前回のかわらばんでご報告しましたように、2月21日に開催した第8回日韓アジア未来フォーラム「日韓の東アジア地域構想と中国観」は無事に終了しました。日韓2名ずつの講師の先生方のお話も大変充実しており、また今回初めての試みであったSGRA会員のみなさんによる同時通訳や前日や当日になってからの翻訳も素晴らしいものでした。みなさんのご支援ご協力に心より感謝申し上げます。
日韓アジア未来フォーラムは、SGRAの活動を始めて間もなく、今回のフォーラムで司会進行をしてくださった仁荷大学の金雄煕さんから、韓国の(財)未来人力研究院(未来財団)がマッチングファンドによる相互交流をするパートナーを探しているがどうですかというお話をいただき、渥美財団の交流事業として始まったものです。第1回は2001年10月にソウル郊外のヤンピョンの山の中にある未来財団の研修館で開催され、それ以後、韓国と日本と相互に毎年一回フォーラムを開催しています。
フォーラムのテーマはその都度相談して決めています。2002年は未来財団日本研究チームが出版した「動揺する日本の神話」という研究成果を、軽井沢で開催したフォーラムで報告していただきました。2005年の春と秋には、東京とソウルで、ソフトパワーとしての「韓流」をテーマにフォーラムを開催しました。このようなテーマは、少しずつ時代を先取りしていたと自負しています。2006年には「親日・反日・克日:多様化する韓国の対日観」をとりあげたところ、フォーラムの前後にも様々なご意見をいただき、興味深い議論ができました。今回のテーマは、「いろいろな方と話すと、どうも中国に対する視線が日韓でずいぶん異なっている」という、研究者のみなさんの体験に基づき決定しました。
国際フォーラムの醍醐味は、自分とは違った視点を知ることだと思います。今回もそんな違いを垣間見ることがありました。たとえば、アジア共同体への議論は、1997年のアジア通貨危機の対応によって深まったと言われています。名古屋大学の平川均先生はその大きな要因として新宮澤構想に言及しましたが、ソウル大学の金湘培先生は中国が通貨の切り下げを見合わせたことによってリーダシップをとったと指摘しました。また、質疑応答の時に、フロアーから「教科書問題でこじれた時に何故韓国の政府は青少年の交流事業を中止するのですか」という質問がありましたが、その時に質問者が「(教科書問題は)いわばinvasionであるのに」と付け加えたことに対して、韓国の先生は本当にびっくりしたようでした。このような小さなことのひとつひとつは、おそらく大方見過ごされてしまうことなのでしょうし、また逆に、あまり細かいことにこだわってそれについて議論しても問題解決には至らないでしょう。ただ、相手が違った認識をもっているということを知り、その違いを前提として議論することは大切だと思います。
「中国からみた日韓の中国観」をコメントした北陸大学の李鋼哲さんが、最後に「求大同、存小異」(大きな共通の目標を求めて、小さな違いは保留する)等のことわざを引用して説明したのは、東アジア共同体を語る時に細かいことばかり議論していて大局を見失いがちではないかという趣旨だったと思いますが、フロアーからは「それでは小国には構わずに、大国が進めていけばいいのか」という質問がでて、共同体議論の難しさをあらためて感じました。
もうひとつ興味深かったのは、儒教についての議論でした。韓国の先生方が、「ワシントン・コンセンサス」に対抗する「北京コンセンサス」について検討しました。自由・平等を掲げる民主主義と市場主義という前者に対して、市場経済体制と政治的権威主義の並行が後者であるそうです。中国のソフトパワーについては、「儒家思想は西欧とは異なる中国的価値とビジョンが示せる中国文明の核心要素として注目」と言及しています。しかしながら、西洋の価値と対立するのは中国特有の価値なのでしょうか。「東アジアの価値」というものはないのでしょうか。李鋼哲さんから、「中国人よりも日本人や韓国人の方が論語を読んでいる。日本人や韓国人の体の中にも儒教文化が染みついている」という指摘がありましたが、私もその通りなのではないかと思うのです。何が中国で何が日本で何が韓国でと違いを見つけるのも相手を知るために大切な作業ですが、東アジア人の李さんのように、東アジアとしてのアイデンティティを探すことも大事なのではないかと思います。
東京大学の川島真先生からは、日本人の対中観が悪化したのは天安門事件からで、それ以前は改革開放後ずっと中国を好きな国にあげる日本人が嫌いな国にあげる人よりも多かったのに、1989年以後はほとんど常に嫌いな国にあげる人の方が多く、2005年の反日デモ以後は悪化するばかりで、2008年のギョーザ事件以後現在まで最悪であると、大変わかりやすい図を使って説明がありました。ギョーザ事件以後、テレビ新聞で見る中国から、自分の生活にかかわる中国になったという分析でしたが、私は、むしろ、日本人の中国観が、それほど「政治的権威主義」に対する嫌悪(あるいは恐怖)に基づいていることにびっくりしました。さらに興味深かったのは、李鋼哲さんが「振り返ってみれば、私が北京をでて日本に来たきっかけは天安門事件でした」と、ある意味でこれは国家を越えた問題であるということを示したことでした。それに対して韓国では天安門ショックがそれほど直接的に見られなかったのではないかと指摘もありました。
未来財団の李鎮奎院長は、最初の挨拶の中で、「日韓アジア未来フォーラムが成功裡に8年も続いている要因を考えてみたが、それは韓国のダイナミズムと日本の緻密さが上手く組み合わさったからではないか」と言われました。たしかに資産運用の自由度がはるかに高い韓国の財団はダイナミックです。昨年のフォーラムは、未来財団の大判振る舞いに乗せていただき、グアム島で開催しました。そして今年はグローバル金融危機とウォン安でとても大変ということです。それに比べて日本の財団は基本財産の運用の規制が多くて安定してはいますが、それでも10年以上続くゼロ金利と現在の不景気による運営の厳しさを考えると、韓国のような自己責任に基づくダイナミックな活動の方が投資額に対してできる事業が大きいようにも思います。個人的には安定していた方が好みではありますけど。。。規制によってそうなるのではなく、自己責任による選択によって運営していくのがこれからの時代の傾向なのではないかと思います。
今後も様々な違いを認めあいながら、できるだけ柔軟に対応して、東アジアではまだ珍しい国境を越えたふたつの民間財団による交流事業を続けていきたいと思っています。
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<今西淳子(いまにし・じゅんこ☆IMANISHI Junko>
学習院大学文学部卒。コロンビア大学大学院美術史考古学学科修士。1994年に家族で設立した(財)渥美国際交流奨学財団に設立時から常務理事として関わる。留学生の経済的支援だけでなく、知日派外国人研究者のネットワークの構築を目指す。2000年に「関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)」を設立。また、1997年より異文化理解と平和教育のグローバル組織であるCISVの運営に加わり、現在英国法人CISV International副会長。
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