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エッセイ409:許 漢修「日本で科学者になること」

科学を学んで14年目の私は、今年初めて社会人として自分が習得した技術を活用でき、しかも、アジアの中の科学強国の日本で就職することができた。しかし、今、日本では小保方捏造疑惑が報道され、日本における科学者への信頼が揺らいでいる。このような状況の中で日本の科学者の一員になった私は、いかなる態度をとるべきかを考えなければならない。

 

科学者は「真実」を実証し、社会に伝える義務を持ち、国民の税金や企業の予算で新しい技術を開発し、社会的に応用することにより、キャリアを形成する。このような科学者の育成は技術と基本知識以外に、観察力と社会への関心を育てなければならず、非常に難しい。

 

私は日本と台湾で、生物科学者としてのトレーニングを受け、その違いを感じた。2014年度の日本の科学研究予算は、台湾の12倍である。このため、台湾の生物科学者には短期で実用的な研究が多く、日本では基礎理論と実用両方の総合的な研究が進んでいる。台湾での生物研究は即時実用化の目的で食品、漢方、医療機器、美容整形などに応用され、日本では基礎研究の幹細胞、再生医療、組織培養や生物素材など、相当時間と研究費がかかる領域の開発が行われている。日本人は職人の文化を持ち、近年素晴らしい研究、論文が生まれている。一方、台湾人は模倣が得意で、商業化に敏感であり、新たな技術を実用化し、収益を上げた。以前はオリジナル性が注目される社会だったが、今の世界では、理論と実用の両方が大事であることを、私は博士課程の4年間で理解できた。

 

その中で、私は基礎理論の研究を選んで来日し、筑波大学の博士課程で腎臓の発生期におけるV型コラーゲン線維の役割について研究した。コラーゲンの様々な特性、理論を習得、現在は産業技術総合研究所で、コラーゲン線維素材でiPS細胞の培養法を改善する研究を行っている。

 

iPS細胞はノーベル賞を受賞したのに、なぜ改善研究が続いているかというと、「死の谷」を乗り越えなければならないからである。死の谷とは、1998年に米国連邦議会下院科学委員会副委員長であったバーノン・エーラーズが命名したもので、全ての科学研究にある、発見/発明から商品化/市場化までの、必ず乗越えなければならない谷間の期間である。科学の発見から商品化までは非常にたくさんの時間、金、労力がかかるわけであり、iPSも例外ではない。風邪薬、内視鏡、X線などの歴史は、最初から人々に注目されたわけではなく、一生懸命研究や改善に努め、最後に市場化されることにより「夢が叶う」ことを示している。iPSは今ちょうど死の谷に入ったばかり、臓器再生の夢まではまだ何十年もかかるわけである。実は、私は大学2年生の時(2002年)、台湾の陽明大学で山中伸弥先生の幹細胞の講演を聞いたことがある。あの時から10年の努力で2012年にノーベル賞を受賞した研究であるが、その実用化には、これから何十年、何億円かかるか分からない。このように考えると、私は、こんな大時代に研究ができることにわくわくする。

 

来日から5年、一人での海外生活の寂しさはあるものの、まだまだ頑張らないといけないと考えている。SGRAが開催しているフォーラムやアジア未来会議などの会合は、世界中の様々な人に非常に良い交流の機会を提供している。仲間が見つけられることは何より幸せなことである。今の世界はグループ行動の社会で、様々な領域の人材が集まると、今まで見られなかった風景を一緒に見ることができる。私はあと数年は日本に滞在する予定なので、このチャンスを活用したい。

 

尚、日本だけではなく、世界のどこにあっても、科学者は自分の力を信じることが重要であると考えている。たとえ他人から疑われることがあっても、自分の力を信じることができれば充分である。自信を持ち、能力を高め、社会からいただいた力(財団の支援、大学と国の研究環境など)を使って、十倍、百倍の恩返しをしたい。

 

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<許 漢修(きょ・かんしゅう) Han-Hsiu Hsu>

1996年イギリスオックスフォード大学英文課程修了。2008年台湾中原大学生物科技専攻修士号取得、2010年中華民国陸軍關渡指揮部本部退役。2010年来日、2014年筑波大学生命環境科学研究科生命産業科学専攻博士後期課程修了。現在、産業技術総合研究所ナノシステム研究部門特別研究員。iPS幹細胞、人間間葉系幹細胞の骨と軟骨誘導について研究中。専門分野:組織工学、再生医療、遺伝子工学、細胞外マトリックス(コラーゲン)、泌尿器発生。

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2014年5月14日配信