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「地球市民」研究チーム
 

SGRAレポート第30号「東アジア文化再考:自由と市民社会をキーワードに」 Posted June 2, 2006 by imanishi
SGRAレポート第30号
第19回フォーラム講演録「東アジア文化再考:自由と市民社会をキーワードに」宮崎法子、東島誠 2005年12月20日発行

---もくじ-----------------

【ゲスト講演1】「中国山水画の住人たち:『隠逸』と『自由』の形」宮崎法子(みやざき・のりこ)実践女子大学文学部教授

【ゲスト講演2】「東アジアにおける市民社会の歴史的可能性」東島 誠(ひがしじま・まこと)聖学院大学人文学部助教授

レポート第24号「1945年のモンゴル人民共和国の中国に対する援助―その評価の歴史―」投稿レポート フスレ Posted September 26, 2005 by imanishi
SGRAレポート第24号「1945年のモンゴル人民共和国の中国に対する援助―その評価の歴史―」
フスレ(東京外国語大学大学院地域文化研究科博士後期課程・昭和女子大学非常勤講師)
日本語版 2004年10月25日発行

---はじめに-----------------

 20世紀、モンゴル国は2回にわたって大規模に軍隊を派遣して内モンゴルに進出した。第1回目は1913年 、第2回目は1945年のことである。ソ連が日本に宣戦を布告した翌日の8月10日、モンゴル人民共和国も日本に宣戦布告したことを発表し、チョイバルサン元帥がモンゴル軍を率いてソ連軍と一緒に中国に進入した。その間、1920年代、30年代の初期にもモンゴル人民共和国は内モンゴル、ひいては中国の革命を援助したことがある。内モンゴル人民革命党はモンゴル人民革命党の援助のもとで設立され、しかも終始同党の援助を受けていた。内モンゴル人民革命党は数度にわたって学生や幹部をモンゴル人民革命党中央党校へ留学させた。同党の執行委員会は1927年からウランバートルに移転した。同時に、コミンテルンとソ連の了解のもとで、モンゴル人民共和国は政治・経済・軍事面から馮玉祥の国民軍を援助し、ウランバートルは中国共産党、内モンゴル人民革命党とコミンテルン、ソ連共産党の中継地の一つとなった。
 1920年代のモンゴル人民共和国の内モンゴルに対する援助やその性格などについては、二木博史氏、郝維民氏、ザヤータイ氏、及び拙稿などがすでに論述したことがあるので、ここでは繰り返さない。本稿ではモンゴル国、中国共産党・国民党などの史料を利用し、1945年のモンゴル人民共和国の内モンゴルへの出兵に焦点をあて、モンゴル国、中国共産党・国民党、そして内モンゴルの学者がどのようにこの出兵をみてきたのか、その評価の歴史をさぐってみたい。この研究は1945年の東アジアの歴史の一側面の理解にとどまらず、世界で民主化が進む中、中国が国家統合を強調し、「中華民族多元一体論」をうたっている今日、どのように歴史をみるのか、どのように国と国の関係、民族問題を認識するのかを考える上でも有益であると思われる。

レポート第22号「民族紛争:どうして起こるのか、どう解決するか」明石康 Posted September 26, 2005 by imanishi
SGRAレポート第22号
渥美奨学生の集い講演録「民族紛争:どうして起こるのか、どう解決するか」
明石 康(スリランカ問題担当日本政府代表・日本紛争予防センター会長)

---講演報告--------------

2003年11月11日(火)午後6時より、渥美財団評議員で日本紛争予防センター会長の明石康氏をお迎えして「渥美奨学生の集い」が開催されました。明石氏は、今後国際協調のために留学生の役割がますます大切になることを提起された後、元国連事務次長時代にカンボジアと旧ユーゴスラビアで地域紛争の平和調停を務め、現在は日本政府代表としてスリランカ調停にあたられているご自身の体験に基づき「民族紛争―どうして起こるか、どう解決するか」というお話をしてくださいました。「民族」とは主観的なものである。カンボジア、旧ユーゴスラビア、ソマリア、ルワンダなどの事例から原因はさまざまであるが、貧しいことだけでは紛争は起こらず、格差がある場合に問題が起こる。解決へ向ける方法もたくさんあり、スリランカでは経験豊富なノルウェイの専門家と一緒に、いろいろなことを試してみている。国連は当該国の協力がある場合に効果的な問題解決ができる。そして、現在は、紛争が起きる前に対処するためにODAが使えるようにしようとしていること等を教えていただきました。また、今後の懸念としてメディアをとりあげ「正しく報道されるのは2割くらい」と指摘されました。その後の質疑応答では、紛争の原因としては経済格差と同時にいじめや恨みも考えなければならないこと、国連の地位をあげるために安全保障理事会の改革が検討されていること、ODAを各国政府に与えるとますます格差が増すので現
在はNGOへの支援が進んでいることなど、丁寧にお答えいただきました。

(文責:今西)

第19回SGRAフォーラム「東アジア文化再考:自由と市民社会をキーワードに」 Posted May 23, 2005 by imanishi
第19回SGRAフォーラム報告
「東アジア文化再考:自由と市民社会をキーワードに」

2005年5月17日(火)午後6時半から9時まで、東京国際フォーラムG棟にて、SGRA「地球市民」研究チームが担当する第19回SGRAフォーラム「東アジア文化再考:自由と市民社会をキーワードに」が開催された。SGRA「グローバル化と地球市民」研究チームが担当する5回目のフォーラムである。今回は63名もの参加者が集まり、大盛況なフォーラムとなった。参加者はSGRA会員と非会員がそれぞれ半分ずつという構成であった。

SGRA研究会の今西代表による開会挨拶が行われた後、講師の宮崎法子氏(実践女子大学文学部教授)が「中国山水画の住人達―「隠逸」と「自由」の形」という題でゲスト講演を行った。宮崎氏は中国絵画史に深い造詣のある方で、一つ一つの絵の事例で簡潔でありがなら感性的な形で山水画の歴史を紹介してくれた。いわば4世紀から19世紀まで1500年以上もの山水画の歴史をわずか45分間で紹介したわけで講演方法もかなり洗練された印象を受けた。普通の絵画史の紹介とは違い、氏の講演は、絵画のモチーフを社会的思想的な文脈において解釈したことが特徴である。なかでも「漁夫」、「旅人」などのイメージから「自由」な境遇、「自由」な境界を求める結晶としての山水画を例に、東アジアの「自由」というものを実例で以っていきいきと紹介してくれた。

続いて、東島誠氏(聖学院大学人文学部助教授)が「東アジアにおける市民社会の歴史的可能性」いう題でゲスト講演を行った。東島氏は歴史研究者の視点から、近代のliberty, freedom翻訳語としての「自由」、そして「公共性」という社会学のキー・ワードを念頭に、江戸時代にあった災害事件後のボランティア活動を例に、江戸時代の江戸の災害救済現場という前近代の公共的空間のあり方を紹介した。そして「自由」というキー・ワードとの関連で、中世日本のある禅僧の逡巡を例に、公的秩序にある「公方」との対照にある「江湖」という思想を説明した。二つの例を通して氏は、前近代の「公共性」なるものとそれと関連している「自由」、「江湖」なるものを紹介した。「市民社会」というキーワードをめぐって西洋中心/東アジア伝統中心という二項対立的な考えがあるが、そのような構造から脱出するために、アジアであれ、ヨーロッパであれ、それを特権化しない形でそれぞれを完成形として見ずに新しい社会を目指すこと自体が重要であるということを、氏は講演の冒頭部と結語の部分において繰り返し説明した。

2人のゲスト講演が終わった後、SGRA「グローバル化と地球市民」研究チームのチーフである高煕卓氏(韓国グローカル文化研究所首席研究員)が進行役を務め、パネルディスカッションが行われた。時間があまり残っていないため、4名しか質疑できなかったが、講演者が非常に上手く纏めるような形で答えてくれた。「意なお尽くさず」のためか、フォーラム終了後に沢山の参加者が地下一階の懇親会にも参加し、ディスカッションの場をレストランに移したような感じであった。

二つの講演が、「自由」「東アジア」「前近代」などのキーワードで、お互いに高い関連性があったことが印象的であった。この講演会が、現在一つのネーション内部にだけ「自由」、「民主」、「人権」が認められ、それ以外の範囲の人々に対しては普遍的であるはずの「自由」、「民主」、「人権」そのものが戦争まで許容するという世界的な背景で行われたことも改めて注意していただきたい。今はこのような重い課題を東アジアの歴史の深部から考える機会かもしれない。ここからも「地球市民」なる理念を考えることが、多少理想的な面があるとはいえ、如何に重要な意味を持つか垣間見られよう。今日はなにはともあれ、63名もの方々が参加してくれたことで司会者・進行役のわれわれが多大に励まされた。今後のフォーラムもこのような新しい「江湖」でありつければと願っているばかりである。
(文責:林少陽)


当日、SGRA運営委員のマキトさんと全振煥さんが撮った写真を集めたアルバムをご覧ください。

四年前の手紙 Posted April 29, 2005 by imanishi
現在進んでいる反日運動についての議論の参考としていただくために、4年前にSGRA研究院で東北大学法学研究科助教授(当時)の南基正さんからSGRAに投稿していただいた文章を再掲いたします。

2005年4月28日 今西淳子
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Iさんへ。拝啓、お元気ですか。

猛暑が続いておりますが、久しぶりに迎えた今年の日本の夏は特に暑くじりじりした夏になりそうです。季節はまだ春と夏の境目にあるとき、あなたは「靖国」問題をどう考えるのか私に聞きました。今日はそれについての私の考えを述べて、あなたの私に対する信頼に応えてみようと思います。

日本に留学して以来過去何年間、異常な被害者意識で覆い包まれる日本の8月をなんとも言えない心境で見てまいりました。しかし、2年間のソウル生活を経て再度来日した今年はまた特別、複雑な気持ちで8月15日を迎えることになりました。ここ何日間、日韓関係は最悪の事態を向かって突っ走っているように思える毎日でした。歴史教科書問題が両国間に深い溝を掘り下げ、こ
の溝を埋める具体的な努力がなにもなされないまま8月を迎えました。しかも小泉首相は韓国や中国政府の憂慮をよそに、靖国神社への公式参拝方針を様々な言葉で粉飾しながら頑なに貫こうとしています。

そんななか、参議院選挙が終わり、「靖国」問題についていえば、状況が変わりそうな雰囲気も出てきてはいます。首相の言葉に微妙ながら変化が見えたからです。参院選直後の記者会見で、首相は「与党三党の方々の意見を虚心担懐にうかがって、熟慮して判断したい」といいましたが、その与党三党の幹事長は声をそろえて再考を促しました。「断念」ということもありえると思わせる展開でした。もちろん、現在の日韓関係を考えるとき、首相が公式参拝を断念することに超したことはないでしょう。

ところが、首相がここで「断念」するならまたそれで大きな問題を残すことになるのではないかと心配になってきました。それは、この問題がもっぱら「隣国への配慮」という外交上の問題として扱われていることによります。そしてこのような現状を「内政干渉」であると受け止めようとする日本人がおり、こうした宣伝文句が浸透しつつあることに問題の深刻さを感じます。

しかし、それは本当に「内政干渉」なのでしょうか。協力を前提に付き合っている国家に対して「国内事情」だけを強調し一方的な行動をとることは、それがいかなる問題であれ、回避されなければならないことなのではないでしょうか。「経済」にしても「安保」にしても協力関係を損なう一方的な措置は避けて何とか妥協点を探っていく、これこそ相手国を敵国とみなさない限りとるべき当然の態度と思われます。

もちろん、「靖国」が外交上においてのみ問題となるものでないことはあまりにも自明です。それは日本が自らの過去にどう向かい合い、その経験をどのように活かして行こうとするかの問題、すなわち「自分探し」の問題の一部であるからです。しかし「自分探し」は「自分」の中だけで可能なのでしょうか。日本の首相が、その「自分探し」の旅をどうしても「靖国」に求めようとするなら、その旅先はその対極の場所にも向けられなければならないでしょう。日本国内だけでもそうした場所は数多くあります。広島の韓国人被爆者慰霊碑もその一つです。こうした様々なところに投げ捨てられている死を普遍的な価値の中で拾い集めることを「自分探し」の出発点にしてほしいのです。過去の日本がおかした暴力的な海外膨張に犠牲にされたすべての方々の亡霊は、内向きの偏狭な自愛の道具ではなく、普遍的な価値を見出す力の根源であっていいはずです。
 
さて、こじれにこじれた日韓関係を今後修復に向かわせるとき、なにが必要かの話に移ります。今回の事態はやはり歴史教科書問題に端を発しているように思われます。歴史問題をめぐって生じたことである以上、歴史認識を極めることが求められます。お互いの歴史認識の共通の基盤を構築する作業はお互いの歴史に歩み寄ることから始められます。私は、日本の人々が植民地統治の歴史を知らないことと同様に、韓国の人々が戦後日本の歩みについて知らないことが問題を拡大させる一つの原因であると考えています。共通の歴史認識を構築するにおいて、お互いに空白として残しているこの歴史に関心を持つことが、その第一歩となるでしょう。

幸い、80年代の後半以降、たくさんの韓国からの留学生が日本に来て学び、戦後平和主義の目撃者となり、そのことを帰国後においてはそれぞれが語る「日本論」の前提として活用しながら、日本理解の幅を広げようと努力しています。しかし、日韓間において貴重な結び目となりうる彼らが、当の日本でその前提を崩そうとしている人々が現れていることに当惑していることも事実です。その意味でも、どうぞ日本はここになって戦後平和主義を放り出すようなことはしないよう心の底からお願いしたいのであります。 

先日は、軽井沢のあなたの別荘へお招きいただき、この暑苦しい夏盛りの一時を涼しい森の中で快適に過ごすことが出来ました。その帰り道で私は、どうか、たくさんの良識ある日本市民があの森の木々のように奮い立ち、広く木陰を作り、この暑苦しい夏を何とか耐え抜けるようにして欲しいと願わざるを得ませんでした。

長い暑中お見舞いとなってしまいましたが、どうぞ乱文ご海容くださいませ。

(南基正さんからいただいたお手紙を、アメリカのオハイオ州シンシナティより送ります。今西 2001年8月6日)

第17回SGRAフォーラム「地球市民の義務教育」 Posted March 2, 2005 by imanishi
第17回SGRAフォーラム報告

日本は外国人をどう受け入れるべきか
―地球市民の義務教育―

2004年10月23日(土)午後1時半より、東京国際フォーラムG棟610号室にて、SGRA「人的資源と技術移転」研究チームが担当する第17回SGRAフォーラム「日本は外国人をどう受け入れるべきか―地球市民の義務教育」が開催された。昨年11月に開催した同テーマのフォーラムでは、実質的に移民受け入れ大国となっている日本の実態と、研修生制度について考えたが、今回は、日本の小中学校における外国人児童生徒の不就学問題を紹介し、「全ての子どもたちが教育を受ける権利」について考え、日本の公立学校は彼等彼女等にどのような教育を提供すべきかを議論した。今回も昨年11月と同様に、大勢の聴衆が集まり、子供の教育を受ける権利について、活発な議論がなされた。

SGRA研究会の今西代表による開会挨拶が行われた後に、日本や欧州社会における外国人問題に造詣の深い立教大学社会学部教授・宮島喬氏が、「学校に行けない子どもたち:外国人児童生徒の不就学問題」と題するゲスト講演を行った。氏は、今から十数年前、イラン人の12歳の少年ユセフ・ベン・ベグロ君が栃木県のある古紙問屋で働いていて、機械に巻き込まれて死亡した事件から話を切り出し、「なぜそんな出来事が起こるのか、学齢期の子どもが学校に通うのは、当然ではないか」という問題意識を踏まえて、近年における日本の義務教育における外国人児童生徒の教育問題を取り上げた。ドイツなど欧米の国々の多くは、保護者が学齢期の子どもを学校に通わせることを在留条件としている。しかし日本ではそうではない。このため、教育委員会や学校は、外国人の子どもを就学させるための真剣な努力を行っていない。一方、日本の公立小・中学校で行う義務教育は「日本国民のための教育」という性格を濃厚に帯び、外国人を排除しかねないものである。日本の学校に馴染めない子どもたちは、ブラジル人学校等の民族学校に通うことになるが、はたしてそれは結果的に永住することになる彼らに意味のある将来を保障してくれるだろうか。「国際人権規約」(日本は1978年に批准している)では、「初等教育は、義務的なものとし、すべての者に対して無償のものとする」と定めている。日本の学校教育をどう変えるべきだろうか。宮島氏は、具体的に、母語教育の公認、英語中心主義からの脱却、「日本語」という科目の設置、漢字・漢語・歴史文化語の見直し、社会科・歴史教育の国際化、スクール・ソーシャル・ワーカーの配置、学習支援のボランティア、外国人学校の改善と認可等々を提案した。

続いて、外国人児童の教育問題をめぐって3名の方による研究報告が行われた。

SGRA研究員で、一橋大学社会学研究科博士課程で研究をしているヤマグチ・アナ・エリーザ氏は、フィールドワークを通じて得た膨大な現場の情報を踏まえて、「在日ブラジル人青少年の労働者家族が置かれている状況と問題点:集住地域と分散地域の比較研究」と題する発表を行った。日系ブラジル人労働者が来日するようになって15年以上になるにも関わらず、多くの問題が発生したまま時間がただ経過していく現状が紹介された。家族呼び寄せが始まり、子どもたちが日本に暮らすようになった結果、さらに問題は複雑化している。その中、最も深刻なのは子どもの不就学問題と非行問題である。そのような「問題」になる前の段階及び環境の中で、彼らが属している家族が直面している問題、家族の置かれている状況が、実は、青少年に大きな影響を与えている。個別訪問による調査により、日本にいる外国人労働者の子供たちの教育問題の深刻さがいっそう浮き彫りになった。

東京学芸大学連合大学院博士課程の朴校煕氏は、「在日朝鮮初級学校の『国語』教育に関する考察:国民作りの教育から民族的アイデンティティ自覚の教育へ」と題する報告を行った。在日朝鮮学校の朝鮮語教育は、当初、民族語を知らない児童・生徒の識字率を上げる運動からスタートしたが、北朝鮮政府と総連の組織が成立すると、北朝鮮の海外公民として帰国を前提とした「国語」教育政策に変容した。しかし、このような「国語」教育政策には、日本社会を生活の舞台とする現実的な側面が看過されていたため、教育需要者である、多くの在日韓国・朝鮮人の支持基盤を失う原因となった。1970年代の後半から、総連は、このような実態を省み、在日外国人としての現実により着目し、生徒たちの母国語駆使能力と民族的情緒の両方面を育てることに、大路線転換を図った。現行の在日朝鮮学校における民族語教育のあり方と北朝鮮の「国語」教育について、テキストの内容の比較を通じて、興味深い分析が示された。在日朝鮮学校における民族的アイデンティティ自覚の教育への転換の試みは、今後の日本における外国人の子どもの教育問題に対して多くの示唆が含まれていると感じた。

慶應義塾大学大学院法学研究科に所属し、静岡文化芸術大学非常勤講師も勤めている小林宏美は、「カリフォルニア州における二言語教育の現状と課題:ロサンゼルスの3つの小学校の事例から」という報告を行った。1998年からアメリカのカリフォルニア州において二言語教育を原則として廃止する住民提案227が可決され、州内の各学区の教育プログラムは多大な影響を受けた。ヒスパニック系移民子弟が生徒の多数を占めるロサンゼルス統合学区でも、「英語能力が不十分な生徒」に対して、原則として英語で授業を行うイングリッシュ・イマージョンプログラムの比重が高まった。カリフォルニア州は二言語教育の長い歴史があり、提案227可決はしばしば米国社会における保守化の現れと捉えられているが、改変による教育効果も現れている。現場調査を踏まえ、教育の現場の写真などを示しながら、ロサンゼルス統合学区における3つの小学校の事例が紹介された。

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4人の講演と報告が終わった後、アジア21世紀奨学財団常務理事でSGRA顧問の角田英一氏が進行役を務め、パネルディスカッションが行われた。

まず、フロアからの質問に答える形で、ヤマグチ・アナ・エリーザ氏は、いままでの若年層の外国人が年をとっていくうちに、彼らの保障をどうすれば良いかという問題がまた生まれるという課題を示した。朴校煕氏は朝鮮学校を例に、組織化が母語維持の重要な場を形成するのに大きな役割を果たしているとの見解を示したが、ヤマグチ氏は在日ブラジル人学校の組織化はまだ難しいという現状認識を示した。小林宏美氏は、第2言語の習得は、第1言語がどの程度に発達しているかによって決められるという学界の定説を紹介しながら、母語教育の重要性をあらためて提示した。

宮島氏は、講演で話した「ソーシャルワーカー」という言葉は一種のメタファーで、要は、外国人生徒を適切に指導できる学校職員を配置すべきだと説明した。重要なのは外国人の子どもの就学であり、学校に行くように働きかけることからはじめるべきである。これは、単に教育の問題だけではなく、実は、外国人出稼ぎ労働者の移動の仕方、子どもの権利の見地から、日本のこれまでの政策の反省を促している。そして、外国人労働者とその子どもたちを受け入れない、あるいは、受け入れを困難にしている日本社会が問われている。それは、外国人やその子どもへのいじめや無理解という態度にも現れている。教育の国際化とは、従来日本でいわれている「国民のための教育」から「市民のための教育」に変えていくことであると強調した。

パネラーたちのディスカッションに触発されて、フロアからの質問やコメントは、今回の講演や報告で触れられなかったインドネシアなどのアジア諸国からきた外国人研修生の問題や、中国人など他の在日外国人の子ども教育問題まで広がった。宮島教授は、これらの話を踏まえて、再び、「日本はすでに実質的に移民国家になっており、移民国家であるという自覚が必要だ」と力を込めて日本社会の自覚を訴えた。

パネルディスカッションに誘われ、会場から次々とコメントや質問が出た。予定時間を大幅にオーバーして、フォーラムは熱気に包まれる中で終了した。今回のフォーラムは、外国人の子どもの教育問題を取り上げたが、実は、人権の普遍理念や国のあり方など、非常に大きなテーマについても深く考えさせられる内容であった。グローバル化が進むなかで、出稼ぎ労働者を含めて、人の移動が盛んになっている。アジアでは、日本を先頭に、新興工業国やアセアン、さらに中国と、次々と急ピッチで近代化社会に邁進している。しかし、人間は、物の豊かさだけを追求しても幸せを得られない。お互いに理解し、尊敬しあい、共生共存を図っていくことこそ、心の豊かさが生まれ、真の幸せを実現できるのだ。今回のフォーラムを聞いて、久々に有意義で充実した週末を過ごしたと思ったのは、私だけではないだろう。

(文責:SGRA「人的資源と技術移転」研究チームチーフ 徐 向東)

レポート第22号「民族紛争:どうして起こるのか、どう解決するか」明石康 Posted June 15, 2004 by imanishi
SGRAレポート第22号

「渥美奨学生の集い」講演録
明石 康(スリランカ問題担当日本政府代表・日本紛争予防センター会長)

---講演報告--------------

2003年11月11日(火)午後6時より、渥美財団評議員で日本紛争予防センター会長の明石康氏をお迎えして「渥美奨学生の集い」が開催されました。明石氏は、今後国際協調のために留学生の役割がますます大切になることを提起された後、元国連事務次長時代にカンボジアと旧ユーゴスラビアで地域紛争の平和調停を務め、現在は日本政府代表としてスリランカ調停にあたられているご自身の体験に基づき「民族紛争―どうして起こるか、どう解決するか」というお話をしてくださいました。「民族」とは主観的なものである。カンボジア、旧ユーゴスラビア、ソマリア、ルワンダなどの事例から原因はさまざまであるが、貧しいことだけでは紛争は起こらず、格差がある場合に問題が起こる。解決へ向ける方法もたくさんあり、スリランカでは経験豊富なノルウェイの専門家と一緒に、いろいろなことを試してみている。国連は当該国の協力がある場合に効果的な問題解決ができる。そして、現在は、紛争が起きる前に対処するためにODAが使えるようにしようとしていること等を教えていただきました。また、今後の懸念としてメディアをとりあげ「正しく報道されるのは2割くらい」と指摘されました。その後の質疑応答では、紛争の原因としては経済格差と同時にいじめや恨みも考えなければならないこと、国連の地位をあげるために安全保障理事会の改革が検討されていること、ODAを各国政府に与えるとますます格差が増すので現
在はNGOへの支援が進んでいることなど、丁寧にお答えいただきました。

(文責:今西)
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ブレンサイン(AAN)「少数民族の伝統脅かす都市化」 Posted March 2, 2004 by imanishi
中国は、9割を占める漢民族と55の少数民族が暮らす多民族国家だ。その民族多様性が魅力の一つだが、いま、その多様性に危機が忍び寄っている。「都市化」ブーム。経済発展で都市化が進む沿海部のことではない。農業中心の内陸部の「地区」を「市」と呼び換え、農民や遊牧民を「市民」にするという行政改革、「撤地設市」の動きだ。 

全文はAANホームページをご覧ください。

ボルジギン・ブレンサイン
早稲田大学モンゴル研究所客員研究員
(中国・内モンゴル自治区)
2004年3月1日の朝日新聞朝刊に掲載

林 泉忠「沖縄のアイデンティティー」 Posted February 23, 2004 by imanishi
SGRA研究員の林泉忠さんの沖縄のアイデンティティーについての研究が、いくつかの新聞で紹介されましたのでお知らせいたします。

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沖縄「独立すべき」2割 琉球大講師らアジアで比較調査

沖縄県民の4割が「自分は沖縄人で日本人」と答える複雑なアイデンティティーを持ち、2割は「独立すべきだ」と考えている――。琉球大講師の林泉忠博士(国際政治学)らの調査でこんな意識が浮き彫りになった。

朝日新聞


その他の新聞:

琉球新報

沖縄タイムス

東方日報

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林泉正(Lim Chuan-Tiong)
琉球大学法文学部専任講師
2004年2月22日の新聞に掲載


第18号「地球市民研究:国境を越える取り組み」高橋甫、貫戸朋子 Posted February 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第18号(PDF)

第11回フォーラム講演録「地球市民研究:国境を越える取り組み」
高橋 甫、貫戸朋子
日本語版2003.8.30

---もくじ-----------------

開会挨拶 今西淳子(SGRA代表) 

【ゲスト講演1】「市民とEU」高橋 甫(駐日欧州委員会代表部調査役)

【ゲスト講演2】「国境なき医師団的発想とは」貫戸朋子(国境なき医師団日本プログラムマネジメント担当)

【講演者と参加者による自由討論】

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SGRAレポート「日本とイスラーム」が再録出版  Posted January 22, 2004 by imanishi
SGRAレポート#10「日本とイスラーム〜文明間の対話のために〜」が下記に再録出版されましたのでお知らせいたします。

   板垣雄三(いたがき・ゆうぞう)
   「イスラーム誤認」 
   岩波書店 2003年9月25日発行

湾岸戦争を契機として、アメリカの超大国化が冷戦後の世界に亀裂を走らせ、イスラームに独善的・排他的なイメージを押し付けて、敵意と衝突を加速化させている。いまこそ憎悪と報復のサイクルを脱するためにイスラーム本来の文明観を理解し、文明間の対話を積極的に行っていかねばならない。第一部で、イスラームへの偏見によって歪められた世界認識をただし、文明間対話を通して公正と平和を回復すべきことを主張し、第二部で、日本とイスラーム圏との長い交流の歴史を踏まえ、日本に対する親愛と信頼という国際的資産を活かす提言を行う。湾岸戦争、パレスチナ紛争、9・11同時多発テロ、アフガン戦争、イラク戦争など、世界の変動に触れて発表された著者の持論の精華を集成。

蔡 相憲「東アジアの農業と農学の使命」 Posted January 22, 2004 by imanishi
 8月末、農学部の教官7人と韓国を訪れた。3つの大学を訪問し、日本と韓国を含めた東アジアの農業について意見交換し、共同セミナーを開催した。その間の1日、別行動をとってソウルに行き、韓国農魚民新聞社の所有者で、12万人の農民が会員の韓国農業経営者連合会中央会の徐会長にお会いした。彼は韓国の農民を代表するにふさわしい強い信念の所有者とお見受けした。当日の午後3時には韓国農水大臣も参加した韓国農業経営者連合会附設農業政策研究所の開所式が予定されていたにもかかわらず、ソウルの東から西まで朝のラッシュアワーに2時間も掛けて私に会うために来てくれた。私たちは2時間以上も、現在の農業の深刻な状況について話し合った。現場の事をよく理解し、農業や農民の立場に立って、献身的に活動している彼の姿に感銘を受けた。

 日本に帰ってからお礼を含めて手紙を出したが何の返事もいただかなかったので、お忙しいのかなと思っていた。最近になって、徐会長はメキシコのカンクンに行っていることを新聞で知った。韓国農民代表団の一員として抗議するためだった。ところが、世界貿易機関(WTO)閣僚会議に抗議して韓国人の男性が自殺したというメールがはいってきた。慌ててインターネットで韓国の新聞を見ると、自殺したのは韓国農業経営者連合会中央会の元会長で徐氏の先輩であった。徐氏も現場に一緒に居たはずだ。何故どうして、愛する娘の結婚を2週間後に控えた男が異国の地で自ら命を絶つようなことをしたのだろうか。この数年間、全国でたくさんの農民が借金に窮して首を吊り、生計が困難で農薬を飲んで死んだにもかかわらず何も驚かなかったこの社会の非情さと政府の無関心が、この農業人の憂いと嘆きの根源ではなかったのか。これから農業後継者の養成をめざす私は、その晩、眠ることができなかった。自分のしていることに対する自信までも失いかけた。

 この事態は、5千年余りも続いて来た「生命の農業」を「貿易商品」として扱うウルグアイラウンド(UR)と世界貿易機関(WTO)のせいだと言う人がいる。しかし、社会全体をみると貿易自由化によって弱者である農漁民は被害を受ける一方、一部の階層はその恩恵を受けてむしろ繁栄を謳歌しており、ここに悲劇の種子が内在している。後者が世論を作って政治に影響を及ぼして政策を支配する社会が現状だとするのは過言だろうか。 市場経済と貿易自由化が今日の欧米社会発展の原動力になった。その裏には「補償の原則」と「最弱者保護の原則」がいつもあったのではないだろうか。政策の受恵者と被害者間には均衡を期さなければならない。このふたつの原則が今日、資本主義体制が共産主義体制を圧倒できるようになった要因でもあるという点をこの社会は注目していない。過去、農業投資が成果を上げなかったことには多くの原因があるが、何より農村と農民対策がなくて政策のための政策(政治のための政策や現場のことをよく理解出来ず、机上の経済理論だけで作られた政策)だけだったというところが問題の核心であろう。WTO閣僚会議をみながら、世界貿易の自由化の計画もその底辺に「補償の原則」と「最弱者保護の原則」が生きて動かなかったら、市場の失敗と政策の失敗をもたらすしかないと思った。

 さて、将来のことを考えると、3つの大きな問題があるように思う。

第1に、先進農業国の技術的問題に目を向ける必要がある。そこでの大面積の粗放農業は土壌の塩類化、流失や地力低下を招いている。また、政治的な面からみても先進農業輸出国は今後も変わることなく食糧を供給してくれるであろうか。安心・安全の農産物を供給してくれるであろうか。

第2に、自国における農業の役割は「何よりも国民のための食物の生産」であり、それは生命と生活の根源である(身土不二)。農産物は地域・国として安定的に生産・供給される必要がある。一方、農家や農業関係者は最近の厳しく展開される農業環境に耐え、国内の農業を持続するために、生産や流通のコスト節減やシステム改善にも力を入れるべきであろう。

第3に、農業の多面的な機能の重要性である。農村は単に生産基地だけではない。社会構造の発展は農村を基盤にしたものである。お盆の時など、日頃より数倍の時間をかけて渋滞の高速道路を通って苦労して行くのは、そこに我ら現代人の心のよりどころの故郷があるからだろう。農村には生きていくための精神的な基盤がある。農村の荒廃には国の存亡がかかっている。東アジアは共通してお米を食べる文化とそれを支える水田農業を行っている。水田農業は自然、経済、文化や生活のすみずみまで影響している。水田は洪水や渇水の調節機能も有している。水田は湛水により肥沃化する機能も持っている。米の輸入によって水田に代表される農耕文化を失い、人々の考え方、社会的価値観も大きく変わって行くだろう。

 経済論理だけによる世界の農業交渉は、食糧安保の放棄とともに国土の荒廃化、農村経済の崩壊を意味する。5千年の長い歴史を持つ農業をこの数十年の経済論理の尺度で乱切りしないでほしい。農業を単なる貿易商品として扱うのではなく、地域における農業の多面的機能を考えなくてはいけない。21世紀、私達の社会が自然環境と共生し、また余暇を充分活用し、経済・生活両面のバランスのとれた発展を目指すためには、農業や農村の持つ多様な役割を再度見直す時期に来ていると考えられる。それは、従来の経済価値としての生産機能に加え、水・土・大気の保全などの自然・国土保全機能、レクリエーション空間としての機能、さらには景観としての保健休養機能等が挙げられる。1リットルの穀物の収穫よりは1平方メートルの農地の保全を考えなければいけない時代に我々は生きている。そして肥沃な土地を後世に限りなく継承して行かねばならない。

蔡 相憲 (チェ サンホン)
SGRA研究員
東京農工大学博士課程(在籍宇都宮大学野生植物科学研究センター)
2003年9月17日投稿

レポート第18号「地球市民研究:国境を越える取り組み」( Posted January 22, 2004 by imanishi
SGRAレポート第18号: 第11回フォーラム講演録「地球市民研究:国境を越える取り組み」(高橋甫、貫戸朋子)2003年8月30日発行

今西淳子「地球市民とは」 Posted January 22, 2004 by imanishi
 8月21日午後7時より、SGRA会員の山下英明さんの主宰されるセンチュリーフォーラムで、SGRAの活動を基にして「地球市民とは」というお話をさせていただきました。まず、地球市民に不可欠な要素として「行動」がありますから、私の活動を紹介しました。ひとつは渥美財団と関口グローバル研究会(SGRA)で、もうひとつは、CISV(Children’s International Summer Villages)という世界60カ国の子供たちに短期合宿生活させて異文化理解を推進するグローバルな平和教育運動ですが、どちらも「地球市民の育成」を目標にしています。これらは財団法人と社団法人ですが、このような民間による(NGO/NPO)公益活動自体が「地球市民」の重要な要素のひとつと考えます。

 次に、この言葉がどれくらい使われているか、インターネットの検索エンジン(google)で調べてみたところ、「地球市民」が336,000件、「global
citizen」が929,000件、「earth citizen」が634,000件ありました。たとえば「地球市民財団」は地球市民を「異なる文化や歴史を、一人の人として互いに尊重し、理解しあい、認め合う意識を持った人々」と定義し、地球上に住むすべての人が幸せに暮らせるよう、途上国を支援するNPOを助成しています。広島県の国際化推進プランでは、「地球市民意識の醸成」のために「国際理解・多文化理解の促進」と「平和・人権意識の高揚」をあげています。また、高崎市の「地球市民宣言」では、「歯磨きや洗顔のときは、水をこまめに止める」「買い物には買い物袋を持参する」など環境に配慮した日常生活上10項目の注意点をあげています。このようにみてみると、「地球市民」という言葉は既にかなり広く使われ、充分に「市民権」を得ているといえると思います。

 さて、朝日新聞社「知恵蔵」に、「地球市民」の項では「1970年代から、地球的視点で行動する主体として『地球市民』が登場する。その意味で『地球市民』とは、昔からあった抽象的・理念的な『世界』『人類』とは違い、物質的条件に迫られ、生存をかけた意識である。」と定義されています。さらに、SGRA「地球市民」研究チームでは、「地球に住む人類として、全く新しいアイデンティティーとして芽生えて」きた意識であり、その特徴は「近代社会の基本理念である自由と平等を継承すること、地球規模の『公共圏』において、かつての国家権力に頼る征服や同化ではなく、お互いに意を尊重し合い、共に生きる、つまり『共生』を求める自立的な市民であるべきという認識」であるとしたことを紹介しました。(SGRAレポート#1「地球市民のみなさんへ」p.27) SGRAの定義の特徴は、自由・平等・民主主義といった近代社会の普遍的価値と公共性(公益性)を強調したことです。

 しかし「知恵蔵」は、「それはまだ意識のレベルであって、行動はローカルに根を持ち、国境を超えるトランスナショナルではあっても一挙にグローバルではない」と指摘します。山下氏より「地球市民の生命と財産は誰が守るのか」という質問をいただきましたが、まだ制度的な検討はほとんど始まっていないと言わざるをえないでしょう。しかしながら、この点を検討するための参考として、本年5月のSGRAフォーラムでは、EU日本事務局の高橋甫氏から「EUと市民」というお話を伺いました。高橋氏は、欧州統合のキーワードとして@戦争を二度と起こさないという理想に根差したビジョンA強力な政治的な意志B現実的な漸進主義C制度的な裏付け(理事会と委員会と議会と裁判所)D文化的な多様性の確保、を指摘された後、「市民に近いEU」と呼ばれ、既に1979年から、加盟国の議会の代表者ではなく、直接選挙によって議員が選ばれていること、これによって、欧州市民というレベルでEUの政治に参加していることを紹介してくださいました。これが、欧州市民権や欧州基本権憲章の制定に発展したということです。(高橋甫「市民とEU」SGRAレポート#18「地球市民研究:国境を越える取り組み」9月発行予定)

 最後に、「地球市民」意識の啓蒙活動の意義について述べました。本年2月お台場のSGRAフォーラムで、京都大学の白石隆教授は、アメリカの圧倒的な影響の下、アジア各国に、大きなマスとして中産階級が台頭してきていることを指摘されました。白石教授は、過去30年ぐらいのスパンで見ると、アジア各国はかつてよりはるかに多くのものを共有するようになっているということ、このとうとうとしたアメリカ化の中で、私たちは規範についても相当いろいろなものを共有するようになってきていること、そして、その上にこそ、いずれマーケットの地域統合の上に、制度として地域というものを作っていくということも構想できるようになるのではないか、と結論されました。(白石隆「日本とアジア」SGRAレポート#17「21世紀の世界安全保障と東アジア」p.12)

 さらに、昨年7月軽井沢のSGRAフォーラムで、宮澤喜一元総理大臣は「何か共通のものを頼って、何かができるというような動き方には急にはなっていきません。しかし、オーディオ・ビジュアルな時代ですから、過去において何世紀もかかったことが、これからも何世紀かかるということもない」と仰いました。(SGRAレポート#14「グローバル化の中の新しい東アジア」p.8)ドッグイヤーの時代ですから、アメリカ化という共通基盤のもと、アジア地域の共通規範の確立もそれほど遠いことではないかもしれません。

 以上のことから、アジアにおける「地球市民」意識啓蒙には、次のような意義があると考えます。@アジア各国における中産階級の台頭により拡大する共通基盤作りの促進A多様なアジアにおける「自由」や「平等」という普遍的価値の普及B欧米化ではなく文化の多様性の尊重を基本とする意識の普及C共通基盤に基づく連帯意識の醸成と、地域統合への方向づけD地球規模の問題解決への取り組みを推進(アジアは最大の人口を有し、経済発展が著しい)E社会の激しい変化に対応。

SGRAでは、今後も「地球市民」について考えていきたいと思っています。

今西淳子
SGRA代表
2003年9月1日投稿

第11回フォーラム「地球市民研究:国境を越える取り組み」 Posted January 22, 2004 by imanishi
 2003年5月26日(月)午後6時半より、東京国際フォーラム・ガラス棟G602会議室にて、第11回SGRAフォーラム「地球市民研究:国境を越える取り組み」が開催されました。今回は、SGRA研究会「地球市民」研究チームが主催する4回目のフォーラムですが、駐日欧州委員会代表部調査役・高橋甫氏と国境な医師団日本でプログラムマネージメントを担当されている貫戸朋子氏をゲスト講師として迎えての開催で、SGRA会員をはじめ、約50名が参加しました。

高橋甫氏からは「市民とEU」のテーマで以下の諸点についてお話し頂きました。
・欧州統合は二度にわたる世界大戦への反省がその原点にある。
・武力衝突のきっかけになった石炭や鉄鋼に対する共同管理ため、まず6カ国でこの石炭や鉄鋼に限られた分野での主権委譲を伴った統合(石炭鉄鋼共同体)に着手。
・統合の深化と拡大の半世紀(欧州経済共同体、欧州共同体)を経て、現在(欧州連合)に至る。
・その特質として、連邦国家でもなく、また伝統的な国際機構でもない。加盟国から主権の委譲を伴う「共同体システム」(経済)と主権委譲が伴わない「政府間協力制度」(外交・安全保障)の二重構造をもつ存在。
・そのプロセスにおける現実的漸進主義や言語・宗教などの文化的多様性を承認しながらの推進。
・欧州における国境を越えた「他者との連帯」、またその統合の主体は、単に政府ではなく、欧州市民であるという理想・信念。
・「市民のための欧州」を目指して、欧州市民のアイデンティティ確立(共通のパスポート、EUの旗・歌)、欧州市民権・欧州基本権憲章、欧州議会・欧州憲法。
・EUの構造的特質、経過、理念などへの分かりやすい説明。とくに「市民のため」「市民による」連帯や協働の重要性を他地域との比較で説明。

貫戸朋子氏は「国境なき医師団的発想とは」という演題で、自分の体験を交えながら、国境なき医師団の結成経緯・性格・活動などを紹介してくれました。写真による現場の生々しい光景は、過度に日常平穏に過ごしている私達にとって良い刺激になりました。氏の講演の要旨は以下の通りです。
・3人のフランス人医師の決意から生まれた。
・既存の国際的医療組織が政治によって強く左右されている現状をふまえたうえで、医療援助がもっとも切実なのに、国際社会において看過・無視されている地域の人々を優先的な対象として医療行為を行なう。
・政治的中立・公平、人道主義的普遍倫理にもとづきながら、自らの奉仕・犠牲によって成り立つ。
・それを支えるものとして、弱者の救済・それへの献身というヨーロッパの一種の精神的貴族主義。
・自らの権力化を防ぐため、組織状態を自発的結社として、運動的存在として定位。

 質疑の時間において、質疑者から「EUの統合は一つの巨大国家の出現にすぎないのではないか」や「欧州統合における宗教問題への対処」、「国境なき医師団にはどうして日本の参加者が少ないか」や「現地人とのコミュニケーションの取り方」などの質問がありました。

 今回のフォーラムで取り上げられたEU市民社会や「国境なき医師団」のことは、「地球市民」研究チームが取り組んでいる「地球市民とはなにか」の課題に大いに参考になるものでした。欧州統合における強い意志と信念・確固たる実践、多様性への配慮や長期的な枠組みの中での漸進的プロセス、しかも共有部分のシステム化などの経験は、最近活発化した東アジアでの国際協力において大きな参考材料になることでしょう。さらに、国境を越えた連帯と協働、国境を越えた他者への関心・思いやり、自己犠牲による奉仕・献身などは地球市民の形成における徳性の問題とも深くかかわる気がしました。とくに東アジアの将来を考える上で大変大きな示唆になると思われました。 

(文責:薬会、高煕卓)

「国際協調再構築への努力」 Posted January 22, 2004 by imanishi
 トロントのOさん、global vigil に参加のご報告をありがとうございました。クリーブランドのI さん(非会員)からは「中西部のクリーブランドのようなところにいると、アメリカ#1を叫ぶ人が多くて、息がつまります。息抜きをありがとう。」というメールをいただきました。東京のIさんからは「カルフォルニヤの友人がCandlelight Vigil の集まりでスピーチをしたそうです。短時間で情報が流れたそうですが、結構大勢人が集まったようです。」、福岡のKさん(非会員)からは「今日、 平和のためのキャンドルライトに行ってきました。いろんな人が集まっていて、熱い思いを語ってくれました。最後は ギターにあわせてみんなでイマジンを歌い平和への思いを募らせました。非戦への思い、何かしたいけれど、何をしたらいいか?何ができるか??判らずに悶々としていましたが、今夜、一つ脱却できた気がしました。」とのメールが届きました。

 911以後、どうにも止められない国家の暴走とは別の次元で、インターネットで繋がるグローバルな「市民」の連帯が始まっているのではないかと注目しています。非常に良くできているMoveOnのウェブをみてキャンドルライトの反戦キャンペーンを1回だけ、約200人の方々にメールをして、フィードバックを求めていないのに、このようにグローバルな反応をいただくのは、何か新しい可能性を感じます。バーチャルな世界が現実社会に影響を及ぼすためには、さらに何が必要なのでしょうか。全世界で起きている反戦集会の動員に、インターネットが大いに役立っているとは思いますが。MoveOnではその後、署名や募金運動をしているようですので、関心のある方はホームページを見てください。(http://www.moveon.org)

 そして、私達の怒りの気持ちを代表してくださった李鋼哲さんの「イラク戦争を止めろ!!! 民主主義を救え!!!」、ありがとうございました。アジア人とは言え、中華人民共和国の国籍をお持ちの李さんから「民主主義を救え!」というメッセージをいただいたことに、若干の戸惑いと、新しい可能性を感じます。このようにあからさまに、国家に翻弄されることに慣れていない戦後生まれの私としては、むしろ、このような場合でもたくましく生きていく市民の知恵を、中国の方々に教えてもらいたいほどです。

 おそらく、私達の多くは、「怒りと悲しみを感じますが、ただ単にそれだけでは済まされない現実を前にして、そうした感情をそのままストレートに表すこともできず、とにかく、自己嫌悪に陥っています。」という仙台のNさんのように、この圧倒的な暴挙に対する無力感をどのように処理すれば良いのかわからず、途方にくれているといったところなのではないでしょうか。

船橋洋一「ブッシュの戦争と権力の驕り」 日本@世界 朝日新聞 2003/03/20

米国がそれを使えば、他のどの国もそれを使う権利を主張するだろう。そうなれば、暴力を飼いならし、力の抑制と均衡を図り、国際法規を守り、国際機構をつくる、そのように積み上げてきた文明を根底から突き崩すことになる。テロから文明を守ると言いながら文明をうがつことになる。「見えない敵」に冷戦時代の抑止力が効かないことは確かとしても、これまでのルールと慣行と知恵をかなぐり捨てていいということにはならない。ここに、この戦争の最も危険な深淵(しんえん)がある。

辺見庸「私達の内面をも蹂躙」 私の視点 朝日新聞 2003/03/22

米英両軍による画時代的ともいえる暴挙はイラクの人と大地を手ひどく傷めつけているだけでなく、じつは戦火からはるか離れた私達の内面をも深く侵している。なぜなら、今回の武力行使が人倫の根源に背くものであるにもかかわらず、私たちは直ちに制止する術を知らず、多くの人々の身体が爆弾で千切れ、焼き尽くされるのをただ悲しみと怒りの中で想像するほかないからである。(略)米国のみが「先制攻撃」という名の侵略権や他国の指導者に対する暗殺権を有するという彼らの思想は、近代国民国家のものというより病的なまでに古く先制的であり、忍耐の要る対話をすぐに拒む蛮人のそれというほかはない。換言すれば、高度に技術化された蛮人が世界を仕切ろうとしているのである。

そんな中で、「こんなときにこそ(略)、イラク攻撃が国際社会にとって持つ意味を冷静に考える必要がある」という田中孝彦「脱・脅迫政治(パワーポリティックス)こそ歴史の流れ」(文化 朝日新聞夕刊 2003/03/20)を興味深く読みました。

国連決議なしのイラク攻撃は、国連の多国間主義がとうとう米国の単独主義に敗れてしまったという印象を与えるだろう。しかし、国際政治の歴史を振り返ると、国連の安全保障理事会が大国の行動を抑止できなかった事例には事欠かない。むしろ重要なのは、加盟国の行動が国際的な正当性を満たすかどうか判断する基準を、国連が国際社会に提供してきたことにある。今回、唯一の超大国でさえイラク攻撃容認の国連社会の正当性を得られなかっ事実の方がむしろ重要だろう。加えて、米国を含む各国の国内世論が、国連決議を得ない軍事力の行使に対して、強く反対の意を示してきた事実の意味も大きい。もし「国連が死んでしまう」とすれば、それは、イラク攻撃が実際に行われたことによるのではない。安保理の分裂を「粉飾」するかのよう国連自身がイラク攻撃を追認したり、国連は無力であると考えて加盟団体や市民が見放したりすることによる。

 田中氏は、複雑な相互依存のネットワークだ世界中にはりめぐらされている現在の国際社会では、多国間協調の枠組みが必要されていると説き、ヨーロッパ統合に触れています。

17世紀中葉以後、国際政治は紆余曲折を経て、主に西ヨーロッパにおいて、パワーポリティックスの制限ないしはそれからの脱却のための国際秩序を模索しつづけてきた。そして、その試みは、第2次世界大戦後、ECそしてEUを生み出したヨーロッパ統合という、脱パワーポリティクスの流れを、少なくとも西欧域内に定着させた。(略)ラムズフェルド米国国防長官が、独仏両国を『古い欧州』と揶揄したことはよく知られている。しかし、この両国は、世界戦争を契機にパワーポリティクスからの脱却を模索してきた、むしろ『新しい国』なのである。

 そして、田中氏は、最後に、「すべてが終わってしまったわけではない。いまこそ国連を見放さず、『帝国』の幻想に陥らず、脱パワーポリティクスの流れを推し進める構想をより強く模索する時なのではないだろうか。」と呼びかけています。

 戦後復興は日本方式で、いや満州方式で、など恐ろしく時代錯誤的な論説までとびだしてしまう中、私達は人類が作り上げてきた「文明」を守るため、人類が成し遂げててきた「新しいこと」を丁寧に拾い出して、今後進むべき道を考えていかなければならないのでしょうか。北東アジアは、イラクの次の戦場になりかねない事態に陥っています。一刻も惜しまずに国際協調構築へ努力しなければならないのではないでしょうか。

皆さんのご意見をお待ちしています。

SGRA代表 今西淳子
2003年3月24日

SGRAレポート第15号「中国における行政訴訟―請求と処理状況に対する考察―」呉東鎬 Posted January 22, 2004 by imanishi
SGRAレポート第15号(PDF)

投稿 呉東鎬「中国における行政訴訟―請求と処理状況に対する考察―」

2003.1.31発行

---要旨-----------------

中国社会は、今、市場経済の導入によって個人の自立と自由が「単位」社会に取って代わり、社会主義計 画経済の下で維持してきた行政・命令・動員による人治社会秩序が次第に崩れつつある。そのために、今ま での人治社会に代わる法治社会の構築が求められるようになってきた。特に注目される出来事は、89 年に制 定された行政訴訟法である。それまで、「政府は人民の利益の代表者」として位置付けられ、「政府は正しい 存在」と考えられ、国民が政府を訴えることはありえないとされてきた中国社会にとっては大きな衝撃であ った。行政訴訟制度の中国での実施は初めてのことであるだけに、この10 年間の実績は正に模索の過程だっ たといえよう。

本稿では、行政訴訟法の施行から10 年の間に行われた人民法院の行政裁判に関するデータに基づいて、行 政訴訟の「請求と処理」状況を考察し、そこに存在する問題点とその原因の解明を試みる。そして、行政訴訟 事件数の推移、行政訴訟事件の種類、裁判所による行政訴訟事件の処理状況に対する、具体的考察と分析を 通じて、以下の見解を示す。

第1 に、この10 年間の行政訴訟事件数の推移から見た場合、中国では、毎年新規受件数の記録を更新して いる。行政に対する訴訟制度のスタートからわずか10 年経ただけで、一年間の新規受件数は9 万件以上にの ぼっている。この状況は、行政訴訟法の実施に伴い、より多くの国民が行政訴訟を通して自分の権利救済を図 っているという状況を反映しているともいえよう。もっとも、人口の割合から見れば、実際の行政訴訟事件 数は、せいぜい100 万人当たり25 件程度に止まっていること、また、全国の各法院が受理する件数は毎年 平均で7〜8 件に過ぎないこと、法院の受理している事件総数の中で行政訴訟事件が占めている比率は極めて 低いこと、などから単に数の増加を根拠に行政訴訟の実効性を評価することはできないと考える。特に、行政 処罰と行政上の強制措置が中国社会に大量に存在し、その濫用が深刻である状況から見た場合、今の行政訴 訟請求数は、必ずしも多いとはいえず、国民の権利救済の主な手段としての機能を発揮しているとは結論し にくい。

第2 に、行政事件の内容から見た場合、行政の相手方の重大な権利利益に関わる、しかも一時的性質を有 する公安、土地、都市建設関係の行政訴訟事件に集中していることが分かる。更に、その訴訟対象となる具 体的行政行為は、行政処罰と行政上の強制措置が多く、民主主義において意義を持つ公害、環境などに関する 訴訟は見られない。これは中国の現代型行政訴訟が未発達であることを表しているといえよう。

第3 に、裁判所の行政訴訟事件に対する処理状況から見れば、取り消しし率(被告行政機関の具体的行政行 為を取り消す判決の占める比率)が低迷に陥っているのに対して、取り下げ率が大きく伸びていること、かつ その比率が高いことが最大の特徴である。そして、その「本来取り消しし判決によって処理されるべき行政 訴訟事件が取り下げによって処理されてしまう」という実態からは、実際の行政救済ができなくなってしまう 裁判所の事件処理状況が窺える。

第4 に、中国の裁判所の事件審理期間の統計によれば、表面上、かなり能率的に処理されているように見え るが、事件の内容、特殊性、取り下げ率の高い状況などから総合的に見た場合、額面どおりに受け取ることは できない。もっとも、この統計からは、裁判期限の法定化、裁判組織と人員の専門化などの裁判の効率を図 る工夫が、裁判コストを下げ、行政救済の実効性を高めるのに一定の効果があったことを反映しているとも 考えられる。

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薬 会(AAN)「姓名判断復活、ビジネスに」 Posted January 22, 2004 by imanishi
 中国各地で「起名公司」が大繁盛だ。縁起のよい企業名をひねり出すのが売りの広告会社もあるが、大半は姓名判断が業である。インターネットをのぞくと、「中華起名網」「好名網」「取名網」「美名網」などのサイトがずらりと並んでいる。

 全文はAANホームページをご覧ください。

薬 会(SGRA「グローバル化と地球市民」研究チームチーフ)
2003年1月17日朝日新聞掲載

薬 会(AAN)「中国の連ドラが面白い」 Posted January 22, 2004 by imanishi
 最近、メードイン中国の連続テレビドラマが面白い。時代劇やホームドラマ、青春ドラマ、トレンディーもの、公安劇(刑事もの)など多彩なジャンルで人々を楽しませている。

 全文はAANホームページをご覧ください。

薬 会(SGRA研究員)
2002年12月14日朝日新聞掲載

第10号「日本とイスラーム:文明間の対話のために」板垣雄三 Posted January 22, 2004 by imanishi
SGRAレポート第10号(PDF)

第6回フォーラム講演録「日本とイスラーム:文明間の対話のために」
S.ギュレチ、板垣雄三 
2002.6.15発行

--もくじ-----------------

【ゲスト講演】「日本とイスラーム:文明間の対話のために」板垣雄三(東京大学名誉教授)

【特別報告】「イスラームと日本と東京ジャーミイ」セリム・ギュレチ(東京ジャーミイ副代表、SGRA会員)

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「環境・エネルギー」研究チーム
 

第24回SGRAフォーラム「ごみ処理と国境を越える資源循環」 Posted July 25, 2006 by imanishi
第24回SGRAフォーラムin軽井沢
「ごみ処理と国境を越える資源循環〜私が分別したごみはどこへ行くの?〜」

時は平成18年7月22日、日本全国で大雨が降り続く中、軽井沢は晴れ!という日に鹿島建設軽井沢研修センター会議室にて、第24回SGRA(関口グローバル研究会)フォーラムが開催された。

総合司会のSGRA研究員全振煥氏(鹿島技術研究所主任研究員)が開会を宣言し、SGRA代表の今西淳子氏から開会の挨拶があり、フォーラム開催の趣旨について説明があった。地球温暖化、異常気象、砂漠化、廃棄物処理等々、環境問題は、人類が地球規模でとりくむべき課題となった。その中で最も身近な問題であるごみ処理は正しく行われているかどうか、また、日本から中国を含むアジア諸国・地域への再生資源(廃棄資源)輸出が拡大しているが、国際間移動の現状はどうなっているのか。各国の法制度や施策の実情はどうなっているのか。何が問題か、今後どうすれば良いか、国際協調は可能か、等々検討するため、このフォーラムを開催することにした。ごみという身近な問題から一緒に考えたい。

フォーラムの前半では4人の講師を迎え、それぞれ専門分野について講演を頂いた。また後半のパネルディスカッションでは、4人の講師を含み、5人の先生により熱い討論が行われた。

最初に、「廃棄資源の国際間移動の現状と今後:アジアを中心として」を題とし、エックス都市研究所取締役鈴木進一氏が、日本の廃棄物資源の循環利用の取り組みを紹介しながら、リサイクル資源の国際間の移動の背景や状況について詳細なデータを用いて紹介した。日本とアジア諸国との国際資源移動のイメージを模索し、さらに具体化的な対策について提案を行った。廃棄物資源の循環利用の取り組みに各国相互の理解や協力が不可欠だと結論づけ、地球市民を目指すSGRA会員にそれらの取り組みへの協力を要請した。

次に、「EUの再生資源とリサイクル:ドイツを中心として」を題とし、鹿島技術研究所上席研究員間宮尚氏から、自身の留学体験から、環境先進国であるドイツの廃棄物処理の政策、法律について紹介し、ごみ処理について日本とドイツの相違点を明らかにした。ドイツでは積極的にリサイクル行為にインセンティブを与えて、廃棄物のマネージメントを最優先に考える。また、廃棄物処理は税金ではなく、手数料を通して解決する手段をとっており、日本にとって、大いに参考になると力説した。

3番目の講演では、「アジアにおける家電リサイクル活動に関する調査報告」を題とし、SGRA研究員の李海峰氏(北九州市立大学)が台湾、韓国、中国を中心としたアジア諸国における家電リサイクルの取り組みを紹介し、各国の家電リサイクル法の相違及び国際資源循環の背景及び問題点を指摘し、豊富な写真から中国における家電製品リサイクルの流れ、問題点を述べた。またアジア、特に中国における家電リサイクルの実践について、回収ネットワークの整備、リサイクル費用の負担及び適正処理技術の開発等に多くの問題が存在していることを明らかにした。

最後に、「廃棄物問題と都市の貧困:マニラ貧困層のコミュニティ資源の活用」を題とし、東京大学総合文化研究科教授の中西徹氏が、「幸せとは何か」の問いから貧困が環境にもたらす問題、また環境が貧困に与える影響を述べ、被害者として環境劣化が貧困を激化させるが、同時に、不法投棄など、環境問題への加害者となっている面もあり、環境保全と貧困緩和の両立を目指すための事例を提案した。また循環システムの構築をするために、コミュニティ資源を活用するのが先決で、コミュニティのネットワークにより、生ごみ回収の効率化や協力体制もできるのではないかと提案された。資源循環社会構築による貧困層の改善に期待したい。

夕食を挟んで、午後7:30時、4人の講師に埼玉大学教授外岡豊氏を交えて、パネルディスカッションが始まった。
まず、司会SGRA研究員の高偉俊氏(北九州市立大学助教授)が、以下のように共通認識をまとめた。@ゴミは資源であると同時に、不純物や有害物等を含む混合物でもある。だから無害化と資源化という矛盾を同時に扱わなければならない。A資源循環が国境を越えていく。有価物、例えば、古紙等がすでに商業ベースに乗って国際間で売買されている。処理費用の削減を求めるために、先進国から途上国に安い処理場や工場を探し、ゴミが国境を越える。また、無責任な処分企業が有害物の最終処分を途上国に転嫁させる例もある。このような問題へは、個人レベル、国レベル、国際レベルで総合的に対処していかなければならない。ゴミ問題の決め手は、基本的にはわれわれ消費者であり、物を長く使っていくことが先決である。国レベルでは法整備を含め、経済性のある資源循環社会の構築に力を入れる必要がある。また、廃棄物資源の循環が国際化している以上、国家間の信頼関係、ビジネスとしてのWin-Win関係、そして先進国からの技術供与や支援が求められる。

パネルディスカッションでは、最初にパネリストで埼玉大学教授の外岡豊氏が4人の講師の講演に対し感想を述べ、その意義を総括した。共通して現場を深く理解し問題の解決に向けた意識を持った研究であり、このような試みが社会の新しい状況に対応した問題解決への基礎になる。地球全体が一つの生命体であるというラブロックのガイア仮説になぞれば、人類社会全体が一つの生命のようなものであり、この国境を越えたリサイクルとゴミ問題に対処するシステムを構築する試みは、社会が柔軟に対応できる能力をそなえ、人類社会に命を吹き込む重要な営みである。アジア各国のさまざまな違いを融合させて国境を越えた新しい解決策を打ち立てるためにSGRAの活動は重要な意義がある。

「自国のゴミは自国で処理すべきと思うか」との問いに対して、参加者の間では賛成40%に対して反対60%との結果が出た。原則としては自分が発生(製造)したものは自分で処理すべきではあるとしても、私にとってはゴミかもしれないが、別の人に対して資源になる場合もあり得るので、グローバルになった今日には国境を越えた廃棄資源移動を止めることができないとパネリストたちは共通的に認識している。しかし「途上国はゴミ箱ではない!」公害輸出等の悪いケースもあり、廃棄物資源の中に有害物も含まれるという現実から、製造者(生産者)責任でそれらの問題を真剣に取り込むべきであり、情報公開や処理技術供与等の基本モラルが必要であると指摘された。国際的な廃棄物資源循環モデルを構築するために、@排出側と受け入れ側での責任体制の確立;A双方のWin-Winとなるビジネスモデルの構築;B情報公開等による事業の透明性の確保;C国民の間の信頼関係の構築;Dそして双方の協力体制の確立等を早急に取り込むことが必要だとパネルディスカッションは結ばれた。SGRA会員はこのような環境作りに大いに活躍することができるではないかと期待され、1時間半のパネルディスカッションに終止符を打った。最後にSGRA運営委員長の嶋津忠廣氏がフォーラムをまとめ、閉会の辞を述べた。
(文責:高偉俊)

マキト運営委員の写したSGRAフォーラムの写真はここをご覧ください。

レポート第26号「この夏、東京の電気は大丈夫?」中上英俊、高偉俊 Posted September 26, 2005 by imanishi
SGRAレポート第26号
第15回フォーラム講演録「この夏、東京の電気は大丈夫?」
中上英俊、高偉俊
日本語版 2005年1月24日

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【ゲスト講演】「この夏、東京の電気は大丈夫?」中上英俊(住環境計画研究所長)

【研究報告】「この夏、上海の電気は大丈夫?」高 偉俊(北九州市立大学国際環境工学部助教授、SGRA研究チーフ)

【パネルディスカッション】進行:李 海峰(建築研究所客員研究員、SGRA運営委員)

第15回フォーラム「この夏、東京の電気は大丈夫?」 Posted May 25, 2004 by imanishi
2004年5月13日(木)午後6時半〜8時半、日本プレスセンターの日本記者クラブ10階ホールにて、第15回SGRAフォーラム「この夏、東京の電気は大丈夫?」が開催された。このフォーラムの目的は、電力自由化の是非を含む、正しい電力供給のあり方を市民レベルで考えることであり、また、上海を中心とした中国の電力事情が豊富なデータによって紹介された。司会は全振煥氏(鹿島建設技術研究所研究員/SGRA運営委員)であった。

まず、ゲストの住環境計画研究所所長中上英俊氏が「この夏、東京の電気は大丈夫?」を題として講演を行った。中上氏は日本の電力政策、電力の供給並びに電力の利用状況について、豊富なデータを用いて説明を行った。また、電力自由化等の規制緩和による市民生活への影響を分かり易く説明した。日本の電力構造、国民の省エネルギー意識の向上等により安全な電力供給ができるようになったが、京都会議のCO2削減目標を達成するために、なお国民全体の努力が必要だと指摘した。「東京の電気は大丈夫?」の問いに対しては、日本の経済事情及び省エネ努力の結果から「大丈夫!」と結論付けた。
 
次に北九州市立大学国際環境工学部助教授・SGRA「環境とエネルギー」研究チームチーフの高偉俊氏が「この夏、上海の電気は大丈夫?」と題とし、上海の電力事情を紹介した。昨年の夏、上海は記録的な猛暑に見舞われた。昨今のめざましい経済発展と市民生活の向上とによって電力消費の伸びは中国政府の予想を越え、限定的な地域停電を行わざるをえない状況となった。その原因としては家庭用空調機の普及により民生用エネルギーが急増したことが指摘された。但し、この問題の解決に関しては、単に電力設備容量等の増強だけでは解決できない。中国の行政手段により一時的なピーク回避も評価したいという意見を述べた。「上海の電気は大丈夫?」の問いに対しては、「中国の技(わざ)」ありなので「大丈夫!(上海では昨年夏のニューヨークのような大停電はおこらない)」と結論付けた。
 
その後、限られた時間だが、SGRA「環境とエネルギー」研究チームの李海峰サブチーフ(独立行政法人建築研究所客員研究員/SGRA運営委員)の司会により、中上英俊氏と高偉俊氏のおふたりに対して、質疑応答を行った。日本の将来のエネルギー開発のあり方に関する質問に関して、中上氏から、新エネルギー利用(燃料電池等)がインフラの整備等(水素ステーション)により一定の発展を見せているが、当面はエネルギーを上手に使う工夫等が重要である。自然エネルギー利用にしても、従来型システム(例えば太陽熱温水器)等のほうが効率が高いとの指摘があった。

47名(内会員25名)の参加者は、お二人の講師の豊富なデータに基づきながらも、ユーモアたっぷりの講演を楽しんだ。

(文責:高偉俊)

レポート第20号「環境問題と国際協力」 Posted April 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第20号

第12回フォーラム講演録「環境問題と国際協力:COP3の目標は実現可能か」日本語版2004.4

【講 演】外岡豊「地球温暖化防止のための国際協力」
【報告1】李海峰「ビジュアルに見る東京ヒートアイランド」
【報告2】鄭成春「カリフォルニア州におけるRECLAIM制度の最近動向報告」
【報告3】高偉俊「途上国からみたCOP3目標の実施」
【調 査】アジア各国の現状
       韓国(鄭 成春)
       モンゴル(M.アリウンサイハン)
       フィリピン(F.マキト)
       インドネシア(J.スリスマンティオ)
       ベトナム(ファン・ムイ)
【自由討論】
【総括】木村建一


第12回SGRAフォーラム in 軽井沢報告 Posted January 22, 2004 by imanishi

2003年7月18日(金)及び19日(土)、鹿島建設軽井沢研修センター会議室で、第12回SGRAフォーラムが開催された。今回のフォーラムにおいては、18日午後8時から10時までの分科会で、ベトナム・タンロン大学のフィン・ムイ先生からベトナムの廃棄物問題を含めた様々なベトナムの事情についての報告がなされた。また、19日午後2時から6時までの本会議では、「環境問題と国際協力:COP3の目標は実現可能か」というテーマについて、基調講演と研究報告さらにアジア各国の状況調査報告があり、その後有益な議論とディスカッションが行われた。以下は、その概略である。

「ベトナムからの報告」 by フィン・ムイ

ベトナムの環境問題に長年携わってこられたムイ先生から、最近のベトナムの廃棄物問題について、先生の個人的な経験を中心に報告があった。ベトナムはまだ発展途上国であり、日本のような先進国が直面している廃棄物問題とは違う性質の廃棄物問題、一言で言えば、「衛生問題としての廃棄物問題」に直面している。この問題を解決するために、ムイ先生は、適切な廃棄物の処理施設を整備することが重要だと主張し、自ら地方政府を説得して、衛生的な処理施設を建設した経験を紹介してくださった。

一方、途上国の直面するもう一つの重大な問題は「貧困と環境破壊の悪循環」という問題である。ムイ先生は、ベトナムの少数民族の事例を取り上げて、貧困がもたらした環境破壊の実態、すなわち、従来の農法によって進行する砂漠化、砂漠化によって深刻化する生活の厳しさについて、詳しい報告がなされた。と同時に、このような悪循環を断ち切るための住民自らの試み、すなわち、我慢強い植林活動についての紹介もあった。また、このような悪循環を断ち切るためには教育が重要であると強調された。

「環境問題と国際協力:COP3の目標は実現可能か」 by SGRA環境・エネルギー研究チーム

地球温暖化を防止するための国際協力をテーマにした今回のフォーラムにおいては、埼玉大学の外岡豊教授をゲストに迎え、「地球温暖化防止のための国際協力」というタイトルで基調講演をしていただいた。地球温暖化は20世紀後半のビジネス社会が招いた人類最大の問題であることを強調しながら、この問題を解決するためには、それぞれの考え方や慣習を持つ国々が互いに理解を深め、協同作業を積み重ねるしか方法はないと熱く語られた。

ゲスト講演の後、SGRA環境・エネルギー研究チームの3人の研究員からの研究報告がなされた。まず、李海峰研究員は、東京におけるヒートアイランド現象の深刻さについて、具体的なデータや図を見せながら、地球温暖化とヒートアイランドによって大都市の住居性が著しく損なわれる可能性が高いと警告した。鄭成春研究員は、排出権取引制度の事例として「カリフォルニア州のRECLAIMプログラム」を取り上げ、排出権取引制度が成功するためにはきめ細かい制度設計が必要である点を強調した。高偉俊研究員は、中国抜きでは地球温暖化問題の解決はできないと主張しながら、中国における温室効果ガスの排出及び対策についての報告を行った。最後に、ベトナム、韓国、モンゴル、フィリピンにおける各国の地球温暖化対策の現状についての報告があった。

以上の基調講演、研究報告を踏まえながら、約1時間にわたるパネル・ディスカッションが行われた。そこでの結論は、今できることを一つ一つ実践しながら、その実績を積み重ねていくことが最も大事である、という点であった。今回のフォーラムは、この面から見ると、各国の研究者たちが集まり、地球温暖化問題についての議論を重ね、互いに理解を深める貴重な場としての意義を持つと思われる。

(文責:鄭成春)

レポート第12号「地球環境診断:地球の砂漠化を考える」建石隆太郎他 Posted January 20, 2004 by imanishi
SGRAレポート第12号(PDF)

第7回フォーラム講演録「地球環境診断:地球の砂漠化を考える」
建石隆太郎、B.ブレンサイン 
2002.10.25発行

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【ゲスト講演】「衛星データから広域の砂漠化を調べる」建石隆太郎(千葉大学環境リモートセンシング研究センター助教授) 

【研究報告】「フィールドワークでみる内モンゴルの沙漠化」ボルジギン・ブレンサイン(SGRA研究員・早稲田大学モンゴル研究所研究員)

【質疑応答】

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第7回フォーラム「地球環境診断:地球の砂漠化を考える」 Posted January 20, 2004 by imanishi
プログラムと発表資料
SGRAレポート第12号(PDF)

 2002年5月10日(金)午後6時半から8時45分まで、有楽町の東京国際フォーラム610号室にて、第7回SGRAフォーラム「地球環境診断:地球の砂漠化を考える」が開催されました。今回は、地球環境破壊、特に砂漠化(沙漠化)について、二つの対照的な研究、衛星写真情報の利用という大規模かつ最新鋭の理工学的研究と、現場のフィールドワークという地道な人文科学的研究が、約50名の参加者に紹介されました。

 まず、千葉大学環境リモートセンシング研究センター助教授の建石隆太郎博士より、「衛星データから広域の砂漠化を調べる」というタイトルで、様々な衛星画像データを紹介しながら、砂漠化とは何か、衛星データによるリモートセンシングの基本、衛星データによる砂漠化調査の方法、砂漠化地図化などについて、わかりやすく解説していただきました。そして、この研究は、重要な環境問題の一つである砂漠化の現状を、衛星データを利用してなるべく正しく把握することであり、各国の衛星によるデータをあわせて、より総合的に砂漠化を把握する国際的共同研究も進められていること、砂漠化を正しく把握するためには、どんなに高精度であっても衛星データだけでなく、地上の正確な地図、そして現場での実地調査が必要であり、広範囲な学際的研究が求められることを説明してくださいました。

 次に、SGRA研究員で、日本学術振興会外国人特別研究員・早稲田大学モンゴル研究所客員研究員のボルジギン・ブレンサイン博士から「フィールドワークでみる内モンゴルの沙漠化」というタイトルで、20世紀前半の満州国文献における内モンゴル地域の実態調査報告書の分析、追跡調査の結果、内モンゴル東部地域における農地化によって、いかに沙漠化が進んだかという研究を発表してくださいました。無理な開発と農業中心主義政策によって開墾が拡大され、ステップの保護層としての表土が傷められて、風化が進み、農業も牧畜もその存続すら危ぶまれる窮地に至っているというお話に、参加者はあらためて砂漠化の深刻さを認識しました。

 その後、限られた時間でしたが、SGRA「環境とエネルギー研究チーム」の高偉俊チーフ(北九州市立大学国際環境工学部助教授)の司会により、建石先生とブレンサインさんのおふたりに対して、質疑応答が行われました。今年は、北京やソウルがひどい黄砂の嵐にまきこまれ、北海道にも降って、中国内陸部の砂漠化が、より身近な問題として感じられたこと、地球の砂漠化に対する総合的な政策は殆ど発表されたことがないこと、内モンゴルの砂漠化がカシミヤ山羊の飼育や髪菜という珍しい食材の乱獲などが原因となっており、知らないうちに、私たちの日々の暮らしにも関連していること、などが指摘されました。そして「では、明日からもっと明るい気持ちで生きていくにはどうすれば良いでしょうか」という質問に、ブレンサインさんは「内モンゴルに旅行して、その土地の習慣や文化を知ってください」と答えました。

(文責:今西淳子)

SGRAレポート第7号発行 Posted January 20, 2004 by imanishi
SGRAレポート第7号(PDF)

第3回フォーラム講演録「共生時代のエネルギーを考える:ライフスタイルからの工夫」
木村建一、D.バート、高偉俊
2001.10.10発行

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【ゲスト講演】「民家に見る省エネルギーの知恵」木村建一(早稲田大学名誉教授)

【研究報告1】「エムシャー工業地帯再生プロジェクトから学ぶこと」
デワンカー・バート(SGRA研究員・北九州市立大学助教授)
 
【研究報告2】「都市構造とライフスタイルの変化による省エネルギーの効果」高 偉俊(SGRA研究員・北九州市立大学助教授)

【質疑応答】

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第3回フォーラム「共生時代のエネルギーを考える:ライフスタイルからの工夫」 Posted January 20, 2004 by imanishi
当日プログラムと発表資料
SGRAレポート第7号(PDF)

 2001年5月30日(金)午後6時半〜8時45分、東京国際フォーラムガラス棟402会議室にて、SGRA第3回研究会「共生時代のエネルギーを考える:ライフスタイルからの工夫」が開催されました。50名を越す参加者は、講演者の用意したたくさんのスライドを見ながら、ライフスタイルという身近な切り口から環境問題を考えました。

 最初に、早稲田大学理工学部の木村建一名誉教授が「民家に見る省エネルギーの知恵」についてお話しくださいました。木村先生は、持続可能な建築を考える上で、民家の環境に適した美しさ<環境美>を強調されました。断熱と気密化で住宅の暖房エネルギーは1/10にすることができるが、問題は夏の住まいだと指摘され、世界各地の民家の美しい写真をたくさん見せてくださいました。そして、民家には蒸発冷却・大気放射冷却・地中の恒温性利用、加湿冷却、天井扇など、「涼房」と名づけることのできる様々な知恵が見られ、機能と調和した美しさを備えた民家には建築の本質があるとされ、民家技術の現代的適用として@形態と気候風土とA社会情勢の変化に適応していること、B材料の再利用、C(自動ではなく)人動制御、D設計の態度を改めること、が大事であると提案されました。また、これからの建築は、@化石燃料を使わないA工夫の心をもつB地域性をいかすC建物は生き物と認識することが大事であり、伝統的民家こそ環境にやさしい建築である、今後の建築はもっと「民家に見る知恵」を学ばなければいけないと主張されました。

 次に、北九州大学助教授でSGRA研究員のデワンカー・バート氏は、「ドイツのエムシャー工業地帯の再生プロジェクトから学ぶこと」という演題で、ドイツ人の環境保全の意識について講演しました。デワンカー氏は、まず、緑がいかに大切かを説明し、工業地帯の再開発では、屋上や駐車場の地面にまで緑を生やしてあったり、太陽電池のパネルが並んでいる様子を見せてくださいました。ビートルスの60年代からドイツの若者は環境破壊的な政策に反対運動を続け、石炭の利用は殆どなくなり、原子力発電を停止することが決まった。そして、自然エネルギーの利用として、風力発電が開発されたが、既にドイツの若者は、風車という人工物を作ることに反対を始めている。だから、何が良いかはまだ誰もわからない。でも、こうして自然資本を生かした世界を生み出していく努力が必要であり、そのために「ALL YOU NEED IS LOVE.」であると結論づけました。

 最後に、同じく北九州大学の助教授でSGRA研究員の高偉俊氏は、「都市構造とライフスタイルの変化による省エネルギーの効果」という講演の中で、人口の多いアジアの特性と経済の発展をデータで示した後、コミュニティーを重視したライフスタイルへの変化と、都市を高層化して地域化し、緑と水でネットワーク化したクラスター化が必要であるとの提案をしました。「マイホームからマイルームへ」、外食の薦め、コミュニティーセンター活用など、具体的な提案はとても刺激的でした。

 その後、短い時間でしたが、いくつかの質疑応答が為され、デワンカー氏の「できることから始めなければいけない」との力強い宣言をもって、第3回研究会も盛会のうちに 終わりました。

(文責 今西)

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「日本の独自性」研究チーム
 

SGRAレポート第31号「東アジアの経済統合:雁はまだ飛んでいるか」 Posted June 2, 2006 by imanishi
SGRAレポート第31号
第20回フォーラム講演録「東アジアの経済統合:雁はまだ飛んでいるか」渡辺利夫、平川均、トラン・ヴァン・トウ、範建亭、白寅秀、エンクバヤル・シャグダル、F.マキト、2006年2月20日発行

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【基調講演】「東アジア共同体への期待と不安」渡辺利夫(わたなべ・としお)拓殖大学学長

【ゲスト講演】「東アジアの雁行型工業化とベトナム」トラン・ヴァン・トウ 早稲田大学教授

【研究報告1】「中国家電産業の雁行型発展と日中分業」範 建亭(はん・けんてい)上海財経大学助教授、SGRA研究員

【研究報告2】「韓・中・日における分業構造の分析と展望:化学産業を中心として」白 寅秀(ペク・インス)韓国産業資源部産業研究院副研究委員、SGRA研究員

【研究報告3】「モンゴルの経済発展と東北アジア諸国との経済関係」エンクバヤル・シャグダル 環日本海経済研究所研究員

【研究報告4】「共有型成長を可能にする雁行形態ダイナミクス:フィリピンの事例」フェルディナンド・マキト フィリピン・アジア太平洋大学研究助教授、SGRA研究員

【パネルディスカッション】

【総括】平川 均(ひらかわ・ひとし)名古屋大学教授、SGRA顧問

第4回共有型成長セミナー in マニラ報告 Posted May 16, 2006 by imanishi
SGRA「グローバル化と日本の独自性」研究チームチーフ
マックス・マキト

2006年4月18日(火)午後2時から5時まで、マニラ市にあるアジア太平洋大学(UA&P)のPLDTホールにて、UA&P・SGRA日本研究ネットワークの第4回セミナーが開催された。セミナーの主な目的はEADN(東アジア開発ネットワーク)やSGRAの支援を受けて行ったフィリピンの経済特区についての研究報告であった。経済特区管理局(PEZA)の積極的な支援をいただいて、予想を上回る71名の参加者があった。

まず、アジア太平洋大学のヴィリイェガス常任理事より開会挨拶があり、効率性だけではなく所得分配も重視する開発戦略、いわゆる共有型成長が必要であることが強調された。

研究報告は経済学部長のピーター・ユー教授が分析枠組みの説明をし、その後に、私が実証研究報告を行った。この研究は数年前から続けており、今年は対象期間と特区の範囲を拡大したが、以前の研究結果がこの拡大した研究でも立証された。つまり、雇用の安定性、現地調達の割合、日本経済との統合が高ければ高いほど輸出生産性が高まるという結果が得られたのである。要するに、私たちの研究結果が示しているのは、共有型成長を目指すことは経済特区の効率性に貢献するということである。

最後の報告として、トヨタ(フィリピン)産業関係部のジョセプ・ソッブルベガ部長より、トヨタ経済特区におけるクラスタ化の活動についての発表があった。クラスタ化は現地の中小企業の育成を目指す活動であり、私たちの研究で取り上げた現地調達との関係が深い。このような活動にトヨタが力を入れていることは大歓迎である。セミナーの後、ジョセプ氏は、私たちの研究を聞いて初めて彼の活動のマクロ的な意味を把握できたと言ってくれた。今後もお互いに連絡を取り合うことになった。

その後、会場からの意見を聞いた。UA&P・SGRA日本研究ネットワークの将来的な活動として、NGOとしての第三者の視点を持ちながら、企業と政府の間の話し合いの場が提供できればと思う。最後に、今西淳子SGRA代表が、閉会の挨拶の中で、日本とフィリピンの友好50周年記念の活動のひとつとして、このセミナーを開催できたことに対し関係者の皆さんに感謝の意を伝えた。

F.マキト 「マニラレポート in 香港&広州」 Posted November 10, 2005 by imanishi
「マニラ・レポートin香港・広州 2006年11月1日―7日」
SGRA「グローバル化の中の日本の独自性」研究チームチーフ
フィリピンアジア太平洋大学研究助教授
マックス・マキト

一週間にわたった香港・広州での二つのフォーラムは結構気分転換になった。日本にいると、どうしても日中韓米に関する課題に埋まってしまうが、これらのフォーラムに参加したら、よりASEAN、そして一つの塊ではない中国がもっと見えてきたという気がした。

第1回のフォーラムは香港で開催され、EADN(東アジア開発ネットワーク)の研究助成を受賞した代表者がそれぞれの中間報告を行なった。香港、中国、日本、オーストラリア、インドネシア、フィリピン、シンガポール、マレイシア、ベトナム、カンボジアからの研究者(殆ど局長クラス)からコメントを受けた。このフォーラムでは、開発経済学か政治経済学の若手研究者を支援するというEADNの目的を達成するための主催者の懸命な努力が伺えた。フォーラムの間は殆ど缶詰状態だったので、参加者のそれぞれの母国の事情を知る機会が多かった。最近の動きをあまりファローしていなかったが、母国に近い地域の問題なので楽しく皆の話を聞いて参加できた。

フィリピンのUA&P(アジア太平洋大学)とSGRAの共同研究テーマは、フィリピンの経済特区を通していかに雁行形態ダイナミックスなどを利用して共有型成長を実現できるかということである。今年の夏のSGRAフォーラムin軽井沢で紹介した時、参加者の皆さんは前向きに受け入れてくれたが、香港のフォーラムではこのダイナミックスについて多少抵抗を感じた。幸いに、日本の円借款を扱っているJBIC(国際協力銀行)が、EADNの研究活動に対して関心を示しており、代表を二人も派遣していた。具体的に4つの研究テーマに対して、JBICは関心があるという。そのなかの二つ、つまり「産業化における政府の役割」と「輸出促進」とは我々の共同研究と非常に関係していると、同行したUA&Pのユー先生と私は気がついた。実際、JBICの代表の方々は、協
力的な態度で応対してくれたので、今後の可能性を探っている。

第2回のフォーラム(同時通訳つき)の初日は香港で開催されたが、その夜から広州に移動した。バスに乗ったらガイドが「皆さん、これから『一国二制度』を実感していただきます」と言うのでわくわくした。要するに、国内の「国境」のチェックを2回(香港側と中国側)するし、中国人でも香港人でも許可がなければ「国境」を通れないということである。金曜日の夜で普段より人の移動が多いが、我々は運良く、楽々通ることができた。そこからは、殆ど高速道路だった。中国の高速道路の総距離はアメリカに匹敵するものになってきたとのことだ。

このフォーラムでは、中国の汎珠江デルタ+ASEANの構想を中心に討議した。この構想は「9+2+10」と呼ばれている。「9」は中国華南地域の9省・自治区(福建、江西、湖南、広東、広西、海南、四川、貴州、雲南)を指し、「2」は2の特別行政区(香港、澳門)を指し、「10」はASEANの加盟国を指す。つまり、9+10+2=10+1という構想で、ASEANと中国との経済連携を実現するための具体的な戦略である。テレビ取材の対象になったフォーラムの初日の発表者は、この汎珠江デルタを「竜の頭」と呼んでいた。東南アジアの参加者から「食べられちゃうよ」という反応もあったが、むしろ、「いかにこの竜の頭に上手く乗るか」が参加者の関心事だったといえよう。

第1回のフォーラムには、フィリピンから他に5人の社会科学者が参加していたが、第2回のフォーラムではなぜか私しか残らなかった。ASEANの参加者は皆積極的に発言していたのでフィリピン唯一の代表として私も最後に以下のように発言した。

様々な報告を聞くと、東アジアのこの構想のなかにもフィリピンはやはり出遅れているではないかという気がする。9+2+10よりは9+2+9(フィリピン抜き)だと受け止めている。ただ、皆さんには、私の母国がこの構想に対して興味がないと誤解しないようにお願いしたい。本当は大変関心を持っている。具体的な提案をさせていただくと、このフォーラムの一つの印象的な言葉は「GATEWAY」、つまり、ASEANと中国を繋ぐ「門」であるが、フィリピンの西側、ASEANの真中にいくつかの島があって、英語ではSPRATLEY ISLANDSと呼ばれている。当フォーラムでも重要とされたエネルギー(石油)と関係しているSPRATLEY ISLANDSは、中国を含めていくつかのASEAN諸国の奪い合い合戦の対象にもなっている。私は中国の字はあまりしらないが(12.5%中国の血がはいっているのに)、CRISIS(危機)という中国の字は
OPPORTUNITY(機会)の字と同じであるということが、フィリピンではよく知られている。例の島々が中国とASEAN諸国との「対立の源」から「協力の象徴」に変換すれば、我々は本物の9+2+10の方向にもっと早く進めるではないかという気がする。

会場は前向きにこの発言を受け入れてくれたようだった。私は、誰にも負けないほど積極的にSGRAの名刺を交換した。懇親会では「BROTHER」と私を呼んでくれた広東の研究所のかたと親しくなったので、今後、フィリピンを含めた共同活動の可能性を探っている。

東京に無事に帰ったら、更にUA&Pの共同研究チームの先生から嬉しいメールを受けた。我々の研究論文がEADNの傘下組織であるGDN(グローバル開発ネットワーク)のメダルの準決勝戦の候補に選ばれたのだ。この論文はEADNに提出したものの拡大版であり、UA&Pの代表者(プロジェクト・リーダーのテロソ博士)が一人、GDNの支援を受けて、2006年1月にST.PETERSBURGのGDN会議で派遣されることになった。EADNのフォーラムのようにできれば私も行こうと考えている。
(2005年11月10日)

レポート第21号「アジア共同体構築に向けての日本および韓国の役割について」平川均、孫洌、他 Posted September 26, 2005 by imanishi
SGRAレポート第21号(PDF)
*PDFファイルですが、かなり思いのでダウンロードに時間がかかります

第3回日韓アジア未来フォーラム講演録「アジア共同体構築に向けての日本および韓国の役割について」

---目次-------------

基調講演:「アジア共同体構築に向けての日本と韓国」
平川 均(日本/名古屋大学)

報告1:「東北アジアという地域と韓国:韓国は地域主義をどうすべきか」
孫 洌(韓国/中央大学)

報告2:「日・中・韓IT協力の政治経済」
金雄熙(韓国/仁荷大学)

報告3:「アジア開発銀行の独自性研究:その概観」
F.マキト(日本/名古屋大学)

報告4:「韓国外交のダイナミズムと日韓関係:公共材としての日韓関係の構築に向けて」
木宮正史(日本/東京大学)

報告5:「北東アジア共同体の構築と北朝鮮問題」
李元徳(韓国/国民大学)

質疑応答

第20回SGRAフォーラムin 軽井沢「東アジアの経済統合:雁はまだ飛んでいるか」報告 Posted September 21, 2005 by imanishi
F.マキト
SGRA「日本の独自性」研究チームチーフ
フィリピン・アジア太平洋大学研究助教授

渡り鳥の飛ぶ季節にはまだ早いけれども、「東アジアの経済統合:雁はまだ飛んでいるか」というテーマで、20回目のSGRAフォーラムが、2005年7月23日に、鹿島建設軽井沢研修センター会議室で開催されました。

まず、開催の趣旨説明のなかで、私は、日本で生み出された開発経済学の「雁行形態ダイナミックス」理論を、SGRAの担当研究チームが取り組んでいる研究課題「日本の独自性」に関連する経済学として位置づけました。そして、雁行形態論の理念・実行手段・結果を参考とする日本独自の開発経済学についての共同研究を、フォーラムの参加者に提案しました。

さらに、経済学者赤松要氏が提唱した雁行形態ダイナミックス理論の3つのパターンを簡単に説明しました。第1パターンは基本形態であり、ある産業が輸入→輸入代替(現地生産)→輸出→逆輸入というように発展します。第2パターンは副次形態1であり、ある国の産業の高度化が図れます。第3パターンは副次形態2であり、先発国の産業の一部の産業が後発国へ進出します。

趣旨説明の後半では、名古屋大学の平川均教授(SGRA顧問)が、「今あえて『雁はまだ飛んでいるか』を議論する意義」について語られました。東アジアを囲む環境は劇的な変化を遂げつつありますが、特に次の4要素が強調されました。すなわち、(1)中国を「磁場」とする統合化の進展、(2)金融協力の進展、(3)FTAを通じた経済統合の深化、(4)地域協力から「東アジア共同体」への議論の転換です。環境の変化に応じる体制が不十分という懸念を抱きながらも、雁行形態によるデ・ファクト(事実上)の統合は既に進んでおり、今後、このダイナミックスが継続するのか、ポスト雁行形態か新雁行形態の時代が到来するのか、あるいは到来すべき
なのかを、この変革の時代において議論すべきであると提案されました。

基調講演をお引き受けくださった拓殖大学の渡辺利夫学長は、東アジアのデ・ファクトの経済統合についての興味深い最近の動きを取り上げられました。貿易の面において、日本を含む東アジアの世界経済に占める存在は高まりつつあります。渡辺教授ご自身が命名された「中国のアジア化―”Asianizing” China」でも象徴されるように、東アジアの域内貿易や海外直接投資の依存度が急増しています。EUとNAFTAに匹敵する勢いです。しかし、北東アジアには、政治的な難題があるため、「地域共同体」までの発展の可能性は低いと主張されました。

一方、早稲田大学のトラン・ヴァン・トウ教授は、 22ページにも及ぶフル・ペーパーで、東アジアを意識するベトナムの視点から、雁行形態ダイナミックスを中心に検証されました。東アジア地域では、雁行形態の工業化が続いているが、国の資本・労働などの資源の状況が似てきており、分業の中身が従来と異なってきています。中国経済の台頭にいかに対応するかということが、ベトナムにとって大きな挑戦となっています。そのために、貿易や海外投資の面においても雁行形態ダイナミックスを利用するべきだという分析を発表されました。

上海財経大学の範建亭さん(SGRA研究員)は、雁行形態ダイナミックスの分析手法によって、中国の家電産業を分析しました。その結果は、渡辺教授が指摘された、中国の産業の海外直接投資への高い依存度の具体的な事例として考えることができます。韓国産業研究院(KIET)の白寅秀さん(SGRA研究員)も雁行形態ダイナミックスの手法で、韓国の化学産業をとりあげ、中国や日本と関連させる分析を行いましたが、日本・韓国・中国の三カ国が絡む雁行形態戦略が綺麗に描かれていました。環日本海経済研究所(ERINA)のエンクバヤル・シャグダルさんは、東北アジアの三カ国へのモンゴルの依存度が高まりつつあると指摘しました。特に、1990年から始めた市場経済への平和的移行で、貿易、海外投資、観光においてモンゴルと東北アジアとの経済関係が深まっています。最後に、私が、フィリピンの経済特区に雁行形態ダイナミックスを適用することによって、フィリピン全体に共有型成長を達成するための分析枠組みを説明しました。

後半のパネル・ディスカッションでは、総合研究開発機構(NIRA)の李鋼哲さん(SGRA研究員)が進行役を務め、東アジア経済統合と雁行形態ダイナミックスについて、パネリストから追加意見を伺ったあと、会場からの質問や発言を受け付けました。とくに印象的だったのは、北東アジアにおいて雁行形態型開発があまり知られていないという指摘に対して、トラン教授が「ベトナムでは皆知っている」という堂々とした反応があったことでした。あとでトラン夫人からお聞きしたのは、トラン教授ご自身が雁行形態理論の発信源だったそうです。トラン教授まではとても及ばないが、私も、フィリピンにおいて同じ存在になれればと思うようになりました。パネル・ディスカッションの議論は面白い反面、もう少し整理が必要だという印象も受けました。とてもここで纏められるものではないので、詳細はSGRAレポートに譲りたいと思います。

代わりに、主催者の不手際で当日に実現できなかったことを2点お伝えします。まず、パネル・ディスカッションでトラン教授から2つの鋭いご指摘がありましたが、その2つ目は私に向けたものだったのに、ちゃんと答える時間がありませんでした。トラン教授は、私の「共有型成長」の分析が、「成長」に偏っており、「共有型」の方があまり強調されていないと指摘されました。真に先生のおっしゃる通りです。研究はまだ進行中なので、後日、先生にちゃんとした答えを報告できるように頑張ります。 
 
もう一つ大変残念だったのは、アンケート結果の報告ができなかったことです。食事前に提出していただいたアンケートを食事中に集計して、食後のセッションでお見せする予定でした。SGRAのチームメートのナポレオンさん(ヤマタケ研究所)がプログラムを作って、私と一緒に、夕食をとらずにがんばって集計したのですが、その後の手違いがあって、時間切れでお披露目できませんでした。そこで、この場を借りてご報告したいと思います。

回答者の国別プロフィールは中国(36%)、日本(32%)、韓国(13%)、その他(19%)になりました。雁行形態の役割についての5番目の質問に対する回答は「凄く重要」・「やや重要」が大半でした。実は、アンケートの設計時、この質問に対する答えが前の2、3、4番目の質問と一致(あるいは矛盾)しているかどうかチェックできる仕組みにしました。結果をみると「一致している」という結論になると思います。2番目の質問「日本が発展途上国からの安い物を輸入することの是非」に対する回答は「やや賛成」や「凄く賛成」というのが大半でした。3番目の質問「日本の空洞化の是非」に対する回答も同様でした。4番目の質問「日本の次世代産業への転換の是非」に対する回答は「凄く遅い」や「やや遅い」というのが大半でした。

アンケート集計の詳細は下記URLここをご覧ください。

最後に、軽井沢で休暇中だった王毅駐日中国大使が、フォーラムの途中に立ち寄ってくださり、「日本という雁も、中国という雁も、一緒に飛んでいきましょう」というご挨拶をしてくださるというビッグ・サプライズがあり、参加者全員の大きな励みとなったことを付け加えさせていただきます。

尚、SGRA運営委員の全振煥さん(鹿島建設技術研究所)が撮った写真を集めたアルバムを、ここからご覧いただけます。

F.マキト「マニラ・レポート2005冬」 Posted January 15, 2005 by imanishi
SGRA運営委員で、「日本の独自性」研究チームチーフのマキトさんより、この冬のマニラでの活動報告が届きましたので転送させていただきます。4月20日(水)にフィリピンのカビテ経済特区でセミナー開催予定ですので、お知り合いの方にご連絡いただけますと幸いです。案内状は下記ウェブサイトからダウンロードしてください。

www.aisf.or.jp/sgra/uapsgra/invitation1.pdf

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マニラ・レポート 2005年冬
F.マキト(SGRA「日本の独自性」研究チーフ)

 マニラが一番賑やかになるクリスマスとお正月をフィリピンの家族と過ごすため、そしてフィリピンのアジア太平洋大学(UA&P)とSGRAの日本研究ネットワークが主催する第3回「共有された成長セミナー」の準備のため、12月9日から1ヶ月ほど帰国した。今度のセミナーは4月20日(水)午後1時半から5時半までカビテ州の経済特区内で開催することになった。前回と同様、経済特区にある日系企業と協力しながら、共有された成長型の経済発展をフィリピンにいかに実現するか、ということが主なテーマである。今度セミナーは前回と違うところがいくつかあるが、一番違うのは開催場所である。前2回のセミナーはマニラ市内のUA&Pの会議室で開
催されたが、今度は現場により近いところで開くことにした。カビテ経済特区(CEZ)は、私の運転でマニラから南へ2時間ぐらいのところに位置する。

 セミナーの運営や研究以外の準備はSGRA側が担当している。そればかりでなく、実質的には、SGRAがこのセミナーの実施者ということができるだろう。この使命をしっかり成し遂げるために、今西SGRA代表の積極的支援を受けて、SGRAフィリピン(有限会社)を設立した。今回の私の滞在期間中は、現地スタッフと一緒に、4月のセミナーで中心的な役割を果たす方々(下記参照)とできるだけ多く会うことにした。まず第一回セミナーから積極的に参加していただいたP-IMESの社長や役員の方々とカビテ州にある工場で会談した。社長のご紹介により、SAN TECHNOLOGIES社長(兼カビテ経済特区投資家協会会長)も会議に出席してくださった(私が訪問の「エネルギー」節約してくださるために!)。そしてセミナーの開会挨拶をしていただくことになった。その後、CEZのフィリピン経済特区当局の管理者と会談し、国営と民間特区の違いなどがわかるようになった(ちなみに、CEZは国営経済特区である)。フィリピン日本人商工会議所も訪問することができ、その月刊ニュースレターにセミナーの案内状(日本語と英語版)を掲載していただくことになった。いつもお世話になっているUA&Pの副総長のVillegas先生の推薦でフィリピン通産省の副大臣(以前、UA&Pでの私の上司でもあった)にも面会でき、セミナーのもう一つの開会挨拶を引き受けてくださった。日比自由貿易協定(FTA)交渉で中心的な役割を果たした方で、日比経済関係の更なる発展を望んでいる私たちと共通な目標を持っていらっしゃる方で
ある。

 以前のセミナーに参加していただいたPCI社長ともお会いした。PCIとはインフラ関係の共同コンサル事業を検討中である。HONDA CARS PHILIPPINESの副社長ともお会いした。HONDAの工場は別の州(ラグナ州)の経済特区にある。今度のカビテ州のセミナーが上手くいけば、第4回目のセミナーはラグナ州にするという予定をたてた。在比日本大使館の研究員の方ともお会いすることができた。フィリピン人日本研究者ネットワークの担当者である。生憎、今年度はスケジュールを上手く調整できなかったが、今後のシンポジウムなどにUA&P/SGRA日本研究ネットワークが参加するよう、お互いに連絡しあうことに決めた。「これからはアジアの時代」という大使館員の言葉は印象的であった。

 最後に、ASIA UNITED BANK(AUB)の副社長とカビテ州の支店長とその営業チームと会談して、4月のセミナーのための今後営業活動などを引き受けていただくことになった。長期的かつ特別な関係を育てるという意味で、SGRAフィリピンのメイン・バンクが誕生した。

 以上のように、大変実りの多い1ヶ月であった。皆さんから貴重なアドバイスとご支援をいただき、SGRAの一員として心から感謝している。そして、これだけの協力を得たのだから、4月のセミナーは必ず成功させることができると確信している。

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この場を借りて、下記の方々へ衷心より感謝申し上げます。

1. Department of Trade and Industry
1.1. Hon. Thomas Aquino, Undersecretary

2. Cavite Economic Zone, Philippine Economic Zone Authority
2.1. Atty. Dante Quindoza, Zone Administrator

3. P.IMES Corporation (Cavite Economic Zone)
3.1. Mr. Masaaki Mitsuhashi, President/CEO
3.2. Ms. Florafe Bantayan, Managing Director/CFO
3.3. Mr. Shinsuke Kubota, Director HR & Purchasing
3.4. Mr. Aniano Matabuena, Jr., Director Quality, Site Services &
Logistics
3.5. Mr. Dante Garcia, Manager Finance & Accounting

4. San Technology, Inc. (Cavite Economic Zone)
4.1. Mr. Nobuo Fujii, President (also President of the Cavite Economic
Zone Investors Association)

5. Honda Cars Philippines, Inc. (Laguna Technopark)
5.1. Mr. Alfredo Magpayo, VP-Administration Division

6. PCI Philippines
6.1. Mr. Junichiro Motoyama, President & CEO

7. The Japanese Chamber of Commerce & Industry of the Philippines, Inc.
7.1. Mr. Tetsuya Matsuoka, Secretary-General

8. Japan Information and Culture Center, Japanese Embassy in the
Philippines
8.1. Ms. Hanayo Nagaoka, Researcher/Adviser

9. Asia United Bank
9.1.1. Mr. Rojo Fernandez, Senior Vice President
9.1.2. Ms. Jen Calabon, Branch Head, Imus Branch
9.1.3. Mr. Arvie Valeros, Sales Officer, Imus Branch
9.1.4. Mr. Artrie Arambulo, Sales Officer, Alabang Commercial Center
9.1.5. Ms. Roselle Lacson, Sales Officer, Alabang Commercial Center
9.1.6. Mr. Allan Penarubia, Sales Officer, Lucena City
9.1.7. Mr. Anthony Contreras Technical Sales Office

10. University of Asia and the Pacific
10.1. Dr. Bernard Villegas, Vice President
10.2. Dr. Peter Lee U (Director, Industrial Economics Program)

マニラのUA&P−SGRAセミナー報告 Posted March 31, 2004 by imanishi
昨年のフィリピン・アジア太平洋大学(UA&P)とSGRAの共同研究(日比自由貿易協定の準備調査−フィリピン政府宛の内部報告)に続いて、最初の一般公開の共同事業となった経済セミナーが、2004年3月26日(金)午後1時半から5時まで、マニラ中心部にあるUA&PのPLDT会議室で開催された。テーマは「共有された成長を目指せ:フィリピン経済特区日系企業を通して効率性と平等性の向上を探る」。SGRA側は今西淳子代表とF.マキト研究員とSGRAフィリピンのボランティアスタッフが5名参加した。

開会挨拶で今西代表がSGRAやマキト研究員や渥美財団を紹介してから、在日フィリピン人についてのデータを紹介した。日本にはフィリピン人が大勢居るのに留学生は少ない。英語ができるしアメリカ文化にも親しみをもっているので留学先がほとんど英米になるであろう。セミナーの前、UA&Pのラウンジでのランチで「日本への留学したいフィリピンの若者はいるが、どうやっていけばいいかわからない」という指摘があったが、それが十分な理由かどうか、いまだに疑問に思う。

その後、4名のエコノミストが30分間ずつ発表した。最初に、SGRAとの調整役を果たしてくれた、UA&P産業研究科のディレクター、ピーター・ユー博士がフィリピンの電子産業と自動車産業について発表した。電子産業より自動車産業のほうが待遇的政策の対象になっているにもかかわらず、電子産業のほうが輸出によって外貨を多く稼いでいるという問題提起をした。

次に、マキト博士がセミナーのテーマ中心でもあるフィリピン経済特区について発表した。特区はフィリピンの二つのダイナミックスが収斂していると指摘してから22ヶ所の特区を比較した。予備調査によれば、トヨタに任せている特区は一番効率的であることが判明したという。最後に、富の配分の平等化がフィリピンの地方に広がっていることがわかるが、これは成長とともに自動的に発生したものではないことを指摘した。

その次に、UA&Pの副総長のベルナルド・ビリエガス博士はフィリピンの今後の5年間の展望について語った。今年の5月の大統領選挙で誰が大統領になっても、いつものようにフィリピンの政治は無視すれば良い、という楽観的な見方を明らかにした。企業がリスク管理をきちんと行えば、自分の強みと弱みを認識して置かれた環境の脅威と機会に巧みに対応できるはずだ。(フィリピンの難しい環境でも、トヨタは効率的なビジネスができることが比較分析でわかったように。)将来性のあるフィリピン産業を取り上げながら、ASEANと中国の経済関係が今後さらに強くなることを予想した。

15分間の休憩の後、UA&Pのビック・アボラ教授が中国ファクターについて発表した。ビリエガス博士同様、中国はフィリピンにとって脅威よりは機会であることを強調した。対中国のフィリピンの輸出と対フィリピンの中国の輸出の品目を詳細に分析した結果、フィリピンと中国とが競争する品目があまりないことが判明した。この品目データの時系列的な変化をみても、同じ結果が得られるという。
最後に、オープン・フォーラムでセミナーの参加者との質疑応答があった。経済特区に入っている日系企業の日本人とフィリピン人から、それぞれの見方を分かち合ってもらって、今後の研究への貴重な示唆をいただいた。フィリピンの経済特区管理局からの参加者(政策企画部)には、引き続きご協力いただくよう呼びかけてもらった。

参加者からのアンケートによると、セミナーについての好意的な反応が多く、次回のセミナーにも招いてもらいたいという回答が圧倒的に多かった。セミナーでの発表は英語で行われたが、それと同時に日本語のスライドと配布資料を使った。これが自分か自分の組織の日本人にとって役に立つという回答が得られた。この方法とこのテーマでUA&P−SGRA共同セミナーをまた開催しようという励みになった。

(文責:F.マキト)

マキト「トヨタ・マジック」 Posted February 27, 2004 by imanishi
日本経済が混乱している中、トヨタ自動車は従業員や下請け会社を殆ど保ったまま、相次いで史上最高の利益を生み出している。この数年、トヨタに関する本が相次いで出版された。確かに日本企業が圧倒的な存在だった80年代には、日本型経営の強さを解説する本がたくさんあった。バブルが弾け日本企業がばたばた倒れた「失われた10年間」には、そのような本も泡のように消えていった。その代わり、日本型経営の弱さばかりを協調する書物が一般読者に提供された。そのような本がモデルにするのは外国企業ばかりであった。「日本型経営システムはもう古い」「世界に通用しない」「変革に対応できない」などと批判された。なぜ、このような学者や評論家達は、既存の日本企業システムの強いところを参考にせず、わざわざ国境を越えて全く違う文化と環境の中で成功したものを押し付けるのだろうかと当時も不思議に思っていた。参考にできる材料は、日本国内にも豊富にあったのに。

昨年名古屋大学に赴任中、豊田市のトヨタの工場を訪問する機会があった。名古屋にいる外国人の教員たちや研究員たちを対象にした見学会だった。見学の一部ではトヨタのベテラン社員たちと出会えた。ものづくりの説明で彼らの目が輝いた。質疑応答で同行した先生の一人は、「トヨタのマルチ・フラットホーム方式(色々な車種が一つの工場で作るシステム)は非常に難しい生産方式のようだが、いつできあがったのか」と聞いた。従業員たちはちょっと困ったような顔したが、結局、社員の一人が「はっきりわからない。私はもう30年間ぐらいこの会社に勤めているが、入社した時は、もうこの方式がすでにできていた」と答えた。質問者は驚きの顔を隠せなかった。

環境問題の取り込みについても話し合った。トヨタは京都議定書に定められた排出ガス削減目標を達成すべく取り組みを順調に進めているという。同行した先生は、「これに関して日本政府からの圧力が掛かっているのか」と質問した。「それはない」という返事に私はすぐコメントと質問した。「PRIUSの鰻上りの売上でわかるように、環境に関心を持つのは良き企業市民の行動だけではなく、商売にも良いことだ」(Concern for the environment is NOT ONLY GOOD CORPORATE CITIZENSHIP but also GOOD FOR BUSINESS)。高めなリサイクル率目標という私の質問に対しては「トヨタはこの分野ではトップの欧州の企業とそれほど差がない」という答えだった。

興味深いことに、私の進めているフィリピンの経済特区に進出している日系企業の調査の中で、トヨタに任されている特区は一番効率が高いという結果がでた。事業環境が厳しいと言われているフィリピンでも、トヨタはちゃんと実績をだせる。そういえば、トヨタのトップになった奥田碩氏は、フィリピントヨタの社長も務められた。フィリピン経済と日比関係の更なる発展のためにも、トヨタマジックをさらに理解したいと思う。環境に優しい会社においてだけでなく、日本が経験した「共有された成長」においてもその担い手にもなった日系企業として、トヨタや発展途上国に進出してくれている他の日系企業は、良き企業市民としての役割を十分に果たしている。21世紀に入って、企業は利益を得ることはもちろん、社会の一員としての役割も果たさないといけない。「共有された成長」の実現に貢献することは、空気を綺麗にするのと同じくらい立派な社会貢献といえよう。

李 鋼哲(AAN)「中国『東北振興』に好機 」 Posted February 16, 2004 by imanishi
中国政府が昨夏以来本腰を入れだした「東北振興」政策が、内外の注目を集めている。

遼寧、吉林、黒竜江の3省からなる東北地域は、新生中国の重工業の屋台骨だった。しかし、ここ十数年は改革開放政策で飛躍的に市場経済へ転換した沿海部に比べて、地盤沈下が著しい。大型国有企業を中心に設備の老朽化が進み、多くの債務と失業者を抱える「問題児」になってしまった。この「東北現象」と、沿海部に取り残された内陸部の「東西格差」にどう対処するかが政権の最大課題といえる。

全文はAANホームページをご覧ください。

李 鋼哲(リ・ガンゼ)
総合開発研究機構(NIRA)研究員(中国)
2004年2月16日朝日新聞朝刊に掲載

マキト「マニラ・レポート(2003年冬)」 Posted January 26, 2004 by imanishi
マニラ・レポート(2003年冬)

今回は、フィリピンのアジア太平洋大学(UAP)とSGRAとの共同研究を中心とした滞在でした。

まず、UAPのPETER LEE U助教授と一緒に、ホンダフィリピンの下請け会社を調査して、今年から始まるフィリピンと日本とのFTA(自由貿易)交渉のための準備調査報告を執筆しました。

次に、フィリピン経済特区当局と交渉した結果、準備調査の補足的なデータとして、特区に入っている日系企業のデータへアクセスすることができました。企業の名前を公表せず、収集したデータのファイルのコピーを当局にも渡すという条件で許可されました。ほこりをかぶって忘れられ、最後には処分されたデータが救われたということです。SGRA実行委員会にご承認いただき、その研究費を使って、200日を越す計画で、データ保存作業が現在でも続いています。NHKの世界遺産をDIGITALで保存するプロジェクトのように、当局のデータをSSCANしてDIGITAL化するこの作業によって、さらなる分析が進め、日比両側のためにお役にたてればと思っています。経済特区に入っている日系企業の本社は、日本の「共有された成長」に大きく貢献しました。この日系企業の特徴的な機能が、今後のフィリピンに発揮されるように努力していきたいと思っています。

第3に、UAPとSGRAの初めての一般公開プロジェクトとして、3月に、「JAPANESE COMPANIES IN THE SPECIAL ECONOMIC ZONES: ENHANCING EFFICIENCY AND EQUITY(経済特区における日系企業:効率と所得分配の改善)」というようなテーマのWORKSHOPを企画しています。WORKSHOPでは、部分的に日本語の発表もいれるようにしようかと考えています。

フェルディナンド・マキト
SGRA「日本の独自性」研究チーフ
フィリピンアジア太平洋大学研究助教授
2004年1月24日投稿

第3回日韓アジア未来フォーラム Posted January 22, 2004 by imanishi
第3回日韓未来アジアフォーラム「アジア協同体にむけた日韓の役割」

平川均、孫洌、金雄熙、F.マキト、木宮正史、李元徳
2003年10月21日〜22日
未来人力研究院研修館会議室(韓国陽平)

第3回日韓アジア未来フォーラム「アジア共同体構築に向けての日本および韓国の役割について」がソウル市から車で約2時間の陽平(ヤンピョン)で10月21日と22日に開催された。このフォーラムは、韓国未来人力研究院/21世紀日本研究グループと、渥美財団/SGRAの共同事業で、毎年相互に訪問し、フォーラムを開催している。陽平は、日本でいえば軽井沢のような町で、その山奥に今回のホストの未来人力研究院の研修館があり、雨あがりで霧に覆われた山を眺めながらフォーラムの前半が始まった。

今回のフォーラムのSGRA側の担当「グローバル化のなかの日本の独自性」研究チームの顧問、名古屋大学の平川均教授が東アジア全体の観点からフォーラムのテーマについて基調講演を行った。北東アジアの課題から東アジア(北東アジア+ASEAN)の課題の時代への移行は可能であるかどうか、東アジアのアイデンティティについて検討し、日本に対しては、大東亜共栄圏論を越える東アジア概念の構築とその実践という課題を、韓国に対してはASEANとの関係強化と東アジア共同体論の推進者という役割を指摘した。

韓国中央大学の孫洌氏は「東アジア・東北アジア経済共同体構想と韓国」について発表した。韓国が「東北アジア経済中心」を目指していくうえで、もっとも重要なのは、韓国が考えている空間的な枠組みに日本と中国をどうやって組み入れるかということだと指摘した。SGRA研究員で仁荷大学の金雄熙氏は「日・中・韓IT協力の政治経済」について発表した。東北アジアにおいてITの分野で韓国が推進的な役割を果たし、世界のITリーダーである米国に国際標準が取られないように、東北アジア3カ国間の協力体制の構築を訴えた。SGRA研究員で名古屋大学客員研究員のF.マキト氏は、フォーラムで初めての東南アジアからの参加者として「アジア開発銀行の独自性研究:その概観」について発表した。東アジアで多様性を維持する日本の役割・責任を、アジア開発銀行を事例として取り上げた。

ここで第1日目のフォーラムは終了したが、その後も、陽平の寒い夜にもかかわらず、韓国の焼肉バーベキューとSPIRITで体を温めながら、日本からの留学生を含む学生達も一緒に、遅くまで議論がはずんだ。

翌朝は、韓国風の朝食の後、今回のゲスト講師の東京大学の木宮正史氏が「韓国外交のダイナミスムと日韓関係:公共材としての日韓関係の構築に向けて」について発表した。東北アジアが共有する様々な分野において市場を超えるような問題に対応できる日韓協力の必要性と難点を指摘した。最後に、21世紀日本研究グループの代表で、韓国国民大学の李元徳氏が「北東アジア共同体の構築と北朝鮮問題」について発表した。この地域の安全保障において最重要課題である北朝鮮、それに対する6カ国協議を評価し、これからの展開について検証した。その後、参加者からコメントや感想が寄せられ、フォーラムは午前11時半に終了した。

来年の日韓アジア未来フォーラムは、「東アジアの安全保障と世界平和」研究チームが担当し、来年の7月に軽井沢で開催する予定である。

(文責:F.マキト)

マニラ・レポート(2003年夏) Posted January 22, 2004 by imanishi
夏休みを利用して、一時帰国した。

帰国早々、7月27日に、マニラのビジスネス街マカティで軍兵士の反乱事件が起きた。幸いなことに、反乱兵士たちの思惑ははずれ、一般市民の支持を全く得ることができず、一日のうちに無血で事件は終了した。反乱兵士たちは、フィリピン軍内の汚職を訴えようとしたが、彼らに武器の使用権を認めた国民の信頼を裏切った結果になったと私は思う。正当な主張があるのならば、とりわけ自分の命を掛けるぐらいならば、平和的ルートを通して訴えを表明する方法は他にいくらでもある。国家を危機に晒し、一般市民に武器を向けずに済むはずだ。今回の反乱事件の計画者を厳しく裁いてもらいたい。この事件による経済影響を心配したが、フィリピンのアジア太平洋大学(UAP)の発表によれば、フィリピンが様々な危機から受ける打撃は毎回減ってきているようである。フィリピン国民が、だんだん危機への対応に慣れてきたと考えられている。

今回のマニラ訪問の後半には、SGRA研究チームの顧問をお引き受けいただいている名古屋大学の平川均教授が同行してくださり、充実した調査ができた。反乱事件が起きたので心配したが、先生は予定通り来比してくださった。日本貿易振興会(JETRO)を通じて、次の4社を訪問した。JETROマニラの白石薫さん(Director)が4社の訪問に同行してくださったが、「フィリピンの将来がなければ、私の将来もない」という彼の言葉がとても印象的だった。(このような日本人がもうちょっと増えてほしいですね)

4社で、暖かく受け入れてくれたのは次の方々である。この場を借りて、改めて感謝の意を述べたい(訪問順)。今回の調査は、平川先生の特別依頼もあって、工場を見学してきた。現場の貴重な意見を詳しく聞かせていただき、大変勉強になった。

小藤田 洋成 ASAHI GLASS PHILIPPINES、EXECUTIVE VICE PRES.
石井 明 SANYO PLASTIC PHILIPPINES、INC.、PRES.
SAKAMOTO HITOSHI、ENOMOTO PHIL. MFG.、SENIOR VICE PRES.
YAMAJI TADASHI、 P.IMES CORPORATION, PRES.
WAKABAYASHI SHUJI、 P.IMES CORPORATION、DIRECTOR
CESAR A. MORANA、P.IMES CORPORATION、MANAGER

4社訪問以外に、今年5月に調査したトヨタ・フィリピンの田端社長と、ホンダのALFREDO MAGPAYO、AVPと、アジア太平洋大学(UAP)のEXECUTIVE LOUNGEでそれぞれ朝食とランチの会議を行った。田端社長は、その場で携帯電話から、フィリピンにあるトヨタの部品下請け会社であるTOYOTA AUTO PARTSの社長とアポイントをとってくださった。そのおかげで次の方々にもお会いしたので、お礼を申し上げたい。

三宅 譲治 TOYOTA AUTOPARTS PHIL.、INC. PRES.
矢澤 文希 TOYOTA AUTOPARTS PHIL., INC. DIRECTOR
木村 和彦 TOYOTA AUTOPARTS PHIL., INC. DIRECTOR

以上の会議は、フィリピンのアジア太平洋大学(UAP)のPETER U先生が手伝ってくださった。今後も、引き続き、この方々と連絡して、調査を進める予定である。

平川先生の特別依頼で、日本大使館のSAKUMA HIROMICHIさん(FINANCIAL 
ATTACHE ATTY.)と意見交換した。先生も私もSGRAのことをPRし、去年の軽井沢フォーラムのレポート(英語と日本語版)を大使館においていただくようお願いした。

今回の調査はフィリピン開発研究所の助成金によって行われた。調査の最終目的はフィリピンの工業製品の対日輸出戦略を立案することである。調査の過程は次のようになっている。第1段階は、中長期的に日本へ輸出可能な製品、いわゆる生産計画の特定。第2段階は、その生産計画の構造的関係の根拠の分析。第3段階はその生産計画の構造的根拠のインセンティブ構造の分析。今年の12月ごろに最終提案書を提出する予定である。

今回の訪問で、大・中企業の生産計画の大枠を把握できたが、やはり、小企業のほうは、大企業に頼る部分が大きく、生産計画を自ら作成しないというのが基本方針のようである。ただ、小企業といっても、高い技術でバリバリ輸出しており、ここからも輸出戦略を立てるための貴重な情報が得られないわけはないので、引き続き調査の対象としたい。

8月19日に成田に戻り、翌日の始発の新幹線で名古屋に向かった。これから3ヶ月半、平川先生のご指導のもと、SGRA研究チームの仲間の李鋼哲さんと一緒に、客員研究員としてお世話になる。名古屋に近づくと、新幹線の窓から工場団地がよく見かけられた。平川先生によれば、名古屋大学は、東アジアの発展の原動力とも言える「雁行形態開発」という発想の発祥地ということだ。ASEANと日本の協力関係の更なる進展という私の期待への可能性を探るために、日本の「ものづくり」の心臓部への旅がはじまった。

フェルディナンド・マキト
SGRA「グローバル化と日本の独自性」研究チーフ
2003年8月28日投稿

おめでとう フィリピン・プロジェクト Posted January 22, 2004 by imanishi
SGRA「グローバル化のなかの日本の独自性」研究チームが、フィリピンのアジア太平洋大学と共同で進めている在比日系企業調査のプロジェクトに対して、フィリピン開発研究所からの助成が決定した。研究提案は「Formulating a Medium- to Long-Term Strategy for Exports of Manufactured Goods from the Philippines to Japan under a FTA with Japan: A Survey of Japanese Corporations in the Philippines 日比間の自由貿易協定において、フィリピンによる対日本製造品輸出をめぐる中長的戦略の立案:在比の日系企業の調査」というもので、日本企業と協力していかにフィリピンの経済発展と日比関係を進めるかということが、このプロジェクトの基本目的である。日本が世界に向けて可能であると示した「共有された成長」についてのさらなる解明もめざしている。

2003年6月25日

SGRAレポート第14号(中国語版) Posted January 22, 2004 by imanishi
SGRAレポート第14号(中国語版)は、2003年5月30日に東京で発行され中国の研究者に配布されました。

マニラ・レポート Posted January 22, 2004 by imanishi
4月14日から一ヶ月、マニラに帰省した。その間、フィリピンで活躍している日系企業と国際組織を尋ねて、今後の研究のための資料やデータを収集した。秋にSGRAの顧問である平川均名古屋大学教授に研究客員として招聘していただいたので、今回のマニラの調査も参考にして研究を纏める予定にしている。

訪問したのは、富士通、ホンダ、トヨタのフィリピンにある子会社と、日本にその経営が任されたアジア開発銀行(ADB)の本部である。現地の協力者は、以前私が勤めたアジア太平洋大学(University of Asia and the Pacific、UAP)で、元同僚であったピター・ユー博士(Dr. Peter U)が担当してくれた。ユー博士は、多忙中にもかかわらず私の調査依頼を受けいれて、日系企業にアポイントを取ってくれた。企業訪問の目的は、フィリピンにある日系企業が、「共有された成長」という日本が体験した開発方法を、いかにフィリピンで実現しているかを調査するためである。全体的に印象的だったのは、訪問先の皆さんが大変協力的だったことだ。日本人役員の方々が会ってくださるか心配したが、結局、会長・社長クラスの方々が貴重な時間を割いてくださった。追加的なデータも後で送ってくださる。

アジア開発銀行では、いつも私の日本のODA研究に関してアドバイスしてくれる、フィリピンの友人に連絡したところ時間をかけて応対してくれた。ADB本部は私がUAP(当時まだ大学でなく研究所だった)に勤めたときには、マニラ湾に面しているところにあったが、今回はUAPの近くに移転したのでずいぶん便利になった。UAPのときの同僚とも偶然出会って協力してくれたのでラッキーだった。二回の訪問で、参考になることを色々と教えてくれた。この調査目的は、「自助努力を支援する」という理念を掲げている、ADBによる対フィリピンの日本ODAの経済学的評価である。

さらに、今回のマニラ滞在中、今年の秋に実施する予定のUAPと名古屋大学とのオンライン授業についてもあらためて確認した。テーマは「グローバル化のなかの日本」に決定した。

以上のプロジェクトは、名古屋大学の平川教授のご支援のもと実施するが、同時にフィリピンでのSGRAの存在感を強化することにも役立つと思っている。訪問先では必ずSGRAレポートを配って、私はSGRAの研究員として臨んだ。フィリピンのような発展途上国で活躍している日本の企業や組織が(他の国のやり方とは違う)日本独自の強いところをフィリピンでもちゃんと生かすことができているかを検証することと、日本に対する正しい理解を深め発信していくことが国際的なNGOとしてのSGRAの役割だと思っている。日本での「失われた10年間」は、海外で日本の強さが見失われた時期でもあったと考えれば、この役割の重要さが明らかであろう。

この場を借りて、滞在期間で協力していただいた下記の方々に改めて感謝の意を述べたい。

Shigeo Tsubotani Fujitsu Philippines, Inc. Chairman & CEO
高野 光成 Honda Cars Philippines, Inc. 取締役 社長
田畑 延明 Toyota Motor Philippines Corporation 社長
永峰 正昭 Fujitsu Computer Products Corporation of the Philippines 社長

フェルディナンド・マキト
SGRA「グローバル化と日本の独自性」研究チーフ
2003年5月21日投稿

李 鋼哲(AAN)「地域協力の中心、狙う韓国」 Posted January 22, 2004 by imanishi
 イラク戦争が現実となり、日々戦火のニュースがメディアを埋め尽くす。北朝鮮の核開発をめぐる緊張を抱える朝鮮半島にどんな影響が出るのか。日本を含む北東アジアの平和と安定が大きく揺らぎかねない。

 韓国は米韓同盟の立場からイラクでの対米支援を決断、反戦の声が高まる中、国会が派兵を認めたが、他方で対北平和解決の道を全力で模索している。

 全文はAANホームページをご覧下さい。

李 鋼哲
SGRA研究員
新世紀アジア人開発研究センター理事長
2003年4月7日朝日新聞朝刊に掲載

SGRAレポート第14号(韓国語版)発行 Posted January 22, 2004 by imanishi
SGRAレポート第14号(韓国語版)は、韓国未来人力研究院のご協力を得て2003年3月31日発行され、同研究員の会員に配布していただきました。

李 鋼哲「イラク戦争を止めろ!!! 民主主義を救え!!! 」 Posted January 22, 2004 by imanishi
アメリカ軍のイラク攻撃は秒読みの段階に入っている。今更戦争を止めろ、といっても止めそうでもない。だからといって、我々は「対岸の火事」を見ているだけでよろしいでしょうか。

 国連の決議なしに単独主義行動で、アメリカなどがイラク攻撃を踏み込んだ場合、世界は第二次世界大戦後の最も深刻な危機に陥ることは間違いないと私は見ている。国際関係を見ると、「9.11」を契機に、世界はポスト冷戦時代の米国中心の「一超多強」世界秩序から、ポスト・ポスト冷戦時代に突入した。一時的な混乱を経て、世界はアメリカ「帝国」の衰退を迎え多極化時代に入るだろう。この転換期に国際社会が直面した危機は深刻である。

 まずは、国際秩序の破壊危機である。戦後国際社会は資本主義勢力と共産主義勢力との対立が険しいなかでも、米ソ両超大国を中心とする均衡の取れた世界秩序を創った。もちろん、軍備競争や局部戦争は起こっていても、世界は第三次大戦にはならなかった。冷戦崩壊を迎えて、共産主義陣営は崩れ去り、アメリカ超大国が主導するグローバリズムの世界に入った。この秩序において、1991年に起こった湾岸戦争、昨年に起こったアフガニスタン戦争などは何れも国連決議に基づいて行っており、国連の結束と権威が一応保てられていた。しかし、今度のアメリカの軍事行動は、国連の賛成を得られないまま独走し、国際社会の秩序が破壊されてしまう危険性が非常に高い。そうなると、世界は冷静な価値判断基準が乱れることになり、正義と非正義が混沌してしまう。フセイン大統領は「世界各地が戦場になる」と宣言し、アラブ世界とアメリカなどとの対立が深まり、「9.11テロ」現象がアメリカを始め世界各地で起こっても不思議ではなくなるだろう。世界世論を背ける今度の戦争で、アメリカはイラクとともに敗者になるに違いない。

 次は、国際的、国内的民主主義の危機である。国際社会において国連中心の体制においては一応の民主主義が貫徹されてきたが、アメリカ単独主義行動の独走に対して国際社会は歯止めをかける力を完全に失ってしまったのを見て、世界の人々は国連に対する強い不信感を抱くことになろう。一方国内では、とりわけイラク攻撃に参加する、またはこの戦争を支持する国々では、民主主義の深刻な危機を迎えざるを得ないだろう。ブッシュ政権、
ブレア政権、小泉政権はいずれもが国民多数の反対を無視しており、民主主義を踏みにじっている。これらの政権はイラク戦争によりいずれも交替せざるを得ない運命になっていると私は見ている。

 最後は、世界経済が深刻な危機に陥る。国際秩序の破壊、民主主義の危機は直接国際社会に対する経済界の不信感を強め、株価暴落を始め世界経済は大きな危機を迎えつつある。世界の3大経済大国アメリカ、日本、イギリスが国内市場の最大危機を迎えており、それが国際経済に与える影響は甚大である。世界同時不況はさらに深刻になるだろう。

 このような国際社会が直面した危険、世界経済の危機を無視してまで行うイラク攻撃戦争に対して、地球市民としいてのSGRAは何を考え、何を発信すべきか。我々の発信が世界にとっては「茫々大海に投じた一石」に過ぎず、何にも役に立たないかも知れない。しかし、世界には我々と同じように、または我々よりもっと積極的に、ドラスティックに発信し、行動する市民やNGOが千万と数え切れないほど存在している。最近、世界各国で起こっている反戦デモを見てもこれは明らかであり、強まる市民社会の力を示している。

 世界が直面した深刻な危機を転換させるために、我々は自分の声を世界に発信し、我々は自ずと行動を示さなければならない。戦争を止めるために、民主主義を救うために!!!

 今、ブッシュの演説を聞いているが、全く説得力と論理性が見えない。頭が狂っている。

李 鋼哲(SGRA研究員)  
2003.3.18朝10時ブッシュの演説を聞きながら

2003年3月6日 SGRAレポート第14号(英語版) Posted January 22, 2004 by imanishi
 SGRAレポート第14号(英語版)「A New East Asia in the Era of Globalization」2003年3月6日 発行。発表者のヴィレイガス先生と、ガト氏にお願いして、それぞれフィリピンとインドネシアで配布していただきました。

AAN「『アジア人』を紹介します」 Posted January 22, 2004 by imanishi
 AANインターネット版に、李鋼哲研究員が次のように紹介されましたので、お知らせいたします。

■一線から■

「アジア人」を紹介します

 国に過剰に頼ることのないアジア人。中国共産党員としての栄達を未練気なく手放した李さんのような人は、「アジア共同体」を一足先に具現化している人なのかもしれません。

 全文は

「日本の独自性」項目のトップ>>> 
「IT・教育」研究チーム
 

レポート第25号「国境を越えるE-learning」斎藤信男、福田収一、渡辺吉鎔、マキト、金雄煕 Posted September 26, 2005 by imanishi
SGRAレポート第25号
第14回フォーラム講演録「国境を越えるE-Learning」
斎藤信男、福田収一、渡辺吉鎔、F.マキト、金雄熙
日本語版 2005年3月31日発行

---もくじ-----------------

【基調講演】「Asia E-Learning Networkと大学の国際戦略」斎藤信男(慶応義塾大学常任理事)

【ゲスト講演1】「ネットワークを介したGlobal Project Based Learning―都立科学技術大学とスタンフォード大学の協調授業を事例として―」福田収一(都立科学技術大学工学部長、教授、SGRA会員)

【ゲスト講演2】「日中韓3大学リアルタイム共同授業の可能性と課題―慶応・復旦・遠世大学の国際化戦略とオンライン共同授業―」渡辺吉鎔(慶応大学総合政策学部教授)

【研究報告1】「オンライン授業の可能性と課題〜私の場合〜−フィリピンアジア太平洋大学(UAP)−名古屋大学、及びテンプル大学ジャパン(TUJ)でのオンライン授業を事例として−」F.マキト(フィリピンアジア太平洋大学研究助教授、SGRA研究員)

【研究報告2】「韓国の大学における国際的E-Learningの現状と課題」金雄煕(韓国仁荷大学校国際通商学部助教授・SGRA研究員)

【パネルディスカッション】
進行:王溪 Wang Xi(東京大学新領域創成科学研究科研究助手・SGRA研究員)
パネラー:斎藤信男、福田収一、渡辺吉鎔、F.マキト、金雄熙

なのはなコンペ授賞式 Posted April 20, 2004 by imanishi
SGRA会員各位

先日お知らせしたSGRA「ITと教育」研究チームチーフで千葉大学講師のヨサファットさんの受賞式の様子が今日の毎日新聞と千葉日報に掲載されましたので再びお知らせします。明日の日経と読売にも掲載される予定とのことです。
ヨサファットさん、あらためておめでとうございました。

今西淳子

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[千葉日報] なのはなコンペ 千葉大初の研究成果:起業、製品化も

受賞講師ら意欲

学内の研究成果をベンチャー事業などに結びつけるため、千葉大学が実施する「なのはなコンペ2004(教員版)」の表彰式が十九日、学内で開かれた。今回から双葉電子記念財団が協賛に加わり、助成金は千葉銀行と合わせ二千六百万円となり、受賞者十一人に贈られた。うち二人は起業予定で、次世代の衛星追尾型アンテナは早ければ二年後に製品化が実現しそうだ。

全文は以下のURLをご覧ください。(上から3番目の記事です)
ヨサファットさんの写真も掲載されています。

千葉日報

なのはなコンペ最優秀賞 Posted April 15, 2004 by imanishi
千葉大学電子光情報基盤技術研究センター(ベンチャービジネスラボラトリー http://www.vbl.chiba-u.jp)では、(財)双葉電子記念財団と(株)千葉銀行の後援のもと、千葉大学教職員を対象に、恒例の「なのはなベンチャーコンペ2004(教員版)」を実施致しました。本コンペは、ベンチャー企業に通じる研究成果・アイデア、先端的な研究、将来性のある研究計画に助成することを目的とします。本コンペでは、審査委員会において推挙された優秀な研究成果・アイデア及び研究計画を表彰し、その実現促進のための研究経費を助成します。

本年度のなのはなベンチャーコンペには、SGRAの研究員であるJosaphat Tetuko Sri Sumantyo (千葉大学電子光情報基盤技術研究センター講師(中核的研究機関研究員 http://www.pandhitopanji-f.org/jtetukoss/index.html)の研究である「ベンチャー発移動体衛星通信用パッチアレーアンテナ」が最優秀賞を受賞しました。本研究の概要として下記をご参考下さい。表彰式の日程と場所は下記の通りです。ただし、表彰式が14:00〜14:40で、14:40以後は前年度の受賞者の研究成果報告を行う予定です。表彰式後、記者会見や研究室訪問を行う予定です。参加ご希望の方は、Josaphatさんまでご連絡ください。よろしくお願い致します。

日時:平成16年4月19日(月)14:00〜16:30
場所:千葉大学自然科学研究科大会議室
   (西千葉キャンパスhttp://www.chiba-u.jp/general/about/map/route.html)

研究要旨
平成16年と17年にそれぞれ宇宙航空研究開発機構(JAXA)と順天頂衛星(QZS)より打ち上げ予定の技術試験衛星[型(ETS-[)で、移動体衛星通信の高度化が進むと考えられている。この衛星を用いるSバンドの周波数を使用した国内における移動体衛星通信サービスが予定されている。自動車,船舶,電車,航空機等の移動体において音声,画像等のマルチメディアデータ通信を可能にするためには,方向が変わった場合でも絶えず所望の衛星を追尾することができる小型,安価,インテリジェントなアンテナが必要である。本研究では、車載、船体を対象とした移動体衛星通信用アンテナとして、簡易な給電回路で構成可能な衛星追尾型アンテナの開発を行っている。本アンテナは2周波共用円偏波パッチアレーアンテナを使用し、移相器を必要としない簡単なON・OFFの給電制御によってビームを常に静止衛星の方に向けるように切り替える衛星追尾型アンテナである。各ビームは垂直面内に幅が広いため、ビーム切り替
えのみで,静止衛星を用いた移動体衛星通信の用途に対応可能である。本アンテナは,平成18年に衛星通信産業における移動体マルチメディアデータ通信市場に進出準備のため,国内特許(移動体通信用アンテナ,2003-014301)と国際特許(移動体通信用アンテナ,PCT/JP03/05162)を出願した。

連絡先(日本語 OK)
Josaphat Tetuko Sri Sumantyo, Ph.D.
Lecturer - Post Doctoral Fellowship Researcher
Center for Frontier Electronics and Photonics, Chiba University 1-33 Yayoi, Inage, Chiba 263-8522 Japan Phone +81 43 290 3934 Fax +81 43 290 3933 http://www.vbl.chiba-u.jp/PD/tetuko.htm

インドネシアに設立したJosaphatさんの研究所(英語とインドネシア語版)
リモートセンシング研究所 http://rsrc.pandhitopanji-f.org
美術研究所 http://arc.pandhitopanji-f.org
教育研究所 http://erc.pandhitopanji-f.org

日本産学フォーラムの提言について Posted February 11, 2004 by imanishi
都立科技大学の福田先生のご紹介で先日のSGRAフォーラムにご参加いただいた「日本産学フォーラム」の茂木様より、同フォーラムで発行されたe-Learningについての提言について教えていただいたので、お知らせいたします。ご参考まで。

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日本産学フォーラムでは、先ほど知識社会における教育手法研究会による提言『e-Learningによる新たな教育手法の推進に向けての提言−Teaching から Learningへ−』を取りまとめました。これは昨年度より当フォーラムの研究会で議論した結果をまとめたものです。

提言のダウンロードページ:http://www.buf-jp.org/pub/pub.htm

第14回SGRAフォーラム in お台場 Posted February 9, 2004 by imanishi
2004年2月7日(土)午後1時半から6時半まで、東京お台場の国際研究大学村東京国際交流館・プラザ平成3階メディアホールにて、第14回SGRAフォーラム「国境を越えるE-learning」が開催されました。今回のフォーラムは「ITと教育」研究チームの研究活動の一環として行われたものでした。会場には、非会員37名を含む60名の方々が、遠くは大阪や仙台からお集まりくださり、特に大学関係者の間でのこのテーマへの関心の高さが示されました。

まず、SGRA「ITと教育」研究チーム顧問の斎藤信男教授(慶應義塾常任理事)に、基調講演「Asia E-learning Networkと大学の国際戦略」をしていただきました。【要旨】アジア地域への日本の連携活動は、政府レベルでも大きな課題になっている。これからの政治、経済の中心はアジア地域になっていくことを考えると、今後ますます文化、社会、医療、教育などさまざまな分野での連携が重要になっていく。人材育成、基礎研究を担う日本の大学でもこのような国際情勢に合わせた将来構想とそれに基づく個々の活動の戦略が必須の課題として迫られている。現在、経済産業省が主導しているアジア諸国とのE-Learning Networkは、2年目を迎え、基盤、共通技術の開発に重点を置いて活動をしている。また、関連する連携活動は個々の大学などの努力により進められている。このような諸活動が真に有効なもの、有益なものに統合化されていき、大学の国際戦略の一つとして活かされていかなければならない。

SGRA会員の福田収一教授(都立科学技術大学工学部学部長)からは、先駆的な事例として、「ネットワークを介したGlobal Project Based Learning ―都立科学技術大学とスタンフォード大学の協調授業を事例として―」をご紹介いただきました。【要旨】東京都立科学技術大学は1998年からStanford大学の大学院の設計授業ME310にネットワークを介して参加している。この授業は、Project Based Learning方式で、企業が提供する現実の課題を学生が主導で解決し、実際に試作を行って案の妥当性を実証する。通常の講義形式のe-Learningとは異なり、日米の学生がチームを構成して、現実の課題に取り組む。そのため、最近話題の技術経営教育の実践に他ならず、単なる工学的な知識の応用だけではなく、法律、経済など幅広く問題を考え、文化の壁を乗り越える努力が必要となる。本活動は、国際的な活動であるとともに、きわめて効果的な産学連携でもある。

渡辺吉鎔教授(慶応大学総合政策学部)からは、やはり先駆的な事例として、「日中韓3大学のリアルタイム共同授業の可能性と課題 ―慶応・復旦・延世大学の国際化戦略とオンライン共同授業―」をご紹介いただきました。渡辺先生の「国際交流は技術を手段とした人間同士の情の交流である」という信念は参加者に強い共感を与えました。【要旨】慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)は2002年度より中国の復旦大学、韓国の延世大学と一緒に「三者間リアルタイム共同授業」を推進してきた。具体的には大学院の2科目、学部・院共通の1科目を共同で提供・担当しながらその中で学生たちが日中韓の共通課題について共同研究を行うという仕組みが取られている。さらにこの三者間共同授業は、単なるリアルタイムのネット授業にとどまらず、学期の半ばでの「Pilgrim Workshop」の共同主催・共同参加、学期後の「グローバル・ガバナンス国際シンポジウム」という対面式の共同研究発表の場を提供し、教育・研究の国際化を推進するようにつとめてきた。

30分間の休憩の後、SGRA研究員からの報告として、 Ferdinand Maquito氏(フィリピンアジア太平洋大学研究助教授・SGRA研究員)は、「オンライン授業の可能性と課題〜私の場合〜―フィリピンアジア太平洋大学(UAP)−名古屋大学、及びテンプル大学ジャパン(TUJ)でのオンライン授業を事例として―」というタイトルで、この数年間、自分なりに実施したことを参考にしながら、オンライン授業についての考え方を整理して、これからの方向を検討しました。発表では、まず欧米を中心としたオンライン授業の現状を概観し、アメリカでの市場としての失敗とヨーロッパのEU市民の育成を目標としたE-learning計画を参考に、今後の日本とフィリピンの大学間のオンライン授業戦略を考えました。

最後に、金雄熙氏(韓国仁荷大学助教授・SGRA研究員)は、「韓国の大学における国際的E-learningの現状と課題」というタイトルで、政府主導の成長政策と先進国に比べても決して劣らない情報通信インフラなどのおかげで韓国のE-learningが急速な量的成長を成し遂げていることを発表しました。しかしながら、その総体的な発展が果たして望ましい方向に向かっているかについてはまだ疑問が残っているとして、韓国の大学におけるE-learning課題を指摘しました。また、国境を越える事例として、世界銀行のGDLN (Global Distance Learning Network)のアジアセンターの役割を担っている韓国開発院(KDI)大学院大学のE-learning(Blended Learning)を紹介しました。

その後、王溪氏(東京大学新領域創成科学研究科研究助手・SGRA研究員)の進行で進められたパネルディスカッションでは、サイバー教育の是非について活発な議論が行われました。回答者によって「E-learningが全てできるわけではない」ということが強調されましたが、同時に「講義を公開せざるを得ないことによって、現在あまり高くない講義の質を向上させることもできるのではないか」という消極的肯定論もありました。しかしながら、インターネットは手段にすぎず、人の交流が基本でなければならないという点では、全員の意見が一致しました。また、東アジア市民の育成のための国境を越えたLearningが英語で為されることについての質問がありましたが、3国間の授業では英語を共通語とするが、参加者に相互の言語を第一外国語として勉強することを義務づけたり、2国間授業では当事者の言語を使ったりするなど、様々な工夫がされていることが紹介されました。

土曜日の午後1時半から長時間にわたって開催された第14回フォーラムは、盛会の内、午後6時半に幕を閉じました。

(文責:J.スリスマンティオ、編集:今西淳子)

レポート第16号「情報化と教育」発行 Posted January 22, 2004 by imanishi
SGRAレポート第16号(PDF)

第16号「情報化と教育」苑復傑、遊間和子 Posted January 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第16号(PDF)

第9回フォーラム講演録「情報化と教育」
苑復傑、遊間和子 
2003.5.30発行

---もくじ-----------------

【講演1】「高等教育におけるe-learningの影響」苑復傑(文部科学省メディア教育開発センター助教授)

【講演2】「デジタル・デバイド−IT人材の育成とその課題−」遊間和子(国際社会経済研究所専任研究員)

【質疑応答】

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「盧武鉉次期大統領、何が変わるか」 January 8, 2003 Posted January 22, 2004 by imanishi
 盧武鉉次期大統領の政治信条は地域主義の克服と古い政治の精算にある。慶尚南道・金海市の出身であり、全羅道を主地盤とする民主党候補として、自分の政治信条を守るため、慶尚道での当選にこだわり続けた。しかし、釜山市長選や総選挙などで4回もの苦杯を味わってきた。このような一本やりの性格のためか、「バカの盧武鉉」とも呼ばれた。大統領選挙で大きな力を発揮した「盧武鉉を愛する会」(ノサモ)が生まれたのも、このような「ばか」のような敗北を背景とする。

 貧農の子供として生まれ、商業高校(釜山商高)を卒業した。卒業後は農協の入社試験に落ちたこともあったが、独学で司法試験に合格し、弁護士開業後は一貫して「社会的弱者」側に立った。金も、組織も、人脈ももたない彼は、若い世代の支持とインターネットの力で、政治不信の深まる韓国において、「盧風」と呼ばれる旋風を吹かせた。従来の政治家風でないスタイルが若者や庶民層を引きつけ、「勝ち目のない」大統領選挙で最後の勝利を収めた。選挙過程においては様々な曲折があったが、神は最後に彼の手を上げてくれた。

 盧武鉉政権が発足すれば、韓国社会は大きな変化が予想される。まず、政治分野においては、3金時代の終幕とともに、全く新しい政治システムが形成される見通しである。盧当選者は古い政治の精算と地域主義の克服、そして国民統合時代を切り開くと宣言した。統一・外交・安保分野では、盧当選者の前には「北朝鮮の核波紋」という大きな懸案が横たわっているが、現政権の「太陽政策」を継続するものと予想される。韓米関係にも変化が予想される。盧当選者は「堂々として自主的な外交」という表現を使い、「他の政治家のように弱腰外交を続ける考えはない」としてきた。経済分野では成長と配分の調和を強調する。盧当選者は「財閥改革を通じて公正なシステムを構築し、年7%の高度成長を実現して国民の70%が中間層となる時代を切り開く」とのビジョンを示した。また「財閥改革など、市場の公正性と企業経営の透明性を高め、経済の効率性を向上させる」とした。社会・文化分野では、盧当選者は、「新しい大韓民国は、誠実で正直な人々が努力した分だ
け豊かになる国、特権や反則の通じない国になる」とした。 盧当選者は、学閥社会を強く批判し、実力で評価される社会を建設するとし、「兵役忌避、脱税、財産の海外流出など、特権層の不正行為を根絶する」とした。

 2003年2月末に発足する盧武鉉政権は新しい政治スタイルの強みはもつが、建国以来最大の弱体政権ともいわれている。盧武鉉政権が依然として残っている地域主義や選挙を通して可視化した世代間、階層間の違和感を克服しつつ、北朝鮮の核波紋の平和的解決、対米自主外交、成長と分配の調和などをどう成し遂げるか、その帰趨が注目される。

金雄熙(韓国仁荷大学助教授、SGRA研究員)
2003年1月1日投稿

第9回フォーラム「情報化と教育」 Posted January 20, 2004 by imanishi
 2002年11月29日(金)、東京国際フォーラムガラス棟G610号室にて、SGRA活動の拡大路線が承認された総会の後、第9回SGRAフォーラム「情報化と教育」が開催されました。主な課題はいわゆる「デジタル・ディバイド」現象で、日本の政府機関と民間研究所の関係者の視点から、豊富なデータと国際的な事例に基づきお話ししていただきました。

日本の文部科学省メディア教育開発センターの苑復傑助教授は、e-JAPAN政策について分かりやすく説明してくださいました。2005年までに「IT最先端国となる日本」を目標とするこの政策は、世界比較における日本のITの遅れを克服するための対策のようです。まだまだ、課題も多いようですが一応進展していると評価できます。

 NECの国際社会経済研究所の遊間和子専任研究員は、デジタル・ディバイドの構造を説明した後、ディバイドを克服するためのIT人材育成に各国がどのように取り組んでいるかを、写真を使って紹介してくださいました。米国の低所得層のコミュニティーにおけるNPOの取り組み、韓国政府による少年院の取り組み、中国の専門学校の事例において、社会のあらゆる層の人々がIT能力を向上できるようにする試みに感心しました。

 お二人の発表の後、「ITと教育」研究チームのチーフ、J.スマンティオ博士の司会で、会場から質問を受け付けました。二人の質問者とも、デジタル・ディバイドをもっと広い次元から、即ち、長期的そして発展途上国も含む全世界的な観点から見るべきだと訴えたと理解できるでしょう。フォーラムのあとの懇親会で今西代表が述べた「日本で考えているデジタル・ディバイドというのは、『勝ち組み』の中の競争で、いかに負けないようにするかという話ですね」という言葉が印象的でした。

(原文:マキト 編集:今西)

レポート第8号「IT教育革命:ITは教育をどう変えるか」 Posted January 20, 2004 by imanishi
SGRAレポート第8号(PDF)

第4回フォーラム講演録 「IT教育革命:ITは教育をどう変えるか」
臼井建彦、西野篤夫、V.コストブ、F.マキト、J.スリスマンティオ、蒋恵玲、楊接期、李來賛、斎藤信男
2002.1.20発行

---もくじ-----------------------

【ゲスト講演1】「ITは教育を変えられるか」斎藤信男(慶応義塾常任理事) 

【ゲスト講演2】「e-ラーニングの現状」臼井建彦(NEC eラーニング事業部) 

【ゲスト講演3】「マサチューセッツ工科大学のIT教育戦略」西野篤夫(鹿島ITソリューション部・SGRA会員)

【在外研究者報告1】「情報化と政策」李 來賛(韓国通信政策研究院専任研究員) 

【在外研究者報告2】「台湾のバーチャル教育都市: Educities −Active Social learning model: theories and applications」楊 接期(SGRA研究員・台湾国立中央大学Assistant Professor)
 
【事例報告1】「スタンフォード大学とのネットワーク協調機械設計授業の紹介」ブラホ・コストブ(SGRA研究員・都立科学技術大学博士課程)

【事例報告2】「オンライン授業の試み:『デジタル・ディバイド反対』宣言」フェルディナンド・マキト(SGRA研究員・テンプル大学ジャパン客員講師)
 
【事例報告3】「バンドン工科大学へのオンライン講義」ヨサファット・スリスマンティオ(SGRA研究員・千葉大学博士課程)

【事例報告4】「成人教育の新しい形:上海交通大学遠程教育中心の試み」蒋 恵玲(SGRA研究員・横浜国立大学博士課程)

【パネルディスカッション】
進行 SGRA研究員・東京理科大学助手 施 建明

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第4回フォーラム 「IT教育革命:ITは教育をどう変えるか」 Posted January 20, 2004 by imanishi
プログラムと発表資料

 2001年7月20日(金)、東京国際フォーラムガラス棟409会議室にて、SGRA第4回研究会「IT教育革命:ITは教育をどう変えるか」が開催されました。今回は、(財)鹿島学術振興財団と(財)東京国際交流財団から助成をいただき、休日(海の日)の午後を使って、シンポジウム形式で行いました。9名の発表者からITを利用した教育現場の最新動向の紹介があり、80名を越す参加者は、教育におけるITの可能性と問題点を考えました。

 最初に、NECのeラーニング事業部の臼井武彦氏が、eラーニングの実例を紹介しながら、「いつでも・どこでも」の利便性、社員全員への一斉教育が可能、コスト削減など、その利点をわかりやすく説明してくださいました。また、eラーニングは、まだ始まったばかりだが、今後急速に発展するだろうと予測されました。

 次に、鹿島ITソリューション部の西野篤夫氏より、マサチューセッツ工科大学(MIT)のIT教育戦略についてお話いただきました。時代の先駆者を自認するMITでは、ITが高等教育に及ぼすインパクトに注目、「教育はビジネス」という考え方に基づき、遠隔教育による講義配信、マルチメディアを利用した教材製作、教育支援システムの開発などが、全学プロジェクトとして推進されている様子をご紹介いただきました。

 在日のSGRA研究員4名は、自分自身が携わっているITを利用した教育について発表しました。ブラホ・コストブ氏(都立科学技術大学博士課程)は、同学とスタンフォード大学で行っている協調機械設計授業(紙で自転車を作る・縦列駐車の支援システムの開発)の紹介をしました。フェルディナンド・マキト氏(テンプル大学ジャパン講師)は、自分自身が行っているオンライン教育の体験をもとに、1と0の概念を用いながら、私達の身近なデジタル・ディバイドの克服方法をわかりやすく話しました。ヨサファット・スリスマンティオ氏(千葉大学博士課程)は、インドネシアの状況を紹介した後、自分自身が行っているバンドン大学へのオンライン授業の体験から、今後の様々な課題を指摘しました。蒋恵玲さん(横浜国立大学博士課程)は、上海交通大学の遠程教育センターで、どんどん進められている市内アクセスポイントを使ったオンライン教育を紹介しました。

 休憩の後、台北から来てくださった台湾国立中央大学の楊接期氏から、国家からの支援を受けて進めているバーチャル教育都市「Educities」の紹介がありました。30個ものサブ・プロジェクトからなり、50名を超える共同研究という大規模な計画ですが、時間が足りなくて全体像をご紹介いただけなかったのが残念でした。ソウルから来てくださった韓国通信政策研究院の李來賛氏は、ブロードバンドとワイヤレス・インターネット(携帯電話など)の発展を分析した後、デジタル・ディバイド克服のために政策が大事だということを説明しました。

 最後に、慶應義塾常任理事の斎藤信男教授から、「ITは教育にも変化をもたらす事ができるであろうか」というお話がありました。ITの適用によって@教育の生産性が向上するかA新しい教育方法・活動が実施できるか、ということを考えました。そして、慶應義塾大学がアジアの大学と始めた国際的教育への取り組みを紹介し、今や教育の大競争時代に突入していると結論づけられました。そして、私達はITの可能性を信じ、ITが真に人類にとって有効に働けるように努力していきましょうと宣言されました。

 短い休憩の後、施建明さん(東京理科大学助手)の進行で、9名の講師のパネル・ディスカッションを行いました。フロアーからだされた質問に、講師の皆さんは丁寧にお答えいただきました。酷暑の中で、午後1時より開催されたSGRAの初めてのシンポジウムは、午後6時半、予定通り、盛会の内に終了しました。

(文責:今西淳子)

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「人的資源・技術移転」研究チーム
 

SGRAレポート第32号「日本は外国人をどう受け入れるべきか:留学生」 Posted June 2, 2006 by imanishi
SGRAレポート第32号
第21回フォーラム講演録「日本は外国人をどう受け入れるべきか:留学生」横田雅弘、白石勝己、鄭仁豪、K.スネート、王雪萍、黒田一雄、大塚 晶、徐 向東、2006年4月10日発行

---もくじ-----------------

【ゲスト講演1】「アジア諸国の留学生事情と日本のこれから」横田雅弘(よこた・まさひろ)一橋大学留学生センター教授、JAFSA副会長

【ゲスト講演2】「外国人学生等の受入れに関する提言:留学生支援活動の現場から」白石勝己(しらいし・かつみ)アジア学生文化協会、SGRA会員

【研究報告1】「韓国人元留学生は日本での留学をどう評価しているか:日・欧米帰国元留学生に対する留学効果の比較から」鄭 仁豪(チョン・インホ)筑波大学大学院人間総合科学研究科助教授

【研究報告2】「日米留学の実態から日本の留学生受け入れ態勢を検証する:タイ人留学研究者の追跡調査を踏まえて」カンピラパーブ・スネート 名古屋大学大学院国際開発研究科講師

【研究報告3】「改革・開放後中国政府派遣の元赴日学部留学生の日本認識」王 雪萍(ワン・シュエピン)慶応義塾大学政策メディア研究科博士課程

【パネルディスカッション】
進行:角田英一(アジア21世紀奨学財団常務理事、SGRA顧問)
横田雅弘(一橋大学留学生センター教授、JAFSA副会長)
白石勝己(アジア学生文化協会、SGRA会員)
黒田一雄(早稲田大学大学院アジア太平洋研究科助教授)
大塚 晶(朝日新聞社会部)
徐 向東(キャストコンサルティング代表取締役、SGRA研究チーフ)

第21回SGRAフォーラム「日本は外国人をどう受け入れるべきか― 留 学 生 ―」 Posted November 30, 2005 by imanishi
第21回SGRAフォーラム
「日本は外国人をどう受け入れるべきか― 留 学 生 ―」

第21回SGRAフォーラム「日本は外国人をどう受け入れるべきか― 留 学 生―」は、2005年11月23日、勤労感謝の日の午後に、東京国際フォーラムで開催された。今回は、SGRA「人的資源と技術移転」研究チームが担当する「日本は外国人をどう受け入れるべきか」についての3回目のフォーラム。第1回は、事実上の移民大国となった日本の現状と研修生の問題、第2回は、外国人児童の不就学問題がテーマであった。今回は、日本の留学生受け入れについて検討することとなった。

日本政府は1983年に日本に留学生を10万人受け入れようという政策を打ち出し、当初1万人に過ぎなかった在日留学生は2004年5月には117,302人に達した。数は順調に伸びたが、受入れ体制の整備が不十分だったために、学問を成就できない留学生も相当数存在し、また犯罪が起きて留学生のイメージが悪くなったり、留学生の対日観が悪くなったり、多くの問題を抱えている。一方、アジアを中心に留学はますます盛んになり、欧米、オセアニア、東アジア諸国では積極的な留学生誘致が繰り広げられている。日本国内では、国立大学は独立行政法人化され、私立大学は少子化による学生数の減少により経営難が激化すると見込まれ、大学は生き残りをかけて改革を進めているが、往々にして国際化もその戦略として取り込まれている。このように混沌とした状況の中、政府は10万人計画以後の積極的な政策を打ち出していない。グローバル化と地域化とナショナリズムがうずめくアジアの一員である日本は、今後どのような理念に基づいてアジアを中心とした各国からの留学生を受け入れるべきなのかは、日本にとってきわめて重要な課題であることはいうまでもない。

今回のフォーラムは、SGRA代表の今西淳子氏の挨拶で始まり、まず、一橋大学留学生センター教授、JAFSA副会長の横田雅弘先生が、「アジア諸国の留学生事情と日本のこれから」と題するゲスト講演を行った。横田先生は、昨年実施したアジア諸国(シンガポール、香港、マレーシア、オーストラリア、ニュージーランド、中国)の留学生政策の調査から、現在のアジア諸国で展開されている戦略性のある留学生政策を比較して報告するとともに、日本の留学生政策はどのような方向に歩むべきかについて問題提起をしていた。なかでは、ヨーロッパ統合によるEU市民形成のためのEU域内留学の報告は、なかなか面白いく、示唆に富んでいる。そして、講演の最後には、グランドデザインの確立や留学生戦略のための専門機関の設立など、きわめて建設的な提言があった。

アジア学生文化協会 教育交流事業部長、SGRA会員白石勝己氏は、「外国人学生等の受入れに関する提言:留学生支援活動の現場から」と題するゲスト講演を行った。白石氏の講演は入国管理に関する問題、留学生の犯罪とその報道に関する問題についてデータを使いながら、これから日本がとりうる方法について考える材料をいろいろ提供してくれた。また、具体的な統計データを並べながら、マスコミにおける外国人犯罪の報道がいかに誇張的であると分析するなど、独特な視点で留学生支援活動を論じていた。現場の実務家らしく、留学生や日本人との交流に実に役に立つ提言を多く挙げられた。

筑波大学大学院人間総合科学研究科助教授の鄭仁豪先生は、「韓国人元留学生は日本での留学をどう評価しているのか−日・欧米帰国元留学者に対する留学効果の比較から−」という研究報告を行った。鄭先生の報告は平成15年12月中央教育審議会による「新たな留学生政策の展開について」の答申にみられた新たな留学生政策の趣旨を意識して、韓国における日本と欧米地域の元留学生を対象にとした留学効果の調査をもとに、両地域における留学の傾向や特徴を分析しながら、日本における韓国人留学生は、日本での留学に、何を求めて、どのような認識を持っているのかを分析していた。日本留学の経験者の7割以上が、再留学希望として英語圏を希望している、などといった調査結果は、非常に興味深かった。

名古屋大学大学院国際開発研究科講師のカンピラパーブ・スネート先生は、「日米留学の実態から日本の留学生受け入れ体制を検証する−タイ人留学経験者の追跡調査を踏まえて−」と題する報告を行った。先生は、2001年9月に行ったタイに帰国した日本留学および米国留学経験者に対する追跡調査をもとに、日本の留学生受け入れ体制を検証した。日本留学経験者よりも、米国留学経験者のほうが昇進が早いなどの内容を聞くと、タイというより、アジアでの普遍的な課題が浮き彫りにされたと感じる報告である。

研究報告を行う3人目はSGRA研究員で應義塾大学政策・メディア研究科博士課程在学中の王 雪萍氏である。王氏の報告・「改革・開放後中国政府派遣した元赴日学部留学生の日本認識」は、1980年から1984年までの間に5回に分けて、日本に留学派遣された379人の中国人学部留学生に対するインタビュー調査などを通して、日本と日本人に対する認識の変化状況を解明しながら、留学生の日本認識の向上という重要なテーマを検討した。

ゲスト講演や研究報告の後、休憩を挟んで、横田雅弘、白石勝己両先生に加えて、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科助教授の黒田一雄先生、朝日新聞社会部大塚晶氏、SGRA研究チーフでキャストコンサルティングの徐向東などが、1時間ほどのパネルディスカッションを行った。進行役のアジア21世紀奨学財団常務理事角田英一氏は、前半の講演を総括して、アジア域内における留学の活発化を踏まえながら、アジアにおける「知の共同体」の形成という重要な問題を提起された。黒田先生は、それに応えるような形で、東アジア共同体を留学交流の理念として掲げるべきだと提言した。黒田先生が提唱した「欧米偏重からアジアへ」、「東アジアエリートの育成」などに対して、大塚晶氏は、ジャーナリストの視点から、人と人のふれあいが、お互いの摩擦と誤解を解消する最も有効な方法であることを論じながら、人の受け入れが、いかに日本にとって重要であることを力説した。さらに、徐向東は、元・留日学生が、日本で起業し上場まで果たした実例を挙げながら、留学生受け入れ政策は、日本の国益に寄与する重要な戦略として、日本がより積極的に取り組むべきだと話した。

今回のフォーラムは、報告者やコメンテータがいつもより人数が多かった。そのため、どの報告者やコメンテータも極めて早いスピードで自分の論点を展開した。しかし、一人一人にして時間が短いとはいえ、これまでのどのフォーラムよりも濃密な内容が報告され、意見交換が行われた。日本への留学を論じることにとどまらず、留学交流が盛んに言及されたことは、経済発展に伴ってアジア全域における人と知識の相互交流の活発化という新時代の到来を、実感させられた。研究者や官僚など、日本の一部の“知的エリート”と話すとき、まだまだ欧米偏重の感を否めない。しかし、最近、ネット上のブログなどを見ても分かるように、日本の若い世代の中では、明らかにアジアに対する意識が向上している。飛躍的な経済発展を遂げるアジアでは、日本の若者にとってチャレンジするチャンスに満ちている。少子高齢化する日本は、アジアとの共生共存を抜きにして更なる発展はない。否応なく、アジアとの人的交流が進み、日本を含むアジアの知の共同体が形成されるのであろう。このような未来が、ますます目に見えるようになりつつあると感じたのは、私だけでなく、今回のフォーラムのすべての参加者であろう。いや、むしろアジアや日本の明るい未来を切に願い、そして信じているすべての人々であろう。(文責:徐向東)

SGRA運営委員のマキトさんが撮った写真のアルバムをご覧ください。

レポート第28号「日本は外国人をどう受け入れるべきか―地球市民の義務教育―」宮島 喬、ヤマグチ・アナ・エリーザ、朴 校煕、小林宏美 Posted September 26, 2005 by imanishi
SGRAレポート第28号
第17回フォーラム講演録「日本は外国人をどう受け入れるべきか―地球市民の義務教育―」宮島 喬、ヤマグチ・アナ・エリーザ、朴 校煕、小林宏美
日本語版 2005年7月30日

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【ゲスト講演】「学校に行けない子どもたち:外国人児童生徒の不就学問題」宮島 喬(立教大学社会学部教授)

【研究報告1】「在日ブラジル人青少年の労働者家族が置かれている状況と問題点:集住地域と分散地域の比較研究」ヤマグチ・アナ・エリーザ(一橋大学社会学研究科博士課程、SGRA研究員)

【研究報告2】「在日朝鮮初級学校の『国語』教育に関する考察:国民作りの教育から民族的アイデンティティ自覚の教育へ」朴 校煕(東京学芸大学連合大学院博士課程)

【研究報告3】「カリフォルニア州における二言語教育の現状と課題:ロサンゼルスの3つの小学校の事例から」小林宏美 (慶應義塾大学大学院法学研究科、静岡文化芸術大学非常勤講師)

【パネルディスカッション】進行:角田英一(アジア21世紀奨学財団常務理事、SGRA顧問)

レポート第23号「日本はどう外国人を受け入れるべきか」宮島喬、イコ・プラムディオノ Posted September 26, 2005 by imanishi
SGRAレポート第23号
第13回フォーラム講演録「日本はどう外国人を受け入れるべきか」
宮島 喬、イコ・プラムディオノ
日本語版2004.3.

---もくじ-----------------

【ゲスト講演】「移民国日本へ?ヨーロッパとの比較の中で考える」宮島 喬(立教大学社会学部教授)

【活動報告】「研修生制度の現状と問題点ーインドネシア研修生を事例として」イコ・プラムディオノ(SGRA研究員・東京大学工学部博士課程)

【講演者と参加者による自由討論】進行:角田英一(アジア21世紀奨学財団常務理事)

徐 向東「温州靴店襲撃事件と世界を揺るがす『中国の全球化』」(日経ネット) Posted October 13, 2004 by imanishi
動感中国在線(ブギウギ・チャイナ・オンライン)
第6回「温州靴店襲撃事件と世界を揺るがす『中国の全球化』」
日経リサーチ主任研究員 徐 向東
(SGRA「人的資源と技術移転」研究チームチーフ)

 「現地時間の16日夜、スペイン南東部の町・エルチェで地元製靴業関係者数百人が中国人経営の靴店に押しかけ店を破壊し、奪った靴箱を山積みにして放火した。損害は100万ユーロ(約1億4000万円)以上とされる……」

 先月9月半ばに、欧州からショッキングなニュースが流れてきた。日本では、「中国靴店襲撃事件」と報道されたが、中国メディアのほとんどは「温州靴店襲撃事件」と伝えている。この見出しが示す通り、スペインで襲撃を受けたのは、中国の温州人が経営する靴店だ。折しも、筆者が前回のコラムで温州人のベンチャー精神を紹介する原稿をまとめた直後のことである。

突き進む温州人に風当たり強まる

 欧州に滞在する温州人はすでに20万人を超えると言われる。前回紹介したようなパリをはじめとする大都市だけでなく、地方都市にまで広がっているのが特徴だ。スペインも例外ではない。今回の襲撃事件が起きたエルチェは人口わずか20万人だが、欧州靴産業の中心地の一つ。近年、故郷である温州の靴製造業者に支えられ、温州人が相次いで靴商店を開いた。スニーカーの価格を見ても、地元のスペイン製なら8〜20ユーロなのに対して、温州製だとわずか2〜5ユーロ(1ユーロ=約137円)。廉価な温州靴の売り上げは好調で、温州靴はスペインだけでなく欧州全体に広がりつつある。

 昨年時点で、中国製の靴はすでにスペインの靴輸入量の半分近くを占めるようになった。その一方で、スペイン人が経営する零細靴工場が経営難に陥る例が急増している。とりわけエルチェでは、地元の靴工場の倒産が相次ぎ、失業者も増え始めた。この勢いが続けば、5年後スペイン国内の靴市場が温州人に独占されるかもしれない。危機感を募らせた地元の靴業者は不満の矛先を温州商人に向け、ついに襲撃事件にいたるまでとなった。

⇒全文は以下のURLをご覧下さい。

http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/colCh.cfm?i=t_xu06

徐 向東「13億の国で、なぜ、今、人手不足なのか」(日経ネット) Posted October 13, 2004 by imanishi
ビジネストレンド:動感中国在線(ブギウギ・チャイナ・オンライン)
第4回「13億人の国で、なぜ、今、人手不足なのか」
日経リサーチ主任研究員 徐 向東
(SGRA「人的資源と技術移転」研究チーム・チーフ)

知人から、中国に進出している日系企業の社長からのメールが転送されてき
た。内容をみると、中国の自社工場は人手不足に陥り、なぜ、13億人の中国で、今、人手不足が起きるのかについての疑問だった。中国といえば、労働力過剰が最大の悩みといわれる国だが、まさかの人手不足、にわかに信じがたい話である。

■深刻な労働力不足

 しかし、これは本当だ。中国は、今、深刻な労働力不足に悩まされている。最も深刻なのは、「世界の工場」と呼ばれる広東省の珠江デルタ地域。域内は今、100万―200万人単位の労働力不足が生じており、労働者の数が半減し稼働率が下がる企業もぞろぞろ。「東莞を知らずして世界経済は語れない」といわれるOA機器の生産基地・東莞の場合、出稼ぎ労働者は常時400万人以上で、以前から住んでいる地元人口の数倍の規模になる。しかし今年に入ってから、その数は急減している。電子企業が集まる順徳にある世界最大の電子レンジメーカー・格蘭仕(ギャランツ)。その玄関前の見慣れた風景となっていた求職者の長蛇の列もどこかに消えた。労働力不足はさらに上海周辺の長江デルタ地域にも及ぶ。昨年から、この地域は急成長が裏目に出て、電力と水不足が深刻化しているが、今年になって人手不足が目立ってきた。浙江省の義烏は世界中からバイヤーが集まる世界最大の卸売り問屋街。町の半分の人口は出稼ぎ労働者だったが、彼らは今年に入ってから続々と故郷に帰っていた。

■労働力不足は中国経済の大転換の予兆?

 労働力不足には複雑な理由が絡んでいるが、総じていえば中国経済に大転換が起きる予兆も読み取れる。まず、経済発展の過熱は労働力需要の急拡大を招き、人手不足を顕在化させた。たとえば、来年から始まる繊維貿易の完全自由化によって、中国に対する欧米への輸出制限がなくなる。そのため、中国の繊維業界では外資進出や生産拡大が加速し、人手不足は一気に表面化した。中国政府の発表によれば、農村からの出稼ぎ労働者は昨年末に1億人近くにのぼり、これまで毎年平均5%のペースで増加してきている。しかし、経済学者の試算では、今年の沿海都市部の出稼ぎ労働者需要は昨年より13%増の勢いで、出稼ぎ労働者増加が需要増加に追いつかないのだ。

⇒全文は以下のURLをご覧下さい。

http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/colCh.cfm?i=t_xu04

範建亭著「中国の産業発展と国際分業:対中投資と技術移転の検証」 Posted June 27, 2004 by imanishi
新刊紹介

SGRA「人的資源・技術移転」研究チームのサブチーフの範建亭さんより、下記のご本とその紹介文お送りいただきましたのでご紹介します。

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範建亭著「中国の産業発展と国際分業:対中投資と技術移転の検証」
風行社 A5判 約250頁 定価3675円(本体3500円)
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■出版に寄せて 上海財経大学 範 建亭

このたび、拙作の『中国の産業発展と国際分業―対中投資と技術移転の検証』が出版されました。本書は、一橋大学経済学研究科に提出した博士学位論文を基礎に、国際分業の視点から中国の発展要因を明らかにしようとするものであり、特に日本企業の対中直接投資や技術移転を通じた日中間の分業関係に着目しています。

1970年代末に改革・開放を実施した中国は、驚異的な経済成長と産業発展を遂げつつありますが、中国経済における際立った変化の一つは、海外から大量の直接投資と技術が導入されたことであります。日本を含む世界各国の対中投資は、資金の導入や輸出入の拡大などへの貢献に限らず、様々な製造技術や製品技術、および生産管理の手法などが合弁パートナー企業や現地企業に移転、波及し、中国の産業発展に寄与していることは明らかであります。そして、外資系企業の現地生産活動を通じて、中国企業との間に緊密かつ多様な分業・協力関係が築かれつつあります。しかしながら、中国経済論の文献は多数刊行されているにもかかわらず、国際分業との関連から中国の発展要因を研究したものは必ずしも多くないです。

そこで、本書は国際分業を後発国の発展要因として捉え、貿易や直接投資などの展開が中国の産業発展にいかなる影響を及ぼしたのかということを考察しています。研究対象の一つは、日本企業の対中直接投資を通じた技術移転の効果であり、第U部では、機械工業企業を対象に行った独自のアンケート調査に基づき、日系企業内外の技術移転構造とその決定要因についての検証が展開されています。もう一つの研究対象は中国の産業発展と国際分業との関わりであり、第V部は中国の家電産業を取り上げ、その追いつき発展の特徴と諸要因を輸入代替化のプロセス、日本家電産業の技術供与や現地生産との関連から検証しています。

私は日本語学校から学部を経て大学院の博士課程を修了するまで、合計12年の留学生活を送りました。以前、私は建築関係の仕事に従事しており、経済学とは全く無縁でした。もし日本に留学していなかったら、新しい学問に挑戦する機会もなかったでしょう。長年の留学生活を恵まれた研究環境のなかで送ることができ、そして著作としてまとめることができたのは、渥美財団をはじめ、大勢の方々からのご指導とご援助のおかげであり、ここに改めて御礼申し上げます。

私は昨年の夏に帰国し、大学の先生として久しぶりの現地生活をスタートしました。故郷の上海は十数年の間にとてつもない変貌を遂げており、激動の中国経済を象徴するような大都市となっています。近年、海外から戻った研究者は増えつつありますが、経済学に関しては日本留学組はまだ少数派であります。今後、教育と研究の両面において日本で学んだ知識を生かし、日中間の経済関係と分業体制のあり方を幅広く考えていきたいです。

■目次
序 章:研究課題と方法
第I部:理論的アプローチと現状分析
 第1章:理論と先行研究の検討
 第2章:中国の外資導入と日本企業の進出
第II部:対中直接投資を通じた技術移転
 第3章:日系現地企業の技術移転構造
 第4章:技術移転の決定要因分析
第III部:中国家電産業の発展と国際分業
 第5章:家電産業の輸入代替メカニズム
 第6章:家電産業の発展における日中間分業関係
終 章:総括と展望

レポート第23号「日本はどう外国人を受け入れるべきか」宮島 喬、イコ・プラムディオノ Posted March 8, 2004 by imanishi
SGRAレポート第23号(PDF)

第13回フォーラム講演録「日本はどう外国人を受け入れるべきか」
宮島 喬、イコ・プラムディオノ
日本語版2004.3.

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開会挨拶 今西淳子(SGRA代表) 

【ゲスト講演】「移民国日本へ?ヨーロッパとの比較の中で考える」宮島 喬(立教大学社会学部教授)

【活動報告】「研修生制度の現状と問題点ーインドネシア研修生を事例として」イコ・プラムディオノ(SGRA研究員・東京大学工学部博士課程)

【講演者と参加者による自由討論】進行:角田英一(アジア21世紀奨学財団常務理事)

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第13回フォーラム「日本はどう外国人を受け入れるか:共生をキーワードに」 Posted January 22, 2004 by imanishi
 プログラムと発表資料

 2003年11月14日(金)午後6時半より、第13回SGRAフォーラム「日本は外国人をどう受け入れるべきか」が、東京国際フォーラムG棟402号室で開催された。今回のフォーラムは、「人的資源と技術移転」研究チームの研究活動の一環として行われたものでもある。会場には、非会員30名も含む70名近くの方々が集まり、このテーマに関する関心の高さを示した。

 SGRA研究会の今西代表による開会挨拶の後、2人の講師による講演が行われた。ゲスト講師として迎えた立教大学社会学部の宮島喬教授は、「移民国日本へ?ヨーロッパとの比較の中で考える」というテーマで講演を行った。宮島先生は、日本を代表する社会学者で、特に文化社会学の領域においては、第一人者的な存在である。かつてヨーロッパで研究生活を送った宮島先生は、ヨーロッパ社会における移民問題に詳しく、近年、ヨーロッパとの比較の視点で、日本の外国人問題の研究も行われ、外国人問題や移民政策に数多くの提言を行われた。宮島先生の講演は、日本における外国人受け入れの文化、意識、社会制度の問題点を浮き彫りにし、そして具体的な提言を含めて、日本が移民国として成立する可能性を検討された大変興味深いものであった。

 宮島先生の講演要旨をまとめると以下の通りになる。

・加速する少子高齢化の日本社会は、21世紀の早い時期に、海外から人の受け入れを図らねばならないが、日本社会の制度改革が立ち遅れている。
・日本の人口構造は、すでに事実上の「移民国」に近い。このことを直視し、制度、意識の両面でヨーロッパの移民先進国に学ばなければならない。
・技能実習制度の弊害からみえたように、世界から優れた人材を受け入れるという短期国益中心のロジックは必ず失敗する。
・日本における外国人を受け入れるという意識、施策が極めて貧困である。
・日本は「移民小国」からの脱却を意識し、難民受け入れなどを含めた国際義務も果たすべきである。
・さらに、長期ビザの導入、年金脱退一時金制度の改善、配偶者ビザの永住者ビザへの切り替え、血統主義を改め出生地主義の考え方の導入、帰化手続きの簡素化と透明化、外国人の子供の教育体制の改善、国民への啓発などの外国人受け入れ問題を再検討する必要がある。

 SGRA研究員で東京大学工学研究科博士課程のイコ・プラムティオノさんは、「研修生制度の現状と問題点――インドネシア研修生の事例として」と題する報告を行った。イコさんは東大で電子情報工学の研究を進めながら、1999年から、外国研修生ネットワークの一員として研修生問題に取り組み、2000年にインドネシア研修生相談フォーラム(KFTI)を設立し、以降代表としてインドネシア人研修生を中心にアドボカシー活動を従事してきた。イコさんはこうした体験を交えながら、「研修という名のもとにおける単純労働力の導入」という、日本で働く外国人研修生の厳しい現実を紹介してくださり、聴衆にとっては大変刺激的な報告だった。イコさんの講演の前半は、主に日本における外国人研修生制度の経緯と受け入れ状況の紹介で、後半は、研修生制度の問題点を指摘し、いくつかの政策提言を行った。イコさんが指摘した問題点と提言を要約すると主に以下のようになる。

・研修生制度の「建前」は、技術・技能または知識の開発途上国への移転を図り、それらの国などの経済発展を担う人作りに貢献することであるが、「本音」は、日本社会が必要とする単純労働者の導入である。実態としては、中小零細企業など日本人労働者の集まりにくい分野を補完するものである。
・研修生制度は、技術・技能などの移転による国際貢献としても、また、外国人労働者の活用方法としても、きわめて不備な制度であり、かつ多くの人権侵害を伴っている。
・一元的に対応できる政府機関が責任を果たすこと:強制帰国措置の廃止、本来の目的に基づき、労働ビザの支給などを真剣に検討する必要がある。

 以上の2人の講演と報告が終わった後、国連組織の勤務経験をもつ財団法人アジア21世紀奨学財団常務理事の角田英一氏が進行役・コーディネーターとして、二人の講師をパネラーに、パネルディスカッションが行われた。予定時間を超過してまで、たくさんの熱気溢れる質問とコメントが行われ、講師と参加者の間には、有益な意見交換が行われた。質問とコメントをすべて紹介できないが、最も印象に残った一つは「外国人の受け入れは政治家がよく口にする日本の“国益”に利するか」である。宮島先生やイコさんのコメントを聞きながら、“国益”を定義するのは難しいが、今の日本における外国人受け入れの制度や意識の遅れこそ、日本の“国益”を損なっているのではないかとの印象をもった。この点、難民受け入れに対しても同様である。現状は決して楽観すべきではないが、宮島先生からは、日本社会における日本人の意識の変化も紹介され希望も見えている。

 フロアからは、マスメディアが意識的に作り上げた外国人イメージの虚像が指摘され、さらに留学生からは、日本からの人口流出も併せて考えたり、最近の北東アジアにおける激しい人口移動の一環として考えるなど、問題意識を変えれば物事がまったく異なる視点からも捉えるという刺激的な発想法も紹介された。

今回のフォーラムで取り上げられた「日本社会は外国人をどう受け入れるべきか」という問題は、われわれ「人的資源と技術移転」研究チームが取り組んでいる課題に大いに参考になるものであった。グローバル化が進み、国境を越えた人の移動がますます活発化する中で、国益と人権、差別と平等、グローバル化の中における国と人間のあり方、文化の独自性と普遍性、自国文化の保護と他者への関心・思いやりと尊重、そして、日本と東アジア、日本と世界の共栄共存などを考える上で大変大きな示唆を得た。2時間にわたって行われた第13回SGRAフォーラムは、午後8時半に幕を閉じた。

(文責:徐向東)

日本在外企業協会主催の研究調査に参加 Posted January 22, 2004 by imanishi
 社団法人、日本在外企業協会が主催する海外進出日本企業における人材育成および技術移転の勉強会に出席し、現地調査にも参加した。中国における日本企業の人材育成および技術移転の研究成果は、2003年3月に、(社団法人)日本在外企業協会がまとめた「海外派遣者ハンドブック・中国(WTO加盟後の労働事情)編」(徐が副主査を担当)に収録された。

徐向東「中国に『新中間層』台頭」 Posted January 21, 2004 by imanishi
(要旨)中国の都市部で新中間層と呼べる階層が台頭し、おう盛な消費をリードするとともに、外資・新興企業の中堅として経済成長の担い手となっている。その比率はまだ低いが、中間層の着実な拡大は社会安定につながり、またこの層からの優秀な人材の確保が中国ビジネスのカギとなる。

☆日経に問い合わせたところ「経済教室」は外部者の執筆によるため、著作権に関する承諾がとれず、Nikkei Netに掲載できないこと。また日経記事の電子媒体での転載は一切禁じるとのことでした。

徐 向東
SGRA「人的資源と技術移転」研究チームチーフ
日経リサーチ研究員
日本経済新聞「経済教室」2003年2月17日(月)朝刊に掲載

日中間の人的資源、技術移転などについて、聞き取り調査 Posted January 21, 2004 by imanishi
2003年2月、SGRA研究チームの徐、範は社団法人経営労働協会の調査研究に参加し、北京で10数社の中国進出日本企業の中国統括本部及び日本貿易振興会北京事務所などを訪問し、中国における現地化問題をめぐって、日中間の人的資源、技術移転などについて、聞き取り調査を実施した。研究成果は、『現地化する中国進出日本企業』(経営労働協会監修、関満博・範建亭編、徐が人材育成と人材マネジメントを担当)にまとめて、新評論社で2003年9月に出版された。

(文責:徐向東)

第6号 「今日の留学」工藤正司他 Posted January 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第6号(PDF)

JISSA講演録 工藤正司 「今日の留学」
投稿 今西淳子「はじめの一歩:留学生受入制度の問題点(その1)」 
2001.8.30発行

---要旨-----------------------

工藤正司 「今日の留学」

以前私は、ある団体から依頼を受けて、世界史の中 で生じた「留学」という事象をいろいろ調べる機会 がありました。その断片の幾つかを私の勤めている 協会の機関誌の『月刊アジアの友』に掲載したこと があるのですが、今日は、それをネタにして、幾つか紹介してみたいと思います。一言で留学と言っても、色々と特色があります。それらを幾つか眺めてみて、今日私たちがかかわっている日本の留学生受入れをどう評価したらよいのか、どう改善してゆくべきなのか等、考える上で参考になれば幸いと思い ます。 ところで、本題に入る前に、日本の留学生受入れについて、その歴史をざっとおさらいしてみます。つまり、今日の留学生受入れの前史をみておきましょうということです。

今西「はじめの一歩:留学生受入制度の問題点(その1)」

本稿は、2000年12月22日に開催されたJAFSA(国際教育交流協議会)とJISSA(留学生奨学団体連絡協議会)の合同シンポジウムの時に、参加者に問題意識を共有してもらうために用意したものだが、SGRAレポートとして発行するに当たって、問題を一般化するために一部改訂した。他国に比べて同一性の強い日本が、国家予算を投入して世界各国から留学生を招待し、修学・研究支援をすることは、グローバル化における日本の国際貢献として重要なだけでなく、安全保障にも役立っているとされている。しかしながら、多大な留学生予算を投じているにもかかわらず、支援の効果について疑問を発する声もしばしば聞こえてくる。留学生受入の入口の問題、指導体制や生活支援を中心とした中の問題、学位授与や就職に関する出口の問題と、どの段階にも問題はあるが、ここでは入口の問題を扱う。

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「歴史問題」研究チーム
 

李 恩民(AAN)「進む新華僑華人の両極化」 Posted January 22, 2004 by imanishi
 改革開放以来の四半世紀に来日した「新華僑華人」は35万人。いま両極化し、岐路に立っている。包丁やはさみを手にコックや理髪師、裁縫師として生き抜いた年配の華僑華人と違って、新世代のほとんどは日本留学歴または就学歴の持ち主。ビジネス以外の分野でも存在感を増している。

全文はAANホームページをご覧ください。

李恩民(リ・エンミン)
桜美林大学助教授(中国)
2003年10月27日朝日新聞朝刊に掲載

李 恩民「『日中平和友好条約』のもたらしたもの再考」 Posted January 22, 2004 by imanishi
 九月五日夕方、日中平和友好条約締結二十五周年祝賀レセプションが東京・赤坂プリンスホテルで行われた。小泉首相をはじめ衆参院議長、村山・橋本元首相らの出席のもと、今年三月に誕生した中国新政権の主要メンバーとして初めて訪日している呉邦国全国人民代表大会常務委員長(国会議長相当)は、同条約締結の功労者を称えた。講壇のすぐ側に立っていた私は、極めて厳しい状況のなかにある現在の日中関係を語るよりも、この二十五年間、同条約が何をもたらしたのか、さらに今後の二十五年間において如何なる役割が期待できるかを、日中間に限らずアジア全体の視野から再確認することが一番重要だと感じた。

 「日中平和友好条約」は、名目上において二カ国間の政治的な条約だが、私はそれを遥かに超えた政治的・経済的・文化的意義があったと認識している。政治的には、同条約の交渉のプロセスのなかで、中国側は東西陣営論的な思考から地域平和論へ転換することができ、「平和」は中国の最大の国益だという結論に至った。一九七八年十月、条約批准書交換直後、中国はアメリカとの和解を加速させ、台湾に対しても柔軟な姿勢を見せた。その結果、一九七九年一月、米中国交が正式に樹立された。同時に中国政府はこれまでの対台湾政策を刷新して、「武力」でなく「平和的」な手段で、「解放」でなく「統一」、即ち「台湾解放」から「平和統一」への政策転換を実施し始めた。以来二十数年間、台湾海峡をめぐる相対的な平和は、米中国交と「日中平和友好条約」が共にもたらしたものと言っても過言ではないだろう。

 このような平和な国際環境は、「文革」の後遺症から脱却しようとしていた当時の中国にとっては絶対必要だった。立ち遅れた国内経済を立て直す良き環境が作り上げられたチャンスを掴み、中国政府は適時に「改革開放」政策、いわゆる「ケ小平路線」を打ち出した。そのお蔭で、この二十五年間、中国経済の高度成長が初めて現実となった。この間、日本から先進的プラント・技術の導入爆発的に展開され、円借款の供与より日本側の対中経済協力も効率的に行われた。

 しかしながら、中国「改革開放」以降の経済成長の速さは誰も想像できなかったためかもしれないが、「中国脅威論」が一時台頭した。先に述べたレセプションの席で、小泉首相は、日本にとって中国の成長が「脅威」でなく、平等互恵・共存共栄の時代を迎える良いチャンスだと力説した。お互いにライバル視でなく「共通の国益」を求めた上で共に輝き、共に発展していくという考えは賢明だ。

 「日中平和友好条約」締結後、両国の教育文化交流が盛んに行われ、学生は国費留学生として大いに派遣されると同時に、私費留学生も大勢日本にやってきた。彼らの来日、そして日本での定着によって、伝統的華僑華人社会の構図が大きく変動した。先に触れたレセプションに出席した在日華僑華人の大部分は経済・貿易・教育等の分野で活躍している一九七九年以降来日した華僑華人の新世代だった。この事実は日本における華人社会の変容を物語っている。

 「日中平和友好条約」の真髄は「平和」にある。この「平和」とは、国際政治上の戦争・戦乱に対しての「平和」ばかりでなく、国内社会における犯罪・不法行為に対しての「平和」でもあると、私は解釈したい。最近の十年間、中国からの留学生・就学生・就労者等の激増に伴い、在日中国人の犯罪も目まぐるしく増え、かつ凶悪化しつつある。これはすでに日本国民ならびに日本で生活している全ての外国人の平和的な日常生活を脅かしていて、各自治体はその対応に悩まされている(筆者に対してのある自治体議会議長の言葉)。平和友好条約の精神に従って、悪質な犯罪問題を日中両国の関係当局が共同で真剣に対処してほしい。他方、法の枠を逸する行為をしようとする人々に対して道徳の覚醒と自省自粛の警鐘を鳴らしたい。

 これからの二十五年ひいては五十年を展望する際にも、「日中平和友好条約」はやはり重要だ。先ほど日中両国の「共通の国益」という概念を提起したが、同条約が訴えている「平和作り」がまさにそれにあたるのだ。日中両国は相互関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し及び武力による威嚇に訴えないことを条約のなかで確認した。日中間の平和がなければアジアの平和と安定もない。逆に言えば、お互い信頼し合って協力するならば、難問の解決は相対的に容易になるだろう。日本の安全ひいてはアジア全体の安全保障に脅威を与えている北朝鮮の核開発問題や拉致問題等を徹底的に解決しなければならない現在の時期は特にそうだ。

李 恩民
SGRA歴史研究チームチーフ
桜美林大学助教授
2003年9月7日投稿

李恩民「『花岡事件裁判和解のプロセス』を取り上げて実証研究」 Posted January 21, 2004 by imanishi
過去の一年間、歴史研究チームは主に歴史の視点から「花岡事件裁判和解のプロセス」を取り上げて実証研究してきた。フィールドワークに一環として秋田県大館市に行われた「花岡裁判フォーラム IN 中国人強制連行を考える会主催)、「中国人殉難者慰霊式典」(大館市政府主催)に参加した。また、資料調査の一環として大館市立図書館所蔵郷土資料の調査・遺跡調査(1940年代花岡蜂起の現場)等を行った。さらに花岡事件の生存者・遺族へのインタビュー、中国赤十字会副長会孫愛明氏、花岡平和友好基金管理委員会北京事務局王紅氏、「花岡事件を記録する会」会長谷地田恒夫氏、「NPO花岡平和記念会」理事長川田繁幸氏等へのインタビューも行った。

李 恩民
SGRA「歴史問題」研究チーフ
桜美林大学国際学部助教授
2003年6月

ブレンサイン(AAN)「『民族企業』成長に光と影」 Posted January 21, 2004 by imanishi
 一杯の牛乳が日本人を変えた--中国のマスコミで最近よく見かける言葉だ。戦後の学校給食を通じて日本人の体格が大きく向上したことに、中国人が後れを取ったと焦る気持ちをあらわしたものらしい。経済成長を続ける中国では都市住民を中心に、毎日牛乳を一杯飲み、肉を食べる。それも内モンゴルなどの天然の牧草地で産出する牛乳や肉を食べるという緑色食品ブームが起きている。

全文はAANホームページをご覧ください。

ボルジギン・ブレンサイン
SGRA研究員
早稲田大学モンゴル研究所研究員
2003年2月14日朝日新聞朝刊に掲載

ブレンサイン(AAN)「チンギス・ハンは誰の英雄 」 Posted January 21, 2004 by imanishi

 今年はチンギス・ハン生誕840周年だ。モンゴルでは7月から8月にかけて国を挙げて偉大な民族の英雄の誕生を祝った。公然とたたえることが出来なかった社会主義時代には考えられない熱狂ぶりだった。

 全文はAANホームページをご覧ください。

ボルジギン・ブレンサイン
2002年11月29日朝日新聞掲載

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「安全保障・世界平和」研究チーム
 

第22回SGRAフォーラム「戦後和解プロセスの研究」 Posted February 20, 2006 by imanishi
第22回SGRAフォーラム
「戦後和解プロセスの研究」

2006年2月10日(金)午後6時30分から9時まで、第22回SGRAフォーラムが東京国際フォーラムにて開催された。SGRA「東アジアの安全保障と世界平和」研究チームが担当した今回のフォーラムには、市民や学生ら48名が参加し、東アジアの平和を願う人々の高い関心を示した。

「戦後和解プロセスの研究」というテーマで、山梨学園大学法学部助教授の小菅信子先生が日本と英国の民間レベルで行われた戦後和解活動について、またSGRA研究員で桜美林大学国際学部助教授の李恩民先生が花岡和解をテーマに講演を行った。二つの主題は、戦後和解の観点から東アジアの平和の道を展望するもので、「歴史清算問題」をめぐって対立している東アジアの和解の可能性を模索したテーマでもある。

SGRA代表の今西さんは、開会挨拶の中でフォーラムの主題を「戦後和解」にした主旨や意義について説明したが、渥美財団の母体ともいえる鹿島建設が訴訟対象となった花岡裁判をフォーラムのテーマとして扱う難しさが感じられた。「八方ふさがりの状況に対して何かできることはないか探りたい」という今西さんの言葉は、今の東アジアの現実を何とか打開しようとする強い思いがうかがえた。「戦後和解」という、人類普遍的な平凡なテーマが、それを願う人々の心に重くのしかかるのは、東アジアにおける相互理解と平和の定着がいかに難しいのかを物語っている。

英国との関係修復を中心に戦後和解のプロセスを紹介した小菅先生の講演では、日本と英国の戦後和解の思想・歴史的背景を踏まえ、その影響や成果など、「和解」をめぐる総合的な考察が行なわれた。民間交流を通じての相互の理解、さらにそのプロセスに関する研究は、国家間の交渉では解決し得ない人々の感情的な対立を解消していく実例を提示した点に大きな意義がある。過去の「敵国」であった日本と英国の和解のように、東アジアの国々も普遍的相互理解の観点からの共有認識が必要であるとした小菅先生の見解は、国家間の相互不信や葛藤が根強い日・中、日・韓の関係に示唆するところが大きい。もちろん、日本と英国との戦後和解のプロセスが、中国や韓国
との関係で同様に適用されるとは言いがたい。この問題については、英国と東アジアは異なる歴史的背景を持っており、より慎重な問題への取り組みが必要であるという旨の指摘を懇親会で小菅先生からいただいた。しかし、日本と英国との和解のプロセスは、政治的交渉による「歴史清算」が限界を露呈している東アジアがその突破口を考究するに当たり、参考に値する十分な価値があるのではなかろうか。その意味で、小菅先生の講演は、東アジアにおける平和構築の可能性を、和解に達した成功例を通じて提示できたといえる。

引き続き、李恩民先生から花岡裁判の和解のプロセスに関する研究報告がされた。日本民間企業の戦時中の責任問題を取り扱った花岡裁判は、中国のみならず、日本との間に同様の問題を抱えている韓国でも関心を集めた。そのため、花岡和解がもつ意義や影響は極めて大きい。強制連行や過酷な労働と弾圧によって多くの犠牲者を出した悲劇的事件の戦後和解は、単に日・中の二国間の問題ではなく、韓国を含む東アジアの「歴史清算」と平和共存の可能性を模索している人々に示唆するものがある。一方で花岡和解については、憎悪と不信を乗り越えて和解に至ったという肯定的な評価とともに、「和解」という結果にたどり着いたことに対する批判的な意見も存在する。
李先生はこの点について、この和解がすべての訴訟当事者を満足させることはできなかったと言及する。しかし、第2次世界大戦中の日本企業の責任をめぐる「歴史清算」の問題が、当面の課題として東アジア社会の平和構築に影を落としていることを鑑みると、花岡和解を捉える意見の相違はあるにせよ、そのプロセスや成果までを看過してはいけない。その点で、李先生の研究は高く評価できる。

フォーラム参加者は、東京国際フォーラムの地下1階にあるレストランで開かれた懇親会に場を移して意見交換を行った。今回のフォーラムは、東アジアが過去の呪縛を解き解していく可能性を提示したことで重要な意義がある。敵対や憎悪に満ちた対決、もしくは自己の主張を一方的に貫徹させようとする解決策は、双方において相当な反発を招きかねない。加害者と被害者という二分的な認識に、人類の普遍的な幸福と共存のための努力が加えられるとき、東アジアの真の平和はもたらされるのである。忘却なき平和を願う多くの参加者がその解決策をともに考えたことは、今回のフォーラムの大きな成果といえる。(文責:金 範洙)

尚、SGRA運営委員のマキトさんが取った写真のアルバムは、
ここからご覧ください。

レポート第27号「東アジア軍事同盟の過去・現在・未来」竹田いさみ、R.エルドリッヂ、朴 栄濬、渡辺 剛、伊藤裕子 Posted September 26, 2005 by imanishi
SGRAレポート第27号
第16回フォーラム講演録「東アジア軍事同盟の過去・現在・未来」
竹田いさみ、R.エルドリッヂ、朴 栄濬、渡辺 剛、伊藤裕子
日本語版 2005年7月30日

---もくじ-----------------

【基調講演】「対テロ戦争にみる安全保障の新展開」竹田いさみ(獨協大学外国語学部教授)

【研究報告1】「日米関係における『日米同盟』―過去、現在、今後」ロバート・エルドリッヂ(大阪大学大学院国際公共政策研究科助教授)

【研究報告2】「ポスト冷戦期における米韓同盟の持続と変化」朴 栄濬(韓国国防大学校安全保障大学院助教授、SGRA研究員)

【研究報告3】「台湾内政の変動と台米同盟」渡辺 剛(杏林大学総合政策学部専任講師)

【研究報告4】「米比同盟と冷戦・ナショナリズム・対テロ戦争」伊藤裕子(亜細亜大学国際関係学科助教授)

【パネルディスカッション】進行:南 基正(東北大学法学部教授、SGRA研究員)

四年前の手紙 Posted April 28, 2005 by imanishi
現在進んでいる反日運動についての議論の参考としていただくために、4年前にSGRA研究院で東北大学法学研究科助教授(当時)の南基正さんからSGRAに投稿していただいた文章を再掲いたします。

2005年4月28日 今西淳子
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Iさんへ。拝啓、お元気ですか。

猛暑が続いておりますが、久しぶりに迎えた今年の日本の夏は特に暑くじりじりした夏になりそうです。季節はまだ春と夏の境目にあるとき、あなたは「靖国」問題をどう考えるのか私に聞きました。今日はそれについての私の考えを述べて、あなたの私に対する信頼に応えてみようと思います。

日本に留学して以来過去何年間、異常な被害者意識で覆い包まれる日本の8月をなんとも言えない心境で見てまいりました。しかし、2年間のソウル生活を経て再度来日した今年はまた特別、複雑な気持ちで8月15日を迎えることになりました。ここ何日間、日韓関係は最悪の事態を向かって突っ走っているように思える毎日でした。歴史教科書問題が両国間に深い溝を掘り下げ、こ
の溝を埋める具体的な努力がなにもなされないまま8月を迎えました。しかも小泉首相は韓国や中国政府の憂慮をよそに、靖国神社への公式参拝方針を様々な言葉で粉飾しながら頑なに貫こうとしています。

そんななか、参議院選挙が終わり、「靖国」問題についていえば、状況が変わりそうな雰囲気も出てきてはいます。首相の言葉に微妙ながら変化が見えたからです。参院選直後の記者会見で、首相は「与党三党の方々の意見を虚心担懐にうかがって、熟慮して判断したい」といいましたが、その与党三党の幹事長は声をそろえて再考を促しました。「断念」ということもありえると思わせる展開でした。もちろん、現在の日韓関係を考えるとき、首相が公式参拝を断念することに超したことはないでしょう。

ところが、首相がここで「断念」するならまたそれで大きな問題を残すことになるのではないかと心配になってきました。それは、この問題がもっぱら「隣国への配慮」という外交上の問題として扱われていることによります。そしてこのような現状を「内政干渉」であると受け止めようとする日本人がおり、こうした宣伝文句が浸透しつつあることに問題の深刻さを感じます。

しかし、それは本当に「内政干渉」なのでしょうか。協力を前提に付き合っている国家に対して「国内事情」だけを強調し一方的な行動をとることは、それがいかなる問題であれ、回避されなければならないことなのではないでしょうか。「経済」にしても「安保」にしても協力関係を損なう一方的な措置は避けて何とか妥協点を探っていく、これこそ相手国を敵国とみなさない限りとるべき当然の態度と思われます。

もちろん、「靖国」が外交上においてのみ問題となるものでないことはあまりにも自明です。それは日本が自らの過去にどう向かい合い、その経験をどのように活かして行こうとするかの問題、すなわち「自分探し」の問題の一部であるからです。しかし「自分探し」は「自分」の中だけで可能なのでしょうか。日本の首相が、その「自分探し」の旅をどうしても「靖国」に求めようとするなら、その旅先はその対極の場所にも向けられなければならないでしょう。日本国内だけでもそうした場所は数多くあります。広島の韓国人被爆者慰霊碑もその一つです。こうした様々なところに投げ捨てられている死を普遍的な価値の中で拾い集めることを「自分探し」の出発点にしてほしいのです。過去の日本がおかした暴力的な海外膨張に犠牲にされたすべての方々の亡霊は、内向きの偏狭な自愛の道具ではなく、普遍的な価値を見出す力の根源であっていいはずです。
 
さて、こじれにこじれた日韓関係を今後修復に向かわせるとき、なにが必要かの話に移ります。今回の事態はやはり歴史教科書問題に端を発しているように思われます。歴史問題をめぐって生じたことである以上、歴史認識を極めることが求められます。お互いの歴史認識の共通の基盤を構築する作業はお互いの歴史に歩み寄ることから始められます。私は、日本の人々が植民地統治の歴史を知らないことと同様に、韓国の人々が戦後日本の歩みについて知らないことが問題を拡大させる一つの原因であると考えています。共通の歴史認識を構築するにおいて、お互いに空白として残しているこの歴史に関心を持つことが、その第一歩となるでしょう。

幸い、80年代の後半以降、たくさんの韓国からの留学生が日本に来て学び、戦後平和主義の目撃者となり、そのことを帰国後においてはそれぞれが語る「日本論」の前提として活用しながら、日本理解の幅を広げようと努力しています。しかし、日韓間において貴重な結び目となりうる彼らが、当の日本でその前提を崩そうとしている人々が現れていることに当惑していることも事実です。その意味でも、どうぞ日本はここになって戦後平和主義を放り出すようなことはしないよう心の底からお願いしたいのであります。 

先日は、軽井沢のあなたの別荘へお招きいただき、この暑苦しい夏盛りの一時を涼しい森の中で快適に過ごすことが出来ました。その帰り道で私は、どうか、たくさんの良識ある日本市民があの森の木々のように奮い立ち、広く木陰を作り、この暑苦しい夏を何とか耐え抜けるようにして欲しいと願わざるを得ませんでした。

長い暑中お見舞いとなってしまいましたが、どうぞ乱文ご海容くださいませ。

(南基正さんからいただいたお手紙を、アメリカのオハイオ州シンシナティより送ります。今西 2001年8月6日)

朴 栄濬(AAN)「日露戦争講和100周年と日本の進路」 Posted April 27, 2005 by imanishi
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<朝日新聞アジアネットワーク>
「日露戦争講和100周年と日本の進路」
朴 栄濬 (パク・ヨンジュン)
SGRA「東アジアの安全保障と世界平和」研究チーム・サブチーフ
国防大学校安全保障大学院助教授(韓国)
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今年は日本にとって日露戦争講和百周年の節目の年である。開国からわずか50年の日本が、世界五大列強のひとつロシアの陸海軍を、満州と日本海で破って勝利を納め、列強に仲間入りした。

その後日本は、どのような国になるべきかをめぐって内部で様々な議論が行われた。勝利に高揚した帝国陸軍と海軍は、1907年に「帝国国防方針」を決め、「開国進取」のスローガンの下に大陸への膨張を打ち出した。朝鮮や関東洲などを版図に納めた日本にとって、さらなる大陸への膨張は拒否できない誘惑であったかもしれない。

しかし勝利の熱気が燃える最中、冷静に日本が求めるべき国家発展の道を探った戦略家もいた。海軍大学教官として1908年に『帝国国防史論』を書いた佐藤鉄太郎大佐は、イギリスが繁栄している所以は、欧州大陸に膨張したわけではなく、むしろ海軍を養成しつつ、防守自衛の国家戦略をとっているからだと論じた。さらに、獲得した満州と朝鮮をあえて放棄することがむしろ帝国日本の安全と国益につながる国家戦略であると主張した。

1911年から東洋経済新報で言論活動を始めた石橋湛山も、大陸への進出を訴える当時の大日本主義がもつ危険性を指摘し、戦争を通じて日本が確保した満州と朝鮮などの利権を大胆に棄てる小日本主義を日本が歩むべき戦略として提案した。

当時の日本社会の雰囲気から彼らは異端者であったかもしれないが、長い歴史の目からみると、彼ら先達の意見に日本が耳を傾けていたら、太平洋戦争での敗戦はなかっただろう。結局、敗戦後に日本が選んだ国家発展の道程は、石橋などが描いた小日本主義への道であった。

全文は、こちらをご覧ください。

第16回フォーラム「東アジア軍事同盟の過去・現在・未来」 Posted August 29, 2004 by imanishi
7月24日に開催した第16回SGRAフォーラム in 軽井沢「東アジア軍事同盟の過去・現在・未来」の報告が、朝日新聞アジアネットワーク(AAN)のウェブサイトに掲載されましたのでお知らせします。

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*当日プログラム

コーディネーター:南 基正(東北大学法学研究科教授、SGRA研究員)
【総  論】竹田いさみ(獨協大学外国語学部教授)
【日米同盟】
講演者:ロバート・エルドリッヂ(大阪大学国際公共政策研究科助教授)
質問者:林 泉忠(琉球大学法文学部助教授、SGRA研究員)
【韓米同盟】
講演者:朴 栄濬(韓国国防大学校安全保障大学院助教授、SGRA研究員)
質問者:安藤純子(東北大学法学研究科博士課程)
【台米同盟】
講演者:渡辺 剛(杏林大学総合政策学部専任講師)
質問者:李 恩民(桜美林大学国際学部助教授、SGRA研究員)
【比米同盟】
講演者:伊藤裕子(亜細亜大学国際関係学科助教授)
質問者:オーリガ・ソブコ(東北大学法学研究科博士課程)

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漂流する対米同盟 浮上する「対テロ戦略」
--日本、韓国、フィリピン、台湾の同盟関係の現状を見る

都丸 修一
「アジア型共同体への道」研究チーム主査

「地球化(グローバリゼーション)」という現象は、国際・国内経済ばかりか、国家のありよう、地域社会の姿からテロリズムにまで、従来の物差しでは測れない変化を日々私たちに見せつけている。人、モノ、金の自由な動きと情報革命。グローバリゼーションは間違いなく人間社会の発明なのだが、グローバル化という「発明品」は、人間が追いつけないほど強大、かつ複雑な妖怪に育って、どう処していいのか分からないほどである。将来の予測がこれほど難しい時代はないかもしれない。

グローバル化の深化にあらがうように、欧州や米州で新時代の羅針盤として「地域主義」が台頭している。アジアでも同様である。ただし、アジアの動きは欧米に比べて遅い。しかも、南北が分断されたまま、核戦争の脅威まででている朝鮮半島を抱え、冷戦構造を残したグローバル化時代を生きるという宿命を負わされている。

アジアの安全保障の将来像は、どうあるべきか。7月24日、軽井沢で開かれた第16回関口グローバル研修会(フォーラム)は「東アジア軍事同盟過去・現在・未来」と題して、日米同盟、韓米同盟、台米同盟、米比同盟の専門家が語り合った(朝日新聞アジアネットワーク後援)。新たなトランスフォーメーション(軍の世界的再編)に動き出す米国。この超大国を軸とするアジア諸国の同盟を読み比べると、あらためてアジアの多様性に気がつく。「東アジア共同体」といった構想はずいぶん出てきたが、あるべき将来像を描く道のりは険しい。それでも、地球化のうねりを乗り切るには、やはりアジアの新しい羅針盤が必要とされる。

全文はasahi.comをご覧ください。

レポート第19号「海軍の誕生と近代日本」朴 栄濬 Posted February 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第19号(PDF)

投稿 朴栄濬「海軍の誕生と近代日本:幕末海軍建設の再検討と『海軍革命』の仮説」

2003.12.4発行

----「はじめに」から--------------

 19世紀の国際秩序において、海軍は先端の近代性を象徴する存在であった。海軍を構成している艦船・海軍士官と兵士・造船と修理施設・海軍組織などは、発達した科学技術や近代国家制度のバック・アップを必要とするものであった。また海軍は、米国の海軍戦略家であったアルフレッド・マーハン(Alfred Mahan)が言及しているように、制海権の掌握如何によって対外的に自国の目的を他国に強要し、場合によっては地域及び国際秩序の覇権を握ることのできる手段としての側面も持っていた。このような近代科学技術の集約と対外政策の強力な軍事的手段を意味する近代海軍が、何時から「海国」日本に形成され始めたのであろうか。そして海軍の建設は、日本の近代化や対外政策の変遷に何をもたらしたのだろうか。

(略)

 そうした関心から本研究は、幕末期において幕府と諸藩が積極的に推進した海軍建設政策とその成果に光を当てて、幕末期の海軍建設の様相を明らかにすることを第一の目的とする。ただ本研究は近代日本海軍史の研究空白を埋めるだけに止まらず、幕末期に建設された海軍が日本の近代国家への変容や対外政策の転換に与えた影響を、近代日本政治外交史の文脈から検討しようとするものである。

 欧米の軍事史学や歴史社会学、そして国際政治学は、近世以後の西欧世界では数多くの政治単位体が互いの戦争遂行やそれに備えるための軍隊建設を通して、官僚及び財政制度を整備し、人的・物的資源を動員できる近代国家の形成を成し遂げており、そうした近代国家体制に基づいてヨーロッパの世界拡張が可能となったとする見解を提示している 。そうであるとすれば、日本における近代海軍建設の試みは、明治国家の形成及びその対外関係の転換にどのような影響を及ぼしたのか。こうした疑問を海軍建設と関連付けて検討する必要があるだろう。つまり本研究は、幕末期における海軍建設の様相を再検討することによって、海軍史の研究空白を埋める傍ら、近代海軍建設が日本の近代国家への変容とその対外政策の転換にもたらした影響を検討し、日本の近代化に関する説明を補いたい。

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SGRAレポート第19号発行 Posted January 22, 2004 by imanishi
SGRAレポート第19号(投稿)
朴栄濬「海軍の誕生:幕末期海軍建設の再検討と『海軍革命』の仮説」
2003年12月4日発行

朴 栄濬「『専守防衛転換』、韓国不安、日本も無益」 Posted January 22, 2004 by imanishi
 SGRA「東アジアの安全保障と世界平和」研究チームのサブチーフで、韓国国防大学校安全保障大学の朴栄濬さんのご意見が、本日の朝日新聞「私の視点」に掲載されましたので、お知らせいたします。尚、この欄はウェブ上で公開されませんので、ご本人よりお送りいただいた原稿を添付させていただきます。

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「『専守防衛転換』、韓国不安、日本も無益」

 最近、日本政界で専守防衛の考えを見直し、事態が切迫した場合、北朝鮮への「先制攻撃」を視野に入れた主張が唱えられている。

与野党の国会議員でつくる「新世紀の安全保障体制を確立する若手議員の会」は6月、日本に対する攻撃が切迫している場合、相手国の基地を攻撃できる最小限の能力を保有できるよう日本政府に憲法解釈の変更を求める緊急声明をまとめた。

 同会のメンバーでもある石破茂防衛庁長官は、9月15日付の英Independent新聞で、「北朝鮮から日本に対する攻撃が迫ったと判断されると、北のミサイル発射基地を先制攻撃する権利を持っている」と述べている。

 この発言は、韓国の新聞でも報じられた。有事法制が成立した時と比べると、韓国国内で大きな反響があるわけではないが、私は疑問と懸念を感じている。

 「先制攻撃論」が、堅持されてきた専守防衛や、憲法上認められていないとされてきた集団的自衛権の行使を、解釈で変更するのを前提としているからだ。先制攻撃論が浮上してきた背景には、北朝鮮のミサイル、さらに核開発が日本への重大な脅威であり、専守防衛では十分に対抗できないという不安感や状況判断があることは理解できる。主権国家として適切な対応策を取ることは、当然のことだ。 

 だが、先制攻撃論は、日本の安全保障や東アジアに平和秩序をもたらすのに、適切で有効な手段になり得るとは思えない。

第一の理由は、先制攻撃論が日本の憲法が定めている安全保障体制と矛盾するものだからだ。憲法は、国際紛争の解決手段として「武力による威嚇」や「武力の行使」を明白に否定している。日本が平和憲法に基づき専守防衛政策を堅持してきたことは、周辺諸国に安心を与えてきた。その効果を減殺するのは得策ではないだろう。

第二に、もし先制攻撃するならば、日本もミサイルや爆撃機など北朝鮮を攻撃できる兵器を備えなければならなくなる。だが、日本が攻撃用武器を増強させることは、北朝鮮を含む東アジア諸国に軍拡競争を誘発する。これまで軍事的緊張を抑制してきた政策を変更する必要はないはずだ。

第三に、北朝鮮が保有する数百基のミサイルや五百門を超える長射程砲の大半は、主として韓国に向いている。その韓国でさえ、北朝鮮に対する予防攻撃は考えず、防御概念に立脚した戦略を立てている。北朝鮮が攻撃をかける場合に限り、アメリカと共同で対応する仕組みなのだ。しかし、日本による先制攻撃が現実になったとしたら、北朝鮮はミサイルや長射程砲を、日本だけでなく韓国にも向けるだろう。結果として、韓国に深刻な惨禍をもたらす公算が大きい。

 自らの安全を確保しようとする目的で発せられた先制攻撃論に、隣国の友人らが不安を感じる理由は、そこにある。米国がテロや大量破壊武器の拡散を防ぐとして、イラクに先制攻撃した。こうしたことから日本で先制攻撃論が現実味を帯びてくる可能性を否定できないという見方が、韓国内では出ている。信頼関係が欠かせない日韓両国間に、不安感や誤解を招きかねない議論が交わさ

れるのは望ましいことではなく、日本の国益にも決してつながらないと思う。

朴 栄濬
SGRA「東アジアの安全保障と世界平和」研究チームサブチーフ
国防大学校安全保障大学院助教授、ソウル、(日本政治外交)
2003年10月7日朝日新聞朝刊「私の視点」に掲載

朴栄濬(AAN)「『核』と鎖国は破滅への道」 Posted January 22, 2004 by imanishi

平壌を訪れた米代表に北朝鮮が核兵器開発を明言してから8カ月余、恫喝戦術か、真相の告白か、多くの議論が展開されてきたが、少なくとも北朝鮮が核開発をテコに対外政策を有利に進めようとしていることが明らかになってきた。4月北京で行われた米中朝3者会談でも北朝鮮代表が同様の発言を繰り返し、今月には朝鮮中央通信が「核抑止力を備えなければならない」と明言した。その実態や実用性は別にしても、既に朝鮮半島は北朝鮮の核脅威にさらされているのである。

北朝鮮が核兵器開発にこだわるのには、理解できる面もある。元々「遊撃隊国家」が起源で、軍事力強化は国是である。伝統的な友邦であったソ連が崩れ、中国が改革・開放へ転換してからは、孤立した社会主義体制の生き残りのためには、絶対兵器の誘惑に逆らうのはむずかしかっただろう。

しかし、生き残りの戦略として選択した核開発がはたして自国の安全確保に貢献しているか、北朝鮮は見極めなければならない。

 全文は、AANホームページをご覧下さい。

朴 栄濬
SGRA「東アジアの安全保障と世界平和」研究チームサブチーフ
国防大学校安全保障大学院助教授、ソウル、(日本政治外交)
2003年6月16日の朝日新聞朝刊に掲載

レポート第17号(英語版)発行 Posted January 22, 2004 by imanishi
「Global Security in the 21st Century and East Asia」は、フィリピンのマキト氏によって編集され、2003年6月6日発行に日本で発行されました。

レポート第17号「21世紀の世界安全保障と東アジア」(日本語版)発行 Posted January 22, 2004 by imanishi
SGRAレポート第17号(PDF)

第10回フォーラム講演録「21世紀の世界安全保障と東アジア」
白石隆、南基正、李恩民、村田晃嗣
日本語版2003.3.30発行、英語版2003.6.6発行

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開会挨拶 今西淳子(SGRA代表) 

【基調講演】「日本とアジア」白石 隆(京都大学東南アジア研究センター教授)

【講演1】「朝鮮半島の平和構築と日本の役割」南 基正(SGRA世界平和研究チーフ、東北大学大学院法学研究科助教授)

【講演2】「中国の東アジア戦略を解く」李 恩民(SGRA歴史問題研究チーフ、宇都宮大学国際学部外国人教師)

【講演3】「ブッシュ政権の東アジア戦略」村田晃嗣(同志社大学法学部助教授)

【講演者と参加者による自由討論】

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朴 栄濬(AAN)「急増する日本人留学生」 Posted January 21, 2004 by imanishi
 韓国の大学で外国人留学生が増えている。特に日本人留学生の増加が目立つ。昨年日本から帰国し講師をつとめていた大学でも、岩手県の高校を卒業して韓国語を勉強するために来た女学生、早稲田大学を出て韓国の政治経済を研究している大学院生などが私のクラスに参加した。

 全文はAANホームページをご覧ください。

朴 栄濬
SGRA「東アジアの安全保障と世界平和」研究チームサブチーフ
国防大学校安全保障大学院助教授、ソウル、(日本政治外交)
2003年3月14日朝日新聞朝刊に掲載

第10回フォーラム「21世紀の世界安全保障と東アジア」 Posted January 21, 2004 by imanishi
 2003年2月8日(土曜日)午後2時、第10回SGRAフォーラム「21世紀の世界安全保障と東アジア」が、お台場の東京国際交流館で開かれた。今回のフォーラムは、SGRA研究会「世界平和と安全保障」研究チームが企画及び準備段階から関わったものであった。「世界平和」研究チームは、元渥美国際奨学生を中心とした留学生同士が、世界平和と安全保障のための議論を一緒にしようという目的をもって、昨年作られたばかりの研究チームである。今回のフォーラムはその最初の仕事であり、チームの南基正チーフが発表者の一人として、そして幹事の筆者が司会者として役割を分担した。こうした留学生による試みに対して日本国際教育協会と東京国際交流館、中島記念国際交流財団、朝日新聞アジアネットワーク、渥美国際奨学財団が、協賛・支援して下さった。記して謝意を表したい。

 フォーラムが開かれた国際交流館のプラザ平成メディアホールでは、SGRA会員25名を含むと80名の方々が駆け付けた。日本人のみならず、交流館に住んでいる留学生の姿も少なくなかった。国際交流館が開館した2年前に最初に入館した筆者の記憶から、これぐらいの人数が集まったのは、昨年のワールドカップ共同応援以来初めてではなかったろうか。改めて、我々が作った「世界平和」研究チームが立ち上げた目的に、顔の知らなかった世界各国からの留学生が、国籍と専門分野の壁を越えて共感してくれるのだと感じた。

 研究チームの設立とフォーラム開催に至るまで、すべての仕事を担ったSGRA研究会の今西代表による開会挨拶の後、四人の発表者による講演が行われた。

 京都大学東南アジア研究センターの白石隆教授は、「日本とアジア」というタイトルで基調講演をしていただいた。白石先生は、東アジアという概念を政治経済的システムとして捉え、こうしたシステムがどのような歴史的な過程の中で形成され始めているのかを説明しつつ、1980年代の後半から東アジアの範囲で地域秩序形成の動きが活発になっている背景として、日本と韓国による直接投資の要因が働いていると分析した。しかしこうした東アジアにおける地域秩序形成の過程を、ヨーロッパにおける地域秩序の現実と比較してみると、ナショナリズムの過剰や、共同体に向けた政治意識の欠如、共通規範の不在、政治経済体制の差異などの、地域秩序の形成を妨害する要因が少なくない。従って、東アジアにおける共同体に向けては、諸国家共同の利益と規範の共有、特に強大な力を持つアメリカの関与如何が重要な鍵を握っていると展望した。白石先生の基調講演は、大変幅広い歴史的且つ比較政治的アプローチに基づいて、東アジアにおける地域共同体成立の可能
性とその現実的な条件を検討して下さった、興味深いものであった。

 最初の講演は、東北大学法学部の助教授であり、「世界平和」研究チームのチーフでもある南基正先生に「朝鮮半島の平和構築と日本の役割」というテーマでお話し頂いた。南先生は、2002年9月17日に行われた日本と北朝鮮の首脳会談とその後の情勢を分析しつつ、日米関係が日朝交渉に臨んでいる日本の外交を拘束しているのか、或は米朝関係が日本の存在なしに機能しているのかに関する仮説を各々検討した。結論として南先生は、日米関係が北朝鮮に対する日本の外交従属性を意味するものではない、そして米朝関係は日朝交渉の制約要因であると同時に促進要因でもあると述べつつ、東アジア地域の安全保障のためにも日本政府が日朝交渉により積極的に取り組むことを提案した。

 二番目の講演は、「中国の台湾戦略を解く」というタイトルで、宇都宮大学国際学部の外国人教師であり、SGRA研究会「歴史問題」研究チームのチーフである李恩民さんに発表して頂いた。李先生は台湾に対する中国の基本政策を、江沢民時代の「平和統一」や「一国二制度」政策を中心として説明した後、現在展開されている両岸の動きを軍事・経済・政治などの分野に関する具体的なデータに基づいて紹介した。そして今後の提案として、台湾が中国との平和統一を通して中国の全体的な民主化を促してくれること、中国側からも「一国二制度」に拘らず、平和統一への意思を徹底することを打ち出した。

 三番目の講演は、「ブッシュ政権の東アジア戦略」というタイトルで、同志社大学法学部助教授の村田晃嗣先生にお話しして頂いた。村田先生は冷戦後のアメリカが軍事的な側面から断然他国を圧倒しうる超大国になっていることを説明しつつ、現在のブッシュ政権が、イメージとは異なって、レトリックと実際の行動を異にしていると分析した。そうしたアメリカ認識に基づいて同盟国として日本が何をすべきかという問いに対して、村田先生は、只の反米感情は、反中や反ロの感情と同様、日本にとって、望ましい選択肢にはなれないと強調した。先生は、今こそ更なる日米同盟の再定義と国際協調が求められていると結論づけられた。

 四人の先生による熱い講演の後、第二部では参加者による質問が続けた。お台場に住んでいる日本人RAの富川英生さん(東京大学経済学研究科)と金子光さん(東京大学経済学研究科博士課程)、留学生の和愛軍さん(中国出身、東京大学農学生命科学研究科博士課程)及び李明賛さん(韓国出身、慶応大学法学研究科博士課程)が各々発表者に対して質問を投げかけた。その他、インドネシア、台湾、中国などから来た留学生や研究者が予定した時間を遥かに過ぎてまで、熱気溢れる質問を問いかけた。長々4時間にわたって行われた第10回SGRAフォーラムは、午後6時半、嶋津忠廣SGRA運営委員長の閉会挨拶を最後に、盛会の幕を閉じた。

 日本に来た留学生同士が、SGRAのお陰でこの「世界平和」研究チームを作ったきっかけは、20世紀の東アジアに対する反省からであった。20世紀のアジアは、日ロ戦争、第一次世界大戦、満州事変、日中戦争、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、中国-ベトナム戦争など、戦争の絶えない時代であった。21世紀を迎えた今も、これら戦争の傷は、講演にも触れられたように、朝鮮半島や中国-台湾の間でまだ残っている。そうした戦争の連続で、加害者も被害者も、戦争の犠牲者になった。戦争の責任を問うこ
と、どちらが悪かったかを問うことは、勿論大事な問いである。しかし21世紀を生きている我々は、20世紀を生きていた先輩の世代が避けられなかった戦争の時代を超えて、何とかして、協力と平和の時代を切り開けなければならないと思う。

 武器を溶かして平和の材料を作る作業は、一国の国境を越えて、各国が協力しなければならない。特に各国の若い世代同士が共に力と知恵を合わせなければできない。そうした意味で、SGRA研究会の「世界平和」研究チームが、各国の留学生が一緒に住んでいるお台場の東京国際交流館で試みた本フォーラムは、まさに東アジアの平和と協力に向けた小さな一歩であろう。元々お台場は、150年前の幕府時代に海を渡って来た西欧の黒船を防ぐために作られた砲台であった。世界に「閉じられた鎖国」のシンボルでもあったお台場で、150年の時間が過ぎて各国の研究者と留学生が集まって、「21世紀の世界安全保障と東アジア」というテーマのもとで共に議論する場を設けたことは、その意義が少なくなかったと思われる。

(文責:朴栄濬)

レポート第1号「21世紀の日本とアジア」船橋洋一 Posted January 21, 2004 by imanishi
SGRAレポート第1号(PDF)

設立記念講演録 船橋洋一「21世紀の日本とアジア」 
2001.1.30発行

---要旨------------------------

関口グローバル研究会(Sekiguchi Global Research Association 略称SGRA)設立記念講演会が、 2000年7月26日、慶應義塾大学三田キャンパス北新館2階ホールにおいて行なわれた。 本稿は、その設立記念講演会において、朝日新聞コラムニスト船橋洋一氏がゲスト講師として「21 世紀の日本とアジア」のテーマで特別講演したものである。
(1)沖縄サミットの本意は中国・インド・インドネシア・韓国の首脳を招いた上でアジアの声を反 映させることにあったが、実際はアジアの問題をあまり取り上げていないし、アジア諸国の声も反映で きなかった。
(2)同サミットにおいて基地問題についての解決の糸口さえも示していないから、日米間の不均衡 な関係は引き続き維持されていく。この問題を解決しない限り、日本の「不沈空母」という役割は終わ らないだろう。
(3)日本は地理的にアジアにあり、上海などに近いが、21世紀には心も近づかなければならない。 そのために「隣交」――近隣諸国との関係の飛躍的発展・強化――という外交を積極的進めるべきであ ると提言する。
(4)以前の日本の大企業家は一国に依拠しながらも世界への発信を構想していたが、情報社会にも かかわらず、現代の日本の起業家は逆に国内ビジネスだけで手一杯で、世界への発信がなかなかできな い。
(5)アジア諸国は目覚しい経済変化と社会進歩を遂げつつある。経済面において日本がリードする アジアはすでに変わり、IT革命の領域においてシンガポール、台湾、香港、韓国等はめざましく発展 しているし、インド・中国の技術者が世界中で活躍している。このような情勢の中で「隣交」外交がい っそう必要となる。 上記のほかに、船橋氏はまたハイテクの進展と戦争の解決問題、国際関係とテロ対策問題、朝鮮半島 の情勢、北朝鮮のテポドン発射と日米安全保障、日韓間歴史問題の区切りなどについても熱く語った。

明治維新以来、多くの日本人の心は欧米にあったが、地理的にはアジアにあり(In Asia)引っ越すこ とはできない。世界の人々にもっとアジアを知ってもらうには日本はアジア諸国と連携して、その一員 として発信しなければならない(Of Asia)。それを実現させるためには、「隣交」――目覚しい経済変化を遂げつつある近隣諸国との協力・発展を積極的に推進しなければならない。日本だけのことを考えて いればよかった、いわば「一国平和主義」の時代はすでに終わった。

設立記念講演に先立って行われた、研究会設立の趣旨、事業計画概要、研究プロジェクトの事例紹介 を併せて掲載させていただく。

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