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エッセイ456:ボルジギン・フスレ「モスクワ、カザンへの旅(その1)」

2014年9月14日から26日までK先生と一緒にモスクワとカザンに行った。今回は、主に資料調査であったため、出発4ヶ月前に、ロシアに行く度に利用してきた旅行社のH社長に、交通が便利で、文書館に近いホテルの手配などをお願いした。H社長は、私が送った文書館のリストをみて、1ヶ月かけて調整し、モスクワとカザンのホテルを手配してくれた。

 

最初に泊まったホテルはモスクワの地下鉄クロポトキンスカヤ駅とパールク・クリトゥールイ駅の間に位置する。そこは国立ロシア連邦文書館や古文書館に近く、歩いて20分程度の距離だったし、ロシア連邦外交政策文書館にも近く非常に便利だった。ホテルの朝食は豊富で美味しかった。ホテルの近くにはトルストイ博物館やモスクワ博物館、ピョートル大帝記念碑、トレチャコフ美術館などの観光の名所が林立している。また音楽学校もあって、ホテルを出ると、楽器を背負った生徒たちの姿をよく目にした。

 

モスクワに到着した翌日、国立ロシア連邦文書館と古文書館に行った。帰り道、ある公園をとおった時に、ベンチに座ってひそかにビールを飲んでいるロシア人の青年に出会った。通行人がくると、その青年はすぐビールを新聞の中に隠す。目のいいK先生は遠いところからその青年を見て、「あいつはビールを飲んでいるよ」と言いながら、青年に近づいて声をかけベンチに座った。青年はハバロフスクから観光にきたそうである。K先生は青年にプーチン大統領のことについて尋ねた。青年は「すばらしいじゃないか」と答えた。「新聞の中になにか隠していない?」とK先生は青年に聞いた。青年は少し迷ったが、「よかったらどうぞ」と言いながら、新聞の中に隠していたビールを出した。結局、K先生はその青年と一緒にビールを飲み始めた。

 

「プーチンがお酒に関するへんな政策を作ったから、あなたはこのようにビールを隠したんだね。ロシアの国民にお酒を飲ませない大統領が悪いんじゃないか」とK先生が言った。青年は、「いいえ」と、プーチン大統領を大いにたたえた。…話が長くなりそうだったで、私は2人から離れて、公園を散策することにした。私が離れて行ってしまうことを心配したのか、しばらくして、K先生が追いかけてきた。

 

その日の夜、K先生と一緒にアルバ―ト通りに行った。アルバ―ト通りは詩・歌・芸術の街として有名であり、歩行者天国である。また、カフェやレストラン、みやげ物屋も多い。私たちはここで夕食をとった。

 

私が初めてロシアに行ったのは2011年の春だった。モスクワのクレムリンや赤の広場、サンクトベテルブルクのエルミタージュ美術館や人類学・民族博物館などを見学したほか、バレエやオペラなども鑑賞したが、ロシアは大帝国であることと、「多民族・多文化国家」であるということが印象に残った。今回は、歴史と文化に培われたロシアの時空をあじわった。宿泊したホテルから駅までの間の建築物のほとんどはロシアの歴史文化財になっている。私たちが宿泊したホテルからクロポトキンスカヤ駅、或いはパールク・クリトゥールイ駅までは、本来、歩いていずれも10分程度の距離であるが、K先生と一緒に行くと、1時間もかかってしまう。というのは、毎日、文書館から帰りの道で、K先生は、いつも各建物の壁にかざってある案内版をみながら、その建物の歴史、あるいはその建物とかかわる歴史人物のことをかたりつづけたからである。私にとっては、よい勉強になった。

 

クロポトキンスカヤ駅周辺にはエンゲルス像やゴーゴリ並木通り、プーシキン博物館、救世主キリスト聖堂などがある。初めてクロポトキンスカヤ駅に行ったとき、エンゲルス像をみたK先生は、「エンゲルス像をここに立たせるのは相応しくない」と不満げに言った。理由を聞いたら、返事はなかった。パールク・クリトゥールイ駅のなかの壁には、ゴーリキー像が刻まれている。それをみたK先生は非常にうれしそうに、「これは面白いんだ」と、ゴーリキーのことをかたりつづけた。

 

モスクワでのもう一つの発見は、キックスクーターである。本来、キックスクーターは子供たちの玩具だと思ったが、モスクワでは、本物の交通道具として大人たちに使われている。街では、キックスクーターで走っている人の姿をよく目にした。

(つづく)

 

旅の写真

 

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<ボルジギン・フスレ Borjigin Husel>

昭和女子大学人間文化学部国際学科准教授。北京大学哲学部卒。1998年来日。2006年東京外国語大学大学院地域文化研究科博士後期課程修了、博士(学術)。昭和女子大学非常勤講師、東京大学大学院総合文化研究科・日本学術振興会外国人特別研究員をへて、現職。主な著書に『中国共産党・国民党の対内モンゴル政策(1945~49年)――民族主義運動と国家建設との相克』(風響社、2011年)、共編『ノモンハン事件(ハルハ河会戦)70周年――2009年ウランバートル国際シンポジウム報告論文集』(風響社、2010年)、『内モンゴル西部地域民間土地・寺院関係資料集』(風響社、2011年)、『20世紀におけるモンゴル諸族の歴史と文化――2011年ウランバートル国際シンポジウム報告論文集』(風響社、2012年)、『ハルハ河・ノモンハン戦争と国際関係』(三元社、2013年)他。

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2015年4月16日配信