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エッセイ306:宋 剛 「今だからこそメディアに言いたいこと」

7月から1年間の予定で日本に滞在している。つい最近、筆者の中国人として心を痛めるニュースがまたまた目に入った。

中米外交のニュースだった。アメリカのバイデン副大統領は8 月16日から6日間に渡って中国を訪問し、次期指導者と有力視される習近平国家副主席など、政府の要人と相次いで会談したという。

北京にいたら、なんとも思わずに聞き流すかもしれないが、日本にいると、中国に関するニュースが出た場合、なぜか神経を尖らせて、耳を傾ける癖がついてしまった。大半を占めるマイナス面のニュースはもとより、プラス面のニュースの途中から出てくる「ところが」に備えて、重い気分を気力で追い払う準備をしなければならないからだ。

早速、中米外交に関連して出てきそうな「ところが」の材料を頭の中でサーチした。サーチ効率を向上させるべく、烏龍茶の黒を一口飲んだ。米国債格下げ?雇用難を無視したオバマ大統領の夏休み?円高ドル安?高速鉄道脱線事故?化学工場抗議デモ?対中貿易赤字?せいぜいこのくらいだろう、と心のどこかで日本メディア通として気取った。

ところが、バイデン副大統領訪中のニュースに続けて出てきたのは、中米バスケットボール親善試合での乱闘だった。中国人民解放軍所属チーム対米ジョージタウン大学の親善試合だ。

「北京五輪準備が佳境に」の後の「深刻な水不足問題」、「中国、億万長者が続々」の後の「格差拡大で各地デモ」、「中国GDP、日本を抜き世界第2位へ」の後の「民主化集会押さえ込み」――今までの「ところが」の前後は中国人から見て、決して愉快に思わないが、レベル的にはそれなりにバランスが取れていて、「一理ある」と気持ちを抑えて自分を納得させることが多々あった。

しかし、中米トップの会談と親善試合の乱闘のコラボレーション――親善試合だから乱闘しても問題にはならないという発想はいささかもなく、当然終始友好ムードで最後点数も引き分けたほうがよいと考えるが――どうしても、『風の谷のナウシカ』と『スラム・ダンク』が一緒になっているように筆者には見える。

一方、中国のメディアはどうかというと、従来の反日ドラマの新作が続々と放送されているのは言うにも及ばないが、ここ最近では、尖閣諸島の海域で中国人船長が海上自衛隊に拘束され釈放を延期される場面や、東日本大震災の惨状や、福島原子力発電所の事故で近隣諸国に通告せずに汚染水を海に排出する報道しか記憶に残っていない。

反日教育対嫌中報道だ。どっちもどっちだ。

かつて、日本では中国ブームがあった。中国でも、ラジオやテレビで日本語講座が毎日流れる日々を筆者は経験していた。いつのまにか、「今こそあれ」(編者註:古今和歌集の出典。今でこそこんなだが、昔は盛んだったという和歌に基づく)というような状況になってしまった。

8月末に、日本のNPOと中国日報共同主催の中日フォーラムという大型イベントが開催された。何よりも衝撃を受けたのは両国で行われた世論調査の結果だった。中国に対して良いまたはやや良い印象を持っている日本人は合わせて21%にすぎない一方、日本に対する良いまたはやや良い印象を持っている中国人は29%に止まった。つまり、残りのパーセンテージは嫌いかやや嫌いの数値だ。調査対象は日本人1500人弱と中国人1000人だった。互いに好感を持っている人数のほうが多いとは思わなかったが、史上最低というその数値は予想を大きく下回った。

中華料理はすでに日本の社会に定着している。ところが、中国が好きだから、中華料理を食べる日本人は一人もいない。反対に、日本のマンガとアニメも中国の若者の世界に充満している。ところが、日本に来たことのない人は、日本にはオタクばかりいると考えがちで、日本に来ても、秋葉原のメイドカフェにしか足を運ばない人は少なくない。国とその文化は完全に区別されているようだ。はたして、文化交流で国民同士の心が結べる、文化外交で国のイメージアップが果たせるというようなスローガンはまだ安易に使えるのだろうか。

メディアの力は大きい。政府の関与があろうが、なかろうが、メディアは視聴者=国民の最大の情報源だ。毎日同じ場面が繰り返されると、いくら判断力が強い人でも左右される恐れがある。真実を伝えることが最大の使命だ、とメディアに携わる人は常に言う。しかし、真実を伝える際、内容の組み合わせ方によって人に与える印象が正反対になる。同じ人に対して、「太ってるけど優しい」と「優しいけど太ってる」を言った場合、当人の反応がずいぶん違ってくる心理学の実験があった。

だから、すでにどん底に陥った互いの好感度を配慮して、どうしても言いたいことあるいは言わなければならないことを言うときに、せめてその調理法を工夫してほしい、と両国のメディアに言いたい。

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<宋 剛 (そーごー)☆ Song Gang>
北京外国語大学日本語学部講師。SGRA会員。現在大東文化大学訪問研究員。
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2011年9月7日配信