SGRAかわらばん

エッセイ379:李 彦銘「第4回SGRAカフェ報告―日中に求められる『温故知新』」

2013年6月15日、東京九段下の寺島文庫みねるばの森にて、早稲田大学の劉傑先生をゲストスピーカーとして迎え、第4回SGRAカフェが開催された。

 

冒頭の挨拶でSGRA代表の今西淳子さんから、カフェ開催の趣旨と経緯が説明された。今回の目的は、昨年以来から緊張感が高まる日中関係をどのように理解、整理すればいいか、リラックスしながらみんなで考えることである。劉先生のお話は少し硬い「文革世代の私からみた中日交流40年とこれからの中日関係」というテーマであったが、結論から言うと、蒸し暑さが飛ばされ、清涼感が漂う3時間となった。

 

劉先生はまず個人の体験を踏まえ、中国の文革世代と日本との出会いを話してくれた。日中国交正常化の直後、「紅小兵」(紅衛兵の小学生バージョン)として日本語の勉強を始めた劉先生の経歴は、現在中国の指導者層や社会運営の中枢を担う多くの文革世代のなかで、決して一般的なものではないが、日中の本格的な相互認識や一般の交流が可能になったのは、1980年代になってからのことであったと、参加者に実感させた。つまり、日中の相互認識は、われわれが想像したような長い歴史と深い理解を持つものでなく、これからもっと進めていかなければならないのだ。

 

1950、60年代生まれの中国人のなかには、劉先生のように、改革開放に伴い80年代初めに渡日し、日本というものが日常生活の中に常に存在し、人生の大半が日中関係の中で過ごした人々が多くいる。その一方、現在中国で国の方向性を握っている同じ世代の政策決定者は、必ずしも時代相応の国際感覚を持っていないと、劉先生は指摘する。とくに彼らの中には、国益の追求を重視する傾向が存在する。また毛沢東時代に対する肯定的な再評価の動きも現在の中国において物議を呼んでいる。これらの要素は今後の中国の対日姿勢だけでなく、中国の外交スタンスに対する周辺諸国や国際社会の憂慮の材料になっている。しかしグローバル化が進むなかで、これらは同時に中国側が乗り越えるべき課題であると、劉先生によって問題提起された。たとえば、昨年の反日デモにおける中国側の過激な行動と言説は、1930年代の反日運動と、驚愕するほど似ているのだ。百年近く前の歴史が繰り返されたように、歴史研究を専門とする劉先生の目に映っていた。

 

中国側の国際認識を検討した後、日本側の対中認識についても問題提起された。中国側の反日言説と行動だけでなく、日本側の国際社会に向けての訴えもまた歴史と同じだ。つまり、1930年代と同じように、日本は「国際社会のルールを守らない」という中国に対する批判と、自らこそが国際社会と「価値を共有」していると国際社会に訴えているのだ。

 

そして「価値」の分野だけでなく、歴史認識においても日中は格差が存在している。そもそも「戦後」に対する認識は、日中においては異なり、日本が主張する「今日的正義」に対し、中国は「歴史的正義」を主張している。こうした認識の格差は、今すぐに両国間で歴史を共有することがもはや困難であり、そこばかり追求していくと対立は避けられないということを示しているように思われる。

 

現状として、中国社会の中の多元化が進んでおり、国家と個人の関係や国益に対する認識も一枚岩ではなくなってきている。昨年のような反日デモの中に暴力的な事件が起こったのは、極めて残念なことであり、日本社会にとってだけではなく、中国社会でも大きなショックとなった。その後、社会の反省は、個人財産を保護すべきとの主張や、「文革」心理の復活に対する危惧の形で表れている。確かに中国社会はまだまだ激動の真っ最中で、その方向性を正しく予知することは難しい。しかしだからこそ、国際社会の反応自体も、中国のこれからの方向性にとって重要な要素となりうる。

 

以上のような変化の流れを見過ごしては、偏った中国理解につながり、そして偏った中国理解に基づいた日本側の行動が、また中国国内の被害者意識や過度な国益追求を刺激してしまう、という負の連鎖を引き起こすではないか、というのは筆者の感想である。すでに1930年代にはそのような負の連鎖が起こった。その歴史を鏡にもう一度現状を見直し、「温故知新」を求めるのは、日中双方の責任そして、われわれ市民社会の責任である。

 

日中に横わたる問題を解決し、相互理解をより進めていかなければならない。そのために、まず共通の価値観や認識を見出すことが大事であると劉先生は提起した。とくに、一国の利益のみを考えないで、全人類の福祉を促進する立場からの平和と協力の視点が必要とされている。筆者は一人の「80後」(中国で1980年代に生まれた、最初の一人っ子世代)として、その結論に大いに賛成し、またこれは世代や国籍を超えた認識であると確信している。

 

当日の写真(ゴック撮影)

 

————————————

<李 彦銘(リ・イェンミン) Yanming LI>

国際政治専攻。中国北京大学国際関係学院卒業、慶應義塾大学にて修士号取得し、同大学後期博士課程を単位取得退学。研究分野は日中関係、現在は日本の経済界の日中関係に対する態度と影響について博士論文を執筆中。

————————————

 

 

2013年7月10日配信