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エッセイ667:尹在彦「ミャンマー問題と韓国、そしてアジアの民主主義」

 

韓国はこれまで、他国の民主主義の問題に深く関与してこなかった。1990年代以降においてようやく民主化したという認識より、国内事情が優先視された。他方で欧米、とりわけ米国による民主化支援への不信感も影響していた。韓国が権威主義体制に置かれていた時代、米国は冷戦体制を理由に韓国の民主化に後ろ向きだった。1970年代には朴正煕政権が自らの人権弾圧問題を覆い隠すため、米議会にお金をばらまく、いわゆる「コリア・ゲート」も発覚する。そのため、韓国では民主化が外部要因なしに「自生的」に成し遂げられたという認識が強い。

 

ただし、一つの例外があるとしたら、それはミャンマー問題だ。韓国は日本と共に難民問題に極めて消極的だ(2019年の難民認定率は両国ともに0.4%)と知られているが、毎年最も多く認定されているのはミャンマー国籍の人々だ。アウンサン・スーチー率いる国民民主連盟(NLD)の韓国支部も1997年に設立されている。同年に大統領に当選した金大中は、国際社会で軍事独裁政権に対抗したスーチーへの支持を呼び掛けていた。自伝で金大中はミャンマー問題への特別な関心を述べている。

 

このような背景から年初に勃発したミャンマー軍部のクーデターは、韓国政府にとって無視するわけにはいかない事案だった。デモ隊に対する軍人・警察の弾圧は、韓国のニュースにも盛んに取り上げられている。文在寅政権は3月以降、次々と行動に出ている。文在寅本人は3月6日「ミャンマー軍と警察の暴力的な鎮圧を糾弾し、アウンサン・スーチー国家顧問をはじめとした収監された人々の釈放を求める」とSNS上で訴えた。12日にはミャンマー軍部への軍事物資の禁輸措置を取り、政府開発援助(ODA)の見直しも示唆した。韓国政府のミャンマーに対するODA規模は約9000万ドル規模(2019年)で、これまでの抑制的対応から一転したとの評価も出ている。

 

韓国は中国の少数民族(ウイグル、チベット)や香港の問題に対しては発言を控えており、北朝鮮人権問題においても政権によって正反対の反応を示してきた。こういった事案は基本的な外交路線、即ち「国益」とも深く結びついており、単純に「人権・価値」だけで対処できる問題ではない。日本も米国との「安全保障協議委員会(2+2)」で中国を名指しで非難したものの、EUや米国の制裁には追随していない。中国の激しい反発や経済問題の影響もあると考えられる。

 

現地のミャンマーでは韓国政府の対応がそれなりに評価されているようだ。ツイッターやフェイスブック上で韓国政府や韓国人に支援を求めるコメントは少なくなく、ミャンマー人の韓国語の書き込みも多くみられる。

 

3月16日、日本のラジオ番組(「荻上チキSession」)に出演したミャンマー人留学生はあえて韓国に言及しながら、日本人の支援が必要だと切実に訴えた。しかし、残念ながら日本社会の反応は普段の反中感情と絡み合った中国問題に比べると生ぬるい。個人的に違和感を覚えたのは日本のニュースの伝え方だった。3月2日、NHKは「『申し訳ありません』在日ミャンマー人 コロナ禍のデモ」といったタイトルで「自粛中にも関わらずデモを行っていることへの申し訳なさ」を表現するミャンマー人の様子を伝えている。韓国でも在韓ミャンマー人のデモが展開されているが、同様のタイトルは見たことがない。日本ではコロナを理由にデモを禁じていない(韓国では人数制限がかかっている)。なのに、ラジオ番組に出演したミャンマー人留学生はネットニュースのコメント欄に数多くの非難(「デモをやるべきではない」など)が寄せられたことに衝撃を受けたという。

 

ヨーロッパのような国際人権機構はアジアに存在しない。さらに、アジアで民主主義国とされる国は少数にとどまっている。域内の人権問題に対し、アジアの民主主義国が一丸となり声を上げることは容易ではない。中国や北朝鮮の事例からも見られるように、安保や国益などが複雑に絡み合っている。よく知られている通り、天安門事件以降、中国への経済制裁を最初に解除した先進国は日本であり、経済や歴史問題への考慮があったと言われている。しかし、経済的側面を優先する民主化支援はそれほど効果的ではない。1990年代以降、日本が積極的に支援しているカンボジアでは、フン・セン首相が独裁政権を築いており、民主主義とは程遠い状況が続いている。ミャンマー問題においても「日本は軍部とのつながりがあり自制を求めている」などの報道は見かけるものの、実質的な措置はほとんどとられていない。

 

如何なる民主化支援もある程度は「内政干渉」を伴う。権威主義体制下ではコロナ禍を機に市民の動きを制限する動きも増えている。日本と韓国のような民主主義国家の役割は何だろうか、どんな役割を果たして協力できるか、非常に重要な課題だ。もちろん、現状では懐疑的にならざるを得ないが、アジアの悲惨な状況からするとそれなりに協力はできる分野だと思う。

 

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<尹在彦(ユン・ジェオン)YUN Jaeun>
2020年度渥美国際交流財団奨学生、一橋大学特任講師。2010年、ソウルの延世大学社会学部を卒業後、毎日経済新聞(韓国)に入社。社会部(司法・事件・事故担当)、証券部(IT産業)記者を経て2015年、一橋大学公共政策大学院に入学(専門職修士)。専攻は日本の政治・外交・メディア。

 

 

2021年4月15日配信