SGRAセッション

  • ボルジギン・フスレ「AFC#4:SGRAセッション『現代モンゴル地域における社会変容』報告」

    2018年8月26日の午後に開催された第4回アジア未来会議自主セッション「現代モンゴル地域における社会変容」は、激変する北東アジア社会の複雑な状況を視野に入れながら、最新の資料を駆使して、モンゴル地域における社会変遷を焦点に特色ある議論を展開することを目的とした。同セッションでは、国立政治大学民族学部准教授の藍美華(LAN Mei-hua)先生と私が共同で座長をつとめた。   SGRA会員、内モンゴル大学モンゴル研究センター准教授のリンチン(仁欽、Renqin)氏の報告「20世紀後半の内モンゴルにおける草原生態系問題の検討」は、20世紀後半の内モンゴルにおける放牧地開墾問題の実態はどうだったか、その背景と要因は何であったか、放牧地開墾問題はモンゴル人地域社会に何をもたらしたか、さらに今日の内モンゴルにおいても生じている環境、漢化、自治区の自治権の低下、人口、言語教育など非漢民族の生存権問題と如何に関連しているのかなどについて考察した。 リンチン氏は、結論として、下記の事を指摘した。 第1に、「大躍進」運動では、農業地域か牧畜業地域かを問わず、内モンゴル地域では「農業を基礎にする」という方針のもと、「牧畜業地域の食糧と飼料の自給」という名目で、中華人民共和国建国以来最大規模の放牧地が開墾された。 第2に、「文化大革命」期間の「牧民はみずから穀物を生産すべき」のスローガンのもとで、内モンゴル生産建設兵団による2回目の大規模の放牧地開墾が行われた。しかし、その結果、食糧と飼料の自給が成し遂げられるどころか、むしろ穀物は減産したのである。 第3に、草原生態系への破壊的影響をもつ開墾により、放牧に利用できる草原の面積が縮小したため、牧民たちは生産手段でもある放牧地を失い、生活の困窮状態に陥った。 第4に、近年、北京、天津にとどまらず、はるか朝鮮半島、日本にまで猛威を振るっている「黄沙」の主な発生源は内モンゴルとされているが、そう簡単に結論づけることはできない。内モンゴルにおける環境問題は、実際このようは政治的・社会的・人為的要因があった。   SGRA会員、昭和女子大学国際学部国際学科教授のマイリーサ(Mailisha)氏の報告「観光化の中における文化伝承」は、甘粛省粛南ヨグル族自治県白銀モンゴル自治郷(1930年代に外モンゴルから河西回廊に移住したハルハ・モンゴル人の村落)における「伝統文化の担い手と継承のための工夫」の事例を検証した。言語や文化の消滅の危機にさらされている少数民族の生存戦略と、その潜在的な可能性について検討し、「民族風情園」など「中国的な見せる観光」における問題点を指摘し、たいへん興味深かった。   東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程ソルヤー(Suruya)氏の報告「フルンボイル地域における民族衣装の再創造――ダウル人を中心に――」は、日本における文化人類学の先端的な研究成果を吸収し、ホブズボウムとレンジャーの「伝統の創造」論を踏まえ、先行研究を批判的に参考にしながら、民族表象の問題として民族衣装に焦点をあてた。フィールドワークで得た成果に基づいて、ダウル人の民族衣装を中心に、内モンゴル・フルンボイル地域におけるモンゴル系サブグループの民族衣装が、20世紀以降、いかに衰退から「再生」へと発展してきたのか、それがフルンボイルのモンゴル系サブグループのアイデンティティの再構築とどのような関係をもっているかなどについて検討をおこなった。今日、ダウル人は伝統を取り戻そうと、その民族衣装を再構築し続けているが、そのプロセスにおいて、実際は、多くの伝統が失われ、また新たな「伝統」が生まれ続けていることなどを指摘した。   桐蔭横浜大学FIJ欧米・アジア語学センター非常勤講師ボヤント(Buyant)氏の報告「内モンゴルにおける土地紛糾の一考察」は、モンゴル人社会の現状を踏まえ、映像資料を含む第一次資料を用いて、2010年以降、内モンゴル地域で農民・牧畜民と地方政府の間で起きた土地・生態環境をめぐる紛糾を焦点に、さまざまな矛盾や葛藤を抱えている多民族国家中国の民族問題の現状について考察し、検討した。1978年に「改革開放政策」が提唱されて40年が経過した現在、少数民族地域におけるインフラ整備や資源開発、経済成長、党幹部養成等は目覚ましい勢いで進んでいる一方、「党国家」をおびやかす事件が多発し、少数民族をとりまく状況は急速に変わっている。氏の報告は刺激的であり、関心をもたらせた。   セッションの最後に、藍美華氏がセッション報告の成果をまとめ、今後の研究の展開について期待をかけた。   当日の写真     <ボルジギン・フスレ Borjigin_Husel> 昭和女子大学国際学部教授。北京大学哲学部卒。1998年来日。2006年東京外国語大学大学院地域文化研究科博士後期課程修了、博士(学術)。東京大学大学院総合文化研究科・日本学術振興会外国人特別研究員、昭和女子大学人間文化学部准教授などをへて、現職。主な著書に『中国共産党・国民党の対内モンゴル政策(1945~49年)――民族主義運動と国家建設との相克』(風響社、2011年)、共編著『国際的視野のなかのハルハ河・ノモンハン戦争』(三元社、2016年)、『日本人のモンゴル抑留とその背景』(三元社、2017年)他。        
  • 朱琳「AFC#4:SGRAセッション『東アジアのナショナリズムを再考する』報告」

    第4回アジア未来会議の一環として、私が企画責任者を務めるグループセッションが8月26日(日)午後にソウルのThe_K-Hotelで開催された。セッションのテーマは「東アジアのナショナリズムを再考する――日・中・韓の近代史からの問い」である。   今日、東アジア諸国の相互依存が一層深まる一方で、感情的摩擦が次第に表面化するようになった一面も否定できない。それは、それぞれ周辺文化への理解の未熟さや、「東アジア」という空間形成の歴史的経緯の軽視などに由来したところが多いと言えよう。そこで、文化のグローバリゼーション(光と影の両面)などに対応しうる「国民国家」というシステムのより広い文脈での位置づけ、および総合的な見通しが問われている。このような問いに検討を加えるために、狭義の一国史に限定することなく、「東アジア」という「場」を多様な文化が接触・連鎖する「舞台」として複眼的・動態的に認識し考察する必要があるように考えられる。 このような問題意識のもとで、今回は3名の発表者と2名の討論者を迎えてセッションを組んでみた。   まず、李セボン氏(延世大学比較社会文化研究所・専門研究員)は「儒者の視点から見た「文明」とナショナリズム――中村正直を中心に」という題で発表した。主に幕末から明治初期にかけて活動し儒学というレンズを通して西洋を見た中村正直(1832~1891)の思想を手がかりに、儒者のいう「文明」とナショナリズムの関係について考察している。   ついで、黄斌氏(早稲田大学地域・地域間研究機構・次席研究員)は「アジア主義・ナショナリズムとマルクス主義の狭間――李大釗の葛藤」という題で発表した。中国ナショナリズムの系譜を時系列に整理した上、その系譜の中に中国共産党の創立に参加した李大釗(1889~1927)の思想を位置づけ、その思想の変容および影響などを分析している。   3番目の発表者は柳忠煕氏(福岡大学人文学部東アジア地域言語学科・専任講師)であり、発表題目は「朝鮮知識人の戦争協力と〈朝鮮的なもの〉――尹致昊と李光洙を中心に」である。帝国日本の戦争遂行に協力した植民地朝鮮の知識人の政治的想像力とはどのようなものだったのかという問題提起を行い、尹致昊(1865~1945)と李光洙(1892~1950)の二人のそれぞれの戦争協力の理由と論理を明らかにし、〈帝国/植民地〉という状況における〈朝鮮的なもの〉の保存への試みとその逆説を解析している。   討論者として、平野聡氏(東京大学大学院法学政治学研究科・教授)と劉雨珍氏(南開大学外国語学院・教授)を迎えた。3名の発表内容について逐一、感想とコメントをされただけでなく、的確なアドバイスもいただいた。   セッションとして、必ずしも最初から意識していたわけではないが、結果的に明治・大正・昭和の3つの時期をカバーし、そして日・中・韓の3国の知識人の思想的葛藤と苦闘を凝縮的にそれぞれの発表に反映させたことになり、よくバランスがとれた。発表者と討論者に加え、聴衆も積極的に参加してくれたおかげで、大変濃密な議論の時間を過ごすことができた。   聴衆に福島大学のある教授がおられ、会議後、ここソウルでこんなに高いレベルの発表およびコメントを聞けるとは思わなかったという。この言葉を励みに、今後できればよりよい企画を提案できるよう協力していきたい。   *発表者、討論者、そして、何よりも渥美国際交流財団の関係者の方々のおかげで、セッションを成功裏に開催できたことを心より感謝申し上げます。皆さま、本当にどうもありがとうございました!   当日の写真   <朱 琳(シュ・リン)ZHU_Lin> 東北大学大学院国際文化研究科准教授。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。専門はアジア政治思想史。     2018年10月25日配信  
  • 第3回東アジア日本研究者協議会へのお誘い

      東アジア日本研究者協議会は、東アジアの日本研究関連の学術と人的交流を目的として2016年に発足し、韓国・仁川で第1回国際学術会議が開催されました。2017年の第2回会議(於中国・天津)に続き、本年10月末には第3回会議が日本・京都で開催されることとなりました。 歴史的な壁のため、さらに東アジアでは自国内に日本研究者集団が既に存在することもあり、国境・分野を越えた日本研究者の研究交流が妨げられてきた側面があります。東アジア日本研究者協議会は日本研究の質的な向上、自国中心の日本研究から多様な観点に基づく日本研究への志向、東アジアの安定と平和への寄与の3つを目的としています。SGRAも同協議会の理念に賛同して共同パネルとして参加をいたします。 本年はSGRAから、「現代日本社会の「生殖」における男性の役割――妊娠・出産・ 育児をめぐるナラティブから」、「アジアにおける日本研究者ネットワークの構築――SGRA(渥美国際交流財団)の取り組みを中心に」の2パネルが参加します。 これを機会に皆様のご参加やご関心をお寄せいただければ幸いです。     第3回東アジア日本研究者協議会 国際学術大会 日 時:   2018 年 10 月 26 日(金)~ 28 日(日) 会 場:    国際日本文化研究センター(10月26日)  京都リサーチパーク(10月26日 、27日、28日) 主 催: 東アジア日本研究者協議会、国際日本文化研究センター 共 催: 独立行政法人国際交流基金 助 成:    鹿島学術振興財団、村田学術振興財団 概 要 :     全体プログラム  分科会プログラム ——————————————————————————————— SGRA参加パネル 「現代日本社会の「生殖」における男性の役割――妊娠・出産・ 育児をめぐるナラティブから」 「アジアにおける日本研究者ネットワークの構築――SGRA(渥美国際交流財団)の取り組みを中心に」 ——————————————————————————————— ——————————————————————————————— ◆セッションB1:「現代日本社会の「生殖」における男性の役割――妊娠・出産・ 育児をめぐるナラティブから」 分科会1(一般パネル) 10月27日(土)9:30-11:00 於 京都リサーチパーク ——————————————————————————————— パネル趣旨: 現代日本における最重要の社会的課題として「少子化」は、依然として大いに議論されている。そのなかで、個人の妊娠・出産・育児には、国家や企業、マスメディアからの介入がみられるが、その言説では、若い女性が子供を産み育てるために身体・キャリア・恋愛などの人生のあらゆる側面をプランニングし、管理する必要性が説かれている。そうした「妊活」(妊娠活動)や育児に関わる言説には、今も尚、母性神話が未だ強く根付いている。一方、そこに男性の存在感は稀薄であり、家庭内における「父親の不在」がしばしば指摘されている。たとえ「イクメン」という言葉が流行し、子育てに参加したい気持ちはあっても、長時間労働や日本企業独特の評価制度などに縛られ、それを許されない男性は多い。 上記の背景を踏まえた上で、本パネルでは、社会学と文学のそれぞれの視点から、妊娠・出産・育児における男性の役割がいかにして語られるかを考えていく。   パネリスト: 司会者     コーベル・アメリ(パリ政治学院) 発表者1   ファスベンダー・イサ ベル(東京外国語大学) 発表者2  グアリーニ・レティツィア(国際基督教大学)* 討論者1  デール・ソンヤ(一橋大学) 討論者2  モリソン・リンジー(武蔵大学)     発表要旨:   【発表①】 「妊活」言説における男らしさ―現代日本社会における 「産ませる性」としての男性に関する言説分析 (ファスベンダー・イサ ベル )   「妊娠」すること、「産む」ことは、個人的な領域に属していると思われがちであるが、不断に政治的なものとして公の介入を受けてきた。とりわけ、切実な少子化社会にあることを背景に、「少子化政策の主体たる国家」、「生殖テクノロジーを用いて不妊治療サービスを展開する医療企業」、「世論を左右するマスメディア」の三つの権力主体が相互に絡み合いながら、その言説を形成してきた。つねに問題視されてきたのは「妊孕性」と「年齢」の関係性である。個人に"正しい"「情報・知識」を提供することで、若い女性が子供を産むために身体・キャリア・恋愛などの人生のあらゆる側面をプランニングし、管理する必要性が説かれてきた。 先行研究においては、これまで「妊活」言説の主人公が主に女性に限定されてきたことが批判されている。ただ最近になって、男性の身体、妊孕性をめぐる言説も注目されてきている。生殖テクノロジーの発展に伴う生殖プロセスの、生殖細胞レベルでの可視化が、さらに徹底して利用されていることが背景にある。本発表は、新聞記事、専門家へのインタービュー、男性向けの「妊活」情報、そして男性自身の語る「妊活」体験談などの分析に基づいて、男性の生殖における役割が現在の日本社会においてどのように位置づけられているのかを探ってゆく。それによって、現在進行する「生殖をめぐるポリティクス」、ひいては権力による「性の管理」について、重要な一側面を明るみに出すことを目指す。     【発表②】 妊娠・出産・育児がつくりあげる男性の身体-川端裕人 「ふにゅう」と「デリパニ」を手がかりに-  (グアリーニ・レティツィア)   現代日本における出産・育児の語り方は、常に女性に焦点を当て、母親がいかにして子どもを産み育てるための身体を作るべきか論じられている。一方、そこに男性の存在は稀薄であり、家庭内における「父親の不在」がしばしば指摘されている。たとえ「イクメン」という言葉が流行しているとはいえ、父親が出産・育児において副次的な役割しか担わないことは多い。このような社会事情を反映する現代文学においても出産・育児の体験はしばしば女性を中心に語られており、その体験が母親の身体および精神にいかなる影響を与えるかを探求する作品が多い。それに対して、男性が物語の舞台に登場することは少ない上、育児に「協力する」副次的な人物として描かれることが多い。 本発表では、川端裕人の『おとうさんといっしょ』(2004年)を中心に日本現代文学における父親像の表象について考察を試みる。まずは、川上未映子、角田光代、伊藤比呂美、山崎ナオコーラなど、様々な作家や作品を並べて分析することによって、出産・育児における母親像および父親像を探り、「父親の不在」の表象を明確にする。また、川端裕人の『おとうさんといっしょ』から出産に立ち会う男性を主人公にする「デリパニ」と授乳しようと試みる父親を描く「ふにゅう」、この二つの短編小説を取り上げる。川端裕人の作品分析をもって、男性の身体に焦点を絞りながら父親の表象について論じ、新たな観点から出産・育児の体験を考察する。     ——————————————————————————————— ◆セッションB3:「アジアにおける日本研究者ネットワークの構築――SGRA(渥美国際交流財団)の取り組みを中心に」 分科会3(一般パネル) 10月27日(土) 13:45-15:15 於 京都リサーチパーク ——————————————————————————————— パネル趣旨: 「関口グローバル研究会」(SGRA)は渥美国際交流財団が支援した元奨学生が中心となって活動している研究ネットワークである。21世紀の幕開けに設立されたSGRAは、第1回フォーラム「21世紀の日本とアジア」を皮切りに、多分野多国籍の研究者によって、多面的なアプローチから研究を行っている。その集大成として2013年に第1回アジア未来フォーラム(AFC)が開催され、今夏に第4回AFCは成功裏に幕を閉じた。 2014年第2回AFC@バリ島円卓会議の続編として行なわれた2015年第49回SGRAフォーラム「日本研究の新しいパラダイムを求めて」において、「日本研究」をアジアの「公共知」として育成するために、アジアで共有できるアジア研究を目指すネットワークの構築が喫緊の課題だというコンセンサスが得られた。また、東アジアに創られた「知の共同空間」での「共同体」の構築に欠かせない「方法としての東アジアの日本研究」の意義も再認識された(SGRAレポートNo.74<2016.6発行>より)。 その翌年に第1回東アジア日本研究者協議会(EACJS)がソウルで開催され、2017年第2回@天津に続き、今秋第3回EACJS@京都の開催を迎える運びになった。いわば、SGRAフォーラムで展開された有識者らの論議が起爆剤になり、東アジアの日本研究者を集結する「知の共同空間」を誕生させたのではないかともいえよう。 本パネルでは、アジアにおける日本研究者ネットワークの構築が実現するまでに、2000年発足以来継続してきたSGRAの取り組みを振り返り、今後目指すべき新地平を探る。特に、SGRAフォーラムとシンクロして、アジア各地域で展開される、「日韓アジア未来フォーラム」(2001~)、「日比共有型成長セミナー」(2004~)、「SGRAチャイナフォーラム」(2006~)、「日台アジア未来フォーラム」(2011~)に焦点を当て、地域ごとの活動報告に伴い、より創発的に共有できる「知の共同空間」の構築に解決すべき課題、未来を切り拓く骨太ビジョンの策定等について、活発的な意見交換を行う。   パネリスト: 司会者  劉傑 (早稲田大学) 発表者1    金雄熙(韓国・仁荷大学) 発表者2    マキト、フェルディナンド  (フィリピン大学ロスバニョス校) 発表者3 孫建軍(中国・北京大学) 発表者4 張桂娥(台湾・東呉大学)* 討論者1 稲賀繁美(国際日本文化研究センター) 討論者2 徐興慶(台湾:中国文化大学)     発表要旨:   【発表①】 日韓アジア未来フォーラムの経緯、現状と課題: 「ダイナミックで実践的な知のネットワークを目指して」(金雄熙)     「日韓アジア未来フォーラム」(JKAFF)は、日本と韓国、そしてアジアの研究者及び現場の専門家たちが、アジアの未来について幅広く意見を交換する集まりであり、韓国ラクーンも積極的に参加し、知のネットワークを築き上げてきた。2001年韓国未来人力研究院の「21世紀日本研究グループ」と渥美財団SGRAの共同プロジェクトで始まり、主に東アジア共同体の構築に向けた様々な分野における地域協力の動きや可能性を探ってきた。2001年10月に第1回会議がソウルで開かれて以来、2018年3月第17回まで間断なく進められ、さらなる発展を模索している。歴史問題で揺れ動く日韓の間ではあまり類を見ないしっかりした交流プロジェクトであると自負できよう。 これまでのテーマは、「アジア共同体構築に向けての日本および韓国の役割について」、「東アジアにおける韓流と日流:地域協力におけるソフトパワーになりうるか」、「親日・反日・克日:多様化する韓国の対日観」、「日韓の東アジア地域構想と中国観」、「東アジアにおける公演文化(芸能)の発生と現在:その普遍性と独自性」、「1300年前の東アジア地域交流」、「東アジアにおける原子力安全とエネルギー問題」、「アジア太平洋時代における東アジア新秩序の模索」、「ポスト成長時代における日韓の課題と東アジア協力」、「アジア経済のダイナミズム-物流を中心に」、そして最近の日中韓の国際開発協力についての3か年プロジェクトなど、2-3年単位のプロジェクトで東アジア協力課題について議論してきた。 JKAFFは主に主催側の代表や幹事とでテーマを設定し、SGRAメンバーやその分野の専門家に参加を呼び掛けるかたちで専門用語が通じ、顔の見える実践的な知のネットワークの構築を目指してきた。これまでの経験からみると、専門性の追求と緩やかなネットワークの構築には相反する側面もあったと思われる。17年も同じ進め方で運営してきたので、テーマの設定の在り方や次世代を担う若手研究者の育成という面では考え直すところがあるのも事実であろう。今後より多元的で弾力的な推進体系を取り入れ、東アジア地域協力課題により多面的に対応し、ダイナミックで実践的な知のネットワークを作り上げていきたい。     【発表②】 日比共有型成長セミナーの経緯、現状と課題: 「持続的な共有型成長~みんなの故郷(ふるさと)、みんなの幸福(しあわせ)~をめざして」(マキト、フェルディナンド)       マキトがマニラに設立した「SGRAフィリピン」は渥美財団の支援を受けて、2004年から毎年マニラ市を中心にフィリピン各地でセミナーを24回開催してきた。テーマは一貫して「共有型成長(Shared Growth)」。これは、世界銀行が「東アジアの奇跡」と呼んだ、経済成長とともに貧富の格差が縮小した日本をはじめとする東アジア各国の1960~70年代の経験に因む。残念ながらフィリピンはこの「奇跡」の中に入れなかったので、かつての日本の経験をフィリピンに伝えたいという願いがあった。以来15年間に日本の社会経済状況は大きく変わったが、「グローバル化の津波」にいかに対抗するかという本セミナーの問題意識は変わらない。近年は、グローバルに深刻な環境問題も取り入れ、「持続的な共有型成長」というテーマに発展した。持続的な共有型成長セミナーでは、環境保全(持続可能)、公平(共有型)、効率(成長)の実現を目ざすために必要と思われるメカニズムを多角的な視点から考察し、実現のための途を探って行きたい。多くの参加を促す為に、国際的、学際的、分野横断的なアプローチで、専門家だけでなく一般人にもわかるような発表・議論を進めようとしている。 本セミナーは、SGRAでは珍しく英語のみで実施している。これまでのテーマは、「都会・地方の格差と持続可能共有型成長」「人と自然を大切にする製造業」「人間環境学と持続可能共有型成長」「開発研究・指導の進歩と効果を持続させるために」「地方分権と持続可能な共有型成長」「人や自然を貧しくしない進歩:地価税や経済地代の役割」など。 共有型成長セミナーは、当初マニラ市にあるアジア太平洋大学の協力を得て開始したが、2010年と2011年に渥美奨学生同期の高偉俊教授が、フィリピン大学(ディリマン校)工学部建築学科の研究者数名を北九州市立大学に招へいし、日本で2回環境問題をテーマにSGRAフォーラムを開催してから、共有型セミナーにも積極的に関わって学際的な人的ネットワークが発展し、2013年にフィリピン大学で開催した第16回セミナーには220名もの参加者を得た。その後、マニラだけでなくフィリピン各地における円卓会議の開催も試みられたが、2017年にマキトが帰国し、フィリピン大学ロスバニョス校に赴任したため、本セミナーは同校の全面的な支援を受けて、毎年2~3回のペースで開催する予定である。 共有型セミナー通じて形成されたフィリピン国内における研究者ネットワークは、渥美財団が開催するアジア未来会議の実施に貢献している。そして、共有型成長セミナーのネットワークとフィリピン大学ロスバニョス校の全面的な支援を得て、第5回アジア未来会議は、2020年1月にフィリピンで開催される。     【発表③】 SGRAチャイナフォーラムの経緯、現状と課題: 「広域的な視点から東アジア文化史再構築の可能性を探って」(孫建軍)     2006年に発足したSGRAのチャイナフォーラムは早くも12年間活動してきた。他の地域のSGRA活動と較れば、内容に大きな方向転換があったのが主な特徴といえる。活動当初は、中国人若者を対象に、日本の各界で活躍しているNPOの方が講演をする形式だった。テーマとして、日本語教育、黄土高原の緑化協力、在日アジア人留学生の支援、水俣病、アフリカ児童への食事支援、中国の環境問題と日中民間協力、ボランティアなどがあった。会場は大学が殆どだったが、国際交流基金北京日本文化センターで行うこともあった。また、同じ内容の講演を、北京のほかに、もう1箇所の都市で開催することも試みた。フフホトをはじめ、延辺・ウルムチ・上海などにおいて、計6回ほど行われている。また、より多くの中国人若者の参加を得るため、同時通訳付きで行われたこともチャイナフォーラムの特徴の一つだった。毎回のアンケート集計を見れば、講演から様々な知識を得て、視野が広がったといった回答が多く、やりがいのない活動内容ではなかった。 日本と中国は一衣帯水の関係にあると言われているが、この一衣帯水も日中関係を荒らすことがある2012年に起きた周知の出来事の波紋が予想外にもチャイナフォーラムに及び、活動内容の大きな軌道修正を促した。清華大学東亜文化講座の協力を得て、2014年より広域的な視点から東アジア文化史再構築の可能性を探ることをテーマの主眼に据え、日本文学や文化の研究者を対象に、「近代日本美術史と中国」、「日中200年―文化史からの再検討」、「東アジア広域文化史の試み」(アジア未来会議の一部)、「東アジアからみた中国美術史学」と、4回ほど行ってきた。多くの中国人研究者の関心を集め、成功裏に開催できたことを実感した。本発表では方向転換が功を奏した理由を探ってみたい。     【発表④】 日台アジア未来フォーラムの経緯、現状と課題: 「既成概念にとらわれない柔軟なフットワークで、身の丈にあった知的交流活動の展開を」(張桂娥)     「関口グローバル研究会」(SGRA)主催の地域型国際会議として、2011年から毎年開催する「日台アジア未来フォーラム」(JTAFF)は、台湾ラクーン(渥美国際交流財団元奨学生)が中心となって活動している学術交流ネットワークである。JTAFFでは、主にアジアにおける言語、文化、文学、教育、法律、歴史、社会、地域交流などの議題を取り上げ、若手研究者の育成を通じて、日台の学術交流を促進し、日本研究の深化を目的とすると同時に、若者が夢と希望を持てるアジアの未来を考えることを、その設立の趣旨としている。 これまでのテーマは、「国際日本学研究の最前線に向けて」、「東アジア企業法制の現状とグローバル化の影響」、「近代日本政治思想の展開と東アジアのナショナリズム」、「東アジアにおけるトランスナショナルな文化の伝播・交流」、「日本研究から見た日台交流120 年」、「東アジアにおける知の交流」、「台・日・韓における重要法制度の比較」、「グローバルなマンガ・アニメ研究のダイナミズムと新たな可能性」など、実に多種多様である。 JTAFF主催責任を担う台湾ラクーンは、バラエティーに富んだ多元的学問領域を視座に、既成概念にとらわれない柔軟なフットワークを展開してきた。いわば「身の丈にあった日台間知的交流活動」をコンセプトに、地道な活動に取り組んきたわけであるが、目標も着地点も定まらない中、危機感を募らせる現状である。 本発表では、JTAFFの活動報告に伴い、持続可能な「知の共同空間」の構築に欠かせない骨太ビジョンの策定等について、有識者と活発的な意見交換を行いたい。    
  • 林泉忠「戦争・架け橋・アイデンティティ~近代日本と東アジアの文化越境物語~:東アジア日本研究者会議パネル報告(3)」

      去る2017年10月28日から29日にかけて、風薫る爽やかな深秋の季節の中、「第2回東アジア日本研究者協議会国際学術大会」が、中国天津にある象賽ホテルにおいて開催された。今回は私が企画したセッションで渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)の派遣チームの1つとして参加した。   セッションのテーマは「戦争・架け橋・アイデンティティ~近代日本と東アジアの文化越境物語~」で、企画の背景に、戦前の日本と東アジアとの関係が、しばしば戦争や植民地支配に集約される単純さに違和感を持ったことが挙げられる。そのため、戦前における日本と東アジアとの民間レベルの社会・文化交流の架け橋を担っていた人々とそのストーリーは軽視されてしまう。本セッションは、あの激動の時代において戦争を超える日本と中国・東アジアの民間レベルの交流物語を取り上げ、国境や戦争を超える東アジアの文化交流の意味を検討した。   当セッションは、孫建軍教授(北京大学)を座長に、2つの報告を中心に行われた。   第1報告は、私(林泉忠・中央研究院)自身が行った「知られざる『旅愁』の越境物語~戦前東アジア文化交流の一断章~」で、百年前から日本でも中華圏でもよく歌われてきた名曲「旅愁」(中国語は「送別」)の伝播の軌跡を探って、戦争を超える近代日本と東アジアの文化交流の一側面を明らかにした。「旅愁」は19世紀の半ば頃にアメリカで生まれたDreaming_of_Home_and_Mother(「家と母を夢見て」、作曲ジョン・P・オードウェイ[John_P._Ordway])に由来し、1907年に日本の作詞家で音楽教育者の犬童球渓によって訳され、「旅愁」として音楽教科書「中等教育唱歌集」で取り上げられた。やがて日本の植民地になった台湾や朝鮮半島にも広がっていった。そして、当時東京留学中の中国若手音楽家・画家の李淑同の手で1915年に「送別」として中国に広く伝えられていったという。   当報告は、1.信じられている自国の文化は必ずしも自国で誕生したものではなく、2.文化は交流によってより高い価値を獲得し、3.人類が共有する宝として再認識する必要がある、と指摘した上、戦争・植民地時代の文化の広がりについて、戦争や植民地支配の正当性は肯定できないが、その時代の民間レベルの文化交流にかかわる人々とその結果や価値についてもう少し丁寧に検討する必要がある、と強調した。   第2報告は、李嘉冬教授(上海・東華大学)の「近代日本の左翼的科学者の中国における活動~上海自然科学研究所所員小宮義孝を例に~」で、小宮義孝という人物の物語を取り上げ、上海自然科学研究所所員時代にスポットライトを当て、氏の上海での生活及び中国人科学者・学者たちとの交流実態を明らかにしようとするものであった。小宮は近代日本の寄生虫学者で、東京帝国大学医学部在学時代から、社会医学を志していたという。のちに、マルクス主義に傾倒し共産主義のシンパとして活動していたため、特高にマークされ監獄に入れられる直前に、恩師の横手千代之助・東京帝大教授の助けで1931年上海に避難し、日本の文化事業の上海自然科学研究所に入所して終戦まで大陸の寄生虫病の研究に従事していた。戦後になって、小宮は中国政府の要請を受け寄生虫撲滅の建議案を提出し、その結果、長年中国の農村部で苦しめられた日本住血吸虫病がほとんど治まることになったという。   2つの報告の後、討論者としてJohan_Nordstrom氏(都留文科大学)と篠原翔吾氏(在中国日本国大使館専門調査員)が加わって2つの報告についてそれぞれ適切なコメントをしてくださった。さらにフロアーから興味深い質問やコメントをいただいて、活発な議論が行われた。   最後に、今回の会議についての感想を述べさせていただきたい。   まず、東アジアにおける国境や地域を越えた日本研究関連の学術・人的交流を目的として発足した東アジア日本研究者協議会が主催する国際学術会議は、今回の天津会議が2回目で、私は1年前の仁川会議に続き、連続参加となった。初回に比べると各国の日本研究者の姿がより多く見られ、同協議会の国際学術大会の知名度や地位はわずか1年で随分上昇し、各国の日本研究機関にかなり重視されていることが分かった。   次に、今回の国際会議は、各国から270名以上の日本研究者が集まったが、共催の天津・南開大学日本研究院によって、周到に準備され、会議は順調に進められた。この点について高く評価したい。一方、セッションのアレンジについてであるが、同じ時間帯にいくつかの同分野のセッションが集中したため、各セッションの参加者が薄く分散してしまう結果になった。来年以降の会議は、その点に関して是非改善していただきたい。   さらに、今回は渥美国際交流財団関口グローバル研究会が3つのチームを派遣し、かなり注目されていた。SGRAが日本研究に力を入れ精力的に支援していることが幅広く知られるようになった。SGRAの知名度アップに貢献するにとどまらず、渥美財団・SGRA=日本研究の重要な存在というイメージの確立に成功したといっていい。是非、次回以降の大会にも引き続きチームを派遣し続けていただきたい。   最後に、次年度の「第3回東アジア日本研究者協議会国際学術大会」の一層の成功と、渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)派遣チームのさらなる活躍を願って、今回のセッション報告を終わらせていただきたい。   <林 泉忠(リン・センチュウ)John_Chuan-Tiong_Lim> 国際政治専攻。2002年東京大学より博士号を取得(法学博士)。同年より琉球大学法文学部准教授。2008年より2年間ハーバード大学客員研究員、2010年夏台湾大学客員研究員。2012年より台湾中央研究院近代史研究所副研究員、2014年より国立台湾大学兼任副教授。       2018年2月2日配信
  • ボルジギン・ブレンサイン「日本の植民地支配下の東アジアにおけるメモリアル遺産:東アジア日本研究者協議会パネル報告(2)」

    2017年10月28日(土)中国の天津において、「第2回東アジア日本研究者会議国際学術大会」が開催され、SGRAから参加した3つのパネルの1つとして「日本植民地支配下の東アジアにおけるメモリアル遺産」と題するパネルを発表した。当パネルは発表者3人、コメンテーター2人で構成され、南開大学日本研究院の方々を中心とする来場者を前に、戦前と戦後の日中関係について幅広い議論が交わされた。   本パネルの趣旨は、東アジアのほとんどの地域が日本の植民地支配を受けていた20世紀前半の特殊な歴史的環境において、人と物の交流がどのように一体化し、またそれが戦後にどのような遺産として残され、戦後の枠組みでどのように扱われてきているのかに関するものである。日本の植民地支配は関係する国と地域にとって不幸な歴史であったことはいうまでもないが、日本の支配が敷かれていたこれらの地域において、日本の近代化の経験による各種の社会整備、調査記録や記念物が形として残された。そして戦後の70年間、東アジアを取り巻く複雑な関係性のなかで、これらのメモリアル遺産の存在が直視され、議論される場は多くなかったように思われる。本パネルでは、戦後の視点に立ってこれらのメモリアル遺産の歴史的広がりやそれがもつ現代的な意味について議論した。   1つ目の発表は、グロリア・ヤン・ユー(コロンビア大学大学院博士後期課程)さんによる「実像か幻想か:満洲の視覚資料の見方や眼差しの再考」である。グロリアさんは長春を事例に、日本支配期以前の満洲におけるロシアの都市建設の遺産とそれに対する日本の姿勢を取り上げた。グロリアさんの発表は、20世紀前半期の中国東北地域(満洲)における政治的対立の枠組みが「日中」で固定化している状況に対して、満洲のメモリアル遺産におけるロシアの本来の役割を位置づけ、満洲の都市建設は「日中露」3者の舞台であったと提示したところが重要である。   2つ目の発表は、鈴木恵可(東京大学大学院博士後期課程)さんの「再展示される歴史と銅像―台湾社会と植民地期の日本人像」である。鈴木さんの発表では、日本統治期の台湾(1895~1945)の公園、広場、博物館といった公共空間に立てられていた多くの日本人高官の銅像とそれらの銅像の戦後の行方を丁寧に追った。これらの銅像は、日本統治期に入って初めて台湾に出現したモノであり、最も早期に人々の眼に触れやすい場所に展示された西洋式彫刻作品であったが、銅像の大きな特徴は、それが近代彫刻という美術のカテゴリーに入りつつも、それを設置する行為・モノ・空間のそれぞれが強い社会的、政治的な意味を帯びている点にある。1940年代以降の金属回収と日本の敗戦によって、こうした銅像は台湾社会から姿を消したが、2000年以降になって、わずかに残されていた植民地期の銅像が再発見され、展示され始めるという現象が起こっているという。鈴木さんの発表では、植民地期の銅像設置の過程とともに、この複雑な歴史遺産を現代の台湾社会がどう取り扱っているのかについて取り上げた。   3つ目の発表は、ブレンサイン(滋賀県立大学)の「満鉄と満洲国による農村社会調査について」である。ブレンサインの発表は、第二次世界大戦終戦までの満洲―中国東北三省や内モンゴル地域が日本によるアジア植民地の一部であった歴史的前提に立って、この時期における多民族空間に着目した。つまり、モンゴル系やツングス系のような牧畜、狩猟民族も多く居住するこれらの地域では、日本主導の近代的な手法による社会調査が多く行われ、これら多民族雑居地域における最初の本格的な社会調査の貴重な記録メモリとして残された点を取り上げた。これらの調査を主導したのは満鉄や満洲国政府の関連機関であったが、多民族雑居地域の基層社会の詳細なデータが記録されたのはほかのアジア植民地社会調査と異なる点であり、被調査社会のみならず、調査者にとっても貴重な近代的社会調査の経験であったと指摘している。ブレンサインの報告は、満鉄と満洲国関連機関が行った多民族農村社会の実態調査を系統的に紹介すると同時に、戦後の視点から日本と東アジア関係史上特殊なこの時期に残された記録遺産との向き合い方についても考え方を提示した。   1人目のコメンテーターである張思(南開大学歴史学院教授)先生は、日本植民地時代のメモリアル遺産を過去の政治やイデオロギーの束縛から脱出して、21世紀の視点から直視すべきと指摘した。張先生はさらに、これらの遺産をソ連時代のレーニン、スターリン像などと比較しながら、過去の時代のメモリアル遺産をどのように受け入れていくかは世界的な問題でもある。日本の植民地時代と向き合う姿勢については、植民地時代は全員「共犯」だというサイードの言葉を引用しながら、関係者全員による反省が大事であるとコメントした。   2人目のコメンテーターであるマグダレナ・コウオジェイ(デューク大学博士後期課程)さんは、本パネルで報告した上記3名の研究内容はそれぞれの分野で今まで見落とされてきたものの重要な部分であるという共通点があり、分野を超えて議論することの重要性を強調した。マグダレナさんは特に、地図や銅像といった視聴覚を直接刺激する歴史的素材をもって論じることの特異な効果を強調し、これらの研究は日本植民地支配期を「統治―被統治」の枠組みで単純化する傾向に対して多様な視点を提供するものであるとコメントした。   発表者はコメンテーターの意見に対してそれぞれ簡潔なコメントを述べたあと、会場からの質問にも答え、満洲国の在り方、日中関係など幅広い課題について議論が交わされた。   本パネルの司会は南開大学が母校である桜美林大学の李恩民先生がつとめた。本パネルの成果は天津や南開大学に土地勘の強い李恩民先生の司会進行に帰するところが大きいことを記しておきたい。報告者、コメンテーターや司会の先生方に改めて感謝を申し上げたい。   <ボルジギン・ブレンサイン Borjigin_Burensain> 渥美国際交流財団2001年度奨学生。1984年に内モンゴル大学を卒業後内モンゴル自治区ラジオ放送局に勤務。1992年に来日し、2001年に早稲田大学で博士学位取得。現在は滋賀県立大学人間文化学部准教授。     2018年1月25日配信
  • モリソン&ブリティカ・アルサテ「おぞましき女性の行方:東アジア日本研究者協議会パネル報告(1)」

    2017年10月28日(土)中国天津において、第2回東アジア日本研究者協議会が開催され、私たちはSGRAから参加したパネルの1つ、「おぞましき女性の行方──フェミニズム批評から読む日本神話および昔話」というパネル発表をしました。当日は5人のパネルメンバーを含め、約20人の参加者を迎えてややこじんまりした会となりましたが、熱心な議論が交わされ、実り多い時間を過ごすことができました。   本パネルは日本神話と昔話の原文および現代作家によって語り直された作品をフェミニズムの観点から考察し、家父長的な要素を脱構築することを目的としました。パネルの流れとして、最初に司会者の張桂娥さん(台湾東呉大学副教授)がパネルの目的およびメンバーの紹介を行い、次に2つの発表をした後、討論者がコメントをし、最後に参加者の質疑応答の時間を設けました。以下、各発表の要旨と討論者によるコメントを簡単にまとめます。   一つ目の発表はリンジ―・モリソン(武蔵大学人文学部助教)による「暗い女の極み──日本昔話の『蛇女房』におけるおぞましき女性像をめぐって」でした。モリソンは「蛇女房」という日本の昔話をフェミニズム批評の観点から考察しました。人間と動物が結婚する、いわゆる異類婚姻譚は世界中に見られる昔話のモチーフのひとつです。日本にも異類婚姻譚が数多く伝承されていますが、「蛇女房」の場合、蛇女房は本性を夫に覗かれた後、自分の子供を人間の世界に置いて動物の世界に戻ります。先行研究では、このような異類女房が人間の世界から悲しく去ってしまう姿を日本昔話の「美しさ」と称賛され、そこに「日本らしさ」も見出されています。そのような見解に対し、本発表はジュリア・クリステヴァのアブジェクション(棄却、おぞましきもの)という概念を用いて、異類女房の「消滅」を男性による女性への「欲望」や「支配欲」として批判的に読み直しました。   二つ目の発表はフリアナ・ブリティカ・アルサテ(国際基督教大学ジェンダー研究センター研究所助手)による「神話の復習と女性の復讐──桐野夏生の『女神記』をフェミニズムから読む」でした。この発表では、桐野夏生の小説『女神記』においてイザナミとイザナキの神話がどのように語り直されているかを説明し、またフェミニストの観点から女性の復讐の描写に焦点を当てました。イザナミとイザナキの神話は、日本の男性中心主義的な文化の構築において重要な役割を果たしています。その文化では、男女は最初から不平等で、女性は穢れや黄泉国と関連付けられています。桐野の『女神記』は、女性の肉体と欲望、さらに妊娠や出産、母親になることなどと関連したものに直接的に結びついた女性の抑圧の心理的かつ文化的な側面を理解する試みだと言えます。桐野はこの小説を通して、女性を裏切られた犠牲者として描写するのではなく、彼女らに声を与えているのだというのが本発表の結論でした。   討論者のレティツィア・グアリーニ(お茶の水女子大学大学院博士後期課程)のコメントでは、神話、昔話、童話など、古くから語り継がれる物語において作り上げられた女性像・男性像が型となり、我々の意識に根付いてしまっていることについて触れました。家父長制による性の抑圧が反映されているそれらの物語が自明のプロットになり、永遠不変な原型となってしまうものの、その物語によって支えられている支配的言説は、歴史的ないし社会的な慣例にすぎない。この結論に至るためには、本パネルの発表のように、神話や昔話をジェンダーの視点から再考し、それらの物語を読み直す、そして書き直す必要があるのだともコメントしました。   2人目の討論者のシュテファン・ヴューラー(東京大学大学院博士後期課程)のコメントでは、ジュディス・バトラーのアブジェクション論の読み方を紹介し、主体と客体の境界線の脆さや瞬間性を指摘しました。つまり、主体と「おぞましきもの」とされる客体の境界線は静的、自然な、普遍的なものではなく、常に繰り返し引き直さなければならないと話しました。さらに、ヴューラーは『女神記』の問題点に触れ、結局この小説は登場する女性を「嫌な女」として描き、これまでの権力構造をただ逆転して男女の二分法的な関係および思考パターンを再生産してしまっているだけなのではないかと反論しました。   発表者がそれぞれの討論者のコメントおよび反論に回答した後、参加者からの質問を受けました。フェミニズムとナショナリズム、日本人と外国人の解釈の違い、日本の理想的な母子像、異類婿の話など、多岐に渡る質問で場が盛り上がりました。   今回は(公財)渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)のパネルの発表者およびリーダーとして参加でき、とても嬉しく思っています。発表やさまざまな研究者との意見交換によって、自分たちの研究を発展させ、ネットワークを広げることができました。素晴らしい機会を与えていただき、誠にありがとうございました。 (文中敬称略)   第2回東アジア日本研究者協議会国際学術大会の写真   <フリアナ・ブリティカ・アルサテ Juliana Buriticá Alzate> 渥美国際交流財団2015年度奨学生。2010年4月に来日。国際基督教大学大学院アーツ・サイエンス研究科比較文化専攻で修士号を取得。2017年に同研究科博士後期課程を修了。現在は国際基督教大学のジェンダー研究センターの研究助手や神奈川大学の非常勤講師。専門は比較文学およびジェンダー研究。   <リンジ―・レイ・モリソン Lindsay Ray Morrison> 2016年度渥美奨学生。2017年に国際基督教大学大学院アーツ・サイエンス研究科博士後期課程を修了し、現在は武蔵大学人文学部助教。専門は日本文化研究。日本人の「ふるさと」意識の系譜について研究している。     2018年1月18日配信
  • 第2回東アジア日本研究者協議会へのお誘い

    東アジア日本研究者協議会は、東アジアの日本研究関連の学術と人的交流を目的として、2016年に発足、韓国・仁川で第1回国際学術会議が開催され、続いて本年10月末には第2回が中国・天津で開催されることとなりました。SGRAからは「日本の植民地支配下の東アジアにおけるメモリアル遺産」「おぞましき女性の行方-フェミニズム批評から読む日本昔話-」「戦争・架け橋・アイデンティティ~近代日本と東アジアの文化越境物語~」の3パネルが参加します。   歴史的な壁のため、さらに東アジアでは自国内に日本研究者集団が既に存在することもあり、国境・分野を越えた日本研究者の研究交流が妨げられてきた側面があります。東アジア日本研究者協議会は日本研究の質的な向上、自国中心の日本研究から多様な観点に基づく日本研究への志向、東アジアの安定と平和への寄与の3つを目的としています。SGRAも同協議会の理念に賛同して共同パネル参加をします。これを機会に皆様のご参加やご関心をお寄せいただければ幸いです。   第2回東アジア日本研究者協議会 国際学術大会 日 時:   2017 年 10 月 27 日(金)~ 29 日(日) 会 場: 中国天津賽象ホテル(天津賽象酒店、天津市南開区華苑産業区梅苑路8号) 主 催: 東アジア日本研究者協議会 共 催: 南開大学(中国・天津)   ——————————————————————————————— SGRAより参加の3チーム 「日本の植民地支配下の東アジアにおけるメモリアル遺産」 「おぞましき女性の行方─フェミニズム批評から読む日本神話および昔話─」 「戦争・架け橋・アイデンティティ~近代日本と東アジアの文化越境物語~」 ———————————————————————————————   ◆「日本の植民地支配下の東アジアにおけるメモリアル遺産」   趣旨: 20世紀前半期において、東アジアのほとんどの地域は日本の植民地支配を受けた。これは関係する国と地域にとって不幸な歴史であったことはいうまでもないが、日本の支配が敷かれていたこれらの地域においては、人と物の流れが加速し、日本の近代化の経験による各種の社会整備、調査記録や記念物が形として残された。また戦後70年間において、これらのメモリアル遺産は東アジアを取り巻く複雑な関係性のなかでその存在が直視され、議論される場は多くなかったように思われる。本セッションでは、戦後の視点に立ってこれらのメモリアル遺産の歴史的広がりやそれがもつ現代的な意味を議論したい。   パネル詳細   発表者: ◇ユー・ヤン グロリア(コロンビア大学大学院/東京大学大学院) 「実像か幻像か:満洲の視覚資料の見方や眼差しの再考」 (発表要旨)   ◇鈴木恵可(東京大学大学院) 「再展示される歴史と銅像―台湾社会と植民地期の日本人像」 (発表要旨)   ◇ブレンサイン(滋賀県立大学教授) (発表要旨) 「満鉄と満洲国による農村社会調査について」   討論者: マグダレナ・コウオジェイ(デューク大学大学院/早稲田大学大学院) 張 思(南開大学教授)   司 会: 李 恩民 (桜美林大学教授)     ◆「おぞましき女性の行方─フェミニズム批評から読む日本神話および昔話─」   趣旨: 本パネルは、日本昔話と神話において棄却された女がどのように語られ、また、現代作家によってどのように語り直されているかについて、フェミニズムの観点から批判的に分析を試みる。 神話と昔話は、それらを語り継ぐ文化の世界観や信仰などを反映するし、人間存在の根本的な課題やモチーフを表す一方、ジェンダー差別のような社会問題をも明らかにする。なぜなら、神話や昔話は文化の価値観を継承させるためだけではなく、女性抑圧のような社会規範を正当化するためにも、永きに渡って伝承されてきたからである。そのため、聞き慣れた昔話と神話を批判的に読み直す必要があるだろう。本パネルは日本神話と昔話──その原文と現代作家によって語り直された作品を、フェミニズムの観点から再考し、家父長的な要素を脱構築する。   パネル詳細   発表者: ◇リンジー・モリソン(武蔵大学人文学部英語英米文化学科助教) 「暗い女の極み 日本昔話の「蛇女房」におけるおぞましき女性像をめぐって─」 (発表要旨)   ◇フリアナ・ブリティカ・アルサテ(国際基督教大学ジェンダー研究センター研究所助手) 「神話の復習と女性の復讐──桐野夏生の『女神記』をフェミニズムから読む──」 (発表要旨)   討論者: レティツィア・グアリーニ (お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科) シュテファン・ヴューラー(東京大学大学院総合文化研究科)   司  会: 張 桂娥(東呉大学日本語文学系副教授)     ◆「戦争・架け橋・アイデンティティ~近代日本と東アジアの文化越境物語~」   趣旨: 戦前の日本と東アジアとの関係は、戦争や植民地支配に集約される場合がしばしば見られる。そのため、戦前における日本と東アジアとの民間レベルの社会・文化交流の架け橋を担っていた人々とそのストーリーはよく軽視されてしまう。本セッションではあの激動の時代において戦争を超える日本と中国・東アジアの民間レベルの交流物語を取り上げ、国境や戦争を超える東アジアの文化交流の意味を検討する。   パネル詳細   発表者: ◇林 泉忠(台湾・中央研究院副研究員) 「知られざる『旅愁』の越境物語~戦前東アジア文化交流の一断章~」 (発表要旨)   ◇李  嘉冬(上海・東華大學副教授) 「近代日本の左翼的科学者の中国における活動~上海自然科学研究所員小宮義孝を例に~」 (発表要旨)   討論者: カールヨハン・ノルドストロム(日本・都留文科大学講師) 篠原 翔吾(北京・在中国日本国大使館専門調査員)   司 会: 孫 建軍(北京・北京大学副教授)