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エッセイ343:李彦銘「むしろ『政冷経熱』ではない日中関係―政治的な相互信頼―をまず『ワイズな市民』に期待する」

6月20日、今年で8年目になる言論NPOと中国日報社の日中共同世論調査の新しい結果が公表された。「特に日本の対中認識が悪化しており、8割以上の人が中国に『良くない印象』を抱いています。これは反日デモが頻発した2005年を上回り、過去の調査の中でも最悪の数値です」という。

 

一方で、法務省のデータによると、2011年の日中の間の往復者数が延べ約499万人に達し、2007年と2010年を除く最大となった。震災があったにも関わらず中国から日本への訪問者は約133万人まで増え、2010年に次ぐ2位の数字となり、相互往来は、よりバランスがとれるようになった。その背景には日本の観光振興策によるビザの緩和と中国の経済成長があるのは言うまでもない。さらに、日本では中国語の学習者数が200万人を越えたといわれ、HSK(中国政府公認の中国語レベル検定試験)の受験者数もこここで急増している。経済面においては、2008年のリーマンショック以降、日本の海外投資が全体的に縮まるなかで、2011年の中国に対する投資は63.5億ドル(前年比49.6%増加)まで増大し、第1位となった。その結果、上海在住の日本人数もこの3年間急増している。まさに文字通りの「相互交流」となってきたわけである。

 

このように、国交正常化40周年という節目を迎える日中関係は、国民レベルで今までにないような身近な存在となってきた。個人、文化、経済、科学……政治と安全保障を除くあらゆる分野の交流が著しく進んでいる。ついこの間までに使われた「政冷経熱」という言葉から脱皮し、「政冷民熱」の様相へと変わりつつあるといえよう。

 

いや、民はまだ「熱」とまでは言えず、交流が進んでいるわりに理解がまだまだで、先の世論調査でも、国民間の相互理解には改善が見られない。過去1年でお互いに印象が良くない最も大きな理由が「尖閣問題」と回答したのは、日本では64.6%で、去年よりも高く引き続き1位である。中国ではやや低くなったが、それでも4番目の理由であった。このように、国民が政治の話題に左右されやすい状況は相変わらず日中ともに存在している。

 

特に日本で注目したいことは、中国に対する認識の情報源が8割を超える高い割合でテレビニュースに依存していることである。民主主義選挙政治の欠陥に関する研究に「合理的無知」という仮説がある(ブライアン・カプラン『選挙の経済学 投票者はなぜ愚策を選ぶのか』を参考)。もともと経済学から導入した概念だが、簡単に説明すると、選挙に関する情報(たとえば政策の妥当性など)を獲得するためには有権者個人は多くのコストを支払うことになる。しかし結果は公共のものになるため、個人にとってコストに見合う利益はほぼゼロである。よって有権者が「パブリック」=政治のために、余計なコストを支払いたくなくなり、自分自身の直接な利益や自らの職業に関係する分野の問題を除いて、情報を持たないように、つまり無関心、あるいは偏見を持つようになる。これは個人にとって合理的な選択である。

 

この仮説は、最近の日本の選挙政治のなかに位置する対中政策に正に適合している。石原慎太郎都知事の例をあげるまでもない。若手政治家もこの手の集票活動に乗り出している。一人の若手議員が国会議員を卒業し、ある県の知事選に出馬する。その矢先に彼がとった行動は、尖閣諸島へ釣りに行くことだった。彼は本当に釣りが好きかも知れない。日本国内では、全国ニュースというより地方に対するアピールに過ぎなかったかもしれない。しかし当然ながら、日本の与党議員が尖閣に行くこと自体が中国国民の中で大きな反響を引き起こした。おまけに彼は北京大学で修士号を取っていた。中国の微薄(マイクロブログ)で大きな物議を呼んでいる。

 

もとより、北京に長く留学した彼は、かつて「知中派」とみられていた。自分自身の行動が中国人のなかでどんな反応を引き起こすのかも理解しているはずであろう。いやむしろ知っているからこそ中国人だけではなく中国政府が何らかの反応を示すことを期待していたのではないか。もしそうであれば、「毅然とした姿勢」が、全国的にも瞬時で有名になる。個人にとっては計算高い選挙戦略である。(しかし中国政府が抑制の姿勢をとったのは計算違いだった。)

 

中国との関係は、当選のためにきわめて短期的に考えられている。このような例は、ほかにも少なくなく存在している。たしかにさまざまな問題を抱える日中関係にとって、「毅然とした態度」を示すのは最も単純明快で、「合理的に無知」な国民にとっては選びやすい。しかし果たして日本全体のことと外交的解決を考えているのか。

 

幸いなことに、日中の交流がさらに進んでいる。ますます身近なことになった日中関係は個人にとって「合理的な無知」の状況を容認できなくなる。前述の世論調査でも、日中とも8割以上の回答者が日中関係は重要だとみている。今までは「合理的無知」だったかもしれないが、市民レベルでは逆の働きが始まっているのではないか。思慮分別に富む「ワイズな市民」がより鋭い目で政治家の選別をすれば、よりよい政治家が選出され、日中の政治信頼もそこからますます大きくなると確信している。

 

上述のような政治家個人の行動が、ようやく二大政党制を迎えた日本の選挙政治のなか、政治家の一種の混迷ぶりだと理解している。ただ、少し心配なのは、こうした行動が同じく国内政治の激しく変動する時期にある中国の、戦略的判断の誤りをもたらすことである。それは今の政治家に任せるしかないが、今からすぐにできることとしては、個人の「合理的な無知」を克服し、「ワイズな市民」を目指すことであろう。そういう意味では、日中関係はまた市民の政治リテラシーを試す材料にもなっている。

 

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<李 彦銘(リ・イェンミン)☆ Yanming LI>

国際政治専攻。中国北京大学国際関係学院卒業、慶應義塾大学にて修士号取得し、同大学後期博士課程単位取得退学。研究分野はおもに日中関係、現在は日本の経済界の日中関係に対する態度と影響について博士論文を執筆中。

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2012年7月18日配信