SGRAかわらばん

エッセイ522:ライラ・カセム「一風変わった里帰り」

(『私の日本留学』シリーズ#6)

 

私には故郷(ふるさと)が2つあります。留学生同士の親が出会い、兄と私が生まれ、13歳まで過ごした日本と、その後大学卒業まで過ごしたイギリスです。美術大学を卒業し、数年間アルバイトやインターンを転々としていたころ、大学院へ進学したい気持ちが芽生えてきました。どこへ行こうかと迷っていた時、両親が「私達が日本に留学した時の文部科学省の奨学金に申請してみれば?」と提案してくれました。成長するにつれ、「自分のような日本で生まれ育った外国人にとって、日本はどのような場所で、自分は何ができるのだろう」という疑問への回答も得られるのではないかと考え、日本への留学を決意しました。運良く試験に受かり、2010年4月に東京藝術大学大学院のデザイン科に入学しました。

 

一風変わった里帰り。そんな中、2011年3月11日に東日本大震災が起こりました。日本全国、そして世界中の皆が、自然の偉大さ、命の尊さ、人間の強さなど、様々なことを考えさせられた出来事でした。自分も何か手助けしたいと思った人は沢山いたことでしょう。また何かしたいが何をすればいいかわからないと、歯がゆく感じた人もいたでしょう。特にデザインをやっている身としては、この歯がゆさを今まで以上に感じました。「きれいなものだけをつくれば人は幸せになれるのか?」「人のための真のデザインとは何か?」等々と。

 

震災の甚大な被害を思えば悲観的な考えばかりになりがちな中で、私にはこれからの日本が良い方向へ変わるのではないかと楽観的に考える部分がありました。それは、これまで商業目的で活動していた多くのデザイナーが社会に目を向け始め、人のため、コミュニティーのためにどのように自分の技術・スキルを活用できるのかと考え始めたからです。私もその1人として、(震災前に)もともと興味のあった福祉の世界で人とともにデザインをしていくことを決意しました。そして、障がい者施設で知的障がいの成人にアートを教え、そのアートが施設の収入源となるデザイン商品へと転換する活動を始め、現在まで続いています。

 

しかし、震災から5年経った現在は、東京オリンピックの招致が決まったことで、2011年当初の震災復興ではなく、オリンピックを目的として行政と企業がともに社会的活動を実施する傾向が窺えます。震災以降には社会貢献活動を「震災があったからこういうことは大事ですよね」と言われましたが、今は私自身の活動を説明すると「オリンピックがあるから、このような障害者の活動は大事ですよね」と言われるのです。たしかに震災とオリンピック開催は多くのデザイナー、企業そして行政が社会に目を向けるための良いきっかけとなったことは事実ですが、物事をやる「きっかけ」と「理由」は別ものであり混同してはいけません。

 

社会貢献を目的とした活動をする人々が、今、答えなければいけない事は「なぜこのような活動をやりたいか」ではなく、「なぜこのような活動をやらなければならないのか」ではないでしょうか。震災後は復興、オリンピックでは「多様性とソーシャルインクルージョン(社会包括)」が課題として掲げられていますが、なぜこの課題が重要なのかという議論がそもそもなされていないのが現実です。復興とは何か、多様性、ソーシャルインクルージョンとは何か、これらの言葉が秘めている根本に答えることが理由となり、真の解決策を導く手段となるのです。その根本こそが、「故郷」という言葉に秘められていると思います。

 

私が障がい者福祉施設との協働活動でたびたび感じることは、社会の有力な人材となるためには、個人が様々な人と交流し共有できる「居場所」が必要であるということです。障がいや貧困など様々な背景を理由に社会から孤立している、忘れられていると感じている人は少なくないでしょう。障がい者施設に通う重度の障害をもつ多くの人々は、家と施設を往復する生活しかしていません。このような生活が本当にソーシャルインクルージョンといえるのでしょうか?

 

復興でも同じことです。巨大な防波堤を作り、高台に住宅を作ることが被災地の復興に繋がるのかと考えると、そうでないと言えるでしょう。一度自分の居場所をなくした人々は、物質的なものだけでは「故郷」を構築できないからです。英語では故郷を「Home_is_where_the_heart_is(故郷とは心の集うところ)」と表現します。社会とコミュニティーは様々な背景を持つ十人十色の人間から成り立つものです。その多様な人々の心が集える場をつくることで、協力し合い、調和して生きる世の中を築いていけるのだと思います。より多様な人々が理解し合い、共存できる「故郷」をつくることが、現在の日本や世界各国が掲げている様々な社会課題に取り組む理由、そして解決するヒントの1つになるのではないでしょうか。

 

私は生涯、デザイナーとして、そして多様な故郷を持つ人間として、社会に居場所がないと感じている人々の心が集える場をつくることに尽くしたいと考えています。

 

<ライラ・カセム☆Laila France Cassim>
グラフィックデザイナー。東京大学先端科学技術研究センター特任助教。社会から取り残されたグループのエンパワメントにインクルーシブデザインのプロセスとグラフィックデザインのスキルをツールとして利用することに力を入れ、作品制作と研究に取り組んでいる。現在は足立区の障がい福祉施設「綾瀬ひまわり園」で定期的に講師をし、そのアートを活用し、施設の支援スタッフとともに利用者の社会参加と経済自立につながるアート作品の制作と商品づくりの開発に取り組んでいる。また、東京大学先端研では、突出した能力はあるものの既存の教育環境に馴染めず、不登校傾向にある小・中・高生の継続的な学習保障と生活のサポートを提供するプログラム「異才発掘プロジェクトROCKET」にも関わっている。

 

 

2017年2月16日配信