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エッセイ307:趙 長祥「国の基本を脅かす『食の安全』問題はいつ治まるのか」

昔から中国では「民は食を以て天と為す――民以食为天」と言われている。漢書にある孟子の言葉で、中国人は食を重んじる民族であるから、国民はおなかいっぱい食べられなければ蜂起する、だから国を治めるのと食を大事にするのは同じであるという意味である。昔の定義からみると、明らかに現在の状況を説明することができない。

というのは、近代社会では、エンゲル係数で一国の経済発展程度を量ることになっている。エンゲル係数が高ければ高いほど経済発展が遅れているという決まりである。とはいえ、昔と比べられないほど経済が発展した今日では、消費全体に占める食費の比率はむしろ減少している。しかしながら、ほかの部分、例えば、教育、エンターテイメントなどがいくら高い係数を占めても、国民にとって最も基本的なものは、国民全体の健康を維持する食である。食の安全を保つことができなければ、国民の健康が悪化し、国に莫大な衛生、医療負担をもたらし、社会不安にもつながる。したがって、毎日の食の安全は小さいことでありながら、国の基本も脅かす問題でもある。

この点からみれば、中国古来の諺が近代社会の各国での食に対する認識は基本的に通じている。すなわち、食は庶民にとっても、国にとっても基本であり、大事なものである。

中国では、上述の諺からみても、昔から食を重視してきたことがよくわかる。しかし、化学製品(農薬、添加剤など)の使用があまり進んでいなかったせいか、人々の社会意識の発展が低いレベルにあったせいか、食の安全の問題はあまり顕在化していなかった。しかし、近年、経済発展が進むにつれて、特に昨年(2010)あたりから一気に爆発している。上海では、大事件がない限り、食の安全問題のニュースが毎日、各種メディアを賑わしている。

(1) 悪質商売による悪質食品

“地溝油”――食堂などで、下水道に流れている油を掬い出し、加工して市場に売り出す。また、一回に使い終えた油を二度、三度も使うものも指す。

(2) 農薬残留度の高い野菜、果物など

(3) 品質低劣なものを高品質なものに偽装して市場に売り出す

“勾兑醋”――お酢の添加剤と水などでミックスしたものを醸造酢として販売

“染色饅頭、染色米”――化学薬品を使って、小麦粉で作った饅頭に金色をつけて、コーンで作られたものに偽る(コストが高いから);米も同じく、普通の米を染色して値段の高い品物として販売

余談だが、これは、ほかの分野にも広がっている……

“ダビンチ家具” ――国内で作られた家具を様々な流通チャネルを通して転々とさせ、ダビンチという名をつけて、もともと3万元のベッドを輸入品に偽って300万元で販売

(4)添加剤、防腐剤などの過剰使用、あるいは廉価の代替品を食品に使う

膨張剤を使い西瓜を促成栽培。叩くとすぐに破裂する

国内市場で販売されている台湾製飲料に添加剤を過度に使用

(5)生産日付、メーカなどの表記改ざん
 
事例を挙げると切りがないが、大きく分類すると上述の5種類に分けられよう。概して言えば、上海市の食品企業で調べた限り、少なくとも10%の企業は様々な問題があると思われるが、全国に広げて見れば、氷山一角といえよう。

では、なぜこれほどの食品問題が一気に顕在化しているのか。

まず、近年、市場経済が進むにつれて、拝金主義が蔓延し、貧富の差が大きく膨張した。その過程における人間の倫理観、道徳観の喪失が原因であると考えられる。金儲けのために、手段を問わないことが、明らかに食品の品質劣化につながり、表面に浮かんできたといえよう。

つぎに、2008年の世界金融危機以来、グローバル性インフレが進んでいる。特に中国を含めた新興国では、インフレ率が非常に高く、食品企業はコストを抑えるために、偽物あるいはコストの安い代替材料を使い食品問題につながっている。

さらに、30年間あまりの経済発展につれて、徐々に豊かになっている国民は、食品の品質に覚醒しているようだ。即ち、一昔の“食事が腹満たし”(吃得飽)から“よりよく満足した食事をとる” (吃得好)へと変化している。食品への品質チェックから食品安全問題が顕在化した原因の一つであると考えられる。

最後に、規制の整備や管理、監督の問題があげられる。即ち、日進月歩の経済発展スピードに足がついていない現状である。特に、食品にまつわる立法、規制などはひと足遅れているため、市場での監督、管理部署は監督執行の法律依拠がない。また、そのような法律、規制などがあっても、市場での監督、管理部署は監督執行の整備ができていないため、食品安全問題につながっている。

真剣に調べれば、ほぼあらゆる食品に多少の問題がある。しかし、食の安全の問題を話すと、殆どの人が「余り気にすると生きていけない」という言葉が返ってくる。つまり、食の安全を気にしながら、負担にならない程度で進まなければいけないと解釈できる。様々な問題が発見されていることは、実は、経済発展途上国にとっては悪いことではない。悪いことは顕在化した問題を避けて通ることである。というのは、殆どの先進国においても、国の発展途中で食の安全問題が多発した時期があった。したがって、発見された問題は、避けて通るではなく、問題の原因を見極めて、解決すればよい。

現状からみると、食の安全問題を解決するためには、多方面から同時に取り組まなければならない。ルール、法律の整備、食品企業のアライアンス(合規)文化の醸成、国民の倫理観の向上、国内のインフレ率を3%ほど抑えるなどの対策が考えられる。いずれも複雑な問題で短期間に解決できるものではない。しかし、国の基本を脅かす食の安全を治め、国民の生活を改善するために、官民合同で一日も早くこの問題を解決することが必須となっている。

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<趙 長祥(ちょう・ちょうしょう)ZHAO Changxiang>
2006年一橋大学大学院商学研究科より商学博士号を取得。専門分野はイノベーションとエントルプルヌアシップ、コーポレートストラテジック。SGRA研究員。
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2011年9月14日配信