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エッセイ668:謝志海「止まらぬアジア人へのヘイトクライム」

 

現在米国ではアジア系住民に対する嫌がらせが後を絶たない。日本ではあまり重要視されてこなかったこの出来事だが、3月30日にバイデン米大統領がアジア系への差別と暴力に追加対策をとると発表。これを受けて加藤官房長官が3月31日に「日本政府としてはアメリカ政府の個々の政策についてコメントする立場ではないが、人種などによって差別が行われることは、いかなる社会においても許容されるものではないという立場だ。また現地大使館や総領事館を通じて状況についてよく注意し、在留邦人などの安全確保にしっかりと努めていく」と記者会見で述べた。

 

テレビニュースでもアジア人差別の現状が伝えられるようになった。私も偶然米国からのニュース映像を観た。ニューヨーク市マンハッタンの街角で、アジア人の女性が白人男性に蹴られ、うずくまった。その場に倒れている女性をお店の中から見た別の男性は、助けに外に出るどころか、助けを乞うなと言わんばかりにドアを閉めるという、情のかけらもないものだった。被害者は65歳のフィリピン人女性で「おまえはここにいるべきではない。」と言われながらの暴力だったそうだ。

 

昨年ミネソタ州で警官の暴行により圧死した黒人男性(ジョージ・フロイド氏)の悲しみが癒えぬ間に、米国ではアジア人が差別の対象になっていると知り、私はこれまで感じたことのないようなやるせない気持ちになった。米国にいる全てのアジア系住民は、家を一歩出れば、コロナウイルスだけでなく、差別にも気をつけながら、覚悟を決めて外出しているのではないだろうか?そう考えると、日本で暮らしている私は平和だなあと思う。自分たちと同じアジア人が日々の生活で、差別や暴力に怯えながら暮らしている現状を米国以外の国にいるアジア人全員がもっと把握しておくべきだと思った。

 

しかし、なにかが起きると行動が早いのも米国で、サンフランシスコ州立大学が人種などを勉強するいくつかの学部と合同で、「STOP AAPL* HATE」というサイトを一年ほど前には立ち上げていて、全米各地でアジア人が差別にあったケースを集計している。これによると2019年に比べて2020年はアジア人へのヘイトクライムは2.5倍に増えた。そして差別や暴力の被害に遭うのは、アジア系の老人、続いて女性に多いことが浮き彫りとなった。

 

確かに、先述のニューヨークでのヘイトクライムもシニアのアジア人女性だし、もうひとつ記憶に新しい出来事と言えば、その事件の少し前に起きたジョージア州アトランタでおきた若い白人男性による銃撃で、死亡した8人のうち6人がアジア系の女性だった。さらに、この事件の報告をした報道官の警部が犯人をかばう発言とアジア人女性を軽視するような含みを持っていたため、後味の悪いものとなった。この事件の翌日、バイデン大統領はハリス副大統領と共にアトランタまで出向き哀悼の意を伝えたという。この2つの事件は3月に起きたもので、バイデン大統領は月をまたがずに、アジア系アメリカ人を守ることを強化する決断を下したのである。

 

しかし少し調べてみると、在米日本国総領事館から「アジア系住民に対する嫌がらせ等に関する注意喚起」と題したEメールを、在留届を提出している日本人に配信したのも3月であり、日本の外務省は米国の現状をきちんと把握している。日本国内でももう少し深くアジア人への人種差別が深刻化している様を伝えるべきだと思う。我々こそがアジア人なのだから。

 

アジア系住民への差別の発端はトランプ前大統領がコロナウイルスのことを「チャイナウイルス」と繰り返し言ったことからだとされている。その尻拭いをバイデン新政権が行なっているだけと言えばそれまでだが、バイデン大統領はアジア人を後回しにしていない。同時にアジア系自身も黙って時が過ぎるのを待つだけではなく、ヘイトクライム撲滅のデモをしたり、ヘイトクライムに遭ったらレポートし共有する場を設けたりしている。アジア系市民が被害に遭った時の防犯カメラの映像を繰り返しテレビで流すだけでなく、差別に立ち向かう様まで伝えることも大切だと思う。そして私のような日本にいる中国人は、コロナウイルスを理由に日本でヘイトクライムは受けていないということを米国に伝えるべきかもしれない。

 

*AAPL=Asian American Pacific Islanders アジア・太平洋諸島系アメリカ人

 

 

英語版はこちら

 

 

<謝志海(しゃ・しかい)XIE Zhihai>
共愛学園前橋国際大学准教授。北京大学と早稲田大学のダブル・ディグリープログラムで2007年10月来日。2010年9月に早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程単位取得退学、2011年7月に北京大学の博士号(国際関係論)取得。日本国際交流基金研究フェロー、アジア開発銀行研究所リサーチ・アソシエイト、共愛学園前橋国際大学専任講師を経て、2017年4月より現職。ジャパンタイムズ、朝日新聞AJWフォーラムにも論説が掲載されている。

 

 

2021年4月22日配信