SGRAかわらばん

  • 2017.01.12

    エッセイ517:林泉忠「『トランプ・蔡電話会談』米中角逐の新たな幕開け」

    12月2日午後11時、台北の総統府蔡英文総統からアメリカ大統領当選者トランプ氏への一本の電話が、北京の神経を尖らせ、また国際社会をも震撼させた。この日「TAIWAN(台湾)」が人目を引き、アメリカなどの国際メディアのトップニュースとなり現れた。驚きの表情を隠しきれない中国外相の王毅氏と中国国務院台湾事務弁公室スポークスマンが、メディアからの質問に答えた際に、「痛くも痒くもない」の一言だけを返した。「これは台湾側が行った小細工に過ぎず、1つの中国の構造を変えることは不可能である」と。   しかしながら、突然起こった12分間の「トランプ・蔡電話会談」が、いったいどれだけ中国指導部を驚愕させたかは、容易に想像がつく。連日中国共産党政府は、全ての国家安全機関とシンクタンクを動員し、今回の「電話事件」発生のいきさつを明らかにしようとしているが、調べれば調べるほど中南海をがっかりさせる結果となっている。   まず、常識にとらわれないカードを出すトランプ次期大統領の性格からすると、もし「トランプ・蔡電話会談」がふとひらめいた行動だったら、大して驚くことではない。ところが、アメリカ大統領選に勝利した直後、トランプ氏のチームはすでに各国首脳と電話会談を行う名簿を作成しており、消息筋によると、早い段階から「蔡英文総統」はその名簿の中に入っていたそうだ。通話のスケジュールが確定した後、関係者はトランプ次期大統領に説明を行っており、トランプ氏はもちろんネガティブな反応が出る可能性を十分に理解していた。言い換えるなら、今回の「トランプ・蔡電話会談」は偶然に起こった軽率な出来事ではなく、関係者たちによる周到な計画があって成しえた事で、決して台湾側の一方的な「小細工」として説明できるほど簡単なことではない。   ◇周到にアレンジされた「トランプ・蔡電話会談」   次に、中国の最大の心配事は結局のところ、「電話茶番」が、1970年代に構築された「キッシンジャー体制」以来アメリカが堅持している「1つの中国」政策の変更をトランプ氏が意図しているかどうかである。現在トランプ次期大統領の政権人事はまだ完全には固められておらず、また厳格に言うと、就任前の言動も、これからの米国政府の政策とは同じではないにもかかわらず、中国を懸念させる情報が1つまた1つと出てくるたびに、中南海はもうすでにトランプ氏の中国政策に対して引き続き「慎重で楽観的」でいられなくなっている。   ひとしきりの驚愕と震撼が過ぎ去った後、「トランプ・蔡電話会談」を主導していた一大勢力が浮上してきた。それは、アメリカ「ヘリテージ財団」である。イデオロギー的にアメリカの保守勢力の重鎮と見なされているこの財団は、1973年に創立され、創立者のフュルナー(Edwin_Feulner)氏の40年あまりの運営を経て、現在のような年度予算8000万ドルを超えるまでに発展し、ワシントンD.C.に対する影響力が最も大きなシンクタンクの1つとして見なされるようになった。共和党出身の歴任高官の多くはこのシンクタンクから政界入りしており、トランプ次期大統領に運輸長官に任命されたイレーン・チャオ氏もまたその中の一人である。選挙期間中、ヘリテージ財団はトランプ氏の為に政策白書を作成しただけでなく、財団の多くのメンバーも応援団として参加している。注目すべきは、ヘリテージ財団は数十年にわたって台湾との関係が密接であり、ワシントンD.C.の親台本営と見なされており、また台湾は長きにわたりロビー活動や交流を行ってきた対象でもある。   ◇影響力絶大の「ヘリテージ財団」   「トランプ・蔡電話会談」をもっとも直接的に推し進めたのは他でもない、まさに長期にわたりヘリテージ財団の総裁を務めてきたフュルナー氏である。フュルナー氏と台湾の政界はもともと深い関係にあり、台湾への訪問はすでに20回を超え、台湾歴代総統の就任式典にも数多く参加しており、李登輝、陳水扁、馬英九、蔡英文などの歴代の総統との面会も17回にも及ぶ。蔡英文総統と同じロンドン・スクール・オブ・エコノミクスを卒業したフュルナー氏は今年8月にトランプ応援団に参加し、上級顧問として国家安全保障外交政策を務めるトランプ次期大統領の最重要ブレインの一人である。フュルナー氏は10月に財団訪問団を引き連れて台北を訪問し、13日には総統府において蔡英文総統と面会した。   ヘリテージ財団の米台関係における重要な地位にあり影響力があるもう一人の人物は、財団研究員のスティーブン・イェーツ(Stephen_Yates)氏で、彼は現在アイダホ州共和党主席を務めており、またトランプ氏側の顧問も兼任している。イェーツ氏は、ディック・チェイニー(Dick_Cheney)副大統領の国家安全保障問題担当副補佐官を務めた人物で、今年に入り「台湾関係法」と「6つの保障」(Six_Assurances)を共和党の綱領に入れた起草者でもある。その内の「6つの保障」はまさに、北京を怒らせてやまない「中国の台湾に対する主権を承認しない」である。イェーツ氏はもともと台湾と深い関係にあり、1987年から89年にかけて、高雄でモルモン教の宣教師をしていた事があり、流暢で且つ台湾なまりの北京語を話し、台湾の政界及び社会各界に幅広い人脈を持っており、財団の同世代の中で彼の右に出るものはいない。「トランプ・蔡電話会談」の4日後、イェーツ氏はトランプ氏の意思を携え台北を訪れ、更に蔡英文総統を表敬訪問した。   「トランプ・蔡電話会談」のアメリカ政界における反応は、ほぼ二極化して現れており、在任中のオバマ政府は、やはり「1つの中国」政策を重ねて表明したので、この電話が長年における米国の対中政策に衝撃を与え、世界の2大経済大国間の協力関係に影響を及ぼしたくないことがはっきりと窺える。しかしながら、民主党の人々及びアメリカメディアによる「1つの中国政策」に対し、トランプ氏本人がツイッターやフェイスブックに続けて投稿し強く反撃しただけでなく、主にトランプ側の要員や共和党内にいる有力政治家もまた、次々と「トランプ・蔡電話会談」への評価を表明し、ホワイトハウスの長く続く硬直した思考を問いただした。トランプサイドの顧問を務めているある元国務院の役人は、実際は「トランプ・蔡電話会談」に関わった人物は皆、長年にわたりアメリカがとってきた「1つの中国政策」を非常に理解しているが、「過去に共和党や民主党の大統領が行ってきた事を、トランプ氏が同じように行うとは限らない。彼にとっては典型的なワシントンのルールが必ずしもいつも最も良いものではない」と言及した。   ◇「台湾」をカードとする米中の新たな角逐   中国にとってトランプ時代の対中政策の不安材料は「トランプ・蔡電話会談」にとどまらない。トランプ次期大統領が蔡総統からの電話を受けたまさにその日に、米下院は圧倒的多数で「国防権限法」を可決し、新法案は20年余りに渡る米台間の軍事交流上の多くの制限を解除し、米台関係の未来を「無限の可能性に満ち溢れ」させた。実際、台湾側はすでにその法案が米の上、下院で通った後の検討・協議を開始しており、台湾の国防相が正々堂々とペンタゴンに足を踏み入れることを待望し、また台湾をアメリカ主導の環太平洋合同軍事演習に参加させ、台、米、日、3者による軍事上の協力を実現するという望みがある。   確かに、習近平体制下の北京からすると、「台湾問題」は決して容易に妥協できない「核心的問題」である。「トランプ・蔡電話会談」は危機であると同時に転機でもあり、少なくともすでに中国はトランプ時代に対する「慎重で楽観的」な認識からは転換しただろう。北京はトランプが就任するまでの残された時間を座視することなく、トランプの弱点と人脈について研究し、同時にトランプ次期大統領の対中政策に影響を与えうる全ての人物に近づくことに大幅に力を注ぎ、40年間に渡ってアメリカが既定してきた「1つの中国政策」が完全に歪められないように確保するだろう。   「台湾」をカードとするトランプ時代における米中の角逐は、新たな幕開けを迎えている。   (原文は『明報』(2016年12月9日付)に掲載。比屋根亮太訳)   英訳版はこちら   <林泉忠(リン・センチュウ)☆John_Chuan-Tiong_Lim> 国際政治専攻。2002年東京大学より博士号を取得(法学博士)。同年より琉球大学法文学部准教授。2008年より2年間ハーバード大学客員研究員、2010年夏台湾大学客員研究員。2012年より台湾中央研究院近代史研究所副研究員、2014年より国立台湾大学兼任副教授。     2017年1月12日配信