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エッセイ340:マックス・マキト「防波堤の日本」

昨年3月11日、大津波が太平洋側から日本列島を襲い、東北地方の海岸沿いが平らになってしまうほどの被害をもたらした。留学生関係のあるセミナーの休憩時間の雑談で、それについて思いついた仮想的な感想を、日本の西側にある国の研究者に、話題のひとつとして話してみた。それは、「日本列島がなければ、日本の西側に位置する諸国はあの津波でやられたかもしれない。日本が防波堤になった」ということだった。すると、その研究者は、この仮想を否定することもなく、「それはとくにありがたいとは思わない」と強調した。僕はその返事を聞いて悲しくなった。というのは、この研究者は、日本に長年留学し、充実した就職もできて家族と一緒に暮らしているにも関わらず、このように少し怒っているような返事をしたからである。あまりにもショックだったので、僕は残念ながら反論できなくて、国際紛争が起きる前に、日本の留学生の代表とは考えられないその研究者の前から退いた。

 

昨年8月、フィリピン大学の学会で発表した論文を、名古屋大学の平川均教授との共著で、労働・産業連携大学院のジャーナルに投稿してみた。およそ30年前、太平洋側からグローバル・スタンダード化の大津波が日本列島を襲い、国々の違いをなくして世界を平らにしようとしたので、大きな被害をもたらした。それについて思いついた仮想的な説を、その論文で提案した。それは、日本のような労働契約制度がなければフィリピンは共有型成長をなかなか達成できないだろうという仮説だ。その可能性を否定することもなく、ジャーナルのレフェリーは「数十年以上も失われた日本経済を、今さらモデルにするなんて」と強調した。僕はその返事を聞いて悲しくなった。共有型成長が一回も実現できていないフィリピン、その悲惨な労働事情に詳しいであろう研究者(レフェリー)にも関わらず、堂々とこのようなコメントをしたからである。

 

今度は、ちゃんと反論した。確かに日本経済はバブル経済が弾けてから数十年も低迷しており、成長が鈍く、格差も拡大してきたので、共有型成長のモデルとは言えなくなった。しかし、僕がフィリピンで実現してもらいたいのは、共有型成長が可能であると示した、失われた数十年以前の日本から学ぶことである。幸いにも、編集者は僕の反論を認めてくれて、その論文はジャーナルに掲載されるという通知が届いた。

 

3月11日の大津波が襲来したあとに、瓦礫の山が残った。その処理はあまり進んでいない。昨年7月に渥美財団で「放射能が人体に与える影響」についての話を聞く茶話会があったが、僕が瓦礫の処理を巡る懸念について質問した時に、講演者は「東電の敷地内に埋めるとよい」と答えたので、僕は思わず拍手した。最近、それに近い瓦礫の処理方法の提案を聞いた。被災地の中で瓦礫を処理するという提案である。瓦礫の山の上に土を被せて植林して「鎮守の森」を育てようというのだ(宮脇昭『瓦礫を活かす「森の防波堤」が命を守る』学研新書)。瓦礫処理と同時に、津波の防波堤にもなる。実際、海岸線にそのような森があった地区では、沢山の命が救われたという。

 

およそ30年前にグローバル・スタンダード化の津波が襲来したあと、日本の経済の活気と国民の安定した生活が失われた。今でもたくさんの国民が苦しんでいる。早く何らかの手を打ってほしいが、政治情勢はなかなか安定しないし、経済の建て直しはなかなか進まない。

 

しかし、僕は、グローバル・スタンダード化の津波に対して、日本が防波堤として頑張っていたことに感謝の意を表したい。いわゆるグローバル・スタンダードとは異なる日本の制度は、この津波に叩かれてしまったようにも見えるが、それでも、世界に別の道も実現可能であると証明したことを僕はありがたく思っている。上述のフィリピン大学の論文には、日本の大手自動車会社のデータを分析した結果、フィリピンの共有型成長に貢献していることを示した。日本からもたらされた共有型成長の種をフィリピンにしっかりと植えて大事に育てるべきである。それは、東アジアの「鎮守の森」にもなるであろう。

 

※お断り:このように書いて、僕が反米だと誤解されるかもしれないが、そうではないことをはっきり言っておきたい。上述の論文では、日本と米国の労働契約制度を比較し、どちらかというと日本制度のほうが共有型成長に貢献できるであろうという結論を出した。ただ、完璧な社会制度はどこにもない。各国の制度には弱点もある。僕の今までの人生の半分はアメリカに魅了されて過ごした。今でも、アメリカが好きである。それに近い長さの人生は日本に魅了されて過ごしてきた。現在、拡大している格差のもとで多くの日本国民と同様に苦労しながらも、日本も好きである。要は、我々は、互いに違っていても、互いを尊重すれば友達になれるということである。

 

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<マックス・マキト ☆ Max Maquito>
SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。フィリピン大学機械工学部学士、Center for Research and Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、アジア太平洋大学にあるCRCの研究顧問。テンプル大学ジャパン講師。フィリピン大学の労働・産業連携大学院シニア講師。
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2012年6月27日配信