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エッセイ350: 嶋田義仁「中国の反日運動の根源: 尖閣が日本領土であることの理論闘争をせよ」

今回の中国の反日運動の根源は深いと考えています。
今回の中国の反日運動の根源は深いと考えています。

 

1.尖閣問題の日本側の問題:無策だった

 

尖閣諸島にたいする日本の、戦後における「実効支配」はきわめて薄弱だった。日本政府は「実効支配」が中国を刺激することをおそれて、なんらの「実効支配」をおこなってこなかった。触らぬ神にたたりなしの政策をとってきた。中華人民共和国の反対により、仮設ヘリポートも撤去、日本国領土だと明記した国標さえも建設しなかった。これだったら、日本は尖閣の領有権をみとめていないとおなじ。

 

2.尖閣問題の中国側の問題:実効支配の準備をちゃくちゃくとすすめていた

 

他方、中国では、尖閣諸島は中国領土だという主張を、学校教育をつうじてさえ中国人に植え続けてきた(そのはじまりは、江沢民時代)。だから、中国の若者は、尖閣諸島は中国領の釣魚列島だと信じている。この意味で、中国のほうがむしろ実効支配をおこなってきた。それ故、中国の民衆にとって、今回の尖閣諸島の日本人所有者からの国家による購入は、中国領土の略奪なのである。

 

3.解決策

 

第一の解決策は、日本政府は尖閣諸島が日本領だという根拠を、丁寧にわかりやすく、中国人にも日本人にも説明すること。

 

しかしこれを日本政府はやっていない。領土問題は存在しないといって、沈黙しているだけ。野田首相は、まずは国民に向かって、誰にでもわかるように、丁寧に、尖閣諸島が日本の領土である理由をのべるべきなのだ。ジャーナリズムも、これをやらなくてはいけない。この説明は、当然中国にも、世界にも発信される。もちろん、中国が、尖閣諸島を中国領土だとする理由も、わかりやすく説明しなければいけない。

 

外務省ホームペイジには「尖閣諸島の領有権についての基本見解」という説明文
があるが、これは典型的な役人文章で、きわめてわかりにくい。

 

日本にも多数の中国人がいる。彼ら彼女らと日本人のあいだでも、尖閣問題は当然話題になる。しかし、問題が理論的によく整理されていなければ、議論ができない。理論的な整理がないと、日本人は感情的な愛国心だけで、尖閣諸島は日本領土だと主張し、中国人にたいする感情的な憎悪を募らせるだけになり、これは日中関係にとってきわめて危険である。

 

玄葉外務大臣が、中国当局に訴えた、「石原都知事が買うよりも国が買う方がいい」という説明は、聞いてあきれる。これは尖閣諸島の領有権をめぐる問題なのだ。中国にとって、尖閣を都が買おうと国が買おうと、どちらでもいい。中国にとって問題は、尖閣は中国領だということだ。日本が言うべきは、尖閣諸島は日本固有の領土だ、という主張でしかない。その主張がただしくないことを説明するのが、外務大臣の役割だ。

 

4.解決のむずかしさ あるいはおそろしさ 1  民衆の集団的反日

 

しかし、この解決策による解決には恐ろしく大きな困難がつきまとう。それは、中国の中央集権的な教育政策によって、中国人の青年若者世代の脳髄には、尖閣諸島は中国領だ、という意識が強烈にうめこまれ、それは固定観念化しているからだ。それは数人の政府幹部の意識のもんだいではない。中国国民大衆の集合的な意識の問題である。数億の国民の意識の問題である。

 

しかも中国は言論が統制されている。そのコントロールをおこなっているのは、改革開放政策がすすんだ現在でも、あらゆる組織にはびこっている共産党組織である。共産党組織の指令ひとつで、数億の中国国民がうごきだす(これは党支配を原則とする社会主義国の原則)。今回のこのおそるべき反日運動は、当然背後から指揮されている。だから、数億の中国の民衆による巨大な集団的反日運動のうねりとなる。これはおそろしいことである。このような民衆の集団的な暴力的うねりはいちどはじまったら、はどめがきかなくなるからだ。日本政府はこのおそろしさを認識しなければならない

独裁はしばしばこのような民衆の集団的暴力をともなう。中国の文化革命時代、江青一派の4人組支配により、紅衛兵という民衆組織を通じて、反革命的とみなされた階級や少数民族にたいする弾圧が民衆の集団的暴力となって吹き荒れたことは、記憶に新しい。

5.解決の難しさ 2  10月の中国次期後継者の決定問題

では、いかなる政治的意思がうごいているのか。帝国主義日本の中国侵略への遺恨もあるが、近くは、10月に予定されている共産党大会における胡錦濤総書記(国家主席)の後継問題-胡派か江沢民派か-も考慮すべきであろう。

反日教育の主導者は江沢民であった。その理由は二つ。①当時南京政府の支配地でうまれ、日本軍の南京攻略をはじめ上海を中心とする日本軍の中国侵略をまのあたりにしながら育った江の経歴。もうひとつは、②文化革命が生み出した中国国民の内部分裂と遺恨、および改革開放がうみだした政府批判とその弾圧(天安門事件)による国内分裂の危機を、反日にむけることによって解消をはからざるをえなかった当時の歴史状況(江沢民は天安門事件の年の1989年に総書記就任)だ。

胡錦濤総書記の後継候補は江派の習近平副主席である。習新総書記(主席)とともに、江沢民派の反日政策が再び活発化する可能性がある。今回の反日運動はそのための、準備運動とも推測できる(反日のデモや暴動は、江沢民派の権力基盤のある、上海を中心とする中国中南部に集中している。中国の中で経済発展に最もめぐまれているこの地域で、何ゆえに反日運動がおきるのか、その理由はここにあると推測している)。

 

6.解決の可能性  文化革命の悪夢

 

しかしこのような、集団的な反日運動にたいして、中国内部に警戒感もあるだろう。政府自身もおそれているかもしれないが、中国には文化革命の悪夢がある。文化革命時代に、過酷な弾圧や暴力の犠牲となった中国内の少数民族や辺境地域住民がいる。漢族以外56の民族がいるという中国では、共産党支配はほとんど漢族支配だとみられている。現在でも、ウイグルやチベットをめぐる国内民族問題は一触触発状態だ。したがって、漢族以外の少数民族、モンゴル族や、ウイグル族、チベット族、雲南の多数の少数民族は、この集団的な反日運動の暴力がかつては自分たちに向けられた文化革命時代を、恐怖の記憶とともに思い起こしているのではないだろうか。

結論

くりかえしになるが、ただたんに、「毅然と」対応せよ、「理性的に」対応せよ、というだけでは、理性的でも、毅然としてもいない。尖閣がなにゆえ日本の領土で、中国領ではないのか、そのことを一般の日本国民にも、中国国民にも、あるいは世界の人々にもわかるような方法で、理路整然と説明する必要がある。それが「理性的」な対応だ。

尖閣が日本領であるとする日本政府の理由を、日本人の多くもよく理解していない。

その際特に重要なのは、尖閣が日本の領土であることは、日本単独の主張ではなく、サンフランシスコ平和条約その他一連の国際条約のなかで決められたことであることを、十分理解することだろう。

それで、日本政府の主張が正しいのなら、毅然とそう主張し、正しくないのなら、中国の主張をみとめるしかない。こうした議論を、すでに、さまざまなかたちで深いつながりができている日本人と中国人どうしで、丁寧におこなうことが、平和的な解決への第一歩であろう。

理由なき愛国主義も、沈黙も、ともに解決にならない。中国の反日運動に対して、日本政府は中国を刺激すまいと沈黙をまもっているが、それは逆効果である。沈黙政策は、国際的にみれば、日本は中国が糾弾するような領土的野心にもとづいて尖閣の国有化をおこなっているのだということを認めているようにさえみられてしまうからだ。正当な理由を明言する理論闘争が必要なのである。
—————————————–
<嶋田義仁 SHIMADA Yoshihito>
名古屋大学文学研究科教授。1949年生まれ。京都大学博士(文学)、Dr. de 3ème cycle (EHESS)。宗教人類学。著書:『黒アフリカ・イスラーム文明論』(創成社)、『牧畜イスラーム国家の人類学』(世界思想社)、『稲作文化の世界観』(平凡社)(和辻哲郎文化賞)、など。
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今回の中国の反日運動の根源は深いと考えています。

1.尖閣問題の日本側の問題:無策だった

尖閣諸島にたいする日本の、戦後における「実効支配」はきわめて薄弱だった。日本政府は「実効支配」が中国を刺激することをおそれて、なんらの「実効支配」をおこなってこなかった。触らぬ神にたたりなしの政策をとってきた。中華人民共和国の反対により、仮設ヘリポートも撤去、日本国領土だと明記した国標さえも建設しなかった。これだったら、日本は尖閣の領有権をみとめていないとおなじ。

2.尖閣問題の中国側の問題:実効支配の準備をちゃくちゃくとすすめていた

他方、中国では、尖閣諸島は中国領土だという主張を、学校教育をつうじてさえ中国人に植え続けてきた(そのはじまりは、江沢民時代)。だから、中国の若者は、尖閣諸島は中国領の釣魚列島だと信じている。この意味で、中国のほうがむしろ実効支配をおこなってきた。それ故、中国の民衆にとって、今回の尖閣諸島の日本人所有者からの国家による購入は、中国領土の略奪なのである。

3.解決策

第一の解決策は、日本政府は尖閣諸島が日本領だという根拠を、丁寧にわかりやすく、中国人にも日本人にも説明すること。

しかしこれを日本政府はやっていない。領土問題は存在しないといって、沈黙しているだけ。野田首相は、まずは国民に向かって、誰にでもわかるように、丁寧に、尖閣諸島が日本の領土である理由をのべるべきなのだ。ジャーナリズムも、これをやらなくてはいけない。この説明は、当然中国にも、世界にも発信される。もちろん、中国が、尖閣諸島を中国領土だとする理由も、わかりやすく説明しなければいけない。

外務省ホームペイジには「尖閣諸島の領有権についての基本見解」という説明文があるが、これは典型的な役人文章で、きわめてわかりにくい。

日本にも多数の中国人がいる。彼ら彼女らと日本人のあいだでも、尖閣問題は当然話題になる。しかし、問題が理論的によく整理されていなければ、議論ができない。理論的な整理がないと、日本人は感情的な愛国心だけで、尖閣諸島は日本領土だと主張し、中国人にたいする感情的な憎悪を募らせるだけになり、これは日中関係にとってきわめて危険である。

玄葉外務大臣が、中国当局に訴えた、「石原都知事が買うよりも国が買う方がいい」という説明は、聞いてあきれる。これは尖閣諸島の領有権をめぐる問題なのだ。中国にとって、尖閣を都が買おうと国が買おうと、どちらでもいい。中国にとって問題は、尖閣は中国領だということだ。日本が言うべきは、尖閣諸島は日本固有の領土だ、という主張でしかない。その主張がただしくないことを説明するのが、外務大臣の役割だ。

4.解決のむずかしさ あるいはおそろしさ 1  民衆の集団的反日

しかし、この解決策による解決には恐ろしく大きな困難がつきまとう。それは、中国の中央集権的な教育政策によって、中国人の青年若者世代の脳髄には、尖閣諸島は中国領だ、という意識が強烈にうめこまれ、それは固定観念化しているからだ。それは数人の政府幹部の意識のもんだいではない。中国国民大衆の集合的な意識の問題である。数億の国民の意識の問題である。

しかも中国は言論が統制されている。そのコントロールをおこなっているのは、改革開放政策がすすんだ現在でも、あらゆる組織にはびこっている共産党組織である。共産党組織の指令ひとつで、数億の中国国民がうごきだす(これは党支配を原則とする社会主義国の原則)。今回のこのおそるべき反日運動は、当然背後から指揮されている。だから、数億の中国の民衆による巨大な集団的反日運動のうねりとなる。これはおそろしいことである。このような民衆の集団的な暴力的うねりはいちどはじまったら、はどめがきかなくなるからだ。日本政府はこのおそろしさを認識しなければならない

独裁はしばしばこのような民衆の集団的暴力をともなう。中国の文化革命時代、江青一派の4人組支配により、紅衛兵という民衆組織を通じて、反革命的とみなされた階級や少数民族にたいする弾圧が民衆の集団的暴力となって吹き荒れたことは、記憶に新しい。

5.解決の難しさ 2  10月の中国次期後継者の決定問題

では、いかなる政治的意思がうごいているのか。帝国主義日本の中国侵略への遺恨もあるが、近くは、10月に予定されている共産党大会における胡錦濤総書記(国家主席)の後継問題-胡派か江沢民派か-も考慮すべきであろう。

反日教育の主導者は江沢民であった。その理由は二つ。①当時南京政府の支配地でうまれ、日本軍の南京攻略をはじめ上海を中心とする日本軍の中国侵略をまのあたりにしながら育った江の経歴。もうひとつは、②文化革命が生み出した中国国民の内部分裂と遺恨、および改革開放がうみだした政府批判とその弾圧(天安門事件)による国内分裂の危機を、反日にむけることによって解消をはからざるをえなかった当時の歴史状況(江沢民は天安門事件の年の1989年に総書記就任)だ。

胡錦濤総書記の後継候補は江派の習近平副主席である。習新総書記(主席)とともに、江沢民派の反日政策が再び活発化する可能性がある。今回の反日運動はそのための、準備運動とも推測できる(反日のデモや暴動は、江沢民派の権力基盤のある、上海を中心とする中国中南部に集中している。中国の中で経済発展に最もめぐまれているこの地域で、何ゆえに反日運動がおきるのか、その理由はここにあると推測している)。

6.解決の可能性  文化革命の悪夢

しかしこのような、集団的な反日運動にたいして、中国内部に警戒感もあるだろう。政府自身もおそれているかもしれないが、中国には文化革命の悪夢がある。文化革命時代に、過酷な弾圧や暴力の犠牲となった中国内の少数民族や辺境地域住民がいる。漢族以外56の民族がいるという中国では、共産党支配はほとんど漢族支配だとみられている。現在でも、ウイグルやチベットをめぐる国内民族問題は一触触発状態だ。したがって、漢族以外の少数民族、モンゴル族や、ウイグル族、チベット族、雲南の多数の少数民族は、この集団的な反日運動の暴力がかつては自分たちに向けられた文化革命時代を、恐怖の記憶とともに思い起こしているのではないだろうか。

結論

くりかえしになるが、ただたんに、「毅然と」対応せよ、「理性的に」対応せよ、というだけでは、理性的でも、毅然としてもいない。尖閣がなにゆえ日本の領土で、中国領ではないのか、そのことを一般の日本国民にも、中国国民にも、あるいは世界の人々にもわかるような方法で、理路整然と説明する必要がある。それが「理性的」な対応だ。

尖閣が日本領であるとする日本政府の理由を、日本人の多くもよく理解していない。

その際特に重要なのは、尖閣が日本の領土であることは、日本単独の主張ではなく、サンフランシスコ平和条約その他一連の国際条約のなかで決められたことであることを、十分理解することだろう。

それで、日本政府の主張が正しいのなら、毅然とそう主張し、正しくないのなら、中国の主張をみとめるしかない。こうした議論を、すでに、さまざまなかたちで深いつながりができている日本人と中国人どうしで、丁寧におこなうことが、平和的な解決への第一歩であろう。

理由なき愛国主義も、沈黙も、ともに解決にならない。中国の反日運動に対して、日本政府は中国を刺激すまいと沈黙をまもっているが、それは逆効果である。沈黙政策は、国際的にみれば、日本は中国が糾弾するような領土的野心にもとづいて尖閣の国有化をおこなっているのだということを認めているようにさえみられてしまうからだ。正当な理由を明言する理論闘争が必要なのである。

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<嶋田義仁 SHIMADA Yoshihito>
名古屋大学文学研究科教授。1949年生まれ。京都大学博士(文学)、Dr. de 3ème cycle (EHESS)。宗教人類学。著書:『黒アフリカ・イスラーム文明論』(創成社)、『牧畜イスラーム国家の人類学』(世界思想社)、『稲作文化の世界観』(平凡社)(和辻哲郎文化賞)、など。
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★おことわり★
SGRAかわらばんでは、読者の皆様から投稿していただいた領土問題に関するエッセイを優先的に配信しておりますが、これらのエッセイの内容はSGRAとしての見解を示すものではありません。SGRAはどの立場を採るかということではなく、開かれた議論の場を提供することを目指しています。

2012年9月26日配信

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2012年9月26日配信

1.尖閣問題の日本側の問題:無策だった

尖閣諸島にたいする日本の、戦後における「実効支配」はきわめて薄弱だった。日本政府は「実効支配」が中国を刺激することをおそれて、なんらの「実効支配」をおこなってこなかった。触らぬ神にたたりなしの政策をとってきた。中華人民共和国の反対により、仮設ヘリポートも撤去、日本国領土だと明記した国標さえも建設しなかった。これだったら、日本は尖閣の領有権をみとめていないとおなじ。

2.尖閣問題の中国側の問題:実効支配の準備をちゃくちゃくとすすめていた

他方、中国では、尖閣諸島は中国領土だという主張を、学校教育をつうじてさえ中国人に植え続けてきた(そのはじまりは、江沢民時代)。だから、中国の若者は、尖閣諸島は中国領の釣魚列島だと信じている。この意味で、中国のほうがむしろ実効支配をおこなってきた。それ故、中国の民衆にとって、今回の尖閣諸島の日本人所有者からの国家による購入は、中国領土の略奪なのである。

3.解決策

第一の解決策は、日本政府は尖閣諸島が日本領だという根拠を、丁寧にわかりやすく、中国人にも日本人にも説明すること。

しかしこれを日本政府はやっていない。領土問題は存在しないといって、沈黙しているだけ。野田首相は、まずは国民に向かって、誰にでもわかるように、丁寧に、尖閣諸島が日本の領土である理由をのべるべきなのだ。ジャーナリズムも、これをやらなくてはいけない。この説明は、当然中国にも、世界にも発信される。もちろん、中国が、尖閣諸島を中国領土だとする理由も、わかりやすく説明しなければいけない。

外務省ホームペイジには「尖閣諸島の領有権についての基本見解」という説明文があるが、これは典型的な役人文章で、きわめてわかりにくい。

日本にも多数の中国人がいる。彼ら彼女らと日本人のあいだでも、尖閣問題は当然話題になる。しかし、問題が理論的によく整理されていなければ、議論ができない。理論的な整理がないと、日本人は感情的な愛国心だけで、尖閣諸島は日本領土だと主張し、中国人にたいする感情的な憎悪を募らせるだけになり、これは日中関係にとってきわめて危険である。

玄葉外務大臣が、中国当局に訴えた、「石原都知事が買うよりも国が買う方がいい」という説明は、聞いてあきれる。これは尖閣諸島の領有権をめぐる問題なのだ。中国にとって、尖閣を都が買おうと国が買おうと、どちらでもいい。中国にとって問題は、尖閣は中国領だということだ。日本が言うべきは、尖閣諸島は日本固有の領土だ、という主張でしかない。その主張がただしくないことを説明するのが、外務大臣の役割だ。

4.解決のむずかしさ あるいはおそろしさ 1  民衆の集団的反日

しかし、この解決策による解決には恐ろしく大きな困難がつきまとう。それは、中国の中央集権的な教育政策によって、中国人の青年若者世代の脳髄には、尖閣諸島は中国領だ、という意識が強烈にうめこまれ、それは固定観念化しているからだ。それは数人の政府幹部の意識のもんだいではない。中国国民大衆の集合的な意識の問題である。数億の国民の意識の問題である。

しかも中国は言論が統制されている。そのコントロールをおこなっているのは、改革開放政策がすすんだ現在でも、あらゆる組織にはびこっている共産党組織である。共産党組織の指令ひとつで、数億の中国国民がうごきだす(これは党支配を原則とする社会主義国の原則)。今回のこのおそるべき反日運動は、当然背後から指揮されている。だから、数億の中国の民衆による巨大な集団的反日運動のうねりとなる。これはおそろしいことである。このような民衆の集団的な暴力的うねりはいちどはじまったら、はどめがきかなくなるからだ。日本政府はこのおそろしさを認識しなければならない

 

独裁はしばしばこのような民衆の集団的暴力をともなう。中国の文化革命時代、江青一派の4人組支配により、紅衛兵という民衆組織を通じて、反革命的とみなされた階級や少数民族にたいする弾圧が民衆の集団的暴力となって吹き荒れたことは、記憶に新しい。
5.解決の難しさ 2  10月の中国次期後継者の決定問題

 

では、いかなる政治的意思がうごいているのか。帝国主義日本の中国侵略への遺恨もあるが、近くは、10月に予定されている共産党大会における胡錦濤総書記(国家主席)の後継問題-胡派か江沢民派か-も考慮すべきであろう。

 

反日教育の主導者は江沢民であった。その理由は二つ。①当時南京政府の支配地でうまれ、日本軍の南京攻略をはじめ上海を中心とする日本軍の中国侵略をまのあたりにしながら育った江の経歴。もうひとつは、②文化革命が生み出した中国国民の内部分裂と遺恨、および改革開放がうみだした政府批判とその弾圧(天安門事件)による国内分裂の危機を、反日にむけることによって解消をはからざるをえなかった当時の歴史状況(江沢民は天安門事件の年の1989年に総書記就任)だ。

胡錦濤総書記の後継候補は江派の習近平副主席である。習新総書記(主席)とともに、江沢民派の反日政策が再び活発化する可能性がある。今回の反日運動はそのための、準備運動とも推測できる(反日のデモや暴動は、江沢民派の権力基盤のある、上海を中心とする中国中南部に集中している。中国の中で経済発展に最もめぐまれているこの地域で、何ゆえに反日運動がおきるのか、その理由はここにあると推測している)。

 

6.解決の可能性  文化革命の悪夢

 

しかしこのような、集団的な反日運動にたいして、中国内部に警戒感もあるだろう。政府自身もおそれているかもしれないが、中国には文化革命の悪夢がある。文化革命時代に、過酷な弾圧や暴力の犠牲となった中国内の少数民族や辺境地域住民がいる。漢族以外56の民族がいるという中国では、共産党支配はほとんど漢族支配だとみられている。現在でも、ウイグルやチベットをめぐる国内民族問題は一触触発状態だ。したがって、漢族以外の少数民族、モンゴル族や、ウイグル族、チベット族、雲南の多数の少数民族は、この集団的な反日運動の暴力がかつては自分たちに向けられた文化革命時代を、恐怖の記憶とともに思い起こしているのではないだろうか。

結論

くりかえしになるが、ただたんに、「毅然と」対応せよ、「理性的に」対応せよ、というだけでは、理性的でも、毅然としてもいない。尖閣がなにゆえ日本の領土で、中国領ではないのか、そのことを一般の日本国民にも、中国国民にも、あるいは世界の人々にもわかるような方法で、理路整然と説明する必要がある。それが「理性的」な対応だ。

 

尖閣が日本領であるとする日本政府の理由を、日本人の多くもよく理解していない。

 

その際特に重要なのは、尖閣が日本の領土であることは、日本単独の主張ではなく、サンフランシスコ平和条約その他一連の国際条約のなかで決められたことであることを、十分理解することだろう。

 

それで、日本政府の主張が正しいのなら、毅然とそう主張し、正しくないのなら、中国の主張をみとめるしかない。こうした議論を、すでに、さまざまなかたちで深いつながりができている日本人と中国人どうしで、丁寧におこなうことが、平和的な解決への第一歩であろう。

 

理由なき愛国主義も、沈黙も、ともに解決にならない。中国の反日運動に対して、日本政府は中国を刺激すまいと沈黙をまもっているが、それは逆効果である。沈黙政策は、国際的にみれば、日本は中国が糾弾するような領土的野心にもとづいて尖閣の国有化をおこなっているのだということを認めているようにさえみられてしまうからだ。正当な理由を明言する理論闘争が必要なのである。

 

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<嶋田義仁 SHIMADA Yoshihito>
名古屋大学文学研究科教授。1949年生まれ。京都大学博士(文学)、Dr. de 3ème cycle (EHESS)。宗教人類学。著書:『黒アフリカ・イスラーム文明論』(創成社)、『牧畜イスラーム国家の人類学』(世界思想社)、『稲作文化の世界観』(平凡社)(和辻哲郎文化賞)、など。
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★おことわり★
SGRAかわらばんでは、読者の皆様から投稿していただいた領土問題に関するエッセイを優先的に配信しておりますが、これらのエッセイの内容はSGRAとしての見解を示すものではありません。SGRAはどの立場を採るかということではなく、開かれた議論の場を提供することを目指しています。

 

2012年9月26日配信