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エッセイ449:謝 志海「日本の盲点: 冬の寒い住居」

冬に日本へ一時帰国する海外在住の日本人の友人たちは、皆口を揃えて言う。「日本の冬は寒くて、過ごしにくい」と。彼らはみんな日本より寒い国や地域に住んでいるというのに、日本の家(主に彼らの実家)が寒いというのだ。私が勝手に抱いていたイメージは、日本の冬の「こたつでみかん」を楽しみにと思っていたのに、現実は違っていた。彼らが暮らしている国々は日本より冬が厳しいが、家中が暖かく保たれているそうで、日本の住居のように、暖房をつけた暖かい部屋を一歩出たら寒い廊下、そして寒いトイレに行くということが無いそうだ。思えば私が長年暮らしていた北京の冬は、日本より寒いが室内はどこも暑い程だった。家電製品は日々進化し、便利な生活を整えるため次から次へと新しい技術が産み出される日本で、何故日本の家は寒いままなのだろう。

 

ニューヨークから一時帰国してきた日本人の友人が教えてくれたのだが、ニューヨーク州の法律では、冬季(10月から5月)に外気温が10度を下回ったら、アパートの大家は室温を20度にしなければならないと定められているそうだ。しかもこの暖房費は家賃に含まれているとのこと。セントラルヒーティングで家中に暖房がいきわたり、家に帰れば家の中がすでに暖かいのはいいよと絶賛していた。このようなことが法律で定められていることに驚き、ニューヨークの近隣の寒い地域についても調べたら、米国東海岸の他の州はもちろん、カナダのトロントや、英国も同様に、住宅の最低室温に関して規制があった。そしてこれは健康への配慮からなる法規制であった。日本には住宅に対してこのような規制は無い。

 

インフラが整い、全てが完璧のような日本に落とし穴を見つけた気がした。日本のテレビでは毎日のように健康についての番組が放映され、現に国民の一人ひとりが健康への関心が高い。しかし日本の家の中は寒いままだ。そして冬のニュースでよく耳にするのが、高齢者のお風呂場、脱衣所で心臓発作による死。熱い湯船に浸かり、外気と同じくらい寒い脱衣所に出る。この急激な温度変化で体調が急変することを「ヒートショック」と言うそうだ。厚生労働省の報告書によると、入浴時の事故死だけで、年間1万9千人以上と推計されるそうだ。

 

このような事故死を防ぐため、日本の冬の住居環境を見直すべきだろう。欧米のように住宅の法規制として、断熱化を進めるべきではないだろうか。光熱費が高い日本では、家そのものの工夫が必要だろう。察するに、高齢の日本人は我慢強く、少しくらい寒くても我慢してしまうことが多い。暖房器具があっても使われなければ意味がないし、何よりも住居内での温度差が危険なのだ。家中の室温を一定に保つことが重要だ。北海道の家は冬も暖かいので、ヒートショックも少ないそうだ。身近な所から冬を過ごし易い住環境を取り込み、改善すべきだ。それは日本の高齢者を守り、人口減を緩やかにする。健康への関心が高い、先進国の日本人が、このように未然に防げそうな事故で毎冬あっけなく命を失うのは大変惜しい。

 

 

英語版エッセイはこちら

 

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<謝 志海(しゃ しかい) Xie Zhihai>
共愛学園前橋国際大学専任講師。北京大学と早稲田大学のダブル・ディグリープログラムで2007年10月来日。2010年9月に早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程単位取得退学、2011年7月に北京大学の博士号(国際関係論)取得。日本国際交流基金研究フェロー、アジア開発銀行研究所リサーチ・アソシエイトを経て、2013年4月より現職。ジャパンタイムズ、朝日新聞AJWフォーラムにも論説が掲載されている。
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2015年2月18日配信