SGRAチャイナフォーラム

本多康子「第11回SGRAチャイナ・フォーラム『東アジアからみた中国美術史学』@北京報告」

2017年11月25日、北京師範大学において第11回SGRAチャイナ・フォーラム「東アジアからみた中国美術史学」が開催された。共催の北京師範大学や清華東亜文化講座の告知や広報の成果もあって、当日は会場を埋め尽くすほどの総勢70名以上の聴衆が参集し、本テーマへの関心の高さがうかがえた。

 

2014年から行ってきた清華東亜文化講座との共催による本フォーラムは、広域的な視点から東アジア文化史再構築の可能性を探ることをテーマの主眼に据えている。

 

過去3回のフォーラムでは、近代に成立した国民国家のナショナリズムの言説に取り込まれ、東アジア各国において分断された一国文化史観からいまだ脱却しきれない今日の歴史認識や価値観の問題点を浮き彫りにした。さらに、「国境」や「境界」というフレームに捉われない当地域全体の文化的相互影響、相互干渉してきた多様な歴史事象の諸相を明らかにし、交流を結節とした大局的な東アジア文化(受容)史観を構築することの重要性を指摘してきた。

 

第4回にあたる今回のフォーラムでは、昨年に続き2回目の登壇となる塚本麿充氏(東京大学東洋文化研究所)と新たに呉孟晋氏(京都国立博物館)を講師として迎え、それぞれの講演を通して、前近代から近代にかけての日本における中国美術コレクション形成と中国美術史学確立をめぐる人的・物質的往来とその交流史を照射し、改めて東アジア美術史ないし文化史が内包する越境性や多様性とはなにか、そして越境や交流によって創出された新たな価値観をどのように受容・共有していくか、を提示することとなった。

 

はじめに、総合司会の孫建軍氏(北京大学)による登壇者紹介と、今西淳子SGRA代表による開会挨拶とフォーラムの開催経緯の説明があった。次いで、前半部の問題提起と2つの講演、休憩をはさんだ後半部の討論(質疑応答)と総括の二部構成で展開した。

 

林少陽氏の問題提起では、まず過去のチャイナ・フォーラムで提示された、従来の一国美術史観への批判と「国家」に収斂され得ない中間領域に存在する美術作品の再編に関する諸問題を踏まえて、近現代中国美術史学が社会の変革期に直面した文化的アイデンティティーの葛藤を「中間地帯」というキーワードから読み解いた。ここでは、清末から民国期にかけて活躍した高剣父や陳樹人ら嶺南画派による日本画を介した西洋画法受容と失われた伝統的中国画法への回帰を例に挙げ、さらに傳抱石や潘天寿ら同時代画家による言説をとりあげながら、前近代と近代/東洋と西洋のはざまで新たな「中国絵画(国画)」確立を模索する中国美術家たちのジレンマを紹介した。

 

塚本氏の講演「近代中国学への架け橋―江戸時代の中国絵画コレクション―」では、室町期の足利将軍家による唐物収集と「東山御物」コレクション形成によって威信財としての機能を付与された中国絵画が、応仁の乱による散逸を経て、再び江戸時代において文化的権威として巧みに利用されてきた実相を明らかにした。とりわけ福井藩の牧谿「瀟湘八景図」や「初花茶入」などの具体例にみえる江戸と地方、藩と幕府、各大名家の間での唐物の交換・流通の実態、さらには狩野派による広範な模写制作ネットワークの機能は、作品本体を幾重にも覆う入れ子細工のような「価値」となっていった。しかしながら、近代中国学と近代美術史学の成立の過程において、このような前近代の「箱」の歴史と価値体系が黙殺されてしまった実情に先立ち、今日改めてこれらの価値体系を再評価することの重要性を強調した。

 

呉氏の講演「漢学と中国学のはざまで―長尾雨山と近代日本の中国書画コレクション―」では、中国学者で書家でもあった長尾雨山(1864-1942)を取り上げ、それぞれ漢学者、中国学者、在野の書画鑑定家という3つの側面からその足跡をたどった。近世と近代、日本と中国、東京と京都、漢学と中国学、官と民、そのような多様な「はざま」に身を置き、当時の中国文人や清朝遺臣との交流により培われた書画観は、下野してからも書画鑑定に生かされた。また近年京都国立博物館に寄贈された長尾雨山の膨大な関係資料を調査・分析することにより、従来の近代美術史学の間隙を突く、近代日本の学知および中国との文化交流の新たな一端が拓かれることが今後期待できよう。

 

続いて休憩を挟んでの後半部では、王志松氏(北京師範大学)による進行のもと、過去のチャイナ・フォーラムの報告者とコメンテーターである、趙京華氏(北京第二外国語学院文学院)、王中忱氏(清華大学中国文学科)、劉暁峰氏(清華大学歴史学科)、董炳月氏(中国社会科学院文学研究所)を討論者として迎え、前半の登壇者を交えて活発な議論が交わされた。

 

趙京華氏は、藝術品だけでなくそのコレクション形成に付随する物語性や政治性を認識する重要性を確認したうえで、今後一国美術史を超越した東アジア美術史を構築するあたり、近代以降の植民地主義に象徴される過去のネガティブな歴史認識や政治的言説をどのように超克していくべきか、そのためにはどのような制度改革が必要なのか、という近代の歴史叙述が直面するジレンマを踏まえ、鋭い質問を投げかけた。

 

王中忱氏は、中国の近代美術教育の萌芽期と清末文人との交流によって培われた長尾雨山の書画観の同時代性に着目した。さらに1920~1930年代の中国画家が日本に留学し複製された西洋絵画を通してその技法を学んだことから、近代書画の流通・伝来において模写・模本・複製が果たす役割を改めて検証し、それが中国人の視覚にどのような影響を与えたかも今後検討すべきであると提言した。

 

劉氏は、中間領域における「他者の目」の存在を指摘し、同一のものに対して多種多様な「異なる」見方、価値体系が並立していることを指摘し、それもまた中間領域における多層性や多様性を担っていることを強調した。

 

続いてフロアとの質疑応答が行われた。紙面の関係上全てを紹介することはできないが、殊に印象的だったのは、日本で展開したいわゆる正統ではない中国美術コレクション収集の背景には不完全なものを好む日本の美意識ないし審美眼が影響を与えているのではないか、というフロアの質問に対して、塚本氏は美術史家である矢代幸雄(1890-1975)の言説を批判的に取り上げ、その「一つの審美的な感覚が一つの固有の民族に普遍的に備わっており、それによりすべての価値判断ができる」姿勢の危うさと虚構性を指摘したことであった。

 

最後に、董炳月氏による総括があった。今回の二つの講演をうけて、近年の一連のチャイナ・フォーラムの理念の根幹である「東アジアからの視点」は中国美術史学にとってどのような意義を持つのか、改めて問い直すものであった。他方、国や地域で線引きをして「境界」をつくるならば、それに依拠する観察眼もまた異なってくるのか、今後の新たな試みの可能性を提示した。

 

現役のあるいはかつての博物館学芸員として、多種多様で豊饒な美術作品世界に身を置きながら、社会における「文物」としての価値創造を問い続けるお二人の研究姿勢に基づく講演は、大変説得力があった。従来提唱された近代中国学や近代美術史学の学問体系から取りこぼされてしまった、絵画観や美術史家に焦点をあてて再評価することの意義が改めて認識された。

 

今回取り上げた題材は、前近代と近代における日本における中国美術と中国美術史学の言説だが、翻ってそれは、「他者」を受け入れた日本の歴史叙述の姿勢を合わせ鏡のように省察することに他ならないのである。

 

当日の写真

 

<本多康子(ほんだ・やすこ)Yasuko_Honda>

東京都出身。学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程単位取得退学。2015年度より渥美財団勤務(兼国文学研究資料館共同研究員)。専門分野は日本中世絵画。著作に、「東京国立博物館所蔵「土蜘蛛草紙」の物語フレーム再考」(佐野みどり企画・編集『中世絵画のマトリックスⅡ』青簡舎、2014年)、「京都時衆教団における祖師伝絵巻制作:金蓮寺本を中心に」(鹿島美術財団編『鹿島美術財団年報別冊第33号』2016年)等。

 

 

 

2017年12月28日配信