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エッセイ444:奇 錦峰「憂慮すべき現在の中国大学生(最終)」

3. 多くの大学の中の変な雰囲気

 

3.2 ほとんどが低レベルの繰り返しの研究

 

近年、「インデックス」学術評価システムの導入と推進の結果、大学スタッフ(特に教授)の評価は、論文数だけが必須条件として強調され、社会的、経済的効果を問わず、論文のレベルは掲載された雑誌のランクで定義されるようになった。そのため、迅速に結果がだせる科学研究のテーマを容認する雰囲気が作られた。中国の学者の多くが高リスク、長時間の基礎研究に消極的であるだけではなく、数値化評価システムに対応するため意図的に、短期的な効果を求めるようになっている。さらに、学術詐欺、研究偽造、不正競争、ゴミ論文などの出来事はエンドレスで、国全体で大量の低レベルの繰り返しの研究が蔓延し、創造的な新規のテーマを追究しようとする土壌を奪ってしまった。現在の大学では、虚偽、誇張を軽蔑し、孤独な研究に耐える人たちの姿を見ることがますます困難になってきている。単純な「指標化」学術評価システムが中国の科学研究成果と投資のバランスを劣化してしまい、間違った道へ滑り落ちてしまったと言える。

 

一言で言うと、社会生活中のあらゆる不正や醜い行為を大学キャンパスの中にも見いだすことができる。本来、清潔で道徳的であるべき大学キャンパスは、大分前に消失してしまった。大学は科学的精神、人間性、人格形成などの面から大学生に対して教育を行うべきなのに、卒業証書だけを重視する風潮が大学教育を本来の目的から乖離させ、人格育成や人材養成を無視するだけではなく、「金銭万能」を自ら実践し、政府の推奨するGDP重視の市場経済に入ってしまったと思わざるを得ない。そこは大学卒業証書のバブルで、大学レベルの教育を受けたとしても、ほんの少しの専門知識を持つ以外は、教育を受けなかった人とあまり変わらない。

 

いずれにしろ、このような状況であるから、大学教育及びその生産品(大学生)は、今までにはなかった道を進まざるを得ない。中国の大学は、ますます行政化、官庁化、もしくはヤクザ化しているため、今の大学の価値観は、本来のあるべきものとはかなり異なってしまっている。大学を含むあらゆる教育、研究機関における、評価、昇進、招聘、採用などの場合、助手の決定からアカデミシャン(つまり中国科学院、中国工程学院のメンバー)の選抜まで、皆「評議員」(つまり決定権を持っている人)と「連絡する」ことが必須条件になっている(この評議員達に賄賂をしなければ、本人は安心できなくなっているそうだ)。皆がそうしているのに自分だけがしなければ、間違いなくその人は失敗する。こんな雰囲気の中で、学術機関が低レベルの繰り返しの研究をするのは不自然ではない。

 

3.3 研究を産業化し、大学では「研究リッチ」族が新興

 

ほとんどの大学では、研究ファンド(資金)を獲得できれば、その一部を申請者が「流用」することができる(政府からの資金の場合は10%で、企業からの場合は40%ということもあるそうだ)と言われている。そのため、中国では、研究活動を産業として運営し、研究で「リッチ」になった一族が新興している。一部の研究者が、このような「豊かになれる道」をひた走っているのも事実である。メディアの報道によれば、流用した研究資金で自家用車やマンションの購入もできた学者もいるようだ。「研究」という名目でリッチになる人々がにわかにでてきて、大勢の研究者が、研究活動及び論文執筆をも「金持ちになれる産業」とみなすようになってしまった。さらにもっと酷いのは、大学が「博士号」の授与権を利用して、政府の関係者と「プロジェクトのチャンス」、「企業の協力プロジェクト」などを交換し、学術活動を丸ごと功利に向かって行うようになり、学術腐敗は常態化してしまった。今、学術詐欺、研究偽造、不正競争、賄賂流行などは中国の大学で普通の現象であるが、さらに不思議なことに、近年、数多くの大学が、政府の統計を満足させるために、偽の卒業生の「就職率」を作ることもやり始めた。すなわち卒業する時、卒業生が就職の「契約書」(偽にしろ、真にしろ)を本人の学校に出して見せなかったら、その人は卒業証明書、学位証明書などを貰えないのだ。言い換えれば、大学の実際の「就職率」は政府の統計報告書よりかなり低いのである。

 

終わりに

 

如何なる社会でも未来の発展は、若者に依存している。有用な人材を親の世代が育成しなければ、次の世代の繁栄は幻想となってしまうのである。

 

中国の今の大学生は小、中、高校時代に試験指向教育を強制的に受けさせられ(だから今の学生の大半が勉強嫌い)、大学時代には大量のクラスメートと付き合うようになった(学生を大量に募集したから)ため、本人の意欲から学習環境まで、しっかりと勉強できる場所とはいいがたい。特に生命理科系の学生は実験/実習が良くできなかったから、習得した知識が非常に限られてくる。さらにこの時代の大学生は、幼い頃から両親の溺愛(甘やかし)、放任、社会の悪戯容認のもとで育てられたため、言い換えると教育の躾(しつけ)がなかったため、これらの学生が、どの様な人間になっているのか、普通の人は想像できないと思う。

 

何故、今日の大学生がこんなに問題ばかりなのか? 怠け、贅沢、礼儀の欠如、エゴイズム、人格の低下……。本質的な問題を考えてみると、その原因・責任は両親と初・中等教育の学校にあると思わざるを得ない。不思議なことは、現在の大学生の親達は一般的に言うと1950 年代から1960 年代が終わるまでの期間に生まれた人々で、貧乏な生活から豊かな生活まで経験した大人なのに、何故自分の子供の教育の面でこのように集団的に失敗したのか?つまり、この世代の人々は、自分の両親からきちんとした教育(躾)、ケアを受けたと思うが、どうして自分が自分の子供に対して親のまねをし、きちんと子供を導かなかったのか?!まとめて言うと、習慣がだめ、教育が下手、人口が多いという社会的な要素の組み合わせで、大学に合格した人間も育成できないのに、優秀な人材を養成するなんて可能なのだろうか。(完)

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<奇 錦峰(キ・キンホウ)  Qi Jinfeng>
内モンゴル出身。2002年東京医科歯科大学より医学博士号を取得。専門は現代薬理学、現在は中国広州中医薬大学の薬理学教授。SGRA会員。

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2014年12月24日配信