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エッセイ468:太田美行「電話ボックス」

近頃日々困っている。「これでいいのかニッポン」とつぶやきたくなるくらいだ。何かというと公衆電話の話である。携帯電話の普及による公衆電話の減少は著しく、平成14年度の584,162台から25年度には195,514台にまで減っている(出典:総務省『情報通信白書』)。公衆電話が減っているという事は電話ボックスも減っているはずで、ある程度はやむを得まい。しかし私は電話ボックスを減らさないでほしいと思う類の人間だ。いや、それどころか増やしてほしいとすら思っている。それは災害時や高齢者のためだけでなく、もっと現代的な理由からだ。

 

LINEの利用が増えたとしても電話をかける機会は明らかに増えている。それに伴い、私たちが騒音に対していっそう鈍感になったように思えてならない。街中で、建物の中で、電話はいつでもかかってくるし、またかけてもいる。「電車内での通話はご遠慮下さい」とよく聞くが、では代わりの場所は用意されているのだろうか。騒々しい駅のホームではもちろん無理だ。道の真ん中で? いや端でだってうるさくて無理だろう。街中でなくても、住宅街の道でも、危険はある。今度は静か過ぎるから辺りに話の内容が筒抜けなのだ。電話だと対面の会話と違って声が大きくなるためで、自宅にいて通行人の携帯電話の会話をうるさく感じることもしばしばだ。

 

では建物の中では? ビルのロビーは音がよく響く。そんな所で何かの予約や、商品の取り置き依頼をしたり(最近は美容院であろうがデパートであろうが、ほぼ確実に「ではお名前をフルネームで仰って下さい」と言われる)、自分の携帯電話の番号やクレームを言ったりはしたくないのである。周囲の人にも迷惑だ。だからといって建物の人気がない所、は危険だ。このご時世、警備員が出てきたりしかねない。そもそも「関係者以外の立ち入りを禁じます」とある中にどうして入ることができよう(入ってるけど)。そんな時こそ電話ボックスは、その秘めたる価値を顕わにする。

 

騒音は一定程度遮られ、透明で周囲の様子もわかる電話用の個室。そこで電話をしても何ら怪しい事はない。そういう訳で私は公衆電話でなく、携帯電話で話すために電話ボックスをよく利用している。傍から見るとおかしいらしく、道行く人に笑われたこともある。しかしそれが何だというのであろう。電話のための空間で電話をする。何も間違ってはいない。笑う人たちは音のマナーに鈍感なのだ。ああ気の毒に。

 

昔の映画によく登場する、また今でも高級ホテルのロビーで見かける電話室。そのために電話ボックスを増やしたい。電話ボックス復活は今やマナー改善、ひいては人間尊重につながる大事な手段なのである。

 

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<太田美行(おおた・みゆき)>
東京都出身。中央大学大学院 総合政策研究科修士課程修了。シンクタンク、日本語教育、流通、コンサルティングなどを経て2012年より渥美国際交流財団に勤務。著書に「多文化社会に向けたハードとソフトの動き」桂木隆夫(編)『ことばと共生』第8章(三元社)2003年。

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2015年9月24日配信