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エッセイ338:趙 長祥「グローバリゼーションとローカライゼーションのバランス」

我々人間の社会は産業革命によって、古代文明から現代文明社会に入ったという。そのようなスパンでみればほんのわずかかもしれないが、ITの発達と急激な経済活動の拡大に伴なう地球の一体化、つまりグローバリゼーションの時代に突入してからでも既に30年間を経過している。グローバル化によって地球は「小さな世界」になった。そして、便利になった一方で、各地で様々な不具合を生じ始めた。一番多く指摘されるのは多様性の滅亡である。即ち、様々な特徴を含んだ豊かな現地カルチャーの消失が心配されている。すると、グローバリゼーションに対して、ローカライゼーションも唱えられるようになった。

 

世界各地を彩る文化を保護するためにローカライゼーションは非常によいことだと思っている。しかし、経済活動を多国間で展開する時に、特に先進国から発展途上国へ移転する過程で、現地の商習慣などを含めた意思決定プロセスを完全に現地化してよいものか、私は大きな疑問を抱いている。勿論強制的に現地の方に押し付けてはナンセンスだが、すべてを現地に合わせるのも尚更ナンセンスだと思う。国際的に共通しているマナーも現地化して良いものか。例えば、交通信号を守ること、約束を守ること、時間を守ること、お互いの信頼を以てビジネスを進めることなど。これらの国際的に共通する基本的なマナーは、一人の人間として道徳的にも要求されるので、グローバリゼーションとかローカライゼーションと関係なく、どこの国でも受け入れるべきものである。まず、一人一人がきちんと守ること。そして、できないのであれば、現地の方をできるように改善させる工夫をしなければならないと思っている。

 

多くの国では、「郷に入れば郷に従え」という諺が通用している。この諺に含まれた意味通りに、郷に従えば、現地の習慣や文化などを学ぶことができるし、特に“面子”を重視するアジアの国々では人間関係の潤滑油ともなりうる。しかし、人間の惰性によって、悪い習慣をマスターするのは良い習慣の習得よりよっぽど速いのである。たとえば、上海で、外国人の習慣をよく観察すると、すっかり現地化している。さすがにつばを吐く人はあまり見当たらないが、赤信号を平気で渡り、約束時間や約束の仕事を平気で遅れるようになっている。もともと国際共通的なマナーを持っていたはずなのに、上海現地での生活によって直ちに現地化されてしまった。なぜかと聞くと、現地では殆どの人がそのような習慣なので、自分一人だけで青信号になるまで待つのは逆におかしく見られる。すると、国際共通の常識を失うのである。

 

日本人はマナーの面では、世界中に賞賛されている。しかし、私自身の体験がこのような常識を覆した。

 

ある日系企業の現地法人の社長と一緒に仕事したことがある。その方は、顧客に対して文句ばかりで、仕事上の約束も守らなかった。いい加減な仕事態度は私にとっては驚きばかり、「あれ~日本人なの?」と思うほどだった。とうとう付き合いをこちらからやめた。

 

また、別の日系企業で1ヶ月間のお手伝いをしたことがあった。ある日、仕事で外出中の現地スタッフが日本人スタッフに午前10時ごろ電話して、至急仕入れの数量確認(日本人だけが知っているデータだった)を依頼して、当日の14時までに返事してくださいとのことだった。その日本人スタッフは電話でOKと答えた。しかし、電話を受けた直後、数量の確認もせず、平気で会社を出て顧客の接待に行った。本来マネジャー層として来ている日本人スタッフが自らしっかり約束を守れば、現地社員も自然に守るようになるはずだ。5分間もかからないデータ確認の仕事で、すぐに返事ができるのに、自らの国際的共通マナーを現地化しながら現地社員に約束を守れというのは可笑しい。お互いの信頼関係も築けず、時間がたつにつれて徐々に相互不信に陥り、仕事もほとんど予定通りに完了できず、会社の業績も下がる一方となった。

 

このような事例は個別のものではなく、数多くの現地日系企業に普遍的に存在している。従って、中国で経営している日系企業にとって、意思決定のプロセスにおいて、マーケットニーズへ柔軟に対応するローカライゼーションと、商習慣を含めた国際的な基本マナーのグローバリゼーションのバランス確保は最も大きな課題だと考えられる。

 

物事の変化は紙一重である。善と悪の意識区分はその典型例である。人間の頭には、善と悪の扉が設けられている。善を常に考え常に実行すれば人間は天使となる。しかし、善の扉を閉めて悪ばかりを考え悪ばかりを実行すれば人間は悪魔となる。経済社会において、合理的な人間は圧倒的に多い。より善行を多く、悪行を少なく考え実行すれば、正しい人間と成り、社会も調和する。それと同じく、グローバリゼーションとローカライゼーションのバランスを如何に上手く取れるかによって、結果が異なってくる。理屈を知っている人は多いが、実際にしっかり理屈を理解して徹底的に正しく実行している人は少ない。如何にバランスを保ち、「言うは易く行うは難し」を克服するかである。

 

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<趙 長祥(ちょう・ちょうしょう)ZHAO Changxiang>

2006年一橋大学大学院商学研究科より商学博士号を取得。専門分野はイノベーション とアントレプレナーシップ、コーポレートストラテジー。SGRA研究員

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2012年5月30日配信