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エッセイ578:謝志海「定点観測のすすめ」

 

インターネットとスマートフォンが当たり前にある昨今、この2つがあればどこにいても一瞬にして大量の情報を得られるようになった。一方で情報の質と正確さも問われるようになり、我々は溢れかえった情報から本物で質の高い情報を集めることが大切になってきた。そこで思うのは、やはり自分の身体を動かし自分の目と耳で情報を集めること。国際関係を専門とする私にとっては、身体を使ってとなるといろんな国を飛び回ることになる。それはどう考えても難しいのだが、やってのけている人もいるのだ。

 

その方は一言では肩書きを説明しきれないのだが、多摩大学の学長を務める寺島実郎氏である。彼のインタビューや彼の本を読むと繰り返し出てくる言葉がある――「定点観測」。テレビでよく見かける方なので、正直私は世界を飛び回っているイメージが無かったのだが、彼はアメリカ、イギリス、中東などの国々と都市を毎年同じ時期に訪ね、その場所にいる友人やキーマンから直接話を聞いている。現地で自身が見たもの聞いたもの感じたものこそがまさに「本物」の情報であり、東京でスマートフォン片手に情報検索して、この情報は信憑性があるのか?誰が書いたのか?など検証している時間よりもずっと早くて有意義なのではないかという気がしてくるのだ。

 

私も今年の春、かつて生活していた北京へ6年振りに行ったのだが、あいた口がふさがらないとはこのことで、変わり果てていた。日本に居てテレビでよく目にする最近の中国と言えば、例えば池上彰氏が教える中国では、すべてをスマートフォンで決済している街の人たち、車のライドシェアやレンタルサイクルといったシェアエコノミー、そして電気自動車の発達と、もしかしたら日本より進んだテクノロジーで便利な暮らしに見えるかもしれない。その実はというと、街は混沌としていた。私が住んでいた時よりも随分と伸びた地下鉄の駅も地上に上がれば、シェアサイクルの自転車が乱雑に積み上げられていて、歩道を占領している。まだ日本には進出していないライドシェアが一般的になっている割には一日中ひどい渋滞。

 

タクシーの運転手が言うには、スマートフォンを使ってどこでも配車手配が出来るようになったはいいが、ドライバーと手配した人との場所の行き違いなどもあり、余計な混雑を起こしているケースもあるそうだ。シェアエコノミーが発達しているようで、経済の発展により増えている車。中国では車の所有、特に輸入車に乗ることはまだまだ富の象徴であるのだ。北京の交通渋滞は日本でも有名だが、スマートフォンアプリで何でも出来るという便利さに都市の秩序が追いついていないのではないか?上海には年に一度は仕事で訪れていたのだが、北京という街には大層驚き、中国に関しては年に一度の定点観測では見逃しが多いということと、一つの都市だけを訪れるだけではいけないことを痛感したのであった。

 

そして現在、群馬県に住む私は東京へは、週に一度の講義や学会などで度々足を運ぶのだが、2020年のオリンピックへ向けて刻々と変わってゆく東京を体感することができる。タクシーが変わる、都心のバスにはオリンピックのキャラクター。そして何より、街中は英語に加え中国語(しかも簡体字と繁体字の両方!)と韓国語の表示が増え国際都市へ一途に向かっているなあと思うのである。東京に住んでいたままだったらあまり感じなかった事なのだろうか?

 

私は出来る限り自分が専門とする分野に関係する場所、興味がある場所には自分で行き、歴史が変わる様、潮目の変わりを見逃すことのないようにしたいと思う。「定点観測」というと、この有名なスピーチを思い出さずにはいられない。おそらくすでに星の数ほど引用されているであろう、故スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学における2005年の卒業式でのスピーチの後半:「先を見て点をつなぐことはできない。振り返ってそれらをつなぐことしかできない。だからあなた自身が将来なにかしらの形で点がつながると信じること。何かを信じること。」自分が信じた点へ赴き、点を増やし、今後の研究や授業に活かしたいと強く思うのだ。

 

英訳版はこちら

 

<謝志海(しゃ・しかい)Xie Zhihai>

共愛学園前橋国際大学准教授。北京大学と早稲田大学のダブル・ディグリープログラムで2007年10月来日。2010年9月に早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程単位取得退学、2011年7月に北京大学の博士号(国際関係論)取得。日本国際交流基金研究フェロー、アジア開発銀行研究所リサーチ・アソシエイト、共愛学園前橋国際大学専任講師を経て、2017年4月より現職。ジャパンタイムズ、朝日新聞AJWフォーラムにも論説が掲載されている。

 

 

2018年9月20日配信