めて限定的な知識しかもっていなかった。そこで「日本人の皆さんが人間を磨くために考えることは、ほぼイスラームの基本的な概念をなしている」と申し上げた、という短いコメントが披露されました。

 講演会では、日本のイスラーム学の権威、東京大学名誉教授の板垣雄三先生のお話を伺いました。先生は、まず、日本はイスラームを遠ざけて見ようとし、イスラーム世界は日本に親近感を抱いているが、何故そうなったのかという問題を提起されました。イスラームは、本来、宗教や文化の異なる多様な人々が共生し取引する「都市」を生きる生き方を教えてきた。このイスラームの多元主義的普遍主義に対して、欧米は、欧米対イスラームの対立にこだわり、イスラームを敵と決め付ける文明衝突論の伝統を抱えてきた。イスラーム世界の人々にとっては、欧米諸国に双肩する日本は憧れでもあり親しみも感じている。 

 一方、欧米のメガネを借りた日本人のイスラーム感は、しばしばこの思いを裏切る。正倉院御物の中にも見出されるように、日本とイスラーム世界との繋がりは非常に古い。また、現在の日本人は、日本の経済的繁栄の土台である化石燃料が、あたかも自動的にもたらされたもののように勘違いしている。日本社会は、イスラーム世界の日本に対する好意的な心情が、日本にとってかけがえのない資産だということに気づかなければならない。
 
イスラーム文明は、近代欧米文明の源泉である。日本の知識人がイスラームへの無知を口にするのは、実はよく知っていると思っている欧米への無知を告白しているにすぎない。世界人類を巻き込む現在の危機において、日本は欧米を通したイスラーム感から離脱し、日本独自の役割を演じなければならない。「多元的な都市」を生きるイスラーム文明本来のメッセージを評価して、イスラーム世界と文明的協力を進めていかなければならない、と訴えられました。

 その後、限られた時間でしたが、板垣先生とセリムさんのおふたりに対して、質疑応答が行われました。そして、トルコ料理の懇親会においても、おふたりの講師の先生は、参加者の熱心な質問に答えていらっしゃいました。雪まじりの雨が降る生憎の天気でしたが、トルコのお茶サーラップに始まったSGRAフォーラムに参加した76名の参加者は、温かくて明るいモスクの中で、イスラームの夕べを楽しみました。

(文責:今西)



第5回フォーラム「グローバル化と民族主義:対話と共生をキーワードに」 Posted January 23, 2004 by imanishi
SGRAレポート第9号(PDF)

 2001年10月1日(月)午後6時半〜8時45分、東京国際フォーラムガラス棟402会議室にて、SGRA第5回研究会「グローバル化と民主主義:対話と共生をキーワードに」が開催されました。46名の参加者は、まず、9月11日にニューヨークとワシントンで起きたテロリストの攻撃の犠牲者とその家族に黙祷をして追悼の意を表しました。

 その後、チベット文化研究所のペマ・ギャルポ所長が「民族アイデンティティと地球人意識」というタイトルで、「肌の色や宗教が違っても、人間は同じなんだ。」という、ご自身の体験に基づいた信念を迫力ある語り口でお話しくださいました。文革が終わり、一掃されてしまったチベット語の教師を外国から送り込むことになった時、その人たちを教育して、いつでも蜂起できるようにしよう、という提案に、ダライ・ラマ法皇はとても悲しい顔をされて、「私達が暴力で訴えたら、どうして中国政府を批判することができるだろう」とおっしゃった、というエピソードなどは、仏教の教えに根ざした平和主義の力強さを伝え、聞く者の胸に迫りました。多様な人々が共存していくためには、やはり普遍的な価値を確認しあうことが必要である。幸いにも、基本的人権など、それは国連憲章で定められている。しかしながら、そのような普遍的価値を押し付けるのではなく、相手に悟らせる。誰にも押し付けられなかったのに、文化や宗教が違っても、徐々に、たくさんの人が洋服を着るようになったように。少しずつ説いていけば、チベットのことを海外の人々が応援してくれるようになり、そして今は情報が限られている中国の一般の人たちの中にも応援してくれる人がでてくるようになり、やがて民族同士が対立するのではなく、お互いの文化や宗教を尊敬しあいながら、共存していくことができるようになるだろうと信じている、というお話は、「地球市民の実現」をめざすSGRAにとっても、とても力強い応援歌であ
りました。

 次に、香港から参加した東京大学法学研究科在籍でSGRA研究員の林泉忠さんが、「北京五輪と『中国人』アイデンティティ:グローバル化と土着化の視点から」と題してお話しくださいました。林さんは、まず、中国本土は「強い期待→大喜び」、香港では「まぁいいんじゃない→商機への期待」、台湾では「どうでもいい→台湾への影響を心配」、海外華人はさまざまと分類した後、1980年代半ば以降の「中華世界」アイデンティティの多様化を分析しました。そして、中国本土のナショナリズムの増強と本土以外の土着意識の顕在化から、「大陸」と「非大陸」へ二分化されていることを指摘しました。オリンピックの北京開催によって、大陸では@求心力の強化に一定の効果がありA台湾・香港への姿勢も強まる可能性もあるが、B今後の経済発展の持続と中央統制力の維持ができるかが鍵となるだろう。一方、非大陸では@五輪のみで中華世界の求心力が急速に強まることはなくA大陸の国力の増強が構造的に求心力を強める方向に導くがBキーポイントは大陸への政治帰属意識が増強できるかどうか(つまり大陸の民主化が進む
かどうか)ということだという結論を導きました。

 その後、SGRA地球市民研究チームの薬会チーフの司会で、フロアーとの質疑応答が為され、第5回研究会も盛会のうちに終わりました。

(文責:今西淳子)

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日韓未来アジアフォーラム


第4回共有型成長セミナー in マニラ報告 Posted May 16, 2006 by imanishi
SGRA「グローバル化と日本の独自性」研究チームチーフ
マックス・マキト

2006年4月18日(火)午後2時から5時まで、マニラ市にあるアジア太平洋大学(UA&P)のPLDTホールにて、UA&P・SGRA日本研究ネットワークの第4回セミナーが開催された。セミナーの主な目的はEADN(東アジア開発ネットワーク)やSGRAの支援を受けて行ったフィリピンの経済特区についての研究報告であった。経済特区管理局(PEZA)の積極的な支援をいただいて、予想を上回る71名の参加者があった。

まず、アジア太平洋大学のヴィリイェガス常任理事より開会挨拶があり、効率性だけではなく所得分配も重視する開発戦略、いわゆる共有型成長が必要であることが強調された。

研究報告は経済学部長のピーター・ユー教授が分析枠組みの説明をし、その後に、私が実証研究報告を行った。この研究は数年前から続けており、今年は対象期間と特区の範囲を拡大したが、以前の研究結果がこの拡大した研究でも立証された。つまり、雇用の安定性、現地調達の割合、日本経済との統合が高ければ高いほど輸出生産性が高まるという結果が得られたのである。要するに、私たちの研究結果が示しているのは、共有型成長を目指すことは経済特区の効率性に貢献するということである。

最後の報告として、トヨタ(フィリピン)産業関係部のジョセプ・ソッブルベガ部長より、トヨタ経済特区におけるクラスタ化の活動についての発表があった。クラスタ化は現地の中小企業の育成を目指す活動であり、私たちの研究で取り上げた現地調達との関係が深い。このような活動にトヨタが力を入れていることは大歓迎である。セミナーの後、ジョセプ氏は、私たちの研究を聞いて初めて彼の活動のマクロ的な意味を把握できたと言ってくれた。今後もお互いに連絡を取り合うことになった。

その後、会場からの意見を聞いた。UA&P・SGRA日本研究ネットワークの将来的な活動として、NGOとしての第三者の視点を持ちながら、企業と政府の間の話し合いの場が提供できればと思う。最後に、今西淳子SGRA代表が、閉会の挨拶の中で、日本とフィリピンの友好50周年記念の活動のひとつとして、このセミナーを開催できたことに対し関係者の皆さんに感謝の意を伝えた。



日韓アジア未来フォーラム in ソウル報告 Posted November 22, 2005 by imanishi
第5回日韓アジア未来フォーラム「東アジアにおける韓流と日流:地域協力におけるソフトパワーになりうるか」が韓国高麗大学仁村記念館にて11月4日(金)に開催された。前回のフォーラムのテーマを広げ、これまでの東アジア国際関係史に見られなかった画期的な出来事である韓流と日流の文化経済的・国際的意義について考えるフォーラムであった。日韓アジア未来フォーラムは、SGRAと韓国未来人力研究院が共同で2001年より進めてきている日韓研究者の交流プログラムで、毎年交互に訪問しフォーラムを開催している。

韓国未来人力研究院の院長、高麗大学の李鎮奎(イ・ジンギュ)教授による開会の挨拶に続き、ソウル大学人類学科の全京秀(ジョン・ギョンス)教授が「いわば韓流文化論の可能性と限界」という演題で基調講演を行った。 全教授は韓流文化論の可能性と限界について、文化論は技術−組織−観念の三拍子がうまくかみ合うときに成り立つものであるとしたうえで、韓流文化論においてみられる三拍子間の格差、すなわち文化遅滞(cultural lag)現象は韓流の衰退につながる恐れがあると指摘した。このような認識から韓流と日流をめぐる文化論は窮極的には自分を見出す鏡探しであり、三拍子がうまくかみ合ういい鏡を探すべきであると力説した。

基調講演に引き続き韓国中央大学の孫烈(ソン・ヨル)氏の司会で第一セッション「文化交流現象としての韓流と日流」が始まった。最初の発表者である富山大学の林夏生(はやし・なつお)氏は、日韓文化交流政策の政治経済について発表した。韓流と日流が一般にはまるで「最近になって唐突に」出現した現象のように受け止められているが、実は「そうではない」とし、政策的には規制されながらも、海賊版が大量に流通するなど非公式な側面も含む「文化交流現象」が存在したこと、そしてそれへの対応がせまられたこともまた、近年の急激な変化をもたらす重要な要因のひとつであったと指摘した。

『韓国を消費する日本』 という著書が韓国で注目されている延世大学社会学科博士課程の平田由紀江(ひらた・ゆきえ)さんは「食の韓流」というテーマで発表を行った。韓国側の代表ということで日本人でありながらも流暢な韓国語で発表した。平田さんは日本国内における韓国食文化の形成が在日韓国・朝鮮人の移動土着化によるものであるとすれば、最近の韓国飲食の象徴的な意味の変化は両国間のいろいろな双方向的な交流によるものであると主張した。そして韓国ドラマ「ジャングム」に触発された韓国「伝統」飲食に対する関心などの社会現象を調べ、人的流れおよびメディアの流れと日本国内の韓国飲食との関係を考察し、日本国内の韓国飲食文化に現れている変形されたナショナリズムとその多層的意味について論じた。

「香港のハヤシ」さんである琉球大学法文学部の林泉忠(リム・チュアンティオン)氏は、「哈日」や「韓流」のいずれも、意外に知られていないかもしれないが、中華圏で始まってまた現在も中華圏を中心に、東アジア全体そして東南アジアの一部まで拡大してきている現象であると指摘した。そして「哈日」と「韓流」現象は中華圏のどこから動き始め、如何に中華圏全体に拡大して変遷してきたか、それぞれの特徴と中華圏内外への影響ついて見解を述べた。

第一セッションの3人の発表が終わり、「韓国のハヤシ」さんである全北大学東洋語文学部の林慶澤(イム・ギョンテク)氏と延世大学社会学科の韓準(ハン・ジュン)氏はそれぞれ文化人類学、社会学の観点から理論的なコメントを兼ねた討論を行った。

休憩を挟んで第二セッションでは国民大学の 李元徳氏の司会で「東アジア地域協力における韓流と日流」というテーマについて議論が行われた。ベトナム社会科学院人間研究所のブ・ティ・ミン・チーさんは、ベトナムにおける日本ブーム・韓国ブームについて、日本ブームと韓国ブームは、日韓両国ともに過去にベトナムに与えた悪い印象を解消し、しだいにいい印象をもたらすようになったと指摘した。そしてこうした文化的交流はソフトパワーとなって、物的・人的交流につながる経済的・社会的インパクトを与えてきたと肯定的に捉えた。

NHKエンタープライズの山中宏之(やまなか・ひろゆき)氏は、「東アジアにおけるエンターテインメント相互交流」について、東アジア各国でライブを開催した経験を紹介し、今後の東アジアのエンターテイメント相互交流の展望を探った。また、北京のテレビ局で仕事をしていた時に見た、大金をかけてプロジェクトをする日本対し、草の根から人脈を築いていた韓国のやり方が今の韓流を導いたと語った。

最後の発表者として韓国情報文化振興院の趙k俊(ジョ・ヨンジュン)氏は、「デジタル韓流のブルーオーシャン」について、時の経過によりレッドオーシャン(既存市場)に変貌しているIT産業の熾烈な競争の中で、韓国がどうすればレッドオーシャンでの優位を保ち、ブルーオーシャンを創出できるか、その解決策を提示した。また、次第に立場が縮小しているように思われる韓流との総合的な比較分析を通じ、「デジタル韓流」が韓流の新たな可能性であることを逆説した。

第二セッションの3名による発表が終わり、東京大学の木宮正史氏とグローカル・カルチャー研究所の高煕卓(コウ・ヒタク)氏による討論で第2セッションが幕を閉じた。その後、ディスカッションはフロアーに開放されたが、同時通訳を入れても5時間にも及ぶ長い会議で議論が尽くされたためか、述べ80名にも及ぶ参加者の中からコメントや感想は寄せられなかった。

最後にSGRA代表の今西さんによる閉会の挨拶では、日韓アジア未来フォーラムが内容と形式両面において立派なものに一歩前進を見せたことについてのお祝いの言葉があり、拍手で締め括られた。フォーラムの講演録は、日本語版とハングル版でそれぞれ発行される予定である。尚、今西さんから、次回の日韓アジア未来フォーラムについて、「環境」をテーマに東京か軽井沢で開催しましょうという提案があった。(文責:金雄煕)

SGRA運営委員の足立さんが撮った写真のアルバムをご覧ください。



F.マキト「マニラレポート in 香港&広州」 Posted November 10, 2005 by imanishi
「マニラ・レポートin香港・広州 2006年11月1日―7日」
SGRA「グローバル化の中の日本の独自性」研究チームチーフ
フィリピンアジア太平洋大学研究助教授
マックス・マキト

一週間にわたった香港・広州での二つのフォーラムは結構気分転換になった。日本にいると、どうしても日中韓米に関する課題に埋まってしまうが、これらのフォーラムに参加したら、よりASEAN、そして一つの塊ではない中国がもっと見えてきたという気がした。

第1回のフォーラムは香港で開催され、EADN(東アジア開発ネットワーク)の研究助成を受賞した代表者がそれぞれの中間報告を行なった。香港、中国、日本、オーストラリア、インドネシア、フィリピン、シンガポール、マレイシア、ベトナム、カンボジアからの研究者(殆ど局長クラス)からコメントを受けた。このフォーラムでは、開発経済学か政治経済学の若手研究者を支援するというEADNの目的を達成するための主催者の懸命な努力が伺えた。フォーラムの間は殆ど缶詰状態だったので、参加者のそれぞれの母国の事情を知る機会が多かった。最近の動きをあまりファローしていなかったが、母国に近い地域の問題なので楽しく皆の話を聞いて参加できた。

フィリピンのUA&P(アジア太平洋大学)とSGRAの共同研究テーマは、フィリピンの経済特区を通していかに雁行形態ダイナミックスなどを利用して共有型成長を実現できるかということである。今年の夏のSGRAフォーラムin軽井沢で紹介した時、参加者の皆さんは前向きに受け入れてくれたが、香港のフォーラムではこのダイナミックスについて多少抵抗を感じた。幸いに、日本の円借款を扱っているJBIC(国際協力銀行)が、EADNの研究活動に対して関心を示しており、代表を二人も派遣していた。具体的に4つの研究テーマに対して、JBICは関心があるという。そのなかの二つ、つまり「産業化における政府の役割」と「輸出促進」とは我々の共同研究と非常に関係していると、同行したUA&Pのユー先生と私は気がついた。実際、JBICの代表の方々は、協
力的な態度で応対してくれたので、今後の可能性を探っている。

第2回のフォーラム(同時通訳つき)の初日は香港で開催されたが、その夜から広州に移動した。バスに乗ったらガイドが「皆さん、これから『一国二制度』を実感していただきます」と言うのでわくわくした。要するに、国内の「国境」のチェックを2回(香港側と中国側)するし、中国人でも香港人でも許可がなければ「国境」を通れないということである。金曜日の夜で普段より人の移動が多いが、我々は運良く、楽々通ることができた。そこからは、殆ど高速道路だった。中国の高速道路の総距離はアメリカに匹敵するものになってきたとのことだ。

このフォーラムでは、中国の汎珠江デルタ+ASEANの構想を中心に討議した。この構想は「9+2+10」と呼ばれている。「9」は中国華南地域の9省・自治区(福建、江西、湖南、広東、広西、海南、四川、貴州、雲南)を指し、「2」は2の特別行政区(香港、澳門)を指し、「10」はASEANの加盟国を指す。つまり、9+10+2=10+1という構想で、ASEANと中国との経済連携を実現するための具体的な戦略である。テレビ取材の対象になったフォーラムの初日の発表者は、この汎珠江デルタを「竜の頭」と呼んでいた。東南アジアの参加者から「食べられちゃうよ」という反応もあったが、むしろ、「いかにこの竜の頭に上手く乗るか」が参加者の関心事だったといえよう。

第1回のフォーラムには、フィリピンから他に5人の社会科学者が参加していたが、第2回のフォーラムではなぜか私しか残らなかった。ASEANの参加者は皆積極的に発言していたのでフィリピン唯一の代表として私も最後に以下のように発言した。

様々な報告を聞くと、東アジアのこの構想のなかにもフィリピンはやはり出遅れているではないかという気がする。9+2+10よりは9+2+9(フィリピン抜き)だと受け止めている。ただ、皆さんには、私の母国がこの構想に対して興味がないと誤解しないようにお願いしたい。本当は大変関心を持っている。具体的な提案をさせていただくと、このフォーラムの一つの印象的な言葉は「GATEWAY」、つまり、ASEANと中国を繋ぐ「門」であるが、フィリピンの西側、ASEANの真中にいくつかの島があって、英語ではSPRATLEY ISLANDSと呼ばれている。当フォーラムでも重要とされたエネルギー(石油)と関係しているSPRATLEY ISLANDSは、中国を含めていくつかのASEAN諸国の奪い合い合戦の対象にもなっている。私は中国の字はあまりしらないが(12.5%中国の血がはいっているのに)、CRISIS(危機)という中国の字は
OPPORTUNITY(機会)の字と同じであるということが、フィリピンではよく知られている。例の島々が中国とASEAN諸国との「対立の源」から「協力の象徴」に変換すれば、我々は本物の9+2+10の方向にもっと早く進めるではないかという気がする。

会場は前向きにこの発言を受け入れてくれたようだった。私は、誰にも負けないほど積極的にSGRAの名刺を交換した。懇親会では「BROTHER」と私を呼んでくれた広東の研究所のかたと親しくなったので、今後、フィリピンを含めた共同活動の可能性を探っている。

東京に無事に帰ったら、更にUA&Pの共同研究チームの先生から嬉しいメールを受けた。我々の研究論文がEADNの傘下組織であるGDN(グローバル開発ネットワーク)のメダルの準決勝戦の候補に選ばれたのだ。この論文はEADNに提出したものの拡大版であり、UA&Pの代表者(プロジェクト・リーダーのテロソ博士)が一人、GDNの支援を受けて、2006年1月にST.PETERSBURGのGDN会議で派遣されることになった。EADNのフォーラムのようにできれば私も行こうと考えている。
(2005年11月10日)



第4回日韓アジア未来フォーラム・第18回SGRAフォーラム「韓流・日流:東アジア地域協力におけるソフトパワー」 Posted March 2, 2005 by imanishi
第4回日韓アジア未来フォーラム・第18回SGRAフォーラム「韓流・日流:東アジア地域協力におけるソフトパワー」が東京国際フォーラムで2月20日(日)に開催された。これまでの日韓交流史に見られない画期的なできごとである韓流の意義について考えるフォーラムであった。日韓アジア未来フォーラムは、2001年より始めた韓国未来人力研究院と共同で進めている日韓研究者の交流プログラムで、毎年交互に訪問しフォーラムを開催している。

 SGRAを代表して今西淳子さんによる開会の挨拶に続き、韓国未来人力研究院の院長、韓国高麗大学の李鎮奎(イ・ジンギュ)教授(自称、ジン様)が「韓流の虚と実」という演題で基調講演を行った。日本における韓流ブームを時代別の事例と日本と韓国双方の分析を用いて検証し、日本での韓流ブームの原因をドラマ・中心層・日本人の意識的変化という観点から説明した。また、韓国ではなぜ日流ブームは起こらないのかという疑問点を歴史的認識と日本側の市場開拓戦略という面から説明した。さらに韓流ブームにおける危険性として韓流による韓国での文化経済主義的な視点、文化民族主義的視点への警戒を述べた。

 基調発表に引き続き日本富山大学の林夏生(はやし・なつお)氏は、日韓文化交流政策の政治経済について発表した。韓流・日流が一般にはまるで「最近になって唐突に」出現した現象のように受け止められているが、実は「そうではない」とし、政策的には規制されながらも、海賊版が大量に流通するなど非公式な側面も含む「文化交流現象」が存在したこと、そしてそれへの対応がせまられたこともまた、近年の急激な変化をもたらす重要な要因のひとつであったと指摘した。

 自由に生きていきたいと叫ぶ韓国の新世代文化評論家の金智龍(キム・ジリョン)氏は「 冬ソナで友だちになれるのか」とやや刺激的な演題で発表した。自分の言いたいことは前の講演で言われてしまったとし、アドリブで30分ほどの発表をこなした。多年間にわたる日本での文化体験に基づきながら、今の韓流ブームは一方的な文化流入に對する反感を和らげる役割を十分に果たしているし、韓國の若者たちが日本文化を楽しむことに対するいかなる批判も根據や理屈を失うことになるとした。日本文化であれ、韓國文化であれ、文化を共有することはお互いの理解を深めるになり、韓流ブームをきっかけとし、日韓両国の人がもっと親しみを感じて友だちになることにつながると言い切った。

 休憩を挟んで発表者を含めて5人のパネリストによるパネルディスカッションが行われた。内閣府参事官(元在韓国日本大使館参事官)の道上尚史(みちがみ・ひさし)氏は、政府の見解ではないという前提で、「文化、ソフトパワーと新日韓関係」について討論し、「こぐのをやめると自転車は倒れる」、「はやりすたれに任せるには、日韓関係は重要すぎる」という含みのあるメッセージを伝えた。

韓国国民大学(東京大学客員教授)の李元徳(イ・ウォンドク)氏は「韓流と日韓関係」について、韓流・日流は明るい将来の日韓関係を示すシンボルであるとしながら、早急な楽観論は警戒すべきと指摘した。

 最後に東京大学の木宮正史(きみや・ただし)氏は日韓関係の構造的変容のなかで韓流現象を捉え、韓流は単なるブームだけではなく、日韓関係の緊密化という構造変容によって支えられているものであると指摘した。

 その後、ディスカッションはフロアーに開放され、70名にも及ぶ参加者の中からコメントや感想が寄せられた。ジャーナリストの櫻井よしこ氏からは李元徳氏と木宮正史氏に対北朝鮮政策や歴史教科書問題について「攻撃的」質問もあり、一瞬「戦雲」が場内をおおう場面もあった。予定より25分遅れてフォーラムは終了し、フォーラムの最後に韓国未来人力研究院の宋復(ソン・ボク)理事長による閉会の挨拶が行われた。「ジュン様(姫?)」と「ジン様」のご協力で立派なフォーラムができたことについてのお祝いの言葉と拍手で締め括られた。

 尚、今西さんから、次回の日韓アジア未来フォーラムは今回のフォーラムの成果を踏まえ、日本における韓流、韓国における日流 、そしてアジアにける韓流と日流をアジアの視点から幅広く論じる形で2005年10月韓国で開催しようと呼びかけがあった。(文責:金雄煕)

当日、SGRA運営委員の許雷さんが撮った写真を集めたアルバムをご覧ください。



第1回UA&P−SGRAセミナー「共有された成長をめざせ」 Posted April 2, 2004 by imanishi
第1回UA&P−SGRA経済セミナー報告

昨年のフィリピン・アジア太平洋大学(UA&P)とSGRAの共同研究(日比自由貿易協定の準備調査−フィリピン政府宛の内部報告)に続いて、最初の一般公開の共同事業となった経済セミナーが、2004年3月26日(金)午後1時半から5時まで、マニラ中心部にあるUA&PのPLDT会議室で開催された。テーマは「共有された成長を目指せ:フィリピン経済特区日系企業を通して効率性と平等性の向上を探る」。SGRA側は今西淳子代表とF.マキト研究員とSGRAフィリピンのボランティアスタッフが5名参加した。

開会挨拶で今西代表がSGRAやマキト研究員や渥美財団を紹介してから、在日フィリピン人についてのデータを紹介した。日本にはフィリピン人が大勢居るのに留学生は少ない。英語ができるしアメリカ文化にも親しみをもっているので留学先がほとんど英米になるであろう。セミナーの前、UA&Pのラウンジでのランチで「日本への留学したいフィリピンの若者はいるが、どうやっていけばいいかわからない」という指摘があったが、それが十分な理由かどうか、いまだに疑問に思う。

その後、4名のエコノミストが30分間ずつ発表した。最初に、SGRAとの調整役を果たしてくれた、UA&P産業研究科のディレクター、ピーター・ユー博士がフィリピンの電子産業と自動車産業について発表した。電子産業より自動車産業のほうが待遇的政策の対象になっているにもかかわらず、電子産業のほうが輸出によって外貨を多く稼いでいるという問題提起をした。

次に、マキト博士がセミナーのテーマ中心でもあるフィリピン経済特区について発表した。特区はフィリピンの二つのダイナミックスが収斂していると指摘してから22ヶ所の特区を比較した。予備調査によれば、トヨタに任せている特区は一番効率的であることが判明したという。最後に、富の配分の平等化がフィリピンの地方に広がっていることがわかるが、これは成長とともに自動的に発生したものではないことを指摘した。

その次に、UA&Pの副総長のベルナルド・ビリエガス博士はフィリピンの今後の5年間の展望について語った。今年の5月の大統領選挙で誰が大統領になっても、いつものようにフィリピンの政治は無視すれば良い、という楽観的な見方を明らかにした。企業がリスク管理をきちんと行えば、自分の強みと弱みを認識して置かれた環境の脅威と機会に巧みに対応できるはずだ。(フィリピンの難しい環境でも、トヨタは効率的なビジネスができることが比較分析でわかったように。)将来性のあるフィリピン産業を取り上げながら、ASEANと中国の経済関係が今後さらに強くなることを予想した。

15分間の休憩の後、UA&Pのビック・アボラ教授が中国ファクターについて発表した。ビリエガス博士同様、中国はフィリピンにとって脅威よりは機会であることを強調した。対中国のフィリピンの輸出と対フィリピンの中国の輸出の品目を詳細に分析した結果、フィリピンと中国とが競争する品目があまりないことが判明した。この品目データの時系列的な変化をみても、同じ結果が得られるという。

最後に、オープン・フォーラムでセミナーの参加者との質疑応答があった。経済特区に入っている日系企業の日本人とフィリピン人から、それぞれの見方を分かち合ってもらって、今後の研究への貴重な示唆をいただいた。フィリピンの経済特区管理局からの参加者(政策企画部)には、引き続きご協力いただくよう呼びかけてもらった。

参加者からのアンケートによると、セミナーについての好意的な反応が多く、次回のセミナーにも招いてもらいたいという回答が圧倒的に多かった。セミナーでの発表は英語で行われたが、それと同時に日本語のスライドと配布資料を使った。これが自分か自分の組織の日本人にとって役に立つという回答が得られた。この方法とこのテーマでUA&P−SGRA共同セミナーをまた開催しようという励みになった。

(文責:F.マキト)



第3回日韓アジア未来フォーラム「アジア協同体にむけた日韓の役割」 Posted January 21, 2004 by imanishi
平川均、孫洌、金雄熙、F.マキト、木宮正史、李元徳
2003年10月21日〜22日
未来人力研究院研修館会議室(韓国陽平)

第3回日韓アジア未来フォーラム「アジア共同体構築に向けての日本および韓国の役割について」がソウル市から車で約2時間の陽平(ヤンピョン)で10月21日と22日に開催された。このフォーラムは、韓国未来人力研究院/21世紀日本研究グループと、渥美財団/SGRAの共同事業で、毎年相互に訪問し、フォーラムを開催している。陽平は、日本でいえば軽井沢のような町で、その山奥に今回のホストの未来人力研究院の研修館があり、雨あがりで霧に覆われた山を眺めながらフォーラムの前半が始まった。

今回のフォーラムのSGRA側の担当「グローバル化のなかの日本の独自性」研究チームの顧問、名古屋大学の平川均教授が東アジア全体の観点からフォーラムのテーマについて基調講演を行った。北東アジアの課題から東アジア(北東アジア+ASEAN)の課題の時代への移行は可能であるかどうか、東アジアのアイデンティティについて検討し、日本に対しては、大東亜共栄圏論を越える東アジア概念の構築とその実践という課題を、韓国に対してはASEANとの関係強化と東アジア共同体論の推進者という役割を指摘した。

韓国中央大学の孫洌氏は「東アジア・東北アジア経済共同体構想と韓国」について発表した。韓国が「東北アジア経済中心」を目指していくうえで、もっとも重要なのは、韓国が考えている空間的な枠組みに日本と中国をどうやって組み入れるかということだと指摘した。SGRA研究員で仁荷大学の金雄熙氏は「日・中・韓IT協力の政治経済」について発表した。東北アジアにおいてITの分野で韓国が推進的な役割を果たし、世界のITリーダーである米国に国際標準が取られないように、東北アジア3カ国間の協力体制の構築を訴えた。SGRA研究員で名古屋大学客員研究員のF.マキト氏は、フォーラムで初めての東南アジアからの参加者として「アジア開発銀行の独自性研究:その概観」について発表した。東アジアで多様性を維持する日本の役割・責任を、アジア開発銀行を事例として取り上げた。

ここで第1日目のフォーラムは終了したが、その後も、陽平の寒い夜にもかかわらず、韓国の焼肉バーベキューとSPIRITで体を温めながら、日本からの留学生を含む学生達も一緒に、遅くまで議論がはずんだ。

翌朝は、韓国風の朝食の後、今回のゲスト講師の東京大学の木宮正史氏が「韓国外交のダイナミスムと日韓関係:公共材としての日韓関係の構築に向けて」について発表した。東北アジアが共有する様々な分野において市場を超えるような問題に対応できる日韓協力の必要性と難点を指摘した。最後に、21世紀日本研究グループの代表で、韓国国民大学の李元徳氏が「北東アジア共同体の構築と北朝鮮問題」について発表した。この地域の安全保障において最重要課題である北朝鮮、それに対する6カ国協議を評価し、これからの展開について検証した。その後、参加者からコメントや感想が寄せられ、フォーラムは午前11時半に終了した。

来年の日韓アジア未来フォーラムは、「東アジアの安全保障と世界平和」研究チームが担当し、来年の7月に軽井沢で開催する予定である。

(文責:F.マキト)



第2回日韓未来アジアフォーラム「動揺する日本の神話」 Posted January 21, 2004 by imanishi
李元徳、孫洌、韓準、林慶澤、金雄熙、金顕真 
2002年7月19日
鹿島建設軽井沢研修センター会議室
詳しくはこちらへ



第1回日韓アジア未来フォーラム「21世紀東アジア研究」 Posted January 21, 2004 by imanishi
林慶澤、南基正、ボルジギン・ブレンサイン、林泉忠、李元徳
2001年10月23日 
未来人力研究院研修館会議室(韓国陽平)
詳しくはこちらへ

21世紀東アジア研究フォーラム
〜第1回合同ワークショップ〜

2001年10月23日(火)午後6時より、SGRA・渥美財団と韓国の21世紀日本研究グループ・未来人力研究院の共同プロジェクトである、第1回21世紀東アジア研究フォーラムが、韓国京畿道陽平にある未来財団修練館大会議室で開催されました。まず、最初にSGRAの嶋津忠廣運営委員長から、SGRAについての説明がありました。その後、金雄熙氏(仁荷大学経済通商
学部専任講師、1996年度渥美奨学生)の司会により、下記の研究発表があり、参加者は、様々な角度から日本を中心とした東アジアの諸問題を考えました。 
 
1.林 慶澤(ソウル大学校比較文化研究所) 
教育制度に現われる日本的文化の風土―文化変容の観点から

2.南 基正(東北大学法学研究科)
再軍備ナショナリズムの出現と展望
     ―朝鮮戦争期、右翼・旧軍人の動きを中心として21世紀東アジア研究フォーラム
〜第1回合同ワークショップ〜

2001年10月23日(火)午後6時より、SGRA・渥美財団と韓国の21世紀日本研究グル
ープ・未来人力研究院の共同プロジェクトである、第1回21世紀東アジア研究フォーラムが、
韓国京畿道陽平にある未来財団修練館大会議室で開催されました。まず、最初にSGRAの嶋津忠
廣運営委員長から、SGRAについての説明がありました。その後、金雄熙氏(仁荷大学経済通商
学部専任講師、1996年度渥美奨学生)の司会により、下記の研究発表があり、参加者は、様々
な角度から日本を中心とした東アジアの諸問題を考えました。 
 
1.林 慶澤(ソウル大学校比較文化研究所) 
教育制度に現われる日本的文化の風土―文化変容の観点から

2.南 基正(東北大学法学研究科)
再軍備ナショナリズムの出現と展望
      −朝鮮戦争期、右翼・旧軍人の動きを中心としてー

3.ボルジギン・ブレンサイン(早稲田大学大学院文学研究科)
20世紀前半のモンゴルのナショナリズムと日本

4.林 泉忠(東京大学大学院法学研究科)
グローバル化と「沖縄ナショナリズム」のジレンマ

5.李 元徳(国民大学国際学部)
日韓関係の争点と今後の課題

その後、参加者は、LAカルビやサンギョプサルのバーベキューと、韓国ビールや焼酎やバクダンを楽しみながら、朝4時半まで熱い議論を交わしました。次回は、来年7月に軽井沢での再会を期して、初めての日韓共同事業であるフォーラムは、盛会のうちに終わりました。

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SGRAレポート第35号「ごみ処理と国境を越える資源循環:私が分別したゴミはどこへ行くの?」 Posted March 6, 2007 by imanishi
SGRAレポート第35号


第24回フォーラム講演録「ごみ処理と国境を越える資源循環:私が分別したゴミはどこへ行くの?」2007年2月10日発行

------- もくじ ---------------

【講演1】
「廃棄資源の国際間移動の現状と課題:アジアを中心として」
 鈴木 進一(潟Gックス都市研究所 取締役)

【講演2】
「EUの再生資源とリサイクル:ドイツを中心として」
 間宮 尚(鹿島建設葛Z術研究所上席研究員)

【講演3】
「アジアにおける家電リサイクル活動に関する調査報告」
 李 海峰(北九州市立大学、SGRA研究員)

【講演4】
「廃棄物問題と都市の貧困:マニラ貧困層のコミュニティ資源の活用」
 中西 徹(東京大学総合文化研究科教授)

【パネルディスカッション】
 進行:高偉俊(北九州市立大学助教授、SGRA研究チーフ)
 パネリスト:
  鈴木 進一(潟Gックス都市研究所 取締役)
  間宮 尚(鹿島建設葛Z術研究所上席研究員)
  李 海峰(北九州市立大学、SGRA研究員)
  中西 徹(東京大学総合文化研究科教授)
  外岡 豊(埼玉大学経済学部社会環境設計学科教授)



SGRAレポート第34号「日本人と宗教:宗教って何なの?」 Posted November 17, 2006 by imanishi
SGRAレポート第34号
第23回フォーラム講演録「日本人と宗教:宗教って何なの?」、2006年11月10日発行

---もくじ-----------------

【基調講演】「日本人にとっての『宗教』と『宗教のようなもの』」島薗 進(しまぞの・すすむ)東京大学教授(宗教学専攻)

【パネリスト自己紹介】「日本と宗教と私」

○日本と神道
ノルマン・ヘィヴンズ (國學院大學神道文化学部助教授)

○日本人と仏教
ランジャナ・ムコパディヤーヤ
(名古屋市立大学大学院人間文化研究科助教授、SGRA研究員)

○日本人とキリスト教
ミラ・ゾンターク (富坂キリスト教センター研究主事、SGRA研究員)

○日本人とイスラーム教
セリム・ユジェル・ギュレチ (イスラム文化センター事務総長)

【パネルディスカッション】「日本人と宗教」



SGRAレポート第33号「戦後和解プロセスの研究」 Posted November 17, 2006 by imanishi
SGRAレポート第33号
第22回フォーラム講演録「戦後和解プロセスの研究」、2006年7月10日発行

---もくじ-----------------

【講演1】「戦後和解:英国との関係修復を中心に」小菅信子(こすげ・のぶこ)山梨学院大学法学部教授

【講演2】「花岡和解研究序説」李 恩民(り・えんみん)桜美林大学国際学部助教授、SGRA研究員

【フロアーとの質疑応答】



SGRAレポート第32号「日本は外国人をどう受け入れるべきか:留学生」 Posted June 2, 2006 by imanishi
SGRAレポート第32号
第21回フォーラム講演録「日本は外国人をどう受け入れるべきか:留学生」横田雅弘、白石勝己、鄭仁豪、K.スネート、王雪萍、黒田一雄、大塚 晶、徐 向東、2006年4月10日発行

---もくじ-----------------

【ゲスト講演1】「アジア諸国の留学生事情と日本のこれから」横田雅弘(よこた・まさひろ)一橋大学留学生センター教授、JAFSA副会長

【ゲスト講演2】「外国人学生等の受入れに関する提言:留学生支援活動の現場から」白石勝己(しらいし・かつみ)アジア学生文化協会、SGRA会員

【研究報告1】「韓国人元留学生は日本での留学をどう評価しているか:日・欧米帰国元留学生に対する留学効果の比較から」鄭 仁豪(チョン・インホ)筑波大学大学院人間総合科学研究科助教授

【研究報告2】「日米留学の実態から日本の留学生受け入れ態勢を検証する:タイ人留学研究者の追跡調査を踏まえて」カンピラパーブ・スネート 名古屋大学大学院国際開発研究科講師

【研究報告3】「改革・開放後中国政府派遣の元赴日学部留学生の日本認識」王 雪萍(ワン・シュエピン)慶応義塾大学政策メディア研究科博士課程

【パネルディスカッション】
進行:角田英一(アジア21世紀奨学財団常務理事、SGRA顧問)
横田雅弘(一橋大学留学生センター教授、JAFSA副会長)
白石勝己(アジア学生文化協会、SGRA会員)
黒田一雄(早稲田大学大学院アジア太平洋研究科助教授)
大塚 晶(朝日新聞社会部)
徐 向東(キャストコンサルティング代表取締役、SGRA研究チーフ)



SGRAレポート第31号「東アジアの経済統合:雁はまだ飛んでいるか」 Posted June 2, 2006 by imanishi
SGRAレポート第31号
第20回フォーラム講演録「東アジアの経済統合:雁はまだ飛んでいるか」渡辺利夫、平川均、トラン・ヴァン・トウ、範建亭、白寅秀、エンクバヤル・シャグダル、F.マキト、2006年2月20日発行

---もくじ-----------------

【基調講演】「東アジア共同体への期待と不安」渡辺利夫(わたなべ・としお)拓殖大学学長

【ゲスト講演】「東アジアの雁行型工業化とベトナム」トラン・ヴァン・トウ 早稲田大学教授

【研究報告1】「中国家電産業の雁行型発展と日中分業」範 建亭(はん・けんてい)上海財経大学助教授、SGRA研究員

【研究報告2】「韓・中・日における分業構造の分析と展望:化学産業を中心として」白 寅秀(ペク・インス)韓国産業資源部産業研究院副研究委員、SGRA研究員

【研究報告3】「モンゴルの経済発展と東北アジア諸国との経済関係」エンクバヤル・シャグダル 環日本海経済研究所研究員

【研究報告4】「共有型成長を可能にする雁行形態ダイナミクス:フィリピンの事例」フェルディナンド・マキト フィリピン・アジア太平洋大学研究助教授、SGRA研究員

【パネルディスカッション】

【総括】平川 均(ひらかわ・ひとし)名古屋大学教授、SGRA顧問



SGRAレポート第30号「東アジア文化再考:自由と市民社会をキーワードに」 Posted June 2, 2006 by imanishi
SGRAレポート第30号
第19回フォーラム講演録「東アジア文化再考:自由と市民社会をキーワードに」宮崎法子、東島誠 2005年12月20日発行

---もくじ-----------------

【ゲスト講演1】「中国山水画の住人たち:『隠逸』と『自由』の形」宮崎法子(みやざき・のりこ)実践女子大学文学部教授

【ゲスト講演2】「東アジアにおける市民社会の歴史的可能性」東島 誠(ひがしじま・まこと)聖学院大学人文学部助教授




レポート第29号「韓流・日流―東アジア地域協力におけるソフトパワー―」李 鎮奎、林 夏生、金 智龍、道上尚史、木宮正史、李 元徳 Posted September 26, 2005 by imanishi
SGRAレポート第29号
第18回フォーラム講演録「韓流・日流―東アジア地域協力におけるソフトパワー―」李 鎮奎、林 夏生、金 智龍、道上尚史、木宮正史、李 元徳
日本語版 2005年5月20日

---もくじ-----------------

【ゲスト講演】「韓流の虚と実」李 鎮奎(イ・ジンギュ)未来人力研究院院長、高麗大学経営学部教授、SGRA顧問

【主題発表1】「日韓文化交流政策の政治経済学」林 夏生(はやし・なつお)富山大学人文学部国際文化学科助教授

【研究報告2】「冬ソナで友だちになれるのか」金 智龍(キム・ジリョン)文化評論家

【パネルディスカッション】
進行:金 雄熙(キム・ウンヒ)仁荷大学助教授、SGRA研究員
パネリスト:講演者3名に加えて
   道上尚史(みちがみ・ひさし)内閣府参事官(元在韓国日本大使館参事官)
   木宮正史(きみや・ただし)東京大学大学院総合文化研究科助教授
   李 元徳(イ・ウォンドク)国民大学副教授 




レポート第28号「日本は外国人をどう受け入れるべきか―地球市民の義務教育―」宮島 喬、ヤマグチ・アナ・エリーザ、朴 校煕、小林宏美 Posted September 26, 2005 by imanishi
SGRAレポート第28号
第17回フォーラム講演録「日本は外国人をどう受け入れるべきか―地球市民の義務教育―」宮島 喬、ヤマグチ・アナ・エリーザ、朴 校煕、小林宏美
日本語版 2005年7月30日

---もくじ-----------------

【ゲスト講演】「学校に行けない子どもたち:外国人児童生徒の不就学問題」宮島 喬(立教大学社会学部教授)

【研究報告1】「在日ブラジル人青少年の労働者家族が置かれている状況と問題点:集住地域と分散地域の比較研究」ヤマグチ・アナ・エリーザ(一橋大学社会学研究科博士課程、SGRA研究員)

【研究報告2】「在日朝鮮初級学校の『国語』教育に関する考察:国民作りの教育から民族的アイデンティティ自覚の教育へ」朴 校煕(東京学芸大学連合大学院博士課程)

【研究報告3】「カリフォルニア州における二言語教育の現状と課題:ロサンゼルスの3つの小学校の事例から」小林宏美 (慶應義塾大学大学院法学研究科、静岡文化芸術大学非常勤講師)

【パネルディスカッション】進行:角田英一(アジア21世紀奨学財団常務理事、SGRA顧問)



レポート第27号「東アジア軍事同盟の過去・現在・未来」竹田いさみ、R.エルドリッヂ、朴 栄濬、渡辺 剛、伊藤裕子 Posted September 26, 2005 by imanishi
SGRAレポート第27号
第16回フォーラム講演録「東アジア軍事同盟の過去・現在・未来」
竹田いさみ、R.エルドリッヂ、朴 栄濬、渡辺 剛、伊藤裕子
日本語版 2005年7月30日

---もくじ-----------------

【基調講演】「対テロ戦争にみる安全保障の新展開」竹田いさみ(獨協大学外国語学部教授)

【研究報告1】「日米関係における『日米同盟』―過去、現在、今後」ロバート・エルドリッヂ(大阪大学大学院国際公共政策研究科助教授)

【研究報告2】「ポスト冷戦期における米韓同盟の持続と変化」朴 栄濬(韓国国防大学校安全保障大学院助教授、SGRA研究員)

【研究報告3】「台湾内政の変動と台米同盟」渡辺 剛(杏林大学総合政策学部専任講師)

【研究報告4】「米比同盟と冷戦・ナショナリズム・対テロ戦争」伊藤裕子(亜細亜大学国際関係学科助教授)

【パネルディスカッション】進行:南 基正(東北大学法学部教授、SGRA研究員)



レポート第26号「この夏、東京の電気は大丈夫?」中上英俊、高偉俊 Posted September 26, 2005 by imanishi
SGRAレポート第26号
第15回フォーラム講演録「この夏、東京の電気は大丈夫?」
中上英俊、高偉俊
日本語版 2005年1月24日

---もくじ-----------------

【ゲスト講演】「この夏、東京の電気は大丈夫?」中上英俊(住環境計画研究所長)

【研究報告】「この夏、上海の電気は大丈夫?」高 偉俊(北九州市立大学国際環境工学部助教授、SGRA研究チーフ)

【パネルディスカッション】進行:李 海峰(建築研究所客員研究員、SGRA運営委員)



レポート第25号「国境を越えるE-learning」斎藤信男、福田収一、渡辺吉鎔、マキト、金雄煕 Posted September 26, 2005 by imanishi
SGRAレポート第25号
第14回フォーラム講演録「国境を越えるE-Learning」
斎藤信男、福田収一、渡辺吉鎔、F.マキト、金雄熙
日本語版 2005年3月31日発行

---もくじ-----------------

【基調講演】「Asia E-Learning Networkと大学の国際戦略」斎藤信男(慶応義塾大学常任理事)

【ゲスト講演1】「ネットワークを介したGlobal Project Based Learning―都立科学技術大学とスタンフォード大学の協調授業を事例として―」福田収一(都立科学技術大学工学部長、教授、SGRA会員)

【ゲスト講演2】「日中韓3大学リアルタイム共同授業の可能性と課題―慶応・復旦・遠世大学の国際化戦略とオンライン共同授業―」渡辺吉鎔(慶応大学総合政策学部教授)

【研究報告1】「オンライン授業の可能性と課題〜私の場合〜−フィリピンアジア太平洋大学(UAP)−名古屋大学、及びテンプル大学ジャパン(TUJ)でのオンライン授業を事例として−」F.マキト(フィリピンアジア太平洋大学研究助教授、SGRA研究員)

【研究報告2】「韓国の大学における国際的E-Learningの現状と課題」金雄煕(韓国仁荷大学校国際通商学部助教授・SGRA研究員)

【パネルディスカッション】
進行:王溪 Wang Xi(東京大学新領域創成科学研究科研究助手・SGRA研究員)
パネラー:斎藤信男、福田収一、渡辺吉鎔、F.マキト、金雄熙



レポート第24号「1945年のモンゴル人民共和国の中国に対する援助―その評価の歴史―」投稿レポート フスレ Posted September 26, 2005 by imanishi
SGRAレポート第24号「1945年のモンゴル人民共和国の中国に対する援助―その評価の歴史―」
フスレ(東京外国語大学大学院地域文化研究科博士後期課程・昭和女子大学非常勤講師)
日本語版 2004年10月25日発行

---はじめに-----------------

 20世紀、モンゴル国は2回にわたって大規模に軍隊を派遣して内モンゴルに進出した。第1回目は1913年 、第2回目は1945年のことである。ソ連が日本に宣戦を布告した翌日の8月10日、モンゴル人民共和国も日本に宣戦布告したことを発表し、チョイバルサン元帥がモンゴル軍を率いてソ連軍と一緒に中国に進入した。その間、1920年代、30年代の初期にもモンゴル人民共和国は内モンゴル、ひいては中国の革命を援助したことがある。内モンゴル人民革命党はモンゴル人民革命党の援助のもとで設立され、しかも終始同党の援助を受けていた。内モンゴル人民革命党は数度にわたって学生や幹部をモンゴル人民革命党中央党校へ留学させた。同党の執行委員会は1927年からウランバートルに移転した。同時に、コミンテルンとソ連の了解のもとで、モンゴル人民共和国は政治・経済・軍事面から馮玉祥の国民軍を援助し、ウランバートルは中国共産党、内モンゴル人民革命党とコミンテルン、ソ連共産党の中継地の一つとなった。
 1920年代のモンゴル人民共和国の内モンゴルに対する援助やその性格などについては、二木博史氏、郝維民氏、ザヤータイ氏、及び拙稿などがすでに論述したことがあるので、ここでは繰り返さない。本稿ではモンゴル国、中国共産党・国民党などの史料を利用し、1945年のモンゴル人民共和国の内モンゴルへの出兵に焦点をあて、モンゴル国、中国共産党・国民党、そして内モンゴルの学者がどのようにこの出兵をみてきたのか、その評価の歴史をさぐってみたい。この研究は1945年の東アジアの歴史の一側面の理解にとどまらず、世界で民主化が進む中、中国が国家統合を強調し、「中華民族多元一体論」をうたっている今日、どのように歴史をみるのか、どのように国と国の関係、民族問題を認識するのかを考える上でも有益であると思われる。



レポート第23号「日本はどう外国人を受け入れるべきか」宮島喬、イコ・プラムディオノ Posted September 26, 2005 by imanishi
SGRAレポート第23号
第13回フォーラム講演録「日本はどう外国人を受け入れるべきか」
宮島 喬、イコ・プラムディオノ
日本語版2004.3.

---もくじ-----------------

【ゲスト講演】「移民国日本へ?ヨーロッパとの比較の中で考える」宮島 喬(立教大学社会学部教授)

【活動報告】「研修生制度の現状と問題点ーインドネシア研修生を事例として」イコ・プラムディオノ(SGRA研究員・東京大学工学部博士課程)

【講演者と参加者による自由討論】進行:角田英一(アジア21世紀奨学財団常務理事)



レポート第22号「民族紛争:どうして起こるのか、どう解決するか」明石康 Posted September 26, 2005 by imanishi
SGRAレポート第22号
渥美奨学生の集い講演録「民族紛争:どうして起こるのか、どう解決するか」
明石 康(スリランカ問題担当日本政府代表・日本紛争予防センター会長)

---講演報告--------------

2003年11月11日(火)午後6時より、渥美財団評議員で日本紛争予防センター会長の明石康氏をお迎えして「渥美奨学生の集い」が開催されました。明石氏は、今後国際協調のために留学生の役割がますます大切になることを提起された後、元国連事務次長時代にカンボジアと旧ユーゴスラビアで地域紛争の平和調停を務め、現在は日本政府代表としてスリランカ調停にあたられているご自身の体験に基づき「民族紛争―どうして起こるか、どう解決するか」というお話をしてくださいました。「民族」とは主観的なものである。カンボジア、旧ユーゴスラビア、ソマリア、ルワンダなどの事例から原因はさまざまであるが、貧しいことだけでは紛争は起こらず、格差がある場合に問題が起こる。解決へ向ける方法もたくさんあり、スリランカでは経験豊富なノルウェイの専門家と一緒に、いろいろなことを試してみている。国連は当該国の協力がある場合に効果的な問題解決ができる。そして、現在は、紛争が起きる前に対処するためにODAが使えるようにしようとしていること等を教えていただきました。また、今後の懸念としてメディアをとりあげ「正しく報道されるのは2割くらい」と指摘されました。その後の質疑応答では、紛争の原因としては経済格差と同時にいじめや恨みも考えなければならないこと、国連の地位をあげるために安全保障理事会の改革が検討されていること、ODAを各国政府に与えるとますます格差が増すので現
在はNGOへの支援が進んでいることなど、丁寧にお答えいただきました。

(文責:今西)



レポート第21号「アジア共同体構築に向けての日本および韓国の役割について」平川均、孫洌、他 Posted September 26, 2005 by imanishi
SGRAレポート第21号(PDF)
*PDFファイルですが、かなり思いのでダウンロードに時間がかかります

第3回日韓アジア未来フォーラム講演録「アジア共同体構築に向けての日本および韓国の役割について」

---目次-------------

基調講演:「アジア共同体構築に向けての日本と韓国」
平川 均(日本/名古屋大学)

報告1:「東北アジアという地域と韓国:韓国は地域主義をどうすべきか」
孫 洌(韓国/中央大学)

報告2:「日・中・韓IT協力の政治経済」
金雄熙(韓国/仁荷大学)

報告3:「アジア開発銀行の独自性研究:その概観」
F.マキト(日本/名古屋大学)

報告4:「韓国外交のダイナミズムと日韓関係:公共材としての日韓関係の構築に向けて」
木宮正史(日本/東京大学)

報告5:「北東アジア共同体の構築と北朝鮮問題」
李元徳(韓国/国民大学)

質疑応答



レポート第20号「環境問題と国際協力」外岡、鄭春成、高偉俊、李海峰他 Posted April 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第20号
*PDFファイルですが、かなり思いのでダウンロードに時間がかかります

第12回フォーラム講演録「環境問題と国際協力:COP3の目標は実現可能か」
外岡豊、李海峰、鄭成春、高偉俊
日本語版2004.4

---もくじ------

【ゲスト講演】「地球温暖化防止のための国際協力」外岡 豊(埼玉大学経済学部社会環境設計学科教授)
【研究報告1】「ビジュアルに見る東京ヒートアイランド」李 海峰(SGRA研究員・独立行政法人建築研究所環境研究グループ)
【研究報告2】「カリフォルニア州におけるRECLAIM制度の最近動向報告」鄭 成春(SGRA研究員・鳥取環境大学専任講師)
【研究報告3】「途上国からみたCOP3目標の実施」高 偉俊(SGRA研究員・北九州市立大学助教授)
【調査報告】アジア各国の現状
       韓国(鄭 成春)
       モンゴル(M.アリウンサイハン:一橋大学博士課程)
       フィリピン(F.マキト:フィリピンアジア太平洋大学)
       ベトナム(ブ.ティ.ミン.チー:ベトナム人間研究所)
【自由討論】
【総括】木村建一(SGRA顧問、国際人間環境研究所代表)

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レポート第19号「海軍の誕生と近代日本」朴 栄濬 Posted February 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第19号(PDF)

投稿 朴栄濬「海軍の誕生と近代日本:幕末海軍建設の再検討と『海軍革命』の仮説」

2003.12.4発行

----「はじめに」から--------------

 19世紀の国際秩序において、海軍は先端の近代性を象徴する存在であった。海軍を構成している艦船・海軍士官と兵士・造船と修理施設・海軍組織などは、発達した科学技術や近代国家制度のバック・アップを必要とするものであった。また海軍は、米国の海軍戦略家であったアルフレッド・マーハン(Alfred Mahan)が言及しているように、制海権の掌握如何によって対外的に自国の目的を他国に強要し、場合によっては地域及び国際秩序の覇権を握ることのできる手段としての側面も持っていた。このような近代科学技術の集約と対外政策の強力な軍事的手段を意味する近代海軍が、何時から「海国」日本に形成され始めたのであろうか。そして海軍の建設は、日本の近代化や対外政策の変遷に何をもたらしたのだろうか。

(略)

 そうした関心から本研究は、幕末期において幕府と諸藩が積極的に推進した海軍建設政策とその成果に光を当てて、幕末期の海軍建設の様相を明らかにすることを第一の目的とする。ただ本研究は近代日本海軍史の研究空白を埋めるだけに止まらず、幕末期に建設された海軍が日本の近代国家への変容や対外政策の転換に与えた影響を、近代日本政治外交史の文脈から検討しようとするものである。

 欧米の軍事史学や歴史社会学、そして国際政治学は、近世以後の西欧世界では数多くの政治単位体が互いの戦争遂行やそれに備えるための軍隊建設を通して、官僚及び財政制度を整備し、人的・物的資源を動員できる近代国家の形成を成し遂げており、そうした近代国家体制に基づいてヨーロッパの世界拡張が可能となったとする見解を提示している 。そうであるとすれば、日本における近代海軍建設の試みは、明治国家の形成及びその対外関係の転換にどのような影響を及ぼしたのか。こうした疑問を海軍建設と関連付けて検討する必要があるだろう。つまり本研究は、幕末期における海軍建設の様相を再検討することによって、海軍史の研究空白を埋める傍ら、近代海軍建設が日本の近代国家への変容とその対外政策の転換にもたらした影響を検討し、日本の近代化に関する説明を補いたい。

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レポート第18号「地球市民研究:国境を越える取り組み」高橋甫、貫戸朋子 Posted February 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第18号(PDF)

第11回フォーラム講演録「地球市民研究:国境を越える取り組み」
高橋 甫、貫戸朋子
日本語版2003.8.30

---もくじ-----------------

開会挨拶 今西淳子(SGRA代表) 

【ゲスト講演1】「市民とEU」高橋 甫(駐日欧州委員会代表部調査役)

【ゲスト講演2】「国境なき医師団的発想とは」貫戸朋子(国境なき医師団日本プログラムマネジメント担当)

【講演者と参加者による自由討論】

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第17号「21世紀の世界安全保障と東アジア」白石隆他 Posted January 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第17号(PDF)

第10回フォーラム講演録「21世紀の世界安全保障と東アジア」
白石隆、南基正、李恩民、村田晃嗣
日本語版2003.3.30発行、英語版2003.6.6発行

---もくじ-----------------

開会挨拶 今西淳子(SGRA代表) 

【基調講演】「日本とアジア」白石 隆(京都大学東南アジア研究センター教授)

【講演1】「朝鮮半島の平和構築と日本の役割」南 基正(SGRA世界平和研究チーフ、東北大学大学院法学研究科助教授)

【講演2】「中国の東アジア戦略を解く」李 恩民(SGRA歴史問題研究チーフ、宇都宮大学国際学部外国人教師)

【講演3】「ブッシュ政権の東アジア戦略」村田晃嗣(同志社大学法学部助教授)

【講演者と参加者による自由討論】

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第16号「情報化と教育」苑復傑、遊間和子 Posted January 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第16号(PDF)

第9回フォーラム講演録「情報化と教育」
苑復傑、遊間和子 
2003.5.30発行

---もくじ-----------------

【講演1】「高等教育におけるe-learningの影響」苑復傑(文部科学省メディア教育開発センター助教授)

【講演2】「デジタル・デバイド−IT人材の育成とその課題−」遊間和子(国際社会経済研究所専任研究員)

【質疑応答】

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第15号「中国における行政訴訟」呉東鎬 Posted January 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第15号(PDF)

投稿 呉東鎬「中国における行政訴訟―請求と処理状況に対する考察―」

2003.1.31発行

---要旨-----------------

中国社会は、今、市場経済の導入によって個人の自立と自由が「単位」社会に取って代わり、社会主義計 画経済の下で維持してきた行政・命令・動員による人治社会秩序が次第に崩れつつある。そのために、今ま での人治社会に代わる法治社会の構築が求められるようになってきた。特に注目される出来事は、89 年に制 定された行政訴訟法である。それまで、「政府は人民の利益の代表者」として位置付けられ、「政府は正しい 存在」と考えられ、国民が政府を訴えることはありえないとされてきた中国社会にとっては大きな衝撃であ った。行政訴訟制度の中国での実施は初めてのことであるだけに、この10 年間の実績は正に模索の過程だっ たといえよう。

本稿では、行政訴訟法の施行から10 年の間に行われた人民法院の行政裁判に関するデータに基づいて、行 政訴訟の「請求と処理」状況を考察し、そこに存在する問題点とその原因の解明を試みる。そして、行政訴訟 事件数の推移、行政訴訟事件の種類、裁判所による行政訴訟事件の処理状況に対する、具体的考察と分析を 通じて、以下の見解を示す。

第1 に、この10 年間の行政訴訟事件数の推移から見た場合、中国では、毎年新規受件数の記録を更新して いる。行政に対する訴訟制度のスタートからわずか10 年経ただけで、一年間の新規受件数は9 万件以上にの ぼっている。この状況は、行政訴訟法の実施に伴い、より多くの国民が行政訴訟を通して自分の権利救済を図 っているという状況を反映しているともいえよう。もっとも、人口の割合から見れば、実際の行政訴訟事件 数は、せいぜい100 万人当たり25 件程度に止まっていること、また、全国の各法院が受理する件数は毎年 平均で7〜8 件に過ぎないこと、法院の受理している事件総数の中で行政訴訟事件が占めている比率は極めて 低いこと、などから単に数の増加を根拠に行政訴訟の実効性を評価することはできないと考える。特に、行政 処罰と行政上の強制措置が中国社会に大量に存在し、その濫用が深刻である状況から見た場合、今の行政訴 訟請求数は、必ずしも多いとはいえず、国民の権利救済の主な手段としての機能を発揮しているとは結論し にくい。

第2 に、行政事件の内容から見た場合、行政の相手方の重大な権利利益に関わる、しかも一時的性質を有 する公安、土地、都市建設関係の行政訴訟事件に集中していることが分かる。更に、その訴訟対象となる具 体的行政行為は、行政処罰と行政上の強制措置が多く、民主主義において意義を持つ公害、環境などに関する 訴訟は見られない。これは中国の現代型行政訴訟が未発達であることを表しているといえよう。

第3 に、裁判所の行政訴訟事件に対する処理状況から見れば、取り消しし率(被告行政機関の具体的行政行 為を取り消す判決の占める比率)が低迷に陥っているのに対して、取り下げ率が大きく伸びていること、かつ その比率が高いことが最大の特徴である。そして、その「本来取り消しし判決によって処理されるべき行政 訴訟事件が取り下げによって処理されてしまう」という実態からは、実際の行政救済ができなくなってしまう 裁判所の事件処理状況が窺える。

第4 に、中国の裁判所の事件審理期間の統計によれば、表面上、かなり能率的に処理されているように見え るが、事件の内容、特殊性、取り下げ率の高い状況などから総合的に見た場合、額面どおりに受け取ることは できない。もっとも、この統計からは、裁判期限の法定化、裁判組織と人員の専門化などの裁判の効率を図 る工夫が、裁判コストを下げ、行政救済の実効性を高めるのに一定の効果があったことを反映しているとも 考えられる。

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第14号「グローバル化の中の新しい東アジア」+宮澤喜元総理大臣をお迎えしてフリーディスカッション Posted January 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第14号(PDF)

第8回フォーラム講演録 「グローバル化の中の新しい東アジア」
宮澤喜一元総理大臣をお迎えしてフリーディスカッション

平川均、李鎮奎、ガト・アルヤ・プートゥラ、孟健軍、B.ヴィリエガス 

日本語版2003.1.31発行、韓国語版2003.3.31 発行、中国語版2003.5.30発行、英語版  2003.3.6発行

---もくじ----------------------

【宮澤喜一元総理大臣をお迎えしてフリーディスカッション】

【講演1】「通貨危機は東アジアに何をもたらしたか」平川 均(名古屋大学大学院経済学研究科附属国際経済動態研究センター教授)

【講演2】「韓国IMF危機以後の企業と銀行の構造改革」李 鎮奎 (高麗大学校経営大学経営学科教授・(財)未来人力研究センター理事)

【講演3】「経済危機と銀行部門における市場集中と効率性―インドネシアの経験―」ガト・アルヤ・プートゥラ (インドネシア銀行構造改革庁主席アナリスト)

【講演4】「アジア経済統合の現状と展望」孟 健軍(中国清華大学公共管理学院、中国科学院―清華大学国情研究中心教授、日本経済産業省経済産業研究所ファカルティフェロー)

【講演5】「中国との競争と協力」バーナード・ヴィレガス (フィリピンアジア太平洋大学経済学部教授)

【自由討論・フロアーからの質疑応答】

【総括】

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第13号「経済特区:フィリピンの視点から」マキト  Posted January 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第13号(PDF)

投稿 F.マキト「経済特区:フィリピンの視点から」 
2002.12.12発行

---要旨----------------------

小泉政権の骨太方針の第2弾〔正式には「経済財政運営と構造改革の基本方針2002」〕が、6月25日に発表された。その中に「経済改革特区」の設立が盛り込まれている。周知のように、経済特区というのは、発展途上国において開発手段として利用されてきた。フィリピンもその一国である。基本的な方法としては、日本の経済特区もフィリピンの経済特区と変わらない。指定された地域を対象に特別優遇政策(税金免除、補助金、充実したインフラ設備)によって経済活性化を図る。経済特区の中で活動している企業は、まるで現地の経済と「一国二制度」議論を引き起こすほど違うのである。 しかし、理念的には日本とフィリピンにおける経済特区は異なっている。日本の場合は従来の日本的な方法から脱却するために行うという意味合いが強いが、フィリピンの場合はどちらかというと、日本が経験した「共有された成長」をフィリピンで実現するために行っているのである。 本稿ではフィリピンの特区に焦点を絞り、そこで期待される日本の役割を検証してみたい。これにより、経済特区がどのようなものであるか、日本の皆さんへ、海外とりわけフィリピンからの一つの視点を提供できればと思う。

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第12号「地球環境診断:地球の砂漠化を考える」建石隆太郎他 Posted January 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第12号(PDF)

第7回フォーラム講演録「地球環境診断:地球の砂漠化を考える」
建石隆太郎、B.ブレンサイン 
2002.10.25発行

---もくじ----------------------

【ゲスト講演】「衛星データから広域の砂漠化を調べる」建石隆太郎(千葉大学環境リモートセンシング研究センター助教授) 

【研究報告】「フィールドワークでみる内モンゴルの沙漠化」ボルジギン・ブレンサイン(SGRA研究員・早稲田大学モンゴル研究所研究員)

【質疑応答】

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第11号 「中国はなぜWTOに加盟したのか」金香海 Posted January 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第11号(PDF)

投稿 金香海 「中国はなぜWTOに加盟したのか」 
2002.7.8発行

---要旨---------------------

全体的に見れば、中国のWTO加盟はチャンスと挑戦が同時に存在する「諸刃の剣」である。それにもかかわらず、中国はなぜWTOに加盟したのか。その原因をめぐって、現在いろいろな説があるのはいうまでもない。本レポートでは、そのようなさまざまな原因を1つの分析枠組みによって解明することを試みている。すなわち、中国のWTO加盟の要因を、外からの拘束要因と内からの国内要因がWTO加盟に連動する、いわゆる国際要因と国内要因が連繋する2つのレベルから検討している。この課題を立証するため、相互に関連する6つの問題を取上げている。 @WTOと何かA中国はなぜWTO加盟を申請したのかB中国のWTO加盟をめぐる米中交渉はなぜ妥結したのかCWTO加盟によって中国社会構造はどう変わるのかD中国がWTO加盟を決定した要因は一体何かE中国がWTO加盟したあとはどうなるのか。 方法論と実証分析に基づいて主要な要因を分析し、次の2つの結論を考察している。 第1点は、世界経済との相互依存の進化による中国国内経済の変化である。中国経済は、市場を媒介としながら世界経済と相互浸透し、その結果、中国の単一計画経済が分化され、国有企業、民間企業、外資企業、農業といったいろいろな経済セクターが出現した。各経済セクターは自らの政策選好を表出するが、その共通な部分を掬い上げると、市場経済の確立と公平な競争環境の整備による資源配分のメカニズムの導入である。しかし、社会政策選好と中央指導部の政策選択の間には、伝統的な政治構造と地域構造が介在しているため、社会政策選好が必ずしも国家政策に還元されるわけではない。したがって、3大改革を中心とする国内改革の一層の推進による市場経済体制の確立は、中国のWTO加盟におけるカギとなる。 第2点は、WTO加盟は構造的に中国を強く拘束する点である。WTOは、中国の市場開放と国際ルールの遵守、国家の自律性と制度上の改革を要求する。これに対し、中国中央指導部は加盟による便益とコストを合理的に計算し、外圧の効果を利用して社会主義経済体制の構築を目指している。そのため、「3つの代表論」を提起するなど、多元的な価値観を受入れ得る党のイデオロギーを新しく解釈しなければならない。このように、中国のWTO加盟は、経済システムへの適応、国内利益への調整という循環を繰り返す過程でもある。 今後の課題として、中国の世界通商体制の行方に与える影響と、WTOルールの適応による国内制度の変革と社会構造の変動をあげている。

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第10号「日本とイスラーム:文明間の対話のために」板垣雄三 Posted January 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第10号(PDF)

第6回フォーラム講演録「日本とイスラーム:文明間の対話のために」
S.ギュレチ、板垣雄三 
2002.6.15発行

--もくじ-----------------

【ゲスト講演】「日本とイスラーム:文明間の対話のために」板垣雄三(東京大学名誉教授)

【特別報告】「イスラームと日本と東京ジャーミイ」セリム・ギュレチ(東京ジャーミイ副代表、SGRA会員)

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第9号「グローバル化と民族主義:対話と共生をキーワードに」ペマ・ギャルポ他 Posted January 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第9号(PDF)

第5回フォーラム講演録 「グローバル化と民族主義:対話と共生をキーワードに」
ペマ・ギャルポ、林泉忠 
2002.2.28発行

---もくじ-------------------

【ゲスト講演】「民族アイデンティティと地球人意識」ペマ・ギャルポ(チベット文化研究所所長、岐阜女子大学教授)

【研究報告】北京五輪と『中国人』アイデンティティ:グローバル化と土着化の視点から」林泉忠(SGRA研究員、東京大学法学研究科博士課程)

【質疑応答】

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第8号「IT教育革命:ITは教育をどう変えるか」斎藤信男他 Posted January 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第8号(PDF)

第4回フォーラム講演録 「IT教育革命:ITは教育をどう変えるか」
臼井建彦、西野篤夫、V.コストブ、F.マキト、J.スリスマンティオ、蒋恵玲、楊接期、李來賛、斎藤信男
2002.1.20発行

---もくじ-----------------------

【ゲスト講演1】「ITは教育を変えられるか」斎藤信男(慶応義塾常任理事) 

【ゲスト講演2】「e-ラーニングの現状」臼井建彦(NEC eラーニング事業部) 

【ゲスト講演3】「マサチューセッツ工科大学のIT教育戦略」西野篤夫(鹿島ITソリューション部・SGRA会員)

【在外研究者報告1】「情報化と政策」李 來賛(韓国通信政策研究院専任研究員) 

【在外研究者報告2】「台湾のバーチャル教育都市: Educities −Active Social learning model: theories and applications」楊 接期(SGRA研究員・台湾国立中央大学Assistant Professor)
 
【事例報告1】「スタンフォード大学とのネットワーク協調機械設計授業の紹介」ブラホ・コストブ(SGRA研究員・都立科学技術大学博士課程)

【事例報告2】「オンライン授業の試み:『デジタル・ディバイド反対』宣言」フェルディナンド・マキト(SGRA研究員・テンプル大学ジャパン客員講師)
 
【事例報告3】「バンドン工科大学へのオンライン講義」ヨサファット・スリスマンティオ(SGRA研究員・千葉大学博士課程)

【事例報告4】「成人教育の新しい形:上海交通大学遠程教育中心の試み」蒋 恵玲(SGRA研究員・横浜国立大学博士課程)

【パネルディスカッション】
進行 SGRA研究員・東京理科大学助手 施 建明

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第7号「共生時代のエネルギーを考える:ライフスタイルからの工夫」木村建一他 Posted January 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第7号(PDF)

第3回フォーラム講演録「共生時代のエネルギーを考える:ライフスタイルからの工夫」
木村建一、D.バート、高偉俊
2001.10.10発行

---もくじ-----------------------

【ゲスト講演】「民家に見る省エネルギーの知恵」木村建一(早稲田大学名誉教授)

【研究報告1】「エムシャー工業地帯再生プロジェクトから学ぶこと」
デワンカー・バート(SGRA研究員・北九州市立大学助教授)
 
【研究報告2】「都市構造とライフスタイルの変化による省エネルギーの効果」高 偉俊(SGRA研究員・北九州市立大学助教授)

【質疑応答】

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第6号 「今日の留学」工藤正司他 Posted January 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第6号(PDF)

JISSA講演録 工藤正司 「今日の留学」

投稿 今西淳子「はじめの一歩:留学生受入制度の問題点(その1)」 
2001.8.30発行

---要旨-----------------------

工藤正司 「今日の留学」

以前私は、ある団体から依頼を受けて、世界史の中 で生じた「留学」という事象をいろいろ調べる機会 がありました。その断片の幾つかを私の勤めている 協会の機関誌の『月刊アジアの友』に掲載したこと があるのですが、今日は、それをネタにして、幾つか紹介してみたいと思います。一言で留学と言っても、色々と特色があります。それらを幾つか眺めてみて、今日私たちがかかわっている日本の留学生受入れをどう評価したらよいのか、どう改善してゆくべきなのか等、考える上で参考になれば幸いと思い ます。 ところで、本題に入る前に、日本の留学生受入れについて、その歴史をざっとおさらいしてみます。つまり、今日の留学生受入れの前史をみておきましょうということです。

今西「はじめの一歩:留学生受入制度の問題点(その1)」

本稿は、2000年12月22日に開催されたJAFSA(国際教育交流協議会)とJISSA(留学生奨学団体連絡協議会)の合同シンポジウムの時に、参加者に問題意識を共有してもらうために用意したものだが、SGRAレポートとして発行するに当たって、問題を一般化するために一部改訂した。他国に比べて同一性の強い日本が、国家予算を投入して世界各国から留学生を招待し、修学・研究支援をすることは、グローバル化における日本の国際貢献として重要なだけでなく、安全保障にも役立っているとされている。しかしながら、多大な留学生予算を投じているにもかかわらず、支援の効果について疑問を発する声もしばしば聞こえてくる。留学生受入の入口の問題、指導体制や生活支援を中心とした中の問題、学位授与や就職に関する出口の問題と、どの段階にも問題はあるが、ここでは入口の問題を扱う。

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第5号「グローバル化のなかの新しい東アジア:経済協力をどう考えるべきか」平川均他 Posted January 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第5号(PDF)

第2回フォーラム講演録 
「グローバル化のなかの新しい東アジア:経済協力をどう考えるべきか」
平川均、F.マキト、李鋼鉄 
2001.5.10発行

---もくじ-----------------------

【ゲスト講演1】「グローバル化とリージョナリズム」平川 均(名古屋大学国際経済動態研究センター教授)

【ゲスト講演2】「グローバリズム vs リージョナリズム」―ASEAN中堅官僚研修プログラムの経験から―」角田英一(アジア21世紀奨学財団常務理事)

【研究報告1】「グローバル化のなかの日本経済協力理念」フェルディナンド・マキト(SGRA研究員)

【研究報告2】「東アジアのなかの日・中経済協力―ODAを通じてみる日中関係」李 鋼哲(SGRA研究員)

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第4号「地球市民への皆さんへ」関啓子他 Posted January 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第4号(PDF)

第1回フォーラム講演録「地球市民への皆さんへ」 
関啓子、L.ビッヒラー、高熙卓
2001.5.10発行

---もくじ-----------------------

【ゲスト講演1】「地球市民のみなさんへ」関 啓子(一橋大学大学院社会学研究科教授)

【研究報告1】「市民社会? 西洋の論理と中国の現実」Lorenz Bichler(ニューヨーク大学客員教授) 

【研究報告2】近代以前の日本と<公共>性」高熙卓(東京大学総合文化研究科博士課程)

【質疑応答】 

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第3号「技術の創造」畑村洋太郎 Posted January 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第3号(PDF)

渥美国際交流奨学財団奨学生の集い講演録 
畑村洋太郎「技術の創造」 
2001.3.15発行

---要旨--------------------

今年は、渥美財団選考委員長で東京大学工学部の畑村洋太郎教授に「技術の創造」 というお話をしていただきました。「失敗に学ぶ」ことがいかに大切かということ、 効率や便利さばかり追い求めるために教訓を忘れてしまっていること、効率の低い枝 葉の部分を切り落としてきたために、ひとつのルートがつまると他へ迂回できなくな っていること、作業がマニュアル化され全体がわかっている人が居なくなっているこ と、それゆえ事故があっても適切な判断ができないこと、技術の成長周期は30年な ので、半導体を初めとする多くの産業の最盛期が終わりつつあること、現在次々に起こる事故はこのような状況から説明できること、まだまだ日本では危機感が少なく、今後10年はこのような嫌な事故が起きるだろうということ、などなど「恐ろしい 話」をたっぷり伺いました。その後、「科学の 進歩は人類にとって必要か」(科学は人類を幸せにするものではないが、人間の好奇 心が科学を発展させる)「人間の心は科学的に説明できるのか」(好きになる等の人 間の心も、今では物質の移動で説明される)など、参加者からのたくさんの質問にも 丁寧にお答えいただきました。

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第2号「グローバル化への挑戦:多様性の中に調和を求めて」 Posted January 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第2号(PDF)

CISV国際シンポジウム講演録
「グローバル化への挑戦:多様性の中に調和を求めて」
今西淳子、高偉俊、F.マキト、金雄熙、李來賛
2001.1.15発行

-------要旨-----------

本稿で、私たちは「多様性の中の調和」という概念に取り組みます。しかし、多様性の中の調 和が必要であるということは認めながらも、発表者からまとまったひとつの方策が提案されてい るわけではありません。各々が自分の専門分野からひきだされた原則に従って論じているのです から、相違は当然のことともいえますが、ここでは、様々なグローバル化の側面を紹介していま す。

グローバル化における様々な地域性(今西)、都市環境問題の様々な解決策としてのクラスタ ー化(高偉俊)、様々なネットワークの構成方法(李來賛)、様々なITの普及方法(金雄熙)、 そして、様々な市場形態(マキト)。今西は、留学生と支援組織が様々なレベルの地域の中で協 力しあうことが大事だと指摘します。高は、都市の中で環境と調和して共生していくために、自 然の力を利用することを提案します。李は、様々なネットワークを繋ぐ上位のネットワークが必 要とされ、現代のネットワークを繋いでいくのは組織にとらわれない自由な目的探索的インター フェースであることを説明します。金は、IT革命におけるデジタル・ディバイドの進行を指摘 し@IT先進国と途上国が共通認識をもつことA途上国の支援をすることB共同研究を進める ことを提案します。最後に、マキトはグローバル化とグローバル・スタンダード化の違いを明ら かにし、違ったシステムの良いところを認めあうことが大切であると喚起します。

それぞれの側面で、大きな課題が内包されており、発表者は今後さらに研究を続けていく所存 です。私達が本日提案した様々な問題を、激動の世の中でグローバル化に対応していく際の一助 としていただければ幸いです。

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第1号「21世紀の日本とアジア」船橋洋一 Posted January 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第1号(PDF)

設立記念講演録 船橋洋一「21世紀の日本とアジア」 
2001.1.30発行

---要旨------------------------

関口グローバル研究会(Sekiguchi Global Research Association 略称SGRA)設立記念講演会が、 2000年7月26日、慶應義塾大学三田キャンパス北新館2階ホールにおいて行なわれた。 本稿は、その設立記念講演会において、朝日新聞コラムニスト船橋洋一氏がゲスト講師として「21 世紀の日本とアジア」のテーマで特別講演したものである。
(1)沖縄サミットの本意は中国・インド・インドネシア・韓国の首脳を招いた上でアジアの声を反 映させることにあったが、実際はアジアの問題をあまり取り上げていないし、アジア諸国の声も反映で きなかった。
(2)同サミットにおいて基地問題についての解決の糸口さえも示していないから、日米間の不均衡 な関係は引き続き維持されていく。この問題を解決しない限り、日本の「不沈空母」という役割は終わ らないだろう。
(3)日本は地理的にアジアにあり、上海などに近いが、21世紀には心も近づかなければならない。 そのために「隣交」――近隣諸国との関係の飛躍的発展・強化――という外交を積極的進めるべきであ ると提言する。
(4)以前の日本の大企業家は一国に依拠しながらも世界への発信を構想していたが、情報社会にも かかわらず、現代の日本の起業家は逆に国内ビジネスだけで手一杯で、世界への発信がなかなかできな い。
(5)アジア諸国は目覚しい経済変化と社会進歩を遂げつつある。経済面において日本がリードする アジアはすでに変わり、IT革命の領域においてシンガポール、台湾、香港、韓国等はめざましく発展 しているし、インド・中国の技術者が世界中で活躍している。このような情勢の中で「隣交」外交がい っそう必要となる。 上記のほかに、船橋氏はまたハイテクの進展と戦争の解決問題、国際関係とテロ対策問題、朝鮮半島 の情勢、北朝鮮のテポドン発射と日米安全保障、日韓間歴史問題の区切りなどについても熱く語った。

明治維新以来、多くの日本人の心は欧米にあったが、地理的にはアジアにあり(In Asia)引っ越すこ とはできない。世界の人々にもっとアジアを知ってもらうには日本はアジア諸国と連携して、その一員 として発信しなければならない(Of Asia)。それを実現させるためには、「隣交」――目覚しい経済変化を遂げつつある近隣諸国との協力・発展を積極的に推進しなければならない。日本だけのことを考えて いればよかった、いわば「一国平和主義」の時代はすでに終わった。

設立記念講演に先立って行われた、研究会設立の趣旨、事業計画概要、研究プロジェクトの事例紹介 を併せて掲載させていただく。

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