SGRAかわらばん

エッセイ617:陳姿菁「フィリピンの一番美しい風景」

フィリピンと言ったら、皆さんはどんなイメージでしょうか。マンゴ?パイナップル?英語は公用語?それとも出稼ぎの労働者でしょうか。今の私にとって、フィリピンと言ったら「優しい」という言葉が真っ先に頭に浮かびます。それは2020年1月12日のある出来事の実体験からの感想です。

 

2020年1月9日―13日にマニラで第5回アジア未来会議が開催されました。閉会の翌日に、恒例のスタディツアーが行われました。今回、私は5つのツアーの中でCツアーを選びました。

 

Cツアーを選んだのは、このコースは一人では行きにくいからこの機会を利用して、という単純な理由でした。

 

アジア未来会議の会場に着いて知り合いとおしゃべりをしていると、まだ迷っている人たちから何度も私のツアーの選択を聞かれました。そして、その後、何人もCツアーを選んでくれました。後で分かったのは、予定していたツアーを変えた人までいるほどでした。結局、Cツアーの3分の1から2分の1の参加者が私の影響で参加したようです。責任の重大さを感じました。

 

出発当日の朝「面白くないツアーだったら、あなたを火山に置いていくよ」と皆に冗談を言われましたが、その時は誰一人その後起きる事態を予想だにしていませんでした。

 

いざ出発し、目的地のタガイタイに向かいました。馴染みのない地名かもしれませんが、先日フィリピンで起きた自然災害のニュースの主役で、世界で一番小さい活火山と言われるタール火山の所在地です。

 

はい、その通り、Cツアーは火山を見学するツアーです。

1911年に噴火してから休眠している火山を見学しようとする私達でした。

 

Cツアーでは、まず火山を眺めるレストランでゆっくり昼食をとり、昼食後、火山を眺める展望台に向かい、写真撮影を楽しむというスケジュール。昼食の時には穏やかに見えた火山ですが、私たちが展望台に移動してから少しずつ変化を見せ始めました。

 

【展望台での会話】

 

私:ほらみて、あそこから煙が出始めましたよ!

参加者1:いや、あれは雲だよ

私:雲は下から出ないじゃないの、煙だよ!

参加者1:….

 

続いて、他の参加者に

 

私:ねえねえ、あそこから煙が出ているのが見える?

参加者2:あれは水蒸気だよ

私:…

 

さらに

 

私:徐先生、煙が大きくなっているわ、記念写真を撮りましょう。

徐先生:まあ、いいか、撮りましょう。

 

ベンチに腰を下ろして休んでいる徐先生が無理矢理私にひっぱられ、記念写真を撮りました(汗)。

 

その時には、私たちはまだその煙は日常茶飯事の出来事としか思っていません。

 

その次の観光スポット(お土産買うための場所)ではトイレ休憩だけにして、節約できた時間を使って火山の真正面から見えるスターバックスに寄りたいと皆が路線変更を要求しました。コーヒーがほしい人とグッドフォトを撮りたいという参加者の一致した要望です。

 

その時です!私は人生初の火山灰に降られました。

腕や服に、ぽつりぽつりと降ってきた雨らしきの跡がくっきり残っています。写真を撮っていたので携帯電話を指でなぞったら砂だらけ。しかし、当時はただ雨が汚いと思い、火山灰の意識はありませんでした。

 

次から次へと参加者たちが汚い格好で帰ってきて、皆は初めて火山灰だと気づきました。

 

しかし、まだ、日常茶飯事と思っている我々ツアーの参加者です。

 

そこからです。

 

バスの窓越しに見える煙は壮大な大きさになり、火山灰もひどく降ってきます。

 

その時はまだ予定変更通りに10ー15分ほどスターバックスに寄ると思っていました。

 

しかし、ガイドさんが「会社から早く戻るようにという指示があった」ということで帰ることになりました。面白い経験をシェアしたいので、火山から立ち上がった煙の写真を今西さんに送った直後のことです。

 

スターバックスを渋々断念し、帰ることにした私達の車の中に突然携帯電話の警報が鳴り始めました。3級から4級に警報のレベルが上がるにつれ、皆がやっと事の重大さに気づきました。これは冗談ではないと気づいた私たちは急いで帰ることにしました。

 

しかしながら、結局大渋滞に遭い、立ち往生状態に陥り、やむを得ず遠回りして、脇道から帰ることになりました。

 

そのときの出来事です。不思議な行動を目の当たりにしたのです。

近くの住民が集まり始め、何か情報交換している姿が見えました。晩ご飯後の世間話かなと思いきや、集まっていた人たちが一気にばらばらになって、通りかかる車にあるポーズをし始めます。

 

突然、私たちが乗っていたバスもスピードダウンしてその中の一人の前に止まりました。住民はバケツをもって水をフロントガラスに向けて撒いてくれ始めます。必死に掃除しても掃除しきれないほど火山灰が厚く積もったフロントガラスがやっと辛うじて前が見えるようになりました。

 

お金をどれぐらい取るかなと私は思っていましたが、なんとそのまま車は動き出し、走り続けました。

 

帰る途中、このような光景を何度も見ました。

 

あまりにも不思議なので、私は思わずフィリピン人のガイドさんにその行動の理由を聞きました。

お金でもなく、何かお返しをほしいということもない、フィリピン人が優しいからだそうです。

 

自分が逃げるのを後にして、通りかかる車を掃除してくれる住民の行動はフィリピンの最も暖かく、美しい風景だと思わせるワンシーン、第5回アジア未来会議で、一番私の心に刻み込む出来事でした。

 

<陳姿菁(ちん・しせい)Chen Tzu-Ching>

SGRA会員。お茶の水女子大学人文科学博士。台湾教育部中国語教師資格、ACTFL(The American Council on the Teaching of Foreign Languages)のOPI ( Oral  Proficiency Interview)試験官(日本語)。台湾新学習指導要領(第二外国語)委員。開南大学副教授。専門は談話分析、日本語教育、中国語教育など。

 

※フィリピンの火山噴火に関する他の参加者の報告を下記リンクよりご覧ください。

 

ランジャナさんの報告(フェイスブックより転載)

 

于暁飛さんの報告

 

陳エンさんの報告(フェイスブックより転載)

 

 

 

2020年1月30日配信