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エッセイ535:金律里「『積弊清算』への要求―今回韓国大統領選挙について―」

2017年5月9日(火)に行われた韓国の大統領選挙で文在寅(ムン・ジェイン)氏が当選し、韓国第19代大統領となった。

 

そもそも今回の選挙は、朴槿恵(パク・クネ)前大統領の弾劾で大統領が欠位になったためであった。朴前大統領は、「大統領が全国民に対し『法治と順法の象徴的な存在』であるにもかかわらず、憲法と法律を重大に違反した行為」(憲法裁判所決定文中)をしたゆえに弾劾され、現在拘置所に収監中である。

 

周知の通り、朴槿恵前大統領は、1963年から1979年まで執権した朴正煕(パク・ジョンヒ)元大統領の娘である。朴正煕は軍事クーデターによって権力を握り、国家主導の強力な経済発展政策を施行したが、彼に対する評価は大きく2つに分かれる。1つは、朴正煕は植民地支配とそれに次ぐ朝鮮戦争の後の貧しい韓国を、高度経済発展へと導き、現在の韓国経済の礎を築いた「偉大な指導者」である、という見方である。こういった見方の極端な例ではあるが、彼の誕生日に生誕祭を行うなど彼を神格化し崇拝する人々も存在する。他方、朴正煕は自分に反対する人々を無残に除去しながら長期執権した独裁者で、現在韓国の政治・経済・社会が抱えている諸問題は、ある程度は朴正煕独裁政権時代の過ちに起因する側面があり、よってその時代を反省して乗り越えるべきである、という見方もある。

 

朴正煕に対する見解は、韓国の改革派と保守派を区別する基準の1つともされ、政治家としてそれほど実績もなかった朴槿恵氏が特に保守派の圧倒的な支持で大統領となり得たのは、その親の七光りが極めて大きかった。それに加え、数年にわたる韓国経済の低迷によって、韓国経済が量的に大成長した朴正煕時代を懐かしく感じる人が増加し、経済再建を掲げた朴氏の当選に影響を与えた。

 

しかし、朴氏の在任期間中、韓国国民の生活はより厳しくなった。とりわけ、「3放世代(サンポセデ)」と称される青年達の生活はみじめな状況まで陥ってしまった。3放世代とは、3つをあきらめた世代という意味で、その3つは、恋愛、結婚、出産である。大学生は就職のための勉強で恋愛ができず、また就職しても給料が十分ではないため多額のお金のかかる結婚ができない。結婚はできても、住宅を購入できる十分なお金もなく共働きしなければならず、また育児や子供の教育にもお金がかかるため出産をあきらめる、ということである。この新造語は李明博元大統領の在任時期である2011年頃登場したが、言葉が表す青年たちの状況は悪化する一方であった。2017年の最低時給は6470ウォン(約650円)であるが、平均ランチ代は6500ウォン前後である。つまり、コンビニなどで1時間働いても昼食代さえギリギリなのである。

 

若者ひいては大多数の国民は、生活難の深刻化のうえに、セウォル号事件やMERS事件で明らかになった国民の生命さえ守れない無能の極まりを見せた朴槿恵政府に幻滅し、崔順実(チェ・スンシル)ゲート事件が起爆薬になって、大統領の弾劾に至った。

 

以上のような辛酸をなめてきた韓国国民は、今回の選挙で、もともと朴槿恵を支持しなかった人はもちろん、支持したことを後悔する人々も、「積弊清算」を掲げた文在寅を選択した。文氏の当選は、単なる政権交代にとどまらず、とりわけ朴前大統領の弾劾によって明確になった権威的な大統領、権力に迎合する検察、政官財の癒着などに対する改革の声であり、経済的不平等の緩和、社会的弱者に対する配慮などへの要求である。

 

<金律里(キム・ユリ)Kim_Yullee>
渥美国際交流財団2015年度奨学生。韓国梨花女子大学を卒業してから来日、2015年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程を退学。

 

 

2017年5月25日配信