SGRAかわらばん

エッセイ392:金キョンテ「あまちゃんと韓国」

2013年はまだ終っていないが、今年最高にヒットしたドラマといったら間違いなく「あまちゃん」であろう。「あまちゃん」はNHK朝のドラマで、2013年4月1日から2013年9月28日まで全156話が放送され、毎回最高視聴率20%を上回る記録を残したという。日本の友達から「あまちゃんすごく面白いよ」といわれ、半信半疑で見てみたが、本当に面白かった!

 

東北地方の仮想都市、北三陸市を舞台として東京の女子高生アキが、母の春子と一緒に母の実家に行き、祖母の夏と会い、海女である彼女の影響を受けて海女になる決心をする。一方、北三陸には、東京に行ってアイドルになることを夢見ている足立ユイという同じ年の少女がいて、二人は友達になる。二人は各々地元のアイドル的な存在になって人気を集めることになる。その後、アキは東京に行きアイドルになるため努力するが、ユイは事情によって地元に残ることになる。私が見たのはここまでで、後は東日本大震災以後二人が北三陸にもどって復興のために頑張る話が描かれているという。

 

脚本家、宮藤官九郎特有の、漫才を彷彿させるテンポの速い台詞、本物の女子高生を連れてきたような純粋なイメージのアキ(能年玲奈)、小泉今日子、宮本信子など、ベテラン俳優の熟練した演技、1984年と現在を行き来する絶妙な演出、日本の「メインカルチャー」だけではなく、サブカルチャーの要素を巧みに盛り込んだ奇抜さ。普段ドラマをあまり見ない私だが、自分でも知らぬうちにこのドラマに夢中になり、数十編を見てしまった。(1回に15分だけだが)

 

私がこのドラマを好きになった理由は (たぶん、このドラマが人気になった重要な要素の一つだと思うが) このドラマがとても優しくて、暖かいというところにある。久しぶりに登場した人情味の溢れるドラマだった。最近のドラマや映画は、残酷さを強調する刺激的なものが多い。もちろん世の中は厳しい面があり、我々はそのなかで生きていかなければいけない。そのようなストーリーや表現が描かれているのも、また人間の生き方を映すのであろう。しかし、毎回そのような場面だけを見ていたらたまらない。

 

世の中の別の一面、暖かい世の中を見たいし、癒されたい。「あまちゃん」は、私たちに足りなかったその部分を満たしてくれたのではないだろうか。寅さん好きな私としては、本当に満足できるドラマだった。(「男はつらいよ」シリーズに、あけみ役で出演する美保純さんがドラマでは海女の美寿々さんとして出演したので嬉しかった) 最近、不倫と出生の秘密を素材にしたドラマが流行っている韓国で、このようなドラマが放映されたら逆に人気を得るのではないかと思っている。

 

さて、韓国では日本ドラマはあまり人気がない。地上波テレビでは放送されていないし、ケーブルテレビでは放送されてはいるが視聴率は高くない。韓国で日本ドラマはマニア層だけに人気があるといっても過言ではない。

 

それなのに、「あまちゃん」というドラマが最近、韓国で言及され始めた。ニュースにも登場した。しかし、「あまちゃん」が人口に膾炙しているのは、ドラマが面白いからではない。ドラマの人気に影響を受け、日本(三重県)で、海女漁を国連教育科学文化機関 (ユネスコ)の無形文化遺産に登録させようとする動きに危機感を感じたからである。

 

世界の中で現在、海女漁をしているところは韓国と日本だけ (これはドラマの中でも海女美寿々の台詞を通じて言及される) 。韓国では彼女たちを海女(해녀, ヘニョ)と呼ぶ。海女は韓国のほぼ全国の海辺で活動している。海辺の近くで育った私も海女さんたちがうにをとるのを見たことがある。今も実家に行けば彼女たちを見ることができる。

 

韓国で海女といえば、 濟州島(チェジュド)がいちばん有名で、いま活動している海女の人数も多い。濟州では海女漁のユネスコ無形文化遺産への登録を目標としていたが、日本で、「あまちゃん」ブームで海女が全国民的な注目を浴びることになり、ユネスコ無形文化遺産登録にも積極的に動きはじめたので、危機を感じたのである。単独登録になると、類似なものの登録は難しくなる。すなわち、韓国か日本のどちらかが先に登録されたら、他の国は登録できない。 一時期は共同登録を検討していたようだが、今のところは足踏みの状態らしい。

 

2002年ワールドカップ誘致競争を思い出したら、思い過ごしだろうか。度を超す競争はどちらかひとつの 犠牲につながる。両国が必死になる必要がある分野かどうかよく分からない。今のところで最善の「解決案」は共同登録しかないと思うが、競争が好きな人たちは「共同」を嫌がる。こうして登録の問題は政治的な問題になってしまった。

 

さて、考えておきたいのは、果たして我々が今まで海女に関してどのくらいの関心をもっていたのかということだ。彼女たちが採ったうにとサザエをおいしく食べながらも、それを採った彼女たちのことを考えたことがあるだろうか。日本も同じだろう。「あまちゃん」が人気を得る前に、日本の海女の生活を知っていた人は多くなかったと思う。私も彼女たちをそばで見ながらも彼女たちの暮らしについて興味を持ったことはない。しかし、このような「作られた」「急造された」興味が彼女たちの生活を潤沢にし、海女という文化的な伝統を維持できる道につながる。皮肉な現実である。 そりゃ「あまちゃん」のなかの北三陸市だって、アキとユイの地元アイドル活動で観光業を復興させたのですから。

 

歴史問題で相変わらず韓国と日本の間は騒々しい。海女で戦う必要があるのだろうか。海女は世界のなかで韓国と日本にしかいない。日本と韓国の普通の人々が海辺に円座して、お互いに話し合いながら、両国の海女さんが採って来る甘いうにを食べるのはどうでしょうか。あ、うにをだれが多く採るかで競争することならいいかもしれない。

 

————————————–

<キム キョンテ Kim Kyongtae>

韓国浦項市生まれ。歴史学専攻。韓国高麗大学校韓国史学科博士課程。2010年から東京大学大学院人文社会研究科日本中世史専攻に外国人研究生として一年間留学。研究分野は中近世の日韓関係史。現在はその中でも壬辰戦争(壬辰・丁酉倭乱、文禄・慶長の役)中、朝鮮・明・日本の間で行われた講和交渉について研究中。

————————————–

 

2013年11月13日配信